鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第三話 幻魔王 吉田松陰

 松下村塾の内装は、王を名乗る者が座するにはあまりにも質素で簡素な作りをしていた。

 部屋の中を照らす物が数本の蝋燭だけというのを置いておいても余分な飾り付けなど一切無く、数畳ほどの部屋の中にはただ一脚の机があるのみであった。

 ただあえて装飾を探すのならば部屋の中央の床の間には掛け軸が一枚掛けられており、その絵には二人の英傑、織田信長と豊臣秀吉の姿が描かれていた。

 

 ――――そしてその掛け軸と机との間の空間に座っている男が、一人。

 

 男は腕を組み綺麗な姿勢で正座しており、痩身で目を瞑っていることもあるだろうが、どこか知的で穏やかな学者のような印象を与える男であった。

 だが同時に強く一文字に結ばれた口元からは意志の強さと世への不満が滲み出ており、男がただの学者肌の人間ではないことを雄弁に物語っていた。

 

 ――――男の名は、吉田松陰。

 

 この松下村塾の塾長にして、封じられた幻魔を再び世に解き放った大罪人であった。

 

 「……遅かったですね、十兵衛」

 

 屋敷の扉を蹴破り、土足で塾内に踏み行って来た青い肌をした異形の少女に、松陰は瞼を開け静かな声で語りかけた。

 

 「この血の香り。 止すように言っていたのに、弟子の何人かが私を守ろうと貴方に立ち向かいましたか」

 

 幻魔の血を受け入れた証。禍々しく赤く輝く瞳を光らせながら、松陰は言葉を続ける。

 その声に怯えの色は無く、既に抜刀を済まし戦闘の構えをとる少女の姿など眼に入っていないかのようだった。

 

 「まあ、過ぎてしまったことは仕方がありません。 それより十兵衛さん。 最後に一つ、私の話を聞いてはくれませんか」

 

 腕を組んだまま立ち上がり、少女の深紅に輝く瞳に視線を合わせて松陰は言葉を綴る。

 

 「十兵衛さん、貴方は自分の行動が本当に正しいものだと思っていますか?」

 

 教師として人に語り聞かせることに慣れているためだろう。その声は力強く、聞き取りやすい。

 

 「昨年、貴方は薩摩藩主‘島津斉彬‘様を殺しましたね? 確かにあの方は私の話に興味を持ってくださり、幻魔の力を借りての国防に対して前向きでした。 そして神君家康公の遺命に縛られひたすらに幻魔を廃そうとする幕府に疑念を持ち、幕政を変えるべく京に進軍しようとしていた。 ……確かに、あの方の行動は貴方や幕府にとっては悪そのものだったでしょう。 しかし同時に、この国の前途を憂う多くの方々にとって斉彬公は希望そのものであり、今後の日ノ本に無くてはならぬ英明さと先見の目を持った御方だった」

 

 そこでいったん言葉を切り、松陰は鋭い視線で少女を詰問する。

 

 「教えてください。 あの方を殺したことを、貴方は正しい事だったと心から断言できるのですか?」

 

 言い訳や言い逃れ、建前だけの言葉など決して許さないという強い意思を以て放たれる松陰の言葉。

 

 ――――しかし、それに対する少女の答えは冷たく無機質で端的な物だった。

 

 「……五月蠅い」

 

 刀を下段に構え、ただ真っすぐに松陰を見つめて少女は答える。

 

 「幻魔を解き放ち、幻魔に魂を売った。 ――――お前を、斬る」

 

 一切の議論を否定する少女の言葉と態度。

 

 ――――それに対し松陰は、呆れ果てと言わんばかりに深い溜息を吐く。

 

 「貴方には、理解できないようですね」

 

 少女の言葉には血が通っていない。意思がない、魂の力がない、人として完成していない。

 まるで人形、幼いナニカに縛られた傀儡だ。

 百年を超える年月を生きているにも関わらず、それに見合わぬ未成熟。その在り方に僅かに残った人としての心が憐れみを覚えるが、あいにく正すような時間も無ければ義務もない。

 

 「ヌゥン! ……ヌゥァァァッッッ!!!!」

 

 腕を広げ、裂帛の気合を込めて叫ぶ松陰。

 途端に体から炎が噴き出し、その炎によって広がった輪郭を埋めるかの如く肉が盛り上がり、体が肥大化していく。

 

 「グゥァッ! ……ガァッ! ――アァァァッ!!」

 

 背丈は倍近くになり、その頭は決して高いとは言えない松下村塾の天井に届こうかというほど。に三メートル近くまである巨漢へと変わっていく。

 

 「グゥッ……! ――フフフ、驚きましたか?」

 

 人であった頃の面影など全くない。外骨格の様な質感を備えた筋肉により形作られた肉体の上、能面としか言いようがない顔で松陰だったものは少女に語り掛ける。

 

 「オズワルド君の造魔製造技術はこの五年で更なる飛躍を見ました。 時間はかかりますし自我を保つには強い意志の力が不可欠ですが、人の体を高等幻魔にも匹敵するモノに作り変えることが可能になったのです。 中等幻魔程度しか作り出せなかった今までと比べれば、格段の進歩と言えるでしょう」

 

 常人の胴体ほどもある両腕の先、広がった五指の先に付いた刀の様に長く鋭い爪を振りかぶり、松陰は戦闘の口火を切る最後の言葉を告げる。

 

 「とはいえ完全な成功例はまだ私一人。 実践訓練も未だ行えていません。 ――ですので、貴方でこの体の性能を試させてもらいますよ、十兵衛ェェェッ!!」

 

 ――――両の腕が、人の目には留まらぬほどの速さで少女に繰り出される。

 

 その振り下ろされた一撃を少女は軽く躱すが、その衝撃は畳と床板を突き破り屋敷に大穴を開けるほどのものであった。

 

 「グオオオォォォォッ!!!!」

 

 完全なる幻魔化により理性を失ったのか、松陰だった怪物は腕を振り回し少女を追い回す。

 その全てを少女はかわし、その度に屋敷内の柱や梁がへし折られ、ほどなく松下村塾は崩れ落ち、崩落する直前に少女は屋敷から飛び出した。

 

 「――――■ ■ ■ ■ ■ ■ !!!!」

 

 そしてそれを追う様に完全に崩落した屋敷の残骸を弾き飛ばし、最早言葉とも付かぬ獣のような咆哮を上げながら怪物が現れる。

 怪物は屋敷の残骸を踏み砕きながら、巨大な鉄球のごとく膨らんだ上腕筋を突き出し、猪のごとく少女に向かって突撃をしかける。

 

 ――――それをも少女は紙一重で交わし、横切りざまに怪物を切りつけた。

 

 「…………ッ!」

 

 横っ腹を切りつけたのだが、怪物の外殻のような筋肉は固く厚く、その内にある内臓に届いた感触は無かった。

 

 そして流石に突撃の勢いが強すぎたのか怪物は即座に方向転換出来ずよろけるが、それでも再び少女に向き直り爪を構える。

 その腹の裂傷からは鮮血が流れ出してはいるが既に肉が盛り上がり回復が始まっており、碌なダメージを与えられていない事は明らかだった。

 

 「……頭か」

 

 呟いた少女は、今度は自分から怪物へと向かっていった。

 怪物はそれを不遜と感じ怒りを覚えたのか、怪物の側も少女に向かっていき、その爪を振るい少女を引き裂こうとした。

 

 だが少女はそれをもあっさりと避けると、怪物の能面の様な顔面に刀の一撃を食らわした。

 

 「……ッ」

 

 だが怪物の表皮こそ切り裂き血を流させたものの、怪物の頭蓋骨は予想以上に固くヒビを入れられた感触すら無かった。

 そして接敵しすぎたが故に怪物の突撃の勢いをそのまま受けてしまい、少女は吹き飛ばされ受け身をとったものの地面に投げ出されてしまった。

 

 ――――そして、そんな隙を見逃す怪物ではない。

 

 怪物は爪を振るい少女を串刺しにしようとし、少女はそれを転がって避ける。

 だが少女もいつまでも避けてばかりではない。

 やがて少女は身を起こし跳躍の構えをとり怪物に飛びかかり、怪物を飛び越えざまにその側頭部を切り裂いた。

 

 「――――――――ッ!!」

 

 傷口から血が噴き出し、怪物は傷口を押さえ怯むも致命的なダメージを負った様子はない。

 それどころか先ほど受けた頭部の傷は既に完全に塞がっており、腹部の傷も肉が盛り上がり完全に無くなっていた。

 その生命力・回復力は、少女が今まで相対してきたどの幻魔をも遙かに超える物だった。

 

 「……温存は出来ない、か」

 

 少女は懐に手を伸ばすと、淡く輝く宝玉を取り出した。

 宝玉の中には白い煙のような物が渦巻いており、どこか神々しさすら漂っていた。

 

 「 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ !!!!」

 

 ――――先ほど斬られた頭の傷すら既に完治させ、怪物は爪を振り上げ少女に迫る。

 

 だがその爪が届くよりも早く宝玉の中の煙が少女の胸へと取り込まれていき、少女の体に変化が起こった。

 

 「ガッ――――?!」

 

 肩までだった少女の白髪は腰まで届くほどになり、その全身には先程まで着ていなかった鎧が装着されている。

 瞳の紅い輝きはさらに強くなり、体からは瞳と同じ紅いオーラが立ち昇っている。

 先祖返りにより誰よりも強く濃く現れた鬼の力を完全に開放した姿――その力により強化された少女は、振り下ろされた怪物の爪を容易く受け止めていた。

 

 ――――そして鬼神と化した少女は、怪物の子供の腕ほどもある爪を小枝の如く圧し折ったのだった。

 

 「ガァアアアアアッ!!」

 

 とはいえ怪物も爪を圧し折られた程度では止まらない。

 痛みを無視し、もう片方の腕を振り上げ今度こそ少女を切り裂こうと爪を尖らせる。

 

 ――――だがそれが振り下ろされるより早く少女の片腕が変化し、砲門のようになった腕から白い奔流が怪物へと放たれた。

 

 奔流は怪物の体を押し流しながら削り取っていき、奔流が晴れた時、そこには全身を削り取られ穴だらけとなった怪物が立ち尽くしていた。

 

「グ、ア……!」

 

 だが恐るべきは怪物の生命力。

 その状態でもなお肉が盛り上がり、削り取られた部位を補おうとしている。

 

 ――――だが無論、回復する暇など鬼神と化した少女は与えない。

 

 先ほどまで振るっていた日本刀とは違う、装飾の施された太く厚い大刀がいつの間にか少女の手には握られており、少女はソレを横一文字に振りぬいた。

 

 ―――― 一閃。

 

 怪物の体は上半身と下半身に切り分けられ、上半身は地に倒れ伏し下半身は立ち尽くすままであった。

 

 「グハッ……! ハァ、ハァ……ッ!」

 

 ――――怪物の体がしぼんでいき、だんだんと人の姿を取り戻していく。

 

 現段階での造魔技術の限界。

 ダメージ蓄積量が限界を超え、高等幻魔並みの肉体を維持できなくなったのだ。

 

 「ふ、ふふ。 凄まじい、ですね……」

 

 人の姿に戻ったことにより知性と理性を取り戻したのか、息も絶え絶えといった体で松陰は言葉を紡ぐ。

 

 「惜しい。 実に、惜しいことです。 これほどまでの、力。 国防に使えば、どれほどの……。 幕府は、貴方の使い道を間違えて……」

 

 「――――答えろ」

 

 だが少女には、そんな松陰の末期の言葉を聞く気など毛ほども無かった。

 

 「高等幻魔たちは、何処にいる。 お前たちは奴らの傀儡として利用されているに過ぎない。 人の世を守るためだ。 ――――奴らの居所を、答えろ」

 

 首元に大刀を当て詰問する少女。

 そんな少女に、松陰は怯えの色などまるで見せず笑いながら答える。

 

 「彼らはこれからの日ノ本に必要な方々です。 残念ながら、教えられませんね」

 

 ――――砲門と化した少女の片腕から光弾が放たれ、松陰の右手を吹き飛ばした。

 

 「次は首を刎ねる」

 

 冷然とした声で告げる少女。

 しかし痛みに顔を歪ませつつも、松陰の笑みは崩れない。

 

 「フ、フフフ……。 刎ねなさい、私は死など恐れません。 なぜなら、死などで私の魂は消せないからです」

 

 笑みを更に濃くし、松陰は言葉を続ける。

 

 「受け継ぎ繋がっていくのですよ、魂とは……! 私がただ貴方から逃げながら全国を回っていたとお思いですか? いいえ、いいえ! 私は全国を回り弟子をとり幻魔の力を広め、私の魂を増やしたのですよ! 私がここで果てようとも、必ずや彼らが私の志を継ぎ幻魔の力でこの国を、私の愛する日ノ本の国を醜悪なる夷狄どもから守ってくれるでしょう!!」

 

 ――――少女の大刀が一閃し、松陰の首を刎ねる。

 

 少女は口にしたことは必ず実行する。

 松陰が高等幻魔たちの居場所を語らないことなど想定済みであり、その場合は再び幕府の力を借り探し出すだけの話だった。

 

 ――――ゴロゴロと地を転がっていく松陰の首。しかしそれでも尚、彼の笑みは消えない。

 

 「……み、身は、たとひ……――の、野辺に、朽ちぬ、とも……留め置かまし……大和魂……!」

 

 辞世の句を詠み上げ、松陰の笑みは更に濃くなる。

 

 「ここから始まるのです……! 私の愛弟子達による、幻魔の力を使った救国が……! フ、フフフフフ……! ハハハ、ハァーッハッハッハッハッハッ!!」

 

 ――――少女の腕の砲門から再び光の奔流が放たれ、松陰の首を消し去る。

 

 松陰の首は跡形も無く消え去り、残された松陰の身体も少女によって消し去られた。

 

 「…………」

 

 松下村塾の残骸だけが残った戦闘跡地。

 しばらくの間それを眺めていた少女だったが、やがて踵を返し歩き出した。

 倒すべき高等幻魔たちはまだ残っている。既に倒した敵に拘泥する暇など少女には無い。

 次の戦いが、少女には待っているのだ。

 




次回投稿予定は11月5日、日曜日の予定です。
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