魔族転生   作:ゆうたんたん

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第二部
共喰い


 剣を突き立てて引き抜く。

 

 身体から魔力が流出し、いよいよ駄目だと思ったタイミングで魔法を使って回復する。散っていった魔力なら、自分のものだって例外なく戻せる。完全に死ぬ前ならば、魂は離れていかないらしい。回復可能だった。死にかけなら治せても、死んだらアウトだったわけだ。

 ただ、徐々に魔力が減っていく。完全に元通りに戻せるわけではない。

 

 

 久々に空を見上げると、月がやけに眩しかった。昼になったり、夜になったりしたことは覚えているけれど、どれくらい経ったのかは分からない。

 

 あの日から何度も何度も繰り返した。

 

「ドロール……? 何を……しているの?」

 

 やけに感情のこもった声に、フリーレンがやってきたのかと思ったが、小屋の前に立っていたのはソリテールだった。会いに行こうと思っていたが、向こうから来てくれるとは。

 

「ソリテール。久しぶりだね」

「何をしているの? 答えて」

「あぁ、えっとね、魂の研究。死ぬ直前、魂が身体から抜け出る直前になら知覚しやすいと思って。難しいけれど、ちょっとだけわかってきた」

「失敗したら死ぬのよ?」

「うん。それはそれでいいかなって」

「は…………」

「だって、全部俺のせいだった。やっぱり抱えきれないよ」

 

 最後にソリテールに会えたし、失敗した振りをして次で死んでしまおうか。

 

 ダメだ。アウラを救う可能性をまだ全部模索していない。

 

 

 なんて、本当は自分の為だと気が付いてもいた。俺のこの研究方法も、ただの自傷行為だと気が付いている。心の傷を見える化して、自分を慰めているだけだ。自分を痛めつけて、少しでも罪の意識から逃れようとしているだけ。

 生きていることも罪だと思ったのに、なんでこんなことを続けているんだろう。

 

 

 ソリテールは、何か怒りと悲しみが混ざったような顔で俺を睨んだ。

 構わず研究を再開しようとすると、ソリテールの魔法で剣を弾き飛ばされる。少し俺の手も切れて、血が流れた。なんとなく流れる血を見た。

 

「やめて」

 

 その声を聴いて、ソリテールの方を見られないと思った。どんな表情をしているのか分かったから。

 

「ごめん。でも、アウラを取り戻すには少しでも早く研究を進めないと」

 

 

 かなり遠くに吹き飛ばされた剣を拾いに行くのも億劫で。

 ちょうど魔力の粒子となってバラバラに砕けたソリテールの剣を見て。

 

情報は”消失”する(インフォメーション・パラドクス)

 

 ソリテールの剣を鉄の剣にして手に取った。

 

 

 やってから、とんでもない事をしたのだと気が付いた。

 

 

 

 

 

 ソリテールは何も言わなかった。彼女の声帯は震えていないし、空気も振動せず、俺の鼓膜は何かの音を拾い上げたわけでもない。それなのに、俺はソリテールの叫びを聞いた。

 

 

 

 ソリテールは俺を引き倒して、それから俺の上にまたがる。上体だけ抱き起された。

 

 すぐ目の前にソリテールの顔があって、やっぱり好きだと思う。小さな角を避けて通るように髪が流れて、翠の瞳が俺をとらえて離さない。潤んでいて、綺麗な湖の底を見ているみたいだ。

 唇の、淡い桃色が、綺麗だった。

 

「私はあなたに死んでほしくないわ」

「……なんで?」

「……好きだから。愛しているから…………そう言って欲しいの?」

「うん。だったらいいな」

「君の持っている知識を失うのが惜しいからよ?」

「そうなんだ」

「……嘘よ」

「…………そうか。安心した」

 

 やっぱり。俺はダメだ。

 

「俺はさ。俺は、ソリテールに愛されたかったんだよ…………」

 

 

 ソリテールに愛されたかった。アウラに愛されたかった。

 自分を理解してくれるであろうフリーレンを手放せなかった。

 

 欲にまみれて、その欲のせいで大切な人が死んで、ようやく自分の過ちに気が付いたと思ったのに。今でもソリテールに愛されたいと思っている。

 

 

 

 

 すべてをぶちまけた俺の頭を、ソリテールは優しく撫でた。後頭部に手を回される。

 

 唇が当たった。最初はキスだとは思わずに、唇同士が当たっただけだと思った。ほんの一瞬だけ触れ合った。

 

 それからまた、やり方を確かめるように、何度か唇が触れる。

 

 

「ドロールは悪くないわ」

「なんでだよ…………だって」

「私たちは魔族でしょ?」

 

 また、唇が触れる。数秒。柔らかくて、しっとりしたものが、離れる瞬間まで感じられた。

 

「魔族が欲望通りに動いて何かいけないの?」

 

 また。またキスされた。

 

 

「共存を本気で目指していなかったのも当然だわ」

 

 

 キス。

 

 

「マハトだって、悪意を理解したいのは自分の欲。共存なんて元々は目指していないわ」

 

 

 キス。今度は三回。しかも長かった。

 

 

「ドロールが、私に愛されたいと思ってくれて嬉しいわ。魔族に愛情を理解させたいという欲望は、魔族らしいもの」

 

 

 キス。ちう、と音を立てて、唇を少し吸われたのが分かった。甘い感じがした。

 

 頭の中に変なイメージが湧く。墨の付いた筆を、ちょんと水に付けてすぐ離すような。淡い墨の色が水面に輪となって広がっていく。

 

 

 

「魔族を選んだのよね?」

 

 

 キス……してくれなかった。俺の返事を待っているからだと気が付いて、慌てて頷いた。

 キス。

 

「魔王様もそう。マハトも、私も、あなたも。私たちは、魔族の未来なんて考えなくていいの」

 

 

 キス。長い。本当に長い。脳がじりじりと焼ける感覚。

 

「シュラハトは本当に魔族の為に行動していたけれど」

 

 細かく言葉を切って、キス。咥内に反響するように唾液の弾ける音がして、ちゅっ、なんて本当に音がするんだと、刺激と共に脳に焼き付いた。深くて長い。どこかソリテールも嬉しそうに、楽しそうに、気持ちがよさそうにしていて、激しく俺の欲望を掻き立てた。

 

「それでも、私たちと一緒で魔族だった」

 

 

 また、もう何度キスされたのか分からない。今度は全然離さなかった。

 お互いの唾液が混ざり合って、明らかな快感が広がって、呼吸が早くなる。

 

 頭の中のイメージが変わった。ずっと水の中に浸けられた筆から、墨汁がだらだらと流れ出て、徐々に水が灰色に染まる。

 

 

 そんな薄汚い脳内の色とは裏腹に、やっと離れたソリテールの唇は鮮やかに輝いていた。互いの唾液で、キラキラと赤く。俺という存在を味わうみたいに舌先で唇を舐めたソリテールに、耐えがたい性欲を感じた。暴力的なまでに強く。この女を犯したいと具体的な思考が生まれた。

 

「私たちは魔族でしょ? 魔法を生涯研究するの」

 

 

 そんな中でも冷静なところがあって、ソリテールが俺をコントロールしようとしているのだと気が付いた。何度も快感を与える、少し変わったコントロール。愛情を理解しているから出来る手法な気がした。

 

 冷静さは、キスによる快楽の渦の中に自ら手放していく。

 

 

「でも、私とドロールは違った。マハトも、少し変わったことを始めた」

 

 

 今度は舌が絡んだ。ほんの一瞬。またもやり方を確かめるように。俺が受け入れようとした瞬間に、ひっこめた。

 

「私たちは異端ではあっても、狂って(おかしく)ないわ。何も間違ってない。魔族らしさを持っているもの」

 

 キス。

 

「ドロールもね」

 

 キス。

 

「自分を責める」

 

 キス。

 

「気持ちはわかるわ」

 キス。

 

「でも、私たちは」

 キス。

 

「魔族よ?」

 キス。

 

 細かく言葉を切って、啄むようなキスを音を立て何度もされた。

 先ほどから、ソリテールが「私たち」という言葉を意図して使い続けていることに気が付いている。その狙いも分かる。なのに、分からないふりをした。ソリテールの言葉が、ぽっかり空いた心の穴に、徐々に浸み込んでいく。

 

 

「だから大丈夫。ドロールは何も間違ってないわ。私に愛されたいと思っていいの」

「はぁ……はぁ……うん……うん……」

 

 今度は、俺がソリテールの頬に手を添えた。気持ちよさそうに頬ずりして、俺を見て微笑みながら目を瞑った。

 俺からしたキスは、これまでよりもずっと深く。舌を絡めあって、でも最初は期待していたみたいに気持ちが良くない。口の中を自分とは少し体温の違う、粘性を持った何かが動き回る。ナメクジを連想してしまって、すごく嫌な感じがした。それなのに、ソリテールを求めた。少しざらついた感じ、引っ込んでいった舌を追いかけて行った時の、ソリテールの歯に触れた時の背徳感。身体がずっと熱くなって、気が付いたソリテールはわざとらしく腰を揺すった。

 

 

「したいの?」

「ううん……もうちょっと、このままでいさせて欲しい」

 

 ソリテールを抱きしめると、実はずっと気が付いていた。死臭がする。北部高原の、一番北にある都市だったかを滅ぼしたんだろう。俺にも分かるくらいにずっと濃い。それがソリテールの甘い香りと、彼女からもたらされた快感に溶けて、寧ろ素晴らしいもののように思える。

 

 ソリテールが、俺の服をそっと剥いだ。

 

 とっさに止めようと思ったのだが、また、キス。舌が絡む。今度は、ソリテールのものだと最初から分かっていて、それが俺に快感を与えてくれるのだと理解していて、ただ悦びしかなかった。

 

 水の中に、墨がたっぷりの筆を浸けて。くるくるとかき混ぜると、あっという間に水は黒に染まる。最初から真っ黒だったと思ってしまう程に。

 俺の心はソリテールに支配されていた。

 

 

 

 ソリテールは俺の服を脱がし終えると、彼女は服を着たまま、ゆっくりと腰を落とした。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 そのまま何度もして、小屋の中に入って、何度もした。

 

 小屋の中の家具は殆ど使い物にならなくて、ベッドもボロボロで危険だったので、埃をかぶった布を叩き、一緒になって包まる。お互い裸で薄い布の中にいると、完全に同一の存在になったような気がした。今は繋がっていないけれど、体液と汗とで全身がぐちゃぐちゃになっていて、その状態で抱き合うと肌が溶けているみたいにぬるりとして、今すぐにでも混ざり合うのだと思った。こうしていると、永遠に一緒にいられる気がする。

 

「こんな感じなのね。あんまりいいとは思えなかったわ」

「え……あ、あの……ごめん」

「でも、ドロールが望むならまたしましょう」

「うん……」

 

 急に寂しい感じがして、アウラの事を思い出した。

 もうこの世界にいないアウラ。もしかしたら、魂の研究を続ければ、アウラとまた会えるかもしれない。

 

「……あうらぁ……あああぁあぁぁ!」

 

 ソリテールを抱きしめていると、涙が溢れる。ソリテールの薄い胸に顔をうずめると、それでも少し柔らかくて、そのことに感心しながらも性的な魅力にまではたどり着かない。ただ、アウラともう会えない事実だけが、未だに俺を追い詰めた。

 

 

「君のそういう人間みたいなところ嫌いだわ」

「あ、あ、えっと……ごめんなさい。あの、ごめん。あ……」

「……でも、泣いていいわ。私にはないその感情を教えて? 何も言わなくていい。ただ見せて」

 

 

 

 一晩中泣いたのに、ソリテールはずっと俺の頭を撫でたり、背中をさすってくれたりした。

 身体がべたべたと不快な感じに乾いて、魔法で洗う。濡れたソリテールの髪が綺麗で、乾かして、櫛で梳かしてもらった。そうしてまたアウラの事を思い出して泣いて、ソリテールと何度もキスをした。

 

 

 




 まあ、恋愛感情を身近で観察して、あれだけ人間心理を理解したソリテールならこれくらいするかも……?

 ところでソリテールの二人称は基本「君」なんですが、拙作ではドロールに対して「あなた」と「君」を使い分けてます。全く指摘されなかったので自分からいう事にしました。



 本当は前回の話と会わせて一話だったのですが、一部と二部の間にまたがるように存在する話だし、長くなるしで別けました。
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