前回の後書きの通り、今回で序章は終了となります。
オルガマリーの完全なる死。
その一部始終を、カルデア一行はただ見ている事しか出来なかった。
「さようなら、オルガ。思えば君は本当に喧しい小娘だったよ」
「レフ、貴様ァ!!」
まるで何事もなかったかのように、淡々とした口調で語るレフに、グリムロックは怒声を上げる。否、グリムロックだけではない。アリシアも、立香も、マシュも、何の躊躇いもなくオルガマリーを消滅させたレフの冷酷さに怒りの炎を燃やしていた。
それでも行動に移せないでいるのは、先程のグリムロックが一撃のもとにやられた姿を見たからだ。円卓の騎士の中でも指折りの数に入る程の実力者である彼をああも簡単に下した男に、自分達が敵うとは思えない。下手をすれば、いや、確実にオルガマリーと同じ末路を辿るであろう事は日の目を見るより明らかだ。
そんな彼らの心情を読み取ったのか、レフは肉食の獣を思わせる凶悪な笑みを浮かべながら呟く。
「その様子だと、どうやら君達は皆、私が人間とは違う存在だという事に気が付いたようだね」
そう言うとレフは取ってつけたかのような、紳士的な身振りでゆっくりと、その名を口にする。
「それでは、改めて自己紹介をしよう。私の名はレフ。『レフ・ライノール・フラウロス』。貴様達人類を処理するために遣わされた、2015年の担当者だ」
「えーーッ!?」
「フラウロス……だと……!?」
その名を聞いた瞬間、アリシアとグリムロックは驚愕と動揺が混じった声を漏らし、マシュもまた戦慄に震えていた。そして立香もまた三人とは違うが、言葉では表現しきれない恐怖を感じ取っていた。
グリムロック達の反応を楽しむかのように、嗜虐的な笑みを浮かべながら頷くと、レフはここにはいないロマンへと語りかける。
「さて、聞いているなドクター・ロマニ?共に魔道を研究した学友として、特別に最後の忠告をしてやろう」
『……何でしょうか』
レフに対して最大限の警戒心を抱きつつ、ロマンは次の言葉を促す。
「この時点でお前達人類は滅びているという事さ。もはや私にとってカルデアは用済みだ」
『……レフ教授。いや、レフ・ライノール。それは一体どういう意味ですか。我々が2016年を観測出来ない事と、何か関係があると言うのですか?」
レフの真意を確かめるかのように慎重に言葉を紡ぐロマンに対し、レフはまだ分からないのかと言わんばかりの、まるでロマンを嘲笑うかのような口調で話す。
「関係がある、ではない。もう終わってしまったという事実だ。確かお前達は未来が観測出来なくなり、”未来が消失した”などとほざいていたな。まさに希望的観測と言えるな」
まるで演劇のように身振り手振りを加えながら話すレフはだが、と付け加え、
「未来は消失したのではない。焼却”された”のだ。カルデアスが深紅に染まった時点でな。これで結末は確定した。もはや貴様ら人類が築き上げた時代は存在しない。カルデアスの磁場でカルデアは守られているだろうが、外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう」
「未来が…焼却”された”……?それはどういう意味なの、レフッ!?そもそも貴方は一体何がしたいの!?」
レフの言葉に僅かながらの違和感を覚えたアリシアは、胸の内から湧き上がってくる怒りを抑えつつ彼に問いただす。それに対しレフはため息を吐きつつも、残忍な笑みを浮かべつつ答える。
「これから滅びようとしているお前達に、そんな事を話すと思うのかね?どの道この特異点は消えるのだから」
「何……ッ!?」
その時、一行はこの洞窟の揺れを感じ取った。いや、洞窟だけではない。この周囲一帯に漂う空気が、そして空間が、まるで崩れ落ちるかのように激しく振動しているのだ。
「ドクター、これは!?」
『これは……この特異点が消滅しようとしてるんだ!』
ロマンの言葉に全員が息を呑む中、レフはただ呆れるように嘆息する。
「やれやれ、どうやらここももう限界か。ではお別れだ、ロマニ、マシュ、そして変わり者のマスターにそのサーヴァント、それから凡俗なマスターよ。君達の最期を見届けられないのは実に残念だが、この崩壊する特異点と運命を共にすると良い。では、さらばだ」
そう言い残すと、レフの身体は空気に溶け込むかのように消えていった。
「このままでは……!ドクター!至急レイシフトを実行してください!」
『分かっている、もう実行しているとも!でもゴメン、そっちの崩壊の方が早いかもしれない!その時は諦めてそっちで何とかしてほしい!ほら、生き物は宇宙空間でも数十秒なら生身の状態でも耐えられるらしいし!』
「ふざけた事をぬかす暇があったら手を動かせ、ロマン!!」
グリムロックの脅迫じみた怒声を聞いてビクリと震えたロマンは、『は、はい!分かりました!』と涙目で作業を続ける。全くこの男は、どこまでが本気で、どこまでが冗談なんだ?と、内心呆れるグリムロック。が、この状況ではそんな気持ちもすぐに消えてしまう。
見れば、洞窟の周辺が崩れ始めていた。このままではレフの言う通り、自分達はこの崩壊していく特異点と共に消滅してしまう。
「ーーッ!ドクター!」
『ーーーよし!準備完了だ!みんな、一箇所に集まってくれ!!』
「わ、分かった!」
ロマンの指示に従い、グリムロック達はすぐさま一箇所へと固まる。
『それじゃあレイシフトを実行する!悪いけどカウトダウンは無しだッ!!』
ロマンの声が聞こえるや否や、一行の身体は光に包まれ、そして意識は闇の中へと落ちていった……。
それからどれほどの時間が経過したのかは分からなかった。
アリシアが暗闇から目覚めると、そこには青い天井が映っていた。
「気が付いたか」
と、聞き覚えのある声が聞こえ、そちらへと視線を向けると、そこには自分が契約したサーヴァント、グリムロックがいた。
「グリムロック……えっと、ここはカルデア……よね?」
「ああ、といっても俺はこの施設についてはよく知らないがな」
言われて軽く周囲を見渡すと、そこには簡易式のベッドや、医療器具らしきものがいくつか確認できた。恐らくここはカルデアの医務室なのだろう。
「立香やマシュは?」
「心配はいらない、二人も無事だ。それからロマンから伝言を預かっている。『アリシアの目が覚めたら、すぐに管制室に来てくれ』、とな。立香とマシュはもう向かっている、俺達も行こう」
「そう……そうね、分かったわ」
そう言ってアリシアはベッドから降りると、グリムロックを連れて医務室を後にするのだった。
医務室を出た後、アリシアとグリムロックは管制室へと入る。そこにはロマンと、先に来ていた立香とマシュの姿があった。
アリシア達が来たのを確認した後、ロマンはゆっくりと口を開いた。
「うん、全員集まったようだね。それじゃあまず、生還おめでとう立香君、それにアリシアちゃん。それからミッション達成、お疲れ様。色々トラブルはあったけど、君達のおかげでカルデアとマシュは救われた」
ロマンは優しく微笑みながら二人にそう言うと、次いでグリムロックを見た。
「そして鋼の竜騎士グリムロック、貴方にも礼を言いたい。僕達カルデアの召喚に応えてくれた上に、今回のミッションを成功に導いてくれた。カルデアを代表して、心から感謝するよ」
そう言ってロマンは頭を下げる。
「気にする事はない。俺は英霊として当然の事をしただけだ。
………ところで、彼女は……?」
「ーーッ!」
瞬間、ロマンの顔から微笑みが消えた。
彼女とはもちろんオルガマリーの事だ。無論グリムロックとて彼女がどうなったのかは分かっている。それでも、彼は聞かずにはいられなかったのだ。
少しの間が空いた後、ロマンは沈痛な面持ちで口を開く。
「……残念だけど、彼女……所長はもう…………」
「…………そうか」
ロマンの言葉にそう一言だけ返すグリムロック。その顔には、哀しみの色が浮かんでいた。それは、アリシアや立香達も同じであった。
そんな彼らに対し、ロマンもまた辛そうな表情を浮かべるが、それを振り払うかのように、すぐさま決意を宿した瞳で彼らを見る。
「……でも、悲しんでばかりもいられない。僕達にはまだ、やるべき事があるからね」
そう言うと、ロマンはまず自分達の置かれている現状について改めて説明する。
レフは、世界はカルデアを除いて全て焼却され、存在していないと言っていたが、それは本当だった。外部との連絡が不可能だったのが、それを裏付ける何よりの証拠だった。何しろ連絡を受け取ってくれる相手など、もうどこにもいないのだから。
「君達のお陰で冬木の特異点は消滅した。でも、人理は焼却されたまま。つまり……」
「原因はまだ他にも残っている、という事ですね」
「その通りだよマシュ。そうして僕らが見つけたのが、冬木とは比べ物にならない程の時空の乱れを起こす、7つの特異点だ」
過去を変えれば未来は変わる、という言葉はよく目にし、耳にするが、それは簡単な事ではない。何故なら、歴史には些細な違いが生まれてもすぐに元に戻せる強力な修正力があるからだ。
だがこれらの特異点は、そんな些細な違いではない。どれも人類のターニングポイントと呼べるものばかりだ。
”この戦争が終わらなかったら”
”この航海が成功しなかったら”
”この発明が間違っていたら”
”この国が独立出来なかったら”
そういった人類の究極の選択肢を崩されてしまったら、人類史を構成する土台が崩されてしまう。
これらの特異点が発生した以上、レフの言う通り、人類史に未来はない。自分達が2016年を迎える事もないだろう。
「……でも、まだチャンスはある。何故なら、このカルデアはまだその未来に到達していないからね」
ロマンの言葉に、アリシアも納得したように頷く。
「つまり、今カルデアにいる私達だけが、この間違いを正す事が出来る、という事ね?」
ロマンはそうだよ、と頷くと、改めてアリシアや立香達を見据える。
「結論から言おう。人類史を元に戻す手段はただ一つ。それはこの7つの特異点にレイシフトし、そこで起きた間違いを正し、歴史を本来あるべき流れに戻すという事だ。けれで、今の僕らにはあまりにも力がない。マスター適性者は君達二人を除いて凍結。所持するサーヴァントは現状マシュとグリムロックの二騎だけ。その上一人は魔術師としても、マスターとしても経験が皆無だ。非常に酷だとは思うだろう。それでも僕はこう言うしかない」
ロマンは一瞬辛そうに目を伏せ、拳を強く握り締めると、しかしすぐに決意を再び瞳に宿して顔を上げる。
「マスター適性者47番、アリシア・ウィンドネラ。そして48番、藤丸立香。もし君達が人類を救いたいのなら、2016年から先の未来を取り戻したいのなら。これから君達には、7つの人類史に挑まなければならない。その勇気が、人類の未来を背負う覚悟があるか?」
ロマンが二人にそう問いかけると、再び場が沈黙に包まれる。
そして……
「……決まってるじゃない、あるに決まってるでしょう?」
自信と勇気に満ちた笑みを浮かべながら、アリシアは毅然と言い放った。
「俺も同じです、ドクター。自分にできる事なら、喜んで力を貸します!」
そして立香もまた、決意を宿した瞳で、真っ直ぐロマンを見据えながら答える。
目を見開き、呆然とするロマンに対し、アリシアは安心させるように続ける。
「大丈夫よ。私は強いし、それに頼れる騎士がいるから!」
そう言ってアリシアは、自身と契約した金属の身体を持つ竜騎士を見る。
アリシアの騎士…グリムロックはフッと小さく排気すると、
「ああ、そうだな。俺達が一つになれば、きっと人類史を取り戻せるはずだ!」
「グリムロックさんの言う通りです!私もデミ・サーヴァントとして、全力で先輩やアリシアさん達を守ります!」
グリムロック、そしてマシュの力強い宣言を前に、それまで呆然としていたロマンは、安心したように優しい笑みを浮かべる。
「…………ありがとう。君達のその言葉で、僕達の運命は決定した」
そしてロマンは堂々と宣言する。
「ではこれよりカルデアは、前所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を真っ当する。目的は人類史の保護、及び奪還。探索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物、聖杯。君達の前には様々な困難が待ち受けているだろう。けれど生き残るには、いや、未来を取り戻すにはもうこれしかない」
そこで一呼吸置いて、ロマンは静かに、しかし力のこもった言葉で続ける。
「以上の決意をもって、作戦名はファーストオーダーから改める。これはカルデア最後にして原初の使命。人類守護指定・
かくして賽は投げられた。
人類史を巡る彼らの長き戦いが、今始まろうとしていた。
今回はここまでです。
次回は英霊召喚(と言うよりちょっとした箸休め回かな?)を挟み、その後に第一章を始める予定です。
どうぞお楽しみに!