鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第十七話 襲撃

 西郷と会談し薩摩との同盟が成立してから、数日。

 新選組屯所西本願寺の奥座敷では十兵衛と阿倫を交え、近藤に土方、山南といった新選組の最高幹部たちが、来たる決起の日について話し合っていた。

 

 「……八月十八日、か。あまり時間は無いが、長州が異国に戦争を仕掛ける時が迫っている以上、準備期間が短くなるのは仕方ないね」

 

 「仕方がなくなんてねぇよ。常在戦場、だ。何時でも戦が始められるよう、総動員の準備自体は常に行って来た。新選組は何時でも戦を始められる。……ただ、勝てるかどうかは薩摩の戦力次第、だ。他人の戦力を当てに戦を初めるってぇのには、どうにも気が乗らねぇがな」

 

 山南の言葉に、愚痴る土方。

 それに対し、近藤が宥める。

 

 「それこそ仕方がない、だ。我ら新選組は、元をただせばたった十数人の浪人から始まった組織。それをこの短時間で、ここまで育て上げるだけでも大変だったのだ。単独で幻魔共を京の街から追い出せるような戦力を持つなど、土台無理な話だ」

 

 「……幕府がもっと俺らに金を出しゃあ、出来たさ」

 

 ジロリ、と二人の少女を睨む土方。

 沖田総司の名を継いだ十兵衛はその視線に恐縮するが、阿倫の方はヘラヘラと答える。

 

 「そんな目で睨まれても困るねぇ。私らは将軍様やら幕府のお偉いさんやらに伝手はあるけど、幕府の運営に関しては何の権力も無いんだからさ。恨むのは筋違いだよ」

 

 阿倫の言葉に、山南が頷く。

 

 「――そうだね。それに、もし幕府が本気で幻魔を京の街から追い出そうと動いていたなら、僕らの様な浪人者が世に出る幕は無かっただろう。良い事とは言えないけど、そういう面では幕府の対応に感謝すべきかもね」

 

 「なぁにを言うか、サンナン! 我らの剣の腕なら、世が乱世となった時点で世に出ることは決まっていただろうとも。なあ、トシ!」

 

 山南の背を強く叩きながら、土方に同意を求める近藤。

 土方はそんな近藤の言葉には答えず、肴にと用意してあった漬物を口の中に放り込み噛み砕く。

 そして漬物を咀嚼しながら、話を切り出した。

 

 「なんにせよ、薩摩との共同戦線だ。幻魔共を京の街から駆逐する、と言いてえが、そこまでは無理だろう。なにせ、京中にバラけて隠れてやがる、虱潰しに潰すには時間が掛かる。今回の戦の目的は京の街を実質的に牛耳る土佐勤王党党首、攘夷浪士共の首魁武市瑞山の抹殺だ。コイツさえ消せば、攘夷派の影響力は京の街から消える。薩摩の望み通り、異国との全面戦争は避けられるだろうよ」

 

 「……殺す必要はあるのかい? 無理に殺そうとすれば激しく抵抗され、此方の犠牲も増えるだろう。京の街から追い出せれば、それで十分じゃないかい?」

 

 「駄目だ、奴は此処で必ず殺さなきゃならねぇ」

 

 山南の問いを、土方がはっきりと切り捨てる。

 

 「山南さん、たぶん薩摩もアンタと同じ考えだ。連中の目的は異国との全面戦争を阻止すること、そのためには京の街から攘夷派を追い出すだけでいい。無理に殲滅しようとすれば激しく抵抗され、かえって被害を受ける。だから、なあなあで済ませるだろう。それが、一番良いからだ。――だが、俺たち新選組は目的が違う。俺たち新選組の目的は、幕府と将軍様を守ることだ。そうだろう、近藤さん?」

 

 土方の問いに、近藤が大きく頷く。

 

 「ウム、その通りだ」

 

 近藤の言葉に満足気に頷くと、土方は話を続ける。

 

 「武市は、危険だ。幻魔と手を組んでることなんて、奴の危険性の一面でしかねぇ。奴には多くの人間を集め、纏め、導く器量がある。放置すれば、必ず幕府にとって恐ろしい敵になる。だからたとえ薩摩が見逃そうとしても、俺たち新選組が必ず奴を殺す。殺さなきゃならねぇ。――鬼武者、テメェもそれで、文句は無ぇな?」

 

 最後、念を押すように土方が問う。

 協力すると決めたとはいえ、まだまだ組んで日が浅い。

 新選組のために働いてくれるかどうか、まだ全面的には信頼できずにいるのだろう。

 

 「んー……、そうだねぇ」

 

 そんな土方の不信の眼差しを受け流しながら、阿倫は十兵衛へと視線を向ける。

 どう考え、どう答えるか。

 その選択肢を、十兵衛に預けたのだ。

 そして当の十兵衛は、そんな阿倫の考えを理解しているのかいないのか、はっきりと答える。

 

 「もちろん、武市は斬る。武市瑞山は幻魔と手を組み、既に幻魔と化していると聞いた。鬼武者として、幻魔は斬る」

 

 「……そうじゃねぇ」

 

 望んでいた答えとは違う十兵衛の言葉に、土方は渋い表情を浮かべる。

 

 「鬼武者として幻魔を斬る。俺が聞きてぇのは、そういう事じゃねえ。俺が聞きてぇのは、お前が幕府の事をどう思っていて、守る気があるのかどうか――」

 

 ――「キィィイィエェェッッイッ!!!!」

 

 甲高く轟く猿叫が響き渡り、土方の声を掻き消した。

 同時に木々が派手に引き裂かれるような音が轟き、二つの轟音が新選組屯所たる西本願寺中に響き渡る。

 

 「何事だ?!」

 

 刀の柄に手を掛けながら、臨戦態勢で近藤が立ち上がる。

 土方、山南の二人も同じように臨戦態勢で立ち上がっており、周囲に気を配っている。

 一方の阿倫と十兵衛は未だ座ったままで、互いに顔を見合わせている。

 

 「阿倫、今の声は……」

 

 十兵衛の言葉に、阿倫が頷き答える。

 

 「うん。……人斬り、田中新兵衛の猿叫だ」

 

 阿倫が答えるのと、ほぼ同時。

 座敷の障子が開かれ、一般隊士が駆け込んできた。

 

 「た、大変です、局長! 百を超える幻魔の大群が、襲撃を掛けてきました!! それだけでなく、幻魔共を率いているのは――」

 

 ――隊士が言い終わるより早く、再び猿叫が響き渡る。

 

 それに加え木が引き裂かれる音と、今度は扉が破られる轟音まで響いた。

 

 「――人斬り新兵衛か。……他には?」

 

 土方の問いに、隊士が答える。

 

 「は、はい! 人斬り以蔵に……、人斬り彦斎まで、いたと!!」

 

 隊士の言葉に近藤、土方、山南の三人は刀を抜き、鞘をその場に放り投げる。

 そしてそれに合わせるように、十兵衛と阿倫の二人もまた腰を上げ立ち上がる。

 

 「向こうさんの最高戦力がそろい踏み、か。計画が漏れたか、俺たち新選組を本気で今日潰す気で来たな」

 

 「なら、薩摩藩邸に援軍を求めるべきじゃないかい?」

 

 山南の言葉に、土方は首を振る。

 

 「無駄だ。おそらく、向こうにも兵が送られている。俺たちに援軍を送れないように、な。そうじゃなきゃ、軍を率いてる面子のわりに兵の数が百たぁ少なすぎる。数より質で、俺たちを無力化するつもりだ」

 

 そこまで言うと土方は、近藤に向き直る。

 

 「近藤さん、アンタは此処の奥に控えていてくれ。そして、もしもの時はアンタだけでも逃げてくれ」

 

 「何を言う、トシ!! お前たちを置いて逃げるなど――」

 

 「敵の狙いは、アンタだ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒り抗議しようとする近藤を、それ以上に顔を赤く染めた土方が遮る。

 

 「百の兵じゃあ、俺たちを殲滅する事なんて出来やしねぇ。こっちは二百以上の精鋭だ、幻魔相手でも正面から戦り合えば倍のこっちに分がある。なら連中の目的は、合戦の混乱の最中に人斬り共にアンタを殺させることだ。俺たち新選組は元をたどれば烏合の衆、大将のアンタが消えれば組織として成り立たなくなる。そうなりゃ八月十八日の決起に、俺たちは動けなくなる。だがアンタさえ居てくれれば、俺たち新選組は決起の日に戦える。――近藤さん。大将は、生きなきゃ駄目なんだ」

 

 そこまで言うと土方は、更に何か言いたそうな近藤を置いて歩み始める。

 

 「鬼武者、付いて来い。人斬り共を、此処には決して近付かせるな。俺たちで、幻魔を斬るぞ。尼の小娘は、薩摩藩邸の様子を見てこい。状況を俺に知らせろ。――サンナン、アンタは近藤さんと一緒に居ろ。もしもの時は、頼んだぞ。……あと、お前」

 

 土方は、襲撃を伝えに来た平隊士に告げる。

 

 「鬼の籠手を持ってこい。急げよ、アレを使わずに切り抜けられる状況じゃねぇからな」

 

 

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