ネット弁慶コミュ障陰キャお〇さんは推しのVとてぇてぇしたい 作:--
Vtuber。今やこの業界も立派にサブカルの一端を担う成長を遂げ、映像技術の進歩により数々のVtuberが生まれている。その中でも“箱推し”の絶大な支持を集める企業所属ライバーは別格の存在と言っていいだろう。
箱、すなわちアイドルグループのようなものだ。メタバぺっとは企業系Vtuberグループとして最大級の知名度を誇る箱だ。所属するタレントは少数精鋭。まさに狭き門である。
「ついに来たか……」
そして今、そのメタバぺっとを運営する本社の前へと僕は来ていた。
呼 ば れ て も い な い の に 。
メタバぺっとに入るためにはどうすればいいか。方法は一つしかない。オーディションに合格することだ。この新規加入ライバー募集は定期的に行われているが、今は時期が悪かった。
前回の4期生公募が実施されたのが3か月ほど前のことだ。そんなに早く次の募集はかからない。ならばそれまで待てばいいと考えるのが普通だろう。
だが、僕は考えた。そんな普通のやり方で合格できるのかと。
オーディションには全国から選りすぐりの候補たちが集まるだろう。若くてぴちぴちの美少女たちが。果たして僕の戦闘力で太刀打ちできるのか。
難しい。過去の募集要項には動画投稿者としての実績も重視されると記載されていた。履歴書一枚送ればそれが担当者の目に留まってとんとん拍子に採用されちゃいましたテヘペロ、なんて甘い世界の話ではない。
そこで思いついたのが売り込みだ。芸人や俳優が下積み時代、自分の脚で駆け回って営業したなんて話を聞いたことがある。熱意を伝えるためには良い手段ではないか。
もう年もそれほど若くはないし、過去の実績なんて何もないが、僕にだって武器はある。声に関しては自信がある。客層に合わせたオタク知識もそれなりにあるつもりだ。売り込み用の芸もいくつか考えて練習してきた。仮にうまくいかなかったとしても、顔を覚えてもらえば次のオーディションで印象を残せるかもしれない。
「スフゥー…………いやムリ…………」
そんな覚悟は本社ビルを前にして消し飛んでいた。想像以上にデカい建物だ。おそらく収録スタジオとか撮影設備も一緒に入っているのだろう。対峙した僕はまるで巨大な怪獣に睨まれているかのように足がすくんでいた。
電話でアポの一本でも入れてくるべきだった。というか、それが社会人としての常識だろう。だが、電話をかける前から何と言われるか予想できた。「次のオーディションを受けろ」だ。
そこを何とかと粘ったところで返答は変わらないだろう。僕もコールセンターに勤めていたからわかる。たまにいるのだ。こうと決めたらそれ以外の選択肢が頭の中から消え去って周りが見えなくなる人間が。
僕じゃん。
服装もどうするか悩み抜いた。結局、フォーマルタイプの私服で来てしまった。スーツを着ようかとも思ったのだが、ガチ感がすごい。これにギターケースも引っ提げているので不審者度120%。警官と出会ったら職質されそうだ。ケースの中身を見せろと言われるだろう。
そんな有様でうろうろと本社前を行き来していた。なるべく人目のつかない路地の方へと移動する。もう完全にこれ不審者だろ。
シラフではとても正気を保てない。酒を飲むわけにもいかなかったので、モンエナを2缶一気飲みしてきた。そのせいか頭がグラグラして心臓が破裂しそうなくらい脈打っている。しっかりしろと自分に言い聞かせた。
ここですごすごと引き返したところで、そこに何がある。失う物すらない場所に戻ってどうする。だったら当たって砕けてもいいじゃないか。
「こっ、こんちゃめ~……メタバぺっと4期生の、ふ、古宿あためる、だよ~……」
自信を取り戻そうと、死ぬほど練習したあためるのものまねを声に出す。同じ箱に所属するライバーのものまね芸は鉄板ネタだ。営業に使えるかもしれないと思って全員分を練習してきた。
もちろん、クオリティにはバラつきがある。だが、あためるの声真似は一番の出来だと太鼓判を押せた。あためるの声は、僕が声変わりする前の声質と似ている気がする。普段喋る音程の違いこそあれど、そこまでかけ離れた声質ではなかった。
「こんちゃめあちゃめ~……」
この尻すぼみになっていく声の感じなどまさにあためるそのもの。僕の愛がなせる技だ。
「ちゃめちゃめ~…………はぁ……帰るか」
正直、コミュ障の僕がこの場所まで来られるとは思っていなかった。以前の僕なら絶対に無理だと最初からあきらめたはずだ。それだけ今回は本気だった。
もう十分すぎるくらいの成長だろう。今日のところはこれで良しとする。そう、これは下見のようなものだ。もっと力を蓄えてからまた来ればいい。
なんなら次のオーディションまで待ったって全然良いじゃないか。僕の悪い癖、思い込んだら一直線が出てしまった。突撃してへし折れて、何度挫折を味わったことか。
でもまあ、間違いに気づけたのだから良かった。メタバぺっと事務所という聖地巡礼ができただけでも儲けものだ。来た意味はあった。
しみじみと本社ビルを眺めてから踵を返す。するとそこには、一人の女の子がじっとこちらを見て立っていた。
「いっ……!?」
心臓が鷲づかみにされたかのように動悸する。いつからそこにいたのか。全然気づかなかった。
「あの、もしかして古宿あためるさん……?」
女の子が僕に尋ねてくる。もしかしてさっきの独り言を聞かれたのか。
「いえ違う違う違う違うちがちがあがががが違いますぅ! 今のはただのものまねで、ぜんっぜんあちゃめるとかぜんぜんそんなつもりは!」
「ご、ごめんなさい驚かせる気はなくて、あの、私です!」
どの私だというのか。しかし、僕はそこではっと気づいた。この声はもしかして。
「え……フィーたん……?」
三方フィーナ。あためると同じ4期生のライバーだ。あためるとは対照的に活発で元気あふれる性格をしている。友達の使い魔を召喚しまくる召喚術士の見習い魔女という設定。デビュー当初はキャラの弱さから人気が伸び悩んでいたが、常識人と見せかけて以外とポンだったり、飲酒配信での豹変ぶりなどからじわじわと評価されてきている。
「やっぱりそうなんだ! こうやって会うのは初めてだね!」
その時、僕の思考は停止しかけていた。だって本物のVtuberに出会えるなんて思わない。この近くにいるかもしれないという期待はしても、画面上の絵でしか存在を知らないのだから、中の人が誰かなんてことはわからないはずだ。こうやって向こうから教えてでももらわなければ。
「ほ、ほほほんもの!? ほんもののフィーたん!? ホァーッ!?」
「そんな驚く!? オフで会うのは初めてだけど、何回かコラボしたでしょ!」
めちゃくちゃかわいいんだが。たぶん大学生くらいだと思う。僕じゃこの先一生着ることもできないフェミニンなファッションだ。なんというかオーラが違う。空気が浄化されてきた気がする。
「色々話したいけど、ここじゃ落ち着かないから、中に入ろ?」
フィーたんが僕の手を握ってきた。嘘だろ、こんなナチュラルに身体接触。妊娠する。体中から変な汁が出る。軟体生物にでもなったかのように骨抜きにされる。
「私の名前、
「は、ハツふぇす! はっ、ちが、ハルです!
「ハルさんってもしかしてハーフだったりする?」
「そそそそそう、こっちでは瀬川アイリス晴って、へ、変な名前」
「やっぱり! 顔立ちがなんか違うもん。背も高いし、スタイル良いし、脚長いし。いいな~、身長何センチ?」
「ひゃ、170くらい……」
めっちゃ褒めてくれる。全肯定フィーたん。オタクに優しいギャル、都市伝説ではなかったのか。もちろん嬉しいのだが、僕にとってあまり触れたくない話題でもあった。
アメリカ人と日本人のハーフと言っても、向こうで生まれてすぐに日本に移り住んだので英語は全然話せない。ほぼ日本人の感覚しかないのだが、小さい頃は体のせいでいじめられたこともあり、悩むことも多かった。
ナイーブな気持ちになったからかちょっとだけ落ち着いた。そして現状を理解して一気に頭が冷める。
「ハルさんはどこに住んでるの? 私はね~」
フィーたんはばんばん話しかけてきて躊躇なく個人情報を開示していく。この会社と縁もゆかりもない一般人相手にだ。やばすぎる。どうも僕のことを疑いなくあためる本人だと勘違いしているらしい。
「でも、ホントびっくりしたよ。あためるって配信の時と全然感じが違うんだもん。むしろこれだけ違うキャラを演じきれるって、すごい才能だと思うよ」
そんなことある? 本社ビルの前であためるのモノマネしてるだけの一般人を本人と思い込むか。と思ったが、そもそも普通はそんな頭のおかしい奴がうろついているとは考えない。たまたま通りすがった時にあためると似た声が聞こえたら、本人かもしれないと思うのでは。
そのあと僕は必死に否定したが、その反応も別におかしくはない。どうやらフィーたんとあためるは顔合わせすらしたことがない様子。誰ともわからぬ他人にいきなりVの中の人だと特定されれば、とっさに焦って否定もするだろう。
「あ、あのちょ、あの、ま、ま……」
「どうかした?」
コミュ力つよつよのフィーたんはひっきりなしに話しかけてくる。何とかそれを遮った。このままズルズルとフィーたんについていくわけにはいかない。既に会社の敷地内だ。不法侵入、警察沙汰、脳内に不穏な単語がよぎっていく。
「フスー……フスー……あの、よ、ようじが……」
逃げないと。じりじりと後ずさる。だが、僕とフィーたんの手はつながれたままだった。
「大丈夫。あためるの性格のことは聞いてたから。ギター持ってるし、これから収録とかあるんでしょ? 不安なら私がついて行ってあげる」
そう言って花が咲くような笑顔を見せてくれるフィーたん。その手を振りほどくことはできなかった。
仮にここで僕が何も言わずに黙って逃げ出したとする。僕があためるではないことはすぐに判明するだろう。その時、フィーたんはどんな気持ちになるだろうか。
恐怖しかないだろう。本名から住所から家族構成まで喋った相手が全くの部外者だったのだ。僕だったら夜も眠れずエゴサする日々を送るだろう。そんな思いを彼女にさせるわけにはいかない。
正直に本当のことを話し、その上で許してもらうしかない。だが、それもまた地獄だ。この無邪気な笑顔がどんなふうに変化するか想像もしたくない。もはや笑い話では済まされまい。
フィーたんに嫌われたくない。胃が雑巾しぼりでもされているかのように痛み始めた。