乱雑に立ち並ぶビル群。壁を覆い尽くすほどの落書き。捨てられたゴミが道を彩る。
そんな街のある場所に、悲鳴が響き渡った。
「や、やめてくれぇぇえええ!!か、金ならいくらでも払う!なんだってする!だ、だから頼む!命だけはぁ!!」
悲鳴の元は、地べたに這いつくばって命乞いをするロボット。どうやら彼は何者かに命を狙われているらしい。そんな情けなく地面に額を擦り付ける彼に近づく影が一つ。
「あぁ?別に殺すつもりはねぇよ。ただ両手足の骨を折って依頼主の前に突き出すだけだ」
随分と背の高い女性、否、少女が冷酷に告げる。
かなり短く切られた黒い髪。切れ長の三白眼。口角のあたりには傷があり、一目で裏の世界の人間だとわかる容姿。
肩に担いだ日本刀と、ロボットに付けられた切り傷が、彼女がこの状況を作り出した張本人である事を告げていた。
「い、依頼主!?誰だ!誰に依頼された!?」
「言うわけねぇだろマヌケ。この世界で信用失ったら終わりだろうが」
まぁ俺の場合は死にはしねぇけどな、と続けた彼女こそ、この広大なブラックマーケットにおいて最強の傭兵。
『天与の暴君』と讃え、恐れられる少女。
名を、伏黒トウコ。
因みに、苗字は知らないので適当に名乗っているだけである。
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「ふぁ〜あ……。さーて晩メシ何にしよっかな〜っと」
依頼を終え、騒がしい街を歩く。依頼主からたんまりと金を貰い、懐が随分と温まった彼女の頭には今、高価で美味な料理が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。
「お、おい!アイツは……!」
「ひぃっ!天与の暴君!?」
「に、逃げろ!目が合ったら殺されるぞ!!」
伏黒トウコの名は、今やブラックマーケットを超え、キヴォトス中に広まっていると言っても過言ではない。故に、彼女の悪評もまたキヴォトス中に広まっている。
曰く、とんでもない身体能力を持ち、標的は逃れる事はできない
曰く、報酬に納得が行かなければ、依頼主の方が始末される
曰く、冷酷無慈悲で、一度敵と見做されれば命は無い
曰く、───最強
彼女についての噂、そのどれもが人々を震え上がらせるものばかり。今も、道行くトウコに気付いたブラックマーケットの住人たちが、怯えた目で彼女から逃げていく。
その反応にはもう慣れきっているのか、まるで意に介さずに歩き続けるトウコ。それが日常。それが常識。それが、彼女にとっての当たり前だった。
伏黒トウコがこの世に産まれた時より既に、彼女は強者だった。
幼かった彼女は、多くの者を傷つけて、多くの物を壊してきた。
彼女が己の力を完全にコントロール出来るようになる頃にはもう、彼女の周りには誰もいなくなっていた。
独りになった彼女は、運命の悪戯か、いつしかブラックマーケットに辿り着いた。
しかしそれは、結果的に彼女を救う事となる。いずれ天与の暴君と恐れられる事となる彼女でさえ、空腹には敵わない。
裏の世界は強者こそが正義。食料も、金も、何もかも、強くなければ手に入らない。その点で言えば、トウコにとってブラックマーケットは都合が良かった。
ブラックマーケットでの生き方を学んだトウコは、有り余るその暴力で、あっという間にその名を轟かせる事となった。
彼女は全てを手に入れる事が出来た。
勉学に追われることも無く、好きなだけ飯を食らい、気に食わない奴らを蹂躙する。
なのに、何故、こんなにも空虚なのだろう。
彼女は全てを手に入れる事が出来た。しかし、彼女は全てを手に入れる事は無かった。
狭い部屋の中、古いブラウン管のテレビの前で寝転びながら、彼女は何かを求めていた。
それが、伏黒トウコの日常だった。
昨日もそうだった。今日も、明日も、ずっと……
帰路の途中、ふと、トウコは立ち止まる。彼女の鋭い聴覚が、幾つかの銃声と、複数の足音を聴き取った。
「あわわわわわ!ど、どいて下さーーーーい!!!!」
近づいてくる声の方を見る。トウコの異常な動体視力は、こちらに向かって突っ込んでくるものが何かを正確に捉えた。
嘴からはみ出た舌。
どこを見ているかわからない目。
白くて丸い─────鳥……?
「は?」
捉えてはいたが理解はできなかった。
避けようとしても避けれなかった。
避けてはいけない───そんな気がした。
「うわーーーー!!??」
体に衝撃が伝う。しかし倒れる事は無かった。先ほど見た白い鳥のようなナニカがクッションとなったのか、ぶつかってきたものが軽かったのか。
その正体は────
「ご、ごごごごごめんなさい!」
───ブロンドの髪をした可愛らしい少女であった。
「あ?その制服確か……」
「待てオラーーー!!」
「観念しろーーー!!」
「あわわ、お、追いつかれちゃいましたぁ!」
どうやらブロンドの髪の少女は、ブラックマーケットのチンピラ達に追われているようだった。
ここに来て長いトウコは、彼女が追われている理由を何となく察する。
「お前、名前は?」
「え!?えっと、阿慈谷ヒフミです!その、貴女は……?」
「ヒフミね。お前トリニティだろ」
「は、はい!そうですけど……」
「よし、ちょっと待ってろ。今片す」
「え、あ、あの……っ!?」
瞬間、その場からトウコの姿が消え、チンピラ達が吹き飛ぶ。何をされたのか理解する間もなく、チンピラ達は意識を手放した。
「えっ!?な、何が起きっ」
「ハイ終わり」
「わぁっ!?」
いつの間にかヒフミの隣に立っていたトウコの手には、赤色の三節棍が握られている。その三節棍でチンピラ達を制圧したのだろうか。
ヒフミの目は、何時その武器を取り出したのか、何時攻撃したのかも捉えられなかった。
「え、えっと……その、助けて頂いてありがとう、ございます?」
「助けた報酬はたんまり弾めよ?」
「えぇ!?」
「冗談だよ」
「あ、あうう……えっと貴方のお名前は……?」
「あー?あー、俺は伏黒トウコ。因みに苗字はテキトーだから、呼ぶ時は名前で呼べ」
「えっ……」
名前を聞いたヒフミが硬直する。ブラックマーケットから遠いトリニティに通う彼女でさえも、顔までは知らないものの、伏黒トウコという名前だけは知っていた。
そして、その悪評も。
「え、ええええええ!?」
「うるせぇ」
しかし、今この瞬間だけは、その悪評が役に立った。
驚きのあまり叫ぶヒフミ。彼女の発した大きな声が、伏黒トウコの未来を変えたのだから。
「そ、その……今あまりお金を持ってなくて……ど、どうすれば……」
「あぁ?だから冗だ……」
この数分間で、色々な事が起き、様々な音が響いた。
いくつかの銃声。
チンピラ達が壁に叩きつけられる音。
そしてヒフミの声。
そんなにも連続して大きな音が聞こえれば、誰しもが何事かと気になってしまうだろう。
そしてそれは、偶然にもこの場所に居合わせた彼女達もまた、例外では無かった。
「今、確かにこっちから叫び声が!」
「ちょ、ちょっと待ってよシロコ先輩!」
「事件の香りがします〜♪」
『皆さん気を付けて下さい!』
この日、運命に導かれるように、伏黒トウコと少女達は出会った。
何処かずっと空虚だった。
何故かずっと満ち足りなかった。
何時からかずっと退屈だった。
そんな彼女の