ソリテールとの共同生活(?)はそれほど悪くはなかったが、やはりというべきか、ソリテールの研究方法は受け入れがたく、十年もせずに別行動になった。
ソリテールに現代知識を与えるのはどう考えてもやばいと思ったので教えなかったが、進化論については詳しく教えてみた。それも危ないとは思うが、貴重な意見交換の機会だったのだ。
結果としては、魔族に人間心理を理解しないような改造が施されているとしてたら面白いねぇ、と言い合うだけで終わったけれど。愛おしい日々だったと言える。やっぱり……ソリテールの研究方法はエグかったけど。
俺が魔族に対して配った『読書について』というのは、すごい簡単に言えば、知識を詰め込み過ぎたら整理できていない状態になるから意味ないよー、といった内容だ。前世の哲学者のパクリだけれど、結果としてソリテールの殺人がちょっと減ったのなら良い事をしたのかもしれない。
「ん? ……良い事か?」
なんか人間の命とかどうでもいいやって時と、救えてよかったって時がある気がする。
「うーん、助けられたときは喜んで、殺すかってなった時はどうでもよくなるのかな?」
やはり、俺は魔族的でも人間的でもあるのかもしれないし、ただ単にこういう性格の魔族か人かのどちらかなのかもしれない。
ソリテールと殺しあって、だいたい百年以上。今は本格的に魔法の研究……正確に言えば魔力の研究をしている。なんとなく前世の科学的な世界観を持った状態で、魔法があるのなら仕方ないと無理やり受け入れて生きてきた。これまでも定期的に魔力や魔法について調べてはきたが、これといった成果は上げられていない。
まあ、何かしらのエネルギーであることは確かだし、ちゃんと試してはいないが、使えそうな魔法も開発中だ。
それ以外にも、新しい研究を始めた。
自分で量より質と言っておきながらも、俺は量を求めているので、今は植物学にも手を出し始めたのだ。そもそも、俺の研究は科学的な常識を持ったうえで行っているので仕方がないと思う。ブレイクスルーを起こすためにも、自分で並行的に様々な分野を研究する必要があった。
そんなわけで、少し先に人間の村がある森の奥で、植生の調査をしていると。
「うげ、フリーレン……」
二度と会う事もない、なんてフリーレンが言ってからこれで三度目の再会だ。アウラとかソリテールとかとは出くわさないのに、フリーレンとはやけに会う気がする……というかそもそも知り合ってからの期間が全然違うか。
「なんだ。ドロールか」
と、三度目の正直とばかりに殺しに来るかと思いきや、なんだかシュンとしていた。よく見てみると右腕が全部金になっている。
「右腕どうした?」
「魔族にやられたんだよ。幸い見逃してもらえたけど……師匠にお礼を言っておかなきゃね」
なんか俺がソリテールに襲われたみたいな感じで、フリーレンも似たような目にあったらしい。窮地を脱せた理由の一つに魔力制限をしていたからというのが共通しているのは、不思議と嬉しかった。
「ちょっと見せてもらっていい?」
本当に金になっている。魔法での解析では金に間違いない。
軽く腕を持ち上げさせてもらったが、比重も金と一緒らしく非常に重たい。五十キロ近くあると思うんだが、よく立っていられるな。まあ、魔法でどうにかしているのか。
「というか、こんな腕じゃ生活できないだろ」
「何とか頑張ってるよ」
「もしかしたら痛いかもだけれど、ちょっとごめん」
ナイフで、フリーレンの黄金の腕を切る。それから押し当てて、力を込めてみる。
「傷一つつかないな……金じゃないのか……? 不気味だなぁ」
イメージとしては、世界にこれは金だと誤解させて、さらにその状態を固定化しているみたいな感じかな。そこまで大規模な魔法ではないだろうけれど、いったん金ではない何かだと強く理解するのが大事だ。
そう言えば、なんか金がどうのこうのっていう魔法に覚えがあるな。
「しばらくは、この腕をどうにかしないとね」
「俺が解呪しようか? やろうと思えばフリーレンがやるより先には――」
「いや。私がやった方がいい……今後のためにも」
「それもそうか。まあ、なら、俺はサポートに徹しよう」
「どうして?」
「どうしてって?」
「別に、ドロールに私を手伝う意味なんて」
「ないわけないだろ。たった一人の兄妹……姉弟……? どっちでもいいか、兄妹弟子なんだから」
そんなわけでフリーレンの介護生活が始まった。
この介護というのが、右腕が使えない状態だからとかじゃなくて、マジでフリーレンの生活リズムが終わっているのだ。
朝はなるべく早い時間に起こして日光を浴びさせて、栄養バランスを考えてご飯を与えて、夜寝るときはなるべくリラックスできるようにいい香りのアロマを焚いたりして。
なるべく質のいい布と、干し草でベッドを作って休ませる。余裕があれば小屋くらいは作ってあげようと思う。
「なんか手馴れてない?」
ベッドに横になって、しばらくまどろんでいた様子のフリーレンだったが、急に冷静になった様子で聞いてきた。
「手慣れているのは否定しないけれど……一時期魔族を育ててたから、結局人間の心を理解することは無かったんだけどね」
「まだやってたんだ。無駄だと思うよ。私もこの五百年、ドロール以外で、人間を真に理解している魔族とは出会わなかったから」
「…………あ、ああ……なんていうか、俺のこと人間を真に理解してるって思ってたの?」
「ドロールがいった事でしょ? 前世……? が、人間だって」
なんか嬉しいな。嬉しいけれども。
「でも、最近俺は魔族なんだって思ってるよ。結局魔族として生きた年数の方が圧倒的に長いから。うっかり死ななければ、もうすぐで百倍だよ。人間としての人生が百分の一になってしまう程に、魔族として生きたんだ。フリーレンのその腕も、俺はたぶんすぐに解ける。最近さ、ちょっとだけ飛べるようになったんだ。魔族に教わったりもしたんだけど、徐々に自分の常識がはがれて魔族に近づいている。やはり魔族の脳は人とは違うらしい。思考回路も違ってくるんだと思う。そもそも、最近は魔族とばかり交流しているし」
「そうなんだ……」
「魔族と人間はだいぶ違う。どっちがいいとか悪いとか、あまり言うつもりはないけれど。ただ、最近は人間の嫌なところばかりが目に付く。自分が出来ない事でも、他人が出来なければ嘲笑うし、他人が出来ても嫉む。自分勝手に期待して、少しでも想像と違ったら勝手に失望して憎みあって。他人をずっと羨んで、平気で奪って、殺しあう。賢しらぶって、ずっと馬鹿なことを繰り返している……俺もそうだった。勝手に期待したり失望したり。自分勝手に他人の命に価値を付けて。もう、自分の事すら分からない。ただ……ああ…………そうだ。そうだった。いつからだろう……おれは、もう、人間のことが、だい――――」
「ドロール」
気づけば止まらなくなっていた俺の言葉をフリーレンが止めた。
「それ以上は、聞きたくない」
「……ごめん……」
「うん」
「……おやすみ」
「おやすみ」
フリーレンはそれ以上何か言うことは無く、目を瞑っていた。
■
俺とフリーレンにとって、数十年なんてあっという間だ。俺が手伝ったこともあってか、七十年ほどでフリーレンは解呪の糸口をつかんでいた。
前祝いに、大量の料理を用意した。俺が教えたハンバーガーが、気づいたら人間の町で流行っててビビった話をして、フリーレンに呆れられて、すごく楽しい。
「あ、そうだ。手伝ったお礼貰っていい?」
「お礼……? 魔導書ならいくつか」
「花畑を出す魔法を見せてほしいんだ」
前世の常識が、徐々に知識へと置き換わっていく。アウラに魔法を教えた後に、植物が増える仕組みを教えても、変わりなく魔法が使えたように。俺の中で科学的な知識が、あくまで知っているだけの知識へと下がっていった。より実際的で、本当なのは魔法なのだと。
長い時間をかけて、ようやくいいとこどりが可能になってきた気がする。
今花畑を出す魔法を見れば、使えるようになる。そんな確信があった。
「それくらいなら今すぐにでも……」
「フリーレン。君は風情ってものを分かってない。まずはフリーレンのその腕を解呪し終えて、盛大にお祝いしてから、そのあとに花畑を出す魔法だろ?」
「そう言われても……分からない」
「まあ、とにかく、俺の望みはそれだけだよ」
それから数か月もしないうちに、フリーレンは腕を元に戻すことに成功した。元通りになった腕を触りまくっていると、怒られて怖かった。
事前に言っていた通り、前祝い以上に豪華な食事を用意して。気が付けば近くの村人も混ざっていた。あまり魔族に気を許してほしくはないのだけれど。
フリーレンが身を隠すのに選んだだけあって、この辺りにはやばい奴は多くないし、ギリギリセーフか。
「良かったな。フリーレン」
右腕は完全に元通りだ。動くし、普通に傷がつく。試すために躊躇なく刃を入れようとしたので、全力で止めて爪を立てるだけにさせた。脈も取れるし、自在に動かせるし、何の問題もなく戻ったはずだ。
「うん……ドロール。約束の魔法だけど」
「まあ、まだあとでだ。ほら、村長が無茶振りされて一発芸をするらしい。見ものだぞ」
結局俺は、村人たちの宴会が始まってしまったことを嬉しく思ってしまった。
夜も更けて、村人が帰っていってから、後片付けを終える。
「フリーレン。じゃあ、頼むよ」
「そんな風に期待されるほどのものじゃないんだけどね」
ふわりと魔力が流れて、あたり一面に花畑が生まれた。
暖色系の色を中心に、赤白黄、桃、橙色の花が溢れて、夜風に花びらが舞った。今まで俺にはできなかった魔法……本当にきれいだ。
「うん……ついて来てもらえる?」
フリーレンを連れて、草一つない荒れ地へとやってきた。そこの土は乾燥していて、とても植物なんて生えてきそうにない。
月が薄い雲の向こうで輝いていて、濁った光が大地を照らした。薄暗さと、黒っぽい土の色とが協力し合って、まるで炭でも撒いたかのような土壌だ。常識的に考えて、ここが花畑に変わるなんて想像できない。
人に教えられるほどに理解しているのに、いつまでも使えなかった魔法。
ただ、今は出来るのだと確信した。
フリーレンのそれとは違って、比較的淡い色の花。白、水色、薄い桃色。この世界に来てから何度も見てきた、数々の花々。それが荒野を満たしていく。
いつからか、俺はこの魔法が大好きだった。フランメが好きな魔法だったからか。フリーレンがフランメの墓の周りに咲かせていたのが綺麗だったからか。アウラに教えてみて、あっさり使われてしまったことが悔しかったのか。
「やっと……やっとだ……やっと、出来た」
あの日、例えやろうと思っても俺にはできなかった魔法を。
「……ドロール。また泣いてるよ」
「え?」
目をこすると、フリーレンの言っている通りだった。
「……やっぱりお前は魔族だ。僅かだけど死臭がする……何十人と、殺してきている」
フリーレンは杖をくるりと回して、俺に突き付けた。けれど、すぐにそれを下ろして。
「ただ、そうだね……ドロール。どうして泣いてるの?」
「……たぶん、師匠を思い出したから。あの日あの時から、俺はこの魔法がずっと心残りだった。もしも俺がフリーレンの立場だったら……フリーレンは、師匠の好きだった魔法を、墓前に供えて……でも俺はあの時……もしも頼まれても、出来なかったから……ずっと、お前が…………羨ましかったんだ」
「うん。やっぱりドロールは、人間だよ」
「……言っていることが違うじゃん」
「私もよくわからないけど……ドロールは、どっちでもいいんじゃないの? どうしてもどっちかがいいのなら、いつか決められるときに決めたら? 魔族を選んだら駆除するし……その前に、人間を殺しまくるようだったら殺すけど、今は見逃すよ」
「そうか…………フリーレン。俺の事を愛してくれる?」
「え? えっと、エルフはそういった感情には疎いから」
「あ、そうじゃなくてさ。そうだな、友人だとは思ってくれる?」
「友人か……そうだね……うん……やっぱりわからないかも」
「そう。それで十分だよ。君に嫌われないようにしなきゃね」
俺は魔族に転生した。人間としての前世を持った状態で。
俺は魔族か人間か、そのどちらでもないか。あるいは、両方か。
よく人間を知っている魔族からは、一時的に人間だとみなされた。人類にしては人間の事を知っていないエルフからは、人間だと思うとも魔族だとも言われた。
俺はどちらの種族も、どこか自分とは別の生き物のように見てしまうし、どちらの種族からも、そう思われているらしい。
今は自分が人間のような気になっているが、単に、フリーレンとしばらく過ごしていたからかもしれない。
また人間を愛そう。できるかは、分からないけれど。いや、たとえ今がどっちか分からなくても、前世が人間なのだから出来るはずだ。
でも、今世の俺はどこへ向かえばいいのだろうか。
フリーレンはこれから大人しく魔法の研鑽に励むらしい。よほど敗北が響いているようだ。
俺は今更生き方を変えられはしない。
変わらず魔族について研究を進めていく。
魔族と理解し合えなくて寂しいのかもしれない。ただ単に研究がしたいだけなのかもしれない。
どちらにせよ俺の研究はこれからだ。
答えを得るのはまだ先の事。
■
「じゃあ、俺はもう行くよ」
「そう…………あれ? 見慣れない花があるね」
「え? どれ?」
「あれ、背丈の大きい」
フリーレンが指さした先を見ると、黄色い花が咲いていた。フリーレンの言う通りに、他の花と比べて背が高かった。
「あっ、前世の花。知っている奴だ……というか出せるのか……まあ、残しておくと良くないよな」
申し訳ないがその花の周辺を焼却しておく。
「あの花はなんていう花なの?」
「オトギリソウ。薬草の一種だね……気づいてくれて助かったフリーレン」
「うん。じゃあ、また」
「ああ、数百年後に会おう」
握手で別れようとしたが、どうにも我慢が出来なくなって、抱きしめた。
「じゃあね。フリーレン」
■
久々に知人と長期間過ごしていたこともあって、どうにも一人になると寂しい。誰かとばったり出くわしたりしないかなぁ。
「あら? 久しぶりじゃない」
「……アウラ?」
廃城を見学しに行くと、そこを拠点としていたらしいアウラがいた。後ろに服従させた人間を大量に跪かせて。
こういうのなんて言うんだっけ。そんな子に育てた覚えはありませんとか言えばいいんだっけ?
前半の山場その一。
作品としてはフェアじゃないかもですが、ちょっとだけ解説入れます。読まなくても大丈夫です。
フリーレンが主人公を見逃したのは、ただ単に殺したくなかっただけです。もしも魔王戦後に、今回の話の状態の主人公と再会した場合は、殺すと思います。魔族に人間への興味を抱かせかねない危険な存在ですし。フランメを思い出して泣くまで殺していなかった場合は、すごく悩むでしょう。
主人公の精神はかなり人間寄りのつもりで書いてます。あくまで、寄り、ですが。
転生してすぐに本能に負けて人を殺したのを、長い時間をかけて正当化して、魔族を知るにつれて特性だから仕方ないと言い聞かせたので、殺人という選択肢が生じた時は魔族はどんな風に考えるかを無意識に判断して、あたかもそれが自分の考えかのように感じています。
そうやってまた何人も殺してきたので、精神衛生上自分が人間でない方が都合がいいので、人間を嫌いになり始めてました。ドツボに嵌ってて笑えるね。
なので人を助けられた時は嬉しく感じ、人と接していると楽しいと思い、自分以外の誰かの殺人を忌避します。その事実を深く考えだすと矛盾に気が付くので、無意識にストップがかかって、今回の序盤みたいに混乱します。
またコメントでもあったように、長期間過ごした側に情が移りがちです。魔族の立場も人間の立場も理解できているので、基本板挟みになりますが、上記の理由からかなり魔族に寄っていました。
僅かながらでも自分に情を持ってくれるフリーレンと過ごして、またバランスが戻った感じです。
人間として生きる決意を固めれば、今までの事を深く後悔して、たぶんフリーレンと一緒に行動するようになります。
魔族として生きる決意を固めれば、人間は好きだけれど魔族にも死んでもらいたくないので、地獄を生きることになります。
いずれどちらかに傾きます。