【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<曇-4> 八重桐テンカ

 晴天澄み渡る空の下。

 いずれ破られる平穏の中、彼と彼女は引き合わされた。

 

「テンヤ様、紹介します。息子のエイトです。6歳になりましたので、慣例として八重桐の家にて諸々を仕込んで頂ければ」

「ほう。ヤマト、貴様に似て利発そうな子だ。では取り決め通り、彼を娘の部下として我が家に迎え入れよう」

 

 広く立派な武家屋敷の中で話すのは2人の中年の男性。

 八重桐(やえきり)家当主が嫡男、現日本防衛副大臣・八重桐テンヤ。

 そんなテンヤの秘書である影宮(かげみや)ヤマト。

 背が高く丁寧に髭を整え30代にして威厳を感じさせるテンヤに対し、瘦せぎすで気の弱そうなヤマトは頭を下げる。

 

「よろしくお願いいたします。……しかしテンヤ様、本当によろしいのでしょうか。テンカ様とエイトでは性差もあり、またテンカ様はテンヤ様の幼少期を彷彿とさせる天稟の持ち主。テンカ様に万が一の事があっては、私などではとても責任を負いきれず――」

「構わぬ。貴様の子だ、私にとってはそれだけで信用に値するとも。それにテンカは些かじゃじゃ馬故、(おのこ)の方が上手く手綱を握れよう」

「た、手綱など……畏れ多いことです」

「……私の冗談で顔を青くしてどうする……。全く、昔から変わらぬ。気が小さいのが貴様唯一の欠点よ、ヤマト」

 

 八重桐(やえきり)家は元貴族・元華族であり、代々政府重鎮を排出して来た国内有数の名家。そして影宮(かげみや)家はそんな八重桐家に何世紀も前から仕えてきた一族だ。

 彼等が顔を合わせる巨大な武家屋敷は、その権力と時代遅れの在り方を象徴しているようにも見えた。

 

 そんな屋敷の中に連れてこられた幼い男児は、父親の後ろに隠れながらも引き合わされた女児に挨拶をする。

 

「……影宮エイト、です。よろしくおねがいします……テ、テンカさま」

「うん。よろしく、エイト」

 

 両者の印象は真逆だった。

 不安げに俯く、小奇麗に仕立てられた幼い少年。彼は影宮エイト、影宮ヤマトの1人息子にして、八重桐家に仕えることを決められた者。

 そしてそんなエイトを迎えるのは彼と殆ど齢の違わぬ少女。だがこちらは童女と言うには些か品格があり過ぎるようにも感じられた。彼女こそ幼き日の八重桐テンカ、齢七つにして初等教育を終える程の知力を持ち、『いずれは日本初の女性総理大臣に』と期待される八重桐家の神童。

 

 そんなテンカは、俯くエイトの手を取って父の方を見上げ問う。

 

「父上、エイトと庭で遊んでもよろしいですか?」

「ああ。これから長い付き合いになるのだ、今のうちに親睦を深めるのも悪く無かろう」

 

 許しを貰うと、彼女はぐいぐいと抵抗を許さぬ力でエイトを中庭へと連れ出した。屋敷の中庭は見事な枯山水や石灯籠を要する日本庭園となっていて、その広さは子供の遊び場としては申し分ない。

 テンカは庭内にある、錦鯉の群れが泳ぐ池までエイトを引っ張ってくると、その場で彼を解放した。

 エイトの顔にあるのは困惑だ。彼は今日、『これからおまえを八重桐家に預け、八重桐に仕える立派な人間にしてもらう』とだけ聞かされており、庭に連れ出されるなど予想だにしていない。

 

「テンカさま、なにを……」

 

 苦心して敬語を付けながら言うと、八重桐テンカは振り返って。

 

「お姉ちゃん!」

「っ?」

 

 ずびし、と指を突き付けてエイトに言った。

 

「私は『さま』づけきらいだ! お姉ちゃんってよべ!」

 

 その様は父親の前で見せた品のあるものではなく。傍若無人な悪ガキ、というのがしっくりくるほどの乱暴さであった。寧ろこれが彼女の本性なのだろう、と悟るには幼過ぎる少年は俯きがちに言う。

 

「……で、でも。シツレイがあったらお父さんにメイワクが……」

 

 それは、少年が今日まで口酸っぱく言われたこと。子にとって絶対である父親から6年間刷り込まれた絶対のルール。

 その見えぬ鎖に縛られたエイトに対し、しかし幼きテンカは。

 

「かんけいない! エイトは私の『ぶか』になるんだろ? だから私がまもってやる! エイトのお父さんからも父上からもな!」

「――」

 

 呵々大笑、唯我独尊。そんな言葉すら相応しい童女の態度に。

 幼き影宮エイトは確かに見た。言葉ひとつで鎖にも似た6年の重みを吹き飛ばす、己が支えるべき覇王の姿を――。

 

「だからほら、お姉ちゃんってよんで!」

 

 そんな、今はまだ自由気ままな子供でしかない少女の最初の望みに、彼は。

 

「……あ、その……テンカ姉、ちゃん?」

「よし!」

 

 迷いながらも従ったエイトに、テンカは純真な『姉』の笑顔を見せた。正にこの時、2人の関係は決定したのかもしれない。

 それは父親たちをなぞる主従ではなく。普通の家族に憧れた少年と少女による『きょうだい』ごっこ。

 

「ほらエイト、『けんどう』するぞ! どうじょうから竹刀(かたな)もってきた!」

「……けんどう?」

「『たしなみ』だ! 楽しいぞ!」

 

 それは普通のきょうだいと同じように、暴君の姉が弟を困らせるというものだったが。

 それでも、影宮エイトが半年以上厳しい教育に耐えられたのは……もしくは八重桐テンカの周囲を巻き込む傍若無人がなりを潜めたのは、お互いの関係があってこそだった。

 

 

 ◆

 

 

 影宮エイトが八重桐家の屋敷に連れてこられて半年後。

 

 ばちん、と竹刀がぶつかる。

 邸内の道場にて、少年と少女が竹刀を振り回していた。

 

「は!」

「うっ――」

 

 ばちん、ばちんと剣戟の音が響く。押しているのは少女、八重桐テンカ。文武両道を体現する彼女は、剣の才までもが備わっていた。

 そんな彼女の剣を必死に受けるのは影宮エイト。彼の才は凡俗の域を出ないものの、竹刀が体にぶつかって痛い思いをしたくない一心で彼は格上の剣を受け続けている。

 彼らがやっているのは『剣道』ではなく、ただの竹刀を使ったチャンバラ。子供の遊びの延長でしかないそれは、しかしお互いの本気度によって一種の競技のようにもなっていた。

 

「く、やっ!」

「む」

 

 耐え続けていたエイトが業を煮やし、テンカの剣を弾いて反撃に出る。

 だが。

 

「え」

 

 エイトが振り下ろした剣は空を切り。 

 その一撃を躱した少女は、反撃の太刀を振りかぶる。

 

「やあ――!」

 

 べちん、と竹刀がエイトの頭を叩き、そのまま彼は道場の床に倒れた。

 

「い、痛い……」

「よし、勝った!」

 

 竹刀を掲げ勝ち誇る少女は……己が叩いた場所を抑えて動かない少年を見て我に返る。

 

「ごめんエイト。お姉ちゃん、ちょっとちから入れすぎたか?」

「……だいじょうぶ」

 

 涙目で堪えた少年は、頭を両手で抑えながら目の前の姉を見上げる。

 竹刀を振り回す彼女は普段よりも暴君っぽさが増していたが、純粋に楽しそうにも見える。半年の付き合いでそれくらいのことは感じ取れるようになったエイトは、子供心に尋ねる。

 

「姉ちゃんはなんで剣がすきなの?」

 

 すると、彼女は子供らしい表情で。

 

「カッコイイから! 『ろまん』って父上も言ってたしな。それにいつか『あんさつ』にあっても、剣がつよかったらかえりうちにできる! 私は『そうりだいじん』になるからな、今からつよくなっておかなければならないのだ!」

「そっかぁ……」

 

 総理大臣になったって普段から帯剣はできないでしょ……というツッコミは流石に子供の彼には出来なかった。

 ただ圧倒されるエイト。そんな彼にテンカは手を伸ばす。

 

「だからおまえももっとつよくならないとダメだぞエイト!」

「え?」

「私が『そうりだいじん』になったとき、おまえもとなりにいるんだからな! 『あんさつ』されたらおまえだけ死んじゃうぞ!」

 

 その言葉に。エイトは子供ながらに妙に嬉しくなってしまって。

 

「……そっかぁ。ならぼくも――」

 

 そうして竹刀を拾い、立ち上がった時だった。

 がらり、と道場の扉が開き、和服の使用人が呆れた顔を見せる。

 

「テンカ様、またこんな所に……」

「む。もう時間か」

「はい。分かっていらっしゃるならどうぞ本邸の方へ……」

 

 使用人を引き連れてテンカは道場を後にする。

 己に追従する使用人に、テンカは顔を向けず告げた。

 

「違うぞ」

「はい……?」

「私がエイトをさそったんだ。だからおまえが怒るべきは私だ」

「っ」

 

 彼女は見ていた。使用人が扉を閉める際、エイトのことを睨んだことを。

 

「そうでしたか……失礼を」

「む。私を怒らないのか?」

「そんな、畏れ多い……」

「エイトのことは怒るのにか?」

「……テンカ様、お戯れを。それに影宮の子とあなたでは立場が違います故」

「そうか。気にいらんな」

 

 無言になった使用人を引き連れて庭に面した廊下を歩く。

 口元を尖らせる彼女の思考はシンプルだった。

 

「(もうちょっとエイトと遊びたかったなぁ)」

 

 彼女は凄くストレートな、言ってしまえば実に子供らしい少女だった。己の感情を隠さない。好きなものは好きと言い、嫌いなものは嫌いと言う。だが口に出したこと以上の感情を抱かない。実際テンカからすれば、エイトの扱いが気に入らない使用人も父や母と同じ『愛すべき家族』だ。確かに咎めたくなる欠点はあるが、同様に長所もある。もしも本当に嫌いな奴が居れば迷いなく叩き斬る……それがこの時点での八重桐テンカという少女なのだから。

 そんな彼女らが廊下を進んでいた時。

 

 急に空が暗くなった。

 

「?」

 

 突如夜が来たかのように世界が闇に包まれる。思わず立ち止まったテンカは、空を見ながら呟く。

 

「まだ1時だぞ。なんで夜が……」

 

 それは、街中に広がる混乱を端的に表した言葉だった。

 

 この時の八重桐テンカや影宮エイトは意識していなかったが。

 ――ここ八重桐邸は、東京23区の中に建てられている。

 そして東京23区は……のちに『旧都』と呼ばれる、瘴気蔓延る廃都と成り果てる場所である。

 

 空を覆った瘴気が、街中に立ち込め始めた。

 その波は此処、八重桐邸にも。

 

 黒い霧のような瘴気が世界を覆い。必然テンカも使用人もそれを吸い込むこととなる。途端、瘴気の毒に咳き込むふたり。

 

「ごほ、ぐぅ……!?」

 

 彼女らも街中の人間と同様にその場に膝を付いて倒れ込んだ。

 喉を焼かれるような痛み、肺を射されるような苦痛。くらくらする頭を抱えながら八重桐テンカは考える。

 

「(なんだコレ、毒か!? くそ、『あんさつ』か――いや、コレはもっと大きな――)」

 

 ちらり、なんとか横を見れば使用人が泡を吹いて気絶していた。

 この瘴気が明確に危険なものだと理解した瞬間、テンカは気力を振り絞って立ち上がり、暗い世界の中叫ぶ。

 

「ごほ、エイト! 父上、母上! みんな、ぶじか――」

 

 瞬間。

 高い屋敷の塀を破壊しながら、巨大な怪物が現れた。

 

莠コ髢薙r逋コ隕(オ ア ア ア)

 

 それは、体長2mほどの準人型の怪物。幽霊のように足が無く、体は不安定に揺らいでいる。だが実体があるのは塀を破壊したことからも明らかだ。

 髪も鼻も無い穴がみっつ開いただけの顔でテンカのことを捕捉したらしい怪物は、その鋭い爪を持つ腕を振り上げる。

 

「く!」

 

 屋敷の床を容易く破壊する一撃が降る。

 全力で飛ぶことでそれを何とか躱したテンカだったが、その顔色は悪かった。

 

「(なんだこのカイブツは!? 見た事も聞いたことも無いぞ! まさか、妖怪変化の類が実在したとでも……)」

 

 怪物が――のちに魔塵(まじん)と呼ばれる半気体のバケモノがテンカの方を振り向く。

 殺される。

 そう直感し、テンカは思わず逃げ出した。だが瘴気を吸い込んだせいか、明らかに体が重い。その上子供の脚力だ。地を滑るように移動する魔塵にすぐに追いつかれてしまう。

 

「(まずい、逃げられない――)」

 

 テンカのすぐ背後に迫った魔塵が破壊の腕を振り上げ。

 

「――姉ちゃん!!」

 

 その闇の頭を、竹刀の一撃が強打した。魔塵が倒れる。

 それを為したのは――。

 

「エイト!?」

 

 影色の瘴気を纏う竹刀を握る、影宮エイト。

 幼い少年は、明らかに異常な身体能力でテンカの前に着地すると振り向いて問う。

 

「姉ちゃん、これなにか分かる!?」

 

 『これ』とは周囲の状況か、今の怪物か、それともエイトの握る竹刀が影色の瘴気に包まれていることか。

 

「いや、私にも……」

 

 とにかく何も分からないためそう言おうとして……倒れていた魔塵が起き上がる。

 

「エイト、うしろ!」

「え」

 

 エイトが振り向き、魔塵が手を振り上げ。

 腕による一撃が、影宮エイトを吹き飛ばした。

 

「――」

 

 エイトは悲鳴も上げられず吹き飛び、壁に激突して動かなくなる。

 それを見ていたテンカは……人生最高の怒りを覚えた。『弟』を目の前で傷つけられ、視界が真っ赤に染まる程激昂したのだ。

 

「きさま――」

 

 彼女の体から瘴気が立ち昇る。それは『異能覚醒』の証。

 突如体に備わった新たな感覚を、しかし怒髪天の怒りが支配した。

 

 屋敷内に置いてあった日本刀――祖父の趣味であるそれに、一度触れて怒られたことがあるその剣に、八重桐テンカは『命令』する。

 

剣よ、とべ!」

 

 斬、と。魔塵の体を、高速で飛来した日本刀が貫いた。

 八重桐テンカ、後々命名されるその異能は百剣繚乱(ブレードルーラー)。一度触れたことのある刀剣に瘴気を纏わせることで浮遊させ、己の意のままに操る異能。

 

 貫かれた魔塵が消滅していく中、テンカは倒れたエイトに駆け寄った。彼を揺らして抱き起す。

 

「姉、ちゃん……」

「おきろ、にげるぞエイト! ここにいたらころされる!」

「に、にげるってどこに……」

「わからん! でもここにいちゃダメだ!」

 

 テンカは空を睨む。未だ真っ黒な、瘴気に覆われた空。空気は汚染され、沢山の人の悲鳴があらゆるところから聴こえる。恐らく今の怪物はアレ一匹では無いのだろう、と少女は確信していた。

 

「――!」

「姉ちゃん?」

「なんでもない! いいからほら、早く!」

 

 一瞬聞こえた悲鳴が父親のものだった気がして……テンカは頭を振り、エイトを立ち上がらせる。目指すのは先ほど魔塵が破壊した塀。あそこから出てこの『黒い霧』が無い場所を探しに行くべきだとテンカの年齢にそぐわぬ聡明な頭脳が叫んでいた。

 

 そんな塀に開いた穴の前に立ち……しかしエイトの足が止まる。

 

「どうしたエイト?」

「……ほんとにだいじょうぶかな姉ちゃん。ぼく、やしきからでたら怒られる……」

「……だいじょうぶ! お姉ちゃんがまもってやるから!」

 

 エイトを説得し、壊れた塀を超えて外に出る。もしも状況さえ違えば、その穴は広大な屋敷の敷地内という檻から出ることを許されて居なかった2人の子供にとって、自由への扉だったのかもしれない。

 

 屋敷の外も、やはり黒い霧に覆われた夜のような景色。あらゆるところから聴こえる悲鳴、逃げ惑う人々、壊れた建物。

 戦争かと見まがうほどの街の中を、少女と少年は手を繋ぎながら走る。あてもなく、危険ではないどこかを探して。

 

 手を引かれるエイトが不安げに問う。

 

「姉ちゃん、ぼくたちこれからどうするの……?」

「……まだわからない。だが」

 

 気丈に振舞う八重桐テンカにも恐怖や不安はあった。

 毒の霧。得体の知れない怪物。家族を襲っただろう災害たち。

 だが……。

 

 八重桐テンカは怪物が現れたとき、反射的に逃げることを選択した。それは間違いではない。けれど彼女はあの一瞬では、『反撃』という選択肢を思いつくこともしなかった。

 怪物から『逃げる』のではなく『倒す』……その選択肢を教えてくれたのは、影宮エイトの吶喊だ。彼は己と同じ何も分からない状況の中、その勇気を以てテンカの道を切り拓いてくれた。

 

 八重桐テンカは己の傍らに屋敷から持ってきた日本刀を浮遊させながら、思う。

 

「2人ならきっとなんとかなる。だから私についてこい、エイト」

「……うん」

 

 エイトと2人なら、大丈夫。

 家族を失った少女は『弟』の手を握り、心の底からそう確信するのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――影宮エイトは『魔塵繭破壊作戦』にて死亡した。

 作戦終了後、九瀬ヒカリからの救援要請を受けた九々等(くくら)ヤイチが持って帰って来たのは……薬指と小指しか付いていない右手の『破片』と、制服に付いていた星等級を示す血濡れた校章のみ。その指のデータと校章の識別コードが、影宮エイトのものと一致した。

 

「死体はまあ、ちょっと気分悪くなるくらいぐちゃぐちゃだったぜ。魔塵共が群がってずっと嬲ってやがったんだよ……跡形もなくなるまで執拗に、な。『持って帰れるな』って思ったのは()()と校章だけだったんだ……クソ、あんな気分悪いものオレも初めて見たぜ。ソイツ、一体何やったんだろうな? あんなに魔塵が激怒するようなことやったのかね?」

 

 それが帰還した九々等ヤイチの言葉だ。

 

 そしてそんな『魔塵繭破壊作戦』も、完全な成功では終わらなかった。

 九瀬班が破壊した魔塵繭……それにより『星六級』の魔塵が誕生することは無かったが、その残骸から新たな7体の魔塵が産まれたのだ。

 魔塵『繭』と仮称されたとはいえ、それは虫などが使う繭とは別の存在。残骸が残る程度の破壊では完璧では無かった……尤も、九瀬たちには『繭』を完全消滅させるだけの火力も時間も無かったし、魔塵繭に辿り着けた班は彼女らだけなのだから誰もそのことを責めなかったが。

 

 そうして産まれた、光属性を除く7属性をそれぞれ宿した魔塵は、観測により全てが『特別星五級』と判定された。その理由は――これは学園上層部と一部の異能者しか知らない話だが――繭から産まれた魔塵は、ある程度の人語を介し高い知性を有すると見られるからだ。

 既に作戦終了後の旧都で救護活動を行っていた九々等ヤイチを含む何人かの異能者と『特別星五級』が接触。交戦するも逃亡を許してしまう。その際九々等は、交戦した魔塵が人語らしきものを放ったと報告した。

 

「ありゃマジで人間の言語……しかもご丁寧に日本語だったね。会話も成立してた。正直不気味だよ、今までそんな魔塵世界のどこにも居なかったし……。『魔塵が進化した』、『新たなステージに到達した』って言われてもオレは驚かねーぜ。……()()は避けれたとはいえ。今回の事件、長く尾を引く予感がある」

 

 彼は後ろで纏めた己の長い金髪を弄りながら言う。

 

「結局〈千里のオロチ〉も倒せなかったし、他の星五級も殆ど倒せてないし……今回の作戦は散々だな。今回活躍したのは例の『九瀬(くぜ)班』と、〈ジェリコ〉倒した学院のふたりだけじゃねーの?」

 

 そんな彼に……災玉国防学園生徒会長の八重桐(やえきり)テンカは、己の執務机に座りながら反論した。

 

「……星五魔塵の討伐は2年ぶり。旧都内の魔塵に限って言えば6年ぶりの快挙だ。戦果としては十分に大きい」

「その星五魔塵が差し引きで6体増えても?」

「……ああ。戦果は、戦果だ」

「うーん……会長、なんか元気ないんじゃね? アンタらしくないなー。普段のアンタはもっとハッキリ、一切の迷いなくそういうこと言ってた気がするけどな」

 

 生徒会室の中、九々等ヤイチは髪と同色の金の眼でテンカを見つめる。

 

「〈カイザー〉を倒せなかったこと気に病んでる? それとも――」

「止めろ九々等」

 

 ぴたり、と。

 九々等ヤイチの首元に、浮遊する剣の切っ先が突き付けられていた。

 それを操る星五級異能者、八重桐テンカは鋭く言う。

 

「貴様、今『観察力』なり『直感』なりを8()1()()しようとしただろう。それは他人の心を盗み見ると同義の行為だ」

「う……分かった、やんねーっすよ。俺だってアンタの嫌がることはしたくねー。会長引き受けてくれた恩もあるしな。でも……」

 

 剣の切っ先を『防御力:81倍』を使うことで刺されないように押し返し。踵を返しながら、彼は言う。

 

「アンタは災玉国防学園(ココ)の『生徒会長』なんだ。それがずっとしょげてンのはナシだぜ」

 

 ばたん、と扉が閉じ。

 九々等ヤイチが出て言った生徒会室を沈黙が包んだ。

 

 ふぅ、と八重桐テンカは溜息を吐いた。

 九々等ヤイチの言葉は正しい。テンカの精神状態は普段と比べて非常に悪いし、それは生徒会長として恥ずべきことだ。

 だが……ならばどうすればよいのだろう。

 

「……強さが足りぬなら努力しよう。知識が足りぬなら適宜学ぼう。人脈も権力も、足りぬなら足りるまで積み上げる覚悟だ。だが……」

 

 ちらり、見やるのは空席の副会長席。

 そこに座る筈だった者は……そしてこういう時こそ己を支えて欲しかった彼は、既にこの世から消え去った。

 

「……この心を、喪失感を如何すれば良い? 私の半身を奪われたとき、私は一体如何するべきなのだ……?」

 

 空席に問うても、やはり答えは無く。

 たったひとり、孤独な生徒会室の中で。八重桐テンカは泣くことも出来ず天井を見上げた。上を見たのはきっと、それが天国の方向だからだった。

 

 

 ◆

 

 

 最初の瘴気災害の後。

 生き延びたテンカとエイトは急遽建てられた政府の施設に保護される形で生存した。瘴気蔓延る死の街から脱出した2人は、身を寄せ合って誓う。

 

「いいかエイト。私たちはさいごにのこった、せかいにたった2人の家族。これからは2人でたすけあって生きていかなきゃならない」

「……うん」

「たぶん、こわいことはたくさんある。でも2人ならだいじょうぶだ。2人でたすけあえば、きっとだいじょうぶ」

「うん……わかった」

 

 施設での暮らしはお世辞にも良いものでは無かった。だが2人は家族として助け合うことで災害後の混乱を生き延びた。時に食事を分け合い、時に魔塵を撃退し、時に寒い部屋で同じ布団の中凍えて。その頃にはもう、2人は自分たち以外の誰も信用しないようになっていた。

 

 少ない配給の食料に腹を鳴らしながら、暗い部屋で身を寄せ合った2人は話す。

 

「エイト、私はきめたぞ」

「……なにを? 姉ちゃん」

「私はそうりだいじんになる。ぜったいにだ。そして家族2人で『しあわせ』になるんだ」

「しあわせ……」

「ああ。すきなだけごはんをたべて、あったかいふとんでねる。そんなせかいをとりもどしてやる。だからエイト、私をてつだえ。家族として、弟として」

「……うん、わかった。ぼくも『しあわせ』になる」

 

 その時の2人は、きっと世界で一番強い絆で結ばれた『家族』だった。

 

 そして瘴気災害から2年後、災玉国防学園が建設され……異能に覚醒していた2人もそこに一期生として所属することになる。

 初等部のときはいつも一緒だった。任務も、部屋も、食事も。風呂も一緒だったし同じ布団で寝ていた。どちらかが、あるいは両方が、1人になる事を恐れていたのかもしれない。

 

「行くぞエイト、任務だ!」

「姉ちゃん、ほんとに俺たちだけで大丈夫?」

「大丈夫! 私とおまえならどんな任務もこなせるさ!」

 

 最初は2人とも星二級。テンカが操れる剣は少なく、エイトの武器もテンカが使う剣をコピーしたものだけ。2人とも未成熟なこともあり、最初はお世辞にも強いとは言えなかった。

 

 新築の食堂の中。2人席で向かい合ったテンカとエイトは共に食事をする。

 

「今日の任務も完璧だったな!」

「そうかな……? 俺たち大人の後ろで見てただけだけど」

「『ばっくあっぷ』はそういう任務だからな。でも成功は成功だ、報酬も貰えた!」

「……姉ちゃん、なんか嬉しそう?」

「当然だ! 沢山ごはんを食べられる、部屋はあったかい! 総理大臣は遠いが、前よりずっといい環境だ」

「で、でも……任務で、その、死んじゃうかもしれないのに……?」

「大丈夫! 私とおまえなら無敵だ! 2人で助け合えば絶対に死なない!」

「……うん。そう、だよね」

 

 初等部に居たときは、まだ仲の良い『家族』だった。

 

 月日は流れ、2人とも中等部に上がって。

 寮は男女別になり、2人は離れ離れになった。

 そして八重桐テンカは星四級に、影宮エイトは星三級に。

 共に居られる時間が短くなった2人は、それでも可能なら同じ任務に出ていたが。

 

「……なあテンカ(ねえ)。俺たち、このままで良いのかな」

「? それはどういう意味だ? 今回の任務も無事成功したし、総理大臣への道も順調……ああ、もしかして部屋の事か? 大丈夫、おまえが星四級になれば、私の特権と合わせて2人部屋が――」

「そうじゃなくて。いや、それもか。テンカ姉は星四で、まだまだ強くなる。でも俺は星三から上がれる気がしない。今回の任務だって、俺は足手まといだった……やっぱり星四任務は俺にはキツイよ」

「何を馬鹿な! おまえが足手まといだった時など無い。その機転と対応力は私には必要なものだ。それに、おまえなら絶対に星四級になれるさ」

「……それ、本気?」

「当然! 私がおまえに嘘を吐くはずが無いだろう? 私たちは家族なんだから」

「……そっか」

 

 ああ、思えば歪みはあった。

 優秀な姉と、凡才の弟。

 危険を顧みない姉と、危険に敏感な弟。

 それは平和な世界では良い相棒になれる関係だったのかもしれない。だが、この壊れてしまった危険溢れる世界では……。

 

 ()()が決定的になったのは、2年前の『怪獣事件』。

 この事件で目覚ましい活躍を見せた八重桐テンカは、高等部1年にして『星五級』に昇格した。

 

「エイト! 遂に私も星五級だ! 少々予定とは外れたか、これで2人部屋が手に入るぞ。久しぶりに同じ布団で語り明かすか? 最近あまり話せていなかったが、これで――」

「やめろよ」

「エイト?」

「テンカ姉は星五級。俺は星三。貴重な星五級異能者に回される星五級任務に俺は同行出来無い。なのにどうして俺に構うんだ」

「何故って……私たちは『家族』だから――」

「違うだろ。俺たちは元々他人だ。俺たちをきょうだいにしたのは、八重桐と影宮の家のせいだ」

()()? 『おかげ』ではなくてか? おまえが居なければ、私は今日まで生き延びることなど」

「出来たよ! あんたなら俺が居なくたって生きて来れた! いや、『影宮エイト』って足手纏いが居なけりゃもっと上手くやってたさ!」

 

 それは、歪みの発露だった。

 

「あんたが俺を『弟』扱いするのは、八重桐と影宮の呪いだよ」

「……やめろ」

「俺はこれ以上姉ちゃんの……いや、八重桐テンカの足手纏いになるつもりはない。悪いけど2人部屋の話は無かったことにしてくれ」

「取り消せ、エイト」

「嫌だね。これは事実だ」

「『弟』のおまえの存在が、どれだけ私の助けになったか――」

「なら! なんで俺はまだ星三級なんだよ!?」

 

 歪み。それは八重桐テンカを再起させた『家族』という関係そのもの。

 

()()()()()()()()()()()()。血が繋がってないから才能も全然違うんだ。俺はもう、あんたには付いて行けない」

「エ、エイト……」

「勝手で悪いとは思ってるよ。でも、本音なんだ」

 

 背を向けて去っていくエイトの、昔よりも何回りも大きい背中を見て。八重桐テンカは遂に己が独りになったことを悟った。

 『孤独』。それより辛いものなどこの世に無い。

 あの寒い仮住まいの部屋で、いつも腹を鳴らしながらも生き延びられたのは2人だったからだ。

 危険な任務を首の皮一枚でこなせて来たのも、その気力を保てたのも2人だから。

 そして、総理大臣という途方もない夢を追えたのも――。

 

 テンカは遠くなる背中に向けて思わず叫んでいた。

 

「エイト、私はおまえを愛してる! だから諦めないぞ! 2人の(へや)も、(そうりだいじん)もだ! 私が『しあわせ』を掴むときは絶対におまえも一緒だ、エイト!」

 

 その言葉に数秒だけ立ち止まった弟は、しかし振り返ることは無く。

 あの日、八重桐テンカと影宮エイトの道は分かたれた。それでもテンカは諦めなかった。

 

 折を見て謝り、話し合い、出来るだけ関係を穏当なものに戻した。

 星四級任務が下れば、積極的にエイトを誘った。

 生徒会長になり、エイトを副会長にしようと苦心した。

 

 ……それでも、部屋は1人のまま。食事も1人、寝る時も1人。

 寂しい部屋で、独り、呟く。

 

「エイト。おまえが居ないと私は『しあわせ』に成れないよ……」

 

 それを言わなかったのは、余りにも卑怯だと思ったからだ。

 エイトは自分の我儘で苦しんだ。けれど彼は優しいから、そう言って縋り付けばきっと助けてくれる……再び不満が溢れるまで。

 結局、今のままでは距離を縮めたとしても再び破綻するだけ。その時に傷つくのはテンカだけではない。それが分かっているから、八重桐テンカは我慢して。

 

「……なあエイト。どうして私を置いて逝った? 死ぬなと、そう言っただろう。そんなに私の言う事を聞きたくなかったのか?」

 

 墓前にて、そう溢す。

 

 学園の外、災玉県内のとある寺院。

 影宮エイトの墓標の前に、八重桐テンカは立っていた。

 災玉国防学園では、生徒は死んでも学園内の慰霊碑に名が刻まれるだけ。だが遺族が望めば死体を引き取り葬儀が行える。星五異能者であるテンカは、特権を使ってエイトの墓を建て、そして時を見て外出許可を得、そこを訪れていた。

 

 風に混じる線香の匂い。立ち並ぶ墓はどれも同じように灰色で、此処には命の気配がしない。

 そんな墓地の中、テンカは腕に抱いた花束を掲げる。

 

「物寂しい所だと思ってな。花を持って来たんだ」

 

 それを墓前に挿し、線香を上げ。

 少し華やかになった墓の前で、彼女は口を開く。

 

「エイト、おまえは――」

 

 そこで言葉は止まった。

 霊前に手を合わせる前に何かを言うつもりだった。だが彼女はそこで気付いたのだ。

 目の前にあるソレが……ただの石の塊でしかないことに。

 

 ふざけるな、と頭が嫌に冷えた。激昂したのに体が冷たくなったのは初めてだった。

 

 これが、目の前の冷たい石の塊が『弟』だとでも?

 この下に埋まった、腕のひとかけらの遺骨が『弟』のハズが無いだろう。

 だってこんなものがあっても、私は『しあわせ』になど成れない。これから一生、あの味のしない食事と冷たい布団を独り味わいながら生きていかなければならない。

 

 なのに、今墓に祈ろうとしたのは……それから目を逸らしたかったから。

 これは代償行為だ。もう会えない人に何かを伝えたつもりになって、ただ己の気持ちを休めるための自己満足。そんなものでは、影宮エイトとは『しあわせ』にならない。もう永遠に、そうなることは無い。

 

「……ああ」

 

 壊すか。そう思った。

 墓だけじゃない。目に入るもの全部。そうすれば少しは、『家族』を失ったこの絶望も晴れるだろうか。思えば八つ当たりなどしたことが無かった。

 己の内に宿る異能の力に、それが操れる剣たちに意識を向け――。

 

「……もう、どうでもいいな」

 

 やめた。そんなことしても何にもならいし、何よりする気力が無かった。

 今や八重桐テンカの中には何もなかった。

 家族の家も作れなくなった。総理大臣もどうでもよくなった。最後の家族、影宮エイトはもう居ないから。辛くても身を寄せ合える唯一の相手が、この世から消えてしまったから――。

 

 

「――姉ちゃん、姉ちゃん、ないてるの?」

「……エ、エイト。これは」

「おなかすいた? さむい? どうしたの?」

「いや、ちがう……父上と母上のことをかんがえてしまって。すまないな、ふあんにさせて」

「だ、だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。いつもぼくがなぐさめられてばっかりだから……たまには、ぼくがなぐさめるよ」

「……ああ、ありがとう。やっぱり、思ったとおりだ」

「?」

「『家族』でたすけあえば、きっとなにがおきてもだいじょうぶだ。私たちはぜったいに『しあわせ』になれる。だって……」

 

 エイトと2人なら、大丈夫。

 かつてそう確信した少女は……2人ではなくなったときどうなるかなど、当然考えてはいなかった。

 これはきっと、たったそれだけの……愚かな少女に与えられた、孤独という名の、実にありふれた悲劇のお話。

曇らせ作品に求めるのは

  • 完膚なきまでのバッドエンド
  • ほろ苦い、救いのあるバッドエンド
  • なんだかんだハッピーエンド
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