鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第七話 田中新兵衛

 大太刀を天高く構える大上段、蜻蛉の型にて新兵衛が迫る。

 京の街並みを振るわせる猿叫と共に駆けるその速度は、風の如く速い。

 

 ――だが、どんなに速くとも。

 

 大上段の構えである以上、最速の技である突きと比べれば攻撃の初動は遅い。

 刀を両手で構えての、神速の突き。

 ただ、全身を大鎧で固めている新兵衛に対し突きこめる場所は限られる。

 通常の鎧武者相手ならば、狙うは鎧の隙間。

 即ち顔か脇の下なのだが、示現流の蜻蛉の型相手には難しい。

 前に大きく突き出した左肩、そこを守る鎧の大袖によって急所となる顔と脇の下が隠されている。

 鎧の着用によって攻撃一辺倒から攻防一体へと昇華される蜻蛉の型、示現流が実戦最強の流派と讃えられる所以だろう。

 

 ――しかしそれでも、隠し得ぬ場所が唯一点。

 

 (狙うは、目!)

 

 敵を位置を確認するためにも、視界だけは塞ぐわけにはいかない。

 刀を水平に構え、新兵衛の目を狙う。

 

 (避けられてもいい、避ければ蜻蛉の型は崩れる。そこに隙が生まれる、そこを突く!)

 

 刀を振りかぶり突進してくる相手に向かっていく度胸と、僅かな鎧の隙間を狙う針の穴を通すような集中力に確かな技術。

 全てを兼ね備えた十兵衛だからこそ行えた、最適解。

 

 ――しかし、最適解だからこそ。

 

 数多の実戦を超えてきた新兵衛は、それへの対策を講じていた。

 十兵衛の動きの起こり、突きを放つべく僅かに身を屈めた瞬間に新兵衛はソレを行った。

 別に、対したことではない。

 ただ突き出した左肩を少し上にあげ、顔全体を大袖によって隠し防御を固めただけ。

 神速の突きとはいえ、腕を僅かに上にあげるよりは遅い。

 結果として十兵衛の突き入れた刃は大袖に阻まれ大きく曲がり、折れはしなかったものの弾かれた。

 その衝撃は十兵衛の体に伝わり、大きく体制を崩した上で後ろに吹き飛ばされる。

 

 ――そしてそんな隙を、人斬り新兵衛は逃さない。

 

 振り下ろされる、大太刀。

 視界こそ塞がっているが、数多の実戦により磨かれた第六感が十兵衛の位置を正確に予想する。

 

 ――腕に伝わる、人の肉を切り裂き骨を割る感触。

 

 だが腕に馴染んだその感触は、敵に与えた傷が浅かったことを教えてくる。

 第六感は、確かに人体を両断したと確信しているのにだ。

 

 「……またお前か、小娘」

 

 今日、幾度となく感じさせられた予測と現実の差異により生じる不快感。

 十兵衛が助かったのは、阿倫のお陰だった。

 

 「阿倫?!」

 

 悲鳴のように叫ぶ十兵衛。

 それに対し阿倫は、弱々しく微笑む。

 

 「……大丈夫、だった?」

 

 阿倫の背は骨まで切り裂かれ、血が噴き出していた。

 瞬間移動にて吹き飛ばされた十兵衛を掴み、そのまま十兵衛ごと瞬間移動し新兵衛の刃を逃れた阿倫。

 だが新兵衛の神速の振り下ろしを完全に避け斬ることは出来ず、十兵衛を庇い背を斬られたのだ。

 

 「すぐ、止血を!」

 

 阿倫の背を抑え、血を止めようとする十兵衛。

 しかし阿倫は、それを制する。

 

 「……ダメ、だよ。もう、次が来る」

 

 阿倫の言葉の通り、新兵衛は既に大太刀を天高く構え直している。

 天誅の魁、人斬り新兵衛は標的を殺すまで決して刃を止めることは無い。

 

 「――!」

 

 「……行って、十兵衛。鬼武者の力、見せてやりなよ」

 

 弱々しい、阿倫の言葉。

 その言葉に顔を硬くしながらも頷き、十兵衛は刀を構えながら立ち上がる。

 

 ――その懐から、輝く宝玉を取り出しながら。

 

 「ぬ――?」

 

 蜻蛉の構えの奥に光る新兵衛の瞳が、驚愕に見開かれる。

 眼前で起こる少女の変身は、歴戦の人斬りをして即座の踏み込みを戸惑わせるほどの物だったからだ。

 

 肩までに切り揃えられていた白髪は光輝きながら足元にまで届くほど伸び、額からは紅く光輝く宝石のような角が二本生えてくる。

 もともと紅く光っていた両目は更に光量を増し、着流しの軽装だったはずの体には異形の鎧が謎の紅い光子によって形作られ装着されていく。

 そして手に持った、刀。

 細身の日本刀だったはずのソレが、派手な装飾の施された、人が扱えるとは思えない程に厚く太く長い異形の大刀へと変貌する。

 鬼の血の、完全なる覚醒。

 鬼武者の真骨頂を、田中新兵衛は目にしていた。

 

 

 「――オイのやることに、変わりはなか」

 

 驚愕、そして心の奥に芽生えた恐怖を、新兵衛は発した言葉と共に斬って捨てる。

 刀を天高く蜻蛉の型に構え、突進し、袈裟懸けにて斬り殺す。

 何十万回も鍛錬し、幾度となく実践してきたソレを唯、行うだけ。

 

 ――猿叫と共に、新兵衛は駆け出す。

 

 対して完全なる鬼武者と化した十兵衛は、異形の大刀を両手で持ち逆袈裟に構える。

 そして新兵衛が大太刀を振り下ろした瞬間に合わせるが如く、大刀を全力で振り上げた。

 

 ――勝った、と新兵衛の経験が告げる。

 

 今までも新兵衛の袈裟斬りに刀を合わせてきた敵は多くいた。

 だが全員、新兵衛の振り下ろしの力に抗し得ず押し負け、自らの刀ごと頭蓋を圧し潰され死んでいった。

 故に経験は勝利を告げる。

 だが実際に大太刀を握る手は、まったく別の事実を告げてくる。

 

 強烈な力と力がぶつかる衝撃――その数瞬後に訪れる手にした大太刀が軽くなる感覚、そして敵の肉にも骨にも刃が届かなかったという確信。

 

 ――愛刀の折れた音が聞こえたのは、その後だった。

 

 振り下ろされた新兵衛の大太刀は折れ、振り上げた鬼武者の異形の大刀は衝突部が僅かに欠けたのみ。

 

 (追撃……振り下ろしが、来る!)

 

 折れた大太刀から手を離し、両手の籠手にて身を守る新兵衛。

 そして予想通り、鬼武者は振り上げた勢いのままに刃を返し、必殺の袈裟斬りを新兵衛に見舞う。

 

 ――新兵衛の鎧は、特別製である。

 

 幻魔からの技術提供により作成されたその鎧は、以蔵が戦う異国人が持つ銃から放たれるライフル弾すら弾き返す。

 それほどの頑強さを誇る一品だからこそ、鬼武者による全力の一撃を受けて両断を免れた。

 

 ――だがそれは、無傷を意味しない。

 

 籠手は圧し折れ、その下の肉を裂き血管を千切り、骨を砕いた。

 そして、それだけでは終わらない。

 振り下ろしの勢いを殺しきれず、異形の大刀は新兵衛の型に叩き込まれる。

 そこも大袖によって両断は免れたが、腕と同じく肉を裂かれ血管を千切られ骨を砕かれた。

 

 ――目を見開き、血を吹き出す新兵衛。

 

 砕かれた骨が内臓を貫き、それが逆流したのだ。

 激痛、そして気管を血で塞がれたことによる酸欠。

 気を喪って当然の苦痛だが、強靭な精神力により意識だけは保たせる。

 しかしそこまで、田中新兵衛の継戦能力は完全に失われた。

 

 

 「新兵衛!?」

 

 その新兵衛の姿に、銃弾を搔い潜りながら異国人に迫っていた以蔵が驚愕の声をあげる。

 

 ――そしてその声に反応するように、鬼武者は新兵衛から視線を外し以蔵へと向き直る。

 

 鬼武者は刀を構え直し、そのまま地を蹴り以蔵へ向かって飛んだ。

 そう、文字通り地に足を着けず宙を舞って以蔵へと迫ってきたのだ。 

 

 「なんなぁ!?」

 

 驚きながらも一気に距離を詰めてきた鬼武者の初撃を躱し、先程の戦いと同じように鋭い一撃を鎧の隙間へと打ち込む以蔵。

 しかし、その感触に違和感を覚える。

 

 (深こう斬れん!? 阿保な、ワシは確かに鎧の隙間に――)

 

 思考を巡らせる間も無く振るわれる、鬼武者の第二撃。

 以蔵は舌打ちしながらもソレを躱し、再び鎧の隙間に斬撃を撃ち込む。

 痛みを感じる素振りも見せず、更に力を込めて振るわれる鬼武者の異形の大刀。

 躱し、鎧の隙間へと斬撃を加える以蔵。

 先程の戦いと同じ、鬼武者だけが一方的に傷を負う展開。

 だが今回追い詰められているのは、以蔵の方だった。

 

 (血が、殆ど出とらん! 動きも鈍らん! まさか、もう傷が治って……)

 

 以蔵の想像通り、鬼武者の傷は戦いの最中でありながら癒え塞がっていた。

 鬼の血の覚醒により上昇した自然治癒力は、些細な傷程度は直ぐに治してしまう。

 

 (駄目じゃ、勝てん! 致命傷を与えられなぁ、どうしようもない!)

 

 逃げなければ、と以蔵の本能が告げる。

 だが鬼武者の攻撃は暴風の様に激しく、更にその斬撃全てが一撃必殺の威力。

 大刀を振り回す姿に疲れは微塵も見えず、体力は無尽蔵の様に見える。

 対して鍛えているとはいえ人間である以蔵の体力は、ここまでの戦いで消耗している。

 

 ――勝てない、負ける、死ぬ。

 

 その事実を直視し、以蔵の心は恐怖で一杯になる。

 

 ――目尻に涙すら浮かびそうになった時、鋭い銃声が辺りに響いた。

 

 その銃声は以蔵と鬼武者の戦いに見入っていた、異国人の手にあるライフルから放たれたモノではない。

 先程まで鬼武者が立っていた場所、背に負った傷から動けないでいる阿倫のすぐそばから響いて来ていた。

 

 「すまんのう、鬼武者の嬢ちゃん。 悪いがそれ以上、以蔵さんを虐めちゃらんでくれんか」

 

 その男。

 煙の昇る拳銃を片手に持ち、その照準を阿倫へと定めた男は場違いなほど朗らかな声でそう告げる。

 

 「ああ、そっちの異人の兄さんもじゃ。自慢じゃないが、ワシは視野が広ォてのう。銃をワシに構えるまではええが、撃つ素振りを見せたらこん嬢ちゃんの頭に鉛弾を撃ち込むぜよ」

 

 以蔵への注意は逸らさないまま鬼武者は刀を下げ、男を睨む。

 だが男はそんな鬼武者の殺気と怒気の込められた視線などどこ吹く風といった体で、阿倫へと話しかける。

 

 「嬢ちゃんもじゃ、消えようとするんはやめとき。さっきまでの新兵衛さんとの戦いは見ちょった。消えようとすれば気配で分かる、嬢ちゃんが消えるより鉛弾が届く方が早いき。ワシも撃ちとおない殺したくないんじゃ、頼むぜよ」

 

 銃口を突き付けている現状とはあまりにかけ離れた、心から案じているといった声。

 得体が知れない、それでいて場を支配する異様な存在感を放つ男。

 そんな男に、以蔵が半泣きになりながら喜びに満ちた声をあげる。

 

 「りょ、龍馬ぁッ!!」

 

 以蔵の言葉に龍馬と呼ばれた男は銃を手にしていない方の手をあげ、朗らかに笑いかける。

 

 「おう、以蔵さん。助けにきたぜよ!」

 




次回投稿予定は11月9日、木曜日を予定しています。
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