【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
《痛橋地下スラム (いたばしちかすらむ)》
危険地帯である旧都の地下に存在するスラム街。未だ濃い瘴気に覆われた旧都だが地下は瘴気の影響が比較的薄いため、反政府思想を持つ異能者や逸れ者の大人などが寄り集まって生活している。
痛橋の地下スラムへ生活物資を流通させる商人が災玉国防学園に高額で護衛依頼を出しているという噂もあるが、真偽は不明となっている。
ズズン、と地面が揺れる。
パラパラと『天井』から埃が落ちる中、俺・
「そんな訳で、ここ24時間の旧都の情報が欲しい。直近で何か無かったか? 有効なものなら10出すぞ」
「20だ。それなら話す」
「……15でどうだ」
「分かった。あんたには世話になってるしな、影宮の坊主」
照明の少ない、薄暗い『街』。かつては地下鉄構内だったこの場所は、10年前の瘴気災害で放棄され……その後気付けば後ろ暗い過去を持つ者たちの『巣穴』となった。
表向き無人の旧都には法の手が伸びてこない。だから彼らは瘴気の影響が薄い地下を選んで集まり、家から自家発電装置まで作って無法の廃都に『
そんな旧都にいくつかあるスラム街のうちのひとつ、
『ヤマダ』と名乗るその男の本名や素性は知らない。俺が知っているのはその清潔とは言えない背格好と、彼がこの街で『情報屋』として活動していることのみ。
「今から20時間くらい前の話だ。佐藤さんが『外』に使えるものを探しに行って、魔塵と遭遇しちまったらしい。だが帰って来たあの人が言うにはだ……『魔塵は逃げた』、らしい。普段人間を襲う奴らが、目もくれず旧都の奥の方に引っ込んでいったんだと。まあ佐藤のおやっさんがほら吹いてる可能性もあるがよ」
そんなヤマダのもたらした情報は、充分役に立つものだった。
俺は懐から紙幣を取り出し、周囲から隠しながら相手に握らせる。
「成程……約束の金だ。あと街の連中には、ことが落ち着くまで絶対に外に出るなと言っといてくれ」
「ありがとよ。坊主も死ぬんじゃねぇぞ」
手を上げてそれに答えると、ヤマダはすぐに去っていく。俺の『伝言』を伝えに行ってくれた、と思うほど信用してはいないが、最後のセリフがただの社交辞令ではなかっただろうことくらいは信じたい。
綺麗とは言えない服に包まれた背中を見送っていると、俺の背後に気配が。
「……アンタ、なんでスラムの連中と仲良さげなの?」
聴き慣れた声に振り向けば、金髪のツインテールが揺れた。呆れたような顔の彼女、同級生で仲間の
「まあ『民間依頼』関係でな。何かとグレーだし付き合うには気を使う連中だが、旧都の生の情報を貰えるのはデカい」
あの手合いから情報を得るためにはそれなりの金銭が必要だが……こちとら既に天涯孤独、学園の外においそれと出れない以上、金の使い道など存在しない。寧ろこういう時に使ってやらえねば、俺の口座で待ちぼうけしている金が泣くというものだ。
俺は双咲の背後、遠くの露店で商品を見ている
通話をかけると、すぐに相手は電話に出た。
『エイトか』
電話の相手はテンカ
「テンカ
『分かった、作戦参謀に話は通しておく』
用件も済んだので電話を切ろうとすると、『それと』とテンカ姉が言葉を差し込んで来た。
『死ぬなよ、エイト。もしも勝手に死んだら――』
「殺す、だろ。分かってるよ」
『ならば良い。また学園でな』
……相変わらずおっかない。あの人は「やる」と言ったらマジでやる。幼少期何度殴られたか。もし約束破ったらその時は死体を斬り刻まれるかもな……と青い顔をしていると、再び双咲が胡乱な目でこちらを見ていた。
「……アンタ、なんでこの緊急時に生徒会長と個人通話できるワケ? もしかして、会長と肉親だったりする?」
「うーん……まあそんなもんだ」
「――はっ! まさか恋人同士だったり」
「いやそれは無い」
「……そう、そうよね。アタシとしたことが錯乱してたわ」
俺は双咲と当たり障りのない会話をしつつ、九瀬たちと合流する。
「あ、エイトくん。『用事』終わった?」
「ああ。一応訊いとくが、ここの奴らに変なことされなかったか? 財布スられたりとかは」
「だ、大丈夫。ナナちゃんが、その……」
「ああ。ナナ子は
「……わたし、くぜ、まもった。かげみや、ほめ、て」
「おう、ナイスナナ子」
九瀬がスラムの小汚い露店を見ていたのは、俺の用事に合わせた時間潰しだ。
スマホの時計を見れば時刻は『14:02』。あと8分で俺たちは旧渋夜区に――魔塵の巣窟と化した旧都の中心部、超危険区域に突入しなければならない。
……九瀬の手が震えていることは、この場の誰もが分かっていた。
「本当に良いんだな、九瀬」
問えば、九瀬は己の手を抑えて俯き……ゆっくりと、目を合わせて答える。
「……うん」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「引き返すなら今だ」、と俺は言外に告げた。
もしも彼女が『それ』を望むなら――俺はこの場で誓いを果たすだろう。双咲もナナ子も、『国防』という学園の理念も裏切って……九瀬ヒカリを俺に出来る唯一の方法で日常に戻す。その覚悟はあった。
だが、九瀬が語り始めたのは……それは、弱音などではなく。
「……私の家はね、
双咲もナナ子も黙って聞いていた。
九瀬ヒカリという人間の意志を尊重するように、じっと。
「もし『魔塵繭』が
ああ……九瀬。
お前は強くなったのか。俺なんかよりもずっと強く。
「お願い、エイトくん、アリサちゃん、ナナちゃん。私に力を貸して。この作戦を成功させる、力を」
その決意が、覚悟が、俺にはなんだか眩しくて。
「当然。任せなさいヒカリ。アンタの邪魔をするもの全てを吹き飛ばしてあげる」
「わたし、も、がんば、る。くぜ、の、ため」
「ま、俺ら以外にも突入隊はわんさか居る。あんま気張らず、冷静にな」
2人と違い、カッコつける余裕すらない俺だった。
と、ここで俺たち全員が支給されたインカムが一瞬のノイズの後に声を発する。
『八重桐テンカ3学年、以下星五異能者組総員が戦闘を始めました。これより作戦を開始します』
それは放送司令部からの通達。
同じ言葉を聞き、俺たち『九瀬班』全員の顔が引き締まる。
『旧
そうして俺たちは走り出した。
そして俺、
「行こう……!」
午後14:10。
九瀬班、作戦開始。
◆
【Tips】
《放送司令部 (ほうそうしれいぶ)》
通常の学校の『放送部』に当たる部活動。校内ラジオ等日常の憩いを提供する役割に加え、有事の際の通信・連絡係を担う重要な役職。『放送室』は戦場から離れた学園内にあるため、所属する生徒は戦闘能力の低い星一~星二級の異能者が多い。災玉国防学園においては生徒会の下部組織であり、生徒会役員の指示に従って運営される。
放送司令部からの『お知らせ』はホーム画面から確認できる。期間限定イベントなどを見逃さないように普段からよくチェックしよう。
◆
旧
陣形は俺が先頭、後方には九瀬、その隣のすぐ庇える位置に双咲が並ぶ。
ちなみにナナ子は弱視のせいで走ると危険なため俺が抱えている。こいつ星五異能者のくせして身体強化のレベル俺より下だからな。
「瘴気が濃くなってきたな……いくら異能者は瘴気に耐性を得てるとはいえ、ずっと吸い込んでたら病気になりそうだ」
「魔塵が出てこないのが不気味ね……」
しかし、かつてない瘴気濃度だ。まだ14時だというのに、まるで真夜中のように街は暗い。街上空を覆うのは暗雲よりも分厚い漆黒の瘴気。
「そろそろ渋夜の区境だ。渋夜区内は瘴気の影響で通信機が不調になるらしい、司令部に『突入』の報告だけ入れるが、何かあるやつ居るか?」
「……大丈夫。お願いしていい?」
「分かった」
走りながらインカムを起動し、放送司令部に『九瀬班渋夜突入』の旨を伝える。返事はノイズだらけで既に聞き取れなかったが、伝わっていると信じてインカムを切る。
もう渋夜区に入ってしまったのだろうか、と思いながら、頬を伝った冷や汗を拭う。
「(8年異能者やってるが、こんなに旧都中心部に近づくのは初めてだな……)」
旧都は基本的に中心に近づくほど危険度が高い。濃密な瘴気、強力な魔塵……渋夜の危険度は旧都外縁部とは比べ物にならないハズだ。当然平常時は星三異能者に立ち入り許可など出ないし、頼まれたって行きたくない。
そんな場所に踏み入れるのだという恐怖心と奇妙な感慨、そしてもう渋夜も近いというのに全く魔塵の姿が見えないという違和感に俺の心は戸惑っていた。それは周囲に他の班が居ないことによる不安もあったのかもしれない。
ちらり、と腕に抱えた真っ白な中学生を見る。
「(滅茶苦茶ビビられてるナナ子が居る以上、ウチの班は他班との連携は取れない。俺たちは何が起ころうともこの4人で対処するしかない……だが逆に言えば、少人数の分魔塵に発見されずに渋夜奥まで進める筈だ。
そして意識は、共に走る仲間の元へ。
「(援護系最強格の九瀬、火力・範囲殲滅力に優れた双咲、あらゆる意味で最終兵器たるナナ子……この3人と一緒なら生還できる、させられるハズだ)」
それに、と己を納得させるように続ける。
「(できる限りの準備はしてきた。懐に隠した『奥の手』もひとつじゃない)」
制服の内ポケットに忍ばせた『奥の手』も、しかしこの不安を完全に消してはくれない。
そうして俺は漠然とした不安と共に、渋夜の街に突入する……。
瞬間、瘴気が視界を覆い。
「止まれ!」
直感で追従していた2人を制止し、ナナ子を下ろす。
再び視界が晴れたそこには、大量の魔塵が待ち受けていた。
道路の只中。建物の屋上。廃ビルの隙間。この街が自分たちのものであると主張するように、渋夜の街は魔塵だらけだった。
「言った傍からわらわらと……!」
冷や汗が流れる。100体は居るだろう魔塵が、その3つの
だが……慄く俺と裏腹に、九瀬の声が飛ぶのは早かった。
「事前に決めた通り、複数相手ならアリサちゃん主体で! エイトくんは前衛で敵の足止め、ナナちゃんは敵の遠距離攻撃警戒!」
「っ、了解!」
我に返り、俺はいつも通り前に出ようとして。
「その必要は無いわ、エイト」
背後の双咲が告げた。
その声は、本能的に噴火寸前の火口で脈打つマグマを思わせた。
――爆発する。
その直感は正しかった。
「こちとら突入した時からずっとフルチャージよっ」
双咲の両脇に、直径1mを超えるエネルギー弾がふたつ。白色のそれらは今にも発射しそうなくらい、限界まで力を蓄えているのが一目で分かる。
それは想いの砲弾。彼女の猛る感情が込められた眩く輝くふたつの恒星。
俺は慌てて横に飛ぶのと同時、光属性の砲弾はカッと光り。
「消し飛べ――『
極太の光線が、渋夜の街を吹き飛ばした。否、そんな錯覚を抱かせるほどの双撃が放たれた。
暗夜の街が一瞬だけ夜明けを知り、そしてまた夜に戻る。
目を開ければ……そこには大量の魔塵が瘴気に還り消滅していく光景。
己が作り出した光景を見ながら、しかし双咲は眉を顰めた。
「雑魚はあらかた片付いたけど……」
魔塵は全滅してはいなかった。数匹、双咲の攻撃を防いだ個体が残っている。
その中でも特に目を引くのは2体。
左腕が刃状であり、騎士じみた鎧を着たかのような魔塵。その下半身の形は馬のものであり、シルエットだけを見れば
そして青色の炎を全身に纏う準人型魔塵。蒼く燃える四つ腕のそいつはしかし、何故か熱気ではなく周囲を凍らせる冷気を纏っている。
「下半身が馬の方は『図書室』で見た覚えがある、確か星四級魔塵〈斬首のスレイ〉! 左は知らねぇ、多分未発見の星四級だ!」
「残った一般戦闘タイプの残りは4体!」
俺と双咲が素早く状況を報告し、九瀬が指示を飛ばす。
「アリサちゃんは戦闘タイプの4体を! エイトくんとナナちゃんは星四の2体の方!
「ああ!」
俺は返事ひとつの後、〈斬首のスレイ〉に向けて突進した。
「〈
徒手居合の構えから、
右手に漆黒の日本刀を握りしめながら、俺は半人半馬の魔塵へと迫り。
「
〈斬首のスレイ〉が右手で俺を指さし。
俺の動きは停止した。
「ぐ……っ!」
そのまま俺の体は、俺の意志に関係なくその場に
「(〈斬首のスレイ〉、図書館で見たヤツの異能は〈
ざり、と足音が聞こえる。恐らく斬首のスレイが近寄ってくる音だが、首を上げられない俺はそれを確認できない。
身動きの取れない中、俺はちらりと己の右手を見た。そこには漆黒の刀。
「(首を差し出すような姿勢を変えられない……だが異能は使える! 『相手を指さす』が条件ならコレはどうだ!?)」
握った『
ざり、と足音は更に近づく。だが、此方の方が速い。
ぴしり、と許容量を遥かに超える瘴気を流し込まれた刀が砕け。
「〈
その中から煙幕のように大量の瘴気が広がり、俺の姿を覆い隠した。
瞬間、俺の体の自由が戻る。
「(思った通り! 『相手を指さす』には『相手の視認』も含まれるみたいだな!)」
敵の左手側、刃状の手の方から回り込み、その首を徒手居合の構えで狙う。
「〈
だが武器を出す直前、俺に青い炎が飛んで来た。凍てつく冷気が肌を刺す。
蒼炎の裏には、同色の炎に身を包んだ魔塵。5mは離れているから大丈夫だと思ったが――。
「(もう一体! 遠距離タイプだったのかッ)」
見誤った。この体勢から回避は不可能。
「エイトくんっ、『
だがこっちには最強の援護役がいる。
俺の目の前に現れた光の盾が、『凍る炎』を防いだ。
差し込まれるスレイの斬撃を辛うじて躱し、一旦間合いから外れるために距離を取る。
「助かったぜ九瀬っ」
「うん……見てるから、大丈夫!」
再び『
「
がくん、と再び膝が地面に沈む。この背中を押さえつけられるような強制力……〈斬首のスレイ〉に〈
「ぐ……!」
指さすだけで行動不能ってズルだろ、という悪態を吐くのを我慢し、『
「(〈斬首のスレイ〉が使って来る行動制限異能、これがとにかく厄介! この調子で『
暫定魔塵名〈凍炎のフロスト〉、後に命名されるその異能は〈
思考しているうちに煙幕が消える。『
「『
スレイの視界から隠れつつ、適当に銃を乱射する。
スレイとフロスト、両者に何発か命中したそれは、しかし。
「(やっぱ星四級にはダメージ無しかっ。
傷を与えることもなく弾かれる弾丸。やはり俺は星三級、まともな手段では絶対にネームドクラスには勝てない。
「(だがそれで良い。俺の役割は『
煙幕が消える前に武器を取り出す。
「〈
生み出した鎖で〈斬首のスレイ〉の刃状の腕を絡めとり、そのまま鎖を手繰るように飛翔。
スレイがその右手で俺を指さそうとするよりも早く、両手で刀を大上段に構え。
「おおおッ!」
裂帛の気合と共に斬撃を放つ。
決して致命傷は作れない、弱者の一撃。
現に俺が斬ったのは、スレイの突き出されていた人差し指一本。
たったそれだけの損傷を与えた代わりに空中で無防備となった俺に、斬撃と蒼炎が同時に迫る。
だが……俺は笑った。
「指一本……それで充分」
瞬間、俺の体を光が覆う。
「『
加速した体で攻撃を避け、魔塵から大きく間合いを取る。
「九瀬、今だ!」
「うん!」
俺の狙いは最初から〈斬首のスレイ〉の『人差し指』。そもそも俺じゃ大怪我でもしなきゃネームドを殺す火力を出せない。
だがその行動不能のクソ技さえなければ……こっちの星五異能者がどうとでもしてくれるのだ。
「ナナちゃん、『
瞬間。それまで存在感を消していたナナ子が眼帯を外し、その全身から凄まじい量の
真っ白な彼女と真逆の色である闇色の瘴気が溢れ、一点に集まり形を成す。
それはナナ子の5倍はあろうかという巨大な扉。
地獄の空気を漏らす門の横で、彼女は厳かに『鍵』を唱える。
「第三門解錠、
ばつんばつん、と扉を封じていた鎖が千切れる。
ここに至って、2体の魔塵は気付いたようだった。真に警戒しなければいけない相手が誰
「悪しき王の招来を望む者、其の欲深きを今裁かん――」
〈斬首のスレイ〉が咄嗟にナナ子に向けて右手を向ける……だがその人差し指は、まだ再生が終了しておらず。
ごご、と重厚な音を立てながら扉が開く。地獄の景色が現世を覗く。
「神罰執行、『
果たして、其処から這い出て来たのは――。
一瞬。
一瞬だった。
なにか黒い影が門の中から躍り出たと思うと、次の瞬間には〈斬首のスレイ〉の首を嚙み千切り、〈凍炎のフロスト〉の体を4つに引き裂いて門の中に帰って行った。
それが巨大な三つ首の犬にも見えたが……本当の所は分からない。否、分かってしまえば生者では居られない……そんな感覚が俺を襲い、それ以上考えるのはやめた。
「
断末魔の声を上げ、2体のネームド魔塵が瘴気となって消滅していく。
「ナイスナナ子、助かった……」
振り向くと、丁度双咲が戦闘タイプの魔塵の最後の一体を吹き飛ばす所だった。
「……そっちも終わったみたいね」
周囲に魔塵は居なくなった。あるのは魔塵の死骸である魔鋼と、数秒前まで魔塵だった瘴気のみ。
多少の疲労感を感じながら、しかし俺たちは止まれない。
「……行くか」
「うん。『魔塵繭』を、壊さなきゃ」
勝利の余韻に浸る間もなく、俺たち九瀬班は走り出した。
目指すは渋夜の中心、孵化を待つ『魔塵繭』。
◆
【Tips】
《瘴気 (しょう・き)》
10年前、世界各国の主要都市を突如として覆った黒い霧。人体に有毒、かつ従来の兵器が通じない怪物『魔塵』を産み出す特性によって人類を大いに苦しめた。現在も瘴気の侵攻は続いており、各国主要都市を覆った瘴気が依然として去らないほか、それ以外の人口過密地帯を狙いすましたかのように瘴気が覆う事件も頻繁に発生している。
未だ多くの謎を残す怪現象であり、根本解決の目途は立っていないのが現状である。
◆
その後も散発的な戦闘を3度4度と繰り返し、数多の魔塵を撃破しながら『九瀬班』は歩を進め……遂に
最早異能者であることなど関係なく口元を覆わなければ耐えられない異常な瘴気濃度の空間。
肌を目を刺すような瘴気を全身に浴びながら、ボロボロの俺たちは誰ともなく呟いた。
「これが、『魔塵繭』……!」
見上げる俺たちの目の前には、作戦説明室Aで見た例の物体が在った。
10m以上あるように見えたその球体は、実物を見ればもっと大きいように見えた。
色は黒……だが単純な黒ではなく、絵の具の全ての色を混ぜてしまったときにできるような、そんな濁りきった不気味な漆黒を晒す。
そんな『魔塵繭』は、地上1m程の空中に浮遊し……どくん、どくんと確かに脈打っていた。それは母体の
「……とんでもなく悍ましい瘴気だな。『今すぐ此処から逃げ出したい』って全身が叫んでやがる」
「正直、コレを見た後だとナナなんか可愛いものね」
「……すごく、いやな、かんじ」
魔塵繭を目指してゆっくりと進む。警戒と共に周囲を見回すが、特に魔塵も人影も見当たらない。
「俺たちが一番乗りか……?」
「『魔塵繭』が壊れてないってことはそう言うことでしょ」
俺たちには知る由もないことだが。
実は
つまり渋夜中央に到達できる最も安全なルートは、『警備』の少ない
「(……まさか俺たちが
だが、なんだろうこの違和感は。妙に嫌な予感がする。
「とにかく、『繭』を壊しましょ」
「う、うん……」
双咲が九瀬を連れて繭まで歩いていく。九瀬が握るのは、白いテニスボールくらいの球体。
俺たちは一班にひとつ、魔鋼装備である『
『
そう思いつつ、繭破壊に関してクソの役にも立てない俺は周囲を警戒することにして。
建物の影に何かを見つけた。
「……ん? アレは……」
瘴気が濃く、視界が悪いせいで気付けなかった。
そして『それ』が余りにも原型を失っていたから、最初は道路の罅に見えた。
無造作に転がるソレは。
「生徒の、死、体――?」
違和感。
魔塵は明らかに『魔塵繭』を護ろうとしていた。少なくともそういう風に見えた。
ならば何故、この場所に……『魔塵繭』の近くに魔塵が居ない――?
「ッ! 全員、ここから離れ」
振り向いた時には手遅れだった。
ソレは魔塵繭の『奥』から現れた。いや、そんなことはあり得ない。魔塵繭は『球』であって『穴』ではない。だからそんなことが起こるハズは無い。
それでも……ソイツは黒い穴から出てきた。視覚的な黒い穴という現実に存在しない『
ズン、と巨大な足が地面を踏みしめる。
ずるり、と現れたのは影色の巨人。
天を衝くように伸ばされた五指、気付けばその中には漆黒の巨剣が。
反射的にスマホを取り出してカメラを構えた。だが画面にその巨体は影も形も映らない。
かがんだ状態で10mを超える巨大さを持つ、その
「観測不能の星五魔塵――〈無影の、スルト〉……ッ!!」
完全に実体となったその怪物は、眼下の人間を睥睨しながら剣を振り上げる。
「
殺意の込められた咆哮と共に、絶死の一撃が振り下ろされた。
【Tips】
《魔塵 (ま・じん)》
瘴気が濃い場所で発生する謎の怪物。生物かどうかも判然としない存在だが、明確な意思を持って人類に敵対的な行動を取る様子が幾例も観測されている。その体は『気体であり固体』という特殊な性質を持っており、自身に向けられた物理的な攻撃を無効化するため現代兵器での駆逐は困難。
死亡時に体は瘴気となり死体ごと消滅するが、稀に骸の一部が『魔鋼』として残る場合がある。その条件などは未だ不明。