魔族転生   作:ゆうたんたん

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善悪2

 マハトに呼ばれて、荷物とリンゴを取って部屋を出る。リンゴは後で、マハトに黄金にしてもらおう。ソリテールもついてくるようだったが、なんだか男の見た目をしていると変な感じだ。

 

 案内された部屋は食堂で、すでに豪華な食事が用意されていた。長いテーブルの一番奥にグリュックが座り、形式的な歓迎のあいさつをする。彼の右側の席に、俺とソリテールの分の食事があり、マハトはさっさとグリュックの横に移動した。

 

「マハトは食べないの?」

「必要ない……ファルシャーの分は必要なかったのでは?」

 

 ファルシャーって誰だ? …………あ、ソリテール偽名使ってんだった。

 

 

「いや、食べるよ」

 

 俺と一緒に暮らしていた時は普通に食事をとっていたし、それなりに食事を楽しむことは、ソリテールにもできているのではないか。リンゴの味もどこか気に入った様子だったし。

 軽く乾杯をして、酒を飲む。

 

「さて、早速本題に入ってもいいのだがな。どうする?」

「いや。焦らすつもりはないけれど、食事が終わってからでどう?」

 

 マハトの方からも異論が出なかったので、俺の言った通りまずは食事に専念する。時折、グリュックの方から質問されることがあったけれど、それにテキトーな返事をしながら、横目でソリテールの方を見た。見た目は男になってしまっているから、それほど心が弾まない。

 ソリテールはどこかぎこちない動きで、ナイフやフォークを扱い、厳格にテーブルマナーを守っていた。そのいかにも慣れていない事に挑戦する様は可愛いと思ったが、いったいどこでテーブルマナーを覚えたんだろう。

 

 

 使用人が皿を下げて、蒸留酒を持って来た後、いよいよ魔族について話すことになる。

 

「まずは、確か人間として生きるか魔族として生きるか悩んでいると言っていたな?」

「うん。そうだね。五百年以上は考えてるかな?」

 

 自分は人間か魔族かと悩んでいる期間こそ長いが、どちらか決めようと考え出したのはフリーレンとしばらく過ごしてからだ。思えばそのきっかけはマハトなんだよな。

 

「結論は出るのか?」

「出すんだよ。魔族でも人間らしく振る舞えば生きていけそうなのは、マハトという実例があるから。ある意味不安は一つ解消されたな」

 

 しばらく何かを考えていたグリュックだったが、勝手に何かに納得して、また少し考えだす。

 

「なら、君は人間と魔族の共存が叶うと思うか?」

「うーん……無理だろ」

 

 俺が答えると、グリュックは小さく頷いた。マハトは表情が読めない。ソリテールが何か言いたげにこちらを見たので、手で制す。

 

「逆に聞くけれど、グリュック。君の言う共存とは何を指すの? 君はこの都市の人間と共存できているの?」

「? どういう意味だ」

「いっぱい殺しているでしょ? マハトを使ってさ。人間は戦争大好きだからね。他の国同士はもちろん、同じ国、何なら家族同士でも殺しあうだろ? 本当に人間は、人間同士で共存できてるの?」

「……耳が痛い話だな」

「結局、魔族と人間がまったく別の生き物だからそういう発想になるんだよ。少し俺の情報を開示しようか。マハトも、一応ちゃんと聞いてね。隠してないから、噂程度に知っているかもだけれど。俺には前世の記憶がある」

「前世……?」

「ああ、人間として生きていた”俺”が死んで、魔族として新たな生を受けたんだ」

 

 少し時間をかけて、グリュックとマハトに飲み込ませる。

 

「なら、お前は確実に善悪の概念を知っているな」

 

 案外こういう時に、呑み込みが早いというか、あっさり信じるのは魔族の方だ。グリュックだって俺が異端だという事は理解しているだろうが、魔族の実感を伴ったそれの方が強力なんだろう。マハトはグリュックがまだ何かを思案しているうちに問うた。

 

「まぁ、たぶん? 人間だってそれを聞かれたら案外断言できないんじゃない? 気が付けば獲得していたものだし」

「どういったものなんだ? 言葉にしろ」

「そう急ぐなよ。概念の理解には回り道が必要だろ……ずっと疑問だったんだ。魔族ほどの知性があって、なんで善悪を理解できないのか」

 

 わずかにだが、マハトが苛立つのを感じた。煽ったように聞こえたのかもしれない。

 

「獣には善悪の概念がおそらくないだろう。虫はもちろん、魚にも。人間以外のあらゆる動物の中で、善悪を理解している生き物はいないんじゃないか? だとすれば、人間にだけなぜそれがあるのか疑問だ。俺の前世の世界にはね、魔族がいないんだ。だから、ずっと人間が優れた知性と社会性を持っているから、善悪の概念があるんだと思っていた。でも、魔族の知性は人間に負けていないし、社会性は乏しいが全くないわけでもない。だとすると……俺が何を考えたか分かる? そー……じゃなくて、ファルシャー」

 

「……善悪は人間が生み出した概念?」

「うん。だいたいそう。人間がこれは良い、これは悪いと決めたって思ったんだ。まあ、今言ったのでわかるように、最初から良い悪いを決めているから、俺のこの考えは間違ってたんだけれどね。人間が持っているある能力によって善悪の概念が生まれたんだって、今では思っているよ。何かわかる?」

 

 もしもこの質問に答える事が出来たのなら、その魔族は人間心理を理解しているどころか、本当に獲得しているだろう。

 

 俺としてはソリテールがこれに答えを出すのを期待したのだけれど、考えるそぶりをしばらく見せて、降参とばかりに俺を見た。

 マハトの方は端から考える様子を見せなかったし、グリュックもすぐには答えなかった。

 

「共感だよ。相手に共感するから、善悪が生まれるんだ」

 

 心を痛めるには、相手に共感する必要がある。共感能力は知性に関するものではなくて、単に人間が強く獲得したものではないかと思うのだ。

 

「……なら、どうすれば相手に共感できるようになる」

「さぁ?」

「……」

「い、いや……だって、今言ったように初めから持ち合わせてるものだしさ。正直魔族への理解も俺は浅いんだよ。愛情って、ある程度知的な生命はみんな持っているものだからさ、逆になんで魔族が持ってないのか、いまいちわからないし」

「いまいちという事は、全く考えられないというわけでもないのか?」

 

 と、今度はグリュックが質問に参加した。意外だ。グリュックからしたらマハトに悪意を理解させるという名目で、延々と利用し続けた方が得だろうに。本当にマハトに悪意を理解させようとしているのか。

 

「俺としてはしっくり来ていないんだけれどさ、善悪を理解するのに、共感するのに愛が不可欠だからじゃないかな?」

「……つまり?」

「人間を捕食するのに罪悪感を感じていたら生き残れない。そのうえで、心を痛めてしまう機能を意図して取り除くような事があったのかもしれないね。魔物には群れの概念があって、案外魔族よりも情が深いところがある気もするし、知性を獲得するにつれて、意識的に善悪の理解につながるモノを削いでいったとか」

 

 魔族がそういった感情を失うにあたって、自然な進化にしては例外的な魔族が全くいないので、何らかの魔法が使われたと思っている。

 

「…………」

 

 しばらくマハトは黙って、グリュックはそんなマハトを横目で見た。表情は全く動いていない。それなのに、どこか気遣っているような気もした。

 

「で、本題なんだけれど。どうやって魔族にそれらを理解させるか。これはなるべく早く見つけないと、魔族が詰むよ」

「なぜだ?」

「もうじき魔族は人間に勝てなくなるだろう。文明が進み、人類の魔法技術は洗練され受け継がれ、平均が上がる。異能と呼べそうなレベルの天才も時折生まれて、そのたびに魔族は数を減らす。もし魔族が人間に勝てなくなった後に人間性を獲得しても、人間に絶滅させられて終わりだ。俺の知っている人間は、一つの種を絶滅させようと思えば簡単に成し遂げるだろうからね。その時に情に訴えても無駄だろう。その前に共存の可能性を、具体的に示さなければ……」

 

 人間の強さは文明力だ。情報を受け継いでいき、そう遠くない未来で人類は、魔族に騙されなくなる。なるべく早く、例外的な魔族が本当にいるのだと伝えていかなければ、手遅れになる。魔族は絶滅させられるだろう。

 危機感を煽っても、魔族が人間を警戒するなんてことは無いだろうが一応伝えておく。

 

 案の定、マハトは興味ないとばかりに鼻を鳴らした。

 

「余計な話は要らん。それで、俺はどうすれば悪意を理解できる?」

 

「いくつかパターンがある。俺という例を前提にしているんだけれど。まずは――」

 

 

 まずは、俺の人間性(善悪や愛情)が、魂によるものだった場合。俺の前世が人間であるのならば、魂もまた人間のものだろう。

 この場合、魔族は永遠に人間性を獲得できないと考えていた。

 しかしどうだろうか。もしも俺の魂が人間のものだとすれば、俺の前世の記憶は魂の中にあったことになる。ならば魂は、学習可能なのだ。後天的に人間性を獲得できるのならば、魔族が善悪や愛情を理解する可能性は十分ある。

 

 逆に、何かの理由で人間としての経験だけが魔族の脳に届いた場合。感覚的には考えにくいけれど、魔族の脳と魂を持っていながら、人間としての記憶だけが脳に生えてきた場合の話だ。これは言うまでもなく、魔族が人間を理解できる証明になる。

 

 嫌なパターンとしては、そもそも魔族の脳にない機能が、無理やり追加された場合の話だ。

 

 要は、本来魔族の脳にはそれらを理解する機能はないが、俺の前世の知識が無理やり入ってきたせいで、脳がそれらを理解できるように変質した可能性だ。

 

 ほかにも脳にフィルターがかかっているとか、魂にフィルターがかかっているとかで理解できないという可能性もあるが、それこそ手に負えない話になるのでこの場では言わない。

 

 

「もしそれが正しければ、魔族は悪意を理解できないわけか……」

 

 マハトよりも、グリュックの方が重く受け止めているような気がした。見切りをつけてマハトに殺されるかもしれないから? 俺はそれを警戒していたが、マハトは特に気にする様子も見せない。

 

「一応可能性はある。脳を変化させるんだ。じっくり時間を掛ければ理解できるようになるかもしれないし、最悪脳を無理やりいじれば解決できる」

「脳をいじる? そんなことが出来るのか?」

「いやぁ……俺の前世の医学……この世界よりは進んでるけれど、それでも狙った感情を埋め込んだり切除したりは無理だったからな。分かってない部分も結構あるんだ。脳に損傷を受けたり、治療を受けた結果、不思議なことが起きるみたいな話を良く聞いたし。性格が変わるとか、天才的な能力に目覚めるとか」

 

 

 しばらくの間沈黙が流れるが、ずっと黙っていたソリテールが何度か頷いて。

 

「じゃあ、具体的な方法は無いの?」

 

「残念ながら。とりあえず理解したいのなら勉強というか、人間心理に触れ続けて、学習していく他ないんじゃないか? そのうち人間が魔族に感情を埋め込む魔法とか、外科的方法を編み出すかもね。その前に絶滅させられる可能性もあるけれど」

「あくまで、魔族は人間に勝てないと?」

 

 グリュックが心底意外そうに言った。

 

「いつか、簡単にリンゴを投げられるような存在になるだろうね。人間が魔族に同情してくれればいいけれど……俺が人間に肩入れしていると思うのなら構わないよ。でも、この世界で、人間の可能性を一番信じているのは俺だよ。先を見ているようなもんだから……というか、悪かったね。本当に大した話は出来なくて」

 

 謝ってはみるが、グリュックやマハトは最初からそこまで期待はしていなかっただろう。もし具体的な方法を思いついているのなら、俺はそれを実践しているだろうし。

 

 

 それからしばらく、魔族についてや、やはり魔族は好奇心旺盛で、マハトからは特に俺の前世について聞かれた。

 

 

 

 解散の空気が流れるが、グリュックが俺に残るよう指示した。マハトにも、出ていくように指示して。

 

 

「すまないな。少し君と話がしてみたかった」

 

 グリュックは俺をじっと観察しながら言った。

 俺から何かしらの情報を得ようとしている様子だった。

 政治をやっている人間に駆け引きで勝てないだろうから、なるべく自然体で素直に応じることにする。

 

「構わないよ。結局大した話は出来なかったし、少しでも満足してもらえるのならいくらでも」

「君の精神はほとんど人間のそれだろう。話をして前世が人間だという話を簡単に信じてしまう程にな」

「ん-、まあ、一応本当なんだけれど……あるいは、前世の記憶が全部俺の妄想でも、人間性がある事に間違いはないからね」

「それなのに魔族に味方し、多くの人間を殺してきている。君はきっと、報いを受ける」

「……うん、そうだね。それが言いたかっただけ?」

 

 自然体を心がけていたせいで、苛立ちを隠せずに出してしまった。グリュックは気にした様子もなく、寧ろ小さく笑みを浮かべて見せた。

 

「マハトも、ファルシャーという魔族もそうだ。悪党は報いを受ける。私もな」

 

 続く言葉に、これが気遣いなのだと察した。グリュックは、魔族を理解して、そのうえで共犯者として生活している人間だ。もしかしたら、この世界で唯一俺を理解してくれた人かもしれない。後にも先にも現れない、奇跡のような人なのだと、今更に理解した。

 

 

 グリュックの言う通り、魔族はいつか報いを受けるだろう。これまでに成した悪行が、人間の生み出す刃となって返ってくる。だが、

 

 

「……それには異論があるな。君と、マハトと、それから俺は報いを受けるだろうけれど、俺の自分勝手な思いだって分かっているけれど、ファルシャー(ソリテール)の分は、俺が受け持つからね」

 

 グリュックはまるで俺のその返事を待ち構えていたかのように受け止めて、満足そうにうなずいた。

 

 

 グリュックがマハトに、善悪を理解させられる日は来ないように思う。きっと、時間が足りない。例えば言語を理解するには、長い年月がかかる。それ以前の何かを学習するのに、人の一生を費やしても足りないのではないか。

 

 

 

 

 ■

 

 

 外に出ると、魔力から気が付いてはいたがソリテールが俺の事を待っていた。申し訳ないけれど、部屋に戻るようにお願いして、マハトと話をする。

 

「もしもシュラハトが七崩賢を使って俺を殺そうとしたとして、お前は積極的に俺を殺すか?」

「シュラハトがそうしたのなら……いや、積極的には動かないだろうな」

 

 マハトにはおそらく勝てない。絶対的な差があるという程ではないけれど、あと数歩届かない感じだ。

 ただ、マハトが参戦しないのならば七崩賢相手でも有利に立ち回って、その結果アウラが向こうを裏切るという事もあり得るか。

 

 結局、アウラが俺に愛情を持ったのかは、シュラハトの言葉だけじゃわからないな。勇気を持って、今度アウラに会いに行こう。

 

「ありがとう……あっ、ついでにちょっとお願いがあって、リンゴを黄金に変えてもらっていい?」

「……別にいいが、一つ質問させろ。お前は悪意や罪悪感を説明していない」

「あー。別にワザとじゃなくてね。悪意か……悪意よりは罪悪感の方が説明しやすいんだけれど……」

「なら罪悪感だけでいい」

 

「えっとね。一つには後悔。他に方法がなかったのか。何か別の、もっと良い方法が見つけられなかったのかって。それから、やっぱり共感と愛情かな。相手が苦しんでいるのに申し訳なさを感じたり、例えば自分の大切な人が同じ目にあったらって考えて、胸が痛むんだよ。それから、開き直りも罪悪感の一種かもね。抱えきれなくなったら、逃げてしまうんだ。例えば、俺は三人だけでも手一杯なのに、その他の人間の事なんか……」

「それなら、お前はどうして人を殺せる?」

「……さぁ……そういう人間もいるでしょう? ただ、俺はアウラやソリテールに愛されるのに必要なら、人間を実験に使うようなクズってだけだよ。俺にも魔族的側面があるのは事実だし、一時期は、完全に魔族になるために必要だと考えて人を殺した」

 

「なぜだ?」

「魔族には理解できないだろうね。今こうやって会話できているように、そんな事する意味がなかった」

 

 グリュックの、報いを受けるという言葉が、再び聞こえてきたような気がした。

 

「まあ、もしも理解できるようになったらもう一回話そう。グリュックを大切にするんだね」

 

 黄金に変えてもらうために持って来たリンゴを取り出すと、次の瞬間には黄金に変わった。やっぱこの魔法ぶっ壊れてるわ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 その晩も、ヴァイゼに泊めて貰った。窓の向こうの空が黒く曇っていて、嫌な感じだ。

 部屋のドアが開いた。誰かが入ってきたのに気が付いて慌てて警戒すると、ソリテールだった。

 

「ソリテール……? 何?」

 

 変な緊張から、声が上ずった。

 

「一緒に寝ようと思ったのだけれど。どうかしら?」

 

 

 マジか。




 久々。

 正直この後の展開的にも、いわゆる一般受けする話かと言われるとそうではないですし、それらは数字として可視化されているようにも思います。多くの方に読んで頂いているので、かなり悩みました。けれど、やはり自分が書きたい話を書くことにしました。そうでないと不誠実だと思ったので。
 少しでも多くの方に楽しんでいただけるよう頑張ります。よろしくお願いいたします。


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