【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
その日の悪夢はいつもより鮮明だった。
学園によって主導された、人工的に異能者を作る計画。それによって集められた100人の孤児……戸籍的には『存在しない人間』たちの中で、わたしは『7番』の番号を与えられた個体だった。
より濃い瘴気に適応するための訓練の最中、瘴気の毒素を大量に吸い込んだことによって視力の殆どを失ったわたしに、『兄弟』のみんなは優しくしてくれた。
『4番』の姉はいつもご飯を食べさせてくれた。『37番』の兄は最も期待されていた個体だったので、その立場でわたしを守ってくれた。『56番』の妹は自分も自由に動く足を失ったのに、いつもわたしの傍でわたしを励ましてくれた。
過酷な実験で正気を保つため、大人に『兄弟』であれと言われたわたしたちは家族同然の絆で結ばれていて。
『最終実験』で皆死んだ。わたし以外は、皆。
そのときわたしは99人の命を生贄として降臨した『神』と出逢い……その存在を右眼に宿すことで星五級異能者の
視界を覆う悲劇、悲劇、悲劇。
姉と慕った誰かが死ぬ。兄と頼った誰かも死ぬ。
罪人と呼ばれた誰かが死ぬ。正義を語った誰かが死ぬ。
そして愛しき彼もゴミのように、死ぬ。
それは誰のせい? 悪人? 神? それともわたし?
血に濡れた暗闇をただ歩く。死体の山を踏んで、『神』の言うままにただ前へ。
そんな夢。鮮明な悪夢。既に記憶から抜け落ちた、悪夢以上の意味を持たない地獄の光景。
次第に景色は朧げに歪みだし、色と輪郭を失っていく。そうして私は目覚めるのだ。色鮮やかな地獄の夢から、光を失った現実の世界へ。
そこから救ってくれるあの体温は、もう体のどこにも残っていなかった。
◆
「――ぁ」
頬に流れる熱いものを感じて、
そんな少女の眼帯に覆われていない残った隻眼、白く濁った左眼が見開かれ、一筋の涙を流していた。
「……」
ぐし、と荒く頬を拭い……彼女はベッドの上で何かを探すようにもぞもぞと動く。その際見開かれた左眼は動かされなかった。
ナナはそのまま動き続け、その体はベッドの中心から徐々に外れていき……決して大きくないベッドから、ナナの体が落下する。
がたり、と揺れるベッド脇の棚や窓枠。
受け身も取れず床に倒れたナナは、痛みに目を白黒させ……そして何が起こったのかも分からず、硬い床に触れて初めて『ベッドから落ちた』という事実を理解した。
「……ぅ」
ナナは己の左眼に触れる。きちんと開かれた瞼を確認し……そして、己の身に起きた事実を今日も自覚する。
――漆門寺ナナの視力は、完全に失われた。
とある精神的ショックにとどめを刺される形で、ナナの辛うじて残っていた視力は完全に消失していたのだ。
「……」
真っ暗な闇だけが広がる世界で、漆門寺ナナは孤独に蠢く。床の上で藻掻くその姿は、羽を捥がれた死にかけの虫のようですらあった。視力喪失前から聴覚や嗅覚、触覚に頼っていたとはいえ、やはり『少し見える』と『全く見えない』には大きな差がある。
誰も居ない、世界。それはまるで、いつも見てしまう悪夢のようで。
いつ己の周囲に数多の死体が現れるのか戦々恐々とするわたしは、無意識に震える手を虚空へと伸ばす。
「かげ、みや……」
当然、応える声は無い。ここは
その手は。
暗闇の世界の中で、やけに鮮明に表れた。
『……呼んだか?』
わたしを包む暗黒の中に突如として現れたその手は。かつて思いっきり目を近づけて観察した事がある、『彼』の手そのもので。
「あ……」
顔を上げたわたしは、その『手』の先にあるその人物を見た。
闇の中で浮かぶその背格好。所々影に呑まれて細部は分からないが、この『手』を見間違う筈はない。幾度となくわたしの手を引いてくれた、あのあたたかくて優しい『手』だ。
『ほら、手貸すぜ』
わたしはその手を取り、倒れた体をゆっくりと立ち上がらせた。
――漆門寺ナナはベッドの縁を掴み、自力でゆっくりと起き上がった。
『手、離すなよ。おまえすぐ転ぶんだから。危なっかしくて見てられねぇんだよ』
「……うん」
ぎゅ、と手を繋ぐ。ただそれだけのことが、何故だろう。涙が出るほどに待ち遠しかった気がする。
そのままわたしは、『かげみや』に手を引かれて部屋の中を歩き出した。
――漆門寺ナナは左手を肩辺りでゆるく握り、見えない何かに案内されるように障害物を避けて自室を歩く。
かげみやが導いてくれるから、見えなくても平気だった。寧ろ彼以外を映さないこの目が少し嬉しかったりして。
闇の中、わたしと『かげみや』のふたりきり。優しい手、柔らかい言葉。やっぱり涙が出そうになって、わたしはかげみやを心配させまいと目を拭った。
『どうした?』
「な、んでも、ない、よ」
にへ、と笑う。それを見てかげみやも笑ったみたいだった。
――漆門寺ナナは誰も居ない部屋で誰かと会話するかのように口を動かし、虚空に向かって笑いかける。
『ほら、準備しねぇと。任務の時間に遅れちまうぜ?』
「う、ん」
かげみやがクローゼットを開けてくれる。かげみやが指さしたり触ったものは不思議と『見える』。その中には沢山の白い制服……そして端に一つだけ掛かった、他とは違う色の服。
わたしがそれを指さすと、かげみやは此方を振り向いて尋ねてくる。
『
その問いに、わたしは少し困惑した。
……何故『この色』が良いと思ったのだろう。わたしに衣服への
それでも。
「……う、ん。こっちが、いい」
それでも……わたしは『この色』が良いと思った。だってこの色は死者を悼むための色だから。
そう決めると、かげみやはここからはぼやけた表情を変えて……けれどわたしが決めたその服を着せてくれた。
――漆門寺ナナはクローゼットを開き、その中から服を取り出して着る。目が見えないとは思えない手際で着替えたその服の色は、普段着ていた白ではなく……。
『よし、良いぞ』
「あり、がと」
制服を着せてもらったことに感謝して、わたしは再びかげみやの手を握る。それは闇に閉ざされた世界に在る、たったひとつの道標。
そうだ、何も見えなくても怖くない。彼が案内してくれるから。
『ほら、しっかり付いて来いよ』
「うん」
ああ、不思議な気分だ。
その手と手を繋いで歩くだけで、まるで全てが踊るよう。
彼のエスコートに従って道を往けば、一歩一歩がステップを踏むように軽やかに。静寂すら曲となり、常闇の世界でふたりは踊る。
――漆門寺ナナは独り微笑みながら、杖も突かずに寮内を歩く。危なっかしくなるはずの歩調はやけに安定していて、まるで全てが見えているかのようだった。
ズキン、と体の内で何かが痛んだ。
「……ぅ」
『ナナ子、大丈夫か?』
なんだろうこの痛みは。頭? 胸? 一瞬前のことなのに、自分のどこを襲ったのかも分からない。
既に消え去った幻痛の残滓を振り払いながら、わたしはかげみやを心配させまいと笑う。
「……う、ん。だいじょうぶ」
大丈夫。大丈夫な筈だ。
だってかげみやと居れば、全ては踊るように輝き出すのだから。例え地獄の只中だろうと優しい光を放つのだから。
あれ、でもなんで……わたしのこころは踊らないのだろう。冷たい悪夢に沈んだ心は、未だ悪夢に浸かったまま輝きひとつも放たないのだろうか。
「……だ、いじょう、ぶ」
きっと錯覚だ。だってかげみやはここに居る。死んでなんかいない。だからこれは、駄目なわたしが間違えているだけ。
「……」
ぎゅ、と震える手を握った。ふたりの距離をゼロにするように、強く。あのあたたかさがやけに遠いことを、今だけは考えないようにして。
――漆門寺ナナは独り歩く。強張った手は何かを握っているようで、しかし虚空だけを離さないように掴んでいた。
◆
『魔塵繭破壊作戦』は災玉国防学園を含む国防三校に浅くない被害を齎した。
更に、魔塵繭の『残骸』から新たに出現した7体の星五級魔塵。従来の個体と全く異なる特徴を持つそれらの魔塵への対応に追われ、政府は混乱を強いられることとなる。
その混乱に付け入ったのか、国内の異能テロリストや旧都スラムの犯罪シンジケートは活発化を始めていた。これにより日本政府は『魔塵』と『異能犯罪者』という2種類の脅威への対応を余儀なくされていた。
そんな中。活発化した異能犯罪者――テロリストや学園脱走者たちを含む〈賞金首〉に対し、災玉国防学園が迅速に取った対策はひとつ。それは彼等が最も安易に切れる切り札である『彼女』の動員。
即ち。
異能兵量産計画の唯一の成功例、対人戦に特化した星五異能者――
――キュ、と車が止まる。
黒塗りのバンの中、白髪の少女――
だが彼女はそれを否定するかのように、シートベルトを外して扉を開け、車外に出る。殆ど廃墟の街の中、冷たい風に白髪が揺れた。
「……」
見知らぬ土地に降り立ったナナに特別な感慨はない。そして
彼女は『目的地』に歩き出そうとして……その背に声が掛けられる。
「
それは漆門寺ナナの呼び名。そもそも『ナナ』という名前は個体番号7番からとられており、また『漆門寺』という苗字は養子となった学長の苗字。本当は彼女に名前など無い……漆門寺ナナというのはただの記号。学園上層部にとって、彼女は一生『7番』のままだ。
そんな『7番』に、車の助手席に座った『教師』は窓を開けながら言う。
「何処に行く? おまえはまだ『待機』だ。索敵や
異能を持たない大人と星五異能者……彼我の差を考えると余りにも高圧的な態度だった。だがそれも当然だろう。
漆門寺ナナは、否7番は、彼等学園上層部の人間にとって『兵器』以外の何物でもない。命令に従う、人のカタチをした兵器。命じれば厄介な犯罪者を殺して来る便利な処刑人。実際、この2年間でナナが下された『命令』を断ったことなど無かった。それがどんなものであれ、彼女は機械のように従った……その圧倒的な強さを以て。
兵器に気を使う者など居ない。2年間ずっと大人しい猟犬に手を噛まれる心配を抱けるほど、人間というのは賢くない。
だからその『教師』は、危険地帯に足を運ばされたストレスのままにナナに命令を下す。
「車内に戻り索敵を待て。そして指示があるまで自衛状態で待機を――」
「いら、ない」
「――は?」
だが。今回に限っては、兵器は命令を受け付けなかった。
一瞬理解が出来ず呆ける教師の方を、漆門寺ナナがゆっくりと振り向く。
「……」
何も見えていないハズの濁った眼は、しかし真っ直ぐに教師の顔を捉えていた。
「っ!? 貴様、命令が――」
気圧されかけた慌てて言葉を重ねようとして……しかしその口は閉じられる。
ズズ……と漆門寺ナナの体から闇色の
それは、猛獣に睨まれたかのような。または喉元に死神の鎌を押し当てられたかのような。彼我の一挙手一投足、何が己の死因になるか分からない……そんな絶対的で根源的な恐怖。
一見しただけで呼吸さえ満足に出来なくなる、余りにも禍々しい瘴気を――『死』の気配を発しながら、漆門寺ナナは明確な己の意志を告げる。
「にどは、いわない。つえも、ひとも。ひつよう、ない」
それに異を唱えられる者は居なかった。教師はこの数秒で理解させられたのだ……彼女が今まで命令に従っていたのは、自分たちが上だからではない。ただ『断る理由』が彼女に無かっただけ。だが、それさえ持ったなら……漆門寺ナナは
黙らせた彼等に背を向けて、漆門寺ナナは歩き出す。一度も見た事の無いハズの廃墟の倉庫街を、まるで毎日通った散歩道のように。
その目は確かに何の光も映してはいない……だが彼女は道に転がった障害物を避け、角を曲がり、段差や階段も難なく越える。それを見る者が居たならば思っただろう……『誰かに手を引かれているようだ』と。
「うん。そう、だね」
ナナは虚空に向かって笑顔を向けた。誰も居ない場所に向き合って、しかし彼女は話を続ける。
「でも……いや、だった。だって、みんな、かげみやをむしする、から。そんなひと、と、いたく、ない。かげみや、と、ふたりが、いい……だめ、だった?」
声だけ聴けば、誰かと電話でもしているのかと思える様子。だが彼女がストラップで首から下げたスマートフォンはスリープモードで、耳にインカムもつけていない。そして何より……彼女は明確に、自身の左斜め上を見ながら話している。自身よりも頭ふたつ分くらい上に、透明な『誰か』の顔があるかのように。
「よかっ、た」
にへ、と彼女は笑い……そしてその放棄された倉庫に、何の気なしに入り込んだ。
広く、そして暗い倉庫だった。
ナナが入り口に選んだ開放されたシャッター扉は、背の高いトラックも容易に入れそうだ。壁はトタン板とコンクリート製で、全体的な形状は少し背の低い長方形といった所か。
内部には放棄されたときのまま、沢山の荷箱が積み重なってブロックの山を作っていた――当然、漆門寺ナナには見えていないが。
そんな倉庫の中には、
「……情報通り。『
「しかし、奴1人? 情報では、漆門寺ナナは誰かと組んで動くことが多いという事だったが……どうだ?」
「……いや。ウチの異能で確認したが、近くに他の人影はない。正真正銘、奴1人だ」
彼等は異能者であり……そして『賞金稼ぎ』でもあった。
裏の世界――彼らが普段暮らす旧都スラムにも『賞金首』というシステムは存在する。それは政府側が犯罪者の積極的な討伐を促すのと相似であり対極……つまり犯罪者を積極的に狩る、学園側の異能者や国防官等『犯罪者に都合が悪い人物』を狩らせる為のシステム。そして反政府思想を持つ者の中にはその手の話を好む輩が少なからず存在する……即ち、血と暴力に飢えた者、弱者を蹂躙することでしか生きられぬ者。あるいは頭脳労働や勤続を苦手とし、単純な肉体労働による短絡的な生き方を選んだ者。
そんな彼等にとっては、裏の世界で一二を争うほどに恐れられる処刑人――『漆門寺ナナ』すら獲物であった。なにせ多くの逆恨みを買っている彼女の首に懸けられた賞金の額は『億』を超える。それは彼等のような人種に多少の
そんな『賞金稼ぎ』達と向き合って……盲目の少女は呟く。
「うん。
「「!」」
賞金稼ぎたちは驚愕した。
彼等の総数は確かに5人――これ見よがしに倉庫内の目立つ場所に構えた3人と、死角に潜んだ2人。ただこれは異能者の戦いだ、いくら死角とはいえバレることはあるだろう……だがその2人が潜んでいる場所を一瞥もせずに、この一瞬で薄暗い倉庫内を精査されたという事実が彼等を戦慄させた。
「(不意打ち要員がバレた!? どうするリーダー、今ならまだ――)」
「(逃げられる? 馬鹿を言え、逃げたって一文にもなりやしない。食う為には
小声で会話しながら、リーダー格の男が視界の端でチラリと『潜伏係』の2人を見た。2人が配置されているのはナナの頭上――倉庫入り口の真上にある、影になって視認しにくい作業用の鉄柵製足場。
「(作戦通り……俺たちの異能で注意を引き、真上からの伏兵で一撃で仕留める! ここまで来て後には引けない、続行だ!)」
彼等は『賞金稼ぎ』らしからぬ連携力でそんなやり取りアイコンタクトで行い、それぞれの異能を構える。
彼らが狙う相手……漆門寺ナナは、しかし。
「かげみやは、どれがいいと、おもう?」
何の気負いも無く、虚空に向かって話しかけていた。その様が不気味に映るのは、その名に向けられた膨大な畏怖故か。
「そう、だね。じゃあ、そう、する」
「……ブツブツと気味が悪い奴め! 余裕のつもりか!? 星五異能者とはいえ1人で俺たちに挑んだこと、後悔させて――」
叫んだのはきっと恐怖を振り払う為。どう見てもか弱い少女である相手を前に、自信と戦意を失わない為。
だが――それが悪手だということを、彼等は1秒後に知ることとなる。
「――ひと、り?」
ぞあ! とぞの場に居た全員の背を、特大の怖気が駆け巡った。
その理由は単純……漆門寺ナナの体から、殺意を孕んだ膨大な
「……みんな、そういう。かげみやをむし、する。どうして?
死神の
「きらい。きらい、きらいきらいきらいっ。かげみやを『いない』っていうひと、みんなきらいっ」
そんな彼女の横で、彼女にしか見えない『彼』が喋り。
漆門寺ナナは顔を上げた。『敵』を捉えた見えない目の下……彼女は笑う。無垢に、純真に、虫を前にした子供の
「うん、うんっ。かげみや、みてて――」
そして――地獄の門は姿を現す。
「――第六門解錠。
ごうん、と地面が揺れた。気付けばナナが垂れ流した瘴気が寄り集まり、凝縮されて、無数の鎖に封じられた巨大な門が形作られていく。
倉庫の天井に達する程に巨大な漆黒の門扉。髑髏・骸骨・悪魔に苦悩する人々……門を飾る彫刻は、それを潜る者の苦悩を表す。
「
是を過ぐれば罪過の報いあり、
是を過ぐれば十種の
そして漆門寺ナナと相対した異能者たちにとって、もう全ては遅かった。
その『門』を一目でも見てしまえば、罪ある者は一歩たりとも動けなくなる。否……そうなるのは罪を抱え、しかし裁きを望まぬもののみ。
漆門寺ナナは学園の生徒にさえ恐れられている。それは彼女に付随する様々な噂のせいもあったが……一番はその特異な
何故ならば――そんな人間は、この『門』の前に立つだけで強力な精神汚染を受け抵抗どころかまともな思考すらままならなくなるのだから。
「悪意の罪は是の鍵となり、
穢れたる力、傷つきし心、
失われし命、是を
望まぬ裁きを待つ罪人の前で言葉は続く。それは罪を浄化する祝詞か、それとも救われぬ魂たちからの呪いか。
ばつんばつん、と錠は開き鎖は解け、門は重い音を立てながら開き始める。
「永遠の物のほか我より後にそれを得る物はなし、
しかして我永遠を断つ。
汝、この門を
そして。
地獄の門が、開かれた。
「さよなら──『
ぶわ! と開ききった門から膨大な瘴気が現世に流れ込んでくる。それは実体のない巨大な袋のように、倉庫内を――その中に居る5人の異能者たちを呑み込む。
「(なんだ、これは――)」
彼等は為す術もなく、その瘴気を吸い込んで――。
瞬間、全ては決着した。
ある者は炎の蛇に群がられ、その肉を焼かれながら喰らい尽くされた。
ある者はひとりでに首が背の方へ回転して捩じ切られ、血の涙で自らの背中を濡らしながら息絶えた。
ある者は体中に斑点を作り、病魔で呼吸すら許されず喉を抑えたままゆっくりと死んでいった。
ある者は突如現れた岩の穴に体を固定され、溶岩を流し込まれて焼け死んだ。
そしてある者は、不可視の力で腹を裂かれ内臓を撒き散らして死亡した。
死屍累々。阿鼻叫喚。嗚呼、此処こそ正しく『地獄』であった。
そんな地獄の只中で、門を開いた少女は聴く。
『よくやった、ナナ子』
それは彼女の傍らに佇む、彼女にしか見えぬ幻影の
彼はナナの手を取り、そして優しくその頭を撫でながら言うのだ。
『全員上手に殺せたな。偉いぞ』
「うんっ」
彼女は気付けない。握る手にあれだけ求めた熱がないことに。
彼女は気付かない。
彼女は――漆門寺ナナはあらゆるものから目を閉ざす。
「わたし、もっところす、よ……だから、かげみや……うまくできたら、ほ、ほめて、ほしい」
『ああ、良いよ。それじゃ帰るか』
「う、ん……えへへ」
死体がまき散らした臓腑を踏んで、その少女は地獄を後にする。
幻影と手を繋いで。
偽物で真実に蓋をして。
それがこの
そうして漆門寺ナナは――
それは誕生の、否、再誕の瞬間だったのだろう。
今まで以上に罪人たちに恐れられる、出会えば即地獄行きの白黒少女――のちに『
「かげ、みや。ずっと、ずぅっといっしょだよ……」
死者の幻影を引き連れた死神は、偽りの幸福を握りしめて目を閉ざした。
影宮エイトは
-
実はひっそり生存
-
普通に死亡