鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第二十話 人斬り新兵衛 その二

 人斬り田中新兵衛の戦い方は、人間であった頃と変わらない。

 大太刀を高く掲げる蜻蛉の構えをとり、防御は全て身に纏った大鎧に任せて全力疾走し、渾身の力を込めて袈裟懸けに斬り下ろす。

 単純明快にして協力無比な、示現流の戦闘術。

 

 ――しかし造魔と化し幻魔の力を得た事で、その凶悪さは跳ね上がった。

 

 手にした大太刀と体躯、共に十尺(3m)以上。

 全身を大鎧で固め蜻蛉の型を取るその姿は、まるで鉄製の櫓の様。

 あまりに高すぎて大太刀の先端部は視野から外れてしまうため、斬撃は視界の外から迫ってくる形になるため非常に躱しにくい。

 更には造魔と化し強化された脚力は人であった頃を超え、巨大な体躯から来る鈍重さなどまるで感じさせず、その全力疾走は馬を思わせるほど。

 

 ――端的に言って新兵衛は、怪物と化した。

 

 鬼武者の力を覚醒させた十兵衛をして、まるで勝ち筋が見えない程の怪物に。

 

 「クッ……!」

 

 異形の砲塔へと変化させた右腕の砲門を光らせ、光弾を発射する十兵衛。

 並みの幻魔ならば一撃で吹き飛び焼き尽くす程の威力を持つソレを、新兵衛は避け様ともせず真正面から受ける。

 しかし蜻蛉の構えは微塵も揺らがず、突進の速度も一切衰えない。

 地をも揺るがす大音響、示現流の象徴ともいえる猿叫をあげながら新兵衛は迫る。

 

 「オォッ……!!」

 

 大太刀が振り下ろされるより早く、鬼の力を突風として背から吐き出し、地から浮き上がり滑るように新兵衛の側面をすり抜ける。

 すり抜け様に、左手に持つ鬼の力で異形の姿へと強化した太刀を叩き込む。

 

 ――金属がぶつかる音が響き、太刀が弾け飛びそうな衝撃が腕に走るが、何とか耐える。

 

 駆け抜け距離をとり、地面を抉りながら強引に方向転換をして新兵衛に向き直り、再び右腕の砲塔を構える。

 その頃には新兵衛も振り下ろした大太刀を再び掲げ蜻蛉の型に構え直し、突進を始めようとしている。

 その大鎧はあちこちヘコみ全体的に焦げが付いてはいるが、未だに健在

 蜻蛉の構えをとる新兵衛本人には、一切損傷が入った様子無し。

 

 (駄目だ……。決め手が、無い)

 

 現状、一方的に傷ついているのは新兵衛の側。

 しかし致命傷はおろか、動きを鈍らせる程度の傷さえ与えられていない。

 一方、示現流の太刀は一撃必殺。

 まともに受ければ一太刀で絶命、掠っただけでも行動不能になりかねない。

 一瞬の判断の誤り、何かの掛け違いで勝敗は一撃のもと新兵衛の側へと傾くことになる。

 

 (時間が掛かり過ぎると、変身が解ける)

 

 鬼武者の力を覚醒させておける時間は、そう長くない。

 本来は勝負を急ぎたい時のための切り札、こんなに戦いが長引くとは思わなかった。

 このまま戦い続け変身を維持できなくなれば、その瞬間に十兵衛の負けが確定する。

 

 (たぶん、新兵衛はソレに気が付いてる。コイツからは、勝負を急ごうという気配が感じられない。じっくり時間をかけて、確実に私を斬る気だ)

 

 ――十兵衛の思考を掻き消すように、新兵衛が猿叫と共に何度目かになる突進を始める。

 

 十兵衛の読み通り、新兵衛は焦らず時間をかけ確実に鬼武者を仕留めるつもりであった。

 今回の襲撃に置いて、新兵衛が尊敬する武市から受けた指令は新選組局長近藤勇の抹殺。

 しかし新選組屯所にて衝突が予想された鬼武者もまた、近藤に勝るとも劣らぬ抹殺対象であった。

 鬼武者は先代の幻魔王であった吉田松陰を始めとして数多の同志を斬ってきた怨敵であり、今後の攘夷活動においても多大なる障害となる脅威。

 人間であった頃に敗北し、殺されかけた事への雪辱もある。

 近藤の抹殺は同志である以蔵か彦斎に任せ、新兵衛は鬼武者斬りに全神経を集中させていた。

 

 (オイにあるは蜻蛉の型、一つのみ。じゃっどん、蜻蛉は無尽に宙を舞う)

 

 実際に新兵衛と相対している十兵衛はヒシヒシと感じていることだが、一見同じ事を繰り返しているようにしか見えない新兵衛の大上段からの突撃、実のところ一つとして同じモノは無い。

 

 ――構えをとってから突撃を掛けるまでの間、走る速度、大太刀を振り下ろすタイミング、振り下ろす角度。

 

 全てが微妙に異なり、そしてその微妙な差を見誤れば大太刀は鬼武者に致命傷を与え、勝敗は決する。

 新兵衛は鬼武者に、命懸けの極限の集中を強い続けていた。

 

 (この戦い、オイの勝ちじゃ)

 

 幻魔の血を受け入れ人を捨てたとはいえ、人であった頃に積み上げた鍛錬と人斬りの経験は消えていない。

 その経験が言っていた。

 現状の優位と、その優位が時間の経過と共に広がっていくモノだという事を。

 

 ――本堂の奥から、空気の避ける破裂音が響く。

 

 十兵衛と新兵衛が戦っている間にも、幾度か鳴っていた。

 恐らくは奥に向かった人斬り彦斎と、鬼武者の力を覚醒させた土方が戦っているのだろう。

 屯所を襲って来た百の下級造魔は既に数を半分以下にまで減らされていたが、現状合戦の天秤は幻魔側に傾いていると言っていいだろう。

 

 ――そしてその傾いた天秤を、更に偏らせる要因が新たに発生した。

 

 「なんじゃあ新兵衛、まだ鬼武者を仕留めちょらんかったんか。……こりゃあエェ。鬼武者狩り、ワシにも一口嚙ませやぁ」

 

 手にした二刀を返り血で真っ赤に染めた人斬り以蔵が、二人の戦いの場に加わって来たのだ。

 

 「――以蔵さァ。壬生狼の、隊長は?」

 

 「ああ、斎藤か。確かに手強かったけんど、人を超えたワシの敵じゃあ無いちや。ホレ、あそこでくたばっちゅう」

 

 以蔵が手にした血濡れの刀の切っ先で指し示す先には、確かに新選組三番隊隊長斎藤一が血を流して倒れていた。

 しかし以蔵の言葉とは裏腹にまだ息はあるようであり、十兵衛の見たところ今すぐ手当すれば助かる範囲に見えた。

 

 「以蔵さァ、また悪か癖が出もしたな。止めば刺さず嬲るは、武士の道に外れもす」

 

 新兵衛の諫言に、以蔵は顔を歪ませて答える。

 

 「そう言いなや。こうなってからは余計に、人を殺したい、嬲りたい、痛めつけたいっちゅう気持ちが抑えられんがじゃ。他のモンも、皆そう言うちょった。幻魔になるっちゅうんは、こういう事なんじゃろ。おまんや武市先生みたいなんが、例外なんじゃ」

 

 両眼を紅く光らせながら語る以蔵の顔は、正しく人ならざる怪物のソレ。

 怪物たる以蔵は、刀の切先を十兵衛に向けながら続ける。

 

 「まあ安心しぃ。こん鬼武者は嬲らん、確実に仕留める。それが武市先生からの指令じゃしのう。サッサとコイツを殺して、奥に隠れとる近藤も殺す。それで指令は全て達成。新選組は、今日で仕舞いじゃ」

 

 両腕を広げ二刀を構える以蔵、それを見た新兵衛は最早何も言わず、合わせる様に蜻蛉の構えを取る。

 

 (駄目だ、勝てない)

 

 異形の太刀を構え迎撃の姿勢をとる十兵衛だが、その心は焦りに満ちていた。

 

 (この二人を相手に、勝つ方法が浮かばない)

 

 数合は打ち合い、耐えられるだろうが限界は直ぐに訪れる。

 勝敗は確定し、後は決着を先延ばしにする事しか出来ることは無い。

 

 (仮に逆転の可能性があるとすれば、それは外部からの何らかの干渉があった場合のみ――)

 

 ――そう十兵衛が考えた時、無数の銃声が屯所内に響き渡った。

 

 「なんじゃあ?! ……ガァッ!?」

 

 怒声を上げた以蔵の体を、無数の弾丸が貫く。

 

 「こいは……」

 

 新兵衛の体にもまた無数の弾丸の雨が降り注がれるが、身の纏った分厚い鉄の大鎧によって全て弾かれ、蜻蛉の構えを一切崩さないまま銃声の鳴る方向へと視線を向ける。

 

 ――その先には、赤銅色の肌に欧米風の服を着た男たちが十数人ほどいた。

 

 彼らは一様に薩摩の兵たちが持っていたモノよりも高性能で最新式のライフル銃を持っており、それらを新選組隊士達を襲う造魔達に向けて撃ち放っていた。

 

 「おーい! 十兵衛ェ――!!」

 

 銃声に交じって響く、快活な少女の声。

 声の主は、阿倫。

 彼女の傍らにはステイツのエージェント、ジョージがおり襲って来る造魔をライフルで撃ち倒している。

 

 「援軍、連れて来たよ!」

 

 薩摩藩邸を立った後、彼女は貰っていた地図を頼りにジョージに会い、助けを頼んだのだ。

 ジョージは即座に快諾し、京都中に散っていた仲間を集め駆け付けてくれた。

 数こそ十数人と少なかったが、戦況を変えるには十分な戦力だった。

 

 「舐めなやぁ――!!」

 

 以蔵が、吠える。

 無数のライフル弾に体を貫かれた以蔵だったが、動きに支障は微塵も無く戦意は欠片も揺らがない。

 造魔と化し体を完全に幻魔のモノとした以蔵にとって、体を撃ち抜かれる程度大した損傷にならない。

 

 「八つ裂きにしちゃる!!」

 

 二刀を構え、馬の如き俊足で以蔵は銃を構える男たちに迫る。

 その過程で撃たれたとしても、問題ない。

 数発程度の銃弾では人を捨てた以蔵を殺せず、突進を止めることも出来ないからだ。

 だが――。

 

 ――そんな以蔵の眼前に、奇妙な銃が現れる。

 

 無数の銃砲が円形に並べられ、一つと化したかのような異形の銃。

 それはまるで大砲の様であり、実際大砲のように車輪付きの荷台で運ばれてきた。

 

 ――以蔵は知らなかったが、その銃の名はガトリングガン。

 

 無数の銃身を回転させながら一分間に二百発以上もの弾丸を連続発射する、西欧列強の最新兵器である。

 

 「な、んじゃぁああ?!」

 

 本能的に危険を察知した以蔵は突進を止め、両手を眼前で交差させ身を守る態勢をとる。

 

 ――そんな以蔵に向かって、ガトリングガンが斉射される。

 

 「ギィャァアアアア?!」

 

 連続発射される弾丸が、以蔵の体を貫き吹き飛ばす。

 連射速度が速い分弾切れを起こすのも早く、弾倉に込められた全弾を撃ち尽くすまでの時間はあっという間だったが、その僅かの時間の間に以蔵の体はズタズタになった。

 

 「あ……が……。わ、ワシの、腕、が……」

 

 以蔵が握りしめていた二刀が、地に落ちる。

 身を守るために眼前で交差させていた両腕は完全に引き裂かれ、既に原形を保っていない。

 胴体も穴だらけで、人間であればとっくに絶命している損傷具合。

 それでも以蔵は、生きて動いていた。

 

 「殺し、ちゃるぞ、異人、共……! 今に、見ちょれ……!」

 

 肺を含めた気管全体をズタズタにされているため息も絶え絶え、しかし殺意だけは微塵も衰えさせずそう言うと、以蔵は逃げ出した。

 足の負傷は少ないためか、その速度は変わらず馬並み。

 追撃として放たれる銃弾を不規則な蛇行移動で躱しながら、以蔵は逃げ去っていった。

 

 ――猿叫が、響く。

 

 新兵衛が狙いを鬼武者からジョージ達へと変え、彼らに向けて突進を始めたのだ。

 突然の事態の急変に呆けていた十兵衛だったが、その咆哮により意識を取り戻し、ジョージ達へと駿馬の速度で駆けていく新兵衛の背に光弾を放つ。

 だが分厚い大鎧を着た新兵衛は光弾の直撃を受けたにも関わらず微動だにせず、走る速度は微塵も落ちない。

 このまま大太刀で切り裂かれるかと思った時――。

 

 ――ジョージ達は新たに、大砲を引き出して来た。

 

 「 FIRE!! 」

 

 ジョージの掛声と共に、大砲が火を噴く。

 打ち出された砲弾は見事に新兵衛の体の中心を捕え――蜻蛉の型により前面に構えられていた左肩を大袖ごと破壊し、そのまま爆発して左腕ごと吹き飛ばした。

 

 ――だがそれでも尚、新兵衛の突進は止まらない。

 

 残った右手だけで新兵衛は大太刀を振り下ろし、自身を撃った大砲を叩き斬った。

 振り下ろされた大太刀は地をも叩き斬り土煙を撒き起こしたが、新兵衛は尚も止まらない。

 残った右手だけで大太刀を振り被り蜻蛉の構えをとり、今度はガトリングガンへと向けて突進を開始したのだ。

 その恐ろしい姿に、ジョージの仲間たちは操作していたガトリングガンを放り出して逃げ出した。

 それは賢明な判断だったが、同時に強力な兵器であるガトリングガンの喪失が確定した瞬間でもあった。

 新兵衛は片手にて大太刀を振り下ろし、ガトリングガンをも破壊したのだった。

 

 「 FREAKS……!」

 

 ライフルを構え、吐き捨てるジョージ。

 そのジョージに向き直り、切り捨てるべく新兵衛は片腕にて蜻蛉の型をとる。

 だが新兵衛が突進を始めるより早く、十兵衛がその間に割って入った。

 

 「有り難う、ジョージ! 助けに来てくれて!!」

 

 背後のジョージに向けて、礼を言う十兵衛。

 その十兵衛に向けて、ジョージの傍らに立つ阿倫が声を掛ける。

 

 「私が頼んだんだ! 皆予想以上に強くて、ビックリした!」

 

 「阿倫も、有り難う! ジョージ達が来てくれなかったら、多分、私死んでた!」

 

 礼を言い終わった十兵衛は、変わらず鉄の櫓の如く聳え立つ新兵衛に鋭い視線を向ける。

 

 「この怪物は、私が倒す! ジョージは、援護して!!」

 

 「……ワかった!」

 

 ジョージの返答に満足げな笑みを浮かべた十兵衛は、新兵衛に向かって駆け出す。

 もう、負ける気は微塵もしなかった。

 




少し忙しくなったので、次話を持ちまして一旦休止させてもらいます。
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