魔族転生   作:ゆうたんたん

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焼き焦がすもの:日記6

 〇月×日 ソリテールと別れて数年。

 

 

 研究のためだと嘘をついて、ソリテールのもとを離れて数年がたった。やけに時間の流れが遅く感じられる。

 

 

 研究のために離れたのは嘘だが、研究自体はもちろん続けている。死ぬまでに、何かしら形には残したい。魔力の痕跡から元の形を再現する魔法は、正直これ以上改善の余地がないし、初心に帰って毒蛇の血清を作った。結局三十人ほどに犠牲となって貰ったが、少ない犠牲だったと捉えるか、理由があっても殺し過ぎだと捉えるかは後世の人間に任せる。一応、滅茶苦茶にやばい極悪人を選んだことだけは主張させてもらうけれど。

 作り方は広めたが、この世界に科学的下地がないので、これで大勢を救えるかと言われると微妙だ。

 

 

 少し前に面白いものを見れた。

 封印されたクヴァールだ。クヴァールは人を殺す魔法で大暴れしていたらしいのだが、あんな風に封印されたという事は、誰もクヴァールに勝てなかったのかな。封印を解いてあげようとも思ったのだが、さすがにクヴァールは人を殺し過ぎている。俺としてはこのまま眠って貰いたいところだ。

 俺はクヴァールを尊敬している。彼の魔法は、人間の立場からすれば脅威だが、美しい構造で好きだ。人間の立場からすれば……なんて書いたが、どうせ人間はいつか再現して使うだろう。同族同士の戦争で。

 

 俺がクヴァールについて最も興味を持っているのは、彼の魔法ではない。彼の精神だ。

 魔族でありながら、些か達観し過ぎている。

 長く生きれば魔族の精神も成長するのかもしれない。

 ならば、充分な知識を与え、充分な時間があったならば、魔族も愛情を理解する日が来るのではないか。

 

 

 そんなわけ無いか。

 

 

 

 

 〇月β日 前の日記から三日後。

 

 

 なぜだか四人パーティーで旅をしているらしいフリーレンを見つけた。

 護衛任務で小銭稼ぎをしているのかとも思いきや、なんか僧侶の魔力がやばい。いや、俺よりは少ないんだけど、本当に人間か疑う程だった。

 

 勇者が俺に気が付くなり剣を抜いたので、とりあえず全力で土下座した。それでも容赦なく襲い掛かってきたので、仕方なく応戦しようとしたところで、フリーレンが止めてくれた。

 ほんの一瞬向き合っただけだったけれど、この勇者強いな。

 

 

 

 勇者一行が、俺の話を聞いてくれるというので、包み隠さず全部話すことにした。

 俺は前世の記憶があり、その前世というのが人間である事などを。

 

 怪訝そうな表情を浮かべていた彼らだが、フリーレンがひとまず信じて大丈夫だというと、こちらが不安に思うほどあっさりと警戒を解いた。

 

 それから俺の前世の世界の話をすることになった。フリーレンにもほとんど話したことが無かったのだが、やはり魔法がないとか魔物がいないとか、常識があまりに違ってぴんと来ていない様子だった。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 そこまで日記を書いて、フリーレンと話そうと思い立った。

 

 今日はここで野営をするらしく、フリーレンは焚火に当たっていた。フリーレンの横に座ると、視界の端でヒンメルがこちらに向かってくるのが見えた。なんだかんだ言って、俺を警戒しているのだろうか。

 

 フリーレンと一緒に魔王様を倒そうというだけあって、勇者一行はかなり化け物ぞろいだ。

 

 ヒンメルが俺に斬りかかろうとした時はまったく動きが見えなかった。後、イケメンでなんか腹立たしい。

 アイゼンも一見分かりにくいが、やはり化け物だ。川で魚を取っていたけれど、当然のように水面を駆け抜けて手づかみで何匹も持って来たし。

 ハイターは分かりやすい。人間で、あの年齢で、あの魔力。どうかしてるよ。なんか二日酔いで死んでるけれど。

 

 フリーレンは言わずもがなだ。前と違っていきなり魔法を俺にぶっ放しては来なかったが、突然攻撃されるんじゃないかと内心ビビってる。あと、器が小さくて自分でも嫌だけれど、ちょっとだけ嫉妬してしまう。

 

「……しかし、フリーレンが誰かと旅をするなんて。なんか余程の理由でも?」

「大した理由はないよ」

「そう?」

「うん」

「……」

「……」

 

 ちょうどヒンメルがやってきて、焚火を挟んで対面に座った。いかにもこちらに興味はないといった雰囲気で、ワザと俺とフリーレンを見ないようにして、焚火に手をかざす。

 

「そういえば一人になった後、ちゃんと生活できたの? 朝起きれた? よふかししてない? フリーレンの事だから、魔法に関してはだらけてないだろうけれどそれ以外は?」

「う……ん、問題、なかったよ」

 

 歯切れの悪いフリーレンに、じっと顔を見つめると、ふいっとそむけた。その様子がおかしくて思わず笑ってしまう。フリーレンはそんな俺を不満げに睨んだが、結局小さく笑みをこぼして……殺気を感じた。

 

 なんかすごい顔をして、ヒンメルが俺を睨んでいる。それから青ざめてフリーレンの方を見て、また俺を睨んだ。殺気が色を持って見えそうなぐらいだ。

 

「ふむ……そういう事ね」

 

 どうやったら一番面白いかなぁ。

 

 

「ああ、そうだ。フリーレン。俺のこと、愛してくれる?」

「は?」

「え? えっと、前も聞かれたけれど……やっぱりわからない」

「ふぅ……」

 

 どうやらヒンメルは、フリーレンの事が好きらしい。

 軽く悪戯してみたのだが、想像以上の反応だ。

 

 あくまでフリーレンに聞いたのは、花畑を出す魔法が使えたあの夜に聞いたのと同じ。俺を友人として見て、親愛を向けてくれるかという意味なのだが、当然ヒンメルにその前提はないので騙される。

 ヒンメルは俺の質問にガチギレして、フリーレンの回答に全身の力が抜け切ったように安心して。

 

「ただ――」

 

 と、俺の想定通りの返答をしたフリーレンが、言葉を続けて。

 

「うん……努力してみるよ。ドロールが人間として生きるのならね」

「え?」

「あ、あがががが」

 

 予想外の言葉に、俺は思わず呆けて。

 ヒンメルは壊れた機械みたいな音を出しながら前向きに倒れ――

 

 

「ちょぉおおい!! 前に倒れたら焚火にダイブ!!」

 

 慌てて支えた。

 やり過ぎた。ごめん。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 夜になって、夕食の準備をしている勇者パーティーを手伝いつつ、ヒンメルと話すことになった。

 

「しかし、君たちは俺の前世が人間だって良く信じるね? 魔族の事を知らないわけでもないだろうし」

「そうだね。魔族には苦い記憶もあるし、簡単に信じることなんて出来ない。前世の別の世界というのも、あまりピンとこないな」

「あー、まあ、さっきも言ったように魔王も魔族も魔物もいないし、ついでに魔法もない。種族も人間しかいないし。言語とか地理、文明も全く別物だよ。当たり前だけれどね」

「興味深いな……知る事のなかったはずの知識だ……良かったらまた話を聞かせてくれるかい?」

「うん、もちろん――――いや、そうじゃなくてさ。魔族を理解しているんだろ? なら、なんで魔族である俺を疑わないの?」

 

 ヒンメルはスープをかき混ぜていた手を止めて。

 

「フリーレンが、君は大丈夫だと言った。それだけで十分さ」

 

 格好いい事を言った。いや、態々前髪を払いながら言ったから、格好つけたんだろう。

 それでも、それが本心であることは察せる。

 

「ゆ、勇者だなー……」

 

 別にフリーレンは俺のものでもなければ、本当の妹というわけでもないのだけれど、こんな人に任せたい。ちょっと我ながらキモい考えだな。

 いやでも、こいつ逃がしちゃダメだろフリーレン。

 

「あー……さっきは悪かったよ。勇者ヒンメル。ちょっと悪戯が過ぎた」

「あ、ああ……うん……」

「あの、本当にフリーレンとは何もないからね? 兄妹弟子っていうだけでさ。俺が好きなのは、別の女の子だし……魔族の女の子なんだ」

「そうなのか?」

 

「うんうん。俺が好きな子はね、人間が大好きな女の子なんだ。人といっぱいお喋り出来たら幸せっていう感じの……かわいいでしょ? 賢い所とかも好きだし、笑顔が可愛いとことか……あとは、髪も好きだな。綺麗で。服のセンスも好き。大好きなところはいっぱいあるんだけれどさ、でも実際、好きだって思ったのが先なんだよね。後になって、論理的に好きなところを決めている感じでさ。好きだなっていう、直感が先なんだ。愛したいなと思った。その愛を、もしも同じだけ返してくれたのならば、どれだけ素敵だろうって…………ただ愛を送るだけで、永遠に帰ってこないのだとしても、捨てられないんだよ。とても、とても大事な気持ちだから」

 

「……」

 

 ヒンメルは俺の言葉に目を瞑って、小さく微笑んでから、悲しそうな表情で俺を見た。

 

「ああ。君の言う通りだ」

 

 

 

 

 

「ところで、君の言うその子は本当に魔族なのか?」

「え? あー……う、うん。嘘はー、言ってないかなぁ……うん、嘘ではない……」

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 結局俺も夕食を一緒に食べることになった。いや、というかフリーレンが俺の事を疑っていないからと言って、魔族の事を信じすぎじゃないか?

 

「そういえばドロール。僕たちは魔王を倒しに行くわけだが、その、思うところはないのか?」

「え? ないけど」

 

 まあ、結構お話しした仲だけれど、どうにも根本的に合わないというか。

 正直、アウラとソリテール以外の魔族がどうなろうと知った事ではない。

 

「そういえばさっきはヒンメルのせいで聞けなかったけれど……決めたの?」

「え?」

 

 フリーレンが言った。小さな声だったが、不思議と深刻な内容なのだと察せられる、重い声色だった。

 

「人間として生きるか、魔族として生きるか」

「あー……そうだね」

「いや、決めてないならまだいいよ」

 

 答えあぐねていると、それをどう思ったのかフリーレンの方から話を打ち切った。

 

「ううん。たぶんだけれど、人間を選ぶ。人間として生きるよ」

「え?」

「だって、まあ、精神はほとんど人間なわけだから。研究せずにはいられないところとか、ふとした時に極端に合理的な判断をしてしまうところとか、やっぱり魔族っぽい所はあるとは思うけれど……」

「そうなんだ……よかった」

 

 俺としては消極的な決断なのだけれど、フリーレンはそう言って笑ってくれた。それだけで救われる。

 

「ああ。そう言ってくれて嬉しいよ。フリーレン……」

 

「ヒンメル!! 剣を抜かないでください! 食事中ですよ!」

「うるさい! 僕にはやらなければならないことがあるんだ!」

「信じられんな。俺より力が出てる」

「アイゼン! もっとちゃんと抑えて!!」

 

「ヒンメル……? どうかしたの?」

「あっ……ふっ、なんでもないさ」

「でも、剣を……」

「あ、ああ! えっと……そうだ。ヒンメル。さっきの話の続きなんだけれど、俺の前世の事を知りたいって言ってたよな?」

 

 不審そうに言うフリーレンに、俺としても変なところでヒンメルに恨まれても困るので助け舟を出す。さすがに露骨な話題変更だったが、フリーレンなら誤魔化せるだろう。

 

「あ、ああ! ぜひ教えてくれ!」

 

 というわけで、日本について話すことになった。日本について紹介しても、あまりにも世界が違い過ぎてわかりづらいだろうから、一生使えない日本語を教えるのがメインだ。学ぶことに意味なんてないだろうに、異世界の言語として面白がってくれた。

 

「まずはありがとうから。『ありがとう』」

「ありーとあ?」

「あ、うん。そうそう。そんな感じ」

「『ありがとう』」

「お、おお……フリーレン上手いな」

 

 フリーレンの日本語を初めて聞いたけれど、やっぱり綺麗な声をしているよな。

 

「次はどういたしまして。『どういたしまして』ね」

 

 それからしばらく、『ごめんなさい』『こんにちは』『さようなら』『これはペンです』などの日本語を教えて、その日は眠ることになった。

 

 

 誰も気にする様子はなかったが、ちょっと離れた方が寝やすいからと言って、俺の寝る場所だけを離れた位置に移動させた。

 

「……フリーレンが少し変わるのもわかるな」

 

 以前のフリーレンなら、愛してくれるかという質問に、努力するなんて返事は出来なかっただろう。彼らと旅をしてまだ数年らしいが、その極僅かな時間で、影響を受けている。その理由がよく分かった。

 

 

 のんびりと夜空を眺める。適当に星座を作ったり、明るい星に勝手につけた名前を思い出したり。昔、一番明るい星に、前世と同じシリウスという名前を付けた。アウラとソリテールにしか話していないので、本当に勝手につけただけだ。

 研究が大好きだった頃が懐かしい。

 やはり、あれは魔族の習性でもあったのだろう。今もなんとなく研究したいなぁと思ってしまっているし。

 

 

「眠れないのかい?」

「勇者ヒンメル。すごいね、君たちは。俺が言いだすまで、魔族である俺と近い位置で寝ようだなんてさ。寝首を搔けないほど、俺を弱いと思ってる?」

「いいや」

「フリーレンが疑っていないから?」

「ああ。でも、気が付いているだろうけど――」

「油断しているわけでもないと。あはは、魔族相手に油断していない程度か……そこまで仲間を信じられるなんて、信じられないよ。やっぱり、すごいな」

 

「いや。あのフリーレンが、魔族である君に敵意を向けない時点で、察せられるものがあるさ」

「あー……まあ、魔族に容赦ないからね、フリーレンは」

「もちろん、君がフリーレンの友人だから信じるというのもあるね」

「ふーん?」

 

 やっぱり、フリーレンが羨ましいと思った。

 

 

「なあ、俺を仲間に入れてくれない?」

「仲間に?」

「ああ、ちょっと倒す魔族に条件を入れさせてもらうけれど、その代わりに、出来る限りの情報を渡す」

「……なるほど」

 

 

 俺の言葉を受け止めるように深く頷いて。

 

「断らせてもらう」

 

 

「……なんで?」

 

「僕は楽しく冒険がしたいんだ。馬鹿馬鹿しくて、けれど、気が付いたら世界を救っていたような楽しい旅が。君を連れては行けない。死ぬために戦おうとする君は」

「…………なんだか、そこまで見抜かれていると、最早怖いね」

「……僕でよかったら、君の話を聞かせて欲しい」

「俺の話?」

「ああ」

 

 常識的に考えて、今日会ったばかりの人間に、俺の個人的な話をすることはあり得ない。はずなのだが。

 人間と会話することが随分と久しぶりであることや、そもそも俺の話を相談できる相手などいないことなどがあって、気が付けば話し始めていた。

 

 俺は自分の精神を、やはり人間だと思っていること。

 しかし魔族に親しい子がいて、どうにも精神が不安定になっていたこと。

 生まれて以来、精神的な疲労はずっと感じ続けていた。

 

 そんな中でも、アウラとの日々は楽しかったし、満たされた。何も考えずに、幸福な日々を過ごせているみたいで。

 

 ソリテールを好きになったのはいつか分からない。出会ったときは殺されそうになって、その後もいい印象を持ってはいなかったような気もする。それなのに、今思い返せば、はじめから好きだったような気もする。自分の恋を美化しているだけかもしれない。

 

 

 アウラに対しては大丈夫だったのに、ソリテールに対してはダメだった。

 

「反応のない壁に、延々とボールを投げるのだって、傍から見たら虚しく思えても、案外やっている当人は楽しいのかも知れないな……」

 

「? 突然何の?」

「ヒンメルとフリーレン、君たちの事だよ。フリーレンは君からの愛情を理解しないだろう。でも、未来永劫分からないわけじゃない。永遠に理解できないと諦めているわけでもない。君がそれを望むかは別として、愛し合える未来はあるかもしれないし……そもそも、フリーレンは無自覚かもしれないけれど、多少なり君に親愛を向けている」

 

 ヒンメルは、一瞬だけ反論しようとした様子だったが、すぐに口を噤み、俺の言葉を深く理解しようと努めているみたいだ。

 

「でも、俺の場合は違う。あの子は、とっくに俺がどういう感情を持っているか察しているだろう。そのうえで、目を見ればわかる。言葉を交わせばわかる。愛情を理解しようとも思っていない。興味深い、よくわからない感情を持っている俺を、見慣れない街を観光するかのように見ている。関心はあっても、あくまで観光だ。そこに住む気なんて一切ない。ただ、通りすがりに見物するかのようだ。あの目が、いつか変わるのか? 変わるかもしれない……ひょっとしたら、これは俺の被害妄想で既に俺の事を想っていてくれたりして。なんせ千年間無理だったから、先入観は強くなっているし…………今は違っていても、いつか愛情を理解して、俺を好きになってくれて、そのまま一生愛し合えるのかもしれない。それを気長に待てばいいと思った。でも、もとから限界だったからかもしれないけれど、あっという間に無理だってなったんだ。全く反応の返ってこない、奈落の底に愛情を投げ続けるのは」

 

 シュラハトに、愛されているなと言われてからずっと考えていた。考えないようにしても、それは却って沼を深くして、抜け出せなくしただけだった。

 シュラハトが完全に嘘をついているのなら、考えるまでもない。アウラもソリテールも、ある程度の好感を俺に持っているのは確かだ。ただし、俺の望むような、人間が持つ深みのある何かではない。

 

 シュラハトが本当のことを言っているのなら、嬉しい。でもやっぱり、愛されているというのは、簡単には信じられない。彼は俺を殺したかったと言っていた。これが本当だとしたら、シュラハトは俺を殺さなかったのではなく、殺せなかったのだ。

 

 だとすれば話が変わってくる。ソリテールやアウラが向こうを裏切ったのは、俺が勝つからじゃないのか? 愛情なんて言う、魔族らしくないものをわざわざ用いずに説明出来るのだ。

 

 

「……それなら、なんで人間を選ぶんだ?」

 

 長い沈黙があって、ヒンメルが慎重に言葉を選ぶようにして言った。

 

「消去法だよ。俺が魔族として生きていけば……魔族にとって利のある行動をし続けていれば、いずれフリーレンと出くわすこともあるだろう。その時に俺はフリーレンを殺せない。フリーレンに殺されて終わりだ。人間として生きれば、俺を危険視したソリ……さっき言った俺の好きな子が、俺を殺しに来る。どっちを選んでも殺されそうなら、せめて愛した人に殺されたい」

「それなら選ばなくてもいいんじゃないか?」

「うん、俺も選ばないつもりだったよ。どうせ俺が何をしようが……いや、とにかく、選ぶ必要がないと思って、どこかほっとしてしばらく過ごしてた……でも疲れたんだ……ヒンメルの言う通りだよ。俺は死にたいから人間になるんだ。あの子(ソリテール)か、あるいはあの子(アウラ)に殺されるのなら、それがいいんだ。それならもう全部捨てられる。諦められるから」

 

 

 ヒンメルはすぐに何か言葉を返しては来なかった。立ち去ることもしなかった。黒く粘り付くような空気が、ヒンメルの身動きを禁じてしまったみたいだ。

 対して、俺はどこか解放された気分。これまで頭の中で何度も繰り返してきたことでも、言葉にしてしまえば、簡単なことだった。それも、とても人間らしい。いろいろと状況が複雑だけれど、要は、好きな人に振られたから死んでやるっていうだけの事だ。千歳を超えて、こんな女々しい事があるだろうか。女々しいどころか、自刃するでもなく、好きな人に殺されたいって? 病んでるね。

 でも、俺がそんな理由で死ぬのは正しい気がした。

 

「僕はね。数年間の冒険で、フリーレンのいろんな表情を見てきた」

「え? うん」

「君が人間として生きると言ったとき、本当に心から、嬉しそうな顔をしていたよ」

「……そうだね」

「だから、僕も君には人間として生きて欲しい。ただ、このままでは君は人間として生きられない」

「どうして?」

「生きるというのは、失望を抱え続ける事じゃないからだ。人は希望を持って生きるんだ。失望の果てに人間として生きようとしても、それは全く別のものだ」

「ふぅん? なら、もっと俺に苦しめと?」

 

 言ってから、悪意に満ちた質問だったと気が付いて後悔した。

 別に俺は、ヒンメルを困らせたいわけじゃないんだ。感情的になって失敗した。

 

「そうだ」

「そう……え?」

「僕に君の苦しみを理解することは出来ない。生きている年数が違い過ぎるからね。どれほど悩んだ末、今この場にいるのか。その一端すら僕は感じられないだろう。それでも、一つだけ僕が言いたいのは、後悔や惰性でその選択をしてほしくないという事だ。フリーレンが悲しむ。そして……君も」

「俺も? あはは、フリーレンはわかるけれど、俺の事も心配しているの?」

 

「当り前じゃないか。さっきも言っただろう? 君がフリーレンの友人だからだ」

 

「……勇者だね」

「ああ」

「本当にすごいなぁ、また流されてしまいそうだ。ああいや、でも、希望を持って生きるってどうすればいいんだよ?」

「…………これを君に話すことは、人類にとって恐ろしいことかもしれない。でも、僕のこれまでの旅の話を聞いてほしい。これまでの冒険で、途中まで誰かと道を共にすることがあった。観光のつもりで、ある都市を訪れたいという人を無事に送り届けたんだ。僕は、彼を故郷に送り届けるつもりだったが、彼はその都市に永住する決断をしたんだ。観光のつもりだった彼が」

「…………ごく一部の例外でしょ?」

「今言っただろう? 希望を捨てるなと」

 

 なんだか、してやられた気分だ。あくまで比喩表現で、観光なんて言葉を出したのに、実例でそれに反論された。

 

「そう……単純なのかな……流されてしまいそうだ。今度は人間の勇者に」

 

 

 千年以上苦しんだ。でも、もう百年だけでも、希望を捨てないで見ようと思ってしまった。

 

 フランメに影響され、アウラに情を持って、ソリテールと知り合って、フリーレンと友人になりたいと思って。

 

 今回に至っては、ヒンメルと少し言葉を交わしただけで、もうちょっとだけ頑張ってみようなんて思ってしまった。

 

 今自分で言ったように、俺は単純なのだろう。あっちへふらふら、こっちへふらふらと彷徨い続けて、流されるのにも慣れてしまった。でもそれ以上に、勇者ヒンメルに、希望を持ちたいと思ったのだ。

 

 

「そうだヒンメル。俺が勝手に名前を付けただけなんだけれど、あの青い星が見えるかな?」

「青い星……ああ、あれか」

「観測した限り、あれが一番明るくてね。シリウスっていう名前を付けてみたんだ」

「しりうす?」

 

「ああ。俺の前世において、夜空で一番の星に付けられていた名前だよ。意味は『焼き焦がすもの』」

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

 

「ごめんねフリーレン。もう少しだけ、考えてみることにした」

「……そう」

「まあ、ちょっと魔族ともう一度過ごしてみて、やっぱりダメだって思ったら……いや、それでもプランBだな」

「ぷらんびー?」

「あー……まあ、人間として生きつつ、魔族との共存を目指す計画だよ……希望は、捨てないことにしたんだ」

 

「共存、か…………うん。まあ、いいよ。ただ、前も言ったけれど……私は魔族に容赦しないから」

 

 ほんのわずかに殺意を向けられたのは、人間を選べよという脅しか、どちらでも構わないという突き放しか。いい加減フリーレンにも愛想をつかされそうだ。

 自分でも、情けなくて笑えて来る。さすがに、あと百年以内に決める。

 

「ああ、それでいいよ。またね! フリーレン!」

 

 俺の返事に頷いてから、フリーレンは少し離れた場所で待つ勇者一行のもとへ歩き出す。

 

 

 そう言えばヒンメルにはお礼を言えてなかったなと思って、フリーレンを追い越してヒンメルの肩を抱いた。

 

「なあ勇者君。もう一つ日本語を教えてやろうか?」

「あ、ああ。なにかな?」

 

 

 

 勇者にある日本語を何度か話して、そこそこ綺麗な発音で言えるようになったので、それから意味を伝える。途端に表情が溶けた。

 あまりにも大げさな反応をしたが、追い打ちをかけるように。

 

「そんなんじゃ一生伝えられないからね。伝わらないように、まずは言ってみなよ」

 

 とだけ伝えて、またフリーレンとすれ違って別の方向へ進む。

 

 

「ドロール!」

 

 

 フリーレンが俺を呼び止めた。何か用でもあるのかと思えば、フリーレンも、どうして呼び止めたのかわからないといった様子で、しばらく黙っていて。

 復活したヒンメルが、先ほどまでほとんど顔が崩れていたとは思えない、キリっとした表情で。

 

「ドロール。約束してくれるかい?」

「……何を?」

「……人間として、堂々と生きる未来を」

「……そうだね……約束、しよう」

 

 魔族と愛し合う未来。場合によっては、人間と魔族が共存する道があるかもしれない。

 そんな未来があったならば、俺は人間として生きて、魔族とも分かり合えるようになっているだろう。

 

 いや、それを諦めた場合でも結局、俺は人間として生きるのか。

 うまくいってもいかなくても、人間として生きる事になりそうだ。堂々と生きられるかは、知らないけれど。

 

 

「フリーレン! また会おう。今度は、もっとゆっくり、話をしよう!」

「うん。楽しみにしている」

「気を付けてね!!」

 

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 奇妙な魔族を見送って、ヒンメルは苦笑とも微笑みともつかない笑みを浮かべた。

 

「あんな魔族もいるんだね。ただ一人の例外だって、自分では言っていたけれど」

 

 ヒンメルの言葉に、アイゼンやハイターが同意を示す中。

 

「それは違うよ、ヒンメル。ドロールは人間だよ。そうじゃなかったら殺してる」

 

 フリーレンの感情は読めなかった。ドロールを人間だと信じて疑っていないようにも、殺す覚悟をすでに終わらせているようにも、殺さない理由を探っているようにも、好きなように受け取れた。

 

「もしも彼が、魔族として生きる事を選んだら」

「殺すよ」

 

 フリーレンは迷わず言った。

 

「私がドロールを人間だと認めているのは、師匠が信じて、本人がそう言って、百年以上は近くで見たからだよ。それ(人間)を本人が捨てるというのなら、私も今までの見方を捨てないといけない。あれがもしも本気で人類の敵になったら厄介だ。本当は、悩んでる時点で殺すべきだった……今更だけれど……」

「人間を選ぶといいな」

「……次に会うころまでには決まっていそうだね」

 

 フリーレンは、ドロールの去っていた方をしばらく見つめていた。

 

 何か言葉を掛けたい。ヒンメルは、少し考えて先ほど教わった言葉を思い出した。

 今言うには不適切かもしれない。しかし、僅かでも寄り添える気がしたから。

 

「そうだ、フリーレン。■■■■」

「? ヒンメル、なんて言ったの?」

「いいや。なんでもないさ。ドロールに教わってね」

 

 言ってみただけ。

 伝わるものではない。ただ口に出しただけなのに、不思議と満たされた。ドロールの言っていた、壁にボールを投げるという話を思い出す。

 

 ドロールはそれすら無理だったのかと、あるいは侮辱的な考えかもしれない。

 可哀想だと思った。

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 勇者ヒンメル一行と会って数年後、魔王様が討たれた。本当に彼らはやり遂げたんだ。

 

 アウラもヒンメルに敗れたという話を、偶然出会った魔族に聞いて血の気が引いたが、生きてくれているらしい。今度会いに行ってみよう。

 

 

 俺は、黄金郷のマハトがいるという城塞都市ヴァイゼを目指していた。少し確かめたいことがあって、マハトに会う必要があるのだ。

 その道すがら、襲撃された商人の馬車を見かけた。切り刻まれた死体。濃い、死の臭いがした。魔王が倒されたばかりだというのに、魔族は元気に暴れているらしい。

 

 

 

「ごめんなさい。お願いします。お願いします……!」

 

 と、少し離れた位置から人の声がして、方向も分かった。どうやらまだ生きている人がいるようだ。命乞いをしているのなら、まだ近くに魔族もいるか。戦闘は嫌だけれど、見て見ぬふりをする勇気もなかった。

 急いで駆け付けたのだが、見つけたのはちょうど男の額に剣が突き立った瞬間だった。

 

「あら? 久しぶりね。ドロール」

 

 ソリテールは、いつも通りの笑顔で言った。




 本来筆が遅いのですが、比較的早く書けました。揺り戻しがあるかも。

 前半の山場その二。
 長らく魔族に寄ったり人間に寄ったり、延々と決めきれない主人公君に疲れ果てたでしょうが、前半の山場が終わったので、後は下り落ちるだけ! やったね。
 と言いつつ前半の最後まで微妙に決めきれないまま進みますが。
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