ネット弁慶コミュ障陰キャお〇さんは推しのVとてぇてぇしたい 作:--
「はいこちら勃田クリエイティブ商事カスタマーサービスで……」
『おい、お前んところで買った掃除機! 説明書が全部中国語じゃねぇか!』
「申し訳ございません。商品名をお伺いしてもよろしいでしょうか」
掃除機くらい説明書なんてなくてもコンセント差して電源入れれば使えるだろとか、思っても口に出すことはできない。返品処理させられるよりはまだ可愛げのあるクレーム……御意見だ。
コールセンターに勤めて2年。毎日毎日、苦情の処理に追われる日々。この会社は相当怪しい品質の商品を扱っているのか、マジで客に同情するような案件がいくつも飛び込んでくる。
初めのうちはわずかながらに志もあった。自分の声を活かせる仕事をやりたいという気持ちがあった。少しでも消費者の怒りや不安を和らげる一助になればと。
まあ、そんな気持ちは勤続1週間で吹き飛び、僕は感情を殺してマニュアル対応するだけの機械と化した。相手は不満をぶつける相手が欲しいから電話してくるわけだ。サンドバックに人間性など求めてはいない。
仕事が一段落し、休憩に入る。その日は特に何か理由があるわけではないのだが、なぜか無性に気が立っていた。
「あら、ハルちゃんお疲れさま。今日も元気ねぇ、若いっていいわぁ」
主観的にはだいぶ極まっているのだが、傍から見るとそうでもないのだろうか。おしゃべり好きの先輩に話しかけられる。僕はいつものように適当な相槌を返した。
頭の中では色々と会話の返し手を思いつきはするのだが、喉元まで出かかった言葉は粘つき張り付いて、唾液と一緒に嚥下される。どうせ喋ったところでろくな展開にはならないのだから無難にやり過ごした方がいい。
とにかく僕は自分の声を聴かれるのが苦手というか、怖かった。電話越しの相手とならば問題なく言葉を紡げるのに。
「ハルちゃんはもう彼氏はできたの? そんなにかわいいのに誰とも付き合ってないなんて……本当はいるんでしょう? 良い人が」
この人は顔を合わせるたびに飽きもせず同じ質問をしてくる。僕の恋愛事情なんて知ったところで1ミリも面白くないだろう。職場の先輩とまともに話もできないのに男なんて作れるはずがない。そもそも三次元の男には興味がないんだ。
思い出すのは灰色の青春時代。異性どころか同性とすら交友関係はなく、漫画やアニメの世界に没頭していた。もうクラスメイトの名前の大半を思い出せない。当然、同窓会にも行っていない。
「今はそれでいいかもしれないけど年を取るのはあっという間よ。ハルちゃんも(ピー)歳でしょ? 同い年で早い子ならもう結婚して子どももできてるんじゃない?」
事実陳列罪やめろ。女としての自覚はとっくに捨てたと常々思っているが、この手の話題を切り出されると身が軋むのような焦燥に駆られる。乾いた笑いが漏れた。
「結婚して親を安心させてあげなきゃ」
上京して3年ほどになるが、両親とは一度も連絡を取っていなかった。半ば喧嘩別れのようにして家を飛び出している。今さらどんなツラを下げて会えばいいのかもわからない。気づけばじっとりとした汗が首筋を伝っていた。
「……ちょっと大丈夫? 具合悪いの?」
先輩は悪い人ではない。僕がこの職に就いて間もない頃はよく世話を焼いてくれた優しい人だ。悪気は全くないとわかっている。だが、口を開けば男の話、結婚、女の幸せ、円満な家庭……今の自分とはかけ離れた別の宇宙の話を延々と聞かされる。
「ハルちゃん? もしかして気に障っちゃったかしら。そんなに心配することないわよ。私だって今の旦那を見つけるまでは……」
「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛! ! !」
そして僕はゲージを開放した。これまでに人前で発したことのないド低音のデスボをまき散らした。普段は精一杯、高い声で電話対応しているが、これが本来の地声である。自分でもびっくりするくらいエグい“がなり”が出た。
先輩の発言が我慢ならなかったわけではない。それも一つの要因ではあるが、限りなく小さなきっかけだ。しかし、この3年間でストレスによって醸造された僕の精神はそのきっかけによって決壊してしまった。
口をあんぐりと開けて絶句する先輩、そして職場の仲間たち。その場にいた全員が一斉に押し黙ってこちらを見ていた。
僕はゆっくりと席を立ち、退室する。誰もそれを止めようとはしなかった。
* * *
病院で診てもらった結果、うつ病と診断される。僕はコールセンターの仕事をする気もなくなり、これを機に退職することにした。一応、手当などもらえないか会社に掛け合ってみたのだが、必要な条件を満たしていないとかでうやむやにされた。
うつ病とは言われたものの職務から解放された僕の足取りは軽かった。高揚感はまるで地面をスポンジのような柔らかさに感じさせ、ジャンプすればそのまま空まで飛べそうな心地だった。
時間は余るほどある。いつもはスーパーで出来あいの総菜を買ってきて食事を済ませることが多いが、今日は久しぶりにまじめに自炊することにした。
ここ数日で見違えるように綺麗に片づけられたキッチンに立つ。今日は奮発して肉を多めに買ってきた。明日のことも考えて冷えてもおいしい豚汁にする。
肉も大事だがポイントは白菜だ。白菜はうま味成分であるグルタミン酸を豊富に含んでいる。豚肉のうま味成分であるイノシン酸との相乗効果によって味に深みが増す。他の野菜もゴロゴロ入れて、これ一品でおかずを済ますことにした。
余った白菜で浅漬けも作っておいた。そこでスマホのアラームが鳴る。着信ではない。今さら僕に電話をかけてくる人間なんているはずもないのだが、驚いて転びそうになってしまった。
「あ、配信始まる……」
そもそも自分で設定したアラームだ。急いで食事の支度を済ませる。使い古したフリースパジャマを着たいつものスタイルで、ノートパソコンの前の座椅子に腰を下ろした。
『みんな、こ、こんちゃめ~……メタバぺっと4期生、
「こんちゃめあちゃめええええ!! FOOOOOO!!」
主役であるVtuber本人の数倍は元気な声援を送る。どこかぎこちない喋り方だが、これがあためるの平常運転。彼女はあまり騒がしいタイプのライバーではない。ただダウナー系というわけでもなく、頑張って喋ろうとしてくれている健気さは感じる。そこが魅力だ。
Live2Dモデルは猫耳の生えた緑髪の少女で、赤ずきんみたいなイメージの衣装を着ている。人里離れた山奥の山荘に住む寂しがり屋の化け猫で、訪れた来客を温かく迎え入れてくれる優しいお化けの少女という設定だ。今や彼女の山荘は『あためるINN』と呼ばれ多くの旅人たちがごった返している。
『今日は久しぶりの歌枠なので……』
あためるはその小動物のような雰囲気に反して、ガチの歌うま勢である。Vの業界全体から見てもトップレベル。その歌声によって旅人と化したリスナーは多い。かく言う僕もその一人。豚汁をすすりながら聞き惚れる。
「あ~この曲、僕が好きなやつ……ズゾゾゾゾ」
だいぶ昔のボカロ楽曲だった。彼女はどこで知ったのかと思うほど隠れた名曲を見つけて出してカバーしてくれる。歌ってみた動画をいくつもあげているが、誰もが知っているようなメジャーな曲はほとんどなかった。
しかし、再生数はかなりのものだ。Vtuberという下地込みの評価もあるが、歌唱力がなければこの成果は出せない。歌に関してはVのキャラに関係なく自分の声一本で勝負しようとするストイックさがある。
配信の歌枠ではリスナーが知っている有名な曲を歌うことが多いが、たまにドストライクのマイナー曲を歌ってくれるとテンション爆上がりだ。まるで僕のために歌ってくれているかのような錯覚に陥る。
普段は癒し系のふわふわボイスなのに、ひとたび歌い始めればそこに大人びた色気が混ざり合う。そのギャップがたまらない。
「あぁ~、あちゃめのオス味やべぇ~……グオオオ、中毒なるっ! 急性あちゃめる中毒なるっ……グアアアア!! アアア、アア……ア゛ッ(絶命)…………スパツャしよ」
スーパーチャットを送る。その時、僕は逡巡した。今の僕は無職だ。貯蓄も心もとない状況。こんなことに金を使っている余裕なんてあるのか。
【¥1,000 あちゃめる最高!!ヽ(*´v`*)ノ】
しかし、結局スパチャを送る手は止まらなかった。送信した直後には、一瞬にして他のコメントに押し流されていく。
「あちゃめる、僕のコメント見てくれたかな」
そんなわけはない。だが、別にそれでも構わない。見返りを求めてやったことではない。これだけ楽しませてもらっているのだからそのお礼だ。
前のめりになり過ぎていた体を後ろに倒した。ギシギシと座椅子が軋む。そして唐突に、バキリと大きな音が鳴った。経年劣化のせいか座椅子のリクライニングが壊れる。一気に後ろにひっくり返った。
「ドゥブッ!? オボレブッ!!」
椅子のクッションがあるとはいえ背中から床に叩きつけられ、さっき食べた豚汁が食道を駆け上ってきた。もだえ苦しむ。
「ごふっ、がはっ、はあー、はー、はー……たすけてあちゃめるぅ」
ひっくり返った時にイヤホンジャックが外れたのか、パソコンのスピーカーから小さなライブ音声が部屋に流れる。仰向けに倒れた僕は逆さまになった部屋を見渡した。
隙間だらけになった部屋だ。退職してから再就職先を探すでもなく、時間を持て余していた僕は部屋を片付けた。生活するのに最低限の物以外はほぼ捨てた。大事にしていたオタクグッズもみんななくなった。
身辺整理。そうすれば良きにしろ悪きにしろ、何かが変わるのではないかという期待があった。結果、今までと同じ自分が続いているだけだ。
「……たすけてくれ……」
ただ、捨てられなかったものもいくつかある。ベッドのわきに飾ってあるあためるのフィギュア。数量超限定で販売されたそれはネットのフリマサイトで見たところ、転売屋がふざけた値段をつけていた。どうせ当たるはずもない思っていた抽選に当たった時は大喜びした。
「僕、このまま死ぬのかな」
こんなことを口走れるうちはまだ大丈夫かもしれない。だが、いつかそれを口にすることすら恐ろしくなるくらい追い詰められていくのかもしれない。その前に何かやりたいことの一つでも見つかればいいのだが。
「やりたいことかー……あちゃめるに会いたいなー」
他に何も思いつかなかった。Vtuberにでもなって同じ事務所に所属すればそんな機会もあるだろうか。あまりにもバカバカしい妄想だ。笑えてくる。
そんな妄想を毎日考えている自分に呆れる。
『つ、次はみんなちょっと知らない曲かもしれないけど、聴いてほしい曲があって……歌ってもいいかな? 『木漏れ日standing cat』っていう曲……』
「知ってる知ってる」
臆病な飼い猫が外の世界の美しさに憧れて一歩踏み出す物語。僕はイントロのメロディーを口ずさみながら立ち上がった。押し入れを開けて、アコースティックギターのケースを取り出す。
これもフィギュアと同じくらい捨てられなかった『過去の自分』だ。薄っすらとホコリを被ったケースを開けた。