「よし、じゃあもう一周行こう」
「はーい」
トレーナーさんの指示に従って休憩をしっかり取ってから、今日のトレーニングのラストに臨む。グラウンド一周のタイムはさすがにトゥインクルシリーズでやっていた時よりは落ちたけれど、トレーナーさんの指導のおかげで少しずつ記録が伸びている。
『へぇー、ミラ子ドリームトロフィーリーグ行くんだー。やっぱG1を3回も勝った女は違うねぇ』
『えっ? ……えっ?』
トゥインクルシリーズを卒業した後の進路は人それぞれだ。……というのはついこの間知った話で、トゥインクルシリーズとドリームトロフィーリーグはつながっていて、自動的に行くものとばかり思っていた。中等部と高等部がつながっているトレセン学園みたいなものだと。
『いや、ミラ子にしてはずいぶんやる気あるなと思ってたんだけどなぁ、ははは』
『ははは、じゃないです……っ!』
『でもドリームトロフィーリーグで待ってるのは、みんな一度は考える夢の対決、ってやつばかりだ。きっとミラ子のレースをもう一度、いや二度三度、十度見たいって人もたくさんいるはずだぞ』
『いやいや、みんなが見たいのはクリスエスちゃんとかギムレットちゃんとか、ああいう輝かしいウマ娘どうしの対決であって、わたしがそこにいても――』
『よっ! G1 3勝ウマ娘! みんなの夢! ミラクルをもう一度!』
『最後の願いごとになってません? うー……いやでもー……』
わたしはまだ、「ふつーに」生きる道を諦めてはいない。元はと言えば、トレセン学園でそれなりに過ごして、いい感じにスポーツ系の学部の推薦をもらって大学に行って、いい感じの人と結婚して笑顔にあふれた家族を作って余生を過ごすんだと思っていたウマ娘。それがどういうわけかトゥインクルシリーズに行くことになり、なんだかおだてられているうちにG1に出走することになり。結果、勝つところまで行って。この後の人生で思ってたのと違うと思うことがあれば、それはどう考えてもトレーナーさんのせいだ。けれど、トゥインクルシリーズをいわゆる華々しい成績で終えて、そのまま堂々とドリームトロフィーリーグに進んでしまったから、もういよいよ逃れられない。どうやら「ふつーの」ウマ娘人生には、戻れないらしい。
「いいぞ、タイムも縮んできてる。トゥインクルシリーズに戻ってもいい勝負ができるんじゃないか?」
「いやいや、そんなわけないじゃないですかー、さすがに」
正直、トゥインクルシリーズから身を引くタイミングなんて分かるのだろうかと思っていた。まだ高校生だし、人間で言えばむしろこれからが成長期で、衰えを感じるなんてそんなまさかと。でもはっきりとそれは来た。自分では手応えがあるのに、後からトゥインクルシリーズにデビューした子と併走してもだんだん並ばれるようになり、ついには追い越されるようになった。トレーナーさんは何も言わなかったけど、そういうことか、と自分の中で妙に納得してしまった。これが潮時ってやつなんだな、と。
「今日はこの辺にするか。晩飯、どうだ? 一緒に」
「え、やったぁ。行きます行きます」
「もんじゃ焼きとか」
「…………」
「……分かった、お好み焼きに変更だ」
「それでいいんです、それで」
「まったく……全然変わらないな、ミラ子は」
「それ、悪口ですかー?」
「いや、褒めてる」
「絶対うそだー」
同じクラスにはまだトゥインクルシリーズで活躍している子もいる。デビュー前の子もいる。誰かがどこそこのレースに出て何着を取って、そのたびに周りの状況は変化する。わたしみたいに、レースを挟んで突然G1ウマ娘になって、ありえないくらい注目を浴びるようになったりする。「名は体を表す」なんて言葉を聞いたことがあるけれど、わたしは本当にたくさんのミラクルに恵まれている気がする。それでも、わたしは昔から、まさか花道をゆくウマ娘になるなんて夢にも思っていなかった頃から、何も変わっていない。本当に、何も。
「あんまり高いのはなしだからなー」
「え、スペシャル焼き全部入りは?」
「さも当然のように……」
「あれ? G1三冠ウマ娘?」
「すぐそうやって調子に乗る……」
ドリームトロフィーリーグに移籍した子はみんなトゥインクルシリーズで実績を残しているから、トレーナーが付きっきりで指導しなくても、自分で普段のトレーニングメニューを組めてしまうことが多い。わたしみたいに、ドリームトロフィーリーグに行ってもトレーナーさんにがっつり見てもらっている子はそうはいない。
「まだまだですねぇトレーナーさん。ほら、コテはこうやって持つんですよ」
「また煽りよる」
「これは週1くらいでお店に来て練習しないとですね?」
「そんなにおごれるかい」
「あちゃ、バレましたか」
「今度レースに勝つようなことがあったら、考えなくもないけど」
「掲示板入りにしません? あ、出走でもいいですよ」
「交渉下手だな」
あんまり自分からトレーニング頑張ろうとか、頑張って1着取ろうとか、そういうモチベーションを持つのが難しい自覚はあるし、今も変わらない。トレーナーさんにお尻をたたかれないとなかなか体が言うことを聞いてくれない。あ、ヘンな意味ではなく。やっぱりハッパをかけられて、おだてられると、やってやるぞなんて気分になれる。
「ほら、もたもたしてると、もんじゃ焼きになっちゃいますから」
「そんなわけないだろ、いっぱい具入ってるんだし」
「いえいえ、あながちそうとも限らないですよ?」
正直、ぐうたらして練習とかトレーニングなんてやりたくないな、と今でも思ってしまう。むしろそう思ってしまうことの方が多い。一分一秒でも多く走って、鍛えて、強くなって。次のレースで勝ちたいなんて強い思いを持つ子がウマ娘には多いから、わたしが珍しいタイプだという自覚はある。それでもそう思ってしまうのだから仕方ない。ごろごろして、マンガのページをめくりながらポテチをつまんでいる方が絶対楽しい。
「(でもそれじゃ、ダメなんだろうな、わたしは)」
それでも、この道を歩くと決めたからには。際限なくダラダラしてちゃダメなんだろうなとも思う。そうするとわたしはもんじゃ焼きになってしまう。いったんしっかりお好み焼きの形を保っておいてから、後でもんじゃ焼きになることはできるけれど、逆はできない。今わたしがお好み焼きになっておくには、たぶんトレーナーさんが必要なんだと思う。
「トッピングもやっちゃいますけど、何かいるものあります? いらないものとか」
「あぁ、青のりはナシで頼む。この後学園に戻って、残った仕事片づけなきゃだし」
「え、じゃあマンガ読みに行っていいですか?」
「いい子は勉強しなさい。聞いたぞ、来週英単語の小テストなんだってな」
「げ……どこからその情報を」
「トレーナーはちゃんと先生とグルだってこと、忘れるなよ? 追試とかあったら、トレーニングメニューにも影響出るからな。担当の成績は把握しておかないと」
「うー……分かりました、じゃあ一冊だけ! 一冊だけでいいですから」
「ダメだ、勉強してからにしなさい」
「勉強終わったら、もうトレーナーさん帰ってるじゃないですかあ」
「よく分かってるな」
やっぱり半分くらい前言撤回。勉強の面倒まで見られると、トレーナーさんが鬼になるのは目に見えているから。お好み焼きになるにしても、やっぱり息抜きする時間は欲しかったりする。
「さ、寮の前まで送ってやるから」
「もう一枚! もう一枚食べましょ!」
「無駄な抵抗はやめろ」
「えー……」
あんまりにもだらしなかったら怒るけれど、それでもなんだかんだでわたしがやる気を出せるようにあれこれ言ってくれているのは分かる。いつまでトレーナーさんが隣にいてくれるかは分からない。でも今日明日くらいは甘えても罰は当たらないかな、なんて思ったり。