孤独
〇月×日 ドロールの死から三十三年。
私も、彼をまねて日記をつけてみることにした。彼の狙い通りにソリテールという魔族は既に討伐された魔族として、急速に人の記憶から消えた。人から隠れて暮らしながら、たまに迷い込むように訪れた人間と平和的に会話をして情報を集めている。
ドロールは未だに帰ってこない。
こちらから迎えに行こうと考えて、最近は魔族について調べるようになった。魔族という存在の起源。魔族の祖先が言葉を発した魔物だとして、ならその魔物の起源は。
魔物はあまりにも他の動物や植物とは違うのに、どこか似た姿をしている。単純に人間と似た姿の魔物が魔族なのではないか。
ドロールの日記を読む限り、人類の共通祖先を探るには化石人類の発掘が必要だと記されていた。
なら魔物の祖先は探れない。死体が残らないから。
魔族を研究するにあたって、起源が分からないというのは少し不安はあったが、このまま続けていくことにした。
×月〇日 ドロールの死から六十六年。
魔族の研究は行き詰まった。自分の身体で出来る限りの実験はしてみたけれど、どうやら人間とほとんど同じ構造をしているらしい事しかわからない。食事の必要が人間と比べて少ない事や、人間だけでも栄養を補えるところなどが違う。
少し趣向を変えて、ドロールと同じようなことをしてみることにした。
彼がアウラにしたみたいに、なるべく生まれたばかりの魔族を拾って、人間として育ててみることにしたのだ。
なるべく人間らしい情緒を育てるために、近くの村の魔法使いに話を聞きに行った。警戒はされたものの、丁寧な態度で話せば親切に相談に乗ってくれた。
人間との会話はやはり楽しくて、またこんな感じで研究を再開したいと思う。ほんの僅かでも孤独が紛れた気がした。またドロールに会いたい。
教わった通りに、可能な限り愛情を与えて育ててみた。私の知っている人類の魔法を教えて、ドロールから聞かされた道徳心を持つのに重要そうな話をして。
けれど拾った魔族の子は十年と経たずに出て行ってしまった。
アウラはあれでかなりドロールの事を気に入っていたし、彼の話すところによれば最後には愛情を返してくれたらしい。私はうまくできなかった。
アウラが特別だったのか、単に私が駄目だったのか。相性が悪かっただけという事も考えられるけれど。
しばらくしてその子が冒険者に殺されたと知り、私は感情のままに冒険者を何人も殺した。
それで気持ちが晴れることもなく、罪悪感と共に虚しさだけが蓄積されていった。もしもフリーレンに知られたら殺されてしまうかもしれないという不安があって、けれどその結果ドロールに会えるのならいいかもしれないと思った。
でも、彼はわざと殺された後に蘇るつもりだと語っていた。待っていればきっと会えると、信じている。
■ ■ ■ ■ ■ ■
今日でドロールが死んでから九十九年になる。
拾った魔族が死んで以降、ソリテールは愛について研究を始めた。
ドロールの言っていた通りほとんどの生き物が生まれ持つもの。生き残るための利己的なものだとは思うのだけれど、たまにそれが利他的になる。
社会性のある動物は自己犠牲をする。これは利他的なものではあるけれど、その本質は群れの保存のための行動であり、広い目で見ればその”種”の利己的な行動だ。
もしかしたら、人間のような高い知性を持っている生き物は違うのかもしれない。何か、もっと違う愛情を持てる存在なのではないか。そんな願望がある。
自らのドロールへの愛情を疑った回数は数えきれない。けれど、その不安から救ってくれたのもまたドロールだった。彼は解釈は誤読でもいいと言っていた。ソリテールも好きな解釈をすることにしたのだ。
自分は心の底から愛情を理解して、それを持っていると。他の種とは違う、人間的で美しいものを。
「ふぅん……」
ソリテールを殺しに来たフリーレンを相手に、ソリテールはこれまでの事を全て話して、命乞いをした。
自分はドロールを待っていたいのだと。
「私はソリテールを赦すよ」
「……私の名前はドロールでしょう?」
「……なら、ドロールを赦す」
フリーレンはそれだけ言って去ろうとしたので、ソリテールは思わず呼び止める。
「本当に許すつもりなの?」
「ひとまず私は、ね。ドロールたちは、きっと赦されない事をしたと思う。これからみんなで償えばいいよ。人間は誰にだって幸せになる権利があるんだ」
「みんな? 魔族の事かしら?」
「……さぁ? なんだろうね。仲間が待っているから、私はもう行くよ」
■
今日で九十九年。来年になれば百だ。少し疲れて来た。
ソリテールは夜になれば星を観察するようにしていた。ドロールは空を見上げるのが好きだったから。
シリウスが綺麗だ。
「星を見ているの?」
「そうね」
いつの間にか後ろに誰かいたらしい。気配だけで魔族だと分かる。
ソリテールは空を見上げたまま雑に返事をした。この場所で空を見ていると良く魔族に声を掛けられた。
魔族は好奇心が強く、星について説明すると喜ばれるので、ソリテールは一つずつ星を指差して話す。分からない現象も多くて、例えば少し前からやけに眩しく輝いている星。
「たしか、ベテルギウスと名付けていたわ……赤みがかった星だったのだけれど、少し前から月みたいに明るくなったの」
人間達は気味が悪いと恐れている。ソリテールも理解のできない出来事に不安を感じたし、他の魔族も同じように恐怖を覚えているかもしれない。
「あれは超新星だね。やっと見れたか……」
「……え?」
「数か月はあの調子だろう。この惑星大丈夫だろうな……これで放射線で壊滅したりしたら最悪だ」
「ドロール……?」
「声で気づいてほしかったんだけれどなぁ……」
このすごく面倒くさい感じ、間違いなくドロールだと確信する。振り返って、顔を見て。すぐに見えなくなった。抱きしめたから。
百年以上もずっとそうしていたみたいに、強く抱き合った。
「ドロール……本当に、ドロール?」
顔も身体も、匂いもドロールと一緒だった。それでも、やっぱり不安になってソリテールは尋ねる。
「え、どうやって証明したらいいんだろう。とりあえずソリテールが好きだとか? えっと、あ、前世の宇宙とこの宇宙の違いで一つ気が付いたことが――」
「ドロールだわ……」
■ ■ ■
魂分離症みたいな病気を千年以上も生きて聞いたことが無かった。魔族にも人間にも、魂が確かにあるらしいけれど、それが突然離れて死ぬなんてことは無い。
人間も魔族も共通することは、死ぬことによって魂が体から離れていく。
つまり死という現象によって魂が肉体から離れていくことがすべての生命に共通しているのなら、肉体と魂を繋ぎ止めている法則もまた共通しているはずだ。
「というわけで、充分できる確信があったからやったのであって……」
「ふぅん?」
しばらくは再会を喜んでくれていたソリテールだったが、思い出したように怒り出した。ので、何とか宥めようと先ほどから説明をしているのだけれど。
「それで私をずっと独りにしてくれたのね。素敵だわ。どうもありがとう」
話せば話すほどキレ散らかしている気がする。
「いや、だから、まさかこんなに時間がかかるとは思っていなかったっていうかさ、肉体から離れた魂の時間の流れが外とは違ってて」
使用者本人の魂に俺の魔法を使った場合だけ、こういう現象が起こるらしい。俺の視点ではあれからほぼ一瞬だったのだけれど。
「とりあえず、この魔法は人間相手には使えないかな……肉体を魔力で構成できる魔族と違って。それこそ魔族なら魔力と魂を結び付けたら、魔力が勝手に魔族の身体を構成してくれるんだけれど、人間の魂をたんぱく質の塊に結び付けても多分駄目だし」
「……なら」
「ああ、アウラも生き返らせられそうだ……だから、その、ソリテールが嫌じゃなかったらさ、三人で暮らさない?」
俺の提案に、ソリテールはしばらく黙ってから。
「ところで、今日フリーレンが私を訪ねてきたのだけれど、今思い返すとまるでドロールが生き返った事を知っているみたいなことを言っていたわ」
「え……あ、いや、別に先に会いに行ったとかじゃなくて……いや、結果はそうなんだけれど、本当に偶然ばったり出会って……」
「気に食わないわね。ずっと私を置き去りにして、生き返って最初に会うのがフリーレンなんて」
「その、えっと、ごめん……ほら、一生離れないから」
「当り前のことは交換条件にならないわ」
「じゃあ、えっと、どうしよう?」
「ふふ……冗談よ。怒ってないわ。死んだこと以外は」
「あ、はい。すみません」
お互いに笑いあって、それからもう一度謝る。
独りにしてしまった事、これまで多くの迷惑をかけた事。
ソリテールと一緒に居られたなら、それ以上は必要ない。もっと早く気が付いていればよかったな。ソリテールも同じように思ってくれていたなら、孤独を与えてしまい苦しめた百年間分、贖罪をしなければ。
■ ■ ■
とある廃城を、修繕して利用させてもらっている。人間の街からは離れているけれど、挨拶はした。もうすでに魔族が嘘つきだとは知られていたけれど、
魔族が人間性を持てるかの実験をしているから、あまり近づかないようにしてほしいと伝えた。
あの子たちがどうなるかまだ分からないから仕方がない。
五人分の朝食を作っていたソリテールに、おはようを言って、コーヒーの準備をする。
「昨晩聞き忘れていたのだけれど、魔法の研究はどうなの? 聞いてみてと頼まれていたの」
ソリテールに聞かれ、そういえば最近話していなかったことを思い出す。
「一応あれで完成でもいいかなって。人間相手に使えるようにするには相当時間がかかりそうだし」
「そういえばドロールの魔法、なんていう名前なの?」
「え? 考えてなかったなぁ……一応魂と肉体を結び付ける現象を起こす魔法だから、そのままでいいのかな? ああでも、魔物とか魔族みたいな、肉体が魔力で構成されている生き物じゃないと使えないし……」
「それなら、そのままの名前がいいわ。日本語でつけてあげる」
これで完結です。
本当は全三十三話予定だったのが、もちろん二話分の話を一話にまとめたりはしましたが、かなり大幅に省略したことは確かです。
まさかそれで最後がここまで書きづらくなるとは。必要ない話はとことんカットしていいよね、どうせもう三十三にならないし。とか思ったせいで。いや、じっくり考えたら気づけたんですけれどね。さすがに今更中盤を大幅に変えるのは無理かと思い、それでも想定していた結末には近づけました。
タイトル演出みたいなのは、最終回で、最後に孤独を打ち消して魔族転生のタイトルを出したいがためにやってました。
最終話なのでちょっと解説入れたいです。
三十三話予定だったのは三位一体をイメージしていたからです。三部構成にむりやりしたのもそれ。
最終話には要素をぶち込みました。
三十三年、掛ける三で、九十九年目にドロールが戻ってきた感じ。
ソリテールの研究も、
魔族の起源=父
魔族を育ててみる=子
聖霊はこじつけられなかったので、愛の研究で代用
と、三位一体イメージです。
最後になんでソリテールが五人分の朝食を用意していたのかは、さすがに解説しないです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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