魔族転生   作:ゆうたんたん

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罪の埋火

「ドロール……どうして」

「ソリテール。さすがに俺の事をなめすぎだろ。これでも大魔法使いフランメの弟子がひとり……まあ、それほどしっかりと魔法を教わった記憶はないけれどね」

 

 間に合ったらしい。今度こそは間に合った。

 

 精神魔法で眠らされていたが、それでもおそらくソリテールが想定していたよりかはずっと早く目覚めた筈だ。

 

 ソリテールの身体は回復した。さすがに怪我を負ってからしばらく時間が経っていたらしい傷は治らず、腕を伝って指先から血の雫が落ちる。それでも立ち上がって、ふらりとバランスを崩したので慌てて支えた。

 頭を攻撃魔法が貫通しているのだから、しばらくは安静にしておいた方がいいだろう。

 

「……ドロール」

 

 不安げに、フリーレンは俺を見た。もしかしたらとは思っていたけれど、本当に来ていた。俺の魔力探知だとこっそり探ってもフリーレンが来ているか確証は得られなかっただろうし、来ているとあらかじめ知っていてもソリテールが精神魔法を使ったんじゃどうにもならなかったな。

 

 ソリテールはフリーレンを殺すつもりだったらしい。俺を動けないようにしたという事は、俺とフリーレンに面識がある事も知っていたのか。

 いつ、どうやって知ったんだろうか。

 

 あの日以来の再会で、フリーレンに何を言うべきか悩んでいると。

 

「フリーレン!」

 

 赤い髪の少年がこちらへ駆け寄ってきた。フリーレンの仲間らしい。

 それから、ふらふらとした足取りの魔法使いの少女もやって来て、俺に杖を向けた。

 

「シュタルク。フェルンを連れて今すぐ逃げるんだ」

「どういう意味だよ!?」

「ドロール。憎いのは私だけでしょ? 二人の事は見逃して欲しい」

 

 別にフリーレンの事を憎んではいないけれど、こういう状況になると流石に思うところもある。先に手を出したのはたぶんソリテールだし、複雑な気分というだけだ。

 もしもこれでソリテールが死んでしまっていたら……まあ、わざわざフリーレンを殺すことも無いか。だいぶ可能性が見えてきたから。

 

 

 それはそれとして、フリーレンの前に出てきて、場合によっては戦闘になるかもしれないと思っていただけに、フリーレンのその発言はありがたかった。

 

「……憎くはないよ。フリーレンの攻撃でソリテールは頭を怪我している。俺の魔法で綺麗に回復できたか分からないし、こちらとしては撤退したいんだよな」

 

 魔力を凝縮しながら言った。これでもしもフリーレンの方から攻撃を仕掛けてくるというのならば――

 

「私は共存という思想が危険だと思っている」

 

 フリーレンが、急に言った。

 

「魔王と、マハト。そのどちらも共存を夢見て多くの人命を奪ったからだ」

「そうだね」

 

 魔王を倒したフリーレンなら、そう考えるのも当然だ。共存は危険な思想だ。直接聞いたことは無いが、恐らくソリテールもそう思っているだろう。人類も魔族も、共に共存が危険だと思っているのならば、共存は絶対にあり得ないのだろうな。

 

「人間を理解したいと思う魔族も、理解した魔族も危険だ。でも、人間を殺すほど節操なしじゃない」

「……俺を人間だって言いたいのか?」

「……」

 

 俺の質問に、フリーレンは答えなかった。

 

「ドロール」

 

 不安げにこちらを見たソリテールをそっと抱き寄せて。本当にフリーレンに戦う意思がないのか警戒しつつ、黄金郷の方へ飛ぶ。

 魔力探知をした限りでは、もうすでに致命傷を負っている。マハトの方も急がないと間に合わなくなる。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 魔力をなるべく隠して飛んだが、すぐ近くまで飛んでくると向こうも俺に気が付いた。今まさにマハトにとどめを刺そうとしていた老魔法使いは、慌ててこちらに杖を向けるが、攻撃して来るより先に膝をついた。どうやらマハトから重傷を負わされているらしい。

 

「……グリュックか。久しぶり」

 

 しゃがみ込む魔法使いの横に、グリュックがいた。こちらを見ても冷静なまま。

 

「確か、ドロールだったか」

「うん。マハトを治すから……君はその魔法使いを助けてやった方がいいよ」

 

 ソリテールが周囲を警戒してくれている間に、マハトの様子を見る。どこかアウラを思い出す。胸に大きな穴が開いていて、魔力がずっと流れ出ていた。

 

 魔法を使う直前に気が付いた。

 

「……なるほど……やっぱり魂の研究は大事だな。この状態だともう手遅れなのか……」

 

 人間なら確実に死んでいる状態。魂がすでに肉体から離れようとしている。

 

 ソリテールを治せたのは時間の問題か、あるいは人間でも脳を銃弾や鉄柱が通り抜けて生きている例があるからか。俺は心臓を破壊しても回復できたから、時間が経ちすぎると駄目な可能性が高いか。

 今からマハトの肉体を戻しても、結局魂が離れていくらしい。今ならそれが分かった。

 

 

「マハト。助からない」

「……そうか。もしかしたらあと少しで届いたかもしれない……試したが、駄目だった」

「駄目だった?」

「グリュック様を殺すと言ってみたが、この腕輪が発動することはなかった」

 

 マハトの腕輪が、金色に輝く。先ほどまでずっと黄金に包まれていたこの都市で、取り残されたみたいに鈍く。

 

「この腕輪は、悪意に反応して俺を殺す」

「本気で殺すつもりだったのか?」

「……いや」

「なら……本気じゃなかったからだろ……やっぱりお前は人間の事をまだ分かっていないよ。大切な人を殺すと言ってみても、そこに悪意なんかあるわけがない。愛情って言うのは綺麗なものじゃなくて、手放そうと思っても離れないくらいべたべたしているんだよ。マハト。一か八か、賭けに乗らないか。回復できる、というと誤解を招くが、生きながらえる可能性がある」

 

 俺の魔法は、もちろん魔族の回復を目的に作ったものだけれど、今となっては別のことだってできるはずだ。おそらくこの世界で俺しか使えない、俺だけがイメージできる魔法。つまり――

 

「必要ない」

「え?」

「俺はこのままでいい」

 

 どこか晴れ晴れとした表情で、服の上に落ちた煙草を見てマハトが言った。

 

「……そうか。じゃあ、ソリテールを休ませたいし行くね」

「何かあったのか?」

「戦闘でね。フリーレンに。たぶん会った事あるでしょ? ソリテールが大怪我したから……治したけれどなるべく安静にしないと」

 

 

 これが今生の別れだと思うと、足が黄金化されたんじゃないかと疑う程に重くて。でも、

 

「マハト。また会おうね」

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 ソリテールが無事で本当に良かった。

 ヴァイゼから少し離れた森の奥で、簡易的なベッドを作ってソリテールを寝かす。疲れが出たのか、あるいは何か問題があるのか、すぐに眠った。

 

 呼吸は安定しているし、魔力が流れ出ていくようなことも無いから大丈夫だとは思うけれど心配だ。

 

 いつものように、ソリテールの横に寝る。なるべく起きていよう。ソリテールに何かがあった時に、すぐに助けられるように。

 

 

 

 

「ん……」

 

 しばらくして目を覚ましたソリテールは、なぜだか驚いた表情で俺を見た。

 

「え、えっと……ドロール?」

「うん? 大丈夫? かなり大怪我だったから、ちゃんと治せたか心配でさ」

「え、ええ……平気だわ……」

 

 なんだか歯切れが悪くて、やっぱりどこか悪いのか心配になった。

 

「あの……ドロール? ちょっと歩きたいなって」

「駄目だよ。頭を撃ち抜かれたんだから」

 

 体を起こそうとしたソリテールをやさしく抱きしめる。小さな吐息を零したが、ソリテールはそのまま大人しくしてくれた。ただ、ずっと落ち着かない様子だ。

 

「……フリーレンとは、どういう関係なの?」

「え? うーん……友達だったかな。あるいは、兄妹弟子……うん、兄妹弟子なら客観的事実だな……兄妹弟子だよ」

「それだけ?」

「? うん」

「普通なら、疑うことでもなかったわ」

「なにを?」

「なんでもないわ」

 

 なんとなくぎこちないけれど、いつも通りの会話で少し安心だ。

 

「そうだ。ソリテール。脱いで」

「え……? 今……?」

「うん。しっかり見たいから」

「えっと…………」

 

 もごもごと話すソリテールに、もしかして呂律が回っていないのではないかと心配になる。傷を確認したいので、服を優しく剥ぐ。

 

 回復が間に合わなかった傷と間に合った傷。間に合った傷でも、少しだけ跡が残っていた。よく見ないと気が付かない程度の、本当に僅かな痕だけれど。

 理論上完璧に治るはずなのだけれどな。魔族を治す魔法というのはそうなる結果を言っているのであって、あくまで魔力を任意の状態に戻す魔法だ。だから、傷跡が残るわけがないのだ。

 もし傷跡が残るんだったら、俺は何度も自分の心臓を刺したから、何かしらの弊害が生じているはずだし。やはり普通は残らないはずだ。

 

 傷を負った後に戦闘で魔力を消費しただろうから、その辺が影響したのかな。

 

 頭の怪我の後は、何も魔法を使っていない様子だし大丈夫だとは思うけれど。

 

 後遺症とかあったらやばい。

 

「ソリテール。どこか痛い所とかない?」

「ないわ……その……するの?」

「え? あっ、ううん。大丈夫だとは思うんだけれど、頭を攻撃魔法が通り抜けたんだから、安静にしてないと」

「…………そうね」

 

 なんだか不満げな様子で、ソリテールは服を着直すこともせずに、そっぽを向いた。

 

 紛らわしい事をしてしまったのは反省だけれど、やっぱり様子が変だ。こんな拗ねるみたいな。

 ソリテールは俺に背を向けたまま。

 

「ドロール。ドロールの前世……一度、死んだのよね?」

 

 慎重に、言葉を選ぶようにして言った。

 

「え? うん」

 

 ソリテールにブランケットをかける。 

 

「どんな感じだった?」

「どんな感じ? えっと……あまり楽しくないよ?」

「聞きたいわ」

 

 楽しくないと言って誤魔化したけれど、あまり話したくないというのが本当だった。

 ただ、ソリテールに頼まれた以上は言うしかないよなと思って。

 

「あまり詳しく話してもわからないかもだけれど、通勤通学の時間帯にホームで足を滑らせてね。えっと、馬車に轢かれたと思ってくれればそれでいいかな。運が悪い事に即死じゃなかったから、いろいろ好き勝手言われるのを聞いてしまったよ。視界は霞んで、痛みすら感じなかったのに、耳だけは死ぬ直前までずっと生きてた。死ぬのは、なんだろう……寒くて寂しい感じ」

「そう……」

「あれ? 聞かないの? どんなこと言われたか」

「……興味はあるわ。でも、聞きたくない」

「……? そう?」

「ドロールを悪く言う言葉なんて……絶対」

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 フリーレンとの激闘から三日。相変わらずドロールは行動を制限するけれど、それが自分を心配してくれているからだと思うとどうにも愛おしく感じられて、やはりあの日から何かおかしい。

 未知の感情が常にソリテールの心を支配していた。

 

 ドロールにもっと笑顔でいて欲しい。あまり心配を掛けたくない。でも自分のためにこんなに心を砕いてくれて、これほどうれしいことは無い。

 

 合理的ではないし、矛盾していた。

 矛盾? そう、矛盾だ。ソリテールの思考は、時折矛盾していて、そんな風に矛盾を抱えて生きる生き物を、ただ一種類だけ知っていた。

 

 

「ドロール。もう良いわよね? 好きに動いても」

「一応頭部外傷の後はしばらく様子を見るべきなんだけれど……まあ、魔法で回復したわけだし、大丈夫そうなら良いか。一緒に行くよ」

「私はこれから研究に行くわ」

「あっ……そう……えっと、じゃあ……」

「ドロールは留守番していて。日が暮れるまでに戻るわ……待てる?」

「数時間くらいなら大丈夫」

 

 今はドロールと距離を取りたかった。

 

 でも、全く嘘を言ったわけでもない。研究というのは嘘だが、結果としてはソリテールの研究になる。

 

 

 あの日フリーレンにも、その弟子にも。ドロールに治されたばかりだったからか少しぼうっとしていて、その時は気が回らなかったがグリュックやヴァイゼの人間にも顔を見られた。

 

 顔を見られたからには、殺しておいた方が身のためだ。まだフリーレンはヴァイゼにいるだろうか。

 

 フリーレンと一対一でほぼ互角なら都市に攻め込むのは危険なようだが、乱戦の方がソリテールに有利だ。こちらは被害を考える必要がない。

 フリーレンたちの口から、大魔族ソリテールの存在が広まる前に、早く行動する必要がある。そこそこリスクはあるけれど、充分動くだけの意味があった。戦況が悪く成れば撤退すればいい。自らの危険性は広まるが、それは行動しなくても同じこと。

 

 それに、ソリテールはドロールの魔法で万全に近い状態に回復出来ているけれど、向こうはまだ回復しきっていないだろうから。動くなら今だと判断した。

 

「ふふ……ドロール……」

 

 ドロールの事を考えているだけで、幸せな気持ちになった。

 

 

 

 でもやっぱり何かが変だ。すごくもやもやする。

 

 気が付いた時にはすでにヴァイゼの前にいた。ぼうっとしていても魔力だけはしっかり隠せていて、突然現れた魔族に衛兵たちは慌てふためいていた。

 

 一目散に突撃してきた兵士を魔法で殺し。ほとんど習慣で自己紹介をした。

 

「えっと……そう、最初は自己紹介から……私はソリテール」

 

 名乗りを上げて、何人かの兵士が門の奥へ。残った数人は、決死の覚悟でソリテールに相対している。

 

 

 それを横目に、たった今殺した兵士の亡骸を眺める。

 ドロールは、アウラが死んでずっと苦しんでいた。今でも夜に泣いている。

 この兵士にも、愛してくれている人がいて、愛している人がいる。

 ドロールから前世の死を聞いて、死んでほしくないと改めて感じた。きっと誰もが同じことを、大切な人に感じている。

 

「あ……」

 

 何か本能のようなものが、これ以上を考えてはいけないと語り掛けてはいたが、思考は止まらない。

 

 

 ソリテールは初めて、自分が何をして来たのか、理解した。

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 

 ソリテールがいない間に研究を開始する。あと少しで、完全につかめる。マハトで、言い方は悪くなるが試したかったが、ここまで魂を理解できたのなら。

 

 もう一度肋骨の隙間から剣を刺す。痛みには慣れないが、不快感には慣れた。

 肉を刺すときの弾力と繊維の感じ。不安を感じるほどの異物感。バクバクと激しく鳴る心臓に切っ先が触れた瞬間に、文字通り心の底から寒気を覚える。厚い筋肉に穴が開き、血が体内で弾けるように広がる。

 

 

 

 

 

 肉体を回復する瞬間、確かに見えた。

 

 

 この世界に魂の眠る場所がある。どうやら魂は何らかの形で保存されるらしい。魔族の魂もまた、消滅するわけではないし、そもそも消滅したところで関係ない。

 俺は魂という現象を理解できた。

 

 これでアウラとまた会えるはずだ。

 

 俺の魔法の本質はそこにある。

 魔族を治すことを目的に作った。けれど、最早この魔法はそんなものではない。ここまでの効果を発揮できたのは、魔法に長けた魔族の脳と、曖昧な理解なままでも上手く扱える人間特有の思考が混ざった結果だろう。

 

 魔法なんてものがある宇宙だけれど、俺の知っている宇宙の法則と共通点は多い。そうでなければ、これほど地球と似た環境の惑星は生まれない。検証可能な点では確かめたし、それをすればするほど俺のこの魔法は強固になる。

 

 つまり、この魔法の本当の姿というのは――

 

 

 

 誰かが近づいてくる気配に気が付いて、慌てて手に持っていた剣を遠くへと放り投げた。ソリテールが戻ってきたのならば、またこんな危険なことをしていると怒られるかも。

 

 俺の思った通り現れたのはソリテールだったが、それでも想定外の姿だった。

 

 

 体中傷だらけで、ふらふらと、泣きながら戻ってきた。慌てて駆け寄ると、ソリテールは縋るように抱き着いて来て。

 

 

 どうしたのか訳を聞くより先に、三人の兵が俺とソリテールを囲んだ。俺の事を警戒している様子だったが、それでもすぐに襲い掛かって来て、攻撃しようとしても殺してしまうのが怖くなって躊躇い、剣で斬られた。

 蹴り飛ばされて、遊ぶように剣で小刻みに突かれた。

 

 腹を突き刺されて、地面に縫い付けられる。俺を倒した気になったらしい兵士はソリテールのもとへ向かった。

 怯えて震えているソリテールを見て、全員が獣みたいに笑っていた。

 

 一瞬で、スイッチが切り替わるような感覚があった。

 

「殺すしかないか」

 

 腹に刺さった剣を抜いて、傷を治して、こちらに気づいた兵士に魔力をぶつける。ソリテールが座り込んでいたから、雑に攻撃するだけでよかった。上半身が綺麗に消し飛んで、兵士たちは永遠に沈黙した。

 

 ついでなので、魔法を試してみることにした。一番近くにいた兵士に手を翳す。今まさに離れていこうとしている魂を探り。

 

情報は”消失”する(インフォメーション・パラドクス)

 

 失敗。魂を鉄くずに変えようとしたのだが駄目だった。

 

 やはり魂は不滅らしい。だから、必要なのは紐づけと魔力の理解だ。それだけでもうたどり着く。

 

 

 

 

 ひとまずソリテールの身体を回復させて、未だ泣いているソリテールを抱きしめる。

 

「どうしたの? こんなに怯えて」

「私は……今まで、こんな……」

「ソリテール……?」

「罪悪感を……理解できたかもしれないわ」

 

 

 なんで、急に。

 

 そんな疑問もすぐに解ける。ずっと昔から立てていた仮説。脳への外科的手術で、魔族が持たない人間的な感情を理解できる可能性。

 

 

 鉄柱が脳を通り抜けた結果、性格が大いに変わったという症例。前世の知識。

 

 俺の魔法で完全に治りきらなかったのか、あるいは短期間でも損傷していた時の影響が出たのか。

 たまたまこのタイミングで理解できた可能性もあるけれど、脳の損傷が原因でそうなったという方が考えやすい。真相はきっとわからないけれど。

 

 

 

「ソリテール!」

 

 思いきり抱き締めた。彼女の不安を少しでも和らげたかった。未知の感情に支配されている、孤独な彼女に、せめて俺という存在が救いになればいいと願った。

 

「私は……ドロール。もっと人間の事を知りたい。でも、もう、研究が出来ないわ……殺せないから」

「別に殺さなくても、研究は出来るから。普通に人間とお話をしよう。少しずつ、一緒に……!」

「私の存在を、フリーレンが広めるわ。ソリテールと名乗ったから。それに、ヴァイゼに襲撃しようとしたことも知られた。きっと、フリーレンは私を殺しに来る。その時に、戦えるか……」

 

 

 自分が言った事だ。もしも魔族が危機感を持ったとして、その時に人間と分かり合いたいと思っても、きっともう遅い。人間の強みの一つは情報を伝達できること。今この瞬間も、ソリテールの存在が脅威だと広まっているだろう。

 

 

「何か、私にできることがあれば……せめてもの……」

 

「ソリテール。好きだよ」

 

 ずっと昔から知っていた。人間は卑劣で醜く、悪意の化身のような存在だ。常に汚らわしい泥に浸かり、それを良しとしている。

 

 けれど、そこから出ようとした人がいて、少しでも良い方向へ進もうとして。

 世界が綺麗な面を見せてくれるのは、悪意に満ちていても、その泥から抜け出そうと誰かが藻掻いて、少しでも世界を良くしようとしてくれたおかげだ。

 

 ずっと前から知っていた。泥から出ようとする人間は、この世界の何よりも――

 

 

「ソリテール。好き。大好き。本当に綺麗だ。 ……あのね、ソリテール……えっと、人間の事は好き? 研究は続けたい?」

 

 少し悩んでから、ソリテールは頷いた。

 

「……俺の事は? 愛してくれている?」

 

 ずっと悩んでから、ソリテールは申し訳なさそうに首を振った。

 

「分からないわ」

 

「…………うん。大丈夫。ありがとうソリテール。今まで支えてくれて。もう大丈夫だから。今から全部ひっくり返してやるよ」

 

 

 

 ■ ■

 

 

 泣き疲れたらしいソリテールに、何重にも結界を張る。もちろん、先ほど兵士と戦った場所からはずっと移動している。それでも不安だから、なるべくすぐに戻ろう。

 

 

 ヴァイゼに忍び込む。あのフリーレンですら近くに来るまで俺の存在に気が付かなかったくらいだ。問題はなかった。

 師匠に唯一褒められたのが、魔力のコントロールだ。

 

「お! いたいた! グリュック! 起きて!」

 

 眠っていたグリュックを起こすと、彼は慌てることなく、冷静にこちらを見つめた。マハトの本質を分かったうえで使っていたのは確かに悪い事だけれど、これだけ優秀な人間が何も知らない人たちに裁かれると思うと、勿体ない気がするな。

 

「何の用だ? 殺しに来たわけではないんだろう?」

 

「うん。大したお願いではないよ。すごく単純。魔族ドロールについて、正しい知識を共有しようと思って。魔族に生まれながら、人類に味方することを決めた魔族。博愛のドロールなんて呼んでも良いかもね。

 それと、ひたすらに人間を殺すことを喜びと感じている、残虐なる魔族、ソリテールについても。ちゃんとみんなに伝えてくれとお願いしに来たんだよ」

 

 

 




 なんかせっかくなので没設定載せます。

 一番最初に没になって一切出てないのが、構想段階で考えた開花エンドっぽいのやりたいなという案。フリーレンとかどうなるんだって思ってやめました。

 最初の方に出たなんか強いエルフ。主人公が「そんなことできるんだ」と魔力制限に気が付いたので見逃されました。ゼーリエです。次回くらいの内容で出る予定だったのに、出さなくても話成り立つじゃんね、となって出ないです。
 あと主人公の筆名と気候区分図は最後に役立つ予定だったんですが、役立てる必要がない事に気が付いたので、なんかただの主人公の趣味だと思っていてください。
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