「こんなところで、どうしたんだい少年?」
――その人と出会ったのは、地平線の向こう側に沈む夕日が輝くのを、ぼんやりと眺めていた逢魔が時のことであった。
「お姉さんは、どうしてここに……?」
「おや、質問には質問で返してはいけないと学校で習わなかったのかい?」
「あ、す、すみません……」
「謝らなくていいさ。突然声をかけたのは私だからね。よっと」
僕のことを少年と呼ぶ彼女は、フードから覗ける人形のように整った美貌と、どこか浮世離れした雰囲気を纏っていて、ともすれば瞬きをした瞬間には消えていそうな儚さもある、そんな人物だった。
そんな彼女は僕の隣へと腰を下ろすと、立てた膝に頬杖をついて僕と同じようにぼんやりと夕日を眺める。
だけど何か起こるというわけではなく、僕達の間では無言の時間が流れ、時折吹く夜風が痛いくらいだった。
その時間が苦しかったからなのか、思わず僕の方から声をかけてしまう。
「そ、その……お姉さんは……」
「『どうして僕に声をかけてくれたんですか? 僕なんていじめられてるだけのオタクなのに……』だって?」
「! どうしてわかったんですか……?」
「家族構成的には両親と君だけのよくいる一人っ子。父がゲーム会社の社長で、母は少女漫画作家。お、これはつい先ほど本屋で見かけた本の作家さんか。そんな両親の影響を受けた君はまさしく生粋のオタク。今こうして一人で黄昏ているのもそのオタク趣味が周囲に知られていじめられたから。はぁ……最近の子供ってのは、オタクってだけでいじめ始める子が多いものだよ。実に嘆かわしい」
「!?」
まさか顔に出ていたのかと思ったけれど、続いて言われたことに驚いて絶句してしまった。
自分の家族構成と詳細な職業、自身がいじめられていた原因まで一言一句当てるお姉さん。
も、もしかして……ストーカー!?
「ストーカーではないが、合ってたみたいだね。久しぶりの読心魔術だったが、まだ衰えてはいないようだ」
「ま、魔術……?」
「そうだよ少年。私は魔女、それも何千年と生きているそれはそれは年寄りな魔女だよ。決してストーカーではないからそうジリジリと引かないでくれ。流石に傷つく」
「ご、ごめんなさい……」
思わず後ずさりしてしまうと、悲しそうに顔を伏せてお姉さんが言うので姿勢を正してお姉さんの傍に戻る。
時折、「まさかこんな子にストーカーと思われるなんてね……ハハハッ……」と乾いたような笑いが聞こえてくるのは聞かなかったことにする。
「ま、それはさておき、君はそいつらにいじめられてしまった。そして『自分はなんてダメなんだ』と思ってしまう。そんなことを思った君は、もやもやとした心を抱えたまま家を飛び出した。きっと君の両親は君のことを心配して探していると思うんだが……」
「……そうですね……」
お姉さんからの言葉に、図星を突かれた僕は思わず先程のお姉さんのように顔を伏せてしまった。
自分がオタクだったからいじめられた、自分はダメなんだと思った、きっと父さんと母さんは心配してるはず、全部正しくて……正しすぎて心が痛くなった。
「……こんな風に心配させて、やっぱり僕ってダメな人間ですよね……オタクに人生は厳しいっていうか……あ、あはは……」
どうにも気まずくなって、またいつものように苦笑いをしてしまう。
いつものようにこうしていれば、またいつものようにみんな離れていって、きっとこのお姉さんも……
――でも、お姉さんは違った。
「ふふっ、うん、少年は面白いな」
「……えっ」
「あれだけいじめられてもそのオタク趣味を捨てるつもりはないんだろう? 普通の子供ならそれがトラウマになってそれらを捨て去る子も多いはずだ」
「そ、それは……僕が変にラストエリクサー症候群で……」
「オタクで何が悪い? 私はそういったところが人間の好きなところだよ。突き抜ければそれは君の強みになるんだ」
「で、でも……」
「大丈夫だ少年。君は良い子だ」
「あっ……」
その言葉に思わず涙がこぼれた。
この涙には嬉しさがあったかもしれない。
だけれど、一番大きく心にあったのは『安心』だった。
――『あぁ、この人には自分の心を飾らなくてもいいんだ』って。
「……なんか懐かしいもの見たな」
まどろみから目が覚めた白髪の青年――『南雲ハジメ』は上体を起こす。
ここは先程まで夢で見ていた場所とは世界的な単位も違う場所……異世界「トータス」と呼ばれる世界のオルクス大迷宮の深層部であった。
なぜハジメがこのような場所にいるのかについては、数か月前に遡る必要がある。
数か月前のハジメはそれはもうどこにでもいるような普通の高校生で、どこにでもありそうな……とは言い難いが、それなりに普通の生活を送っていた。
それが崩れ去ったのは学校での昼休みのことだ。
いつものように面倒なクラスメイト達に絡まれていると、教室の床に巨大な魔法陣が現れてしまい、その魔法陣から放たれた光が教室を埋め尽くし、気づいた時にはこの異世界へと召喚されていたのである。
しかも、自身達を召喚した理由が、自分達の代わりに勇者として魔人族なる種族と戦ってくれという、お門違いも甚だしいことを言われたのであった。
正直に言えばすぐさま帰してもらいたいハジメだったが、胡散臭い教皇や明らかにやばい雰囲気を放つ国の上層部、そしてそれに乗せられたクラスのまとめ役だと思ってる思い込みの激しいバカ勇者のせいで、逃げるに逃げられなくなったのである。
その後は、召喚された際に手に入れた力で調子に乗ったクラスメイトからのいじめを受けたり、バカ勇者からのやっかみを受けたりと面倒なことに巻き込まれていたが、なんとか特に音沙汰なく生きていられたのだ。
「それも、"あの人"が作ってくれた護符の影響か……ま、流石にあれは無理だったか……」
ハジメの言う"あの人"とは、先程も夢に出ていた自身を『魔女』と呼称する女性。
あの出会いの後もなんやかんやあり、始めの家で居候することになった彼女が作ってくれた護符のおかげで特に大きな怪我はなかったのだ。
――ダンジョンでクラスメイトに裏切られ、奈落の底に落ちるなんてことがなければ、だが……
「クッソ……"あの人"の
正直裏切られたことはどうでもいい。
裏切られたことでいじめられることはないし、面倒事から離れられるのはハジメにとっては好都合。
だが、"あの人"からの護符はハジメにとっては大切な物。
壊れるのが目的で作られているとはいえ、それでも"あの人"お手製の護符はハジメの宝物トップに位置するレベルの代物だ。
それを壊すきっかけになったあの事件の張本人(ある程度目星はついている)は一度ぶっ飛ばさなければならないと思っているのである。
ハジメとしてはこの目覚めた場所に関しては全くもって見覚えがない。
ハジメが寝ていたのは純白のシーツに豪奢な天蓋付きの高級感溢れるベッドである。
場所は、吹き抜けのテラスのような場所で一段高い石畳の上にいるようだ。
爽やかな風が天蓋とハジメの頬を撫で、周りを見渡せば、太い柱と薄いカーテンに囲まれている。
建物が併設されたパルテノン神殿の中央にベッドがあるといえばイメージできるだろう。
それに、夢を見る前に強敵と戦っていた場所――『オルクス大迷宮』には存在しなかった太陽の暖かな光で満たされており、一見すれば天国と見まごうほどの場所だった。
今までとは全く違う光景に、「あれ? 俺死んだ?」と思ってしまうハジメ。
しかし、片腕に絡みつく柔らかな感触に気が付いた。
「……んぁ……ハジメ……ぁう……」
「…………」
絡みついていたのは、全裸の美少女――『ユエ』だった。
しかも何やら艶めかしい声を上げている。
しかも、ハジメの手はユエの大事な部分に密着するかのようになっていた。
顔が「無」そのものを表現した能面のようになるハジメ。
「ユエ、起きてくれ、起きてくれないと俺は犯罪者になっちまう」
「んぅ~……」
「…………」
いくら三桁年齢の吸血鬼美少女と言えども、見た目からしてみれば完全に犯罪だ。
だからそうならないように起こそうとするのだがこの吸血鬼は起きようとすらしない。
…………ピキッ。
「いい加減に起きやがれ! この天然エロ吸血姫!」
「!? アババババババアバババ」
"纏雷"を発動した右腕に絡みついていたユエが感電する。
少し騒がしい目覚めであった。
「ハ、ハジメ……? いくら何でも女の子にビリビリするのはどうなの……?」
「知らん、この天然エロ吸血鬼。"あの人"レベルの魅力を持ってくるんだな」
「ん……!? ハジメがいつも以上に冷たい……!?」
あの後、2人で無事を確認し合ったハジメとユエは、ベッドの上で状況確認をしていた。
やれ、大迷宮のラスボス――"ヒュドラ"を倒した後にぶっ倒れたハジメをなんとか最下層にあった扉の向こう側に運んで療養をしていたやら、この場所は生活できそうなくらい環境が整っているやらの話で盛り上がっている。
そんな中で、ユエはハジメのある言葉に引っかかりを覚えた。
「……ねぇハジメ。"あの人"って、結局誰?」
「あ? あー、言ってなかったなそういや。最近必死だったから結局言うの忘れてたな……」
"あの人"とは、もちろん『魔女』のことだ。
ハジメを肯定してくれて、自身の命を守ってくれた護符を作ってくれた命の恩人。
そして……
「……"錬成師"のハジメが
「あぁ、一応魔法……"あの人"的に言うなら『魔術』か。それの手ほどきみたいなのはトータスに来る前からやっていたからな……」
そう言いながら、ハジメは指先を指揮棒のように動かし、空中に魔法陣を描いて小さい炎を生み出す。
――ハジメは、異世界に来る前から『魔術』というものに触れてきた"魔術師"だ。
普通に生きていたならば触れることがない『魔術』という存在を、ハジメは"あの人"から教わっている。
その影響なのか、ハジメのステータスは少し特別なものとなっていた。
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:87
天職:錬成師
筋力:1980[+最大300]
体力:2090[+最大250]
耐性:2070[+最大780]
敏捷:2450[+最大600]
魔力:3480
魔耐:3480
技能:魔法[+全属性適性]・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解・加護[+魔女の寵愛]
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先程話題に上がった「魔法[+全属性適性]」はもちろん、明らかに"あの人"から与えられたと思われる「加護[+魔女の寵愛]」という、"錬成師"にはないであろう適性やステータスが大量に存在している。
これを初めて見たときにはハジメ自身、とても混乱したものだ。
「"あの人"のおかげで俺はここまで生きてこれたと言っても過言ではねぇな……もちろんユエもだぞ?」
「…………ついで扱いされた……」
「"あの人"の存在がそれだけ俺の中で大きいんだよ。ユエも強いけど、あの人はマジでシャレにならん強さしてるからな……」
そういうハジメは、中学校の修学旅行中、神社に憑りついていた明らかにやばい存在を片手で消滅させた"あの人"の姿を想像して身震いをした。
そんなハジメの様子を見ながら、ユエはもう一つ気になったことを問いかける。
「……ねぇハジメ。その人ってどんな見た目をしているの?」
「"あの人"か……? "あの人"は、全体は黒髪なのに色素の抜けた白髪が一房、身長は今の俺くらいか? 目は万華鏡みたいに色がコロコロ変わって……」
「……んん? それってもしかして……あっ」
ハジメの言った特徴に心当たりがあるのか、ユエが顎に手を当てて考え出す。
やがて思い至ったのか、ユエは口を開いた。
「……ハ、ハジメ? その人って世界を超えられる?」
「ん? できるかできないかじゃたぶん『できる』ぞ? ただ時間がかかりそうだから俺は自力で帰ろうとしてるんだが……」
「!? ま、まさか――!?」
「そのまさかだよ吸血少女」
突如として二人以外の声がその場に響いた。
「! こ、この声は!?」
その声に聞き覚えのあるハジメは、その声の発生した場所に顔を向ける。
そこには確かに人影があった。
「やぁ、久しぶりだね少年」