【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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▶ご報告
 現在、本作品の書籍化企画が進行しております。
 これも偏に応援してくれた読者様がたのお陰です。

 という訳で。以前から「いつかやる」と言っていた改訂(加筆修正)は、そのまま書籍版にスライドする運びとなりました。
 結果、ほぼ書き直しみたいな作業を(自分から嬉々として)やりまして……ハーメルン投稿版から少なからず変化した書籍版の雰囲気を少しでも伝える為に―――そして宣伝の為に、この短編を(自主的に嬉々として)書いたという経緯です。
 宣伝用ということで、この短編は最低限購買の検討材料を提示できるよう、書籍版と同じ熱量(ぜんりょく)で書いております(ただし台詞の前後の改行など、サイト上で読みやすいような加工はしております。また、この短編は書籍版の内容には含まれておりませんし、絶賛試行錯誤中である書籍版の文体や雰囲気を確約するものでもありません。その二点は御留意ください)。
 また書籍化決定に伴い、以前より活発に本作の続きを投稿していこうと考えております。

▶本短編について
 本短編の時系列は『災玉国防学園編』(エイトが九瀬班に入ってから『魔塵繭破壊作戦』が発令されるまでの間)のどこかです。
 一応『宣伝』として、事前知識なしで読めるように書いたつもりです。
 文字数は三万字程度です。
 また設定に関しては、書籍化に際して改良途中のものを採用しているため、投稿版・書籍版と異なる可能性があるのを留意して頂きたく存じます。


 色々前置きが長くなってしまい申し訳ない。
 それでは、今回もお付き合い頂ければ幸いです。


報告・宣伝短編 『生死境界/not if』

 

 人間(ひと)は毎秒のように死亡し、毎秒のように蘇生する。

 その拍動が終わるとき、(すべ)てが終わるとするならば。

 その脈動が続くかぎり、全てを否応なく続けるしかない。

 胸の左奥(ちゅうしん)、心の在処(ありか)は、そう主たる人体(ワタシ)に強制する。

 

 (ソレ)は「動いては止まる」を繰り返す、最小単位の生死の境界(はざま)

 毎秒響き渡る生の証明―――その間隙たる刹那の死に、ヒトはきっと不滅(えいえん)を知る。

 

/生死境界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――胴体(カラダ)に穴が()いていた。

 

 どくん、とまた一拍脈が打つ。

 ずきん、と傷が再度(ふたたび)熱を帯びる。

 神経を貫くふたつの音は、その実綺麗に連動していた。

 要するに、鼓動するたび傷は痛み、傷が痛むたび心臓は悲鳴を上げる。

 その繰り返しは、さながら円環の蛇(ウロボロス)の慟哭めいて。

 どくん、どくん。

 腹から背まで貫通した(あな)が、飽きることなく血を吐いている。

 ずきん、ずきん。

 ああ、(きず)を焼く痛みとは、体外に棄てられる血液たちの断末魔のよう。

 その痛みだって、今はまだ脳内麻薬(アドレナリン)で悲鳴を押し殺せる程度に抑えられているけれど、本当は気絶するほどの激痛(モノ)なんだろうな―――なんて他人事めいた感想が、どこか他人事のように思考の間隙を通り抜けていった。

 

「っ、―――」

「エ、エイトくんっ! あ、そ、んな―――!」

 

 ごぷ、なんて間抜けな音を立てて吐血したのが合図だったみたいに、この世の終わりを前にしたみたいな少女の声が悲壮に響く。

 

「……九瀬(くぜ)

「エイトくん! し、死んじゃやだよっ……! でも、血がこんな、に―――ああ、だめ……!」

 

 失血で霞がかっていく脳、水没するみたいな意識では、どうにも彼女の声は聞き取りづらくて。

 ああ、けれど。

 そんな声に集中するためには、()()()()は酷く邪魔だった。

 

繝医ラ繝。縺?(グルオオ)―――』

 

 ゆらり、意味不明の風音(なきごえ)と共にこちらへにじり寄ってくる巨体(かげ)

 出来の悪い幽霊みたいな黒い異形(ヒトガタ)は、輪郭を霧みたいに揺らめかせて、腕部が変形した漆黒の刃を殺意に翳す。

 ギロチンもかくやの巨大な刃、血に濡れた禍々しい切っ先に、俺は断頭に赴く処刑人の姿を幻視した。

 

 要するに、ソイツは俺たちの敵だった。

 名前は『魔塵(まじん)』。

 腹から背まで繋がる刀傷(おおけが)を俺にプレゼントしくさった、異形にして異種のクソ野郎。

 どくどくと。

 貫かれた傷が溢すアカイロは、ソイツから見ても危機的だったのだろう。

 無貌を歪める狩人の喜悦(よゆう)

 足のない巨体(かげ)は、ゆらり、風に揺れながら俺たちへ迫る。

 

 そんな敵と、鼓動が限界を迎えようとしている己の体とを確認して、俺は。

 

 ―――まだ、動く。

 

 そう、譫言(うわごと)みたいに脳内で唱えた。

 

 (せい)とは、()()()()モノである。

 反対に死とは、()()()()()()()()()モノである。

 

 まだ動くなら、生きている。

 動いているなら、死んでいない。

 ソレは俺と(やつら)、両方に共通する単純な法則。

 

 どくん、どくん。

 胸の左奥(ちゅうしん)で、赤い臓器(カタマリ)が臨死を叫んでいる。

 ずるり、ずるり。

 人型と言うには異形に過ぎる敵の影が、膝を突いた俺に迫り来る。

 鼓動(かげ)は止まらない。

 無音という刹那の死は、次いで(うご)く命の音で蘇生する。

 まだ、動く。

 

 まだ動くなら―――殺さなきゃな。

 

「―――〈兌瘴、暗器(ダーク、メイカー)〉」

 

 血反吐と共に、言葉を唱えた。

 魔法の呪文。いいや、俺は魔法使いならぬ『魔霧使い』なんだから、魔霧の呪文と言うべきか。

 ああ、それも違うな―――そう、これは単に、異能の名を呼んだに過ぎない。

 呪文詠唱(スペルキャスト)と違って何の捻りもなく、深い意味もない単名詠唱(シングルキャスト)

 されど、そこに意味はある。

 だって名前を呼んだのだ。

 噂をすれば影が差すように……呼べば、来たる。

 それがこの世の法則なれば、俺の手中にて瘴気が渦巻くのは必然であった。

 

「ッ―――」

 

 じくん、と掌を貫く歓喜(いたみ)

 皮膚の下に埋まった黒い神経の哄笑。

 咆哮の代わりにドス黒い煙を吐き出して、腕に住み着いた(ケモノ)殺戮(はんげき)を謳う。

 

 創るは刃。

 抜くは剣。

 痛みを喰らいて猛るは漆黒。

 ずるり、異能の現出は、蛇が毒牙を剥き出すように。

 

 さあ、出番だぞ俺のクソ異能―――。

 

「“代償強化、装填”―――生成、『影斬刀(えいざんとう)月景真打(つきかげしんうち)』」

 

 ああ、敵が異形なりし怪物であると云うのなら。

 俺が虚空(かげ)より引き抜いた実像(カタチ)は、異形を惨殺する為の異相であった。

 二メートルを超す刃渡りに臨界さえ突破した殺傷能力を宿したソレは、暗影めいた純黒を誇る大太刀。

 銘を、『影斬刀(えいざんとう)月景真打(つきかげしんうち)』。

 俺の瘴気能力が傷を代償に作り出した、死の気配纏う格上殺し(ジャイアントキラー)

 

 そうやって―――俺が敵を殺す為の武器(チカラ)を手に入れたコトに、(あちら)も気付いたようだった。

 獲物にトドメを刺す勝者の態度(よゆう)が、反撃を恐れトドメを刺さんとする強迫観念(あせり)にすり替わる。

 瞬間、颶風めいて突進してきたその巨影に、俺は残酷なまでに単純な真理を見た。

 

 それは人魔を問わず適応される、至極明快な生命真理。

 その拍動が終わるとき、死闘(たたかい)が終わるとするならば/

 この脈動が続くかぎり、(たたか)いを否応なく続けるしかない。

 

「あぁ―――なんだよ、気が合うな。いいぜ、さっさと終わらせよう」

 

 果たして、生死を分かつ最後の衝突(やりとり)は飾り気なく訪れた。

 殺気裂帛。

 魔塵(てき)が腕刃を振り下ろすのと、

 影刃(カタナ)を逆袈裟に(はし)らせたのは、同時。

 無限にも思えるほどに凝縮された一瞬(じかん)は、交差の瞬間、創世(ビックバン)じみて黒く弾ける―――。

 

 

 其は、正真正銘の生死の境界(はざま)

 体内で輪唱する(いのち)証明(おと)が停止する刹那、俺は一刀の先に(えいえん)を見た。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 ―――さて。

 話はそんな一刀を放つ、数十分前に遡る。

 

 

 俺、影宮(かげみや)エイトは、瘴気(しょうき)漂う『旧都(きゅうと)』の街を歩いていた。

 

「はぁ……相変わらず気の滅入る景色ったらありゃしねー。折角夏なら海とか行ってみたいモンなんですが……透き通る碧海、吸い込まれそうな蒼穹どころか、視界には青色の『あ』の字もねえときた」

 

 ぼやき、等間隔の足音を引き連れて街を往く。

 

 季節は夏。

 だが、()()()じゃ夏空も風情も期待はできない。

 高く快晴を叫ぶ蝉の合唱(こえ)も。

 天井が抜けた空に君臨する入道雲も。

 蒼く涼やかな潮騒どころか、アスファルトを焦がす炎天さえもここには無いのだ。

 

 なにせこの街の空模様は十年間ずっと同じ……空も陸も、冗談のように満ちる毒霧が、世界を曇らせ続けているんだから。

 

 炎天は瘴気の後ろに隠れ、街を満たすは冷たい常夜。

 夏の涼風は黒ずんだ紫が染み込んで毒の霧に。

 蝉の音は死に絶え、風音は幽霊の啜り泣きを再現している。

 歩く地面は老衰間際の老人めいて罅割れた道路(アスファルト)

 そして周囲の景色とは、死病に侵され横たわった灰色の怪物を思わせる、見事なまでの廃都であった。

 

 青い熱気は棺桶の中。

 きっと、この世で最も(しず)かな夏。

 生命(いのち)の熱を忘れ去った、一万年後を先取りした無人街(セカイ)

 

 そんな毒霧の街を、ただ歩く。

 ポケットに手など突っ込んだりして、ひょいひょいと瓦礫を避けながら道を往く。

 別に散歩ほど気楽ではないが、そこまで殺気立ってもいない。

 せいぜい、ガードレールのない狭い歩道を進むくらいの警戒度(きぶん)だ。

 旧都つっても外周区は言うほど危険じゃないし、魔塵の奴らもそう多くない。

 ま、たとえ魔塵が出なくたって……瘴気なんて毒霧で覆われたこんなボロボロの死骸都市(ゴーストタウン)、俺たちのように強制でもされなけりゃ、誰も足を踏み入れないだろうがね。

 

 

 ―――『旧都(きゅうと)』とは、要するに滅びた首都(まち)である。

 旧東凶都(とうきょうと)・二十三区。

 そこは十年前に大災害に襲われて、以来『瘴気』って毒霧に覆われたまま、人間の住めない魔都に変わっちまった。

 

 

 そんな猛毒・猛獣注意の廃墟(まち)を俺がてくてく歩いているのは、別になんかの刑罰とかではない。

 いや、確かに考えてみれば奥ゆかしめの処刑法っぽいっちゃぽいんだが、異能者(いのうしゃ)である俺には瘴気の毒とか効かないワケですし。

 

 異能、別名を瘴気能力。

 異能者、またの名を瘴気使い。

 名の通り、瘴気の毒に抗体を持つ……どころか固有の瘴気を生成する機能を獲得した人間。魔塵を殺す突然変異(キンスレイヤー)

 その超常能力により、襲い来る『瘴気災害』と『魔塵』から人類を守る、超人。

 両手に嵌めた手袋。その下の皮膚の更に下で、黒い神経が刺すように嗤う―――。

 

 とはいえ、今のところこの国で正式採用されてる呼び方は『異能者』のほう。

 何と遊びがないのだろうか、この国の行政は。

 お役所仕事もここまでくるとツマラナイというか、飾り気がなさ過ぎてなんともモチベが上がらない。

 いやまあ、呼称が別だったとしても、旧都くんだりまで駆り出されてる時点でモチベなど底値も底値なのですが。

 黒い神経も笑みを消す。

 萎えたように指から熱が引いていく。

 そのせいだろうか。

 俺の口から、実に間抜けな声がぽろりと漏れたのは。

 

「……そういや、『異能者』って略称で、正式名称長かったよな。なんだっけ」

 

 それは、何の気なしに呟いた独り言。

 明確に答えを求めた訳でもない、ぼやき以上の意味など無い文字の羅列に―――けれど今日は、なんとも律儀な反応があった。

 

「―――えっと、たしか『瘴気由来異常能力発現者』、縮めて『異能者』だね。命名当時は末尾が『発症者』だったけど、異能者と揉めてその部分は『発現者』に改められた、って話だったと思うよ、エイトくん」

 

 振り向けば、廃都に咲く一輪の花。

 明るい髪色の大和撫子へ、俺はちょっと複雑な気分で返事。

 

「……九瀬(くぜ)。まずは教えてくれてありがとう。んで、これは単純に疑問なんだが……異能について俺より詳しいって、そりゃ一体どういう理屈(ワケ)? 俺とおまえの異能者歴(キャリア)、十年くらい開いてるよな?」

「え? えっと、それは……」

「それは?」

「その、普通に授業で聞いたからだけど……」

「―――ハイこの話終わりな。やめよう。どうせ俺は成績不振(バカ)の居眠り常習犯だよ」

 

 えぇ……と若干残念なコを見る目でこちらを憐れむ、共に旧都を歩いていた女子生徒。

 九瀬(くぜ)ヒカリ。

 天使の光輪(ヘイロー)っぽく見える感じに茶髪の一部が変色した、天使と形容していいくらい可憐な容姿の、やっぱり天使っぽい性格をした少女。

 彼女とは同じ『学園』に所属する同級生だが、今は同じ(パーティー)の一員でもあり……要するに、仲間であった。ちなみに班長(リーダー)は彼女なので、関係は『同級生』より『上司と部下』が妥当かもしれない。

 ……そう表現すると、俺と彼女の優秀さに差があるのは当たり前な気がするのだった。

 

「……で、班長(リーダー)。目的地は?」

「え? ええっと……うん、もうちょっと。この十字路は直進だね」

 

 半ば強引に話題を逸らせば、学園生徒専用スマホの地図機能で律儀に現在地を確認する九瀬。

 この程度で元の話題を忘れてくれる人の好さをありがたがるべきか、道案内の仕事を押し付けているのに気付いても居なさそうな人の好さをありがたがるべきか……あれ、ありがたがるところしかねえじゃん。人が好すぎるぞこいつ、菩薩かよ。

 光が強ければ影も濃くなるとは言うが……なんか自分が居た堪れなくなって、俺は話題逸らしを続行することにした。

 

「しっかし、イマドキ珍しいよなぁこういう『お使い』って」

 

 ぼやけば、九瀬がカタチのいい眉を顰める。

 

「お、『お使い』って。エイトくん……これも任務だよ? その、ちょっと緊張感が足りないのではないでしょうか」

「ん? ああ、知らねえ? 民間依頼の中で、魔塵(まじん)との戦闘が前提じゃないやつのことを、俗に『お使い』って言うんだぜ。ほら、今回は魔塵を避けて進んでもいいわけだし」

 

 もっとも正式な呼称(モン)じゃない学内スラングだが、なんて説明すれば、九瀬は「ほえー」なんて間抜けな音で感嘆を示してくれた。

 そう、これが本来のあるべき関係性ってやつなのだ。多分。

 

「そうだったんだ。知らなかった……」

「そうだったんだぜ。それで、今回の『お使い』は納品だっけか? あの、十年前の瘴気災害から避難するときに持ち出し忘れた思い出(プライスレス)の品を取り戻したいが、瘴気の毒で立ち入り禁止の旧都には入れない―――ってことで異能者(おれら)にお鉢が回ってくる、よくあるヤツで間違いないか?」

「う、うん。『放棄した実家に置き去りにしてしまった物品(モノ)を回収して欲しい』、って依頼だったはずだよ……言われてみれば、確かに、魔塵と戦えって言われない任務は新鮮かも。目的の物品を回収して帰還するだけでいいんだもんね」

「ああ。ごく普通の、危険度(ランク)星二の任務だよ」

 

 ちなみにこの任務を受けたのは九瀬。

 俺は付き添いみたいなモンだ。

 尤も、俺の立場は助っ人というよりはコバンザメが近いし……敵を喰い千切る強壮な(みかた)も、普段より二匹少ないのだが。

 

「まあ、難易度が低いせいで四ツ星以上は参加できねえっていうデメリットもあるがな。双咲(そうざき)もナナ()も、居るとおっかねえが居ないと心細いよな……いや、九瀬が頼りないってわけじゃないが」

「私も、エイトくんのこと頼りにしてるよ。……ところで、なんでこの『お使い』が珍しいの?」

 

 九瀬(イメージ的にはジンベイザメ、安心感が凄い)が(おとがい)に指を当てながら首を傾げる。どうやら会話脱線前の俺の言葉を覚えていたらしい。

 その問いに話題を軌道修正してもらった礼ではないが、俺は周囲を見渡しながら何の気なしに答えた。

 

「だって、東凶が廃墟になってもう十年だぜ?

 国防三校創設当時はそれこそ民間からの『お使い』―――それも失せ物探し系が殺到してたが、最近はとんと見やしねえ。それも当然の話で……本当に取り戻したい物品(モノ)なら、とっくに依頼をしてるはずだろ。特に、こんな外周区ならさ」

 

 そりゃ目的地が大災害の爆心・渋夜(しぶや)区とかなら、危険過ぎて殆どの生徒は立ち入りすらできないんだし、未だに依頼が出ててもおかしくはないが。

 外周区はこうやって星三級でも立ち入れる程度の危険度しかなく、ということは『お使い』を受けられる異能者の母数も増え……需要に対して供給が上回るのだから、必然需要は減少していく。もとい、慌てて取り戻したい程の貴重な「失せ物」は、そうして旧都から消えていく。というか既にあらかた消えていった後だろう。

 そういう訳で。

 今更外周区への遺失物回収依頼というのは、中々に珍しいものだと言えたのだ。

 

 というか、よく考えてみれば。

 俺たち異能者は一応、『人類vs瘴気☆ドキドキ泥沼異種間戦争~膠着編~』における人類側の戦力(強制)である訳なんだが……こうやって危険地帯に二人お使いに出されるというのは、軍人(ソルジャー)というよりは猟師(ハンター)っぽい気がしなくもないよな。

 廃墟の都会(コンクリートジャングル)を猟師がふたり、か……うん、そっくりだ。特に最大幸福(みんなのため)を人質に、薄給で行政にコキ使われてる所とか。

 ……おっと、ただでさえ底値だったモチベが下方向に突き抜けて行ってしまったぞ。帰りたい。

 

 などと、余りにも益体のない脱線(こと)を考えていると。

 隣を歩く九瀬が、ぽつりと小さく呟いた。

 

「『本当に取り戻したい物品(モノ)なら、とっくに依頼してるはず』、かぁ……うぅん、本当にそうなの、かな」

 

 それは疑問というよりは、否定のニュアンスを含んだ声音。

 さっきの俺の発言を受けて思うところがあったのは明白だったが……言葉は続かない。

 とまあこんな風に、九瀬は実に控えめなお人好し少女なので、俺の方から返事を促してみる。

 

「……その心は?」

「う、うん。だって、民間依頼ってお金がかかるんでしょ? なら……瘴気災害で家を追われちゃった十年前は子供だったけど、今は成長して、ようやく依頼するのに必要な資金(おかね)が溜まったとか。そういう事もありそうだなあ、って」

 

 ふむ。そう言われれば、確かにそうかもしれない……。

 

「……いや、それでも十年だぜ? 十年も気持ちが続くモンかね?」

「? 続くと思うよ?」

 

 切り返しは、今度こそ即答だった。

 太陽って東から昇りましたっけ、みたいな絶対不変の常識でも尋ねられたかのように、九瀬は真顔のまますらすらと言葉を紡ぐ。

 

「エイトくんだって知ってるでしょ? 一度抱いた感情は、そう簡単に消えてくれるものじゃないのです。ほら、忘れようとしたけどやっぱり忘れられなかった、なんて経験ない?

 そういう例の通り、心は感情を忘れない。ううん、たとえ自分では忘れた、感情を消去したと思っても……それは本当に消えたんじゃなくて、意識できる範囲から消えただけ。意識の外に出ただけだから、ふとした刺激で(よみがえ)るの。それってつまり、忘れてなかった、ってことでしょ?

 私は思うんだ。ひとは、そのひとの過去と一緒に生きてる―――そのひとの中には、当時の感情っていう過去(れきし)がずっと息づき続けてるんだって。だから今日の任務は、依頼人さんっていうタイムマシンが、十年前の過去から届けに来たものなんだよ、きっと」

「……なるほど」

 

 ―――思わず、心底から感心した。

 つまり、十年間気持ちが続いたという訳ではなく……十年前の本人(かんじょう)が、未だ依頼者の中に生きていると。

 そう九瀬は言っている訳だ。

 それなら確かに、今更依頼が来たことにも疑問はなくなる。

 なにせ、依頼に十年かかった、というのはどうにも理解し(がた)いが―――十年前の感情が(よみがえ)って依頼を出す分には、所要時間(タイムラグ)はゼロな訳だし。

 

「……うまく説明がついてるな。うん、前々から思ってたんだが、九瀬……おまえの言葉にはなんていうか、無条件で身を預けたくなるような安心感があるね、どうも」

 

 ぼやくような声は、その実、冗談を装いきれなかった本音であった。

 全く、これだからこいつは始末に負えない……肝っ玉は凡人の癖して言動(そとみ)は誰よりも英雄らしいとか、一番損をするタイプである。

 ヒロイックではあるのにヒロイズムに酔えない真の勇者(ヒーロー)

 そんな冗談みたいな在り方が、俺から見た九瀬ヒカリという少女の(カタチ)だった。

 それは、俺などとは似ても似つかない輝きの―――けれど、実は少しだけ共通点もあって。

 だからこそ臆病者の猟師(おれ)は、柄でもない『勇者(ヒーロー)様のお供』なんてのを懲りずに続けているのだろう。

 別に、自分の称号(よばれかた)なんかに興味はないけれど。

 放っておけない、なんて浅い動機を隠すには、彼女の輝きはおあつらえ向きなのであった。

 

 とまあ、そんな万感がどこまで声音に乗っていたのか。

 九瀬がなんだか困ったように顔を背ける。

 

「なっ、なにそれ。その、そんな信用されても困っちゃうよ、私」

「……いや。おまえを信用できなかった場合、困っちゃうのは俺の方なんだが……道、本当に合ってんだよな?」

 

 問えば、ちょっとお待ちを今トキメキゲージを抑えてますので、なんて実に意味不明(ふあん)な返事が返ってきた。

 おい、本当に大丈夫なんだよな。旧都で迷子とかちょっと洒落になりませんよ班長(リーダー)

 と、ここで不吉な気配を察知。

 どうやらお喋りはここまでのようだ。

 

「―――おっと、九瀬」

「わぷ」

 

 九瀬を手で制止し、曲がり角の先を建物の影に隠れて確認する。

 見れば、廃墟の道路に数体の影がたむろしていた。

 人影を思わせる(フォルム)大きさ(サイズ)だが、当然、こんな所に人は居ない。

 影の正体は、『魔塵(まじん)』である。

 旧都を支配する、世にも珍しい気体のバケモノが数体……サバンナの肉食動物の群れみたいに、何の目的もなく道路にたむろしその縄張りを主張していた。

 

「……魔塵の群れだな。よし、ここは迂回しよう」

 

 当然、今回は戦う必要が無いので遠回りしてやり過ごそう―――と、思ったのだが。

 

「―――エイトくん」

「?」

 

 九瀬の声に何となく嫌な響き(モノ)を感じ、振り返る。

 すると彼女は、すっと人さし指を突き出していた。

 その指の先を見れば、魔塵がたむろするすぐ奥にある一戸建ての民家が。

 ああ、何となく先は読めた。

 読めたけど違ってくれると嬉しいなぁ、なんて俺の願いは……けれど次の九瀬の言葉で脆くも崩れ去ることとなる。

 

()()()。あれが、依頼者さんのお(うち)みたい、なんだ」

「……マジか」

 

 なんたる悲運。

 魔塵と戦わなくてもいい、というのは何だったのか……今回の目的地の周りには、偶然にも魔塵が彷徨(うろつ)いているようだった。しかも全然その場から立ち去る気配がない。噂に聞くコンビニ前のヤンキーかよ。

 加えて更に悪いことに、魔塵は周囲の瘴気と共生関係にあり、近くで起こった瘴気(かぜ)の動きを察知する。

 つまりあの距離間では、気付かれず目的地(みんか)に侵入するのは不可能だろう。

 ああ、なんて間の悪い。

 

(……諦めて帰還するか?)

 

 民間依頼は一度二度程度失敗しても特に問題(ペナルティ)はない。

 報酬金が貰えないってだけだ。

 その報酬金だって、(学園に中抜きされてるせいで)命懸けの切った張ったを演じるには安すぎる。

 

 ―――痛いのは(いや)だ。そんで、死ぬのはもっと(イヤ)だ。

 俺が学園生徒として八年間、依頼漬けの日々を生き抜いてきたのは、そんな後ろ向き(ネガティヴ)極まりないながらも強固な信念があったからである。

 努力も訓練も飽きずに積み重ねたのは死なない為だし、ヤバそうな事からは徹底的に逃げると決めている。

 死にたくないので死なないように立ち回る―――それが俺・影宮エイトの処世術。手段と目的が一致した稀有な生き方の例である。

 

 だから……きっとこの時点で、俺ひとりなら諦めて尻尾を巻いていた。

 そうしなかったのは、ひとえに九瀬が居るせいだった。

 なにせ彼女が何の気なしに放った言葉は、俺の思考の逃げ道に先んじて回り込んでおり、今更になってその存在感を増していたのだから。

 

(『感情は、そう簡単に消えてくれるものじゃない』―――か)

 

 口の中だけで呟く。

 ああ、依頼人にだって事情があって、それなりの重さの感情のためにそれなりの金額を(はた)いたのだろう。

 それは、俺とはまるで無関係の他人の事情だけど……俺はその事情を、もう想像してしまった。ありありと思い浮かべてしまった。

 そうやって抱いた共感やら同情やらの感情もまた、そう簡単に消えてくれるモンじゃないわけで。

 要するに―――楽できると思ったんだけどなぁ、と溜息ひとつ。

 

「―――九瀬、援護頼んだ」

「わ、分かった!」

 

 観念して、俺はいっちょ命懸けの切った張ったを演じることにしたのだった。

 ま、道案内は九瀬に任せきりだったし? ここいらで俺も報酬分くらいは働きますかね、なんて脳内で嘯いて。

 それにまあ、なんだ―――見たところ雑魚ばっかだしな、魔塵(あいて)

 ……ああ、白状すれば。

 打算的な俺は、ちゃっかり彼我の戦力差を密かに皮算用していたのである。

 計算結果は「難なく勝てそう、勝率90%以上」。

 全く、我ながらどこまでも恰好悪い……戦う理由が「勝てるから」とか、男らしくないにも程がある。

 

 とはいえ、今はそういう固定観念(らしさ)からの脱却が時流(トレンド)ですし。

 依頼者(おきゃくさん)には悪いけれど―――今回はこんな情けない学生猟師(ヒーロー)で勘弁してもらうと致しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、(くら)旧都(まち)の片隅で。

 何の変哲もない民家を目印にするように、その怪物たちは道端で集団を形成していた。

 

 漆黒の姿形は、どこか幽霊に似て。

 柳のように風に揺らめく影たちは、人類とは異なる方法で交信(コミュニケーション)をしているようにも、特に思考を持たぬ獣にも見える。

 ああ―――死んだ(セカイ)を蠢く彼等は、かつての東凶を生きた住民、無念の内に死んだ人々の影法師か。

 それとも単に、戦争で奪った土地を占領する、異形の民兵に過ぎないのか。

 確実なことはふたつ。

 彼等がここ東凶、即ちかつての大都会を滅ぼし、この国の人間を虐殺した怪物の一種であることと……彼等がこの街を闊歩している以上、戦争は未だ終結していないということだけ。

 なればこそ。

 戦闘の開始―――あるいは戦争の再開が、不意の黒刃によって告げられるのは必定であった。

 

 

 ―――どすり、と。

 とある民家の前の道路を占有していた魔塵(まじん)の一体、その頭部を、影が形になったかのような漆黒の刀身が貫通する。

 凶刃は一切の容赦なく。

 霧状の肉を貫いた切っ先、黒艶の刀が“死”を咲かせる。

 刀の()を『影刀(えいとう)月景(つきかげ)』。虚構(かげ)より現実(カタチ)へ引き摺り出された、贋作魔剣。

 そしてその担い手、建物の影から疾風の(はや)さで飛び出し奇襲を仕掛けた黒い砲弾は、名を影宮(かげみや)エイトと云った。

 

菴穂コ(ァア、ア)―――!?』

 

 空洞音めいた断末魔と共に気体の血(しょうき)を噴き出す魔塵。

 そこに驚愕の気配(いろ)があったことは、きっと荒唐無稽な錯覚ではない。

 

 なにせ『魔塵(まじん)』とは、瘴気という気体が寄り集まった怪物。

 気体のバケモノ。

 魔霧の幽霊。

 旧都にて蠢く、正体不明の侵略者(インベーダー)

 彼等はその特性として、半気体・半固体とでも言うべき特殊な瘴気で肉体を構成している。

 そんな魔塵の肉体は、気体でありながら固体でもある矛盾をカタチにした唯一無二の特性を有し……。

 つまり簡単に言えば、魔塵に対しては『普通の攻撃がすり抜ける』のである。

 それは、どんな名刀だろうと霧を斬れぬのと同じように―――魔塵の前では、あらゆる通常兵器は無意味と化す。

 そのうえ瘴気とは、固体時は金属の硬度を持ち……魔塵はその天与の刃物たる魔爪で以て、人間を何千何万と殺してみせた。

 どんな攻撃もすり抜ける気体(どくきり)としての性質と、鉄板さえ貫く固体(きんぞく)としての攻撃力。

 そんな魔塵は確かに、有史以来存在しなかった、人類に対する天敵と言えた―――。

 

 だが。

 

「そら、もう一発ッ」

 

 ―――(ザン)、と。

 影刀(カタナ)を頭部から引き抜いたエイトは、今度は横一線の剛剣を見せ、魔塵の頸を巻藁のように見事両断してみせた。

 半ば過剰火力(オーバーキル)気味ではあったが……頭部と胴が泣き別れとなった魔塵は、途端に肉体の輪郭を保てなくなり、そのまま意味を失った気体(しょうき)となって霧散した。

 

 魔塵を、殺した。

 そんな奇襲を成功させた襲撃者に、同胞を狩られた魔塵たちが漸く向き直る。

 表情のない、無貌の頭部(カオ)

 カタチなき視線に籠った敵意を感じながら、影宮エイトは異能を行使する。

 

「ひぃふぅみぃ……残り四体ね。ま、何とかなるだろ、うん」

 

 言って―――その全身から、ずあ、と影色の瘴気が噴出する。

 それは彼本人に言わせれば、バトル漫画のキャラクターが体から闘気(オーラ)を放出するのに酷似した、実に浪漫溢れる(テンプレな)光景だった。

 

 ―――十年に渡って旧都を包み、魔塵の肉体を構成する『瘴気(しょうき)』。

 瘴気(コレ)は有毒な気体であり、呼吸によって体内へ吸引すると例外なく生命に害を齎す。

 だが、成長期過程の若者……つまり学生が稀にその毒を克服した時、肉体は瘴気への耐性と特殊な体機能とを獲得する。

 それは瘴気によって構成された『半気体』の臓器。この変異臓器により、肉体は独自の瘴気を生成・操作する機能(チカラ)と、その瘴気によってのみ成立する固有の能力とを獲得する。

 そんな能力―――『異能(いのう)』と呼ばれる超能力の内のひとつこそが、

 

「〈兌瘴暗器(ダークメイカー)〉―――」

 

 彼、影宮エイトの有する、『瘴気から武器を生成する能力』である。

 きらり。

 少年の制服、左胸の校章に輝く三つの星。

 『異能者』。

 文字通り異能を扱う国防三校の生徒(せいしょうねん)こそ、今やこの国の人類の希望であった。

 目には目を。

 歯には歯を。

 瘴気の怪物には、瘴気を扱える英雄を。

 ああ、たとえどんな名刀にも斬れぬ魔霧であろうと……唯一、同じ魔霧によってならば、その存在を捉えられるのは道理である。

 

「―――生成、『夜槍(やそう)赤先鉾(あかさきほこ)』」

 

 彼の声で、再び想像(かげ)実体(カタチ)へ。

 影宮エイトが虚空より呼びしは、そんな瘴気によって生成されし刃の二種目。

 切っ先を敵の血で赤く咲かせる、十字の穂先を持つ槍の模倣(かげ)が、虚空より主の手中に収まる。

 右手に『月景』、左手に『赤先鉾』。

 日本刀と十文字槍――その再現たる影武器の変則二刀。

 両手に異なる魔鋼の武器を携え、少年は颯爽と戦塵を舞い上げた。

 

「ふッ―――」

 

 呼気一拍。

 突き出された槍の穂先とは、大気を裂き奔る黒い稲妻。

 刺す、というよりは、風穴を開ける、と評すのが相応しい勢いで、稲妻は二体目の魔塵の胸部(むね)を碌な反応さえ許さず貫通した。

 ごぱんっ、異音と共に瘴気の肉体が弾け、出血めいて(チリ)が舞う。

 

逞帙>繧医≦(ァ、アアアア)……!』

「二体目」

 

 無駄口は叩かず、無駄な動作もなく。

 死傷を厭う少年は、標的とした魔塵の死を確認し、殺戮だけを目的とする機械のように次の獲物へ向き直る。

 

 ああ、ここまでくれば疑いようはない。

 少年はその実、魔塵よりも優れた超人(かいぶつ)だった。

 いいや、彼本人は「俺なんか平凡もいいとこだぞ」なんて嘯くのだろうが……事実、本当の常人からすればその身体能力は充分に異常の域にある。

 それは生来のものではなく―――彼が操る瘴気の力に由来する、身体能力の自在活性。

 

 瘴気とは通常の物理法則から逸脱した未知のエネルギー源。

 そんな瘴気を変異臓器で生成後、自らの細胞に浸透させるなどする事で、瘴気を籠めた部位の性能を大幅に向上させる。

 瘴気による肉体の強化。

 異能者の世界では、これを『身体強化』という。

 魔塵の反応を許さぬ速度、金属級の硬度を持つ魔霧の肉体を穿った膂力とは、この技術によって少年の肉体が得た能力(モノ)だった。

 

雋エ讒倥?√h縺上b(ロオオオオオオオ)――!!』

 

 群れの仲間を槍で貫かれた魔塵のうちの一体が、義憤からか落下音めいた(こえ)で咆える。

 それは人間でいう裂帛の気合であったのだろう。

 幽霊を思わせる脚のない異形(ヒトガタ)は、猛獣が獲物に飛び掛かるように突進し、少年(てき)へと向けて爪を振るった。

 引っ掻く、の域では到底収まらぬ、敵を引き裂く黒き魔爪(まそう)

 その速度や膂力は、陸上最強の哺乳類・(ヒグマ)のそれと拮抗する脅威(レベル)

 人体を容易く破壊する攻撃は、人間の可動速度を凌駕する高速にて振るわれる。

 

 魔爪、風を切る。

 人類を超える性能を持つ怪物が、影宮エイトに襲い掛かる。

 だが―――襲われた少年の性能こそ、真に人域を凌駕しており。

 人を殺す怪物は、『異能者』という超人の前では無力となる。

 

 ああ、常人ならば反応さえおぼつかぬ、一秒にも満たない直撃までの刹那の中で―――。

 けれど影宮エイトは、ごく当然のように獲物に刺さったままの槍を棄て、もう片手に握った刀によって爪撃への反撃を繰り出した。

 

 振るわれたのが、金属の硬度と鋭さを持つ獣の爪であるならば。

 反撃は卓越した剣術による、鋼鉄さえ断つ影色の一閃であった。

 

「ふッ―――」

豁サ縺ュ(オオオ)―――!』

 

 斬撃、交叉。

 果たして―――人体を引き裂く魔塵の爪は、あえなく空と残像を切り。

 少年が振りし影の刀が、魔塵を逆袈裟に斬り裂いた。

 

 斬撃が一閃。

 明暗は瞭然。

 致命傷を受けた魔塵に対し、異能振るいし超人は無傷。

 

逡懃函(ル、ァア)……!』

「三体目、と」

 

 エイトの声に焦りはなく、また安堵の気配すらない。

 この結果が当然であると、彼は引き伸ばされた体感時間の中で確信していた。

 

 ―――『身体強化』という技術の効力は、その名に反して、単純な筋力(フィジカル)の活性のみに留まらない。

 寧ろその真髄は、動体視力に関係する眼筋の強化から始まり、脳内神経の物質伝達補助までを瘴気操作にて実現することによる劇的な情報処理速度の向上―――俗に言う『体感時間』の異常加速にこそある。

 そう、影宮エイトのみならず多くの異能者は考えていた。

 

 一秒、一瞬が生死を分かつ戦場において、体感時間の向上は大幅に生存率を上昇させる。

 当然、習得には相応の修練を要する高等技術ではあるのだが……影宮エイトという少年は、その高等技術を肉体に浸透させ切っていた。

 だが、それは彼の才能の証明ではなく―――寧ろその逆。

 そんな技術を死ぬ気で習得しなければとっくの昔に死んでいたという、彼の凡庸さの象徴に他ならない。

 

 天才だから技術を習得できたのではなく。

 習得しなければ(たちま)ち命を落とすほど無才だったからこそ、才を埋める程の修練を行うしかなかったという逆説の―――。

 

「―――っ、と」

「『盾光(ガード)』!」

 

 四体目の魔塵。

 エイトの死角、背後よりの奇襲の一撃は―――瞬きの間に虚空に具現した、光の盾によって防がれていた。

 否。

 それは光が物質化した奇跡ではなく、光に見える白色の瘴気が固体化したもの。

 即ち……後衛に控えていた九瀬ヒカリの異能、味方の補助に特化した〈光ノ加護(スターライト)〉によるものだ。

 彼女もまた、エイトと同じ(ランク)を持つ異能者。

 尤も、その力に下された学園からの評価は、エイトとは大きく異なるのだが。

 

「助かった、九瀬」

 

 エイトは短く礼を言いつつ、奇襲を防がれ体勢を崩した魔塵へ斬りかかる。

 その体に絡まる白い瘴気(ひかり)―――それもまた、ヒカリの異能による援護。

 味方(エイト)へ譲渡された瘴気は、彼の意に従い異能出力・身体強化の効力(レベル)を引き上げる。

 言うなればそれは、本来の瘴気出力に加算される外付けの瘴気。効果顕在の応援。

 

 本来の才能以上の能力を与えられる快感に、さりとて少年は表情に一片の喜色(よろこび)も見せず。

 普段より動く体を普段通り正確に操りながら、踏み込み、一閃。

 斬。

 どす黒い徒花(あだばな)が旧都に咲く。

 

縺上◎縺(ロオオ、ア)……!』

「四体目―――」

 

 残るは一体―――フッ、と視界に影が差す。

 最後に残った五体目の魔塵……それがこちらに跳躍し躍り掛かって来たのだと、エイトは加速した意識によって理解した。

 だが、刀は今振り抜いたばかり。

 残心の状態から刀を返すより、魔塵がその爪を少年へ突き立てる方が早い―――たとえ『身体強化』を総動員しても、だ。

 いくら意識を加速させたって、物理的に不可能なことはある。

 だから、影宮エイトは―――。

 

「―――っ、ら!」

 

 瘴気で出来た刀の代わりに、()()()()()()()を鋭く突き出した。

 弾丸じみた勢いで跳ね上がったハイキックが、魔塵の顔面を()()()()と捉え、その異形を旧都の空へ押し戻す。

 

 通常、魔塵に武術は通じない。

 気体化によるすり抜けは、瘴気以外のあらゆるものに適用される。

 だが……()()()()()()状態での体術ならば、すり抜けられる事無く通用する。

 

 ずしゃあっ、と。

 予想外の反撃を受けて、無様に地を転がった魔塵が見たのは―――。

 

「―――五体目」

 

 己の頭部を無慈悲に貫く、黒い(カタナ)の切っ先であった。

 ぶつん。

 何かが途切れるような鈍い音を最後に、とある民家の前にて(たむろ)していた五体の魔塵は全滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目論見通り、さして苦労せず戦闘終了。

 

「―――よし。九瀬。さっさと指定の物品(モノ)を回収して帰ろうぜ」

「う、うん。分かった。このお家だけど、鍵は……かかってないね」

「ま、慌てて逃げ出しただろうからな」

 

 そんな訳で、俺と九瀬は特段変わった所もない一戸建てに足を踏み入れ捜索を開始。

 十年間放置された薄闇の廃墟はホラーが苦手な九瀬にはキツそうだったが、俺からすれば外と何も変わらない。

 『身体強化』で視力や聴力を強化してれば、まず不意打ちをされることもないし。嫌な点と言えば、家の中に十年ぶんの埃が積もっていた事くらいである。

 とはいえ、多少の不快感など先の戦闘に比べればなんのその。

 

 そんな訳で……捜索開始から数分と経たず。

 ソレはあっさり発見された。

 

 十年前の生活の気配がほんの幽かに残留しているリビングにて。

 

「……あった」

 

 ぽつり、九瀬が呟き、机の上に置いてあったソレを両手で掬うように拾い上げる。

 俺も近寄って九瀬の手の中を確認。コレは―――、

 

「腕時計、か」

 

 九瀬の手の中に鎮座していたのは、いかにも野郎趣味なゴツめの腕時計。

 瘴気は生命には有害だが、無機物にはほぼ無害。

 現に十年間瘴気に晒され続けたこの腕時計も、多少の錆び付きはありつつも、本来の輝きを完全に失っては居なかった。

 それこそ、磨けば今にも光り出しそうなほどに。

 ……いや、にしたって輝いてないか? これ。

 

「九瀬、ちょっと見せてくれ」

「エイトくん?」

 

 ひょい、と九瀬の手の中から腕時計を摘まみ上げ、まじまじと眺める。

 

「……よく分からんが。これ、相当高いヤツじゃないのか? 刻印されてる社名、俺でも知ってるブランドだし。うわ、ここん装飾(とこ)に使われてるの、ちっちゃいがダイヤモンドだぞ」

 

 腕時計を軽く指で磨きながら素人鑑定。

 正直こういう品に対して詳しい訳ではないが……それでも、民間依頼の発注に掛かる金額より、この腕時計を売って手に入る金額の方が高いのでは、という気がする。

 つまり、この依頼者の目的は―――ああ、口元がなんとも醜く歪む。

 

「……は。何かと思えば、迂遠な錬金術のつもりかよ。こんな所まで駆り出される俺らの身にもなれってんだ、畜生め」

 

 なんだか無性にムカついてきた。

 そりゃあ依頼金以上の金が返ってくることが確約されてんなら、多少費用がかさもうが金を出すのが人の欲ってモンだろうけど……この時計がいくらで売れようが、危険な旧都へ実際に赴いた俺等には一銭も追加報酬が入らないとか、ちょっと納得できないぞ。

 

 殆ど苛立ちのままに、返す、と九瀬へ腕時計を放る。

 ぽすん、と九瀬の両手に無事収まる腕時計。

 取り落としても別に良かったのに、なんて我ながら性格の悪い思考に、益々(ますます)腕時計が嫌いになる。

 

 そんな俺の、この民間依頼(にんむ)への深い失望は―――。

 けれど、それを見過ごさなかった彼女によって、呆気なく改められることとなる。

 

「……えっと、それは違うんじゃない、かな」

「む。違うって、何がだ?」

 

 唐突な発言の先を促せば、九瀬は手の中の腕時計を見つめたまま、慈しむように。

 

「だってこれ、よく見れば結構傷付いてる……傷が目立ってないのは、日ごろから綺麗に磨かれてたから、だと思う。この時計、きっと愛用されてたんだよ。デザイン的にこの家のお父さんのもの、かな。すごく素敵な歴史を感じる時計だけど、使用感が強く残ってるぶん、たぶんそこまでの高値は付かないよ。お金に代えられない思い出の品(プライスレス)、ってやつだね。

 それに、十年放置された旧都から無傷で回収できるなんて、きっと誰も思わないよ。本当にお金が欲しいだけなら、わざわざこの時計に(こだわ)る理由はないんじゃないかなあ」

 

 見つめる視線(ひとみ)の真摯さ、細い指が時計を撫でる柔らかさは、小鳥でも抱いているかのようで。

 ああ、きっと彼女にだけ見える十年前の光景(おもいで)に目を細め。

 九瀬ヒカリは映画のクライマックスめいて結論を述べた。

 

「愛用品を忘れられなかったのか。それとも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。うん、きっとそういう『愛』が、この依頼に籠ってる感情(もの)だと思うな」

 

 ……愛、ときたか。

 大仰な言葉のはずなのに、九瀬が言うと妙にしっくりくるというか、「それしかないな」ってふうに響くのは何故なんだろうか。

 いいや、そんなのは決まってる。

 この輝かんばかりの純真(やさし)さが、人を信じる善い在り方が。

 夢見がちともとれる台詞を納得させるだけの説得力(おもさ)を生んでいるのだ―――。

 

 途端、時計などよりも余程眩しいものを見た気がして。

 思わず、言葉が口を衝いていた。

 

「……九瀬。おまえ、悪い奴にホイホイついて行ったりすんなよ」

「な! エイトくんは私が小学生にでも見えてるの!? 心外ですっ」

 

 俺の言葉を侮辱と受け取ったのか、頬を膨らませ詰め寄ってくる九瀬。

 その視線から逃れるように目を背けながら、追及の勢いを止めるため俺はうだうだと言い訳を展開。

 

「いや、何と言うか……悪い奴ほどおまえみたいなのに惹かれちゃう気がするというか、ちょっとキラキラし過ぎというか。そんなキラキラしてたら、いらん好意を抱かれても文句言えないっつーか……」

「き、キラキラって。それは一体、なにを根拠に言ってるのでしょうか」

「? なにって、そりゃあ俺が―――」

 

 ―――待った。ストップ危ねえ、よく止まったぞ俺の口。

 あやうくトンデモナイ事を口走るところだった。

 口元を押さえ、何となく紅潮した頬の色を誤魔化す為出来るだけぶっきらぼうに前言撤回。

 

「あー、今のナシ。忘れてくれ」

「―――!?!?」

「バカ、旧都の中だぞ。あんまデカい声―――は、出してないのか。器用だなーおまえ」

 

 何とかキャンセルは成功したというのに、九瀬の反応はそりゃあもう大袈裟で。それこそ大声を出したと錯覚するほどの飛び上がりようで。

 俺の頬に差したろう朱など比にならない()()()()()()()のお陰で、俺の醜態はなんとか「無かったこと」になってくれたのだった。

 ……いや、無かったことにはなってないか。

 その後の九瀬は、今のってどういうイミなのでしょうか、カオが赤かったのは見間違いかなぁ、なんてずっとモジモジしてたし。

 

 だが当然、俺は断固回答拒否。

 その頭の上にしょぼくれた犬の耳が見えたって、口は堅く引き結んだまま無言を貫く。

 ああ、九瀬には悪いけれど。

 俺は俺基準だと十二分に『悪い奴』なので、その質問に答えちまうワケにはいかないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、二人の異能者は目的を達成した。

 だから後は帰還するだけだと―――そう、影宮エイトも九瀬ヒカリも疑っては居なかった。

 だが、ここは旧都。

 瘴気に侵された魔塵の都。

 この場所が国内屈指どころか世界でも指折りの危険地帯(デンジャーゾーン)であることを、彼等は民家より出た瞬間に思い知らされることとなる。

 

 

 罅割れた道路に再び出たふたりをまず出迎えたのは、存在崩壊し、肉体を構成していた瘴気を煙のように天へ昇らせる死した魔塵たち。

 瘴気(きり)に還るのが魔塵にとっての死だ。

 そんな死は一瞬で終わるのではなく、崩壊後体内に保有していた瘴気を全て吐き出すまで続く―――要するに、しばらくは継続する。

 

 そんな魔塵の残滓、濃霧のカタチをした死骸の只中。

 道の中心に、幽鬼が如く静かに佇む巨影(かげ)を見た。

 

「―――」

 

 先の魔塵より一回り大きい―――即ち人間よりも一回り巨大な、二メートルをゆうに超す体高。

 高密度の瘴気によって構成された肉体は通常の魔塵より色が濃く、見る者に怪物としての高い生命力と、肉体外殻の優れた硬度とを畏怖の情と共に感じさせる。

 そしてその右腕部は、巨大な包丁を思わせる禍々しい刃状に変形しており。それが先の魔爪を遥かに超える殺傷能力を有することは一目瞭然であった。

 

 より洗練されたヒトゴロシの威容(カタチ)

 そんな魔塵が、奈落の(カオ)でこちらを見ている。

 

「な、上位個体……!? 何だって今更現れやがった……!」

 

 悪態、というよりは殆ど悲鳴に近い声を上げ、エイトが慌てて影刀を構える。

 

 より多くの瘴気で肉体を構成し、個体によっては固有の異能さえ操る上位個体。

 その中で最も数が多く、固有の異能こそ有さないものの、腕刃(わんじん)による攻撃力と強固な肉体外殻による防御力を両立させた高い戦闘能力を有する個体こそ―――今エイトたちの目の前に佇む、『戦闘型』と俗称される魔塵であった。

 果たして先程の魔塵たちの断末魔が、同種の強者を呼び寄せたのか。

 それともこれすら不運な偶然、運命の悪戯か。

 否、今考えるべきはそんな些事(こと)ではない。

 

(このタイプの魔塵の危険度は四ツ星。だが今から逃げようにも、あっちには体力って概念がないし、九瀬連れて学園防壁まで逃げ切れるかは微妙だな……つったって、俺ひとりならまず厳しい相手だが。九瀬となら、いけるか?)

 

 手強い新手に油断なく構えながら、エイトは加速した体感時間の中で思考する。

 

 先程までエイトが討滅して回った五体の魔塵は、どれも危険度星三。

 同じ三つの(ランク)を与えられたエイトとヒカリなら勝って当然の、平凡な魔塵。

 だがこの『戦闘型』の危険度は、それを一段上にした星四つ。

 本来星四の異能者による対処が望ましいとされる、とりわけ危険な魔塵である。

 星三と星四の差とは、雑に言えば『兵士』と『戦車』の差。普通にやれば歯が絶たない。

 だが……エイト単独ならともかく、九瀬ヒカリとならば勝機はある。

 なにせ彼女は影宮エイトとは違う、入学数ヶ月で学園中に認められた、所謂『天才』という奴なのだから―――。

 

 逃げるリスクと戦うリスク。

 両者を素早く天秤に掛け、エイトは最も死亡率が低い選択肢を選び出す。

 つまるところ。

 

「雑魚戦が終わってボス登場、ってとこか。仕方ない……九瀬、頼りにしてるぜ」

「う、うん!」

 

 影宮エイトは、新たに生成した『影刀・月景』を片手に、九瀬ヒカリを庇うように前に出た。

 

 秘めたる戦闘能力ゆえか、実際の体高よりも更に大きい威圧感を放つ巨躯の魔塵へ、少年は刃を手に一歩近付く。

 果たして、明らかに格下の人間が戦いを挑んできたことに、その魔塵は何を思ったのか。

 無貌の怪物、その腕刃の間合いに侵入するや否や―――鋭利な漆黒は、殺意滾る疾風となった。

 

蛻?j陬ゅ¥(ヴォアアアア)―――!』

「ッ!」

 

 ぎゃりん―――!!

 刃がぶつかった衝突音が、怪物の叫び声じみて旧都の大気を(つんざ)く。

 

 魔塵の斬撃、目にも留まらぬ初撃をなんとか影刀(カタナ)で受けたエイトの手が痺れ、その背を生命の危機特有の危険信号(シグナル)が駆け上った。

 無言の戦慄―――。

 奔った斬撃の鋭さは、先の魔塵たちの爪の比ではない。

 アレが猛獣の爪ならば、こちらは(さなが)らフルパワーの大型重機による剣士の真似事だ。

 ひと太刀で分かる、そもそもの馬力からして桁が違う。

 

 そんな攻撃は、けれど一度では終わらない。

 星三の魔塵など容易く置き去りにする速度で以て、二撃目、三撃目と刃が奔る。

 それを受け太刀で防いでも、四五六七と斬撃は止まらない。

 そのうえ魔塵の刃とは、我武者羅に振るわれる理なき連打ではなく、一撃一撃が致命を狙う怪物なりの剣術であった。

 

 達人めいて正確な狙いと、人間を遥かに超える剛力の両立。

 無機質な殺意に霞む刃は、人体の限られた可動域を嘲笑うように、超速の連撃に唸りを上げる。

 それは正に、目にも留まらぬ早業の連打。

 人体をミンチにする為の殺戮機械(ミキサー)があったとて、ここまでの猛攻はしてこないだろうと思わされる斬撃の嵐。

 十合、二十合……(たちま)ち二桁を超えた刃の打ち合う回数が秒針の速度を凌駕していることに、微塵の疑いを挟む余地もない。

 

「―――、ッ―――」

 

 故にこそ―――反撃こそ差し込めぬものの、それを無傷で捌き続ける影宮エイトの技量とは、一体どれほどのものだったのか。

 輪唱する剣戟音。

 衝撃に火花散る程の斬撃を、予定調和めいて彼の影刀(カタナ)が撃ち落とす。

 防戦一方の状況は、その実、彼の平凡な能力を考慮すれば無上の結果に他ならない。

 

 そう、見る者が見れば瞭然ながら―――少年の凡庸さは、いっそ極まっていた。

 九瀬ヒカリの援護があるとはいえ、未だ傷を負わぬのが奇跡であると思えるほどに。

 抜きん出た攻撃力は無い。

 他を凌駕する速度も無い。

 何より、固有能力が(つよ)く無い。

 性能(スペック)は中の中。

 少年は魔霧に選ばれていながら、特別な才能には選ばれなかった半端者だ。

 故にこそ―――死線に在って彼が傷を負わぬのは、いっそ奇跡の如き積み重ねの結果であった。

 抜きん出た分析力があった。

 他を凌駕する経験があった。

 何より、土壇場の覚悟(あきらめ)(わる)かった。

 彼は死を嫌っていながら―――否。本気で死を(キラ)っているからこそ。

 異能者としてはどうしようもなく凡庸ながら、戦士としては傑出して優秀だったのだ。

 それは皮肉にも、矛盾めいて、当然ながら。

 なにせ―――戦場で死なないというコトは、敵を殺すのが巧いというコトと同義なのだから。

 

 

 其は奴隷にして戦士。無才にして無欠。(スポット)の当たらぬ凡人(ふつう)極致(たつじん)

 死地を渡る、影の如き国家の猟犬(フォーマルハンター)

 

 

 ―――がきん! と硬質ながら明瞭な音が響く。

 それは受け太刀の音より僅かに低い。

 つまり再びの『盾光(ガード)』が、魔塵の腕刃を受け止めた音だ。

 

 虚空に展開され渾身の一撃を弾き返した(バリア)

 初見の能力に対し、魔塵は僅かに怯んだものの……その動揺はあくまで僅かであり、次の瞬間には連撃が再開されていた。

 光の盾へ一撃、二撃。

 たとえ次の一撃で破れずとも、破れるまで斬ってやればいいと言わんばかりの迷いのない剣閃の雨。

 ぎゃりぎゃりぎゃり―――!!

 聴く者の背筋を氷で撫でる類の、硬質なものが引っ掻かれる不快な音が連続する。

 ぴしり、砲弾さえ跳ね返す光の盾も、さしもの連撃に崩壊の気配を滲ませて―――。

 

 けれど。

 少年と少女の目に宿る光とは、勝機を見た希望の輝きだった。

 なぜならヒカリが『盾光(ガード)』を展開したのは、決して守勢(まもり)のためでなく。

 寧ろその逆。

 攻勢に転じる為の隙を補うためにこそ、その盾はエイトの傘となったのだ。

 果たして―――聖光めいて純白の瘴気(ひかり)が、少女を介して少年を包む。

 

「エイトくん、『最大強光(フルブースト)』!」

「よしきた―――」

 

 九瀬ヒカリの補助系異能〈光ノ加護(スターライト)〉、その奥義こそ是なる技、『最大強光(フルブースト)』。

 他者に自身の瘴気を大量に贈与し、その異能出力・身体強化出力を限界を超えて上昇させる。

 それはごく短時間ではあるが、対象者の強さ(ランク)を本来より一段階引き上げる程の効力を持つ―――。

 

 ばきん、と遂に光の盾が割れたのと。

 影宮エイトが飛び出したのは、同時。

 盾を割ったことで威力を失った腕刃の一撃を、少年は影の刀で受け止める―――否、受け流す。

 ぎゃりん、音は軽い。

 イメージは流水を逸らす斜めの板。

 即ち、是は―――敵の斬撃に対し斜めに構えた刀身で攻撃の軌道を逸らす、完璧な受け流しの太刀。

 これにより振り下ろされた魔塵の刃は、勢いのまま影の刀身を滑り。

 攻撃を躱されたうえに体勢を崩した魔塵に対し、エイトは流れるようにその隙を突くことが可能となる―――。

 

 否、と。

 きっと、怪物はそんなことを叫んだ。

 

縺輔○繧薙◇(ジャアアア)―――!』

 

 それは、狙いを外された魔塵の渾身の抵抗の結果。

 腕刃に込められた威力とは、盾に吸収されたとはいえ相当なもので。

 そのうえエイトが持つ『影刀・月景』は、今まで魔塵の刃を何合も受け、そのたび刀身に少なくない損傷(ダメージ)を蓄積させている。

 

 故に―――ばきり、と。

 流れるような受け太刀を終えたその刀身が、限界を迎えて半ばで折れたのは、偶然に近い必然であった。

 

 武器破壊。

 砕け散る影の刃。

 絶好の勝機を失った―――あるいは絶体絶命の危機を乗り切ったと、魔塵が嗤う。

 途端に忍び寄る敗北の影。

 魔塵にとっては願ってもない暗い好機は……けれど。

 

「〈兌瘴暗器(ダークメイカー)〉」

 

 その単名詠唱(シングルキャスト)により、刹那の寿命を花と散らされた。

 

 影宮エイトの固有能力〈兌瘴暗器(ダークメイカー)〉。

 それは自らの瘴気により、様々な武器を生成する異能。

 故に。

 武器破壊によって徒手となった少年は、その実、無限の武器をその手中に有しているに等しい。

 いみじくも、それは人と影を決して切り離せぬように―――彼の手から武器を失わせることなど、この世の誰にもできはしない。

 

 皮膚(てのひら)(した)、黒い神経(ぞうき)が貫くように哄笑する。

 手中にて、滾る瘴気のカタチは剣。

 先程までの取り回しが良い刀ならぬ輪郭(かげ)、一撃の破壊力に重点を置いた両刃の大剣が、エイトの手の中に組み上がっていく。

 肉厚の刃と鉄塊の重量とにより魔を屠る、西洋に源流ありしその剣の()は。

 

「――――生成、『魔剣(まけん)竜墜(たつおとし)』!!」

 

 刹那。

 振るわれた大上段からの一撃は、魔塵の斬撃さえ凌駕する威力を以て疾走し。

 ザン。

 袈裟の軌道の斬撃は、

 いっそ何の面白みもなく、

 狙い違わず魔塵の頸を引き裂いた―――。

 

縺後?(オ、アァ)……ッ』

 

 ぶしゅう、と出血の噴水めいて、巨大な傷より瘴気(いのち)が零れる。

 

 上位個体の強固な肉体外殻―――それを断ち切る程の一撃は、本来エイトには放てぬモノだ。

 だが九瀬ヒカリの補助(サポート)によって、斬撃は外殻を断ち切る威力を獲得し……そして影宮エイトの技量が、その一撃を寸分違わず急所に命中(クリティカルヒット)させることに成功したのであった。

 

縺セ縺?縺?(ル、アァア)……』

 

 ああ、間違いなく致命傷。

 体内の瘴気を吐き出しきり、存在崩壊するに十分な傷。

 ―――それでも、魔塵は諦めなかった。

 人間でいう大量失血を起こした肉体でも、消滅までの一時に、勝負がついたと油断した相手へ一太刀浴びせるくらいは可能(できる)

 その程度の執念、使命感は魔塵にもある。

 だから、死にゆく魔塵(カレ)藻掻(もが)くようにその腕刃を振り上げて―――。

 

 ずが、と。

 自らの傷口にねじ込まれた、両刃の切っ先の追撃(おと)を聞いた。

 

 断ち切られた外殻の隙間から入り体内を掻き混ぜる、今度こそ疑いようもなく即死の一撃。

 反撃の力さえ奪われた魔塵は、最期の瞬間に「何故」と溺れる。

 何故。

 どうして自分に致命傷を与えておきながら、この人間は微塵の油断も見せなかったのか―――。

 

 果たして。

 風に溶けていく視界の先で、自らを殺した少年が、その口を嫌悪に歪めるのを見た。

 

「……ったく、これだから上位個体は。明らかに致命傷の癖して動くなよな。ほんと、昆虫みたいで不気味な奴らだよ。ただまあ……まだ動くなら、動かなくなるまで殺すまでだ」

 

 エイトが油断をしなかったのは、特に予想や読み合いの類ではない。

 それは単に、彼の中にある線引きにおいて、致命傷を負いながらも藻掻くように腕刃を振り上げた魔塵が『生きている側』に判別されたというだけのことだ。

 

 (せい)とは、まだ動くモノである。

 反対に死とは、もう動かなくなったモノである。

 

 それは影宮エイトが戦いの中で発見した、実に分かりやすい生死の境界。

 なにせ魔塵は従来の生物とは全く異なる法則で動く存在であり、故に『なにをすれば死ぬのか』が非常に分かり難い。

 これが人間相手なら、頭部(のう)を潰せば死ぬ、頸を斬れば死ぬと非常に分かりやすいのだが……魔塵相手ではそうもいかないのである。

 どこが弱点なのか判然としないうえ、極論その能力によっては、弱点を突こうが死なないという場合もあるだろう。

 故に……魔塵と幾度となく戦う中で、エイトは自然と『動くか動かないか』でのみ敵の生死を判別するようになっていた。

 

 要するに。

 ()()()()()()で油断できない弱さこそ、影宮エイトの強みだったのだ。

 

()……上◎縺(アァ、ア)……』

 

 肉体を保てなくなり、輪郭を崩壊させた魔塵が煙となって消えていく。

 それを見届けて、漸く少年は本当に少しだけ気を緩めた。

 

「ふぅ。何とかなった、か―――」

 

 僅かな弛緩はありながらも、意識は殆ど臨戦に固定されたままだ。

 歴戦の肉体に染み付いた警戒心。

 故に彼は『それ』に気付き―――故に、ほんの一瞬だけ気付くのが遅れた。

 

 騒ぎに引き寄せられたのか。

 それとも、最初から奇襲()の算段だったのか。

 

 エイトの視界の端―――ヒカリの背後で。

 今殺した魔塵の生き写しの如き同種が、その腕刃を振り上げていた。

 

「―――」

 

 驚愕は稲妻となって脳髄を駆け抜け、その一瞬のみ肉体は凍る。

 稲妻に焼かれ真っ白になった意識は、漂白されたからこそ正確に、一瞬にして焼き付く写真(フィルム)のように状況を捉える。

 

 上位個体。

 二体目。

 ヒカリはまだ気付いていない。

 大鎌の如き漆黒の切っ先が、一秒先の殺戮に狂喜する。

 

「―――九瀬!」

「え? ぁ―――、っ『盾光(ガード)』」

 

 檄に背後を振り向いた少女は、ようやく己に迫った一秒後の死に気付き、咄嗟に異能を展開した。

 否。展開しようとした。

 けれど現れたのは、砕けた硝子を繋ぎ合わせたみたいな、余りにも頼りない光の盾。

 

 ヒカリの技、瘴気を固めた盾である『盾光(ガード)』には耐久限界があり、一度割られると時間をかけて再構成しなければならない。

 だが先の魔塵によって割られた『盾』は、未だ再構成が済んでいない―――。

 

 死の鎌が降る。

 盾がコンマ一秒の抵抗ののち、呆気なく砕けて儚く散る。

 果たして―――そのコンマ一秒こそ、かの影が疾駆(はし)る為の猶予だった。

 

 どん、と。

 呆然と立ち尽くす九瀬ヒカリの体を、影宮エイトが突き飛ばす。

 そうして少女の身代わりに死地へ残った少年は、影の刀で漆黒の切っ先を防ごうとして。

 

「―――くそッ」

 

 間に合わない、と悟ったのと、果たしてどちらが先だったのか―――。

 

 

 ぞぶり、と。

 魔塵が振るいし鎌腕の無慈悲な切っ先が、影宮エイトの腹から背までを貫いた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 それは、ブラウン管の中のように遠く。

 壊れたレコードを通したように罅割れていた。

 ああ、強い衝撃に歪んだみたい。

 自分(わたし)と世界、心と身体(からだ)

 それらが上手く繋がらない。

 接続不良のぶつ切り映像が意識を席巻。

 ザァザァ、ノイズは腐った雨のように慟哭中。

 

 つまり、それがこの数時間。

 彼が体を貫かれて、私が心を引き裂かれた、とある夏の日を呑み込んだ悪夢(ユメ)―――。

 

 

 ―――記憶が、混濁していた。

 それこそ夢でも見ているように、映像(じかん)は飛び飛びの紙芝居だ。

 気付いた時には、私は学園の『保健室』の前の廊下に居て、椅子に座って祈っていた。

 目の前には()が運び込まれた治療室。

 呼吸が浅い。

 真っ赤な『治療中』の文字が、薄闇の廊下を血色に染める。

 その色で、私は思い出す。

 間違えて洗濯機に放り込んだせいでぐちゃぐちゃになった画用紙みたいな、そんな数時間前までの記憶を。

 

 フラッシュバックする光景は、灰色の砂嵐の向こう側。

 

 あのとき。

 黒い刃が、あのひとの体を突いて、沈んで、突き抜けて―――。

 赤赤黒赤。

 真っ白になる私の思考。

 そして、ぜんぶ切り裂くみたいな、影のカタナ。

 ふたつに裂ける黒いかげ。

 血みどろの■■■くん。

 混乱するあたま。

 叫ぶ声はわたし。

 私の所為で。

 私のせいで。

 わたしのせいで。

 たすけなきゃ、たすけなきゃ、たすけなきゃ。

 ああ、そのときやっと思い出す。

 私のチカラ、助ける光―――。

 

 ……そこから先は、よく覚えていない。

 誰かが来たのか。

 ふたりでそこを去ったのか。

 ともかく、今私は学園(ここ)に居て。

 

 ―――ただ、罪の意識だけが、あった。

 

 どうして忘れた。周囲の警戒。敵への注意。

 どうして忘れた。盾のこと。癒しのこと。

 どうして忘れた。あのひとが、同じ人間だってこと。

 忘れた。忘れた。忘れた。

 どうして。どうして。どうして。

 どうして彼が。どうしてこんな。

 どうして? ああ、そんなの決まってる。

 

 ―――(おまえ)のせいだ。

 

 あの傷も。

 あの血も。

 あの顔も。

 全部。ぜんぶ。

 ああ、どうしよう。どうしよう。どうすればいい。

 私のせいでエイトくんが死んじゃったら、私、は―――。

 

 

 ばくばく、と。一拍ごとに体内(むね)を突き刺す命の音は、私を毎秒責め立てるように。

 どむどむ。胸が送り出す血液が真っ黒な泥に変わった気分で、吐き気がする。

 わんわん、鼓動が頭蓋の中で反響して、意識が右に左に殴打、往復、繰り返し。

 だが、苦しいなどとは思わない。

 思ってはいけない。

 エイトくんはもっと苦しんでいるはずなのだから、私の側にその資格はない。

 

 それはきっと、己の全てが己を鞭打つ様に似て。

 ああ。そんな、永遠にも思える自戒の時間は―――。

 皮肉にも、私の『大切』を何よりも痛烈に証明していた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 我らが災玉国防学園(さいたまこくぼうがくえん)の敷地内には、『保健室(ほけんしつ)』と呼ばれる医療施設がある。

 これが普通の学校の保健室とは一線を画す代物で、なんと学園内の一棟丸々『保健室』なのだ。

 最早学園内に突如出現した病院である。『室』とは一体。

 そのうえ医療設備も普通の病院と同じ……どころか国内最先端を独走していると(もっぱ)らの噂で、棟の中では腕のいい医者と医療系異能者と看護師と手伝い(ボランティア)の生徒たちがピンボールみたいに(せわ)しなく飛び回っている。魔塵と戦う学園生徒はそりゃあ負傷・命の危機・その他異能被害が絶えないので、『保健室』は毎日大忙しなのだ。

 しかもその『異能医療』を頼って、学園外から難病患者・大事故被害者・果ては財政界重鎮まで訪れるらしいので、もう棟内は一種の地獄と言えた。

 

 言うなれば、そこはかの地獄の担い手、死神機構たる漆門寺(しちもんじ)ナナさえ知らない『八つ目』―――。

 生と死の境界に建つ、医療従事者たちの救命過労死地獄(デスマーチ・パレード)

 

 そんな保健室棟の、外の地獄が一切伝わってこない小奇麗な個室にて、俺は『ほぼ治療済み患者・影宮エイト』として入院していた。

 ああ、異能治療とはえげつないモンで。

 俺の腹に開いていた貫通孔(あな)は、昨日の今日でほぼ塞がっていた。

 担当の純回復系異能者(同級生にして女医属性・寝不足で常時キレ気味)曰く、「応急処置カンペキ、仕事が減ったのは評価する。ただ次からは重要臓器を避けるんじゃなく攻撃自体躱せ、手間だから」という辛辣なお言葉を賜り治療終了。検査込みで二日入院したら退院していいよ、もといそれで治るからさっさと出てけ、という事で話は終わり。

 ホント、おっそろしい所である。

 血も涙もないし、何より患者にも医者にも一切の時間的ゆとりがありゃしねえ。

 

 

 とまあ、そんな訳で。

 寮の自室より明らかにお高い寝台(ベッド)の上、上体を起こしてただ座る。

 時刻は昼。

 窓の外は手抜きみたいな空色(あお)一色。

 窓の内はエアコンの冷風が幅を利かせ、快晴の夏は村八分。

 室温は寒いくらいで、床のタイルは氷みたいにつるりとしている。

 ああ、薄いカーテンが床に作る影がゆらゆら揺れているせいか、まるで水槽の中にでも居るみたいだ。

 

 耳を刺す、水槽の個室に満ちた静謐。

 静けさは棟の実情を知っている身からするとなんとも白々しくて、重苦しい。

 消毒された空気がひどく息苦しいのは、ほぼ完治した傷の痛みが諦め悪く体内(はら)に残留しているせい、だけではないだろう。

 

「……」

 

 なにせ……俺のベッドのすぐ傍には、無言の置物と化した九瀬ヒカリが鎮座しているのだから。

 背もたれのないパイプ椅子に座った彼女は、うんともすんとも言わず、暗い顔で俯いたままびくびくしている。

 まるで叱られるのを待つ幼子のようだ。

 

 ……こうなったのには経緯(ワケ)がある。

 ああ、始めからこうではなかった。

 それこそ最初は、責任を感じてなのか無駄に世話を焼こうと張り切っていたのだが……これがもう見てられないくらいの空元気で、そのうえ目を離せないくらい空回りで。

 明日退院だというのに購買で両手いっぱいの栄養系ジュースだのゼリーだの買って来るし。

 俺がちょっと身を捩ったときに「いてっ」と軽く漏らしただけで血相変えてナースコールしようとするし。

 急に意を決したと思ったら、マジで何の脈絡もなく体拭こうとしてくるし。あやうく病衣脱がされかけたし。

 

 だからまあ、林檎の皮を剥こうとして盛大に指を切った辺りで止めさせた。

 そしたら何を曲解したのか、急転直下でこのザマだ。

 「私は駄目な奴です」みたいな自責オーラが全身からどんより放出されてるくせに、その自責のせいで病室から出て行こうともしない。

 

「……」

 

 俯く顔を翳らせる、九瀬本人の罪悪感。

 引き結んだ唇は何かに耐えるように震えている。

 旧都に咲いていた花のような姿が、今は萎れた向日葵のようだ。

 

 ああ、優しいのも責任感強いのも間違いなく九瀬の美徳なんだが。

 そのせいで室内の空気がとんでもなく息苦しくなっちまってる以上、もうちょっと位ちゃらんぽらんでもいいんだぜ、という気分になる俺である。

 

(まったく、何をそんなこの世の終わりってくらい気に病むことがあるんだか。こうしてふたりとも生きて帰ってこれたんだし、俺の傷も『異能治療』でほぼ治っちまったし。普通お祝いムードじゃねえの? こういう時ってさ)

 

 憮然としながら記憶の(ページ)をめくる。

 ―――あの時。

 俺の振るった一刀は、魔塵の腕刃(うで)ごとその肉体を両断し、その活動(いのち)を永遠に終わらせた。

 実際のところ。

 俺の異能には、『(ダメージ)を受ければ受けるほど強い武器が作れる』とかいう隠し要素がありまして……あれぐらい死に瀕せば、上位個体だろうと問題なく一刀両断できるのだった。

 

 これでお判りいただけただろう。

 俺が自分の異能を「クソ」と呼ぶのは、その能力が実に使いにくいからであると。

 なんだよダメージを受ければ強くなるって、ゲームの玄人向けキャラじゃねえんだぞ。

 しかも強い武器が作れようが傷が深いと動きに支障が出るし、回復機能がついてる訳でもないクソ仕様。

 今回だって九瀬が居なかったらまず間違いなく死んでただろう。

 ゲーム換算でさえ間違いなく人気の出ない類の能力……それが現実になったときの使いにくさは、ちょっと常軌を逸している。

 そもそも俺は、痛いのとか極力避けたいのだ、ほんとに。

 要するに、俺は親ガチャならぬ異能ガチャでハズレを引いた、先天的な無才(ノーマル)異能者なのであった。

 いやまあ、親ガチャの方も結構なハズレだったんだけどね、実は。

 ……なんだよこのクソ人生、ハードモード超えて鬱ゲーだろ最早。

 

(……とまあ、そんな悪態を内心溢しても、九瀬は一向に暗いままなのだった)

 

 九瀬が暗い。

 空気が重い。

 病室を水槽と比喩したが、本気で溺れ死にそうだ。

 共通の友人である双咲が颯爽と置いて行ってくれた見舞い品、果物詰め合わせの中に入ってた例の林檎(すごい高そう)も全然味がしない。

 

 ……ああ、もしかしたら、俺がぱぱっと林檎剝いたのがトドメになっちまったのかな。

 いやまあ、こんなのは()()()()従者(おとうと)として生きてりゃ勝手に身に付く程度のスキルなんですが……慣れてないうえに空回りテンションで失敗した奴から取り上げてのコレじゃあ、皮肉と取られても仕方なかったかもしれん。

 なら、俺にも責任の一端はあるか。

 そんで責任があるなら、仕方ないよな。

 

 溜息ひとつ……びくり、と肩を跳ねさせる九瀬。ああ違う、おまえを責めたんじゃねえから。

 そんなこんなで、俺は殆ど弁解のように語り出す。

 

「……任務。聞いたぜ、無事納品できたんだってな。俺としても怪我し損で終わらなくてマジでよかった。で結局のところ、依頼人の思惑はどうだったんだ?」

 

 出来るだけ明るい声を意識した問いかけ。

 だが、普段の関係が逆転したとでもいうのか。

 眩光に濃度を増す影のように、九瀬の声はいっそう弱弱しく響く。

 

「ぁ……それ、は。何か聞いた気がするけど、忘れちゃって……」

「そ、そうか……」

「ごめんね、エイトくん……」

 

 ……空気重い。重すぎる。特殊な重力場でも発生してんのかここは。

 ええい、こうなりゃもうちょい強い言葉で、無理矢理重力場を押し返すしかない。

 

「―――いいか九瀬。おまえは何か責任感じちゃってるみたいだが……俺がおまえを庇ったのって、それ百パー打算だから。上位個体相手に、おまえがやられちゃ勝ち目がなくなるだろ……それで勝手に庇ったくせして攻撃を防げなかったのは、どう考えたって俺の誤算(ミス)だろうが」

「そ、んなことっ……私、が、あのとき頭が真っ白になって……自分の能力のことも、忘れて……」

 

 髪を乱して首を横に振る九瀬。

 ぎゅう、と己の腿に爪を立てる姿が痛々しくて見ていられない。見ていたくない。

 

「……いや、そもそもの話、おまえの『癒光(ヒール)』での応急処置が無かったら死んでるからな俺。それがちょっと遅れたくらい、差し引きで言えば超プラスだから。というか、結果的にあのタイミングは最高だった。傷が先に治ってちゃ、俺は『月景真打(つよいぶき)』を作れなかった訳だし」

「でも……そもそも、私が油断してたから……ごめんなさい。ほんとうに、ごめんなさい……っ」

 

 ……ああ、畜生。

 駄目だこりゃ。完全にブルー入っちまってる。

 

 昨日見た輝きはどこへやら……。

 暗く翳った九瀬の表情が晴れる気配は皆無だった。

 どころか一度始まった自責の言葉は、俺の励ましが弾切れしても終わらない。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……『盾光(ガード)』が壊れてるのを意識して、ちゃんと避けてたら。そしたら、エイトくんはこんな大怪我、しなかったのに……私が、油断、してたから……私のせいで、エイトくんは……」

 

 ぽろぽろと。

 言いながら限界を迎えたのか、その瞳から涙が零れる。

 本当は凶刃に貫かれたのは彼女の方で、そうやって抉られた心から透明な血を流すみたいに。

 

 天使は泣かない。

 要するにそれは、九瀬ヒカリがただの人間であることの証だった。

 輝くような善性の彼女も、結局は普通の高校生(にんげん)で。普通に弱いところもあって。

 そういう『普通の弱さ』こそ、恋仲どころか友人ですらない俺と彼女を繋ぎ止める、唯一の()()()ではあるのだが。

 

 けれど―――いいや、だからこそ。

 その思考(かんがえ)だけは許せなくて、俺は気付けば説教モードに入っていた。

 

「―――『もし自分がこうしてれば、ああしていれば』なんて考え方は傲慢だよ、九瀬」

 

 言い切れば、九瀬が俯いていた顔を上げた。

 ぱちり。

 涙に潤んだ琥珀の瞳と視線がぶつかる。

 ああ、あえて強い言い方を選んだ意味を、彼女は理解してくれるだろうか。

 それが少し不安だったが、もう後に引く選択肢はなくて。

 

 夏、無菌の水槽の中。

 溺れるような静謐に抗う心持ちで、俺は語る。

 

「そもそも人間、完全無欠じゃないんだし。手の届かない場所があるように……手を伸ばせないタイミングってのもあるんだぜ。

 ホラ、机から落ちる消しゴムは、確かに手で掴める範囲にあるけれど、それでも毎回取りこぼさないなんて不可能だろ?

 同じように、あのとき近くに居たのがおまえだけだからって……自分が頑張れば絶対に危機を回避てきた、なんて、そんなのは思い上がりってモンだ」

「……」

 

 九瀬は相槌こそ返してこなかったが、ちゃんと俺の言葉に聴き入ってくれている様子だった。

 だから、俺も変わらぬ調子で言葉を続ける。

 

「手が届く範囲にあっても、必ず手が出せるとは限らない。当たり前の話だ。

 それは単純に反射神経のような肉体的な理由かもしれないし、あるいは心構えのような精神的な理由かもしれないが……要するに、『気付けるかどうか』や『手が出せるか否か』も確かに個人の能力であり、その人の持つ『限界』なんだ。おまえが奇襲に気付けなかったのは、それがおまえの『限界』の外にあったからってだけ」

「……で、でも。だから、私は悪くない、なんてっ、そんなのは駄目だよ……」

「莫迦、駄目なワケあるか。個人の能力は決まってるんだ。その範囲で真剣に頑張って、いい結果にならなかったとしても、それは責められるべき事じゃない。

 そういうのはな―――『誰も悪くない』、って言うんだよ」

 

 それは、言ってしまえば当たり前の話。

 ―――九瀬ヒカリの手が届く範囲で起きた出来事だからって、彼女に責任があるとは限らない。

 

「才能があれば必ず成功できるか? 努力すれば絶対に結果に現れるか?

 どちらも否だ。それは精神や環境、運などの要素(ファクター)を無視している。

 単純な最大出力だけじゃない、そこまで含めて『その人』なんだ。

 常に最高の結果を出せるやつなんていないよ。だからこそ仮定の話には意味が無いんだ。それは自分を高く見積もった、傲慢(おもいあがり)と変わらないんだから」

 

 ああ、例えば。

 よく「まだ本気出してない」とか、あるいは「ちゃんと本気でやれ」みたいな言い回しが使われるが……アレらは根本的に履き違えている、と俺は思う。

 もし、本当に本人にしか分からない秘められた力があるとしても、だ。

 

 何故なら。

 高いモチベーションから発揮された高いパフォーマンスを、その人の実力の限界とするなら。

 低いモチベーションのせいで低いパフォーマンスになるのも―――あるいは突然の事態を前に実力を発揮しきれないなんてのも、同じ限界、言うなれば精神の構造に由来する限界と言えるからだ。

 本番で発揮できる出力の平均値(アベレージ)が安定して高いことが一種の能力であるように……最高値がいくら高かろうが、出せなきゃ何の意味もないし、実力を発揮するための機能(チカラ)も大事な能力なのである。

 

 あえて言えば。

 仮に今出せる実力の限界を『本気』と呼ぶのなら―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人が本気で物事に打ち込み、本気で喜怒哀楽を発露し、本気で夢を追うように。

 人はときに全力で斜に構え、全力で詭弁(いいわけ)や現実逃避し、全力で夢を諦める。

 一見真逆に見えるそれらは、けれど本質的には同じものだ。

 人の行動はその全てが本気で現実(せかい)に向き合ったが故の選択であり……その方向性(ベクトル)がプラスだろうがマイナスだろうが、きっと善悪や貴賤はない。

 そして何よりも、そこに『それ以上』なんて余力(もしも)はない―――。

 

 ああ、こんなのは改めて言葉にするまでもない、簡単な話。

 ひとは皆、全身全霊で一生(いま)を駆け抜けているのだ。

 

 それを、「もしもあのとき」、なんて―――過去(あのとき)の自分を侮辱するにも程がある。

 

 そりゃあ人間完璧じゃないんだし、失敗とか後悔とかは毎日のようにするだろう。

 成長すれば過去の自分がとんでもなく未熟だと気付いて羞恥のあまり叫び出したくなる、なんてのもざらだ。

 俺だってそんなのばっかだし、それはいい。

 寧ろ健全でさえある。

 だが……()()()、だけは違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、なぞ……そんなのはその一瞬を本気で生きた自分(そいつ)に対して、余りにも失礼ってモンだろう。

 

 ……とまあ、これを言おうとすると必要以上に語気が強くならざるを得ないので、傷心な九瀬の前では口に出さない俺であった。

 

「ともかく、『もしも自分が』なんて傲慢は棄てろ。それはおまえには似合わねえよ。

 ……それでも、どうしても『もしも』を棄てれないってんなら、罪悪感を消化できないってんなら……そうだな。『()()あのときああしていれば』じゃなく、『()()次同じような事があれば』どうするか、を考えるってのはどうだ?」

「『次が、あれば』」

「おう」

 

 やっと相槌が出せるまでになってくれたか、と安堵をひとつ。

 

 「もしもあのとき」、は過去の自分への侮辱になってしまうけれど。

 未来に対する「もしも」は問題ない。

 なにせ『未来の自分』なんてもの、まだ世界のどこにも居ないんだから。

 そんで、まあ―――。

 

「過去じゃなく未来を向く分、今よりいくらか前向きだ。うん、おまえにはそれが似合うと思う」

 

 素直な所感を口にすれば、九瀬は瞳を一度ぱちくりとさせたきり沈黙した。

 さっと視線を俯かせ、無意識なのか指先で前髪を弄り出す。

 ただ先程とは違い、何となく顔色は復活して来たように見えて。

 ずるいなぁ―――なんて呟きも聴こえた気がしたが、そっちはただの錯覚だったかもしれない。

 

 もうひと押しかな、なんて無音で呟いて、俺は更にお喋りを続行。

 

「それにな、九瀬」

「う、うん」

「人間万事塞翁が馬、という言葉があるように、」

 

 真面目な声音で九瀬の注目を引き付けておいて、ここで一転、冗談めかして。

 

「大怪我したお陰で、俺はこうして任務をサボって休めてるとも言える。そう、コレも大天使ヒカリエルの恩寵―――」

 

 ぴしり、と。

 絶対零度の空気が九瀬の全身から放たれて、俺の喉を引き攣らせ続く言葉を凍死させた。

 涙目でこちらを睨む琥珀の瞳に、俺は自らの失敗を悟る。

 

「(う"。思いっきり外した、調子に乗り過ぎた……)すまん九瀬、冗談だから」

「……エイトくん。それ、ぜんぜん冗談になってません」

「はい、返す言葉もございません……」

 

 俺、心底反省。

 というか、九瀬がこういう不謹慎ジョークで笑うとかマジ有り得ないだろ、何考えてたんだ十秒前の俺。

 しかし、本気の善意で捻り出した台詞がこの始末とは……うん、そりゃあ誰しも『もしも』を手放せないわけである。

 失敗から目を逸らす最高の現実逃避だしね、これ。

 

 そんな風に俺が現実を思い知っている傍らで。

 けれど理想という精神安定剤が効いたのか、九瀬がふっと雰囲気を軽くして微笑んだ。

 

「……でも、ありがとう」

「―――おう。ま、元気になったならよかったよ」

私、そんな元気なさそうな顔してたかな……と、ともかく。エイトくんも、早く元気になってね」

(それは早く任務に復帰しろ、って意味か―――とか言ったらまた怒られそうだからやめとこう)

 

 あと九瀬、おまえは思いっきり元気なかったぞ。自己評価どうなってんだおまえ。

 

 と、九瀬が俺を真っ直ぐに見据える。

 涙の痕が残る琥珀の瞳は、そこに輝かんばかりの意志を宿して。

 どこまでも純真(まっすぐ)に、どこまでも善良(あたりまえ)に―――それこそ天使の領域に踏み込まんばかりの美しさを伴って、涙から立ち直った少女は告げた。

 

「―――『もし、次があったら』。私、絶対にエイトくんを守るから」

「……」

「絶対、だから」

「……そ、そうか。まあ、その、なんだ。あんま気負うなよ、所詮仮定の話なんだからさ」

「そんなの、無理だよ。だって、エイトくんが居なくなっちゃったら、私は―――」

「……九瀬?」

「私、は……」

 

 ぷしゅう、と熱暴走(ショート)して言葉は中断。

 そのまま九瀬は立ち上がり、病室の出口まで移動。

 最後にこちらを振り向いて、林檎みたいに真っ赤な頭をへにゃりと下げる。

 

「……おじゃましました」

「お、おう……」

 

 がらがら、ばたん。

 なんだか逃げ帰るみたいな仕草だったが、遂に九瀬ヒカリは病室から立ち去った。

 いいや、立ち直った、と言うべきか。

 ベッド脇で彫像になってた状態から随分持ち直した……あの様子なら、じき普段の彼女に戻るだろう。

 

 その背を見送り、入れ替わりで室内を満たす静謐に僅かながら寂寥感を獲得。

 まあ、元々独りが気楽なたちだ。

 持って来て貰ったペーパーバックに余裕はあるし、明日の退院まで退屈することはないだろう。

 窓の外には、どこまでも透き通るような、夏の青。

 

 いやしかし、その、なんだ。

 慣れない説教をしちまったが、あいつに元気が戻ってほんとよかった―――。

 

「……ああ。そういう意味では、俺の()()も傲慢なのかね」

 

 どうして長々と自論を語るなんて()()()()()ことまでしちまったのか。

 その理由に思い至って、俺は思わず苦笑した。

 

 ―――俺は過去に、九瀬を救おうとした事がある。

 凡人のうえに臆病者の影宮エイト(おれ)は、全員を救うヒーローにはなれない。

 なら、せめてひとりくらいは、なんて思って―――結果は惨敗。問題は瞬く間に俺の手に負えるモノじゃなくなって、凡人はいつも通り臆病風に吹かれて諦めた。

 ああ、分かってる。

 俺の手が届く範囲で起きた物事だって、俺にどうこうできるとは限らない。

 あの時の俺もまた全力だったし、それ以上の結果(もしも)なんて望んではいけない。

 だから、別に責任を感じてる訳でもない、とも思う。

 

 そうやって、理屈では理解できているから。

 この感情(おもい)はとっくに死んだと思っていた。

 思っていた、けれど―――。

 

『エイトくんだって知ってるでしょ? 一度抱いた感情は、そう簡単に消えてくれるものじゃないのです。ほら、忘れようとしたけどやっぱり忘れられなかった、なんて経験ない?』

 

 ―――ああ、本当に敵わない。

 あいつはあの時点で、ことの顛末を完璧に言い当てていたんだから。

 

 (せい)とは、()()()()モノである。

 反対に死とは、()()()()()()()()()モノである。

 そういう意味では―――いちど芽生えてしまった感情(おもい)が死ぬことは、きっと永遠に無いのだろう。

 ソレは、いつだって諦め悪く蠢いて。

 やっと止まったと思ったら、些細な事で(よみがえ)り息を吹き返したりする。

 

 胸の奥。

 『動いては止まる』を繰り返す、最小単位の生死の境界(はざま)で―――。

 あいつを救ってやりたい、なんて傲慢は、未だに鼓動を続けていた。

 

 

 

 ―――それは、俺が死ぬ一ヶ月ほど前のこと。

 水槽の個室で不滅(えいえん)を知った、とある(しず)かな夏の記憶。

 

 

/生死境界 終




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