魔力が灰のように散らばっていく。
美しい花畑のその中心に、ぐちゃぐちゃに崩れた魔族の肉体だけが残っている。もうほとんど形は残っていない。少しずつ少しずつ、山が削れていく。未練を残すように、ゆっくりと。
「あ……」
フリーレンは声を出した。喋ろうとしたのではなくて、今自分が声を出せるのか確認するために、声を出した。
「あ、あの……」
様々な言い訳が浮かんだが、ドロールはフリーレンを無視してアウラのいた場所へ。先ほどとは打って変わって、落ち着き払った様子で。むしろ、動揺したことを恥ずかしがるような雰囲気すら感じた。
アウラの死んだその場所で。何か魔法を使った。
散ってしまっていた魔力が時間を逆向きにしたように集まって、アウラの形を取り戻す。彼女の赤みがかった桃色の髪も、長い角も。変わった服装も、手にしていた服従の天秤さえも、完全に元の姿に復元された。
「蘇生……」
目の前の光景に、フリーレンは安心してしまう。
ドロールがあれ程の魔法を使えたことに驚いて、詳細を尋ねてみようとのんきな考えが頭を掠めた。魔族が目の前で生き返って、安心することなど何一つない筈なのに。
ため息をつくほどに、ほっとした。しかし、そこでドロールが息を飲んだ。
ドロールの動揺や焦りが、空気を通してフリーレンにも伝わる。
「なん、で……」
元の形を取り戻したはずのアウラが、身体の端からまた魔力に戻っていた。散り始めるたびに、ドロールは何度も魔法を使う。
なんでなんでと喚きながら、何度も何度も何度も。
フリーレンはそれを、じっと眺めていた。今、自分がどんな表情をしているのかすらわからなかったし、何を望んでいるのかもわからなかった。
アウラが生き返ることを望んでいるようにも、望んでいないようにも。
何度目かの魔法使用を止め、ドロールは何かに気が付いたらしい。アウラの服従の天秤を手に取り、はっとして、それから地面を何度も叩いて、喉の奥から悲鳴をずっと凝縮したような声を零した。
「そうか…………! そうか魂か! 魂が無いと……魂、魂……どうやって戻すんだよ……」
そのあとも、ずっとドロールが試行錯誤する様子を、フリーレンはただ見つめていた。
更に十回以上はアウラの身体が復元され散り散りになりを繰り返した後で、ドロールは叫び声を嚙み殺し、呻いた。
アウラの身体がまた完全に魔力の粒子となった後で、呟くように。
「
ずっと戻ったりバラバラになったりを繰り返していたアウラの身体はようやく安定した。
「蘇生できたの……?」
どうやら違うらしいと気が付いていながら、フリーレンは尋ねる。実際は、言った後に気が付いたのかもしれない。混乱していて、自分がどういう風に考えているのか、どう行動したらいいのか分からなかった。
「アウラの身体を人間の……タンパク質とかに置き換えたんだよ。お医者ごっこの経験がこんな風に役立つとはね。人体を理解してないと出来なかった」
「アウラは、人間になったの?」
「そう言えるかもしれないけれど、違うよ。もうアウラの魂はここにない。アウラによく似た人間もどきの、死体を遺せただけだ」
そうか、魔族は死体が残らないから。言いかけた言葉を、抑えた。
ドロールは何度かアウラの髪を撫でて、
「フリーレン……面白いんだよ。魔族の髪と人間の髪とでまったく違う。いつも櫛で梳いてあげてたんだ。こんな髪質じゃなかった。残念だね」
自嘲気味に言ったドロールは、アウラの髪にキスを落とした。
「……アウラ…………アウラっ、ああ……」
決壊したようにドロールは泣いた。やっと苦しみから解放されたような泣き方だった。決定的な破局を感じさせる慟哭に、気づけば強く杖を握っていた。
■
何かを言わなければならない。
フリーレンは、泣き止んでただアウラの亡骸を抱きしめるドロールに声をかける。
「えっと……アウラは、ドロールの知り合いだったの?」
「娘だよ。アウラがそう思っていなくても、アウラは俺の家族だった」
「……ごめん。その、知らなくて……」
「知らなくて? あはは……フリーレン、久々に会ったら随分と冗談が上手くなったね? よほどヒンメルとの冒険が楽しかったんだ?」
「え……?」
「知らなかったらなんだよ? アウラが俺の知り合いだって言ってたら、一緒になってあの街をぶっ壊してくれたのか?」
ドロールの言う通りだった。とっさに意味のない言い訳をしてしまった自分を恥じた。だからこそ、正々堂々とドロールと話す決意が定まる。
「ごめん、ドロールの言う通りだ。たとえ知っていても私はアウラを殺した。あの街を守った」
「うん、それでいいんだよ」
「でも、アウラは最期に……いや、その前から――」
「アウラは最期まで魔族らしかったよ」
フリーレンが言うのを遮って、ドロールは言った。
「アウラは俺が魔族を治す魔法を使えると知っていた。俺に同情心を持たせて、確実に助かろうとしただけだろ」
「でも、それならドロールの前世の言葉を使う意味がない」
「だから、そっちの方が俺が同情するから……」
「私にも理解できる言葉で言った方が、私が邪魔する可能性を減らせるよ。私は何度かアウラと話そうとしたから。聞いてもらえなかった……いや、私が先にアウラを殺そうとしたのは確かで――もしかしたらすでにドラートを、アウラの配下を殺していたから……そうだ。アウラはずっと配下の魔族を気にしていた。魔族が持つにしてはずっと深い情を持っていた。だから、アウラはきっとドロールの事を―――――」
「黙れ!! …………黙れよフリーレン。いいか、良く聞け、良く聴けよフリーレン。アウラが、アウラが俺を愛していたなんてあり得ないんだ。何かの間違いに決まってるんだよ! そうじゃないと駄目なんだ! あんなのが、あんな最期……あんなのが最後の会話なんて、あんなのが、最期の言葉なんて!
そうだ! アウラに人間として生きようとしているなんて話したから、俺の同情を誘う方を優先したんだよ! アウラは俺の事を過大評価していて……フリーレンの妨害をものともせず、俺が助けてくれると……」
ドロールは自らに言い聞かせるように叫んだ。
それからまた声をあげて泣いて、急に冷静になったように大きく息を吐いた。
「はぁ…………それに、それにさ、フリーレン。もしも仮に、絶対にありえない事だけれど、アウラが、俺に愛情を向けていたとして、人間らしい感情を持つようになっていたとして、それでも人間と戦い続けていたことになるんだぞ。そんな悲しい事あるか? どうあっても人類と魔族は殺しあうってことだ」
ドロールの言う通り、それはフリーレンも気になった。
そもそもアウラが他の魔族と変わらないと考えたのは、人間の街を襲い続けていたからだ。
しかし、アウラの最期を見た今、自信がなくなった。アウラは普通の魔族ではなかった。人間が、人間らしいと表現する、特別な感情を持つようになっていたのではないか。
ただドロールの言う、どうあっても人間と魔族は殺しあうという言葉だけは、真実なのだと思った。
街を襲うアウラを打ち滅ぼしたことに、間違いはないと信じている。
それと同時に、内側から心を侵食するように罪悪感が肥大する。アウラを殺したことにではなくて、ドロールに対して向いているものだった。知り合いの魔族かもしれないという疑いはあったが、娘だと言われると、家族だと言われると。ずっと膨らんだ。
「じゃあ、俺は行くから」
フリーレンに、どこか冷めた口調でドロールは言った。このまま行かせてはならない事だけは確かだった。
「待って、ドロール……この後どうするの?」
「どうするかな……さぁね、好きに決めつけていいよ」
「もし、人類の敵になるのなら」
杖を突きつけると、ドロールは冷淡にフリーレンを睨んで、それから抱き上げたアウラの顔を覗き込んだ。
「ここで戦うわけにはいかないね。偽物でも、アウラの身体に傷がつくのは嫌だ」
「質問に答えて欲しい。ドロール……お願いだ」
「…………もしもここで俺と戦うというのなら、俺はあの街の人間を皆殺しにする」
「それは出来ないよ……あそこには師匠の結界が――」
「衝撃波とかは防ぐかもね。でも、あの街の人間が最後に見るのは、蒼い綺麗な光だろう」
「青……? どういう意味?」
フリーレンの疑問に、ドロールはわざとらしく声を上げて笑った。酷く相手を馬鹿にする、嫌な響きを持った嗤い。侮辱するような声色で、本当にどうしようもない物を見るように。
「理解できないよなぁ? 葬送のフリーレンと戦ったら、俺は勝てないか? 疲弊した今なら勝てるかも? でも、確実じゃない。いや、たぶんお前が勝つ気がする……でも自爆するなら話は別だ。お前が俺の言っている意味を理解できなかったように、フランメの結界もそれを防げるとは限らない。試してみるか? エルフは放射線に耐性があるかもな?」
ドロールの言葉の意味は分からなかったが、彼なりに街の人間を殺す手段がある事は確かなのだと察した。そのうえで、フリーレンの生命に脅しをかけたことも分かった。初めて、ドロールから殺意を向けられる。
けれど、だからこそ確信を持てたことがあった。
これほどに強い悪意は、普通の魔族が持てる物じゃない。
ドロールの精神はやはり人間だ。アウラのそれとは違って、もともとずっと、人間だった。もう少しフリーレンが人間の事を知っていたならば、フリーレンが早い段階で彼に歩み寄る事が出来ていたのなら、ドロールはきっと人間を選択していた。
たとえフリーレンが憎悪されても……彼の娘だというアウラを殺した以上は、寧ろ憎んでもらいたかったが……必ずドロールを説得する必要がある。
まだどこか、出来の悪い弟が突然悪い事をやりたがっているような感覚から抜け出せずにいて、フリーレンはそのことに安心した。私はまだドロールを人だと思えている。
きっとフリーレンの言葉は届かない。
ドロールを間違った方向に行かせないように責任を取らなければならないのに、けれどそれは自分には不可能だ。フリーレンは、口が酷く乾燥して舌が張り付くの感じた。誰かに助けを求めたくなって、すぐに思い浮かぶ。
この旅の目的であり、切っ掛け。
フリーレンには不可能だと思った事を、何度も成し遂げた、頼りになる仲間の存在。
彼に縋るのは、当然の事だった。
「ドロール……! ヒンメルとの約束は、どうするつもりなの」
ドロールは、一瞬虚を突かれたようにびくりと体を震わせて。
数分間は、黙り込んだ。
それから、心底不思議そうにフリーレンを見た。
■ ■ ■ ■ ■ ■
アウラの身体を形だけは遺せた。でも、そのことに意味なんてない気がした。
こころの中で何度もアウラに謝る。感情的になって、アウラの愛情を否定してしまった。あれが魔族的な打算による行動だったかなんて、どうでもいいんだ。俺はアウラを信じたい。信じるべきだった。
俺の魔法で、魔族の身体を人間のものに作り替える事が出来るのではと、試す機会がなかっただけで、前から考えていた。
まさかこんな形で使うことになるとは思わなかったけれど。
アウラはダメだったけれど、ソリテールなら。魔族から転生させれば……
いや、スワンプマンみたいなものだ。人間の身体に作り替えられたソリテールは、本当にソリテールだと言えるのか? 俺の感覚的には言えない。
ただ、アウラの蘇生が上手くいかなかったみたいに、魂の存在は大きいようだ。
魂が一緒なら、肉体が変わっても同一人物なのかも。
魂を研究する必要がある。今まではやり方が分からなかったけれど、方法は見つかった。
魂が一緒ならば同一の存在だと言えるとしても、ソリテールが望まない限りはやらないが。
そこまで利己的ではない。
「ドロール……! ヒンメルとの約束は、どうするつもりなの」
フリーレンの言葉に、不思議な感動を覚えた。目の前に救いの糸が降りて来た、地獄の罪人の気分になる。
ヒンメルの言っていた言葉の意味をようやく理解した。フリーレンをちゃんと見ろと言いたかったんだ。フリーレンと生きろと言ってくれたんだ。やっぱり、勇者だな。俺にはそんな綺麗な愛情を持てなかったよ。
少しだけ冷静さを取り戻して。
本当にフリーレンの事を憎んじゃいない。フリーレンの行いは間違っていないと理解しているから。
なのに、ひどい事を言ってしまった。八つ当たりしてしまった。フリーレンにも、心の中で謝った。
それでも、フリーレンを憎んでいない自分の事を憎んだ。フリーレンを憎まないのが正しいと分かっていたから。こういうときだけ正しい判断が出来た自分を憎んだ。それから、その憎しみが正しいのだと悟った。
アウラから嫌われたくなかったし、ソリテールからも嫌われたくなかった。
人間を選べば、もう二度と二人から愛されないのだと理解していた。
魔族を選べば、もう二度とフリーレンとは話せないのだと知っていた。
俺は、捨てるのが怖かったんだ。もしかしたら自分の事を真に理解してくれるかもしれない、フリーレンという命綱を。本当はアウラとソリテールの方がずっと大事なのに。
それから、どんどん自己弁護の言葉が出てくる。
そんなに悪い事をしただろうか。独りが怖いのはみんな一緒だろ? 動物も人間も群れる。仲間外れにされない為に弱い者いじめをしたり、良心を殺して悪事の片棒を担ぐ。それをしない正義の心を持っている奴も、家族がいる。何か心の拠り所がないと、やっていけないのが人間だろ。自分の居場所を教えてくれる人がいなければ、どこに立っているかもわからない。そこにいて良いんだと言われないと、本当に居て良いのかすら怪しいんだ。
きっと手すりか命綱がなきゃ、一秒後も見えない日々は怖くて生きられない。
生きられる奴も、多分いないわけではないんだろう。でも、強い奴を基準にするなよ。
見ず知らずの人間に、存在自体を悪だと断定されて殺されそうになった。魔族に生まれたから。
魔族からも理解されず、誰からも愛されなかった。それを恐ろしいと思うのの、何がおかしいんだ。
ヒンメルだって言っていた。希望を抱えて生きるんだと。希望という支えがないと、生きられないんだ。
ただ、俺を正当化しようと心の中で叫んだ言葉は、今目の前で起きた事実にかき消される。
アウラが殺されたのは俺のせいだ。
フリーレンがアウラを殺してしまったのも俺のせいだ。
今フリーレンが、泣きそうな顔をしているのも、俺のせいだった。
アウラが俺の事を愛してくれていたのなら、それに気が付かなかった俺が悪かった。
俺という存在を、俺はもう許せなくなる。
受け入れられなくて、何か縋りつくものを探した。大きな目標。大きな目標が必要だった。絶対に実現不可能で、盲目的に追い続けられる目標を。
ソリテール。ソリテールだ。アウラがそうだったのなら、ソリテールだって俺を愛してくれるかも。ああ、だから駄目だ。普通にあり得る。
なら、魂の研究。アウラも生き返るかもしれない。アウラを生き返らせるのを、目標に……
そんな風に考えても、地獄の底から響くような自分の声。延々と俺の事を責め続ける。自分の内側から、仕方なかったんだという声と、糾弾する声と。自分を許す声と、憎悪する声。どちらも半端に終わる。
結局自分から赦されることもなく、それを罰として少しでも苦しみを和らげることも出来ない。中途半端が一番恐ろしいのだと、中途半端な俺はようやく理解した。
俺は二人から愛されたかった。根源的なのに、浅ましいと言われる、不思議な欲求だ。
それだけでも強欲にもほどがあったのに、もう一つ。フリーレンというもしもの保険を残しておきたいという、正真正銘に浅ましい欲。
欲望が子として罪を産み、罪は腐敗し死を招く。
つまり、この結果を招いたのは、どう考えても――
気が付いた瞬間頭の奥の方で誰かが、それ以上考えるなと叫んだ。
今も頭の中でぐるぐると、ぐちゃぐちゃと、感情がかき回されて脳が溶けているみたいでまともに考えることも出来ない。
どんどん頭の中で俺を攻める声が大きくなる。フリーレンを殺しておけばよかったんだと、耳元で叫ばれた気がした。
自分でも気持ち悪い。
フリーレンを殺すべきだったと考えた自分にも、未だにフリーレンを友人だと思っている自分にも。吐き気がした。
アウラが殺されて、訳の分からない事を考え続けている。涙がもう流れていないことが嫌だった。今寝れば、アウラと一緒に学校に行っている気がした。何を考えているのかわからなった。ソリテールと一緒にご飯を食べていたのに、なんで今ここにいるんだっけと考えて、正気を失いそうになっていることに気が付いた。
ああ、駄目だ。逃げようとすると、自分が追ってくる。狂う方向にも逃がしてくれなかった。
くるくるぐるぐる
螺旋みたいに絡み合った様々な感情が脳と心を締め上げて潰れて、一つを残して何もなくなった。がらんどうの中に、ポツンと一つ。
全てから逃げたのか、
あるいは全ての罪を背負う覚悟が出来たのか、
俺にはわからなかったけれど、
何も見えなくなって、
頭の中にはただ、
ソリテールがいた。
ソリテールに会いたいという気持ちだけが残った。
■
「ヒンメルとの約束?」
不思議なほど平坦な声が出た。本当に何を言っているのか理解できないという演技のつもりだったが、声に出した途端に、自分でも本気で思っている気がした。
俺はやっぱり人間だった。
本来なら魔族の持たない感情を持って。生まれてからすぐの頃は、人間に何度も殺されそうになって、あの時は必死に抵抗して、何とか人を殺して生き残っていた。フランメとフリーレンに出会って、少しだけ人間らしさを取り戻した気がして、寂しくなった。理解してくれる人が欲しかった。アウラを育てて、ソリテールと出会って、フリーレンと再会して、愛されたかった。
「そんな意味のない事聞いてどうするんだよ?」
また間違っていると理解している。
でも、アウラに愛されていたかもしれない。アウラは愛情を持つようになっていたのかもしれない。そのうえでアウラが人類と戦い続けていたのなら、俺の選ぶ道は決まっていた。アウラが愛したのは、魔族である俺だろうから。
ソリテールに会いたい。
ソリテールが俺の事を好きでいてくれるのなら。いや。たとえ嫌われていたとしても、ソリテールの為だけに生きたい。
最後に、こんな俺の事を大事に思ってくれていたフリーレンに、またひどい事をする。
でも、俺がこんな選択をする以上は、きっといつかはフリーレンの為になる。
もしかしたらいつか俺を殺すかもしれないフリーレンが、少しでも心を痛めないように。
俺の選択を、決定的な言葉で伝えるべきだと思った。
彼女の中で、未だ俺は人間らしい。だからこうして、俺のために心を痛めている。
フリーレンの中の俺を、人間から魔族へと生まれ変わらせなければならなかった。
「ヒンメルはもういないだろ」
■ ■
「フリーレン様? 何かあったのですか?」
気が付けば近くにいたフェルンに、フリーレンはああ、と気の抜けた返事をした。
「ちょっと、友人と喧嘩したんだ」
「……フリーレン様にそんな方が?」
「私はね。ヒンメルたちとの冒険で、不器用なんだって思い知っている。だから分かることがある。あれは気遣いのつもりなんだよ。笑えるよね」
「はぁ……」
「魔族の振りをしたせいで、人間だって宣言してるのに気が付いていないんだ」
フェルンは不思議そうな顔をしつつも、フリーレンにどこか気遣うように、側に寄った。
それが、却ってフリーレンの心を痛めた。
改めて、フリーレンはドロールを友人であり、姉弟弟子だと認める。確かに彼の存在は危険だけれど。
「大丈夫だよ。まだちゃんと話し合っていない……手のかかる弟を持つと大変だね」
殺すのはそのあとでだってできる。
ヒンメルならきっと、見捨てたりしない。
■ ■ ■ ■
放棄されてから何十年とたっていそうな小屋の切り株に、錆びついた剣が刺さっていた。錆に覆われていて、形が不気味に歪んでいる。先端の所だけ魔法で無理やり研磨して、切れ味を確かめる。
罪。自業自得。子殺し。卑怯者。裏切り者。ゴミクズ。
ずっと俺の事を責め立てていた声は、いつからか単語だけを時折告げるものに変わっていた。
何度も吐いて、胃か食道か、傷つけたらしい。血の混じった泡のようなものがぼたぼたと口から零れる。
何度か深呼吸をして、剣を胸に。
肋骨の隙間にゆっくりと差し込む。錆がザラザラと体の中に入ってきた。ぬちゃりと肉と血の感触がして、錆びを伝って綺麗な赤色が流れる。
また大きく息を吐いて、確実に俺の心臓を貫いた。
一応これで一部完。
「欲望が子として罪を産み、罪は腐敗し死を招く」はヤコブの手紙一章十五節の改変です。
ついでにマタイによる福音書十八章二十一、二十二節も参考までに。
本当はここでしばらくお休みーっていうつもりだったし、前にあとがきで言ったこともありますが、二部は短い筈なので、このまま書くことにします。十話いかないかな。滅茶苦茶書くのが大変なところで数週間とか時間使うかも。三部は一話だけです。
理想は年内完結。