前に日記を書いてからさらに十年ほど経って、やっとアウラの居場所が分かった。洞窟の奥に隠れ住んでいたらしい。
その洞窟の手前で、アウラの配下らしき魔族にとおせんぼされた。小柄な少女で、いかにも良家のお嬢様みたいな服装をしている。
「アウラに会いに来たんだけれど……」
「リュグナー様にここは通すなと言われてるからダメ」
「じゃあ、そのリュグナーってのを呼ぶか、アウラにドロールが会いに来たって言ってくれない?」
「リュグナー様にここを離れるなと言われてるからダメ」
魔力量で分からせて、無理やり従わせても……いや、この魔族の娘がアウラに服従させられていたら可哀想な感じになるな。滅茶苦茶俺に怯えながら、アウラの命令に逆らえずに立ち向かってくるとか……うん、想像しただけで可哀想だ。
「そのリュグナーって人は、どこにいるの? まずはその人と話が出来ればいいんだけれど」
「ここだ。お前は何者だ?」
油断していて、魔力探知なんか全くしていなかった。
気が付けば背後に立っていた。長髪で、こちらもまた貴族風の身なりの男。高圧的にこちらを睨んでいる。
リュグナーは、俺を小物だと判断したらしい。魔力制限もしているし、まあ、当然の判断だろう。むしろ都合がいいか。
「アウラ……様に会いたいんだけれど」
とりあえず、服従するような素振りを見せて、アウラの前まで連れて行ってもらえば何とかなるだろう。
「ここにいるわ。あなたにアウラ様なんて言われると変な感じね」
と、俺がそんな風にする必要もなかったらしい。洞窟の奥からアウラが顔をのぞかせた。
アウラに会うのはいつ振りだろうか。なんか感動して泣きそうだ。
ただ、配下二人を見た後だと、アウラの服装にひとこと言いたくなる。
父親……少なくとも俺はそのつもりで接しているけれど、とにかく父親から服装について注意されるのって普通にキモいし、俺としてはやりたくない。
まあ、別にアウラなら危険なこともないだろう。好きな格好してていいか。
結局アウラの鶴の一声で、俺は洞窟の奥に入れ、久々にアウラと過ごせることになったのだが。
何か違和感がある。
「なあアウラ? えっと……いや、なんでもないや」
「なによ? 言いかけて止めるの、やめて頂戴?」
「あ、いや、実は何か言いたいことがあったんじゃなくてさ。久々だから」
「そうね。随分と放蕩していたらしいわね。魔王様がご立腹だったわ」
「あー……うん、まあ、地獄があったら謝ろう……結局数百年前に会ったきりになっちゃったからね……」
なんだろう。アウラと会話していると、何か違和感があるのだ。
その正体を掴みきれない。
人間と会話をしているような気がする、というのは、俺の願いからくる錯覚かもしれないし。
何か、何か確信が欲しかった。
■ ■
アウラのもとを訪れて、一週間は過ぎただろうか。俺も少し馴染んできた。
「そういえば、アウラはこれからどうするの? もしも目的が無いのなら、一緒に暮らさない?」
「……それもいいわね。でも、借りは返さないと」
「借り?」
「ええ。あと少しの所でヒンメルに邪魔されたから……ヒンメルが死んだら、あの街を攻めるのよ」
ああ、そういう……まあ、うん。やっぱりアウラはアウラのままなのかな。ヒンメルに復讐するとか言い出さないだけ良いんだけれど。というか、ちょっと言ってることダサいぞアウラ。
ソリテールを自由にさせた以上、俺にアウラを止める資格はないのだけれど、説得する方法は考えるだけ考えておこうか。
「それでドロールは……今は何の研究をしているの?」
「え? 研究?」
「いつも何かの研究をしていたじゃない? 脳を溶かす蛇とか……あっ、魔族を治す魔法は完成したの?」
「うん。だいぶ前に。まあ、死にかけの魔族に遭遇する機会なんて滅多にないからあまり実験できていないけれど、完成したよ」
魔族を治す魔法。正確には散っていく魔力を、元の形に戻す魔法だ。だから一度使われた魔法をそっくりそのまま復元することも出来るし、状態を変えることも出来る。例えば今この場でソリテールの剣を出したりは出来ないけれど、ソリテールが魔法を使った後ならば、散った魔力から剣を再構築することも、その状態を変えて……つまりは形だけそのままに鉄の剣として、再現することも出来る。
万が一の時に、アウラを助けられたらと思って、必死に生み出した魔法。もしも完全に体が魔力の粒子となって散った後でも、しばらくは修復可能だろう。俺としても想定外に上手く出来た魔法だ。
「そう……よかったわね」
「うん?」
なぜだかアウラは、あまり嬉しそうには言わなかった。
「他には何か研究していないの?」
「他? あ、そうだ……」
俺の精神が人間に近いものだと思っているという話は、昔アウラにしている。だから、俺のやろうとしていることを話しても、そこまで問題はないんじゃないか。そう考えてしまった。
「今は、将来人類として生きるため、魔族と人類の共存を目指しているよ」
「…………」
俺の言葉に、アウラはしばらく黙り込んだ。
複雑な表情の動きを見た。嬉しいような悲しいような。見たことのない表情をいくつも見せて、複雑に混ざり合い、それからすぐ不快そうに表情を歪めた。
「リュグナー! このゴミを摘まみだして!」
「………………え? は?」
「は…………承知しました」
俺とリュグナーは、アウラの突然の言葉に混乱したが、リュグナーの方が回復が早かった。俺を掴んで、無理やり立たせて引きずる。
「ま、待ってアウラ! えっと……ごめん! あの、謝るから!」
「謝る? 人類として生きる考えを撤回するの?」
「いや……それは……」
「魔族の面汚しが……恥を知るのね」
それからの記憶は、曖昧だった。あまりに突然の事が起きて、アウラのあまりの豹変ぶりに、抱えきれなかった。
気が付けば、洞窟の外にいて、もう二度とアウラとは今まで通りになれないのだという事実だけが、重くのしかかった。
■ ■
?月……日付が分からない。
あれから何年がたったのかすら定かではない。
久々に情報収集を行ったのだが、勇者ヒンメルは死んだらしい。彼から与えられた希望は、意味のないものになってしまったように思う。
思えば、あれは呪いの言葉だったような気がして
ヒンメルのせいにするなよ。俺が悪いんだ。俺がもっとうまくやれば。上手くやっていれば。
何をすればよかったんだ?
そもそも、アウラを裏切っていたのは俺の方だ。いやでも、フリーレンの事を話していたら、対策されてフリーレンが殺されてしまったかもしれない。その逆もあり得る。
魔族に転生したことが間違いだったのか。
最初からエルフか人間なら。
でも、魔族でなかったら、ソリテールともアウラとも会えなかった。会えたとしても、一緒に過ごすことは絶対に出来なかった。
グリュックの言葉を思い出した。報いを受ける時が来たのかもしれない。本当にもう疲れた。
どっちつかずのコウモリ野郎が、幸せになれるわけがない事くらい、誰だって分かる。
やり直したい。でも、やり直したところで何をすればいいんだろう。やり直して、何か変わるのか? 結局誰かを切り捨てる必要があるんじゃないのか?
フリーレンも、アウラも、ソリテールも。全員大切に思っている。本当だ。
じゃあ、どうしたらよかったんだろう。全員の味方になる方法はあったのか。魔族に情を持った時点で間違いだったのか。でも、絶対に、アウラを拾って育てた事だけは、間違いだと言いたくない。師匠の弟子になった事も、フリーレンと友人になりたいと思った事も、ソリテールを好きになった事も、間違いであっていいはずがない。
フリーレンか、アウラとソリテール、どちらかを切り捨てればよかったのか。
さっさと人間として生きる可能性を捨てるべきだったのか。魔族と敵対してでも人間の味方になればよかったのか。
きっとどうやったって苦しい。何を選んでも苦しむのが宿命だったのか。
ああでも、苦しまないで済む方法だけはあった。
あの時、殺してくれたらよかったんだ。フリーレンでも、ソリテールでもいいから、殺してくれれば苦しまずに済んだのに。
ソリテールに会いたい。ソリテール……
■
日付はやっぱりわからないが、前の記述から数十年は経った。
前の日記を書いてから、本当に怠惰に過ごしてきた。岩に生えた苔のように、日々が過ぎていくのを眺めていた。
少しだけ落ち着いた。
いろんな夢を見た。前にも見た様な、フリーレンと一緒に旅をしてアウラを殺す夢や、ソリテールと殺しあう夢を見た。その逆に、フリーレンを殺す夢も見た。
何年も見続けて、精神を深く蝕んだが、気が付けばソリテールと過ごす夢を見るようになった。
ソリテールと恋人みたいに過ごしている夢を見て、自己嫌悪に陥ったが、いつからかそれを楽しみにして。
その夢にアウラが加わり、最後にはフリーレンがそこへ時々遊びに来るような夢に変わった。
所詮夢だ。叶うはずのないものだ。
それでも諦められなかった。
ヒンメルとの約束を思い出せた。まだ、最後まで頑張れていない。やれることがある。まだ苦しめる。グリュックの言った報いは、きっとこういうことではないのだけれど、俺が殺してきた分と、アウラやソリテールが殺した分まで、苦しまなければならない。その果てに、報われるかもしれない。二人から愛情を返して欲しい。
俺は、胸を張って人間として生きる。
そこにはアウラとソリテールが必要だ。
アウラは、グラナト伯爵領を攻めて、戦争を続けているらしい。
最後の勝負だ。これでダメなら本当に駄目だ。もう死ぬ。本当に、死ぬつもりだ。
■ ■ ■ ■
フリーレンはグラナト領の地下牢にいた。
木製の椅子……もしかしたらベッドなのかもしれない、それにしてはあまりにも狭い……に座っていたフリーレンの前に、ふらりと魔族が現れる。
堂々と入ってきた魔族に。
「誰? 面会時間ではないはずだけど」
「断頭台のアウラが配下首切り役人の一人、ドラートだ。お前を殺しに来た。アウラ様からは民間人を殺すなと言われているが、お前は冒険者だろう?」
「そうだね」
「殺されても文句は言わないだろ?」
「……? いや、いいか。外交ごっこはもう終わり?」
「これからさ」
ドラートと名乗る魔族の言葉に違和感を感じつつも、フリーレンは言葉を返した。
魔族が一層狡猾になっただけだろうし、アウラが服従させられる人間を減らしたくなかっただけかもしれない。
まさか人道的な理由で民間人の犠牲を嫌ったわけではあるまい。
「言っておくけど私強いよ」
「俺よりもか?」
「断頭台のアウラよりも」
あっさりとドラートを殺したフリーレンは、脱獄し、フェルンとシュタルクに街にいる二匹の魔族を任せる。
飛行魔法を使いつつ、アウラのいる場所へ向かう。
不死の軍勢に囲われるようにして、アウラはその中心に立っていた。
何種類もの鎧がひしめき合って、いくつかの死体は首を持っていなかった。以前戦った時も、首を持ったままの死体が複数いたが、明らかに増えている。
「……断頭台のアウラ、その名にふさわしくない行動だね」
「わざわざ皮肉を言いに来たのかしら?」
「いいや。この先の街に行くつもりでしょ。引き返してくれるとありがたいんだけど」
「………………」
軽口のつもりで言った言葉に、アウラは深く考えた。フリーレンは不思議な感じがした。違和感と呼ぶほどのものではないし、勘違いだと断言できるほどの、人間と会話をしている感覚だ。
しかし、長年のフリーレンの経験がそれを打ち消した。
師匠と出会ってから数百年。それからヒンメルたちと十年。魔族と戦い続けた。
その中で、例外はただ一人。その例外も、最早フリーレンが彼の言うその理由を疑う事をやめて久しい、前世が人間だという魔族だ。
可能性としては、それだけ人間への擬態がうまくなったというものだけが残る。それはフリーレンの危機感を煽った。
それに、いくら死体の首を落としていないと言っても、アウラの魔法は反吐が出るほどに趣味の悪いものだ。いくつか見知った鎧もある。確実にアウラは殺さなければ。
「アウラ、やっぱりお前はここで殺さないと駄目だ」
「なら、私も抵抗させてもらうわ」
アウラは服従の天秤を手に、油断なくフリーレンを睨んだ。
やはりどこかおかしい。普通の魔族ではない。
八十年前に戦った時からその違和感はあったが、こうして一対一で向き合い言葉を交わすと、その印象は強まった。言葉を交わす? まるで会話が成立しているみたいな言い方だ。
フリーレンはアウラの操る死者の攻撃を避け、距離を取る。
振り下ろされた斬撃を躱し、横薙ぎを屈んで――――アウラから放たれた
「……」
不気味な感じがした。正面からの戦いが続けばアウラには勝てない。油断を誘う必要がある。
隙が生まれるのを承知で、アウラの服従魔法を解除する。フリーレンに襲い掛かろうとしていた数体の死体が、正真正銘の物言わぬ屍となり、アウラは冷静ながらも意外そうな表情をした。
「驚いたわ。私の掛けた魔法が解除されている。こんなことは初めてだわ」
軍勢と共にフリーレンとの距離を詰めてきたので、フリーレンもそれに合わせて退いた。アウラは、フリーレンが解除魔法を使った死体を興味深そうに見つめて、何度か頷く。
「これほど強力な解除魔法、魔力の消費も相当なものになるはず。どうしてこんな回りくどいことをするの? 前に戦ったときは派手に吹き飛ばしていたじゃない」
アウラの疑問は、どちらかというと理解していることを確認するようなものな気がした。
先ほどから激しい違和感がフリーレンの心を刺し続けている。
「……後で、ヒンメルに怒られたんだよ」
ヒンメル亡き今、あの時怒られたことが実感を伴って理解できた。だからこそ、フリーレンはかつてのように死者の軍勢を操るアウラを許せずにいる。彼女の操る死者を、不必要に傷つけられずにいる。
「そう……ヒンメルの事を大切に思っているのね」
「どうして……?」
どうしてそれが理解できるのか。フリーレンは、急に一人ぼっちになったような喪失感を覚えた。
名言キャンセルごめんね。