アリシアと立香
「もしも〜し、もしも〜し?生きてますか〜?」
「ん…んん?」
誰かに呼ばれる声が聞こえて、少年は目を覚ます。見れば、自分が通路のど真ん中で眠っていた事に気付く。
「良かった。目が覚めたみたいね」
そう言ってかがみ込んで少年を見つめているのは、少し風変わりな姿をした少女だった。
歳は恐らく十六、七ぐらいだろうか。整った美しい顔立ちに、翡翠色の瞳。腰まで伸ばしたクリーム色の髪。しかし何より特徴的なのは、その格好だった。
何故なら彼女が身に纏っているのは、この近未来的な内装には不似合いな、袖の余った空色のローブだったからだ。まるでおとぎ話に登場する魔法使いのようだ。
しかし、服装こそ変わっているが、それが逆に彼女の美しさを引き立てているように見える。
「こんな所で倒れていたから、一瞬変死体かと思ったわよ?」
「へ、変死体…」
少女の言葉に苦笑いを浮かべる少年。とはいえ、確かにこんな何もなさそうな通路で倒れていたら、そんな風に思われても仕方がないのかもしれない。
少女が袖で隠れた手を差し出すと、少年はその手を取って立ち上がる。
「それで、どうしてこんな所で寝ていたの?」
「えっと、確か……」
少女に尋ねられ、少年はここまでの記憶を辿る。
「確か……ここに入ってすぐに、変なシミュレーションみたいなのをやって……そこから先は覚えてないな。その時に寝ちゃったのかな?」
「あら、そうなの?私も同じようなのをやったけど、大した事はなかったわ」
どうしてこんなに違うのだろうと、少女は顎に手を置きながら考え込むが、やがて思い出したようにハッと顔を上げる。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私はアリシア。アリシア・ウィンドネラよ。貴方の名前は?」
少女…アリスにそう聞かれ、少年は答える。
「えっと……俺は立香。藤丸立香だ」
それが、後に人理を救う戦いへ身を投じる事になる、二人のマスターの出会いだった。
アリシア・ウィンドネラは、少し変わった魔術師、否、魔術使いだった。しかしそれは性格的なものではなく、単純に彼女の服装に関してだった。
今の時代を生きる魔術師達は、基本的に現代に合わせたそれらしい服を着ている。それに対してアリシアは、普段から一昔前のローブを着ており、少し周囲から浮いた存在になっていた。
しかしそれでも、彼女が他の者達に邪険に扱われたり、心無い言葉が吐き捨てられる事はなかった。
何故なら、彼女は純粋に容姿端麗であり、尚且つ魔術の腕もそれなりに立つからだ。もしその二つのうちどちらかがなかったら、アリシアは間違いなく卑下されていただろう。しかし両方持っていた為、彼女は『美しく魔術の腕も悪くない、ちょっと風変わりな魔術使い』として認知されていた。
さて、そんなアリシアだが、彼女は他の魔術師のように根源への到達には興味がない為、彼女は先述の通り魔術使いの枠組みに入る。
特に何かしたいと言うわけではなく、時折他の魔術師と手合わせを含めた交流を行いつつ、静かに暮らしていた。
そんな彼女がここ、『人理継続保障機関フィニス・カルデア』にやって来たのは、つい先日の事だった。
ここのスタッフや同じく集められた魔術師達の何人かと顔を見合わせで、その日を終えた。
そして今日、たまたま通路を歩いていた際に、そこで眠っていた少年…藤丸立香を見つけたのだ。
「え、立香は魔術師じゃないの?」
「あ、あはは…」
立香の言葉に驚いて目を丸くするアリシア。何でも彼は魔術とは縁もゆかりもない、普通の高校生らしい。
しかし彼女が驚くのも無理はなかった。何故ならここカルデアは、一般人が来るような場所ではないからだ。
アリシアも詳しい事はあまり知らないのだが、ここは時計塔の12科の一つである天文科の前ロード、『マリスビリー・マニムスフィア』が創立した人類の未来を語る資料館である。
なんでもここでは、魔術だけでは見えず、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を防ぐ為の活動を日夜行っているらしい。
そんなある時、カルデアは大きな異常に襲われる事となる。詳しい話はこの後聞かされるらしいが、それを解決するために彼らは世界中から48人の魔術師を集めたのだという。
だからアリシアは、最初は立香も自分と同じ魔術師だと思ってしまったのだ。
「じゃあ、どうして立香はここに来たの?」
「うーん、実はパンフレットを見てそこに書かれていた待ち合わせ場所にいたら、急にスーツを着た変な人達に目隠しされて、気が付いたらここに来ていたんだ」
「それって…」
私とほぼ同じではないかとアリシアは思った。
普段通り静かな朝を過ごしていた際、彼女の元にも立香と同様、黒スーツの者達がやって来て、我々と共に同行願いたいと言ってきたのだ。説明を求めても曖昧な答えばかりであり、その後必要最低限の荷物を持ってここまでやって来たといった所だ。
最初はよほどの事態が起きたから、急ぎで魔術師をかき集めたのだろうと考えていた。しかし立香のような一般人までこんな拉致同然の方法で連れて来るとは、一体どういう事なのだろうか?
と、そんな風にアリシアが考えていると…
「フォウ!フォウ、フォーウ!」
ウサギのような、リスのような姿をした不思議な動物が、可愛らしい鳴き声を上げながら二人の前に駆け寄ってきた。
「うわ、何だこの動物!?」
「あら、フォウ君じゃない」
驚く立香を尻目に、アリシアは微笑みながらその生き物を抱き抱える。
「アリシア、その動物を知ってるの?」
「ええ、この子はフォウ君と言って……それ以外の事は知らないわ」
「いや、知らないのかよ!」
思わずツッコんでしまう立香。それに対して、アリシアはまるで馬鹿にされたような気がして、ムスっとした表情になる。
「しょうがないじゃない。この子とは昨日初めて会ったんだから。それに、昨日カルデアのスタッフ達に聞いたんだけど、誰もフォウ君の事は知らないみたい」
「え、そうなんだ?」
「ええ」
と、二人がそんな会話をしていると、
「フォウさーん。どこに行ったんですか、フォウさーん?」
フォウの名を呼びながら、眼鏡をかけた一人の少女がこちらに向かって歩いて来る。
歳はアリシアや立香と同じぐらいだろうか。その幼い顔立ちもあってか、一、二歳ほど年下に見える。薄紫色にも、桃色にも見える髪をボブカットにしており、片目が髪で隠れている。パーカーの付いた白衣を着た姿から、まるで研究者のような印象を与える。
「あら、マシュ。フォウ君ならここよ」
「あ、アリシアさん!ありがとうございます!」
アリシアは少女をマシュと呼ぶと、抱き抱えたフォウを彼女に渡す。
「もうフォウさん、探したんですよ。心配したじゃないですか」
「フォウフォウ、フォーウ!」
と、そこで少女はようやく立香がいる事に気付いた。
「あれ、貴方は?」
「あ、俺は立香、藤丸立香だ」
「藤丸立香さん、ですね。初めまして、私は『マシュ・キリエライト』と言います。よろしくお願いしますね、先輩」
立香が自己紹介すると、少女…マシュも自己紹介し、ペコリと頭を下げる。
「うん、よろしくマシュ………て、『先輩』?」
「は、はい。何だか立香さんは、今まで出会ってきた人の中で一番人間らしいから……ダメでしたか?」
モジモジしながらそう言うマシュに、立香は朗らかに応える。
「ううん、構わないよ。マシュが呼びたいように呼んでくれ」
「あ、ありがとうございます、先輩!」
初対面にも関わらず、親しげに会話する立香とマシュ。その光景は、確かに先輩が仲良く喋っているように見えなくもない。
「ちょっとマシュ〜?なんで立香は『先輩』で、私は『先輩』じゃないの?」
と、アリシアがジト目でマシュを睨みながら話に割って入る。
「す、すみません!でも、私にとって立香さんは先輩で、アリシアさんはアリシアさんという訳でして……!」
「全然答えになってないわよ、それ」
しどろもどろに答えるマシュの姿に、呆れてため息をつくアリシア。
「ああ、そこにいたのかマシュ。ダメだぞ、断りもなしで移動するのは良くないと……」
そこへ、一人の男性が三人の元へやって来た。
赤みがかった特徴的な黒髪に、英国紳士を思わせる緑色のスーツとシルクハット。そしてその顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
「おや、アリシアもいたのか。そして君は......そうか、君が今日から配属された新人だね。私は『レフ・ライノール』。ここで働かせてもらっている技師の一人だ」
そう言って男性……レフは立香に手を差し出す。
「えっと、藤丸立香です。よろしくお願いします」
レフから差し出された手を握り、握手を交わす立香。
「ふむ、藤丸立香君か。ようこそカルデアへ、歓迎するよ。ところで、君達三人はどうしてこんな場所に?」
立香との軽い挨拶を済ませると、レフはアリシア達に尋ねた。
「えっと、私はフォウさんを追っていたら二人とお会いしたといったところです」
「私はたまたまここで熟睡していた立香を見つけた感じね」
「えっとまあ、そんな感じです……」
恥ずかしそうに頭をかく立香。それを聞いて、納得がいったような表情を浮かべるレフ。
「ああ、さては入館時にシミュレートを受けたね。量子ダイブは慣れてないと脳にくる。きっとシミュレート後、表層意識が覚醒しないままゲートから開放され、ここまで歩いて来たんだろう。まあ、一種の夢遊状態のようなものだね」
そこまで話すと、レフはおっといけないと言って続ける。
「できれば君を医務室に送りたいところだが、そろそろブリーフィングが始まる時間だ。ウチの所長は結構根に持つタイプだからね。遅れたら大変だ」
「あの所長ね……」
ここの所長については、昨日アリシアも一目だけ見た。いかにも気が強く、確かにレフの言う通りのタイプであっても違和感はないだろう。
「さて、そろそろ管制室に向かうとしよう。大目玉を食うのはゴメンだからね」
「は、はい!では、行きましょう。アリシアさん、先輩」
「分かったわ」
「うん」
そうして二人は、マシュとレフに促されるままに、これからブリーフィングが行われる管制室へと向かった。
今後の一話における文字数は?
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もう少し短く
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これくらいで良い
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作者の自由に