魔族転生   作:ゆうたんたん

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善悪:日記7

 

 〇月ε日 魔王が討たれてから三日。

 

 もしかしたら……いや、きっとヒンメルたちなら魔王を倒すだろうと思っていた。

 勇者ヒンメルと別れてこの数年間、結局俺はアウラやソリテールと会う勇気が出なかった。愛するのは怖い事だったんだな。

 

 少し考えて、黄金郷のマハトを訪ねてみることにした。

 あの日シュラハトは、俺がマハトと会うのを防いだ。ただ、あの時の「今回以外は構わないが」みたいな感じの発言からして、他の時ならば会いに行っても問題ないだろう。

 シュラハトが死んだという話も聞いたが、本気で止めるつもりなら、死後にも何か仕掛けくらいはある。それが怖かったが、その辺は気にしなくて良さそうだ。

 

 

 

 〇月μ日 魔王が討たれて十日。

 

 

 マハトの居場所が分かった。城塞都市ヴァイゼという場所にいるらしい。

 

 早速行ってみる。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 ヴァイゼに向かう途中で、襲われた商人の馬車を見かけた。

 濃密な血の匂い。何人も殺されてしまっているみたいだ。

 

「お願いします……お願いしま……ぁ」

 

 命乞いの声の方へ駆けつけたのだが、ちょうどその人の頭に剣が刺さる。

 

「ソリテールか……」

 

 まあ、そういう事もあるか。ソリテールが人を殺すのを見るのは初めてではないし、俺が見ていないところでも数えきれないほど殺している。それを知っているのに。

 

 脳の奥が熱を持って、心臓が変な拍子を刻む。何をいまさらショックに感じているのか。頭を振って切り替える。

 

「? あら、久しぶり。ドロール……」

 

 と、なぜかソリテールは死体と俺の間に立ちはだかって、隠すように動いた。

 

「? うん。久しぶりに会えてうれしいよ」

 

 再会という名目でハグをしようとする。

 ソリテールが僅かに俺を押して抵抗した。尤も、抱きしめてしまった後に、もしかして今抵抗されたのだろうかと気が付いたので、いろいろ遅かったのだが。

 どうにも気まずくなって、数歩後ずさりをして。

 

「あー……あのさ、城塞都市ヴァイゼに行くつもりなんだけれど、一緒に行かない?」

「ヴァイゼに? ええ、途中までならいいわ。人に顔を見られたくないから、都市の中にはついて行かないけれど」

「うん、じゃあ、行こうか?」

 

 なんだか、何十年間も動かしていない機械の歯車みたいに、ぎこちなかった。

 

 

 

 

 

 都市に近づいて魔力制限を解除すると、何人かの魔法使いが慌てて出てくる。死なない程度に力の差というものを見せつけてやっていると、マハトがゆっくりとヴァイゼの方からやってきて。

 

 うん。これは勝てないな。確かめられたし、安心してアウラに会いに行ける。

 とはいえ、せっかくここまで来たのだから、マハトの話も聞いてみようと思う。

 

「降参するよ。敵意がないのは、誰も殺していない事で分かるかな……わかんないか」

「……何をしに来たんだ?」

「ちょっと様子を見に来ただけ。七崩賢の一人が、街の中に入り込んで何をやっているのかなって」

 

 しばらく俺の事を眺めていたマハトだったが、やがて、その目的というものを話し始めた。

 

 曰く、彼は悪意や罪悪感というものを理解したいらしい。

 

 だとするとまたもや話が変わってくるなぁ。

 

「本当はお前と話をしてみたかったんだがな、どうにも行き違いが多かった」

「ふぅん? なるほどね……?」

 

 シュラハトの仕業かな。なら、そこまでしてなんで俺と会わせたくなかったんだろう。

 

「まあいいや。俺と話をしてみたかったっていう事は、俺についてもある程度は知っているって事?」

「ああ」

「うーん……ちょっと俺も都市の中に入れないかな?」

「……問題ない。この都市の人間は魔族に対して油断があるわけではないが、共存を求めていると言えば入れるだろう」

「ん。じゃあ、そうしようか」

 

 マハトが悪意を理解したいと思っていたのなら、俺がマハトに勝てるかどうかは重要でなくなるかもしれない。そのあたりも含めて、マハトとじっくり話がしたかった。

 

 

 ソリテールは、確か都市の中には入らないと言っていたし、隠れている方へ手を振っておく。やってきた魔法使いたちは全員気を失っているが、名前は呼ばない方がいいか。

 

「じゃあ、ちょっと何日か、場合によっては数週間は滞在しようと思うから! またいつか!」

 

 もう少し一緒にいたかったが、今はマハトと話す事の方が優先だった。

 ヴァイゼの方へ進むが、マハトが付いてこなかったので振り返る。ソリテールが出てきていて、当然のようにこちらに歩いてきた。

 

「誰にも顔を見せなくていいのなら、私も興味があるわ」

「え? 珍しい事もあったものだけれど……顔隠しながら都市に入れる?」

 

 俺としては嬉しい話だけれど、ソリテールは不用意に人間に顔を見せるなんてことはしない。けれど、顔を隠すというのは人間に不信感を抱かせる。

 断られるとは思いながらも、マハトに訪ねる。

 

「……流石に無理だろう。いや、精神魔法を使えば……」

 

 マハトが言ったそばから、ソリテールは男の見た目になった。精神魔法による幻術だってわかってても、なんかめっちゃヤダ。

 

「これでいい?」

「良くない! うぅ……おいマハト、さっさと案内しろよ」

「……面白い」

 

 俺をどこか唖然とした表情で見ていたマハトだったが、にやりと笑って俺とソリテールを迎え入れた。

 

 

 ■ ■

 

 

 

 〇月ξ日 城塞都市ヴァイゼに入って二日。

 

 マハトは相当うまくやっているらしい。マハト管理という事で、俺とソリテール――ここではファルシャーと名乗った――は滞在が認められた。議会? は随分と紛糾したみたいだが。

 

 マハトにとっても、別の魔族を招き入れて評判を落とすような真似はしたくなかったらしいが、それ以上に俺との会話を優先したみたいだ。

 別に大した会話は出来ないが、いくつか、魔族が善悪や愛情を理解できない理由を説明する仮説はある。

 

 領主の……グリュックという男とはそこまで話せていないが、俺とソリテールが滞在しているのは彼の屋敷だ。この都市でほぼ唯一、マハトの本性を理解している男。まともな人間ではないが、マハトに悪意を学習させようというのなら、同業者ともいえる。

 

 一応自己紹介で人間か魔族か悩んでる半端者だというと、随分と驚いた顔をしていた。マハトを理解しているだけに、その驚きは尋常じゃないだろう。

 

 とにかく早いうちに、情報交換したいな。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 何か動きがある前に、日記を書いておいた。

 

 俺に割り当てられた客室は、案外豪華だ。お偉いさんに宛がうような部屋を使わせてくれているらしい。

 広いベッドはふかふかして横になるだけで幸福になれたし、家具はシンプルだけれど良い木が使われている。使用人がたまに持ってくる紅茶もなんかやばい。紅茶の良し悪しなんて分からないけれど、複雑な産地と名前を言っていたからたぶん高い。我ながら馬鹿っぽいな。

 新鮮なフルーツが運ばれて、サイドテーブル上にあるそれは日差しを受けて輝いていた。

 

 二日間町の様子を見た限りでは、確かにマハトは受け入れられているみたいだ。表面上は、魔族と共存に成功した都市だと言える。マハトが悪意を理解することがあったならば、本当に共存できるようになるかもしれないな。

 

 また、マハトとしても、利害の一致とは言えグリュックを大切にしているらしい。俺……というよりも、ほとんどソリテールを警戒しての事だろうが、グリュックの側を一切離れない。

 タイミングが悪くてグリュックとほとんど会話は出来ていないが、今日こそは出来る。昨日から、今日の夜は時間が取れるという話を聞いていた。

 

 今の内から、話す内容と順番、場合によっては解決法となりうる仮説を話すべきか決めておく。

 

 

「随分と集中しているね」

「ぁ、ソリテール……姿戻してていいの?」

 

 ソリテールの精神魔法は、俺程度では見破れない。さすがにそこら辺の有象無象には負けないが、ソリテールやマハトといった実力者と比べれば、俺の魔法への理解なんてそんなものだ。

 ソリテールはこの都市の中に入ってからはずっと幻術で姿を変えていたので、二日ぶりにソリテール本来の姿を見る事が出来て、幸福を感じた。一瞬一瞬に満足感があって、他の何かでは代替不可能な、甘い幸福だった。

 

「この部屋に入ってくるまでは精神魔法を使っていたわ」

「あ、そう……まあ、いいや。何か用事?」

「マハトとグリュックに言っていた……人間として生きるか魔族として生きるか悩んでるって」

「あ、ああ……もしかして、人間として生きるなら殺すぞって言いたいの?」

 

 俺の質問に、ソリテールは一瞬だけ呆けて。

 

「ええ」

 

 またいつも通りの笑顔を浮かべた。

 

「もしも君が魔族の敵になるというのなら確実に殺す。でも、それ以前に気になることがあるの」

「気になること? 何が?」

「そもそも、君は魔族の味方になれるの?」

「現に今、魔族のために動いているつもりだよ。ソリテールは、理解しないだろうけれど」

「魔族のために?」

「人間と魔族の共存だ」

「……出来ないって、わかっているでしょう?」

 

 ほんの少しだけ、あるいは俺の気のせいかもしれない程度に、怒りのような感情が漏れ出た気がする。別に魔族にだって怒りの感情はあるけれど、ソリテールがそれを見せるのは珍しかった。

 何も言えなくなってしまうが、ここで引いたら、共存なんてやっぱり無理だという話になる。

 

「無理だって決めつけるのはやめたんだよ。人間は不可能を可能にするのが得意なんだ。俺にだって、いくつか考えが――」

 

 急にソリテールが、俺の胸ぐらをつかんでベッドの上に叩きつけた。

 

「ぅぐっ!」

 

 それからすぐに俺の上に乗って、両手両足を抑え込まれる。

 

「あなたは私の事が好きなのよね?」

「ぇぁあ、いゃ……まあ……」

 

 ソリテールは堂々と聞いて来て。別に俺がどう答えようがソリテールは変わらないだろうに、咄嗟に誤魔化そうとしてしまう。

 というか、堂々としすぎだろ。羞恥心とか無いのかな? いや、無いのか。

 

「デートをしましょう?」

「え、デート?」

「ええ、ここだとマハトに怒られちゃうし、すぐに行動しても迷惑だろうから。十数年後、最北端の都市に研究しに行くの」

「……研究?」

 

 分かっていて、惚けてしまった。惚けたことを後悔したが、発言は取り消せない。

 ソリテールも、俺が理解しているのに惚けていることは承知らしい。それ以上何か言う事もなく、俺をじっと見降ろしていた。

 

 ただ、ソリテールの狙いが分からない。

 以前一緒にいた時は、どちらかというと俺に魔族的な面を見せないように振る舞っていた。俺の生活に合わせて、人間を学習していたのだろう。数日前も、思えば俺に人殺しの場面を見られて動揺していたようにも……そう見せかけていただけかもしれないけれど……思えるし。

 

 露悪的、なんて表現は間違っているのは重々承知だが。うん、露悪的だ。

 善悪の概念が無くても、人間が殺人を悪だと思っていることは理解しているだろうし、それを敢えて俺に見せている。

 

 そこまでは分かっても、ソリテールが何をしたいのかまでは分らなかった。

 

「いいよ。俺も一緒に行くから、鏖殺しよう」

 

 一か八か話に乗ってみる。そのうえでソリテールがどう行動するか見ようと思ったのだ。

 

「……そう」

 

 ソリテールはどこかガッカリした様子で小さく呟いて、俺に覆いかぶさるように抱き着いた。

 

 

 ■

 

 

 結局ソリテールが何を目的に、俺を都市の人間皆殺しに誘ったのか分からない。何かを試そうとしたことだけは確かだけれど。

 ソリテールはベッドから起き上がって、縁に座り、サイドテーブルの上にある果実を一つ手に取った。

 しばらく眺めてから、一口齧る。

 

「甘いわ……」

 

 ソリテールが持つ果実は、磨き上げられた宝石みたいに紅く輝いた。小さな齧られた跡が、なぜか蠱惑的な連想をさせた。

 どこか物憂げな表情で果物を見るソリテール。絵画的な美しさがあった。落ち着いた色合いの部屋の中で、窓から差す日はいつの間にか弱く、薄暗い。この世のほとんどすべてが色褪せて、その中でもソリテールの綺麗な髪色と、それに対をなす鮮やかな赤だけが色彩を保っているような気がした。

 

 

「というか、ソリテールはそれ、食べたことないの?」

 

 ソリテールの反応的には、まるで初めて食べてみた、といった様子だったが。案の定、

 

「ええ。初めて食べたわ。これはなに?」

「え? なんだろうそれ……見た目は完全にリンゴだよな」

 

 ソリテールに果実を渡してもらい、一瞬だけ迷ってから、ソリテールが齧った場所の反対側から食べる。しゃくしゃくしていて、瑞々しい。甘さと、少し酸味があって。

 

「リンゴじゃん」

 

 完璧にリンゴの味だった。ソリテールが返せと手でアピールしてきたので渡す。ソリテールは躊躇なく、俺の食べかけた場所から食べ始めた。なんか俺だけ馬鹿みたいだ。

 

「このリンゴについても知っているの?」

 

 と、どこかソリテールはいつもの調子を取り戻すように言った。俺としても、数日前からどうにもぎこちなさを感じていただけにありがたい。なるべくソリテールのリズムに合わせることを意識して話す。

 

「バラ目バラ科……なんだけれど、まあ、そういう分類は意味ないか。そうだな……」

 

 ソリテールに話すのならば、何か物語に関連する方がいいか。

 例えば弓の名手の話か、物理学最大級の発見の話か。

 リンゴが重要なアイテムになる話というのは案外多い。

 

「そうそう。マハトもいるし、黄金のリンゴとか面白いかも。あ、あー……いや、やっぱりなしで」

「? そう?」

 

 黄金のリンゴを作れるマハトがいて、頼めばそれくらいはやってくれそうだ。

 

 パリスの審判の話。つまり、最も美しい女神に黄金のリンゴを渡す話をしようと思ったのだが、ソリテールに黄金のリンゴを渡してみたいとも思った。別にソリテールは喜んだりしないだろうから自己満足だけれど、そうそうない機会だ。

 もっとも、パリスがアフロディーテにリンゴを渡したのは、ヘレネと結婚させてくれると言われたからだから微妙かもしれないが。

 

 とにかく、パリスの審判の話を聞かせたうえで黄金のリンゴを渡すのは、なんか普通に恥ずかしい。

 

 

 他の話にしよう。例えば、禁断の果実がリンゴっていう話は有名だよな。実際はリンゴじゃないらしいけれど、まあいいか。

 

 創世記から、覚えている限りで話し始める。女神様、という事にして話してしまっているが、理解しやすい方がいいだろう。後から補足すればいいし。

 

「――で、そうして生まれたアダムとエバという最初の男女がいて、エデンの園に暮らしていた。そこには命の木と、善悪の知識の木があって…………」

「ん-? ドロール?」

「いや、偶然だとは思うんだけれど…………蛇に唆されたアダムとエバは禁断の果実、善悪の知識の実を食べて……善悪の概念を得た。罪悪感を感じ、羞恥心を感じ…………」

「……それは――」

 

 ソリテールが何かを言いかけた時、強大な魔力が近づいてきているのが分かった。マハトだろう。おそらく俺とソリテールを呼びに来たのだ。

 

 ソリテールは素早く立ち上がると、精神魔法を掛けなおした。それからわざわざ俺から距離を取って、椅子に座り、わざとらしく窓の外を眺める。

 

 なんか、冷たい感じがしてショックだった。




 禁断の果実の一連は、創世記第三章。


 たくさんの感想や評価、ここすき、ありがとうございます。励みになります。

 今回の話は、後々加筆するかもしれません。
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