魔族転生   作:ゆうたんたん

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第一部
プロローグ:日記1


 〇月×日 生まれてから百五十年。

 

 

 今更ながら、記録をつけることにした。恐ろしい事に、この世界に転生してから、前世の十倍もの時間を過ごしてきたことになる。

 日本語で書いていれば、誰かに見られたとしても理解されないだろう。

 

 前世といった通りに、俺は日本から異世界に転生した。

 

 一応、転生した時の事も書いた方がいいだろうか。

 気が付けば一人、森に立っていた。

 

 困惑し、周りに助けを求めようとして、ようやく見つけた人間は俺に斬りかかってきた。この時点でかなり混乱していたのだが、その時二つの本能とも呼ぶべき衝動に襲われた。

 

 一つは、この人間を食べてしまいたいという食欲。

 二つに、自分の力でどこまで戦えるのだろうかという好奇心。魔法が使えると、確信していた。

 

 

 

 気が付けば、俺の両手は血に染まっていて、口の中には甘い鉄の香りが残っていた。

 

 罪悪感に襲われて、良心が痛んだ。人を殺してしまったのだから当然だ。ただ、すぐに無意識のうちに、自らの行いを正当化しようとし始めた。向こうから襲い掛かったのだから、悪くない。お腹がすいたのだから、少し食べてしまっても仕方がないだろう。そもそも、こんなにおいしいのだから――――

 

 

 

 襲い掛かってきた人間の剣に自身を映すと、自分ではない何か。小さいが確かに存在する角と、人のものと比べて鋭い歯。人ではなくなったのだと、どこか他人事のように納得した。

 

 

 

 人間としての前世が影響しているのだろう。俺は異端の魔族だった。

 

 初めて人を殺したあの時から、この百五十年、ほとんど人を殺さないように心掛けている。あれから一人も殺していないと言えないのも、悪びれずにいられるのも、この肉体が魔族のものだからだ。

 それでも、他の魔族とは決定的に違った。

 罪悪感がある。良心が痛む。愛情も悪意も、魔族には理解できないであろう人間の感情を、俺は有していた。

 

 

 俺はヒトに興味を持つようになった。

 この世界には人間がいて、エルフがいて、ドワーフがいて、そして魔族。人とよく似た形の生命が四種もいる。調べたところ、人間とエルフとドワーフと、この辺りは起源が同じか、近い。この世界の文明では、ましてや魔族では、調べられることに限界があった。発掘調査を本格的に行って人類化石を調べれば、何かわかるかもしれない。出来ないんだけど。

 

 ただ、エルフが共通の祖先ではないか。ドワーフはさらに前の段階で分岐したのではないか。人間はエルフの種族としての欠点、繁殖力を克服した突然変異ではないか。など、いろいろ仮説は立てている。

 

 少なくとも前述の三つの種族に関しては、おそらく祖先がどこかで一緒だ。

 どうにかこうにか手に入れたそれぞれの遺体を解剖したところ、特徴とかだいたい一緒という結論が出た。解剖学はさっぱりだし、標本数も少ないので曖昧な結論だ。

 

 魔族は他の三種族のどれとも違う。生きたまま勝手に解剖させてもらった例で言うと、臓器は人間のものと似ているが、普通の人間にはないよくわからない臓器が見つかった。

 また、魔族が死亡した際は、魔力の粒子になって消える。

 

 どう考えても普通の生き物ではない。

 

 

 そもそも、俺の仮説では、人間はエルフから進化している生物だ。なら、前世の人間もそうだったか? そんなはずはない。

 この世界には魔法というまったく別の法則が存在している。

 

 幸い時間はある。次の百年で、魔法について徹底的に調べる必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 〇月×日 二百五十年目。

 

 

 百年前のこの日記帳を引っ張り出してきた。我ながら、忘れずによく覚えていたものだ。保存状態には気を付けていたので、ほとんど劣化していなくて安心した。

 

 魔法についての研究は、思ったよりも進んでいない。魔族に尋ねてまわっても、”魔法”そのものの研究をしている人はいなかった。いくつか勉強になることはあったが、俺が求めているヒトの起源にたどり着けるものではない。ならば人間はどうか。これも駄目だった。そもそも、魔法というものが人間向きではないのだ。人間の寿命では魔法の高みにたどり着けない。

 

 

 人間も魔族もダメなら、後はエルフだ。

 どうにかエルフと会話をしようと頑張ったのだが、いくら誤魔化しても向こうは俺が魔族であることに一瞬で気が付く。稀に会話に乗ってくれる奴もいるが、警戒して魔法の話まではしてくれなかった。

 

 魔法という存在がある以上、この世界は俺の知っている物理法則とは全く別の法則が支配している。しかし、俺の持っている科学知識は通用した。水の電気分解やら、単純な実験をいくつかやってみたのだが、間違いなく前世と同じ原子がある。

 

 ここまで書いていて、一つ強力な魔法を思いついた。そこまで精密な操作ができるかは不安であるが。

 

 今から試す。一応誰もいないかしっかり確認して、山の山頂あたりで。

 

 水素原子を魔法の力でひゅーひょい。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 〇月×日 三百五十年目

 

 馬鹿みたいに強いエルフと戦って生き残った。

 俺の命乞いが功を奏したのか、ただの気まぐれか。彼女にこそ魔法の神髄を教わりたかったのだが、今度会ったら殺されそうなのでやめる。

 

 水素原子四つ合わせて大爆発♪ 事件から、もう百年。俺のヒト研究は遅々として進まないのだが、一つ、新しい趣味のようなものが出来た。

 

 魔族向けの哲学書の刊行だ。俺オリジナルなものもあるし、人間のものを伝えたものもある。自己満足だが、勝手に配り続けている。

 

 

 そんなことをずっとやっていると、自分の思想が凝り固まってしまっている事に気が付いた。言い方は悪いが、老害化した。長年ずっと持ち続けた考えを手放せなくなるのは仕方のない事だ。

 少しリフレッシュしたいなぁと、魔王様に会いに行ってみた。いっぱいお話しした。

 

 

 魔王様と話して、いくつか気になった事がある。

 一つは魔族の知性の高さ。高度で抽象的な概念も理解できるし、魔法の扱いも長けている。魔法に関しては脳の構造の違いだろうか。まだ仮説の段階だが、本にまとめて人間の世に流しておいた。

 

 知性が異様に発達しているような気がする。知性が低い魔族は人間をうまく騙せずに殺されてしまったからか?

 

 魔族は人を騙して捕食するために、その姿かたちを人に似せた……厳密に言えば、人に似ている魔族ほど生き残りやすい環境だったために、今いる魔族は人と似た姿をしている。

 

 前世の蛾で、羽に、糞に集る蠅のように見える模様を持った種類がいた。これは狙ってこの姿になったのではなく、たまたまそう見える蛾が生まれて、たまたまうまく擬態出来て、その後もよりそう見える蛾ほど捕食されずに生き続けた結果である。

 

 

 ここからはまた進化に関する考察だ。この世界には魔法がある。魔法においてはイメージが重要だ。

 生物の進化というのは、狙って起こせるものじゃない。あくまで環境に適応した結果、あるいは偶然。

 

 しかし、そこに魔法が関わってくるとどうだろうか。強烈な適応の願望が、それを可能にすることもあるのではないか。

 

 

 俺は最近、魔族に興味が出てきた。

 

 

 

 

 追記。上記から三十年後。

 

 魔王様に命令されてエルフの村に行ったら、超強い人間がいた。あとエルフも。

 土下座して殺しあいたくないから話し合ってほしいというと、俺の両腕を切り飛ばしたうえで話を聞いてくれることになった。優しい。簡単に腕くらいくっつくからね。

 

 話が終わったら俺を殺そうとしていたらしいが、俺の本を見て考えを変えたらしい。

 

 俺は最近魔族の持たない感情を教育できるのか研究している。

 すなわち、悪意や罪悪感などだ。友人や敵討ちの概念がある以上、近い感情は理解できている。それなのに、人間に対して感じるこれらの感情だけが欠如しているというのには理由があると、仮説を立てた。

 

 魔族の感情を、かつての魔族が操作したのではないか。

 

 悪意や罪悪感を持つ魔族は生き残れなかった――つまり普通の進化をしたのだとしても、説明がつかないのだ。あまりにも例外がない。かつて持っていたのなら、極稀にでも、それらの感情をもって生まれる魔族がいてもおかしくないだろう。どれだけ探してもいないのだ。人為的に操作されているのではないか。

 

 やはり進化に魔法が関わっている。魔族は、自らを進化させている。

 

 

 ここで疑問が生じる。なら、人間と同じ感情をラーニングさせることはできるのか。

 

 

 俺の精神は人間のものだが、魔族の影響も受けている。思考に魔族の影響が表れているのなら、俺は今、脳で思考しているのだと思われる。断言できないのは、前世の記憶があるからだ。俺の前世の記憶は、俺の前世の脳にあったのではないのか。前世の記憶はどこにある? 魂? なら思考をしているのは? 本当に脳なのか?

 

 いやなパターンは、ハイブリッド型。

 つまり、魔族的な思考を脳で行って、人間的な思考を魂で行っている。それなら、魔族でありながら、人間的な感情も持ち合わせていても不思議でない。

 

 理想的なのは、魂に宿った記憶が脳に移ったために前世の記憶がある、脳単一型。

 これだと何が理想的かというと、魔族の脳に善悪を区別する機能があるはずだという点だ。少なくとも、脳でその概念を正しく処理できている。

 

 後者なら、魔族は善悪を学習できる。それでどうなるのかはわからないが、とりあえずやってみようと思って、人間と魔族のハーフの物語を魔族向けに刊行してみた。魔族の常識を教わったハーフの主人公が、人間について学ぶ物語だ。

 

 

 

 

 ☨

 

 

 

「危険だな……」

 

 フランメは、魔族の本を何度も読み返して、何度も同じ結論に達した。

 

 普通に物語として興味深い本だった。ハーフの魔族が人の温かさに触れ、愛情を知り、悪意を抱く。まさに魔族が人間になっていく物語。最後が悲劇で終わるのは、共存が不可能であるとあの魔族が理解しているからか。

 

「いや……人間を害すると殺されるという刷り込みか? まさか……」

「ごめんくださーい」

 

 やけに軽い調子でやってきた魔族に、フランメはため息をついた。

 フリーレンは集中が乱れ、今すぐにでも殺したいと言わんばかりに魔族を睨みつけた。

 

 大魔族。殺し合いになれば、最悪相打ちになりかねない。五体満足で殺せる可能性もあるが、それに賭けて殺しあうには値しない相手でもあった。

 

 

「俺の本読んでくれました? それを三十……じゃないな、二十か……二十年前から魔族に配ってるんですけどねぇ……あんまり効果なくて。もっとロボトミー的な方法じゃないと無理かなぁって」

 

 何を言っているのかはわからないが、少なくともこの魔族が書いたという本。善悪を理解せずに書けるものではない。この魔族は、人を人以上に理解している。

 

「この本の最後。想い人の婚約者を殺した魔族が、抵抗せずに殺される場面だ。この心理を、魔族に理解できるのか?」

「無理でしょうね。攻め過ぎました。一応人間を殺した魔族が殺されるっていう展開は必須だと思ったんです。この本を読んで人間に興味を持って、殺しまわったりされると嫌ですし」

「十分にその危険はある。今すぐお前を殺して、これ以上この本が出回らないようにしなければいけないと思う程には」

「でも、魔族もいつかそれを理解できるかもしれませんよ?」

 

 

 フランメとしては、魔族は殺したい。ただ、目の前のこれは何だろうか。魔族にしては人間に近すぎる。倫理観は魔族に近いものでありながらも、根本が人間だ。

 以前命乞いした時に言った、前世が人間だという発言が真実味を持つほどに。

 

「ところで、俺を弟子に取る話考えてくれましたか?」

「……正気か?」

「俺はヒトの研究をしていましたが、この世界……じゃねぇな、えっと……エルフや人間、魔族の起源を考えるに当たって魔法の知識が必須ですから。それに、もしかしたら魔族に善悪を教えるのに使えるかも」

 

 呆れた話だった。

 ただ、可能性は感じる。

 

「はぁ……お前名前は何だ……本に書いてあったか、フィロゾフ?」

「それはペンネームです。さすがにそんな挑戦的な本、堂々とは配ってませんよ。改めまして、私は魔族ドロール。これから短い間でしょうが、よろしくお願いいたします」

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