【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<曇-3> 双咲アリサ

 瘴気燻る旧都の中で、その黒い閃光は炸裂する。

 

復讐する憎悪の双撃(ツイン・ダーク・カノン)!!」

 

 直進する闇、それは純粋な破壊のエネルギー。心の底から沸き上がった破壊衝動が、現実の威力を纏って彼方の地平まで飛んでいく。その軌道上に居た魔塵全てを吹き飛ばして。異能双星砲撃(ツインカノン)――感情によって威力と属性が決定するふたつのエネルギーキャノンを放つ力。

 (チリ)になって消えていく怪物たちを見ながら、しかし彼女は満足しない。まだ魔塵は残っている。

 

存在を赦さぬ双撃(ツイン・ダーク・カノン)――」

 

 再び少女の両脇から巨大なエネルギー砲が放たれ、10以上の魔塵が消滅する。

 だが全滅ではない。残った数体が少女に迫る。

 

繧医¥繧ゆサイ髢薙r(ル ゥ ワ ア ア)」「襍ヲ縺輔↑縺(ガ ア ア)

 

 だがその爪が少女に届く前に、暗黒弾の『再装填』が完了し。

 光を呑む極光が瞬き。

 

「――亡き友に捧ぐ双撃(ツイン・ダーク・カノン)!!」

 

 残った魔塵、その全てを()()のもとに吹き飛ばした。

 

 彼女独りになった街の中。()()()()()()金のツインテールが揺れる。

 

「……もう、終わり」

 

 苛立たしげにそう呟く彼女の名は双咲(そうざき)アリサ。改造制服を身に纏う星四級の異能者。

 そんな彼女は既に再装填していた黒色のエネルギー弾を消し、ふらりとその場に背を向けて。

 

「どこに行くんだ、双咲」

「……ショウマ」

 

 その背中に声がかかった。

 赤髪の少年、名を五十嵐(いがらし)ショウマ。アリサとパーティーを組み『前衛』をやっていた彼は、帰還する道とは違う方を向いた仲間に問う。

 

「そっちは旧都奥側だぞ」

 

 そんな彼に、アリサはふぅと溜息を吐いて……スマホを取り出して画面を見せる。

 

「救援要請よ。渋夜区内から」

「だが君が指名された訳ではないだろう」

「そうね。でも距離が近いわ。余力もあるし」

「『余力がある』? 本気で言っているのか、双咲」

 

 ショウマはアリサの姿を見る。

 目の下に刻まれた深い隈。瘴気の影響か黒が混じり出した金髪は、睡眠不足か手入れ不足か、明らかにかつての輝きを失っている。肌や身嗜みも、かつて綺麗に整えられていたそれは見る影もない程荒れてしまった。

 双咲アリサは近寄り難い人物だ。かつてはその容姿と、それすら相殺して余りある苛烈な性格から。そして今は……何かに憑りつかれたように魔塵を狩り続ける鬼気迫る様子から。

 

「君、最近おかしいぞ。魔塵を狩る事が悪だと言うつもりはないが……僕には君が『正義』の信念を掲げているようには見えない。自分の状態を正常に判断できるとも、だ」

 

 そんなアリサとパーティーを組める数少ない善人であるショウマは、あくまで純粋な良心から忠告する。

 

「『死にたがり』は『臆病』と並ぶほど恥じるべき愚行だぞ、双咲」

 

 だが。

 

「黙れ」

 

 怒りで真っ黒に染まった声が、五十嵐ショウマを打ち据えた。

 

「勝手について来たクセに五月蠅いのよ。何をどうしようとアタシの自由でしょう」

「双咲!」

「ついて来るなっ!」

「……っ」

 

 ショウマは気圧され……しかし揺れる背中を見ていられなくて叫ぶ。

 

「君まで死んでしまったら、九瀬(くぜ)さんがどう思うか考えないのか!」

 

 病室で蹲る少女の顔を思い出しながら叫び――。

 轟、と。

 黒の光線が赤髪の毛先を焼いた。

 

 双星砲撃(ツインカノン)の破壊光線を味方に向けた双咲アリサは、明らかな怒りと共に振り向きショウマをぎろりと睨む。

 

「……別に。次、知ったような口聞いたら当てるから」

 

 流石にショウマも言葉を返すことは出来なかった。己を見るアリサの眼は……魔塵を見る時と同じ、憎しみによって黒く濁った殺意で満ちていたから。

 厄介者を排除したアリサは、そのまま旧都の街を歩く。

 現れた魔塵を吹き飛ばしながら。憎悪の光線を八つ当たりのように放ちながら。

 

「ヒカリは泣かないわよ。アタシが死んだって」

 

 ぽろり。零れた言葉は誰にも聴かれることなく、瘴気に覆われ汚れた空に消えていった。

 

 

 ◆

 

 

 あの日から、アタシの感情は憎悪(くろ)一色になったみたいだ。

 頭が何を考えようと無駄で。腹の底でどす黒いソレがずっと渦を巻いていて……笑っても泣いても怒っても、気付けば憎くなっている。より多く濃い色が、他の色を塗り潰してしまうように。

 

『ナナ。アンタ、かなりエイトに懐いてるけど……アイツのどこを気に入ったワケ?』

『……かげみや、て、あったかい、の。それと、こえも、すき。おちつく、から』

『じゃあヒカリやアタシは?』

『くぜの、ても、あったかい。そうざきの、も。でも……かげみやは、さいしょ、だから。わたしがね、こうなってからの、さいしょ。だから、とくべつ、すき』

 

 頭の中で昔の記憶がチラついて……その度アタシは無理矢理それに蓋をする。

 

『ねぇヒカリ。アンタさ、エイトのこと好きなの?』

『!? アリサちゃんそれはどういう……いや違うの! そのね、確かにエイトくんは命の恩人だし尊敬してるしカッコイイなーって思うけど、そういうのじゃなくて……こう、私にとっての日陰というか……』

『じゃあエイトに告られたらどうする?』

『え……えーと、その……』

『その間。今絶対「アリかも」って思ったでしょ。それが答えじゃないの?』

『あ、うぅ……と、とにかくこの話はおしまいです! ハイ終わり、閉廷!』

 

 憎悪という闇に呑まれた心の中。

 ちか、ちかと思い出が、輝ける日々が点滅し……そのたびその光を闇に沈める。

 思い出は、今を照らしてなどくれないから。寧ろその逆で、もう戻れない日々たちは思い返すだけで絶望の闇を色濃くしてしまう。光が強い程影も濃くなるとはよく言ったものだ、とアタシは自嘲した。

 

『ところでアンタ、ホントに恋愛話のひとつも無いの?』

『あ? ねーよそんなの。俺がモテると思うか?』

『それはない』

『ちえっ。じゃあ聞いてくんなよな……』

『うん。アンタはモテないわよ、大衆受けしないタイプね。めんどくさい女なら沢山寄ってきてるみたいだけど』

『? おまえ、まだナナ子と仲悪いのか?』

『……国語が苦手とは聞いてたけど。アンタ、ホントに馬鹿ね』

『はぁ!? 俺この前の中間赤点回避しましたけどぉ!?』

『そういう意味じゃないわよこの()()()()

 

 ……あのパーティーで、一番立ち回りが上手いのはアタシだった筈。

 だからきっと、もっと他にやりようはあったのだろう。

 誰の恋路を応援するとか。

 誰の気持ちを優先するとか。

 もっと何か、皆が幸せになるための方法が――。

 

『……いや。エイトの言う通り、アタシたちは離脱するべきよ』

 

 っ、やめろ。

 

『アタシたちが絶対に避けなければならないこと——最悪の事態は『全滅』よ。エイトが「一人で請け負える」と判断してヤツを足止めしているなら、アタシはそれを無駄にしない為にも撤退すべき。それでエイトが()()したとしても……『全滅』を避けるのがアタシたちの最善』

 

 思い出すな。

 

『ここは戦場。少しの判断ミスが自分どころか仲間の命も奪う事になる。そんな場所でこれ以上駄々を捏ねるなら……ぶん殴って気絶させてでも連れていく。それが仲間2人を生かすための、アタシの選択』

 

 お願い、やめて。

 

()()()がそう簡単に死ぬとは思わないしね。星五級魔塵相手だろうが何だろうが生き延びるわよ、きっと』

 

「……ホント、最悪」

 

 アタシの感情は憎悪(くろ)一色。それはきっと世界への恨みであり、魔塵への憎しみであり……何よりも己を赦せぬが故の黒。

 何故ならあの輝かしい時間は……アタシに鮮やかな色を与えたあの陽だまりは、他でもないこの手で壊してしまったのだから。

 

 ヒカリには一度見舞いに行ったきり会いに行っていない。彼女の『日陰』を奪ったのはアタシだから。

 ナナとはあれ以来会えていないが、その状況に甘えている。あの子の『とくべつ』を見捨てたのはアタシだから。

 合わせる顔が無い……そう思っていたら、気付けば疎遠になっていた。けれど今更どうすることも出来ない。アタシには罪を償う方法も、許してもらう資格も思いつかない。

 

 だから……アタシはここに来た。

 

「……」

 

 ──災玉国防学園、生徒会室。

 中央棟5階中央に位置するこの部屋は、学園内で最も豪華な部屋と言って良い。それに合わせて扉も飴色の重厚感のある木製で、取っ手は金色に輝いていた。

 そんな扉をノックし、「入れ」という声を聞き扉を開ける。

 

「失礼します、()()()()

 

 中に居たのは……執務机に向き合う軍服の麗人、災玉国防学園8代目生徒会長にして星五異能者・八重桐(やえきり)テンカその人だった。

 刃の双眸がアタシを射抜く。

 

「2学年、双咲アリサか。生徒会に何の用だ?」

 

 全校生徒の顔と名前を憶えているという噂は本当らしいと、纏うカリスマが感じさせる。流石完璧超人、歴代最高の生徒会長と名高い鉄の人。

 そんな先輩から一瞬視線を切って、アタシは素早く生徒会室を見回した。室内に居るのは……会長だけ。生徒会は未だ忙しいのだろう。その理由は――。

 

「……『魔塵繭破壊作戦』」

「――」

 

 八重桐テンカの視線が更に鋭くなった。これに気圧されない人間は居ないだろう。だがアタシは憎悪で恐怖を掻き消して、そのまま続ける。

 

「あの作戦はまだ終わっていない。魔塵繭から産まれた新たな多数の星五級魔塵、旧都内の魔塵の活発化・旧都外への侵攻の過激化、それに伴う異能犯罪の増加……。生徒会が最もご存知のハズです」

「……何が言いたい? 我々への不満か?」

「いいえ」

 

 すう、と息を吸い込み。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。今日はそのお願いに来ました」

 

 それが、アタシが此処に来た目的だった。

 会長の顔がようやく確信を得たというものに変わる。

 

「成程。双咲アリサ、『魔塵繭破壊作戦』以後の活躍が目立つ星四級生徒。最近積極的に高難度の任務を受けていたのはこの為か。動機は生徒会・ひいては学園体制の革新か? 大規模作戦に感化されたと見える」

 

 ぴり、と室内の空気が変わった。喉元に刃を突き付けられるような感覚。生徒会長から放たれるこれは『剣気』とでも言うべきだろうか。

 戦士としても権力者としても百戦錬磨の者が発する独特の空気。年齢を考えれば余りにも完成されたそれを纏いながら、彼女は問う。

 

「だが、生徒会副会長になりたい生徒は腐るほどいるぞ。その資格がない者もな。その上で貴様が副会長になりたい理由は?」

 

 アタシは確かに気圧されていた。だが……それを問われたとき、答えと共に腹の底から漆黒の感情がせり上がって。

 

「魔塵を殺す為です。1秒でも早く、1体でも多く」

「――!」

 

 剣気が消えた。否、アタシの憎悪が逆に室内を、生徒会長を呑み込んだのだ。

 

 アタシがこの生徒会室に来た目的、生徒会副会長になりたい理由……それは。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。生徒会の権力なら発案が可能でしょう」

「……正気か? 上も他校も首を縦に振るとは思えん。それ程の危険(リスク)がある作戦だ。失敗すれば国が傾く事さえあり得るぞ」

「承知の上です。それでも魔塵の存在が許せないんです。奴らを絶滅させたい。その為なら何だって賭けられる」

 

 それは、我ながら狂っているとしか思えない願いで。

 八重桐テンカの表情が失望に曇る。

 

「……死にたがりか。作戦で何かあったか? 厭。待て、『双咲アリサ』――」

 

 だが、彼女は気付いた。何故アタシがここまで正直で、明け透けで、強気だったのかに。

 

「そうか、エイトか。貴様の勝算は()()だったか」

 

 勝算なんて立派なものじゃない。こんなのは怒りに任せた行き当たりばったりの行動だ。だがその中に、『影宮エイトと八重桐テンカが親しい可能性がある』という打算があっただけ。

 

「生徒会長。アナタの立場は分かるつもりです。学園の全生徒を背負い、国上層部と単身でやり合う強さも。ですが……」

 

 実際の2人の関係は知らない。だが、アタシの心がどす黒く染まったように……八重桐テンカの心にも憎しみがあるのなら。

 

「『魔塵を1秒でも早く1体でも多く殺したい』。それが()()()()()()()()()なんじゃないですか」

 

 その言葉に、室内には重い沈黙が満ち。

 

 果たして。

 帽子の影で表情を隠した八重桐テンカは……。

 

「……花を供えたんだ。弟の墓前にな」

 

 ぽつり。漏れた言葉は余りにも脈絡が無くて、最初はそれと分からなかった。

 だが続いて行くうち、そこに込められた感情が、帽子の向こうの表情が露わになる。

 

「アレをなんと言うのだろうな。無力感にも怒りにも似たやるせなさ……花など供えても死人は救われない、救われるのは宗教的な儀式を通じて楽になる自分だと気付いた瞬間、全てが無価値に感じたよ。『嗚呼、この下にあいつは居ないのだな』と思って、見える全てを壊そうかと考えた。数秒悩んで、それすら無意味だと悟って止めたがね」

 

 この人、もしかしたらアタシ以上に――。

 それについて考える前に、生徒会長からの返事は返って来た。

 

「いいだろう、双咲アリサ。弟の席を君に譲る」

「……ありがとうございます」

 

 ……正直な話、受け入れられるとは思っていなかった。これは結構場当たり的な行動で、過去を振り払う為だけの暴走で……だが受け入れられたなら話は別だ。魔塵の全滅は、偽りのないアタシの本音なのだから。

 

「これから我等は国を裏切る。私怨による復讐劇の為にな。覚悟は良いか? 双咲アリサ」

「ええ。その程度で痛む良心なんて、あの日失くしてしまいましたから」

 

 闇を抱え、前を見据える。

 後ろを振り返らない為に。過去に、輝かしい思い出に追いつかれない為に。

 思い出は今や、(ふこう)を濃くするだけの(こうふく)。それに耐えられるだけの余裕を、アタシはもう持ち合わせていないから。

 

「(見ていなさいエイト。アンタを殺してしまった分、誰よりも多くの魔塵を殺してやるわ)」

 

 それが決意なのか逃避なのか分からないまま、アタシは闇の中に沈んだ。

 

 

 ◆

 

 

 それは、とりとめのない日常の会話。嵐の海を照らす灯台のような、余りにもか細く眩しい(きおく)

 

「――ねぇエイト。アンタさ、何で死にたくないの?」

「はぁ?」

「前から疑問に思ってたのよ。いっつも『死にたくない』『逃げてやる』って言ってる割には、イマイチ『そうまでしてやりたいこと』が見えてこないっていうか。ねぇ、何でそこまで死を遠ざけようとするの?」

「……馬鹿かおまえ、『死にたくない』に理由が居るか?」

 

 丁度、お互い遠慮など忘れ去った辺りの事だ。

 当時は特に意識していなかった会話が、今になって鮮明に思い返される。

 

「俺は痛いのも嫌だし死ぬのも嫌だ。そんなの生物なら当然だろ」

「だから強者の義務(ノブレス・オブリージュ)も無視するってコト?」

「ああ。そもそもさぁ、なんで強い奴が弱い奴の為に体張るんだよ。やったとして片手間で出来る範囲だけであるべきだろ。弱者の為に人生や命まで懸けだしたら、それはテイのいい奴隷だぜ」

「……アンタ、学園の外に家族とかは?」

「全員死んだよそんなモン。生きてても別に守ってやろうとは思わない碌でもない連中だけどな」

「成程。それで任務に身が入らないってワケ。誰が魔塵に殺されようと、アンタにとっては『他人事』だものね」

「悪いかよ」

「いいえ? アンタがテロリズムに堕ちたら話は別だけど。その時はアタシが後腐れなく吹き飛ばしてあげるわ」

「それ聴いてテロリストになる奴は居ねぇよ」

 

 軽口を叩き合う仲。人によっては重い話を軽く流せる仲。

 アタシがそう思っているように、アイツもそう思っていたのだろう。

 だからアイツは、ここで眼を合わせながらでは出来ない話を振って来たのだ。

 

「おまえは」

「?」

「おまえは、やりたいこととかないのか。異能関係以外で」

「……」

 

 沈黙する。答えるべきか迷ったからであり、思い返すのに時間を食ったからであり……そんなアタシの沈黙をアイツは黙って待っていたから、何となく素直な言葉が口から出た。

 

「昔は、お父様の会社を継いだり、お母様みたいなヴァイオリニストになったり……そんなコトを漠然と考えてたわよ。子供なりにね」

「今は違うって?」

「ええ、当然でしょう。アタシはもう『異能者』で、子供でもないのよ」

「……そうか」

 

 あの時のアイツの顔はどんなだっただろう。寂しそうな苦笑だっただろうか。それとも怒りを隠し目を逸らしたのか。はたまた同情するように眉根を寄せたのか。それを憶えていないのは、きっとアタシもなんとなく顔を見づらかったから。

 そんなアタシに、しかしアイツは問いを続ける。

 

「おまえさ、どんな家で育ったんだ?」

「……今度は何?」

「いやさ、俺、よく考えたら学園の外の事殆ど知らねぇんだ。『普通の家』がどうなのかとか、『普通の家族』がどんな感じなのかとかな。そういうの知りたいってなんとなく思っちまったんだよ……悪いか」

「……そ。でもアタシ、人から言わせれば『お嬢様』だから。ご期待には答えられないかもしれないわよ?」

「それでもいいよ」

 

 今度の顔は憶えている。

 影宮エイトは目を伏せ、捨て犬のそれにも本を捲る賢者にも見える不思議な表情で微笑して言うのだ。

 

「知りたいんだ。『幸せ』ってなんなのか」

 

 余りにも素直にそんなことを言うものだから、茶化すことすら出来なくて。

 

 その時何となく見えたのだ。大人になって、今みたいに遠慮も恥も無く話すアタシとアイツの姿。関係性までは分からない……今と変わらず、軽口の叩き合いも重い話も出来る仲ということしか。あの時のアタシは、それが必ず来る未来だと何となく信じてしまって。

 けれど今、その未来予想図はただの妄想に成り下がった。

 

 ――学園内、簡易共同墓地。

 

 『影宮エイト』。

 年ごとに建てられる慰霊碑の中、最も新しいものにその名は刻まれていた。他の名前に埋もれるように、ただ無個性に無機質に。

 こんなものが『墓』だというのだから笑わせる。ここには遺体も埋まっていなければ、死者の魂も寄り付いてはいないだろう。この墓地は形式的な、『死者を悼む』という行為が想定されていない死人の名簿でしかない。

 

 だが彼の死を悼むには、学園内ではここを訪れるしかないのもまた事実だった。

 慰霊碑に花を供え、そこにでかでかと刻まれた文に目を落とす。

 

 ――『国防ニ殉ジタ英雄ノ魂、此処ニ眠ル』。

 

 英雄。とんだお笑い(ぐさ)だった。

 

「これがアンタの『幸せ』ってワケ? ホント、バカなヤツ」

 

 死んだ後に英雄呼ばわりなど、影宮エイトが望むわけがない。彼は死後の名誉などではなく、ただありふれた生を望む少年だ。いや、少年()()()

 そんな彼に向けて、アタシは言う。

 

「アタシは決めたわよ。アンタを殺した魔塵を全滅させる。『国防』なんてモノを消して、アンタが望んだ普通の『幸せ』が溢れる世界を創る」

 

 ……コレを聞けば、アイツは何と言うだろうか。

 『現実的に考えて出来る訳がないうえリスクがデカすぎる、正気に戻れ馬鹿』か。

 それとも『まあやってみる分には良いんじゃねぇの、危なそうだから俺は参加したくないけど』か。

 案外『ま、おまえがどうしてもやるってんなら手伝ってやるか』というのもありそうだ。

 

 ありありと思い浮かぶ、何通りもの台詞と表情。

 だが返ってくるのは冷たい無音の風と、無機物に話しかける人間を嘲笑うかのような慰霊碑だけ。

 

「……何とか言いなさいよ、バカ」

 

 滲む視界を振り払って。

 アタシは、双咲アリサは、全てを巻き込む破滅の道への第一歩を歩み出した。




評価等応援感謝します。

影宮エイトは

  • 実はひっそり生存
  • 普通に死亡
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