西本願寺の境内では、既に合戦が始まっていた。
ボロボロの着物に顔全体を覆うほどに深い編笠を被った浪人風のモノ達が、浅葱色のダンダラ羽織を羽織った新選組隊士達に襲い掛かっている。
彼らの正体は幻魔の生体技術により人間から怪物に改造された、造魔と呼ばれるモノ。
深編笠に隠された頭部は骸骨そのものであり、人間としての知性や理性は既に無く指揮官に命ぜられるがまま敵に突貫し暴れ回る、唯の怪物である。
「囲め! 数は多いが、バラバラに暴れているだけだ! 三人一組で、確実に倒せ!!」
その力は岩をも砕き、恐怖や痛みを感じることもないため決して怯まず、更には驚異的な生命力まで持っている。
「首を狙え、もしくは頭だ! 首を飛ばすか頭潰さなければ、コイツ等は暴れ続ける!!」
手足を斬り落とされようが胴を無数の槍で貫かれようが、なんなら頭だって半分も残っていれば造魔は戦い続けられる。
まさに、最強の兵士。
もっとも簡単に作れる下級造魔ですらこうなのだから、攘夷派が幻魔の力さえあれば西洋列国を日ノ本から追い出せると考えるのも不思議ではないだろう。
「恐れるな! コイツ等は目に映った敵に真っ直ぐ突っ込む以外は、何も出来ん! 剣も力任せにメチャクチャに振り回しているだけだ、冷静に対処すれば致命傷を負うことは無い!!」
だが、致命的な欠陥もある。
人間であった時に比べ著しく知能が下がるため、複雑な命令を理解できず実行も出来ないのだ。
互いに連携を取ることなど出来ず、敵と定められたものに真っ直ぐ直進する以上の複雑な命令は理解できない。
故に初見の相手ならばともかく造魔との戦いに慣れ訓練してきた新選組隊士達が相手では各個撃破され、既に百以上いた兵士は八十以下まで数を減らしている。
対する新選組隊士において、下級造魔によって殺された隊士の数は零。
重傷を負い戦線離脱を余儀なくされた者は数いれど、下級造魔に殺された者は一人としていなかった。
新選組の練度の高さが伺える戦果だろう。
土方の判断通り、百の下級造魔は新選組の敵ではなかった。
――本当の脅威は、縦横無尽に無双し暴れ回る三人の人斬り達。
「ひゃはははは! 弱い! 弱いのォ、壬生狼ォッ! 隊長言うても、この程度かえ?!」
両手に持った刀を返り血で真っ赤に染め、その返り血と同じように紅く光る両眼を輝かせながら人斬り以蔵が吠える。
その両眼こそ既に人を止め、幻魔に改造され造魔となった証。
以蔵の斬撃を受けた新選組隊長は馬にでも蹴飛ばされたように吹き飛び、壁に叩きつけられていた。
「下がれ、平助! ここは、俺がやる!!」
「おお? おまん、知っとるぞ。確か……斎藤っちゅうたか。あん沖田が死んだ後では、新選組で一番の使い手らしいのう。相手にとって、不足はないちゃあ!!」
平助と呼ばれた隊士を庇うように前に出る、三番隊隊長斎藤一。
それに対し以蔵は怪鳥のように両腕を広げ、威圧するように両手の刀を高く掲げ構える。
守りなど考えない攻撃一辺倒の構え、斎藤を確実に殺すという以蔵の自身の表れ。
そんな臨戦態勢の以蔵に、声を掛ける者がいた。
「以蔵さん。幻魔の力を得たばかりで楽しいのは分かりますが、雑魚の相手などしている暇はありませんよ。オイたちの使命は、新選組局長近藤勇の抹殺。こうしている間に逃げられでもしたら、本末転倒です」
背は、低い。
顔は童顔で、身体つきも一見華奢に見える。
更には両軍入り乱れての合戦中でありながら、刀も抜かず納刀したまま。
場違いにも見える風体だったが、纏う殺気と造魔の証たる妖しく光る両眼が男が只者ではないことを表していた。
「やかましいわ、彦斎! 隊長格も出来る限り殺せと、武市先生も言うちょったろうが!!」
男の名は、河上彦斎。
以蔵や新兵衛と並び人斬りと恐れられる、過激攘夷浪士の一人である。
「――分かりました。それでは、大将首はオイが」
「あ! ちょ、待ちィーーって、おおッ?!」
本堂へと向けて駆け出す彦斎を呼び止めようとした以蔵だったが、その隙を逃す斎藤ではなく斬りかかられる。
人間では不可能な跳躍にてその一撃を躱す以蔵だったが、斎藤ほどの使い手に初撃からの主導権を奪われた以上、容易くは切り払えない。
「チィィッ! こん、壬生狼がァァッッ!!」
怒り狂い吠える以蔵の怒声を背後に、彦斎は駆ける。
造魔と化し幻魔の力を得たその脚力は、馬にも匹敵する。
鍛えているとはいえ人間である新選組隊士達には追いつけるはずもないが、立ち塞がる者はいる。
「させん! 此処から先には――」
抜刀し、彦斎の前に立ち塞がった数人の隊士達。
しかし、パァンという空気が割れる破裂音と同時に光が走ったかと思うと、全員が急所を切り裂かれ血を吹き出しながら倒れてしまった。
そして全員が倒れ伏したのとほぼ同時に、彦斎の鍔が納刀されカチリと音が鳴る。
――幻魔の肉体を得たことにより成し得た、音超えの抜刀術。
もともと抜刀術が得意であった彦斎が、人を捨てて得た肉体で尚ソレを極めた末に至った神技。
この技によって斃せなかった相手は、未だかつていない。
「邪魔じゃ。この国を腐らせる、腐った大根めらが」
軽蔑に満ちた冷たい目でそう吐き捨てると彦斎は再び駆け出そうとするが、すぐにその足を止めう。
そして刀の柄に手をかけると、両目の紅い輝きを増しながら吐き捨てた。
「――出たか。特大の、腐った大根が」
本堂の奥から駆け出して来たのは、両目を紅く光らせた青い肌に白く長い髪を振り乱した十兵衛。
既に鬼武者の力を覚醒させており、額からは二本の角が生え全身には異形の鎧を纏っている。
危急の時と判断したのだろう、初手から全力だった。
「残念だが、お前に天誅を下している暇はない。――新兵衛さん!!」
彦斎の言葉に応える様に周囲を圧する甲高い猿叫が響き、行く手を阻まんと立ち塞がった隊士達を跳ね飛ばしながら十尺(3m)を超える大男が両眼を紅く光らせ驀進してきた。
その全身は鎌倉武士の様な甲冑で固められており、手には刃渡り十一尺半(345㎝)以上、幅も半尺(15㎝)で柄まで含めた全長は十五尺半(465㎝)はあろうかという、異常なまでに巨大な大太刀が握られている。
「長州の地にて鍛えられた名刀、破邪之御太刀! 人を超えた新兵衛さんが振るう此の大太刀にて、消えよ鬼武者ぁッ!!」