魔族転生   作:ゆうたんたん

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断頭台のアウラ。あるいは、花畑を出す魔法。

「そう……あなたはヒンメルの事を大切に思っているのね」

「……どうして……?」

 

 どうしてそれが理解できるのか。フリーレンは、急に一人ぼっちになったような喪失感を覚えた。

 

 千年以上積み上げてきた何かが、揺らいだような気がした。

 ただ、全く例外がないわけでもない事を知っていた。もしかしたら、彼と関わりのある魔族なのかもしれない。

 

「もしかしてアウラ……ドロールを知っている?」

「……ドロール?」

 

 アウラは無表情にフリーレンを見つめた。眉がピクリと動いて、それからまるで表情を隠すように顔をそむける。アウラはしばらく黙っていたし、フリーレンもその隙をついて攻撃はしなかった。

 

あなたのせいね……消せば考え直してくれるかしら?

 

 アウラの口が動いたのは見えたが、何を言ったのかは聞き取れなかった。アウラはまた無表情にフリーレンを睨んで、

 

「……知らないわ。会ったこともない……名前を聴いたことはあるけれど、確か、人間の味方をしている奴よね?」

「……そうかもね」

 

 フリーレンとしては、ドロールにいくつか尋ねたいことがあった。本当に人類の味方になるつもりなのか、この先の生涯を人類として過ごすつもりなのか。

 

 だが、アウラの発言からして、ドロールは人間の……

 

「いや……」

 

 自分は何を考えているのだろう。

 

 やはりアウラはどこかおかしい。

 まるで人間と会話をしているような感覚になるどころか、無条件で発言を信じてしまいそうになった。確かにドロールが人類の敵になるのは考え辛い。それでも、魔族の言葉を信じるなんてどうかしている。

 

「ドロールなんて……そんな魔族の面汚しの話をして、何が聞きたいの? 本当なら名前も聞きたくないわ」

 

 アウラは、怒気を隠さずに叫んだ。

 その感情の発露は、空気を揺らすほどの怒りは本物だった。少なくともフリーレンには演技だと思えなかった。

 魔族に怒りの感情がある事は知っている。魔族が怒りに我を忘れるような光景を、フリーレンは何度か見たことがあった。特に魔法や魔族に対してプライドのようなものを持っていて、ドロールがそれを穢しているとアウラは思っているのだと納得できる。

 

 フリーレンはすぐに自分の居場所を取り戻した。

 

 やはりアウラが人間的な精神に目覚めたのは幻想だ。

 幻ならばまだいいが、実際は恐ろしい現。

 

 もしかしたらドロールに同調する、共存を目指す魔族が現れたのではないかと少しでも考えてしまった。

 そもそも、もしもアウラに人間性があるのだとすれば、今こうして街を襲撃しようと用意しているはずがない。先ほど解除魔法を使った死体の、真新しい鎧に首がないのもそうだ。

 

 フリーレンと向き合っている事実が、人類と魔族の共存が不可能である事を証明していた。

 

「フリーレン。もしも私の配下を回収させてくれるのなら、あの街から一旦手を引くわ」

「……駄目だ。お前はここで殺さないと危険だ」

 

 そもそも、一旦手を引くなんて、本当に交渉する気があるとは思えない。いつかあの街の人間を皆殺しにしたいと宣言しているみたいなものだ。けれど、アウラの人間への理解だけは本物だ。

 

 ドロールと面識がなくて、それでここまで人間心理を理解しているとなれば……あれ? 魔族が嘘つきだというのならば、ドロールと面識がない事だって――――

 

 

 突然横から斧が振り下ろされて、フリーレンは防御魔法を展開する。一瞬拮抗するが、すぐに防御魔法を捨てて体を捻る。地面に突き立った斧を足で押さえつけて、至近距離で魔法を放ち死体を吹き飛ばした。

 

 とっさにそんな行動を取ってしまう程に余裕がなかった。アウラはそれを見逃すはずもなく、即座に人を殺す魔法を放つ。乱射的に放たれたそれを、確実に当たるモノだけ防御魔法で散らし、フリーレンもすぐに応戦する。

 フリーレンの攻撃は、アウラの防御魔法に阻まれる。

 

「やっぱり何かおかしい……アウラ! 本当はドロールと……!」

「集中した方がいいんじゃない!?」

 

 アウラの攻撃はさらに激しく、それに加えて周囲の死者がフリーレンに剣を向ける。槍が飛び、斧が大地を割った。

 フリーレンが想定していた戦いと比べて、全く余裕のない戦いになる。アウラは未だ、天秤を使う様子も見せない。そもそも、フリーレンとの戦いで天秤の使用を端から想定していないようにも思えた。

 

 防御魔法を全方位に。至近距離からの斬撃や刺突に対応しつつ、アウラからの攻撃魔法を防ぐにはそれが最適だ。

 

 僅かな隙間を縫ってアウラに攻撃するが、アウラは自分の身を守らせる盾として死者の軍勢を操り、その壁を抜くことすらままならない。やっとアウラに攻撃が飛んでも、防御魔法を使われる。

 冷静に、慎重に、確実に。

 

 アウラの戦い方は魔族として異質なものだった。

 

 ヒンメルたちと共に戦ったとき、アウラはかなり早い段階で撤退を選択していたが、今回はその様子を見せない。

 突然戦法を変えて、大量の死者の軍勢を突撃させたアウラに、フリーレンは魔力で吹き飛ばそうかとも思いつつ、飛んで躱すことを選択した。そこを攻撃魔法で狙い撃ちされるかもしれない不安があったが、アウラは冷静にフリーレンを見上げるだけだった。

 

「フリーレン。もう一度だけ言うわ。私の配下を回収させてくれるのなら、あなたの事は見逃してもいい」

「さっきと交換条件が変わっているよ、アウラ」

「そうね。こちらの方が優位に立っていると確信できたからかしら。魔力を制限しているでしょう? なら、服従させる魔法(アゼリューゼ)を使う馬鹿はしない」

「…………」

 

 ほんの一瞬だけ悩んだ。

 改めて、まるで人間と会話しているような感覚に、めまいを覚えた。

 おそらくアウラは本気で交渉を持ちかけている。先ほどは街から手を引くと言ったのに、今はフリーレンの事を見逃すと言っている。交換内容が変わったのは、むしろそれを守る意志を感じさせた。

 

 ただ、交渉して来る理由が分からない。配下を失いたくないからか? すでに街にいる二人の魔族と、フェルン、シュタルクの戦いは始まっている。アウラにもそれは分っているだろう。

 しかし、あの二人が魔族を倒したとして、こちらに駆けつけてきたところに服従させる魔法を使えば、さらに強い配下を手に入れられるではないか。アウラがそういった考えをしない理由。

 

 魔族は、同族に対して情のようなものが一応あるらしいことは知っている。アウラはそれが特別強いのか。

 

 

「分からないね……」

 

 分からないことを考えていても仕方がない。

 

 フリーレンは、今ある事実だけを整理する。

 

 確実な二つ。

 アウラはグラナト伯爵領に攻めこんでいる。ヒンメルが死んですぐの段階で、戦いを再開したらしい。

 アウラは人間の心理を深く理解している。フリーレンですら、もしかして人間的な情緒を持ったのかと疑う程に。

 

 確証がない事。もしかしたら、ドロールの知り合いなのかもしれない。それだけが不安だったが。

 

 アウラが厄介な魔族で、人間を大量に殺していることは間違いない。彼女の背後に控える大量の軍勢。アウラの魔法の特性からしても、後ろにいる死者は、アウラが殺した人間の内のほんの僅かでしかない。十倍、二十倍、殺しているはずだ。ヒンメルが死んでからの僅かな時間で。

 

 そんな危険な魔族が、これほどまでに人間心理を理解して、さらに驕傲せず慎重に戦うのだとすれば。

 

「やっぱり。アウラ、お前を生かしておくわけにはいかない」

 

 

 確実にこの場で殺す必要がある。

 

 

 こちらが明確に殺意を見せてからは、アウラの攻撃はさらに苛烈なものになった。

 

 フリーレンの自由を削ぐように、次の行動を読んで攻撃を置くように、周りの死体は厄介な動きをする。それに加えて、正確に頭と心臓を狙っての人を殺す魔法。

 フリーレンがアウラを確実に殺すべきだと決心したように、アウラもフリーレンを殺す為に全力を出し始めた。

 

 何とか耐えている状態が続いて、最早フリーレンはアウラに攻撃を仕掛ける事すらできない。どうにか隙を見つけなければ、そしてその隙をついて確実に屠らなければ。思考はそれに集中する。

 

 

 

 しばらくの間防御と回避に専念していたフリーレンだったが、ふと気が付いて、あたりに魔力をぶちまけて死者を蹴散らした。

 

「なんだ? やっぱりヒンメルの言葉よりも自分の命の方が惜しいのね?」

 

 アウラが嘲るように言った。魔族は悪意を理解できない。だから、フリーレンも魔族を殺すことにまったく心を痛めていないわけではない。害獣駆除は人類のためであって、彼らは普通に生きているだけだと理解しているからだ。

 

 ただ、アウラはまるでフリーレンを意図して傷つけるような喋り方をした。ただの学習でこの行動が出来るのならば、やはりアウラを生かす理由はない。

 

「二人の事が心配になってきたからね。ここから感じられる範囲では、任せていても大丈夫そうだけど。ひとまずは私の生存を優先しないと、万が一の時に二人を守れないから」

 

 フェルンとシュタルクが負けるとは思っていない。二人が戦っているであろう魔族とは顔を合わせたが、あれはフリーレンが想像するままの魔族で、アウラ程の脅威にはならないだろうから。

 けれど、どうしても今まさにアウラという例外の魔族と相まみえていると、不安になって当然だった。

 

 それだけでなく、もしもフェルンとシュタルクがこの場に駆けつけてきたら。二人を守れない。服従させる魔法で詰む。

 一刻も早くアウラと決着をつけるべきだ。

 

 ヒンメルも、きっと許してくれる。これが今の私にできる最善だ。

 

 フリーレンは、決意を新たに手加減なく戦うことにした。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 まさに軍勢。

 隊列を組んで突っ込んでくる死者を魔法で吹き飛ばす。

 

「っ! 相変わらず無茶苦茶ね!」

 

 その勢いのまま攻撃魔法をアウラに放つが、アウラは忌々し気に言いながらも防いだ。

 

 フリーレンは遠慮せずに死者を攻撃するように戦法を改めたが、しかしアウラもまたそれに合わせて攻撃をする。死者の動きはより複雑になり、失敗から学ぶようにして陣形を変える。

 

 骸が宙を舞い、鎧が弾け、絶えず閃光が行き交う。

 

 フリーレンは常に精神が擦り切れるのを感じた。

 以前アウラと戦った時とは違う。

 

 大切な人が死ぬ恐ろしさと虚しさ、あるいは無力感と孤独。それらを味わって、理解して、ヒンメルの事を大切に思うからこそ、ヒンメルの言葉の重さも増し。自分の生存と仲間の命の為だとは言え、死者を塵芥のように魔法で散り散りに吹き飛ばす目の前の光景と己の行いが、鑢のようにザラザラと心を痛める。

 

 そんなフリーレンの心理を理解しているらしい。アウラがさらに煽るようなことを叫んだ。

 

 フリーレンの放った魔法による破砕音と距離によってほとんど雑音に変わったが、そちらに意識を割かないように心掛ける。

 

 アウラからは常に攻撃魔法が飛び、軍勢はフリーレンを攻撃し続ける。いくらか数は減ってきたものの、恐らくフリーレンが限界を迎える方が先だ。

 

 

 

 ヒンメルたちとの冒険の途中、生存を諦めたことはあった。黄金郷のマハトに右腕を黄金に変えられたとき、形として手に触れられそうな程にはっきりと、恐怖を感じた。

 今感じているのは、それらを組み合わせて、さらに孤独という現実を加えたものだ。

 

 孤独という事実だけが強く浮き上がってフリーレンの心を裂いた。

 死の恐怖や、こんなものかという諦めよりも、今孤独である事実の方がフリーレンを不安にした。

 

 急にドロールの事を思い出した。彼のそれはどれほどのものだったのだろう。彼が人間の心――少なくともほとんど人間と同一の精神を持っていることは疑っていない。だったら、それなのに魔族として生まれたことは、彼にとってどれだけ不安だったのか。フリーレンがすぐにドロールに理解を示さなかったように、人類からも魔族からも理解されず、別の生き物のように接されることがどれほど恐ろしい事なのか、急に同情してしまった。

 同情というと安っぽくなるが、今やっとドロールの友人に成れる気がした。

 

 そうだ、アウラと会ってからやけにドロールの事を思い浮かべている。その理由は。

 

「やっぱり……アウラ!! まずは私の話を――」

「喋っている余裕があるのかしら? 暇じゃないの。遊んではいられないわ。フリーレン……悪いけど、絶対に殺すわ」

 

 アウラからは人を殺す魔法。死者の軍勢は絶え間なくフリーレンに挑んでくる。

 いつの間にか月は雲に隠されて、あたりを闇が包む。影からにじみ出るように現れる死者は脅威だったし、その闇はフリーレンの孤独感をさらに強くした。

 

 

 

 

 勝敗はあっさりと決まった。

 

「っ……!? リーニエ……」

 

 一匹の魔族の魔力が消え、アウラに大きな隙が生まれた。それを敢えて見逃しつつ、フリーレンは周囲の死者を蹴散らして状況を整えた。

 

「リュグナーも…………!」

 

 それから数十秒もしないうちに、二度目の大きな隙。罠を疑う程の致命的な隙だ。

 

 このまま戦い続けても敗北は必至。フリーレンは、半ば賭けのつもりで魔法をアウラに向けて放った。

 

 

 

 

 

「……がっ、ぐぃぅ」

 

 

 

 フリーレンの攻撃魔法はアウラの胸を穿ち、今まさにフリーレンに襲い掛かろうとしていた死者は支配から離れたらしく、そのまま倒れた。ぼとぼとと肉が崩れて落ちて、アウラの身体は徐々に魔力の粒子へと変わり始めた。

 呻き声の様なものが、インクみたいに独特の粘性を持った血液と一緒に零れる。アウラは、何かを呟いていた。

 

「アウラ…………何か、言い残すことはある?」

 

 不安が消え、また別の不安がやってきた。どうにもアウラはおかしい。まるで人間の心を持っているみたいな。

 それも、巧妙に隠されていた筈のものが、向き合って初めて理解できるような。急に、強い罪悪感を感じた。

 

 

「まだ……まだ死ぬわけには……!」

 

 アウラは魔法を行使する姿勢を見せたが、それよりもフリーレンが攻撃する方が早いだろう。

 

「そう……今楽に――――!」

 

 

 アウラにとどめを刺そうとした時、急に背後から強力な魔力を感じた。

 フリーレンにここまで気づかせずに接近できるなんて、アウラ以上の強敵に違いない。

 

 焦りを感じ慌てて振り返ると、そこにはドロールがいた。

 夜風に、彼の長い黒髪が靡いた。遠めに見る分には、彼の小さな角は見えなくて、人間と大差がない。

 

 相手がドロールであることに安心するが、心臓がおかしな鼓動を打った。急に頭が冷えて、体は熱くなり、新たに感じ出していた不安が急速に膨らんで、フリーレンは再び孤独を感じた。

 彼の表情は、今まで見たことのないものだった。どこか呆然として、その奥の方で今まさに劇的な感情が湧き起ころうとしている。初めて見る表情なのに、何度か見たことのある表情だった。例えば戦場に近い集落で、村で。ああそうだ、ヒンメルとの冒険の最中の、つい少し前にフェルンとシュタルクに語った話。

 

 

 魔族が村長を殺したあの村で見た表情だ。

 

 すなわち、子が殺された親の……………………

 

 

「ドロール……」

 

「あ……」

 

 

 フリーレンとアウラは同時に言葉を発して、具体的な感情が籠っていただけ、アウラの声の方が強く響く。

 

「『ごめんなさい』」

 

 アウラは何かの言葉を発した。理解のできない言葉だったはずなのに、不思議と意味が分かって。

 以前ドロールから教わった、彼の前世の言葉だと思い出してしまった。

 

 

「『■■■■、ありがとう。愛してる』」

 

 

 

 

 あたりが花畑に変わった。

 長い間を置いて、ようやくアウラが花畑を出す魔法を使ったのだと気が付く。

 

 フリーレンは慌ててアウラの方を振り返るが、彼女の身体はぐずぐずに崩れて、魔力の粒子が花びらに隠れて散っていた。

 

 

 

 

 

 

断頭台のアウラ。

あるいは、

 

花畑を出す魔法。

 

 

 

 

 

 

 




 辛いのだ。


 アウラが主人公君に愛情を持っていたかはわかりませんが、もし持っていたとした場合。
 勇者相手に怖い思いをして、久々に大好きなパパとの家族団らんだと思ってたら「やっぱ俺人間だわww」とか言われたわけなんですよね。でもドロールが元々人間だったと知っているから嬉しい気持ちもないとは言えず複雑みたいな。そこに、もしかしたらドロールを誑かしたかもしれない、仲間を大勢殺している、しかも今まさに街で自分の部下を一人殺してやってきたフリーレン。

 アウラが愛情深いほど仲間の魔族を殺しているフリーレンとは戦いになりますし、全く魔族でもやっぱり戦闘になる。この結果は必然だったのかなと。

 完全に筆者のミスなのですが、グリュックとの会話の時「魔族が愛情を理解したら、同族の結束がより強固となって、人間との戦争、人間への復讐が増すだけかもしれない」と主人公が不安を感じるシーンがあって、今回の衝突の布石だったのですが、加筆修正やらのどこかのタイミングで消滅してしまってました。



 高評価、感想、ここすきありがとうございます。励みになるのでこれからもぜひ。
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