鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第十九話 人斬り新兵衛

 天地を震わせるほどの大音響の猿叫びと共に、ヒトを超える体躯を得た人斬り新兵衛が、その自身の体躯をも超えるほどに長大な大太刀を袈裟斬りに振り下ろす。

 

 ――その城門をも破砕する一撃を、十兵衛は寸での所で後ろに飛び退き躱す。

 

 「ッ、松陰――?!」

 

 そして飛び退きながら、思わずそう零す。

 そう零さずにはいられない程、今の新兵衛の姿は最期の戦いの時の松陰の姿を思わせるモノだった。

 全身に鎌倉武士を思わせる大鎧を纏い顔には牙の付いた面頬を羽織っているため、初見の印象こそ異なるものの、その巨大な体躯は正に幻魔へと変異した松陰そのもの。

 

 ――しかし、致命的に異なる点が一つ。

 

 息を吐き気を整え示現流蜻蛉の構えをとる新兵衛の両眼には、妖しく紅く輝いているものの確かな知性が伺えた。

 幻魔の血が持つ闘争本能と殺戮欲求に飲み込まれ、明晰だった頭脳を失い闇雲に暴力を振り回すだけの獣と化した松陰とは明らかに違う。

 松陰の死から、おおよそ三年。

 幕府の惰弱で歩みを止められていた間に、幻魔の力は想像以上に強大になっていた。

 

 「鬼武者の相手は任すぞ、新兵衛さん。オイは、近藤の首を獲ってくる」

 

 そう言い残し、馬の如き速さで駆け去っていく人影。

 恐らくアレが、先代の沖田総司を斬ったという人斬り河上彦斎に違いない。

 

 「行かせな――ッ!」

 

 彦斎を遮ろうとするよりも早く、新兵衛の猿叫が響く。

 同時に始まる、示現流の死の突貫。

 確かな術理によって行われるその足運びは、人間を超えた幻魔の肉体と合わさり駿馬の最高速度を思わせる俊足となり、その巨体に似合わぬ速さとなって迫りくる。

 

 「クソッ!!」

 

 横に大きく飛び退き躱すが、振り下ろされた大太刀の速さと重さは規格外。

 覚醒した鬼武者の力を持ってしても受ける事などとても敵わず、当たれば即死は免れないだろう。

 

 「やるしか、ない……!」

 

 鬼武者の力を覚醒させたことで顕現させた異形の大太刀を構え、十兵衛は造魔と化した人斬り新兵衛に向き直る。

 人間であった頃から強敵だった新兵衛。

 幻魔と化し更なる脅威と成った今、他に意識を向けながら相対できる敵ではない。

 彦斎のことは本堂の奥に残った土方に任せ、全力で戦わねばならない。

 

 「いくぞ、人斬り。今度こそ、地獄に叩き落としてやる――!」

 

 十兵衛が雄叫びを上げて突進するのとほぼ同時、新兵衛も猿叫を上げ蜻蛉の構えで突貫を始める。

 鬼と幻魔、力と力のぶつかり合いが始まったのだった。

 

 

 

 一方、京都薩摩藩邸では。

 新選組屯所が百の下級造魔と三人の人斬りに襲われたのとほぼ同時刻、五百を超える下級造魔の群に襲われていた。

 指揮官にあたる者こそ見られなかったが、元より下級造魔に複雑な命令など理解できない。

 無秩序な人海となって、下級造魔達は京都薩摩藩邸に押し寄せていた。

 

 「……凄い数だね。コレ、新選組の方の百と合わせて京中の幻魔が集まってるんじゃないかい?」

 

 そしてそんな光景を、付近の比較的高い家の屋根から眺める少女が一人。

 此方の様子を確かめるべく移動してきた、鴉天狗の阿倫だ。

 

 「でも、流石は精強で知られる薩摩隼人。攻めてるのは幻魔の方なのに、戦運びは一方的に優勢だ」

 

 元々戦に備えていたのだろう、そこかしこに設置した障害物で幻魔の侵攻を阻止しつつ引き付け、正確に頭部を西洋伝来のライフル銃で撃ち抜いている。

 そして其処から漏れて侵攻してきた幻魔には、薩摩自慢の示現流の剣士たちが斬りかかり、斜めから袈裟懸けに引き裂き両断する。

 

 「一番目立ってるのは……。やっぱり、中村半次郎か。人斬りのくせに、刀を抜かずに銃を撃ってるけど」

 

 人斬り半次郎は周囲より一段高い位置に陣取り、全体に激を飛ばしながら銃剣の着いた最新式のライフル銃を押し寄せる幻魔の群にブッ放していた。

 

 「そう時間も掛からず、薩摩が勝つね。……でも此の数だ、新選組への援軍は望めない」

 

 通常の人間の軍隊ならば、此処まで一方的な戦運びとなれば士気が維持できなくなり壊乱し撤退を余儀なくされるだろう。

 だが、幻魔の軍は決して退かない。

 恐怖も疲労も幻魔は感じず、殺意と闘争心は絶命するその瞬間まで煮え滾っている。

 正しく最後の一兵まで、完全に全滅し絶命するまで幻魔で構成された軍隊は戦い続けるのだ。

 薩摩軍が五百の幻魔軍を斃す頃には、新選組屯所での戦いは決着が着いているだろう。

 

 「無理に頼めば、いける……? いや、流石にそこまでの余裕は無さそうだ。京の外の幕府軍――は、駄目だね。動かないだろうし、動いても邪魔になるだけだ」

 

 新選組単独でどうにかするしかない――と諦めかけた時、阿倫の頭に閃くモノがあった。

 

 「――動いてくれるかな? いや、そもそも動いてくれたとしても戦力として期待していいのか……。いや、とにかく頼んでみよう。今この京の街で、頼れそうなのなんて彼くらいしか思い浮かばないんだからさ!」

 

 決断し、阿倫は瞬間移動し目的の場所へと向かう。

 向かいつつ、阿倫の脳裏に不安がよぎる。

 今回の、幻魔の動きについてだ。

 

 (いくら何でもおかしくないかい、今回の幻魔の動きは? こんな、兵を使い捨てるような……。まるで、もう要らないみたいに)

 

 今、京の街で幻魔を動かしているのは武市瑞山だ。

 武市は、決して無能な男ではない。

 直接会った事こそないが、それでも今まで得た情報から侮れない敵であることだけは確かだった。

 それが何故、こんな無謀ともいえる攻勢を仕掛けてきたのか?

 

 (今まで造った下級造魔を全て使い捨てても良いと思える、何かを手に入れた? いったい、何を? 考えられるとしたら、昔秀吉が使ったあの――)

 

 そこまで考えたところで、阿倫は頭を振り雑念を追い出した。

 今この場で推測に推測を重ねても仕方が無い。

 今考えるべきは、現在進行形の脅威を切り抜けることだ。

 後のことは、脅威を切り抜けた後に考えればいい。

 

 ――そう頭を切り替えた阿倫は、目的地に向けて更に瞬間移動を繰り返す。

 

 目指すは今の京の街において、唯一新選組への援軍を期待できる男の隠れ家へ。

 

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