三百八十三年目。
フランメの弟子……と名乗れるほど何かを教わっているわけではないのだが、ともあれ、フランメ達と関わるようになって三年の時間が過ぎた。さすがに魔族である俺に、魔法をしっかりと教え込むことはしてくれないが、気になることは教えてくれる。
俺の仮説である、魔族は魔法で自己改造していくつかの感情を削ぎ落した説については、あり得るともあり得ないとも、具体的な答えは出せないと言われた。
精神に作用する魔法があるし、脳をいじることだってできるはずだ。フランメはあまり納得がいっていない様子だったが。
最近は俺の書いた本の回収をした。
魔族と人間のハーフの物語だ。
これが人間の町で広まってしまったらしい。魔族が捨てたものを拾ったか、戦利品として持ち帰ったか、それはわからないが、これで魔族に好意的な人間が生まれるのはよろしくない。
こっそりと町に入り込むと、気でも違えたのかと心配になるほどに、みんながみんな俺の本の話でもちきりだった。
この世界はあまり娯楽と言えるものが少ない。言い方は悪いが、型通りの英雄譚なんかが子供には人気だが、大人はもう飽き飽きしている。そこに、俺の書いた物語。真新しさに、読む人が多いらしい。
一応フランメの了解を受けたうえで、誰も殺さずに、けれど魔族として町に襲撃を仕掛けて本を燃やした。当然、誰にもけがをさせていないし、ほぼ何も壊していない。豚一匹、人間の目の前でむごたらしく食い殺したりはしたが。
これで少しでも魔族がやっぱりやべー奴だと思ってくれると助かる。
そのあとフランメに軽率な行動をするなと死ぬほど怒られた。後先考えずに本をばら撒くからそうなるんだと。
反省の意を込めて、魔族の生態の解説本を町に置いてきたというと、マジで殺されそうになった。良い事をしたと思ったのに。一度本で失敗しているのにもう一度やったことが不興を買ったらしい。土下座して命乞いした。なんか頻繁に命乞いしてる気がする。
ただ、この本に関しては、結局フランメからは許された。
かなり俺の独自研究が混じっているが、おおよそ内容に誤りはない。魔物から生まれたものであり、人のように見えるのは人類を騙すための姿でしかない、分かり合えるとは思うな。という記述をフランメは気に入っていた。
それと、以前適当に流した、魔族は人間と脳の構造が違う、という話が人間達の中で通説みたいになっていたのが気になった。広めておいてなんだけれど、医学がまるで発展していないにもかかわらず、脳で思考をしているというのを当然に受け入れているのだ。
確か古代ギリシアでも脳で考えているという考えがあったはずだから、おかしいとまでは言わないけれど、気が向いたら調べたい。
フランメ達とは、あまり関係がいいとは言いがたい。どうしたって俺が魔族だからだ。
余談だが、彼女たちは前世――生まれ変わりの概念を有していなかったので、俺が人間から魔族に変身したと言い張っているのだと誤解していた。仕方がないので、俺はもともと全く別の世界にいたのだという話をしたのだが、あまり信じてもらえてはいないだろう。フリーレンは、人が死んだら無に帰るのだと思っているみたいだし。意外なことに、フランメは俺の話を真剣に聞いていた。
ただ、その交流の中で、いくつか得るものもあった。
俺の魔力の操作精度は世界で一番だと、フランメからお墨付きをもらった。これに関しては、ミクロの世界の知識を持っているのが大きいだろう。目にすることはできなくとも、そこに原子があるのだと理解している以上、それを動かすイメージが湧く。それが俺の魔力操作の精密さを高めているのだと思われる。
科学知識が魔法のイメージを強固にして、無双する。転生物でよくある奴だな。と、喜んでいた時期もあったのだが。
例えば裁きの雷だとか、そういう抽象的なものをうまくイメージできない欠点もあった。雷って雲の氷の粒がぶつかり合って静電気が発生して――――と、このイメージで固定化されている以上、威力が思ったように上がらない。科学現象としか思えず、神秘的なイメージを持っている魔法使いの魔法と比べて、見劣りするのだ。
また、空を飛んだりもできない。人が浮くわけないだろ。ニュートンに謝れ。なんて考えてしまうので、飛べないのだ。とはいえ、物は試しと箒を使って飛ぼうとしていたら、頭の心配をされた。
魔法に関しては、中途半端というのが結論だ。核融合を起こす魔法も、相当時間をかけて集中しなければ出来ないし、戦闘には使えない。魔力でゴリ押し戦法でなければ、魔法戦ではフランメやフリーレンに勝てないだろう。そこら辺の有象無象なら火災旋風やら、プラズマやらで消し飛ばすんだけど。
ミサイルを作る魔法とか考えたのだが、原理がよく分からないので、張りぼてを出すのが限界だった。どうにか対策を考えなければならない。
もう一つ、個人的に学べたこととして、人間の倫理だ。
長らく魔族として生きてきて、倫理観が魔族に偏っていた。それを見つめなおすいい機会となった。
見つめなおしたところであんまり変わらないんだけど。どうにも、人間としてのアイデンティティを持ちつつも、俺は魔族なんだ、という気持ちの方が強い。まあ、結果としてドクズサイコパスマッドサイエンティストレベルで落ち着いているが。
俺の行動で人間が死ぬのは避けたいけれど、どうしても気になることがあったらまーしょうがないよね。と、これは倫理的にアウトっぽい。
魔族を生きたまま解剖した話なんてドン引きされたし、人間の遺体を火葬した話は軽蔑された。
魔族解剖はちょっと我ながらやったな、といった感じはするが。
人間の遺体を火葬した件については、価値観の相違だった。俺としては死後解剖してしまったことを済まなく思って、自分なりの方法で弔ったのだ。燃やして、ツボに入れて、墓を建てて祈りをささげた。
しばらく二人とも口をきいてくれなくなった――そもそもフリーレンは滅多なことでは口をきいてくれないけれど――ので、大人しく魔族の生態続刊を執筆したものだ。
生きていくにあたって、こういった倫理観や価値観の相違は、トラブルのもとになる。気を付けておいた方がいいと学べた。
△月&日 四百五十三年目。
フランメやフリーレンのもとから離れて、俺は新たな研究を始めた。
天文学と、生物学だ。
そういえば太陽との位置はどうなっているのだろう。この世界にも月がある。惑星は、星の並びは。一度気になったら止まらなくなったのだ。
月は、潮の満ち引きに影響を及ぼしている。確か、生命の誕生に潮の満ち引きが必要だという話を聞いたことがあるので、きっと生命のいる惑星には月が必須なのだろう。
惑星やら星やらは、ド素人なのでまだよくわからない。のんびりと観測を続けている。
生物学に関しては、今更ながら、俺の研究に重要だと気が付いたから始めた。エルフやらドワーフ、魔族なんてものがいるこの世界。もっと系統樹の根本を探る必要がある。
ドラゴンとか、言ってしまえば恐竜みたいなものだけれど、やっぱり地球の生命の常識からは逸脱している。魔法の影響だろう。
魚類両生類爬虫類鳥類哺乳類と、おおよそ俺の知っている生き物のくくりからは出ていないのに、あまりにも常識はずれな生き物が多くて頭痛がする。
それと、なんか超やばい蛇がいた。噛まれた人間が、鼻から脳を垂れ流して死ぬのを目撃した。ちょー怖い。
と、同時に納得だ。脳みそを溶かして殺す生き物がいたら、なんとなく脳で考えているんだろうなという発想になるわ。
というか、数十年前は納得していなかったけれど、そもそもどこを怪我したら死ぬかとか分かっているのだから、脳で考えていると分かっていてもあまり不思議ではないのだ。
この蛇の対処法も研究したい。なんかあったら怖いし。
人体実験したいんだけど、どうしようかな。極刑に科せられていて、冤罪ではなさそうな奴をさらって実験するか。
■ ■ ■
今日、フランメが死んだ。もしかすると昨日かもしれないが、俺には分からない。
フリーレンから今日の朝、連絡が届いたのだ。
もう死んだ後なので、そのうち行けばいいやと考えて、すぐにその考えを捨てた。俺は魔族だ。でも、人間であることをまだやめていない。
いてもたってもいられなくなって、すぐに駆け付ける。人間ならこういう風に行動するだろうと、俺は急いだ。
フランメの墓は綺麗だった。花畑を出す魔法で、色とりどりの花びらが風に舞って、なぜだか、フランメが死んだのは嘘なのだと思った。今にもどこかから飛び出してきて、俺を揶揄おうとしているのだ。
そんな妄想もむなしく、冷たい墓石をなでると、フランメが死んだのだとようやく気が付いた。座り込んで、しばらくそうしていた。
「…………」
背後に立っていたフリーレンが杖を取り出した。
「……俺を殺すのか?」
「……お前は魔族だ。魔族に人間と同じような感情を持たせる研究というのも、人間のためにやっているんじゃない。好奇心だけで行動している。お前は必要だと思えば、平気で人を殺す」
「必要だと感じて平気で人を殺すのは、人間にもいるだろ。意味もなく殺すのが魔族だ」
人間とはいいがたい精神を持っていることは否定しないけれどね。
魔族としても、異端なんて言葉では収まらないだろう。
俺は人か魔族か、どちらでもないか両方か。好きなものを選んで死ねたら素敵だ。それにはまだ時間がいる。
「だから、いいよ。殺しあおうじゃないか」
普段なら土下座して命乞いをするのだが、喧嘩を買おうという気になった。花畑が綺麗だったからかもしれない。
純粋に魔法で勝負をすれば俺に勝ち目はないが、当然対策している。
覚悟を決めて立ち上がって、フリーレンを正面に見据えた。
今にもフリーレンが魔法を放つのかと思いきや、フリーレンは杖を取り落とした。
「泣いているの?」
「え?」
呆然とした様子のフリーレンに言われて、目をこする。涙に触れて、泣いているのだと分かると、溢れて止まらなくなった。
考えてみれば当然だ。この世界に魔族として生まれて数百年、初めて人間と本格的に関わったのだ。
数年一緒にいたなんてものじゃない。会わない時期もあったが、数十年は関わりがあった。
「そうか……フランメが、死んだのか……」
改めて実感がわいた。
死に目に会えなかったなあ。もう少し、してやれたことがあったかもしれない。なんて、まるで親でも死んだみたいだ。
フリーレンは杖を拾うと、俺に見向きもせずに歩き出した。
「あ、あれ? やらないの?」
「もういい。じゃあね。たぶん、二度と会う事もないだろうけど」
フリーレンがいなくなって、しばらく墓石を眺めていたが、徐々に感情の波が落ち着いて行った。おそらく、もうフランメの死に涙を流すことは無い。合理的な種族だ。悪い事だとは思わなかった。
「ヒトとエルフとドワーフと、それから魔族。研究を続けないとな……あと、魔法も」
おそらくフリーレンが出したのであろう花に触れる。
花畑を出す魔法を、俺は習得できなかった。イメージできないからだ。俺がやると、花が数本生えてくるしょぼい魔法になる。種もない場所から花が咲くわけない。まあワンチャン種が隠れてて、何本か突然生えてくることは……あるかな? という妥協。
転生した直後、本能のままに魔法を使ったから、魔法を使えるイメージはある。ただ、どうにも科学的な思考が抜けない。三つ子の魂百までなんて言うけれど、転生しても付きまとってくるか。
ただ、前世の知識はしがらみでありながらも、アドバンテージでもある。
フランメへの手向けとして、俺のとっておきの魔法を使う。別にかっこいい魔法ではないのだけれど、きれいな魔法だ。
キラキラと夕陽に照らされて、細かな粒がダイヤモンドのように輝く。
読んで字のごとく、ダイヤモンドダストを出す魔法。
「いつかまた、お会いしましょう。師匠」
想定では二話でソリテール出るはずだったんですけれど。なぜ出てないんでしょうか。