鬼武者 ~ 幕末伝 ~   作:ダイアジン粒剤5

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第八話 坂本龍馬

 龍馬と呼ばれた男は、笑顔のまま以蔵へと話しかける。

 

 「以蔵さん、喧嘩は終いじゃ。早よう刀をしもうて、新兵衛さんを担いでつこうせ。酷い傷じゃが、オズワルド君なら助けられるじゃろ」

 

 「じゃ、じゃが龍馬。武市先生は、こいつ等を全員、斬ってこいて……」

 

 抗弁する以蔵だが、その刀持つ両手は下がり既に戦意は無くなりかけている。

 

 「そないな命令より、新兵衛さんの命の方が大事じゃ。大切な同志の命を助けるためなら、武市さんは分かってくれる。じゃからほれ、早よう、早よう」

 

 「――そ、そうじゃな。分かった、そうする」

 

 以蔵は手にした両刀を音も立てずに納刀すると、鋭い怒気を含んだ視線を鬼武者に投げかけた後、新兵衛の元へと駆け寄る。

 そして苦しむ新兵衛を手早く背負い上げ、龍馬へと顔を向ける。

 

 「そ、それじゃ龍馬。武市先生の所に帰ろうや」

 

 「いや、以蔵さん達だけ先に帰っちょってくれ。ワシはもうちっとこン人らぁに用があるき」

 

 「そ! そりゃ危ないぜぇ、龍馬! そんなら、ワシも一緒に――!」

 

 「大丈夫じゃ、大丈夫じゃ。ワシを信じちょくれ、以蔵さん。それに何より、新兵衛さんの治療を急がんといかんろう」

 

 龍馬の言葉に以蔵は暫く何か言いたそうに顔を顰め続けたが、やがて決心したのか一目散に走り出した。

 人を一人背負っているとは思えない程にその足は速く、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。

 

 

 ――そしてその間、鬼武者も鴉天狗も異人も、身動き一つ出来なかった。

 

 言動とは裏腹に龍馬と呼ばれる男に一部の隙も見られなかったことが理由だが、それ以上に男の放つ独特の空気が場を支配し、その空気を壊すような行動を彼らに取らせなかったのだ。

 

 「……すまんかったのう、こんな物騒なモンを向けて。ほれ、もうこんなモンは放すき、許してくれんか」

 

 

 そして三人に壊せない以上、場の空気を変えられる存在は龍馬一人。

 龍馬は手にしていた拳銃を、今まで自分が銃口を向けていた阿倫の目の前へと放り投げた。

 

 ――瞬間、真っ先に動いたのは鬼武者。

 

 地を滑るように超低空飛行で距離を詰め、異形の大刀を龍馬の首元へと押し付ける。

 頸から流れる、一筋の血。

 流石に冷や汗を垂らしながら、龍馬が口を開く。

 

 「――こりゃあ、たまげた。目で追うことは出来たが、まるで反応出来んかったぜよ。流石は覚醒した鬼武者、凄いもんじゃのう」

 

 「オニムシャさん、そのオトコはサカモトリョウマ。このキョウをシハイするトサキンノウトウのカンブです。ゴウモンして、ゲンマのジョウホウをキきダしましょう」

 

 ライフル銃に弾を装填し、しっかりと龍馬の胸元に照準を合わせながら異人の男が近づいてくる。

 

 「拷問ちゃあ、怖い事を言うのう。メリケンの間者のジョウジさん」

 

 龍馬の言葉に、ジョウジと呼ばれた異人の顔が強張る。

 

 「間者?」

 

 「ああ、むこうの言葉やとエイジェントっちゅうんじゃったか?ようは間諜、忍者じゃ。あの黒船のペルリみたいな白人じゃなかが、なんでもメリケンに元々住んどったインデアンとかいう人種で、ワシらに顔立ちが似ちょるからとかいう理由で派遣された――」

 

 龍馬の言葉を、銃声が掻き消す。

 表情を消したジョウジが、ライフルを龍馬の足元に向けて放ったのだ。

 

 「……まず、ハツオンがチガう。ジョウジではなく、ジョージだ」

 

 未だ煙の立ち昇るライフルを龍馬の顔に突き付け、ジョージは言葉を続ける。

 

 「そしてナゼ、おマエがそんなコトをシっている」

 

 怒気に加え、殺気まで加わった詰問。

 だが龍馬はそれらを平然と受け流し、笑顔で答える。

 

 「ワシは顔が広うてのう、色んな所に情報源があるんじゃ。なんでもメリケンの政府は、自分たちの最新艦隊にえらい被害を出した幻魔に興味深々ちゅう話じゃな。 ――おまんらぁも、幻魔の力が欲しいがか?」

 

 龍馬の問いに、ジョージは何も言葉を返さない。

 あらゆる感情を消した無表情のまま、龍馬の顔に銃口を突き付けている。

 そんなジョージの姿に笑みを浮かべると、龍馬は自分の首元に大刀を当て続けている鬼武者へと視線を移す。

 

 「そんでおまんは、柳生十兵衛。襲名制で、そんで男の名を名乗っとるらしいのう。変身する前は十代の娘さんみたいじゃったが、本当は百歳を軽う超えちゅう。鬼の血があまりにも強う先祖返りした、異端中の異端。数多の強力な幻魔を葬ってきた実力、まったく大したもんぜよ」

 

 龍馬の言葉に、鬼武者の表情はピクリとも動かない。その首に当てた大刀と、同じように。

 だが、無表情にポツリと呟いた。

 

 「――お前は、まだ人間なんだな」

 

 「おう、ワシは人間ぜよ。まだ幻魔への改造は受けとらん」

 

 「なら、まだ間に合う。幻魔と手を斬れ、幻魔は人の世に仇を成す悪しき存在。関わる者は、鬼武者である全て私が斬る」

 

 龍馬から視線を外し、ジョージを睨む。

 

 「それは誰であれ何物であれ、変わりない」

 

 鬼武者の総身から発せられる圧倒的な威圧感に、怒気を漲らせていたジョージですら怯み、おもわず銃口を下げる。

 対する龍馬は、冷や汗をかきながらも友好的な笑みを絶やさない。

 

 「忠告してくれるんか。優しい女子じゃのう、おんしは。――じゃがその優しさは、まずはそっちの嬢ちゃんにかけてやり」

 

 龍馬の言葉に、鬼武者の意識が阿倫へと向かう。

 鴉天狗の生命力の賜物か出血は既に止まっているようだが、それでも未だに顔色は蒼く荒い息を吐いている。

 

 「ワシの監視は、そっちのジョージさんがやってくれるじゃろ。おんしは嬢ちゃんの手当てをしちゃり」

 

 鬼武者の縋るような視線が、ジョージへと向けられる。

 その顔に恐怖から解放されたのかジョージは頷きを返し、顔を引き締め再び銃口を龍馬へと向けた。

 

 「――ありがとう」

 

 その言葉と共に、十兵衛は阿倫へと駆け寄る。

 その過程で異形の大刀は通常の刀へと戻り、足元まで伸びていた髪は短くなり身を覆っていた鎧は光の粒子となって消えていく。

 納刀し、阿倫の傍らに跪く十兵衛。

 

 「阿倫、大丈夫?」

 

 先程までとは違う、思いやりに満ちた優しい声。

 しかしそれとは裏腹に、女の細腕とは思えぬ力で阿倫の傷口周りの着物を引き裂く。

 

 「少し、痛むよ」

 

 懐から大きな貝殻を取り出し、その内に入れておいた軟膏を阿倫の傷口に塗る。

 

 「い、った……! もう、もうちょっと優しく塗ってほしいなぁ」

 

 痛みに顔を歪めながらも、嬉しそうに笑みを返す阿倫。

 その口元に、こんどは薬液の詰まった竹筒を差し出す十兵衛。

 

 「飲んで。……これで、大丈夫なはハズ」

 

 心配から、切羽詰まった表情で竹筒を進める十兵衛。

 その心根を察し、阿倫もまた抵抗せず薬を飲む。

 痛み止めの成分も入っているため痛みで強張っていた顔もやや緩み、その顔を見た十兵衛の顔も安心から穏やかなものになる。

 

 「――心無く、慈悲無く、容赦も無い。圧倒的な力で徹底的に殺しに来る、まさに鬼。そういう話じゃったが、ちゃんと人間らしい顔もするんじゃのう。やっぱり、人とは直接話してみんと分からんもんぜよ」

 

 二人の少女の姿に、腕組みをしながら感慨深い顔をする龍馬。

 

 「のう、鬼武者の嬢ちゃん。さっき幻魔らぁと手ぇ切れち忠告してくれたが、なして幻魔をそこまで敵視するがぜよ。ワシは三人しかおらん高等幻魔らぁ全員と話したが、そこまで悪か奴らじゃ無かったぜよ。……まあ、若干人を見下しちょるところはあるがの」

 

 冗談めかして笑いながら話を締める龍馬。

 だがそんな龍馬の言葉に、十兵衛と阿倫の瞳の色が変わる。

 

 「あんた……今いる高等幻魔を、全員知ってるのかい!?」

 

 「おう、エドマンドさんにオズワルドくん、そいからコーディリアちゃん。エドマンドさんはちぃっとばかり信用ならんとこがあるけんど、オズワルドくんは面白いやつじゃし、コーディリアちゃんはめんこい娘じゃ。というか、おんしら戦っとる幻魔が誰なんかよう知らんかったんか?」

 

 驚く阿倫の姿に目を瞬かせる龍馬の問いに、阿倫の治療を終えた十兵衛が静かな声で答える。

 

 「……幻魔は、二百年前の戦いで全滅したはずだった。邪悪な創造神は消滅し、知恵ある高等幻魔も全て討ち取られた。残ったのは僅かな知恵しか持たない少数の中等幻魔と、知性を持たない下級幻魔だけ。そしてそいつらだけが残った地底の幻魔界へ続く扉を全て閉鎖し、永く続いた鬼と人そして幻魔の戦いは完全に終わり日ノ本は救われた。――それが小さいころから私が聞いていた、かつての鬼武者達の英雄譚」

 

 「じゃが二百年たって扉を開く者が現れた、それが松陰先生じゃったと。……なるほどのう」

 

 腕を組み顎を摩りながら、龍馬は言葉を継ぐ。

 

 「ワシが聞いた話じゃと、三人が生まれたんは幻魔界が閉じられとった二百年の間っちゅう話じゃ。じゃから当時やそれ以前の話は、残っとった文献の類から断片的にしか知らんそうじゃ。こっちに来て松陰先生に教えられて、初めて知ったことも多いとか言うとったのう」

 

 「……聞いたことのない名前の幻魔だとは思ったけど、この二百年で新たに生まれた高等幻魔だったんだね。昔戦った幻魔は千年以上生き続けているような連中ばかりだったから、創造神が消えた後に新たに生まれるなんて思ってもみなかったよ」

 

 「本人たちが言うには、自然に生まれるもんらしいぜよ。――で、話は戻るけんど。そんな昔の因縁とは関係ない新しい幻魔達が、何故悪なんじゃ?」

 

 「新しいも古いも、関係ない」

 

 冷たい、しかし断固とした声で十兵衛が告げる。

 

 「遥か昔。人が歴史を紡ぎ始めるより以前から、この国では人と鬼が共に暮らしていた。そこに突然、地の底から幻魔が湧き出てきた。奴らは自分たちこそ至高の存在であり地上は元より正統に幻魔の物であると騙り、侵略してきた。鬼を殺し人を殺し、遂には鬼の一族は絶滅させられた。奴らは存在そのものが邪悪であり、この国に暮らす全ての者にとっての害悪。――私は鬼の血を引く人間、鬼武者。鬼の血を継ぐ者として、私には全ての幻魔を討滅し人々を救う義務がある」

 

 紅く光る両目を真っ直ぐ向けて、宣言する。

 そんな十兵衛の姿に、龍馬は目を閉じ思案深く頷く。

 

 「――なるほどのう。人間五十年のワシらには想像も出来んほど永く深い、因縁と恩讐か。そういえば、あん三人も鬼の一族を特に敵視しとったか。……うん、よう分かったぜよ!」

 

 ニカッ、と擬音が聞こえるほど朗らかに笑い、龍馬は両腕を広げる。

 

 「やっぱり直接顔を突き合わせて話し合うんは良え、相互理解の第一歩ぜよ! 話し合いに付きおうてくれて有難うのう、嬢ちゃんたち。礼と言ってはささやかなモンじゃが鴉天狗の嬢ちゃん、その拳銃をやるぜよ。最新型らしいき、売れば幾らかにはなるきに」

 

 龍馬の言葉に、阿倫の瞳が目の前に放り投げられた拳銃へと向かう。

 自身に向けられていた凶器、それを送るという。

 坂本龍馬という男の在り方は、永き時を生きてきた阿倫をして困惑を禁じ得ないものだった。

 

 「それじゃあワシはそろそろお暇するきに、また会おうなぁ」

 

 何気なく、自然体で帰ろうとする龍馬。

 だが流石に、目の前の男がそれを許すはずがない。

 

 「ふざけるな。おマエには、キきたいコトがイクつもある。ワルいがツいてキてもらうぞ、サカモトリョウマ」

 

 「……そうだな。お前は京を支配する幻魔の傀儡、土佐勤王党の幹部。三体の高等幻魔についても、色々と吐いてもらうぞ」

 

 ジョージの言葉に、十兵衛も再び刀を抜き鋭い眼光を龍馬に向ける。

 

 「……まあ、そりゃそうじゃろうのう」

 

 まいったなという風に頭を描く龍馬だが、その顔に焦りの色は無い。

 

 「――ほいじゃあ、ワシも奥の手を見せるか」

 

 ――そう言った龍馬の体が輝きだしたのと銃声が鳴ったのは、ほぼ同時だった。

 

 龍馬が何かしらの行動を起こすと見たジョージが、躊躇なく発砲したのだ。

 

 

 「……痛いのう。まあ、ライフルで撃たれて痛いで済むんが、こん体の凄いところか」

 

 龍馬の声が聞こえてきたのは、上空。

 体が輝き銃声が鳴ったのとほぼ同時に、龍馬の姿は数枚の黒い羽を残して消えていた。

 

 「痛っつ……、肉に弾がめり込んどった。鬼の血を覚醒させた姿ゆうても、銃で撃たれたらやっぱり痛いぜよ」

 

 左肩に打ち込まれた銃弾を指で穿り出した龍馬は、それを紅く光る眼で睨みながら指で弾き飛ばす。

 その額からは左右非対称な角が二本生え、纏められていた髪は白くなり肩まで伸びている。

 だが何より目を引くのは、その背から生えた巨大な鴉のように黒い羽。

 その羽を羽ばたかせ、異形と化した龍馬は空を飛んでいた。

 

 「ウソ……私と同じ、鴉天狗?」

 

 信じられないといった顔で目を見開く阿倫に、龍馬は笑顔で言葉を返す。

 

 「おう、その通りじゃ。そっちの血も、ワシは引いとるらしい。ワシは鬼と天狗、双方の血を引いた人間よ」

 

 「じゃあ……貴方も、鬼武者?」

 

 呆けた様に呟く十兵衛。

 だがそんな二人の様子になどお構いなく、新たな銃声が響く。

 龍馬に向けて、ジョージが発砲したのだ。

 

 「――おっと、危ない。はは、今度は躱せたぜよ」

 

 だがその銃撃は、龍馬の瞬間移動によって軽々と躱される。

 

 「ほいじゃあ怖い人もおるきに、今度こそワシはお暇させてもらうぜよ。……鬼武者の嬢ちゃん、鴉天狗の嬢ちゃん。また、会おうなあ」

 

 そう笑顔で言い残すと、龍馬は数枚の黒い羽を残して完全に三人の前から姿を消す。

 ジャージが周囲を見渡すが何処にも影は無く、二人の少女には理解できない言語で悪態をつく。

 幻魔京での最初の戦いは、こうして終わりを迎えた。

 




次回等予定は一週間後、11月16日の木曜日を予定しています。
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