〇月×日 フリーレンの腕解呪から五十年。
少し前にアウラと再会した。
今はアウラと一緒に暮らしている。
アウラは七崩賢が一人、断頭台のアウラとして名を馳せているらしい。その名の由来は、彼女が服従させている人間を見ればよく分かる。なんでも、強い意志を持った人間に抵抗されないように、サクッと頭を落としているのだという。
そんな子に育てた覚えはありません! いや……マジでそんな子に育てた覚えはないんだよなぁ。
改めて人間の恐ろしさを教えてみたのだが、傲慢さに拍車がかかっていた。人間にも恐ろしい存在がいるという事を何度言っても、自分が人類に負けるはずがないと言い張る。
服従させた人間の首を落としたのは、人間が抵抗してきて危険な目にあったからではないのかと説得しても、今こうして無事だからと聞く耳を持たなかった。
どうにか、アウラは人に殺されてほしくない。身勝手だって、わかっているけれど。
アウラが拠点にしている廃城から、たまに散歩を(数か月単位で)することもあるのだが、最近腐敗の賢老クヴァールと出会った。
ほんの少し話しただけだがすごかった。本当にすごかった。
書き出したら無限に終わらないので、そのうち、折に触れて書くことがあるかも。
◇月÷日 フリーレンの腕解呪から二百年ちょっと。
少し前からアウラに再教育をしてみている。
一応、まあ、念のために。
アウラに、服従した人間の首を落とすなんてかわいそうだからやめたら? と言ってみた。
驚くべきことに「一撃で頭を落とせば一瞬で血圧が下がって意識を失うから、例えそれまで意識があったとしても苦しまないので、可哀想じゃない」と反論してきた。
ちゃんと俺が教えた知識を憶えててくれて嬉しい、のだが……うーん、さすがに罪悪感が。俺のせいで尊厳を奪われた人間がいっぱいいるわけだし。
いや、たぶん俺がいなくてもどうせ断頭台のアウラとか呼ばれてるわ。
あまりその辺りに触れないように接してきたけれど、善悪や倫理観を試すような質問をしてみると魔族らしい答えを返してきた。
というか、考えるつもりがないのだろう。俺が教えた知識で、いくらでも人間らしい答えを思いつくだろうし。
とりあえず改めて、人間に成りすましているつもりになって答えてほしいと頼んでから質問する。
トロッコ問題とか出してみた。
トロッコを破壊すればいいという答えは、うん、確かにこの世界じゃそうだわ。
α月γ日 フリーレンの腕解呪から三百年ちょっと。
俺とアウラを尋ねてソリテールがやってきた。久々にソリテールと出会えて嬉しいのだけれど、ソリテールは形式的な挨拶だけをして、地下の部屋を使わせてくれと籠ってしまった。
最近、ある大きな目的のために魔法研究を行っている。
「魔力の残滓から逆算して再現する魔法」の開発を進めているのだ。
その話をしただけではアウラは理解しなかったが、雷を出す魔法を使わせた。稲妻が平行に走って、すぐに消えた。そこに残った魔力から、魔法を再現する。アウラが使ったのと同じように、魔法が再び起こる。
何に使えるのかわからないと言われたが、これは基盤となる技術でしかない。アウラが使った魔法を、そのまま再現しただけなので、罠としての使い道はあってもあまり優れた魔法とは言えないだろう。自分で撃った方が早いし。
俺の目的である魔法は、魔族を治療する魔法だ。致命傷を負って身体が魔力の粒子になって消えていっている中でも、場合によってはそこから魔族の身体を再構築できるかもしれない。
さすがにアウラも関心を持ったようで、万が一の時は必ず助けて見せると約束した。
■ ■ ■
「わぁ!! 飛んでる! 俺飛んでるよー!!」
だいぶ飛べるようになった。人は浮く! ニュートンは間違っている!
魔族からしたら歩くのと変わらないのだろうけれど、俺で言えば一輪車に乗っているような感じかな。慣れれば何とかなるけれど、スピードが出ると怖いし。
とはいえ、使いこなせるようになるのはそう遠い未来の事ではない。やはりなんだかんだ言って脳は魔族らしい。一度使えるようになると、そのほかの魔法も飛躍的に上達した。魔力の残滓から再現する魔法なんて、数百年前の俺なら絶対に使えなかっただろうし。
俺個人の魔法の練習が終われば、次はアウラに教育する時間だ。
根気強く善悪の概念を教えている。理解するのが理想だけれど、知識として知ってくれれば、まずはそれで十分だ。
人間がどういう判断をするのかを何度も教えて、いつか感覚的に判断できるようにするのだ。
魔力量の差を理解しているからか、アウラは文句を言いつつも俺の教えを聞いてくれるので助かる。悲しいけれど、僅かな恐れをこちらに抱いているようだった。
そもそも、俺にアウラを殺すことなんて出来ない。
ただ、アウラはそれを理解していない。人間の情が深い事をよく理解していてもなお、命が危険に晒された状態でもそれを優先するとは夢にも思っていないようだ。
俺は、アウラが本気で俺を殺しに来た時でも、自分の命を優先してアウラを殺すことは出来ないだろう。
俺がそう思っているとアウラに理解されると不味いな。
でも、いつかは教えよう。その時から、アウラと俺の関係が破綻するとしても。
「……ふーん? 思った以上ね」
「? 何が?」
ソリテールが部屋に入ってきて、俺とアウラの対面の椅子に座った。
廃城と言えども雨風を凌げる場所はあるし、そこの家具は綺麗なままだ。俺とアウラが一日の大半を過ごすこの部屋も、高価な家具が少し痛んではいるけれどもそのまま残っていて、埃っぽかったのも数週間と掛からずに収まった。
俺は一人掛けのソファに座り、アウラを膝の上にのせて人間心理を教えていたのだが、やってきたソリテールは興味深そうにしていた。
「まあ、いいや。とにかく続きね」
「え、ええ」
俺は普段から魔力制限をしているのだが、ソリテールは違う。少しばかり委縮した様子のアウラの頭を撫でる。
「つまりこの物語で言いたかったことはね――」
「その物語、私にも教えてくれる? 聞きたいわ」
「え? じゃあ……アウラも、もう一回話すから良く聞いててね」
「えぇ……面倒ね」
「えっと、一人の下人が――――………………」
『羅生門』
前世の日本では、多くの人が知っている言わずと知れた文学作品だ。この話の中で、下人の心は激しく揺れ動く。盗人になろうと思っても悪事を行う度胸がなく、かと思えば他人の悪事を見て正義感に駆られ、しかしその他人の悪事を切っ掛けに盗人となる。この心理を理解できれば理想なのだが。
「ふんふん」
「……?」
ソリテールの方は理解している様子……実際には経験上、人間がそういう行動をすると知っているというのが正しい……だが、アウラの方は心底理解できない様子で頭をひねっていた。なんか楽しいな。家族みたいだ。例え俺だけが一方的にそう思っていたとしても、虚しくはなかった。
「つまり、許せないと思ったすぐ後に、まったくそれと同じ行動に出たわけ? 馬鹿じゃないの?」
「馬鹿なんだけどさぁ……うーん、人間って結構馬鹿だから。魔族ほど合理的ではないんだよ。でも、それを、人は大切にしているんだ」
「アウラには分かりづらいのかも。人間の心は変わりやすいの。勇気と決意を持って挑んできた人間達が、仲間を差し出しながら命乞いをするのは珍しくない事だわ」
「うん。ごめんソリテール。教育に悪いからその例えはやめてくれ……あー、じゃあ、死人の髪を抜いていた老婆の行動は悪かどうか、考えてみて。あ。えーっと、悪かどうかってだけじゃ考えられないか。下人が、老婆のその行動に怒った理由を考えてみて。時間をかけてね」
「ん-?」
「死体でしょ? 別にどうしようと構わないじゃない」
「だから、それを人間が嫌がる理由を考えて。ソリテールと相談してもいいから」
俺が言うと、アウラはちらりとソリテールに視線を向けた。それからソリテールが話し出して、徐々にアウラはソリテールと話し合いを始める。ソリテールが乗ってきたのは意外だな。興味本位なだけか。
アウラが求めているのは、俺に気に入られるような答えだが、この問題にそんなものはない。
そもそも倫理上の問題に絶対の答えなどあってはならないのだ。
様々な問題があるが、それらに未来永劫答えが出ることは無いだろう。価値観によって、宗教観によって、文化や社会制度によって、人の答えは変わる。場合によっては、答えを出すこと自体が倫理的でないことだってあるわけだし。
もっとも倫理的な行動とは、考えることだ。決めつけないで、思考停止をしないで、答えが永遠に出ないと知っていてもなお、考え続けること。意見を出し合って、それを尊重し合えたら、きっと少しずついい方向へ向かってくれる。
たとえ見せかけでも、アウラが表面上倫理的な行動を起こせるように、少しずつ知識を教える。
結局アウラは、人間は死んだ後でもプライドを大事にするという、合っているような致命的に間違っているような、そんな答えを出した。
■
寝室はそれぞれで別にしているのだが、ある晩アウラがやってきた。
一緒に寝ようという事だった。
どういうつもりなのかはわからなかったが、断る理由もない。いつかのように、アウラを抱きしめながら眠りにつく。
夢を見た。不思議と夢だと気が付いていながら、俺はそれを見ていた。
俺はフリーレンと一緒に旅をしていた。フリーレンは行く先々でおかしな魔法を集めるために危険なことをして、俺は文句を言いながらそれに協力する。夢の景色なので詳細はわからないが、俺はどうにか魔族であることを隠していた。角が小さいので何かを被れば誤魔化せるかもしれないし、隠せるような魔法を編み出したのかもしれない。
綺麗な街並みを二人で歩いていた。
二人で協力して魔族を殺して、食事を共にする。俺の話にフリーレンが笑ったり、呆れたり、怒ったり。不機嫌になったフリーレンを慰めようと奮闘して、却って機嫌を損ねたり。
そんなある日。魔王直属の七崩賢の一人、断頭台のアウラと遭遇する。説得しても無駄で、アウラとフリーレンが殺し合いを始める。
夢の中の俺は激しく悩んでいた。激しく悩んで、ついに、せめて自らの手でとアウラを――――
「おぁ……うえぇ……ゴッ、グぁ、あ、ぺっ……はぁ……はぁ……ぁ、おぁ」
ベッドから慌てて起きて、廃城の割れた窓から外へと飛び降りて吐き出した。夕食に食べたシチューらしきものが零れて、口の中に嫌な酸味が広がる。それを唾液と一緒に吐き、息を整えていると、また胸に焼けるような不快感が広がって、泡と液体だけが口から零れた。
「あ、ははは……魔族もストレスで吐くのか……勉強になったな」
それから呼吸をしばらく整えてから。
「見世物にはなりたくなかったな。面白かった?」
「ええ! とても」
「そりゃあ良かったよ」
気が付いたら側らにいた、ソリテールに声をかける。ソリテールはどこか上機嫌に返事をした。ソリテールの事は好きだけれど、こういう時は本当にいい性格をしていると思う。
どうせソリテールは、俺が魔族として生きるべきか人間として生きるべきか悩んでいることに、とっくに気が付いていただろう。気が付いていなかったとしても、今この瞬間の俺の状態で察したはずだ。
「アウラと一緒に寝ていたの?」
「家族としてな。以前は……拾ってからある程度身体が成長するまでは、毎晩そうしていたから」
「ドロール。もしかして君は、気が付いていないの?」
「なにに?」
「普通の魔族は、そんな行動を取らないわ。わざわざ君の部屋を訪ねて眠ろうとするなんて」
「前もあったよ。日記に、アウラを殺すべきか悩んだ、みたいな内容を書いているのを見られたんだ。気を付けているから今回は日記を見られてはないだろうけれど、もしかしたら何か感じるところがあって、今日もそうしたのかも。俺に情を抱かせて殺させないため――」
「普通の魔族なら。もっと単純な方法を取るはず。黙って側を離れて、どこかへ逃げるはずだわ」
ソリテールにその言葉を言われたときの、俺の感情の動きを言い表すのは難しい。ありとあらゆる感情が同時に現れて、それを脳が順番に処理し始めた。処理できない感情もあった。喜びも怒りも憎しみも悲しみも、何もかもがせめぎあって、あらゆる感情がぶつかり合った結果、結局理性が残った。
意識して。心を削いで。感情の波は凪いだ。奥の方でさざ波が光り輝いていたけれど、見えないふりが出来る程に落ち着いた。
ソリテールの発言はワザとだろうか。俺の反応を見るために、思ってもいないようなことを言ったのではないか。あれ程までに人間や魔族の事を”理解”していて。
「アウラの持っている知識は俺から与えられたものに偏っている。アウラの思う合理的な行動と、普通の魔族の合理的な行動が違ってくることくらい、君なら分かるだろう?」
「そうかしら? でも、君が言うのならそうかもしれない」
「……まあ、最近はアウラも嘘がうまくなったのか、いまいち真意が読めない時が増えたけれども。ところで、俺とアウラを尋ねてきたのも、この家族ごっこが見たかったんだろ?」
「そうね。でも、少なくとも君は家族ごっこのつもりじゃないみたい」
「ああ。アウラは俺の家族だよ。たった一人の」
「アウラはそう思っていなくても?」
「……魔族にも好き嫌いがあるだろ。アウラは俺の事が好きだよ。それが人間的な友情とは違ったとしても、家族愛を理解していなくても。アウラは俺に対して好感を持ってる。それだけで……いや、そうでなかったとしても、俺はアウラの事が大好きだ。人間からも魔族からも、理解はされないだろうけれど」
魔族にだって喜怒哀楽の感情はある。おそらく人間が、もっとも人間らしいと感じるであろう心を持っていないだけだ。
愛情がない。友情に似たようなものは魔族同士でもあるが、それは相手の魔法や魔力量に敬意を持っているというようなものも多く、人間のそれとは少し違う。家族の概念がなく、親子愛もない。
ソリテールに言ったように、アウラは俺の事が好きだ。人間の抱く好きという感情とは異なっていて、さらに、人間以上に打算や合理的な判断をした上での感情だけれど。
寝室に戻ると、アウラは起きて、ベッドの上に座って俺を待っていた。不安そうな表情を一転、笑顔を浮かべて、それからすぐにハッとして拗ねたように顔を逸らす。いつの間にか、表情を作ることまで上手くなっていたらしい。本当に、生き生きと感情を出しているみたいだった。
嘘がうまくなっただけだと、理解している。理解していてもなお、期待していた。希望を捨てられない。起こるはずのない奇跡を待ち望んでいた。
「どこに行っていたの?」
「ちょっと外の空気を吸いに行っていたんだ。ごめん、アウラ。寝よう」
先ほどと同じようにアウラを抱きながら、掛け布団を被せた。アウラが寒くないように、しっかりと両腕に力を籠める。
「何か、悩んでいるのかしら? 良かったら聞かせてくれない?」
しばらくしてアウラが言った。
俺を心配しているようにも、弱みを握れるかもしれないとほくそ笑んでいるようにも聞こえた。
「じゃあ。聞いてくれるかな?」
知らずの内に、俺は口を開いていた。
人間として生きるべきか、魔族として生きるべきか、いつか決めなければならないと思っている事。
アウラの事は言わなかったが、人間として生きるとなると魔族と戦わなければならなくなるかもしれない事。
俺の心は、どちらかというと人間に近いのではないかという事まで、すべて話してしまった。
「まあ、別に、今すぐ決めなきゃならない事じゃないから」
俺はアウラの頭をなでて、前髪の上からアウラの額にキスをした。
アウラはしばらく黙っていたが。
「『おやすみなさい』」
と、日本語で言った。
「『ああ、お休みアウラ。また明日……愛してる』」
「『……ええ、また明日』」
前回に続いてまたあとがきを長々と書いてしまいそうで、先に謝らせてもらいます。
超々高評価、感想をよろしくお願いします。
また、誤字訂正助かっています。お礼申し上げるのが遅くなってしまい申し訳ありません。
また魔族と人間とで揺れるような展開が少し続きます。疲れてしまうかもしれませんが、前半のラストまでには決まりますので、良ければ見届けてくださるとうれしいです。
あくまで筆者個人の考えとしては、魔族に情が移るのはおかしくない事のように思います。
喜怒哀楽があって、魔族同士という事なら一応まともな会話が出来て、マハトがシュラハトを不器用ながら気遣う場面も原作で有り、致命的なまでに人類の敵である事以外は、人間が情を持つには十分かなと。
理解できるよ、という人は、魔族に情を持ってしまったばかりに、主人公可哀想だなと思ってください。
理解できないよ、という人は、異常な考えを持ってしまって、主人公可哀想だなと思ってください。
アウラの性格改変(?)をタグに書いた方がいいか悩みましたが、性格が変わっているのか、知識があるからそう見えるのかの判断は任せるので、書かない事にしました。
この小説を書いてから、すごくアウラの事が好きになりました。もちろん前から好きだったのですが、前以上に。
アニメでのアウラのシーンを見て、辛いと思ってしまいました。
あと、剣の柄に指を這わせるアウラ様がとってもえっちでした。
アウラ好きだなと思った方は、アウラの小説を書くことをお勧めします、もっと好きになりますよ。