鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第六話 人斬り

 ――京の街並みを振動させる程の絶叫が、響く。

 

 発生源は、人斬り田中新兵衛の喉元。

 猿叫とも称されるソレは、相手を気押すだけではなく自らの肉体を活性化させ、全力以上の力を引き摺り出すためのモノ。

 その力をもって新兵衛は、大太刀を高く掲げる蜻蛉の型のまま疾風の如く駆け、阿倫に迫る。

 その速度に、阿倫の体は反応できない。

 

 ――そして振り下ろされる、突進の推進力をも載せた必殺の袈裟斬り。

 

 数多の人斬りの経験から、新兵衛は確殺を確信する。

 だがそれに反して人体を切り裂いた感触が無く、あるのは空振りの感触のみ。

 

 「……!」

 

 眼前に舞うのは、数枚のカラスの羽。

 そして彼方に立つのは、健在な少女の姿。

 

 「いやー、危なかった! ただの殺人鬼じゃないねアンタ、十分達人の域だよ」

 

 十兵衛と常に共にある阿倫は、ただの少女ではない。

 その正体は、人外の存在たる鴉天狗。

 はるか古よりの鬼の一族の盟友にして、直接的な戦闘力こそあまり高くないものの、時を超え場所を超え一瞬で移動することができる異能を持つ超常の存在。

 瞬間移動程度は、お手の物である。

 

 「でもその程度じゃあ、私を捕えることは――って、うわッ?!」

 

 阿倫が言い終わるより早く、再び蜻蛉の型に構えた新兵衛が突風の如く迫る。

 会心の一撃を躱された事への驚愕、突然に別の場所へと移動したことへの困惑。

 そういった雑念は脳の片隅においやり、新兵衛は再び猿叫を発する。

 一度殺すと決めたなら、殺しきるまで何度でも蜻蛉の型にて斬り付ける。

 それが、人斬り田中新兵衛の哲学だった。

 

 ――再び羽を残し消える阿倫と、空を切る新兵衛の大太刀。

 

 離れた場所に瞬間移動した阿倫は、呆れたように肩をすくめる。

 

 「いやいや、だから私を捕えることは――え?」

 

 言葉を切って頭から額を掛けて垂れてくる、一筋の血。

 薄皮一枚。

 消えるよりも早く、新兵衛の大太刀が阿倫の頭頂を捕えていたのだ。

 

 「嘘……って、うわわ!?」

 

 三度、猿叫と共に蜻蛉の型で風の如く迫ってくる新兵衛。

 その斬撃は、三度目もまた空を切る。

 

 ――その姿を、瞬間移動した先で睨む阿倫。

 

 その顔に、先程までの余裕はない。

 

 「……まったく、これだから人間は。 こんなに強く成れるんなら――」

 

 ――幻魔の力なんかに、頼る必要なんて無いのに。

 

 そう呟くよりも早く、四度目の猿叫が響く。

 命がけの鬼ごっこは、始まったばかりだった。

 

 

 

 一方、十兵衛は。

 人斬り以蔵の振るう二刀の凶刃に、防戦一方に追い詰められていた。

 

 「なンじゃ、なんじゃァッ! 鬼武者っちゅうんの力は、そン程度かえェッ!?」

 

 変幻自在に振るわれる二刀。

 それが、視線の下から迫ってくる。

 

 「くっ……!」

 

 天高く構える新兵衛とは逆に、以蔵の構えは低い。

 腰を深く落とし背を屈め、その姿勢のまま動く。

 地を這い回る狼、あるいは猪を相手にしているかのような違和感。

 そんな獣が、両手に刀を持って襲い掛かってくるという異質。

 異形の幻魔を相手に戦ってきた十兵衛をして、岡田以蔵は初めて相対する型の敵だった。

 

 「――やぁっ!!」

 

 以蔵の型、作り出される嫌な流れを断ち切るように鋭い一撃を撃ち込む十兵衛。

 

 ――しかしその一撃はアッサリ躱され、その隙を突くように斬撃が飛ぶ。

 

 「阿呆がァ、見え見えなんじゃ! 鬼武者ァ、おまん斬り合いに慣れとらんがかァッ?」

 

 血飛沫が舞う。

 浅手だが、十兵衛の顔が痛みに歪む。

 

 「死にやァッ!」

 

 以蔵の追撃、鋭い一薙ぎ。

 十兵衛は刃で受けようとするが、直前で斬撃の起動だ歪む。

 

 「――!」

 

 再び受ける、浅い斬撃。

 だが肉を切らせて骨を断つと、十兵衛は以蔵に斬撃を叩き込む。

 

 ――だが一瞬で後方に飛び退いた以蔵に、その刃は届かない。

 

 「当たらんわァ、阿保が! こんまま全身を切り刻んじゃるき、覚悟しいやァ!」

 

 騒がしく響く、以蔵の声。

 しかしその言葉の通り無傷の以蔵に対し、十兵衛は全身を切り刻まれ体中から血を流している。

 

 ――人斬り以蔵の暗殺剣は、一撃必殺を旨とする新兵衛の剣とは真逆。

 

 相手の斬撃を受けぬよう踏み込みは浅く、しかし確実に軽傷を与え続け出血を強い続ける。

 やがて相手は血と体力を失い、動きが鈍くなり死に至る。

 狼や野犬が獲物を狩るように、嬲るように戦う。

 それが岡田以蔵という男であり、十兵衛にとって相性が最悪の相手であった。

 

 (……幻魔とも、幻魔の力に飲まれた人間とも違う。 力任せでも恐れ知らずでもない、人間の強者。――やりづらい)

 

 幻魔は圧倒的な膂力を持ち、高い生命力と異常なまでの闘争本能を持っている。

 その形質は幻魔の力を得た造魔も受け継いでおり、十兵衛はそういった相手と戦ってきた。

 

 (高い生命力と闘争本能のせいか、幻魔は恐れを知らないし傷を負っても怯みもしない。そして強い力を持ってるからか、攻撃は常に直線的。……楽な相手だった)

 

 恐怖も怯懦も無く、ひたすら敵に襲い掛かる幻魔は一見すると強く恐ろしい。

 しかし慣れさえすれば、守りを軽視し直線的に攻めてくることしか出来ない幻魔の動きに対応することは容易い。

 またいくら幻魔の生命力が強いとはいっても、頭を潰すか首を斬るなりすれば死は免れず、体を両断されるなどの多大な損傷を負えば当然のように死に至る。

 だから十兵衛の剣は敵の直接的な攻撃を躱し、返す刀で強烈な一撃を与えるという型に仕上がっている。

 幻魔を狩ることに最適化されているが故に、人間の達人相手には不利。

 

 (勝てない、このままじゃ……。 どうする、阿倫の力で逃げる?)

 

 刀を正眼に構え、考えを巡らせる。

 だが人斬り以蔵はそんな余裕を与えてくれない。

 

 「なんじゃ、かかってこんのか。ほんなら、こっちからいくぜよォッ!」

 

 低い姿勢で迫ってくる以蔵。

 十兵衛は顔を歪めながらも応戦しようとして――。

 

 ――銃声が響いた。

 

 以蔵の近くの地面に跳ねる銃弾。

 以蔵は突進を止めて飛び退き、銃声のした方向へと視線を向ける。

 

 「こいつは――。あん異人、またッ……!」

 

 憤りに目を血走らせる以蔵。

 十兵衛もまた、銃声のした方向に目を向ける。

 

 ――そこにいたのは、ライフル銃を構えた異国の衣装に身を包んだ男。

 

 目鼻立ちは、見たことが無い程に赤黒く日焼けしていることを除けば日ノ本の人間に近い。

 だがその服装が、夷狄排除の機運高まる今のこの国において彼が日ノ本の人間でないことを雄弁に物語っている。

 幅広の襟の付いた帽子に、腰まである上半身を覆う外套。そいて西洋風のズボンに革靴。

 この場にいる日ノ本の人間の誰も知らないことだが、その姿は黒船がやって来た地であるアメリカにおけるカウボーイそのものだった。

 

 「おジョウさん、そのオトコのアイテはワタシがする。アナタは、ムこうのショウジョをタスけに!」

 

 独特の訛りで発せられる、男の言葉。

 その言葉に従うように、十兵衛は阿倫の方へと目を向ける。

 

 ――阿倫は傷を負い、血を流していた。

 

 一太刀ごとに鋭さと速さを増していく、人斬り新兵衛の大上段からの袈裟斬り。

 瞬間移動という超常の力を持つ阿倫をして既に躱しきれなくなっており、もう何時斜めに両断されてもおかしくない程に追い詰められていた。

 

 「ハヤく! ワタシはミカタです!」

 

 男の言葉に突き動かされ、弾ける様に新兵衛へと向かって駆ける十兵衛。

 

 「あっ、待ちィや! 行かせ――チィッ!!」

 

 追い縋り後ろから斬り付けようとする以蔵を阻む、男の弾丸。

 以蔵は間一髪で躱し、追撃を諦め男へと向き直る。

 

 「ワシらぁの仕事をいっつも邪魔しおってかにぃ、こん腐れ異人がぁ。――今度こそ、そん首獲っちゃるぜよォッ!!」

 

 男へと向かって駆け出す以蔵。

 男は弾切れとなったライフル銃を放り、目にも止まらぬ速さで腰から引き抜いたハンドガンでそれに応戦する。

 十兵衛と新兵衛の戦いに二人が加わる余裕は、既に無かった。

 

 

 

 そして十兵衛。

 蜻蛉の型にて阿倫へと迫る新兵衛に、横合いから強烈な突きを叩き込む。

 刃は鎧に阻まれたが、流石の新兵衛も突進の最中に横から攻撃されてはタダでは済まない。

 派手に吹き飛ばされ、横へと転がっていく。

 

 「大丈夫?! 阿倫!!」

 

 十兵衛の言葉に、阿倫は痛みに顔を歪めながらも笑みを浮かべて返す。

 

 「うん、大丈夫、大丈夫。……でも、ちょっとキツいから、後は任せてもいいかな?」

 

 「うん、任せて」

 

 力強く頷く十兵衛。

 一方新兵衛は受け身でも取っていたのか、何事も無かったように立ち上がる。

 

 「あん銃声は、やはりオイらを邪魔するあん異人か。……以蔵さァには悪かど、相手は任すど」

 

 そして大太刀を大上段に構え、蜻蛉の型をとる。

 

 「鬼武者、小娘。――ヌシらは、オイが斬る」

 

 強烈な圧が、新兵衛の全身から発せられる。

 状況の変化も相対する敵の違いも、新兵衛にはどうでいい。

 ただ、蜻蛉にて袈裟懸けに切り捨てるのみである。

 

 「――いや。お前は、私が倒す」

 

 そんな新兵衛の圧を切り裂くように、十兵衛は刀を正眼に構える。

 

 ――一拍の間。

 

 その静寂を掻き消すように、新兵衛が猿叫と共に走り出す。

 そしてそれに合わせるように、十兵衛が弾丸の如く新兵衛に向かって弾け飛ぶ。

 十兵衛二度目の達人との戦いが、始まった。




次回投稿予定は11月8日、水曜日を予定しています。
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