【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
《魔塵繭 (まじんまゆ)》
旧都内に突如として発生した、発生前の魔塵の姿。巨大な球状をしており、普通の人間では到底近寄れないような濃い瘴気を放っている。昆虫が成体へと至るための繭に似ていることからこの名が付けられた。
そこからどんな魔塵が生まれるのか、今はまだ誰も知らない。
一目で分かった。
「勝てない」。「全員、ここで死ぬ」。
ただの星三級である俺が8年間も生き残ってこれたのは、その見極めが正しかったからだ。「無理」と悟った相手とまともにやりあわないことで、俺は辛うじて命を繋いできた。
だから――。
「――ッ」
だから、己の手を突き刺すことに迷いは無かった。
懐から取り出した魔鋼のナイフ――術者を傷付けられない『影の武器』では出来ない自傷のための武器を、思いっきり左の
「ぐゥ――ッ、〈
痛みに呻く時間など無い。
傷口から溢れる普段より数段濃い瘴気。それを己が
「(必要なのは『強度』と『威力』! 星五級の一撃を受け止めるための『武器』を絞り出せ!)」
眼前に迫るは黒の巨剣。黒い巨人・〈無影のスルト〉による必殺の一撃。
「
「九瀬、ガード出せッ!!」
生成するは最も作り慣れた刀。それを
「『
渾身の一撃を振り抜く。
激突――瞬間、俺の刀に罅が入る。巨剣の勢いは止まらない。
「(死――)」
握った刃が砕け散り、大質量が俺の体を両断する――その直前。
「『
現れた最大出力の光の盾。
それは一瞬スルトの剣を受け止めたものの……1秒も持たず砕け散った。
勢いを殺された巨剣と砕けかけの刀が激突する。
「お、らああああああああああああ!!」
全霊で振るった刀は、辛うじて巨剣の一撃を弾き飛ばした。
だがその代償に刀は砕け散り、俺の体は凄まじい勢いで後方に吹き飛ぶ。近くのビルの壁に背中から激突し、口から空気と共に血が飛び出た。
「がッ――」
「エイトくんっ!」
気絶しかけた俺の体をあたたかな光が包んだ。九瀬の『
それでも頭の大部分を支配する痛みに耐えながら、俺は剣を弾かれた姿のスルトを見る。
「(分かってたことだ、生きてるだけ僥倖! 何より先に頭回せ!)」
俺の決死の一撃と九瀬の盾により、スルトの一撃は止まった。だがそこまでして止めた一撃は、ヤツにとってはただの『通常攻撃』。現に巨人は再び剣を振り上げようとしている。
あんなのとマトモに
「九瀬、双咲と一緒に『魔塵繭』を! コイツは星五魔塵、俺たちじゃ勝てない……目的を果たして逃げるぞ!」
尤も、本当にヤバくなったら……いや、今は考えるな。
再起動が早かったのは双咲。九瀬を連れて『魔塵繭』まで移動を始める。
それを目で追ったスルトの前に立ちはだかるのは……復活した俺と、眼帯をした真っ白な少女。
「それまで、俺たちが時間を稼ぐ……!」
スルトの虚ろな顔が、九瀬ではなく俺たちを見たような気がした。
それに若干怯みつつ、俺は無理矢理作った笑顔で
「悪いなナナ子。貧乏くじ引かせちまって」
「だいじょう、ぶ。かげみや、は、わたしがまもる」
対人特化の星五異能者ひとりと、一山いくらの星三異能者ひとり。
これで10年間倒されていない星五級魔塵相手にどこまでやれるのか……考えれば絶望してしまいそうだ。だがナナ子が横に居る以上、年上の俺が先に弱音を吐くのはナシだな。
『
「〈
まだ武器は作らない。相手の出方を見て、最適な武器を即断で生成する構え。
それに対し、ナナ子は最初からフルスロットルを選んだらしい。眼帯を外し、その小さな体に不釣り合いの瘴気を溢れさせる。
「七門解錠――」
だが。
「!? みえ、ないっ」
ナナ子が右目を、深淵の眼を抑えた。その声には明らかな動揺があり、またいつもなら現れているハズの門も出てこない。
そのことに、俺は思い当たる節があった。それは出発前、ナナ子の星五特権を借りて作戦説明室Aで聴いた『星五魔塵』について調べたときに得た情報。
「(あらゆる機器・異能による索敵をすり抜ける、肉眼でしか確認できない謎の魔塵〈無影のスルト〉……ナナ子の〈
スルトが剣を構える。ゆるりとした動きに見えるそれは、しかし巨人がやれば颶風を纏う動作となる。
初撃と違い横薙ぎの構え。ビル群を雑草のように刈り取るだろうその一撃を防ぐ手段など俺には無い。ならば。
「ナナ子、門
「わ、かった」
ナナ子の右眼が俺を睨み、スルトとの間に漆黒の門が形成される。門は特大の災厄を齎すが、開かなければただの堅牢な壁として使えるハズ!
「第一門、非解錠っ」
「
巨人の剣と地獄の門が衝突し――ゴガシャァン!!! というような轟音が響いた。横薙ぎの剣が門を
半壊した門は、魔塵の
「ナナ子、まだ門出せるか!?」
「あと、にかい、なら」
此処に辿り着くまでの連戦でナナ子も限界だ。それを考えると非常に頼もしい答えに、俺は希望の光を見出す。
「上出来! 防御任せたぜ!」
そのまま手の中で渦巻いていた瘴気を武器に変質させる。
「(遮蔽があるなら話は早ぇ!)」
未だにズキズキと背中に巣食う打撲の痛み。この怪我ならイケるだろう。
「(学園敷地内には軍施設もある……
それは、俺がいつも使ってる
そうして、俺の手の中に納まったのは。
ドラム缶のような胴体と、そこから伸びた円状に配置された6つの銃口。
所々が角ばった合理的かつ攻撃的な
その現代兵器の名は。
「――『
銃口が火を噴き、20x102mmサイズの弾丸を乱射した。
「おらああああああああああッ!!」
ズガガガガガガガガガガガガガ!! と放たれ続ける瘴気の弾丸。それは〈無影のスルト〉の巨体もあり、その全身を容赦なく穿ち続ける。
鉛の嵐を真っ向から受けながら――しかし怪物は動く。
「第二門、非解錠っ」
俺に放たれた剣の突きを、ナナ子が出した門が受け止める。
地を揺らす衝撃に射撃を中断、膝を付き体勢を立て直す。
崩れた門の向こうに佇むスルトの身には……無傷。ダメージらしいダメージは見られない。
「(半分は治ったとはいえ全身打撲だぞ!? これでもダメージ無しなのかよ!)」
絶望を噛み潰しつつ、奥の手ならぬ小技その二を使用。
仮想元素:流用。
武装設計:更新。
全構造──再形成。
「武器変成――『
6つの銃口をひとつに纏め、狙撃銃を更に一回り大きくしたような巨大な銃――
問題は『弾』。今の怪我で作っても、おそらくスルトにダメージを与えられない。
「(左手は『
――腹。
悩む時間など無い。襟元を口で噛み痛みに耐える用意。ナイフを取り出し、荒く狙いを付け。
「(……昔調べたな。心臓、肺、腸や肝臓はヤバイ。重要臓器を外して刺すなら『胃』の辺りか)」
突き刺す。
「……ッ!!」
痛い、なんてもんじゃない。熱した鉛を腹に直接ぶち込まれたが如き苦痛。今までの痛みなど全て児戯だったのかに思える地獄の感覚。だが戦闘中でアドレナリンが出ていたからか、痛みに思考を奪われるのは一瞬で済んだ。
「かげ、みやっ?」
「~ッ、問題無い、俺の異能だ!」
血を吐きながらナイフを引き抜き――正直刺すときよりも痛かった――傷口に手を当て『弾丸』を生成。
「〈
それをガチャリと音を立てながら『
「喰らえバケモノ!!」
狙うは頭部。〈無影のスルト〉はその膂力と攻撃範囲こそ驚異的なものの、速度はそこまででもない。この音速を超える弾丸は躱せまい!
ズドンッ! という轟音と共に、50口径の砲塔から弾丸が放たれる。飛来する弾丸の先端は鋭角の槍、大柄の蜂よりも巨大な鉄の死棘。
螺旋状に回転する弾丸は唸りながら空を裂き、巨人の頭部に命中し――巨体がよろめく。
ぐらり、と揺れる黒い頭。
だが。
「
すぐに持ち直したスルトの頭部は僅かに抉れているだけで、どう見ても致命傷ではなかった。それどころか、その傷も徐々に再生していっている。
寧ろダメージが大きいのは、俺。対物ライフルの反動が体を駆け抜け、腹の傷が激しい痛みを放つ。
「ぐぅ……ッ! (こんだけやってそれはねぇだろ、クソ! 威力だけなら双咲の異能も超える一撃だぞ……!?)」
――高位魔塵には2つのタイプがある。再生力に長け急所を潰さない限り半永久的に回復するタイプと、逆に再生力はそれほどでもないが防御力が異常に高いタイプ。こいつは後者か、とその遅い再生速度を見ながら考え……もう体勢を立て直したスルトが剣を振りかぶる。
動け、躱せ、と頭の中で生存本能が叫ぶが、それを打ち消すように痛みが思考を貫き足が止まる。抑えた傷口からは際限なく流れる血。
「(クソ、痛みで動きが……! これだからこの異能はクソなんだよ!!)」
傷を負った状態で普段通り動くなんて不可能だ。少し動けば傷口は痛み、正常な思考と行動を阻害してくる。口から血痰が飛び出し、震える膝が地に沈む。
そんな俺を見て……彼女は震える手をこちらに伸ばした。真っ白な、弱弱しい手。
「か、かげみ、やっ」
縋るように揺れる瞳は、しかし剣を振り下ろす
「馬鹿、門出せナナ子!」
叫び、彼女が正気を取り戻すと同時、巨大な剣が降って来た。
「第四門――」
形成は間に合わず。
中途半端な形の門と剣が激突する。生成が完璧でも持て余す一撃を半端な状態で受けた結果――門は剣を止められず、爆発するような衝撃が地を襲った。
「あ――」
白く小さな体が、衝撃に耐えられず吹き飛んでいく。
「ナナ子!」
アスファルトの上を何度も転がり血を流したその体は、気絶したように動かなくなった。距離も遠く、倒れた彼女を庇うのは不可能。いや、問題は……俺の前に立つ〈無影のスルト〉。ナナ子が倒れた今、ヤツの次の一撃を防ぐ手段は、無い。
「(どうする!? これ以上は出血がヤバイ、動けなくなったらその時点で終わりだ! だが普通の武器じゃ倒すどころか傷ひとつ……!)」
君臨する星五級魔塵は、再び剣を構える。絶望が俺の思考を、全身を支配し。
『――エイトくん、やったよ!』
「!」
頭の中に声が響いた。
それは希望の光。絶望的な状況を脱する最高の報告。
『「魔塵繭」、壊したよ! 逃げよう!』
反射的に九瀬の方を見れば、言葉通り『魔塵繭』が崩壊していく所だった。巨大な球体がいくつもの破片に分かれて崩れ、その中から膨大な瘴気が断末魔のように噴き出して空に消えていく。
更に俺の体を光が覆う。九瀬の『
腹の出血と痛みが収まり、全身に力が戻るのを感じる。
『助かった!』
脳内で九瀬に向かって叫ぶと同時、大気を揺らす叫びが放たれる。
「
見れば、スルトが天に向かって咆哮していた。ビリビリと世界を揺らす、怒りの声にも思える叫びを聞きながら、俺は再度ナイフを取り出す。
「(もう戦わねぇから手は『捨て』だ、もっかい耐えろ俺……!)」
刺すのは再び左手掌。この傷を使って、スルトから逃げるための煙幕を展開する。
「ぐ……ッ、『
血と共に噴き出た瘴気が煙幕と成り、周囲の風景を覆い尽くした。俺は暗闇の中左手を抑えながら叫ぶ。
「全員、走れ! 双咲、ナナ子を頼む!」
「分かったわ!」
俺よりも倒れたナナ子に近かった双咲に叫び、俺は懐から秘密兵器その二を取り出す。
「(〈無影のスルト〉、確かに星五級魔塵の称号に相応しいバケモンだが、その『速度』一点だけは他に劣る! それにアイツ、登場した時からずっと地面に手を付いた膝立ちだ……巨大すぎて自重が支えられないのかは知らねぇが、逃げるだけなら勝算はある……!)」
テンカ姉から借りた『魔鋼装備』を取り出し、スルトに向かって投擲。
「喰らえ、『
特殊な形状の短剣がスルトの足に突き刺さる。瞬間、星四級魔鋼装備である『
「(『
俺は動きが遅くなったスルトに背を向けて全力で走る。煙幕の中にかすかに見える、九瀬と双咲の背中。双咲はしっかりナナ子を腕に抱いていた。
「(よし! 後は全力で逃げるだけ……!)」
そうして俺は地を蹴り。
――ぬるり、と。
視線の先、
「――は?」
それは登場した時と同じ。視界内の『黒色』、俺が出した煙幕に本来無いハズの『奥行き』が生じ、その向こう側からスルトが現れる。その動きが遅くなっている様子は無い。
〈無影のスルト〉、異能〈
「(バカな、『
何かを思う間もなく、九瀬の背に伸ばされる巨大な腕。九瀬はまだ背後から迫るそれに気付いていない。
「九瀬ッ!」
全力で地を踏み、九瀬の背中を押す。
「!? エイト、く――」
振り向いた彼女も気付いた。煙幕の『奥』から現れる巨大な腕に。
「
スルトが腕を伸ばし――その巨大な手が、先程まで狙っていた九瀬の背中があった位置にある俺の右手を掴んだ。
ぐしゃり、と。あっけなく俺の腕が破壊され、雑に絞った雑巾みたいに血が噴き出る。
「がッ――!?」
「エイトくん!?」
「な、コイツ今どうやって移動を――」
気絶しそうな痛みだった。プレス機に腕を挟まれるとか、10tトラックに腕を潰されるのと何も変わらない惨状。そのままぽいと捨てられた俺は道路を転がり、半分気絶した状態でそれを見た。
完全に現れたスルトが、最初の時と同じように剣を振り上げる。余波のみで周囲の建物を崩壊させる威力の一撃を防ぐ術は……。
九瀬の『
双咲の〈
ナナ子の〈
そして俺は腕をぐちゃぐちゃにされたショックで、何かが出来る状況ではない――。
かくて巨剣は振り下ろされ。
「
大質量が地面に激突したことで生まれた衝撃波が、俺たちの体を吹き飛ばした。
◆
【Tips】
《異能 (い・のう)》
瘴気を一定量以上吸い込んだ未成年にのみ覚醒する、この世ならざる法則を持つ力のこと。また異能に覚醒した者は瘴気の影響によってか身体能力や五感も強化される傾向にある。
異能には三つの性質「近接」「遠距離」「補助」と八つの属性「炎」「氷」「水」「風」「土」「雷」「光」「闇」があり、星一~五で強さが判定される。
◆
視界が明滅する。
朧げな意識が、痛みという電流によって覚醒した。
目を開けば、そこには舞い上がった土煙と瓦礫の山となった街。
「――どう、なった……?」
素早く状況を確認する。
まず右腕を動かし……激痛。それだけじゃなく全身満遍なく痛むし、視界も赤に染まっている。
「(この感じ、気絶してたのは一瞬か。右腕は……ダメだ。複雑骨折した骨が肉に刺さってやがるし、肘から先は動かねー。少なくとも数週間は使い物になんねーな。後は頭から出血してんのと全身打撲……足は、動くな)」
瓦礫の中で、左手と両足だけを使って身を起こした。
周囲を見回す……すると、近くに瓦礫に半身が埋まった制服姿。九瀬だ。息はありそうだが、気絶している。
「九瀬……っ」
なんとか頭を回して見れば、今度は双咲を発見。所々出血しているし、足が嫌な方向に曲がっている。やはり意識は怪しい。
「双、咲」
その傍には真っ白な少女。汚れた彼女は弱弱しく呻いている。上体を起こすのは無理そうだ。
「ナナ子……」
死んでいないのが奇跡、という俺たちを前に、しかしソイツは変わらぬ姿で此方を見る。
暗夜の街に君臨する、剣を携えた影色の巨人。
「……無影の、スルト……ッ!!」
そいつは満身創痍の俺たちを見下ろしながら、ゆっくりと剣を振りかぶる。その一撃が降れば、次こそ俺たちは全滅だろう。
「(どうする!? 右腕は使い物にならない、1人なら抱えて逃げれるか? いや……コイツがわざわざ逃がしてくれるとも思えねぇな)」
ぼたぼた、と地面に俺の血が零れる。体はふらふらで、正直立っているのがやっとだ。
「(そもそもなんだったんだコイツの異能。ワープ? 分身? 意味不明だ。あークソ、頭回らねぇ。血が足りねぇんだ……前にもあったな、こんなこと)」
思い出すのは九瀬と初めて会ったあの日の事。
「(あの時は立ち向かって死にかけたんだよな……正直本当に死ぬかと思ったし、二度とやりたくない経験だ。同じような場面に再会したら今度こそ逃げてやるって何度も思ったな……)」
それでも……俺は気付けば、倒れた3人を庇うように前に出ていた。
スルトに不思議なものを見るような目をされた気がして、自嘲的に笑う。
「……そんな目で見るなよ。俺だって、なんでこんなことしてるのか分かんねぇわ」
……俺1人なら逃げれたかもしれない。そんな思考も確かにあった。
けれど……俺が回らない頭で選んだのは、このとんでもなく愚かな選択肢。
「(実際、何が出来るんだって話だよな。星三級がひとりで星五級の前に出て、逆の立場なら間違いなく嘲笑うね)」
それでも。
「おまえには分からねぇだろうけどな、クソ魔塵。例え無茶だろうが不可能だろうが、人間には『やらなきゃいけない時』があるんだよ……!」
九瀬ヒカリを、双咲アリサを、漆門寺ナナを死なせたくない。
その余りにも非合理的な衝動が、俺にその
「
〈無影のスルト〉が構えた剣を振り下ろす。
余波のみで周囲の建物を崩壊させる威力の一撃を前に、俺は徒手。走馬灯のようにとある『爆弾魔』の言葉が脳裏をよぎる。
「『
そして、かつて九瀬との会話で言った言葉。
『腕か脚。俺が一本斬り落としてやる。確実にやるなら目を潰すのも良いかもな。そうすりゃおまえは傷病兵扱いで、晴れて家族の元に強制送還だ。流石の『保健室』も無いものは生やせまい』
……巡り巡って己に返ってくるとは、なんとも皮肉だ。
俺がこの戦闘で負い、そして武器生成に使った傷は全て『重傷だが治せる傷』だった。だから『
当然だ。俺は星三級。後に引かない程度のぬるい覚悟で星五級に勝てるワケが無い。
俺に無かったのは『失う覚悟』。
俺は振り下ろされる剣を前に、利き腕である右手を無造作に伸ばした。
どうせボロボロの、この戦いでは使い物にならない腕だ。だから。
「
破壊の一撃に、血塗れの右腕を差し出す。
剣を止めるように無造作に。けれど当然、そんなことでスルトの巨剣が止められるハズが無い。
瞬きすら許されぬ刹那。巨剣が俺の腕に触れ。
指が折れ。
手のひらが砕け。
肘までが骨も肉も無く吹き飛び。
肩から先は跡形もなくぐちゃぐちゃの肉塊へと変わって――。
ズガァン!! と衝撃が街を駆け巡る。
だが。
巨人の剣は、地まで到達しなかった。その刃は……矮小な人間の腕を破壊しただけで止まっていた。
正確には……その腕の残骸の中から出て来た影色のナニカに止められたのだ。
「……〈
永遠に失った利き腕は、俺が思う最強の剣へ。
「俺の異能〈
スルトの巨剣を、ひとつの剣が受け止めていた。
落ちる埃すら切り裂く鋭利な刃。2mを超す影色の刀身。纏う瘴気は神気を孕む
それはとある星五魔鋼武器を、全てを切り裂く剣の模倣にしてそれを超える剣。
「直接変換――『
俺の前に浮かぶその柄を残った左手で掴み。
片腕を失ったことでバランスを崩した体が倒れるのに合わせて、全力で剣を振るう。
確信があったのだ。
この刃は、遥か頭上の雲すら断つ――。
「――
影の刃は振り抜かれ。
その全てを断つ一閃は、空気さえ容易く斬り裂いて。
発生した斬撃が昇る。
虚空を裂き、大気を裂き、雲と瘴気の空を裂き――。
――斬。
天にまで届く斬撃が、〈無影のスルト〉の体を斬り裂いた。
「ははっ」
堅い防御が斬り裂かれ、浅くない傷からは血のように瘴気が漏れる。流石に『全てを斬り裂く』とまではいかなかったが……。
「俺の右腕程度で
隻腕に適応、体全体でバランスを取るように剣を振る。
ズバン! と放たれる斬撃がスルトに
「まだ、まだァ!」
斬、斬、斬。
「
無くなった右腕から血を撒き散らしながら、子供のように剣を振り回す。それだけで〈無影のスルト〉は切り裂かれ、その体勢を崩して苦し気に呻く。
嗚呼、笑みが浮かぶ。出血により朦朧とした意識が歓喜に噎ぶ。
獅子を殺す銃のような。竜を殺す剣のような。力量差をひっくり返す最強の武器……それを意のままに振るう快感が、俺の脊髄を駆け巡る。
と、がくんと膝が落ちた。放った斬撃が虚空へ消えていく。
出血しすぎた……そう気付く前に、スルトが巨剣を振り下ろす。
「
霞む視界、眩む頭を意志でねじ伏せ剣を合わせる。
激突する巨剣と『
「ぐゥ――」
それを、全力で押し返す。
「――らァッ!!」
天を断つ刃が、受け太刀から巨剣を両断した。
そのまま反撃の一刀でスルトを吹き飛ばし、巨人は背から倒れこむ。
だが、俺もそれが限界。
「はッ、はッ、はぁ……ッ」
息が上がる。視界が明滅する。根元から千切れた右腕、その傷口から血が流れ続けている。
そんな俺の体からは、急激に力と温度が失われていき……。
あたたかい光が体を包む。これは――。
「……九瀬。起きたのか」
振り向けば、瓦礫に埋まったままの九瀬が此方に手を伸ばしていた。その目が見開かれ、俺を見つめる。
「エイトくん……う、腕が……」
彼女が見ていたのは俺の失った右腕。だが傷口は『
……やはり治療系異能でも失われた四肢は戻らないか。ま、覚悟していたことだ。それより。
「ああ、止血助かった。それ以上は無駄になるからやめとけ」
九瀬の『
俺は九瀬の状態を確認する。瓦礫に埋まった体は、けれど星三級相当の身体強化を受けた異能者が1人居れば充分抜け出せるように見えた。
「……九瀬。『
……俺は武器から手を離せないから、その役目を負えない。手から放した武器は数秒で消えてしまうから……今スルトへの対抗手段を失う訳にはいかない。
そんな意図から出された言葉に、九瀬の表情は不安げに歪む。
「え……それじゃ、エイトくんは……っ?」
そう問われ。
俺は己の内から湧く衝動の源泉がどこなのかを無意識に探る。
――人は死ぬ。
異能者をやっていた俺は、そのことを身に染みて理解していた。沢山とは言えないまでも、指で数えられない程度には見て来たのだ。
魔塵に殺された人。瓦礫に圧し潰された人。腕の中で死んでいく、人。
人は死ぬ。あっけなく死ぬ。人である俺も、いずれ死ぬ。
だから俺は死にたくなかった。ゴミみたいに死ぬ『彼等』に成りたくなかった。
けれど、死とは恐れるほど身近になるもので。
寝る前いつも考えていた。俺はいつ、どうやって、何のために死ぬのだろうと。
人は死ぬ。俺も九瀬たちも、いつかは死ぬ。皆等しく命は有限で、たったひとつ。ならば――。
――俺の命は
例え誰かに酔狂と言われようとも……俺は、確かにそう思ったのだ。
「……俺はちょっと『残業』だ。ま、後から合流するさ」
と、ここでスルトが立ち上がる。巨人が天に向けて手を掲げると、その手の中に新たな剣が生成される。
「
〈無影のスルト〉の姿、そして俺の千切れた右腕を見て。俺の言う『残業』が何を意味するのかを察したのか、九瀬が震えた声を出す。
「ダ、ダメだよ……。エイトくんも一緒に逃げようよ!」
……。ああ。出来るなら俺もそうしたいよ。
でも。
「勝手な奴でゴメンな、九瀬」
そうして、俺は九瀬に背を向けた。残った左手に力を込め、スルトに向けて最強の剣を構える。
放つは斬撃ではなく『突き』。天の鳥すら撃ち落とす、その一撃の名は。
「――
空を飛ぶ一転集中の衝撃波がスルトの体を突き、その巨体を後ろへと吹き飛ばした。
旧都の街を破壊しながら吹き飛ぶ巨人へと走る。あの虚空から現れる『ワープ』にも似た異能を使う隙を与えない為に。
「待ってよ、エイトくん……っ!」
「――」
その言葉に応えられないことだけが後ろ髪を引いた……だが、もう後には引けない。
壊れた街の中、30m程離れた場所で四つん這いになっていた巨人に再度突きを放つ。吹き飛ぶ巨体を追い辿り着いたのは……。
周囲を取り囲むようなビルの群れと、消えかけの横断歩道を残す広い交差点――かつての渋夜スクランブル交差点か。
そんな場所で、俺と巨人は睨み合った。
「さあ、第二ラウンドだ」
油断なく剣を構える。〈無影のスルト〉の強さはその巨体から繰り出される攻撃力と、大抵の攻撃では傷ひとつ付けられない防御力……そして『闇の中から現れる』異能。
「(必須条件はコイツの『急に現れる』異能を見切ること。その上で勝つ。九瀬たちが無事に帰れるように)」
魔塵繭の『奥』から現れた最初、そして煙幕の『奥』から現れた2回目。あのワープする異能だけは使わせない。
「(九瀬たちの方に転移するのだけは見逃すな。それ以外は適宜対応していく……)」
『
「……はは。我ながら大きく出たな。単騎で星五級魔塵討伐とか」
強力な武器を手に入れて、気が大きくなってしまったのだろうか。いや、それでもいい。
「(油断しない。勝つ。……勝って、生き残る)」
俺はあの時から……九瀬と初めて会ったあの日から何も変わっちゃいない。カッコつけで、馬鹿で、衝動的で、誰かの為に命を懸けちまって……それでも、死にたくない。出来るなら生き残りたい。だから九瀬に『遺言』を言わなかったのだ。
……だってそんなの、再会した時に恥ずかしいからな。
そんな俺の前で〈無影のスルト〉は……剣を握った腕ではなく頭を上げた。
「
虚空の口が咆哮を放つ。
「ぐ……っ!」
隻腕で剣を掴んだ俺は耳を塞げず、その声量に圧される。だがこれは攻撃ではない……その証拠に咆哮は止み、入れ替わるように集まってくる気配。
「(これは……周囲の魔塵を集めたのか!)」
高位魔塵にはそういうことをする奴が居ると聞いたことがある。だから驚きはすぐに止んだ。
「(……ワープの隙を作るためか。ならスルトから目を離さず攻める!)」
背後から感じる魔塵の群れの気配。だがこの左手に握った武器ならば――。
腕を体に回すように構える。片手居合にも似た構えによって力を蓄え……一気に解放。
横薙ぎの一刀が広がる輪状の斬撃を放つ。
「
スルトごと周囲の魔塵を纏めて斬り裂き。
そのまま本命たる巨人に追撃。
「
空を。雲を。
あらゆるモノを射程無視の斬撃によって斬り裂く。それを受けて無事なのは、やはり〈無影のスルト〉だけ。
「お、おおおおおおおおおおおお!」
斬る、斬る、斬る。
左腕一本で放つ斬撃が、『
それを使ってスルトを幾度も斬りながら……俺の脳内では疑問が育っていた。
斬る。斬撃がスルトの装甲を貫き、巨人に与えた傷口から瘴気が漏れる。
斬る。周囲の魔塵を片手間で切り裂き、スルトの動きを斬撃で妨害する。
斬る。頭を肩を胸を腕を脚を……再生が追い付かない速度で斬り続ける。
本来の実力差、そして数の差を覆す圧倒的な武器を振るいながら……俺は思考する。
「(コイツ、なんで『ワープ』を使わない? それ無しで『
考えるのはスルトの異能。『
〈無影のスルト〉、異能〈
それを宿した黒き巨人は『視覚』に関係する三つの能力を持つ。一つ目は学園も把握している、『肉眼でしか認識されない』という力。
そしてエイトたちを苦しめた二つ目は……『誰にも見られていない時、他者の視界内にワープできる』というもの。正確にはワープではなく『消滅・再出現』であったり、他にも様々な条件はあるが……逃げる相手を追撃する異能としてこれ以上のものは無い。
スルトの狙いはエイトの視界から外れ、魔塵繭を破壊したヒカリの視界にワープして彼女を殺すこと。
だが頑なに己から視線を外さないエイトを相手に、かの巨人は選択した。
自らに宿る『三つ目』の力を使うことを。
俺は荒い息を吐きながら、全力で斬撃を放ち続ける。徐々に見えてきた勝利の気配、その背を全霊で追うように。
「(使えないなら好都合! このまま畳みかける――)」
そのときだった。
「
スルトが明確に何らかの
俺の視界の中に居たスルトの巨体が『ぐにゃり』とゆがんだ。
「!?」
その影は、『奥』の逆――『手前側』にばっと飛び掛かってくるように伸び。
時間・空間全てを超越するように、俺の眼の中に飛び込んで来た。
ガツン! と俺の右眼に走る衝撃。
「(な、何が――!?)」
反射的に剣を持ったまま右眼を抑える……痛みは無い。恐る恐る手を離して視界を確認する……薄い闇色のフィルターがかかったような感じはするが、見えるし動かせる。
「(なんだこれ……俺は何をされたっ?)」
我に返って周囲を見回す……が、周りに〈無影のスルト〉の姿は無い。それを認識した時、俺の背中を焦りが駆け巡った。
「まさか……九瀬たちの所にワープしたのか!?」
不味い。九瀬たちが殺されてしまう。それは、イヤだ。
焦り、彼女らを置いてきた場所まで駆けだそうとして……ちらり、と視界の端に映る己の姿に気付く。
それは放棄されたビルの窓ガラス。そこに反射して俺の姿が映っていて――。
その『
「――!? (いつの間に後ろに!?)」
慌てて振り向く。
だが、そこには剣を構えた巨人の姿など無い。
「!?」
周囲を確認するも、やはりスルトの姿はどこにも無い。あの巨体が一瞬で身を隠せそうな遮蔽物も、このスクランブル交差点内には無い。
「……何だ。一体、何が」
何か、とんでもなく嫌な予感がする。
油断なく低く構え、両目で周囲を油断なく観察して……。
スルトが。
目の前に居た。
「――な」
俺と同じくらいの身長になった巨人が、視界の端にある俺の右脚を突き刺す。そんな映像を直接目に送られたようだった。
だが……ズキン、と足に奔る痛み。刺されたことだけは、事実。
「クソ!」
『刺された』と感じた瞬間剣を振り回す。だが先ほどまで視界内にあったスルトの姿は、白昼夢だったかのように跡形もなく消えていた。斬撃は空を斬り、遠くのビルを虚しく切り裂く。
がくん、と落ちる膝。刺された右足に力が入らない。
「(バカな、一体何が起こった……ッ!?)」
俺は首を傾けて右脚を確認する。その傷は、痛みは、紛れも無い現実。ならばあの、一瞬だけ視界に現れたスルトの姿は……?
そのとき。
傷を確認する為下を向いた俺の視界は、必然俺の体……胴体を視界内に収めていた。
どす、と。
再び右眼の中に現れたスルトの『幻影』が、俺の腹を突き刺した。
〈
強力な力だが、当然リスクはある。だがそれを踏まえてでも「使うべき」だとスルトは判断した。
腹を刺された『幻影』が『現実』となり、俺の腹に穴が開く。
「が、ふ――」
口から血を溢しながら再び剣を振るう……だがやはり、幻影は一瞬で消え失せてその一撃を躱した。
体を貫く痛みに耐えながら考える。
「(また刺された……おそらくこれは『視界に憑り付く』異能! 奴は俺の視界内ならどこにだって現れたり消えたり出来る――)」
そこまで思い至った時、俺は反射的に右目を閉じた。
1秒、2秒……追撃は来ない。
「(やはり、憑りつかれたのは『右眼』! 右眼を閉じていれば攻撃は来ない……だが俺からも反撃できない! クソ、出血がヤバイ……もしかしてデカい動脈をやられたのか!? このまま千日手になれば俺が死ぬ!)」
ここに来て〈
眼を閉じた今、お互いに攻撃手段が無い。そしてこのままでは俺だけ死ぬ。
「……いや」
膝を付いたまま、考える。
「(なんでスルトは『眼に憑りつく』異能を解除しない? 俺はもう死に
その可能性は高い。例えば相手が目を開いていなければいけないとか、あるいは憑りついた相手を殺さなければ解除できないとか。これだけふざけた力なのだ、星五級とはいえそれくらいのリスクがあってもおかしくない……。
リスク。
その言葉が、頭の中で弾けた。
「成程。俺は今、右眼に〈無影のスルト〉を閉じ込めてるってワケだ」
だが。
「死にかけの星三級異能者の右眼ひとつと、星五級魔塵の命……それが『賭け』のテーブルで釣り合ったなら、乗らないなんてテはねぇよなぁ!」
『
「教えてやるよクソ魔塵。『一方的に攻撃される』恐怖ってヤツを!!」
そして俺は、握りしめた剣の切っ先で己の右眼を突き刺した。
「ぐゥ――!!」
慮外の苦痛。だが、バキン、という硬質なものが割れるのに似た音が、俺に『効果アリ』を確信させ。
「ぅ、あああああッ!!」
そのまま右眼を抉りだす。
噴き出る血。ぐちゃぐちゃの眼球。
その奥から濁流のように『闇』が放出され――〈無影のスルト〉が俺の壊れた右眼から飛び出してくるのを、残された左眼が確かに捉えた。
「
そいつは苦しみながらも、俺の視界の先で再び『巨人』として地面を揺らす。だがその巨人の腹には、巨大な穴が開いていた。刃によって付けられた刺し傷を何倍にも拡大したかのような、穴が。
「……どうやら、賭けは俺の勝ち、みたいだな」
確かに、スルトの異能にリスクはあった。
誰かの『眼』に入った場合、その眼が負ったダメージはスルト本体にフィードバックされる。またその『眼』が閉じられているとき、スルトは幻影を見せることも『眼』から出ることも出来ない。
だがこの短時間でその全てを見抜かれたのはこれが初。スルトがこの第三の力を使い葬ってきた8人の異能者の中に、そのことを見抜けたものは居なかった。
「
影宮エイト。
その真価は異能の強さではなく……相手の異能の弱点を見抜く豊富な戦闘経験と、それを実行する土壇場での意思の強さ。
「……ナナ子とお揃いになっちまったな。アイツを利用しちまった、報いか」
ごふ、と口から血が漏れた。腹に穴開いてんだから当然か。
右眼は潰れ、右腕は無く、腹と右脚に開いた穴から血を流し。それでも俺は前に出る。
「決着を付けようぜ、
対する〈無影のスルト〉も満身創痍。『
スルトが巨剣を振り上げる。
俺が隻腕で剣を振るう。
「
「
放たれた斬撃が、巨剣を吹き飛ばしスルトの体に傷を刻む。
だが。
「ぐっ……」
腹の傷から血が飛び、俺はその場に片膝を付く。与えたダメージも先程より少ない。この右足では十分に踏み込みが効かないのだ。
対してスルトの傷は深いものの、その傷は徐々に再生しているようにも見えた。
「(ヤツの残りHPは体感2割ってところか……? だがヤツは常時回復持ち、それに反して俺の
幸いにも『武器』はある。
「(右眼、腹、足……失ったものを武器に変える!)」
俺は『
「〈
作るのは『銃』と『弾』、そしてそれを固定させる『鎖』。
「『
『
『
『
『
腰に装着された二丁の銃、その銃口はスルトの体を狙っていた。
「借りるぜ双咲!!」
名付けて、『俺流
対の弾丸、鏃のようなそれが発射され、スルトの肩辺りに着弾。それは巨人の体を穿ったものの貫通させるほどの威力は無く、また巨大な体に大きなダメージを与えもしない。
だが。
「
刺さった鏃型の弾丸には鎖が付いており、それが急激に縮むことで――俺の体は空を飛んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
足による機動力を失った俺の、正真正銘最後の一撃。
「(『
隻腕で構えるは神を薙ぐ
遥か格上の恐るべき巨人、その首が今は目の前に。
「(俺の残された左眼に入ってきても、速攻で眼ごと潰してやる!)」
覚悟を胸に。
知恵を力に。
あらゆる傷を力に変え、俺はその領域に到達する。
「喰らえ
刹那。
不可能を断つ。因果を裂く。腕を目を脚を失い、しかして是なる一刀こそ我が生涯最高の技。
――
世界ごと斬るかの如き闇の刃が旧都にて閃き。
〈無影のスルト〉の首を、俺の一撃が両断した。
「
千切れた巨人の首が断末魔を放ち。
「がっ、ぐっ!」
俺も受け身を取れず地面を転がる。素早く立ち上がり剣を構えて……〈無影のスルト〉の体が
その光景を見て……俺の口からぽろりと言葉がこぼれた。
「勝った」
忘我の状態で放たれた言葉。それは次第に実感となって俺の胸を覆う熱となる。
「勝った……!」
ぎゅ、と残った腕を握り、そのままスクランブル交差点に欠けた大の字で倒れこむ。見上げた旧都の空は瘴気まみれの真っ黒で、太陽も星も見えやしない。誰も知らない、旧都の真ん中の空の色。それが今だけは、俺の勝利を飾る悪くない景色に思えた。
「は、はは……やった、ぜ」
ぷつり、と緊張の糸が切れた気がした。
全身から力が抜ける。『
疲れた。ただそう呟いた。このまま眠ってしまいたいくらいだ。
旧都の真ん中で目を閉じかけて……しかし辛うじて殺気混じりの気配を感じて体を起こす。
スクランブル交差点を囲むように、魔塵が群れを成していた。
「(スルトが呼んだ魔塵……その第二波か)」
ざっと数えて30体か……ただの星三級魔塵から星四級の戦闘タイプ、数体だが
「(今更来やがって、もうスルトは死んだぞ……クソ、タダで逃がしてはくれなさそうだな……)」
左手で立ち上がる……右足に走る痛み。がく、と膝が地に付く。
「(右眼、右腕、右脚……はは、派手にやられたもんだ。今日だけでどんだけ怪我したんだ? 俺。早く『保健室』で診てもらわねぇと……)」
なんと無しにそう思い。
「……そう、だな。帰らなきゃ、な」
ふらつく足で立ち上がる。
九瀬にも『後から合流する』って約束しちまったし。双咲やナナ子が無事かも確認したい。ヤバそうだったら俺が前衛として守ってやんねぇと……。
「〈
『
魔塵が近付く。
残された全霊で刀を振る。
そこからは、ただ走馬灯を見ていた。
――政界重鎮の一族・
刀が折れる。魔塵の爪が腹に突き刺さる。
――幼少期は息が詰まりそうだった。将来の決まった人生、他人の家で値踏みされながら過ごす日々……テンカ姉ときょうだい同然の関係になれたのが唯一の救いだった。
新たに生成した刀で斬りかかる……力の入っていない一刀は容易く防がれる。
――6歳の時、瘴気災害が発生。檻みたいだった屋敷は破壊され、一族は異能に目覚めた俺とテンカ姉を残して全滅。
戦闘タイプの魔塵が放った斬撃が、俺の体を袈裟切りにする。
――8歳の時、災玉国防学園が発足。異能者としての人生が始まる。そこからは地獄。訓練に任務、生き残るために血反吐吐いて必死な日々。
〈無影のスルト〉を死力を尽くして撃破した俺に、既に体力も気力も残っておらず。魔塵たちの猛攻に、俺はあっけなく血に沈んだ。
「(ホント、碌な人生じゃなかった)」
最早痛みすら遥か遠くに感じながら自嘲する。結局俺は血生臭くない普通の人生も、人並みの心安らぐような幸せも得られなかった。
だけど……。
「(最後のほうだけは、悪く無かったな)」
ここ最近。あの3人といる時は、実は結構楽しかった。普通の人が味わう『青春』ってあんな感じなのかもな、なんて。
ナナ子。
人生最期に思い出すのがあいつらの笑顔でよかった。あいつらの為に死ねてよかった。
テンカ
「(ああ、眠い。目が見えない。音も、熱も、酷く遠い。これで、終わりか)」
暗くなる視界。群がる魔塵が塞ぐ空は、やはり日も星もない闇一色で。
「(遺言。やっぱ言っとけばよかったな――)」
最期の瞬間。
泡のように浮かんだ小粒の後悔が意識の深海で弾け。
それ以上何かが浮かぶことは無く、俺の意識は奈落に沈んだ――。
……誰かの泣き声が聞こえる。
それは赤ん坊の声。影宮エイトが我知らず夢見た未来。
愛する人と結ばれて、家庭を持ち、平凡な幸せを守るために働く。陽の光の匂いがする、あたたかい世界で生きる
そんな自らの理想に背を向けて、仲間の為現実に抗った少年は――最期まで後ろ暗く血生臭い世界から抜け出せなかった男は。
ま、俺にしては頑張っただろ、と。いつものように自嘲的に笑いながら。
それでも確かに胸を張って、この世界に別れを告げた。
【☆☆☆ 影宮エイト】
▶異能
ダークメイカー
〈兌瘴暗器〉
■性質:近接・物質生成 ■属性:闇
■ステータス
[基本六項目]
攻撃力 :★★★☆☆
防御力 :★★☆☆☆
機動力 :★★★☆☆
操作性 :★★★★☆
射程距離:★★☆☆☆
効果持続:★★☆☆☆
[特殊二項目]
特殊技能:★☆☆☆☆
身体強化:★★★☆☆
<総合異能ランク>★★★☆☆
■概要
闇属性の瘴気を操り、一度解析したことのある武器を再現・構築する。自分の拳より幅広のものは作れない。また作り出した武器は本人の手を離れると数秒で消滅する。
[追記:『魔塵繭破壊作戦』にて死亡]
影宮エイトは
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実はひっそり生存
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普通に死亡