鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

5 / 21
第五話 幻魔京

 文久二年(西暦1862年)、京の都。

 白昼堂々の暗殺劇。江戸幕府最高権力者、大老井伊直弼が斬殺された桜田門外の変より2年の年月が経っていた。

 その二年の間に幕府の権威は失墜し諸大名は幕府を軽んじ始め、大君徳川家康以来の徳川家を中心とした秩序は綻びを見せ、ゆっくりとしかし確実に崩壊が始まっていた。

 世は、戦国以来二百数十年ぶりの動乱の時代へと突入しようとしていた。

 

 ――――そしてその混乱に乗じ、同じく二百数十年ぶりに蠢き始める異形の者達。

 

 ――――その名は、幻魔。

 

 彼らは土佐勤皇党を主とする攘夷志士たちに率いられて京の町に現れ、幕府方の統治・警察機構を襲撃。

 瞬く間にこれらを壊滅させ、無法地帯となった京の都は幻魔と攘夷志士たちの手に墜ちた。

 

 ――――そして彼らの支配地となった京の街は自然の物とは思えぬ禍雲に覆われ幻魔界から現れたと思しき異形の魔鳥共が飛び交う空の元、得体の知れぬ浪人達が造魔達を引き連れ我が物顔で練り歩く魔都と化した。

 

 そんな魔都と化した京を幕府の者達は幻魔に支配された『幻魔京』と呼び恐れ、対策を講じる事も出来ず西の幕府の本拠地たる大阪城から遠巻きに眺めることしか出来なかった。

 

 

 ――だがそんな日本国政府たる幕府にも見捨てられた京の街に足を踏み入れる少女が、二人。

 

 1人は白い頭巾を被った僧形の少女であり、もう一人は青い肌に白い髪をした異形の少女――今代の柳生十兵衛である。

 

  「松陰を追いかけまわしてる時にも京には来たけど、……いくら何でも変わり過ぎだね、これは。 まるで地獄だよ」

 

 僧形の少女――烏天狗の阿児が人に姿を変えた姿である阿倫の言葉に、十兵衛も頷く。

 

 「京の街は人が行き交い活気があり、それでいて江戸とは違った落ち着きがあった。 ……私は、好きだった。 幻魔とそれに与する者達が、それを変えてしまった。 私は鬼武者だ。 この町に蔓延る幻魔は、全て私が斬る」

 

 街一つ制圧してしまった幻魔の集団を、自分一人でも全て切り伏せてみせるという使命感。

 その使命感故に幕府の命も待たずこの魔都と化した京へとやって来たのだが、一人で全てを解決できると信じているかのようなその姿に、親代わりでもあった阿倫は苦笑する。

 

 (幕閣連中の無為無策と怯懦に嫌気がさして突出しちゃったのは私も同じだけど、こういう所が危ういんだよなぁ。左馬之助とかも一人で動いちゃうことがあったけど、あれは実力と経験に裏打ちされたものだったし。 一人で幻魔王を倒したといっても、まだまだ子供。 無茶しないよう、私がちゃんとしないと!)

 

 心の中で気合いを入れると阿倫は一差し指を立て、子を窘める親のように十兵衛を窘める。

 

 「逸る気持ちは分かるけど、まずは落ち着いて十兵衛。 いくら貴方でも一人でこの街に蔓延る幻魔を全て相手にするのは無理だよ。 確かに幕府はこの町の奪還を半ば諦めかけてるけど、それでも京の街にはまだ幻魔を相手に戦い続けている勢力が二つあるわ」

 

 首を傾げる十兵衛に、阿倫は笑みを返し言葉を続ける。

 

 「一つは私たちがこれから向かう先。この魔都における幕府側唯一の拠点、かつての西本願寺に拠点を置く浪人集団 新選組 」

 

 「新選組?」

 

 十兵衛の問いに、阿倫が答える。

 

 「そう、新選組。近藤勇とかいう人間を頂点に仲間たちが集まって、京に蔓延る幻魔を相手に戦ってる。かなりの使い手が集まってるらしくて、上位陣は一人で複数の幻魔を相手に圧倒出来るほどらしいよ」

 

 「へぇ……。その人たち、唯の人間なんだよね? それなのに幻魔を相手に出来るなんて、まるで阿倫たちが聞かせてくれた、かつて鬼武者と共に戦った英雄たちみたいだ。早く、会ってみたいな」

 

 声を弾ませる十兵衛に、阿倫も嬉しくなる。

 なにしろ百年を超える年月を共にあった可愛い愛娘だ、もっと喜ばせたくなる。

 

 「――実はね十兵衛、それだけじゃないんだ」

 

 少しばかり勿体ぶり、芝居がかった仕草をとる。

 

 「その新選組で副長を務めている……土方歳三って言うらしいんだけど。その人、私の調べでは鬼の血を引いているみたいなんだよ。つまり貴女の他に、この京にはもう一人鬼武者がいるんだ」

 

 「…… ――――」

 

 紅く輝く瞳を大きく見開く十兵衛、その目の奥に灯る喜びの光に阿倫は笑みを浮かべる。

 人から隔離され、かつての鬼武者たちの英雄譚を聞きながら育った娘だ。

 今まさに幻魔と戦っている自分以外の鬼武者など、昔語りの英雄そのものに等しい。

 

 そんな子供の様に瞳を輝かせる十兵衛に、阿倫は言葉を続ける。

 

 「まあ、楽しみにしてるといいよ。――で、真面目な話なんだけど。もう一つの幻魔と敵対している勢力なんだけど、これはちょっと厄介で」

 

 「待って、阿倫」

 

 阿厘の話を遮った十兵衛が、腰の刀を抜き放つ。

 

 「――幻魔だ」

 

 立ち並ぶ家の影から、巨大な一本角を生やした影が現れる。

 二メートル半はあろうかという長身、瘦身ながら筋肉質な体躯を持ち左手には円形の盾、右手には先端が二股に分かれた異形の大剣を持っている。

 

 「マーセラス! そんな、もうそこまで?!」

 

 怪物の識別名は、マーセラス。

 造魔技術の一つの到達点とも言える存在であり、その戦闘力は高等幻魔にも迫る程である。

 

 「……昔、寝物語で聞かせてくれたね。かつての鬼武者がコイツを倒した話を」

 

 刀を構え、十兵衛は愉快そうに笑みを浮かべる。

 

 「楽しいな。まるで、あの英雄譚の一員に私自身がなれたみたいだ」

 

 そう言うと、十兵衛はマーセラスに向かって駆け出して行く。

 

 

 

 「油断しないで、十兵衛! そいつは雑魚じゃないよ!!」

 

 叫ぶ阿倫の声を掻き消すように、マーセラスが大剣に紫電を纏わせ十兵衛に向けて大振りに振り回す。

 

 「分かってるよ、阿倫」

 

 その斬撃を悠々と躱し、躱しざまにマーセラスの側頭部に横一文字の一閃を叩き込む。

 

 ――呻き声を漏らし、よろめくマーセラス。

 

 側頭部に打ち込まれた兜によって斬撃は防いだが、それでも衝撃は脳を揺らす。

 姿勢を保つため大剣を地面に刺すが、その先端から紫電の火花が大地に散る。

 

 「体内に稲津を作り出す器官があり、その稲妻を剣に纏わせて攻撃してくる。故に仮に斬られれば掠り傷でも体に痺れが走り、まともに動けなくなる。寝物語の通りだね」

 

 動きの鈍った敵に連撃を叩き込むのは、戦いの基本。

 鎧に覆われていない脇腹に、十兵衛は斬撃を見舞う。

 

 ――固い背骨は斬れなかったが、筋肉と内蔵は苦も無く斬れた。

 

 痛みから、盾と大剣を振り回すマーセラス。

 その暴力の嵐に巻き込まれないよう、十兵衛は素早く飛び退き距離を取る。

 距離を取られたことに気付いたマーセラスは暴れるのを止め、左手の盾を体を隠すように前に構え、十兵衛との距離を縮めるべく歩を進め始める。

 その脇腹の傷は既に塞がりかけており、行動の支障にもならないようだった。

 

 「本当、幻魔は生命力だけは無駄に高いね」

 

 軽く毒づき、十兵衛は刀を上段に構えマーセラスに飛び掛かる。

 

 ――その攻撃を、盾で受け弾き返そうとするマーセラス。

 

 刀を振り下ろす直前に息を吸い、十兵衛は裂帛の気迫と共に全力の斬撃を放つ。

 

 ――斬撃は、構えられた円形の盾ごとマーセラスの左手を切断した。

 

 絶叫するマーセラス。

 しかし戦いのためだけに製造されたモノに、怯むという概念は無い。

 残った右手を大きく振りかぶり、体内の発電器官を全開とし有らん限りの紫電を大剣に纏わせる。

 必殺の一撃。

 仮に避けたとしても紫電は地面を走り、周囲の全てを黒焦げにするだろう。

 

 ――だが、その一撃が振り下ろされることは無かった。

 

 破壊力ばかりを重視する設計思想故に、マーセラスの動きは大振りで緩慢。

 盾を叩き切った斬撃の勢いのまま、十兵衛は体を深く沈ませていた。

 そして刀の向きを逆に、上に向けて峰に片手を添える。

 

 ――そして全身のバネを使い、斜めに飛び上がった。

 

 狙う斬撃の始点は、まだ治りきっていない脇腹の傷。

 そこを起点に胸骨から肩を目指し、マーセラスの体を斜め下から逆袈裟に両断する。

 

 ――マーセラスは、斜めに真っ二つとなった。

 

 振り上げていた大剣の重さに吊られ、マーセラスの上体が背後に崩れ落ちる。

 下半身はしばらく立っていたが、やがて血を吹き出しながら同じように崩れ落ちた。

 

 

 

 「やったね、十兵衛!」

 

 「うん、勝ったよ」

 

 阿倫の弾んだ声に、納刀しながら十兵衛が答える。

 その顔は、頑張ったことを母親に褒めてもらい喜ぶ幼女のようだった。

 

 「でも流石だね、このマーセラスは昔の鬼武者でもそれなりに苦戦した相手なのに。さすが私たちの稽古を百年間頑張った子だよ」

 

 背伸びして、自分より身長の高い十兵衛の頭を撫でる阿倫。

 その顔もまた、子を愛でる母のようであった。

 

 

 「なんなあ、あのマァセラスっちゅうんは強いんじゃなかったがか? なんもエエとこなくやられよったぞ」

 

 

 響く声。

 それと同時に現れる、二人の男。

 表情を引き締め、十兵衛は刀の柄に手をかける。

 

 「……全然、気配がしなかった。気を付けて十兵衛、まだ幻魔じゃないみたいだけど、たぶん攘夷派の不逞浪士だよ」

 

 阿倫もまた、警戒を露にする。

 そんな阿倫の言葉に、男の一人が眉をひそめる。

 戦国武将の様な重装備の鎧に身を包み、刀身だけで150cm近く、柄まで含めれば自らの身長ほどもある大太刀を携えた男は不快感を隠そうともせず口を開く。

 

 「オイらは勤王志士じゃ。そげな侮辱した言い様は許さんど、夷狄に尻尾を振る幕府の犬が」

 

 男の口調の端々から感じられる薩摩弁、そしてその出で立ち。

 阿倫は男の正体に心当たりがあった。

 

 「あんた……人斬り田中新兵衛だね。天誅と称して人を殺して回る、たちの悪い殺人者だ」

 

 阿倫の言葉に、新兵衛の傍らに立つ黒衣の男が反応する。

 

 「なんなあ、新兵衛。おまんも随分と名が知れたのう。ほんじゃ嬢ちゃん、ワシの事も誰か分かるかえ?」

 

 「……新兵衛と同じ、人斬りの岡田以蔵だね? 武市瑞山、幻魔に魂を売り自身も化物に成り下がった、この京を魔都に貶めた元凶の飼い犬だ」

 

 ――物が砕け圧し折れる、不快な音が響く。

 

 いつの間にか大太刀を抜き放った新兵衛が、片手に残った鞘を握り潰した音だった。

 

 「身命を捨てて国を守らんとする尽忠報国の士、武市先生への侮辱は許さんど。 小娘、ぬしゃぁ、オイが斬る。 以蔵、ぬしはあん鬼武者を頼むたい」

 

 そう言うと新兵衛は腰を落とし、大太刀を両手で構え天高く掲げる。

 蜻蛉の型。

 新兵衛が修めた薬丸示現流唯一の構えにして、一撃必殺の型である。

 

 「なんじゃ、大物首はワシにくれるんか。 気前がエェのう、新兵衛」

 

 そう言うと以蔵は、腰の両端に差した刀を抜く。

 通常の打刀と脇差ではない。

 両刀とも打刀、二本の刀を使った二刀流。

 

 ――怪鳥の如く両刀を広く構える以蔵に応えるように、十兵衛も抜刀し構える。

 

 「阿倫、悪いけど……」

 

 「うん、新兵衛の方は私が相手をするよ。 同時に戦えるような敵じゃないからね」

 

 そう言葉を交わすと、二人は互いの邪魔にならないよう左右に分かれる。

 それを合図に新兵衛と以蔵、二人の人斬りも襲い掛かる。

 

 「天誅じゃあ、小娘共! そン首、おいてけェッ!!」

 

 幻魔京、魔都における真の戦いが始まった。




次回投稿予定は11月7日、火曜日の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。