クー・フーリン
勿論グリムロックはその名前を知っていた。
ケルト神話において絶大的な知名度を誇る、半神半人の英雄。前世においても名前自体はある程度把握していたが、死後英霊の座に招かれ、あらゆる時代の英雄の情報を得た事でその伝説を知る事となった。
「まさか『クランの猛犬』とも呼ばれたアンタとこうして会えるとはな。光栄だ」
「こちらこそ、円卓の騎士の中でも特に有名なグリムロックに会えるなんてな。しっかし、こうして実際に会ってみると……」
そう語るクー・フーリンは、しかし先程とは違う笑みを浮かべているように見えた。
「しかし、クー・フーリンならばランサーのクラスで呼ばれるものと思っていたんだがな」
その一言に、クー・フーリンは苦笑いを浮かべながら後頭部をかく。
そう、クー・フーリンを語る上で外せないのが、ゲイ・ボルグの存在だ。彼の師である影の国の女王『スカサハ』から与えられたと言う、呪いの魔槍。伝承では、投擲によって幾本にも分裂して敵目掛けて降り注ぐと言われている。
その有名ぶりから、もしクー・フーリンが英霊として召喚されるとしたらおそらくランサーのクラスとしてだろうと思われていたのだが……
「そうなんだよなぁ。全く、なんだってキャスターで召喚されたのやら」
そのセリフからすると、どうやら彼自身も魔術師として召喚されたのは不本意だったようだ。だが、今はそんな事はどうでも良い。他に重要な事がある。
「……それで、先程のセリフ、あれは一体どういう意味だ?」
「ん?ああ、言葉通りの意味だぜ?俺はお前らの敵じゃない。むしろ、お前らに協力してやっても良いんだぜ?」
「え?」
ニッと笑いながらクー・クーリンの放った言葉に、思わず戸惑いの表情を見せるアリシア。
グリムロックもまた懐疑的にオプティックを細めつつ、魔術師のサーヴァントの次の言葉を待った。
「だからよ、まずはお互い情報交換といこうじゃないか?お前らの事情を話してくれりゃあ、俺も俺の知っている事をお前らに教えてやる。どうだ?」
クー・フーリンの言葉を聞いたグリムロックとアリシアは、顔を見合わせる。そして、改めて彼の言葉について冷静に考えるのだった。これは恐らく立香やマシュ、オルガマリーやロマンも同様だろう。
確かに自分達はこの特異点について具体的な情報を有していない。何故この特異点が発生したのかも、どうすれば解決するのかも。今自分達の目の前にいるサーヴァントならば、確かにその辺りの事情を把握しているかもしれない。何より彼はこの特異点で初めて出会った、まともに話が出来る存在なのだ。少しでも情報が手に入るのなら協力するに越したことはないが……。
『……僕は協力しても良いと思う』
そんな僅かな沈黙を破ったのは、ロマンだった。
「ドクター……」
『今僕達が持っている情報は少ない。このままだと僕達は今後の方針を立てるのも難しい。それなら、ここは彼を信用して協力するのが現状の最善策だ』
そうロマンが話すのを見て、グリムロックは自身の中のDr.ロマン…ロマニ・アーキマンという男に対する評価を改めつつあった。
最初に見た時こそどこか頼りなさげな印象だったが、こうして冷静に自分達が置かれている状況を把握、それを打破するためにどうすべきかをしっかりと考えている。
(もしかすると、この男は相当優秀な人間なのかもしれない)
と、グリムロックは思うのだった。
「……分かりました。それでは、我々はここ冬木のサーヴァント、クー・フーリンと共同戦線を張る事にします」
小さくため息をした後にオルガマリーがそう言うと、立香とマシュは「分かりました」と頷く。
グリムロックとアリシアは再び顔を見合わせ、頷き合うと、グリムロックは持っていたメイスを消し、アリシアは鎧姿から元のローブ姿に戻る。
そんな彼らの様子を見て、クー・フーリンは感心したように頷く。
「へぇ、軟弱な奴だと思っていたけど、中々どうして、意外としっかりしてるんだな、お前」
『な、軟弱……軟弱だなんて、また初対面で言われちゃったぞ……』
クー・フーリンの言葉に軽いショックを見せつつ、ロマンは自分達カルデアの事情を説明した。
『……以上が、我々カルデアの事情です』
ロマンが説明を終えると、クー・フーリンはなるほどねぇと小さく頷いた。
「あんたらの事情は分かった。そんじゃあ、今度は俺が話す番だな」
そう言って、ケルトの英雄は話し始めた。
元々この冬木では聖杯戦争が行われていた。しかしある時、原因は不明だが、街は一夜にして炎に包まれ、人間はいなくなり、サーヴァントだけが残った。そんな中、セイバーが再び戦いを再開し、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、バーサーカー、クー・フーリンを除く五騎のサーヴァントを倒した。そして倒した彼らを黒化させ、使役したのだ。
「ま、正直な話、どうしてこうなったのかは俺にも分からねぇ。だが、どうすれば良いのかはおおよその目処は付いている」
後頭部をかきながら話すクー・フーリンの言葉を引き継ぐように、グリムロックが口を開く。
「セイバーを倒す、か?」
「ああ、そういう事だ」
先にクー・フーリンが言ったように、この戦いを始めたのはセイバーだ。ならば、セイバーを倒せば、もしかしたら何かしら事態が好転するかもしれない。それが光の御子の考えなのだ。
無論具体的な根拠があるわけではない。だが彼の言う事にはある程度筋は通っている為、その可能性に賭ける価値はある。
「そうなると、倒すべきサーヴァントは、後五人って事?」
「いや、正確には二人だ」
立香の言葉を、しかしクー・フーリンが否定して続ける。
「ライダーとアサシンの方は俺が倒した、ちょっと苦労したけどな。バーサーカーは、どういう訳か知らないが、一ヶ所に留まって全く動こうとしねぇんだ。だからこちらから仕掛けさせえしなけりゃあ、アイツも襲ってこねぇさ」
「なるほど、触る神に祟りなしって事ですね」
「おう、そういうこった。よく知ってるじゃねぇか、嬢ちゃん」
と、マシュに対し、満面の笑みで応えるクー・フーリン。
「つまり、俺達が倒すべきサーヴァントは、セイバーとアーチャーの二人という訳だな」
「ああ、まあその通りなんだが……」
と、クー・フーリンは不意にグリムロックとアリシアに目をやると、
「アーチャーの野郎はともかく、セイバーの方はオタクらにとってはかなり面倒な相手になるかもな……」
「?どういう意味だ?」
クー・フーリンの言葉の意味が分からず、オプティックを細めるグリムロック。アリシアもまた不思議そうに首を傾げる。そんな二人に対し、クー・フーリンはお喋りが過ぎたとばかりに少々慌てた様子を見せ、
「いや、気にすんな。それより見ろ、敵のお出ましだ」
ほぼ強引に会話を打ち切ったクー・フーリンは、持っていた木製の杖を差す。その方向に目を向けると、そこにはスケルトンが群れを成してこちらに近付いてきているのが見えた。数にすると約三十体ぐらいだろう。
「いつの間に……ッ!」
敵の襲来に対して、咄嗟に盾を構えるマシュ。
「ハッ、雑魚の掃除たぁ面倒だが、手を組んだ手前、力を貸してやらねぇとな」
言ってる事とは裏腹に獰猛な笑みを浮かべながら、クー・フーリンもまた臨戦態勢を整える。そんな二人をグリムロックが遮った。
「グリムロックさん?」
「ああ、何のつもりだよ?」
グリムロックの行動に戸惑うマシュと、明らかに不機嫌そうな声を上げるクー・フーリン。そんな二人に対し、グリムロックは静かに口を開く。
「クー・フーリン、セイバーがどこにいるか知ってるか?」
「ん?ああ、ここから南へ真っ直ぐ進めば、それなりにでかい寺がある。その地下に洞窟があって、もしどこかに移動さえしていなけりゃ、奴はそこにいるはずだ。でも何でそんな事聞くんだよ?」
「こんな雑魚共を一々相手にしていては進めるものも進めない。ここは強行突破でいく」
「どうやって……」
突破するんだよと言いかけたクー・フーリンだったが、やがてああ、と何か納得がいったような表情を浮かべる。
「そうか、そういう事か……!」
「あ、そうか!あれね!」
クー・フーリンだけでなく、アリシアも何かに気が付いたように声を上げる。
「ああ、そういう事だ!」
そう言ってグリムロックが両腕を地面に叩き着けたかと思うと、その身体のパーツというパーツが引っ込んだり、別の箇所に移動したりと、その姿を大きく変えていく。そして……
「グオォォォォォォッ‼︎」
耳をつんざかんばかりの咆哮を上げながら姿を現したのは、二本の角と鋭い牙が生え揃った顎を持つ、鋼の
『これは……ッ!』
「す、凄い!変形した!」
「本当だったのね、グリムロックは竜に姿を変える事ができるっていうのは……!」
その姿にロマンは息を呑み、立香は目を輝かせていた。そして、アリシアもまた興奮した様子で姿を変えたグリムロックを見つめていた。
「さあ、すぐに俺の背中に乗るんだ」
そう言うとグリムロックは、アリシア達が乗りやすいように顔を地面に近付けた。
そうしてグリムロックの背中には、アリシア、立香、マシュの三人が乗る事になった。
「悪いな、オルガマリー、クー・フーリン。俺のサイズでは三人までが限界だ」
「なぁに、気にする事はねぇさ。おかげで美女を抱っこ出来るんだからな」
そう返したクー・フーリンの両腕には、確かにオルガマリーがお姫様抱っこの状態で抱えられていた。
「いい?もし私を落とすような事をしたらただじゃおかないわよッ‼︎」
「へいへい、分かってますよ」
顔を赤くしながら怒鳴るオルガマリーに対し、軽い調子で返すクー・フーリン。
そんな二人のやり取りを見届けたグリムロックは、自分達目掛けて近付いてくるスケルトンの大群を見据え、鼻を鳴らすと、
「さあ、行くぞッ!!」
掛け声と共に大地を蹴り、駆け出した。
「さあ嬢ちゃん、俺達も行くぜ」
「え、ええ!」
それに続くように、オルガマリーを抱えたクー・フーリンも駆け出すのだった。
今回はここまでです。