鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第二十一話 人斬り新兵衛 その三

 「……どうやら貴様らに援軍が来たようだな、壬生狼」

 

 遠く本堂の外から木霊する銃声に耳を傾けながら、人斬り河上彦斎は目の前の鬼武者に話しかける。

 その全身はボロボロで所々深刻な裂傷があり、幻魔の血を受け入れ人を捨てた造魔の身でなければ既に絶命していただろう状態だった。

 

 「……」

 

 一方、右手に嵌めた鬼の籠手の力により鬼武者の力を覚醒させ、白く発光する長い髪に青い肌の異形の姿となった土方は、無言で彦斎を睨みつける。

 こちらも彦斎に負けず劣らず重傷で、鬼と幻魔、二人の怪物の間で行われた戦いの激しさを伺わせた。

 

 「薩摩に援軍を送る余裕はないはず。幕府の腰抜け共が兵を動かしたか? ……まさかな、連中にそんな度胸がある訳が無い」

 

 喋り続けながらも手は刀の柄から離さず、音超えの居合を放てる態勢のまま彦斎はジリジリと土方から距離をとり始める。

 

 「逃げる気か、彦斎。意外と腰抜けだな」

 

 土方の挑発に、怒りからか彦斎の額に無数の血管が浮き上がる。

 正しく人間とは思えぬ形相となった彦斎だったが、それでも距離を取ることは止めない。

 

 「……挑発には乗らんぞ、壬生狼。オイには為すべきことがある、貴様ら如きに使い捨てる命は無い」

 

 更に距離を取る彦斎。

 既に逃げるには十分な間合いが生まれていた。

 

 「後もう少しで始まる。神州を汚す夷狄共を残らず叩き斬る、日ノ本全土が一丸となって戦う攘夷戦争が。その大戦で一人でも多くの夷狄を斬り、この国を守る刃となるためにオイは人を捨てたんじゃ」

 

 振り返り、馬の如き俊足で彦斎は走り出す。

 

 「壬生狼、そして幕府! 貴様らは道を間違えた! 幻魔の力を以ての攘夷決行こそ救国の道! オイたちの行動を見て、己の誤りを思い知るがいい!!」

 

 捨て台詞と共に、逃げ去ってく彦斎。

 その背を、土方は黙って見送った。

 追撃をかけようとは思わない。

 襲撃をしのぎ切り守り切った時点で、この喧嘩は新選組の勝ちだ。

 下手に負えば、思わぬ反撃を受ける可能性だってある。

 

 「――そもそも、時間切れだ。もうこれ以上は、変身していられねぇ」

 

 そう呟くと、土方は其の場に座り込む。

 それと同時に鬼武者の力の覚醒が終わり、白かった髪は黒くなり肌は青みがかったモノから通常のモノへと戻っていく。

 

 「あー、もう駄目だ、もう動けねぇ。……クソ、情けねぇ」

 

 覚醒が終わり人へと戻った反動か、鬼の力で塞がっていた裂傷が幾つか開き始め血が流れだす。

 

 「あっちは……まだ、戦ってるか」

 

 遠く本堂の外からは、今だ銃声と何か大きな鈍器が叩き付けられた様な破壊音が響いてくる。

 

 「勝てよ、鬼武者。沖田の名を継いだんだ、幻魔なんぞに成り果てた奴に、負けるんじゃねぇぞ」

 

 

 

 砲撃によって片腕を失い隻腕となっても、新兵衛の為すことは変わらない。

 片腕にて大太刀を天高く振り上げ、敵に向けて全速力で突進し、渾身の力を込めて袈裟懸けに大太刀を振り下ろす。

 人を捨て幻魔と成っても変わらぬ、示現流剣士としての戦い方。

 だが示現流蜻蛉の型が攻防一体の構えであるのは、五体満足であってこそ。

 片腕を失った時点で攻撃力、守備力共に著しく落ちている。

 更に言えば、砲撃で失ったモノは片腕だけではない。

 鬼武者の光弾、ジョージ達のライフル弾、共に弾いていた分厚い鋼鉄製の大鎧も損傷著しく、そこかしこに裂け目が出来ている。

 その裂け目を狙って鬼武者の斬撃が走り、ジョージ達のライフル弾が撃ち込まれる。

 砲撃を受ける前とは異なり、確実に新兵衛の体にはダメージが蓄積されていっていた。

 

 ――だがそれでも、新兵衛は止まらない。

 

 先の幻魔王吉田松陰が施されていたモノを更に改良した造魔化施術を受けた新兵衛の体は、いまや高等幻魔と同等以上の頑強さに仕上がっている。

 その固く分厚い外皮は鋼鉄の大鎧の様にライフル弾を弾きこそしないが、完璧に受け止め皮下の筋肉や内臓には一切の損傷を届かせない。

 鬼武者の斬撃は皮と肉を裂き内臓をも抉るが、鎧の裂け目からでは命には届かず、少しばかりの時間が経てば傷は塞がり動きに支障も来たさない。

 最強の怪物として、新兵衛は未だ優位にあった。

 

 (……拙いな、そろそろ覚醒を維持できなくなる)

 

 勝利を確信し戦い始めた十兵衛だったが、圧倒的な耐久力を誇る新兵衛を前に、徐々に劣勢に追い込まれていた。

 覚醒を維持する体力が無くなった時点で、十兵衛の負け。

 にも拘らず新兵衛の命を刈り取る一撃を十兵衛は持っておらず、ジョージ達も大砲を破壊された時点で新兵衛に対する決め手を失った。

 以前と変わらず、今のままでは詰み。

 

 「――やるしか、ないか」

 

 故に十兵衛は、覚悟を決めた。

 先の戦いとの最大の違い、ジョージ達の存在に全てを賭ける決意を決めたのだ。

 

 「ジョージ! 次の一撃に、残った全ての力を籠める! だから、後は任せた!!」

 

 突然の十兵衛の言葉に驚くジョージだったが、すぐに力強く頷き返す。

 共に命を預けて戦う者同士、言葉は不要だった。

 

 ――残った力を全て込め、十兵衛は大上段に太刀を構え飛び駆ける。

 

 奇しくもその姿は、新兵衛と同じ示現流蜻蛉の構えに似ていた。

 

 ――迎撃せんと、大太刀を振り下ろす新兵衛。

 

 しかし片腕、そして戦いの中で負った数多の傷がその振り下ろす速度を遅らせる。

 

 ――結果、十兵衛の振るう異形の太刀は新兵衛の頭部を捕えた。

 

 厚い鉄の兜を砕き、その下に守られていた生物の物とは思えぬ程に硬い頭蓋骨をも粉砕する。

 

 ――しかし頭部を両断し、頭蓋骨の下の脳組織を完全破壊するには至らなかった。

 

 異形の太刀は頭蓋骨を半ばまで斬った所で停止し、太刀を握る十兵衛の体も空中にて停止する。

 新兵衛はソレを見逃さない。

 大太刀から手を放し、片腕にて十兵衛の腹に強烈な裏拳を叩き込み、その体を弾き飛ばす。

 弾き飛ばされた十兵衛の体は宙を舞い、そのまま態勢を立て直す事も出来ず地面に叩きつけられる。

 

 ――空気が口から弾き出される音と共に十兵衛の体が地面を跳ね、同時に十兵衛の体を覆っていた異形の鎧が消え、額から生えていた二本の角も消えていった。

 

 「グォ……オ……」

 

 いまだ新兵衛の頭部の突き刺さっていた異形の太刀も通常の姿へと戻り、小さく細くなったことで頭部から抜け落ちていった。

 

 ――その刀が抜けた傷跡から、人の物とは異なる体液が噴き出す。

 

 だがそれでも尚、新兵衛は倒れない。

 造魔と化した者は頭部を完全に破壊されるか首を斬られるか、あるいは体を両断される以上の損傷を受けなければ絶命に至らない。

 力を使い果たしたのか、地に転がり動かない鬼武者に止めを刺すべく新兵衛は歩みを進める。

 大太刀を拾いはしない、残った右の剛腕を持って叩き潰す腹積もりだった。

 

 ――そうして歩みを進め、片腕を振り上げた時。

 

 轟く銃声と共に、新兵衛の頭部が吹き飛んだ。

 銃弾を撃ち込んだのは、無論ジョージ。

 ジョージは十兵衛が斬り開けた、新兵衛の兜と頭蓋骨の隙間に銃弾を命中させたのだ。

 僅かな隙間に鉛球を撃ち込む、恐るべき銃の腕。

 銃弾は新兵衛の脳組織をズタズタに破壊した。

 

 ――膝から崩れ落ちる、新兵衛。

 

 不死身の怪物の如く戦い続けた最強の造魔は、ようやく絶命へと至った。

 

 

 

 「大丈夫かい、十兵衛!?」

 

 倒れた十兵衛へと駆け寄る、阿倫。

 

 「ん……ああ、阿倫。大丈夫だよ、大丈夫」

 

 そんな阿倫に対し十兵衛は、体を動かし仰向けになって答える。

 

 「それで、新兵衛は?」

 

 「タオしたぞ」

 

 油断なく銃を構え周囲を警戒しながら、ジョージが近づいてきて答える。 

 

 「ホカの幻魔ドモも、ほとんどタオした。このタタかい、ワレワレのカちだ」

 

 ジョージの言葉通り、百いた造魔の群は壊滅し後は数体が暴れているだけ。

 ジョージの部下たちが銃弾を撃ち込み動きを鈍らせ、動くことの出来る新選組隊士達が止めを刺す。

 そんな連携が自然と出来上がり、残った造魔達をどんどん倒していっていた。

 

 「そう……良かった」

 

 そう言うと十兵衛は大きく息を吐き出し、目をつむった。

 

 「じゃあ、私は少し休ませて貰うよ。すごく、疲れたからさ」

 

 そう言い残し、十兵衛は意識を手放す。

 最後に自分の名を呼ぶ阿倫とジョージの声が聞こえ、彼らが居れば何も心配することは無いと安心感に包まれての気絶だった。

 




これにて休載します。また続きを書くことがあれば読んで頂ければ幸いです。
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