【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
これを曇らせを引き立たせる希望にするか、それとも曇らせの暗さを弱める希望にするかは皆様のお好みでお選び下さい。
<Ex> Bonus stage:No more shopping!?
〇月✕日、日曜日。
それは、まだ影宮エイトが『死亡』していない過去の事。
――晴天が瞼を刺す。
瘴気の漆黒がどこも汚していない、災玉国防学園の生徒からすれば見慣れない懐かしき青い空。そんな平和を象徴するような晴天の下、俺こと影宮エイトはぼやく。
「で。なんでこんな事になってるんだっけ……?」
周囲にあるのは賑やかな人の笑い声。横を通り過ぎていく家族連れに学生グループ。陽気に包まれたショッピングモールの中で立ち竦む俺に、彼女たちは三者三様の反応を返す。
「ご、ごめんねエイトくん。どうせなら皆で来た方が楽しいと思って」
「いや別に良いけどよ……これ俺居る意味あるか?」
申し訳なさそうに眉を下げながら笑うのは
そんな彼女を援護するような声。
「何か不満な点でもあるの? どうせ暇だったんでしょ、アンタ」
「……まあ、それもそうなんだが」
金髪のツインテールを揺らしながら唇を尖らせるのは
2人相手に勝てるハズも無く頭を掻く俺の足元から、更に声。
「……ひとの、こえ、あしおと、におい……すごく、おおい。まぶしい、かんじ」
「(こいつはすぐ迷子になりそうだし……)」
髪から靴まで全てが真っ白の中学生が
俺、影宮エイトは『九瀬班』の面々と休日ショッピングモールに訪れていた。
通路の只中で突っ立った制服姿の4人に、人々の視線が突き刺さる。特に目を引いているのは双咲とナナ子だろう。モデルでも出来そうな美人学生と、異様な白さの中学生。そりゃ俺だって逆の立場なら見るだろう。だがそいつらの隣でおまけのように注目されるのは正直居心地が悪かった。
「(いくら学園近郊とはいえ、私用のための外出許可って結構レアなんだがな……)」
ここは災玉国防学園から最も近いショッピングモール。その時間バスで10分ほど。
通常学園生徒は学園の敷地外に出ることは出来ず、そうしたいなら手続きを踏んで、場所や目的を明記した上で『外出許可』を得る必要がある。これは学園からの脱走を防ぐためだ。
だが学園生徒は多感な若者、抑圧し過ぎも時には問題に繋がる。故に近場への外出許可は他に比べると比較的簡単に取れるのだ……例えば1ヶ月に1度、休日に友人とショッピングモールに行くとかな。
そんなこんなでちょっと複雑な気分の俺の背を双咲が叩く。
「女子だけじゃ危ない事があるかもしれないでしょ。ほら、ナナの面倒見る人も居るし」
「そ、そうだよねアリサちゃんっ」
「いや、おまえらに危ない事出来る奴が居たら学園がスカウトに来るだろうぜ……」
戦車も単騎で破壊する星四級異能者の双咲アリサにそうツッコむが。
「うっさい。いいから行くわよ」
その一言で黙らされた。九瀬班での俺の立場は実力と同じで結構弱い。
「へいへい……」
言われた通りナナ子の手を取り彼女の迷子防止役を拝命しながら歩き出す。ナナ子は全身が真っ白のため滅茶苦茶目立つが、その代わり本人が弱視なのではぐれやすい。今日みたいに人混みがある場所では簡単に迷子になってしまうおそれがあるので、誰かがその手を握っておかなければならないのだ。
白髪、眼帯、白い学生服と目立つ要素しかないナナ子の小さい歩幅に合わせて歩きつつ、努めて視線を意識しないようにしながら話しかける。
「てかナナ子。おまえよく外出許可出たな」
なにせこいつは学園に4人ぽっちの『星五級』だ。学園内の特権は凄まじいが、その分外出は大変だろう。学園側も緊急時の為に星五級を手元に置いておきたいだろうからな。
そういう意味を込めて聞けば、たどたどしい言葉でナナ子は言う。
「……はじめて、そと、でた」
「マジ? それならまあ出れるのも納得だが……最初が『これ』で良かったのか?」
俺は前を行く九瀬たちを指さしながら言う。
彼女らは鞄等の小物を売っている店のショーウィンドウを見ながら、こっちが良いかあっちがどうだと真剣に語り合っている。その何処にでもいるだろう女子2人の
だが、楽し気な2人の声を聴いたのか。ナナ子はいつもの下手くそな笑い方ではなく、凄く自然に微笑んで。
「……うん」
「そうか。なら、いいんだが」
と、追い付いた俺たちに九瀬がぱっと明るい顔を向ける。彼女はショーウィンドウに展示されているオシャレ気なポーチを指さしながら、
「エイトくん、これどっちが良いかな?」
と訊いてきた。見てみれば飾られたポーチは二つ。だが女物っぽいそれに対して俺は何の知識も持ち合わせておらず。
「はぁ? なんで俺に訊くんだよ……」
という反応を返すことしか出来なかった。
九瀬は苦笑し、今度は膝を曲げてナナに目線を合わせ。
「ナナちゃんはどう思う?」
だがナナ子は少し硬直した後、首を横に振った。
「……わか、らない。ごめん、ね」
「謝るようなことじゃないよ。そうだな、ナナちゃんにはこっちの赤い方が似合うかな?」
「いや、こっちのブラウンの方でしょ」
「(……成程分からん)」
真剣に、だが楽しそうに議論を始めた女子勢を前に、俺は彼女らから視線を外した。会話に入り込めないことを誤魔化すように周囲を観察する。
モール内を満たす人の群れ。両親と手を繋いだ子供、カップルらしき学生、老夫婦に少年少女の集団まで……老若男女が入り乱れる店内には、しかし一様に朗らかで明るい雰囲気が満ちている。前線である学園内とは違う、平和な空気。それが何だか眩しくて、俺は思わず目を細めて。
「――くん、エイトくんっ」
九瀬の声で我に返る。
「うぉ……えーと、何の話だっけ?」
「ぼーっとしてるから。次の店に行くのよ。アンタが突っ立ってるとナナも動けないでしょ」
「お、おう。すまん……あれ、この店では何も買って行かないのか?」
「バカね、『ウィンドウショッピング』ってヤツよ」
「買う買わないじゃなくて、こういう時間を楽しむものなのっ」
「そうか……」
今日は一段と女子組の勢いが凄かった。
鼻歌交じりに次の店へ歩き出す2人の背を見ながら、俺は隣のナナ子に訊いてみる。
「アレ、分かるか?」
「……むず、か、しい」
俺もだ、と呟きながら、俺たちよく分からない組は物理的にも置いて行かれまいと弾む背中を追ったのだった。
◆
さて。
どうしてこんな事になったのだろうか。
「ど、どうかな……」
目の前には九瀬ヒカリ。否、普段とは違う彼女の姿。
トップスには長袖の白いシャツ。その上から淡い色のカーディガンを着、胸元をリボンが飾る。制服とはまた違うチェック柄のスカートが膝丈でふわりと揺れた。ベレー帽をかぶりながら頬を赤くする彼女の前で、俺は率直な感想を口に出す。
「どうかなと訊かれてもな……」
困るんだが、と続けようとしたところで、俺の足に双咲の蹴りが入った。
「このバカ、女の子が着飾ってんのよ、似合ってるとか可愛いとかないの?」
「俺にオシャレが分かると思うか?」
「そういう問題じゃないの。良いから素直に感想を言ってあげなさい」
「それはもう言った……分かったよ。いや、オシャレだなって思うぜ、うん。似合ってるよ」
ぱっと花が咲くように笑う九瀬を前に、そして腕を組んでうんうん頷いている双咲を横に、俺は「ははは……」と力なく笑った。
場所はモール内のファッションショップ、その店内にある試着室前。
これまでの経緯はなんだか曖昧だが、気付いたら「気になったの試着しよう」みたいな流れになり……そして何故かその感想役として俺が選ばれていた。ホントになんでだよ。
「このパーティーに男子はアンタしか居ないでしょ。異性からの率直な意見は貴重なのよ」
というのが双咲の談である。俺の意見としては向いてないだろうから役を下りたいんだが……という意見は、その人を殺す目つきで封殺された。……アレは「撃つ」奴の目だったね。ガチで。
そんなこんなで俺は試着室の前に立ち、隣の戦車砲の御機嫌を損ねないように九瀬の試着に感想を述べるマシーンとなっていた。
「エイトくん、これはどう……?」
試着室のカーテンが開く。
今度の九瀬の格好は、黒色のセーターに厚手でブラウンのロングスカート、顔には金縁の丸眼鏡。
感想、感想……えーと。
「あー、なんか頭良さそう。本とか読んでそう」
がす、と足を蹴られた。違ったか。
「こ、こっちはどうかな……?」
再び試着室から九瀬が顔を出す。
今度はオーバーサイズめのシャツにショートパンツ、帽子を被ってカジュアルに。
「それ足出し過ぎじゃね? 寒くないのか?」
ぱこん、と双咲に頭を殴られた。そのまま肩を組まれヘッドロックされながら問い詰められる。
「アンタさ、やる気あんの……?」
怒っていた。声がマグマみたいに煮えたぎっていた。
「言葉選びってもんがあるでしょう? こういう時は何を置いても『褒める』のが正解なのよ……!」
「いやでも『感想』って」
「ん? 何か言った?」
「ナンデモアリマセン」
流石に命の危険を感じ、俺はかくかくと首を縦に振る。ようやく解放された後、カーテンの閉まった試着室の前で俺は考える。
「(そういう趣旨だったか……まあ女子はファッション好きっていうし、褒める方が良いのか。男が『カッコイイ~』って言われたいのと一緒かもな。だが『褒める』ね……そんなの経験無いぞ。下手なおべっかは逆効果だろうし……)」
そうなりゃマジで体に二つ風穴が空くかもな……と青い顔で悩む俺の脳裏に、ふと閃くものがあった。
……そういえば昔、聞いたことがある。アレは中学の頃の相部屋の奴だったか……とにかくモテるらしいそいつから、人の褒め方を教わったような。曰く、さしすせそが関係するとか……そうだ!
【人を褒める時のさしすせそ】
さ:流石(さすが)〇〇
し:正直(しょうじき)〇〇
す:凄(すご)い〇〇
せ:〇〇がセンスあるね
そ:それも〇〇だね
※みんなも○○に適宜肯定的な言葉を入れて使ってみよう!
確かこんな『さしすせそ』を上から順にやっていく、みたいな感じだった筈。つまりこれを応用すれば。
「え、エイトくん。これは……」
試着室のカーテンが開く。
今度の九瀬の振る舞いは、ひらひらしたロングスカートに白無地のトップスを合わせ、その上からデニムのジャケットを羽織っている。
なんだか最初よりも顔色が沈んでいるような彼女に言うべき言葉は……まずは最初の「さ」!
「流石(さすが)九瀬、似合ってるな~……」
ちょっと棒読み臭かったか? ど、どうだ……?
「! そ、そっか。他のも試してみようかなっ」
「なんだ。やればできるじゃない」
セーフ、セーフです! 判定はセーフ!
脳内で手を横に広げながら、俺は胸を撫で下ろす。いける、この「さしすせそ」さえあれば俺は生き残れる……! と任務もかくやな心境で拳を握る俺。
「こういうのはどうかなっ」
試着室オープン。
シンプルなデザインのワンピースに小物のバッグでガーリーに。
「正直(しょうじき)かなり良いと思うわ~……」
判定、セーフ。
「な、ならこういう系は……」
白いブラウスに黒いミニ寄りのスカートを揃え、上には長袖のカーディガン。
「凄(すご)い可愛いんじゃないか~……?」
「! ホント!?」
「――凄(すご)く本当だ」
「そ、そうなんだ……えへへ」
これもセーフか。真偽を問われるとは思わず一瞬迷ったが……やはり「さしすせそ」は正しかった。一問答につきひとつ使えば、その場を上手く切り抜けられる。
「せ」と「そ」も余ってるし、気が変わってもう1セット試着する流れになっても大丈夫だろう……と安心しているときだった。
「じゃ、次アタシね」
「え」
隣の双咲が、なんだかやる気な顔で服を選びだしていた。
思わず上げた声に反応した彼女はぐるりと振り返りこちらを睨む。
「何その反応。まさかヒカリには『感想』を言えて、アタシには言えなかったりしないわよね?」
「アリサちゃんのオシャレしてるとこ、私も見たいな!」
「任せなさい。弘法筆を選ばず、ってね」
もう「せ」と「そ」しか残って無いぞ……!? と戦慄する俺の前で選手交代、今度は先ほどまでのイベントの双咲バージョンが始まった。
「まずは軽くね」
試着室が開き、金髪のツインテールが揺れる。
双咲はタイトなデニムにふわっとしたシルエットのブラウスでスタイルの良さを強調、竹短めのジャケットを袖を通さず羽織ることで統一感を演出。
「羽織ってんのがセンスあるな~……」
「分かってるじゃない」
判定、セーフ。
「こういうのは?」
ショートパンツが隠れるくらいのオーバーサイズのパーカーを纏い、首にチョーカーで地雷系っぽく。
「それも似合っててオシャレだな~……」
「ふん、まあ当然よね」
判定、セーフ。
だが俺の必殺アイテム「さしすせそ」は全て消費してしまった。再び「さ」から……というのも考えたが、同じことを繰り返せば流石にバレてしまうだろう。そうなれば今までのセーフが全てアウトに変わってしまう。
頼むここで切り上げろ! という俺の願いも空しく。
「次は本気で行くわよ」
とやる気がメラメラの表情で双咲が笑った。マズい、なんとかしていい方法を……と考えたのも束の間、今日だけで幾度も酷使された試着室のカーテンが開く。
「どう? イイ感じでしょ」
そう言いながら現れた双咲の格好は……大胆に肩を出したワインレッドのセーターに細かいチェックの入ったロングスカートを合わせ、肩からは小物として黒いバッグ、どこから持ってきたのか厚底のヒールブーツまで履いている。試着室から出たその瞬間にデートが始められそうだ。
「すっごくカワイイよアリサちゃん! ね、エイトくんっ」
隣の九瀬に同意を求められるも……俺はそれどころでは無かった。
「(えーっとどうするどうするヤバイマズいなにも思いつかない――)」
リアクション待ちの女子2人を前に、戦闘中レベルで高速回転する思考。そして俺はその答えに辿り着く。
さしすせそ、「そ」の次、そ、そ……分かったぞ! 「そ」の次は「た」だ!
「た、楽(たの)しそう、だな……」
……1秒、2秒。沈黙が降り。
「……はぁ?」
判定、アウト。俺の閃きは、あえなく失敗に消えた。
「違(ちが)ったか……!」
「違うに決まってるでしょ。いったい何が言いたかったのよアンタ」
「つまり天才的(てんさいてき)で特別感(とくべつかん)があると言いたかったんだよねウン」
「そ、そう。……それにしてもなんかおかしい気がするけど、まあいいか」
ふぅ、なんとか切り抜けたな……あと「たちつてと」は駄目だな。もう二度と使わないようにしよう。
俺が「生き残った……」って感じの顔をしている時だった。
ずっと握っていた手が離れる。
「あれ、どうしたナナ子。トイレか?」
見れば、一連のやり取り中ずっと空気だったナナ子が九瀬・双咲の方へと歩み寄り……そして口を開き、言う。
「わ、わたし、も……やって、みた、い」
パーティーに凄まじい衝撃が走った。
固まる俺に対し、女子2人の再起動は早かった。
「勿論! 私たちに任せてナナちゃん!」
「実に面白い素材、腕が鳴るわね……! いいことナナ、アタシたちの全霊を懸けて、アンタを世界一のお姫様にしてやるわ!」
今日イチのやる気を滾らせる女子2人は、とんでもない熱気を放ちながらナナ子の為に店中の服を集め出す。そんな彼女らを棒立ちで眺めながら、俺はぽつりと一言。
「ナナ子、おまえも『そっち側』なのかよぉ……」
仲間だと思ってたのに裏切られた気分だ。残念ながらファッションの楽しさが分からないのは俺1人だけらしかった。てか次感想を求められたらどうしよう……たちつてとの次だから「なにぬねの」でいくか? いや上手く行く気がしねぇ……。
と、そうこうしているうちにナナ子が試着室に放り込まれる。着付け役として服を選んだ方も一緒に入るシステムになったらしい。
白いワンピースに麦わら帽子で少女っぽさをアピール。
かと思えばピンクのフリルが山ほど付いた黒いゴスロリ衣装だったり。
雰囲気を変えて、スリットの入った大胆なスカートに暗めのトップスで大人っぽく。
「ナナちゃん超可愛い! こっち見てー!」
「良いじゃない良いじゃない、意外と色んな服似合うじゃない……!」
なんだか滅茶苦茶にテンションが上がっている女子2人によって、試着室のカーテンが開いたり閉じたり。俺の意見など挟む暇もなく、ものすごい速度でナナ子が着せ替え人形にされていた。
「……つ、つか、れた……」
場の流れで2人とペアルックの服を着せられたナナ子が、試着室の床に膝を付く。ナナ子は異能の強さこそ星五級なものの、素の身体能力は貧弱そのものなので体力がついていかなかったのだろう。
「ご、ごめんナナちゃん、やりすぎたっ?」
「不覚、つい楽しくなってやめどきを見失ってしまったわ……ごめんなさい」
「だ、いじょう、ぶ……」
何らかのキャラクターがプリントされたTシャツ、九瀬と双咲と同じのデザインのを着せられたナナ子は、それの裾を引っ張りながら白い瞳で俺を見る。
「かげ、みや。にあ、う?」
一瞬だけ「な」から始まる言葉が口から出かけて……思い直した。思い付きのメソッドを呑み込んで、素直に思ったことを口にする。
「……ああ、似合ってるよ。2人に仕立ててもらって良かったな」
「う、ん……うんっ。あり、が、とう。くぜ、そうざき」
2人に感謝するナナ子を見て、それに笑顔で応える2人を見て……俺の口角も自然と上がる。
「(こうして見ると姉妹みたいだな。だったら俺は3姉妹の兄か? ……いや、流石に自惚れすぎか)」
誰かの笑い声が聞こえる。人の息遣い、明るい空気を構築する喧騒。その中に、目の前の3人の笑い声も、俺の微笑も含まれていて。
ショッピングモールの中に広がる『平和の空気』は、今やすっぽりと異能者である俺たちをも覆っていた。
――嗚呼、悪くない。
素直にそう思った。休日に付き合わされたことも、外出権を使ったことも、振り回されたことも……悪くない。少なくとも、学園で上手くならない刀を我武者羅に振り続けるよりかはずっと楽しかった。
「「……」」
と、我に返れば俺を見つめる五つの瞳。
「な、なんだよ」
「あ、えっと……声を上げて笑ってるエイトくんが珍しくて」
「は? 俺今、笑ってた? 声出して?」
「う、うん……」
九瀬がマジでツチノコでも見たみたいな目で見てくるので、そのことが本物だと分かった。そうか、俺は笑ってたのか。
「……そっか」
悪くない。本当に、悪くない気分だ。
と、そんな俺に詰め寄る影が。
「さて。それじゃ次はアンタの番ね、エイト」
「は?」
双咲が俺を見ながら試着室を指さしていた。「次」? 「俺の番」?
「そりゃどういう――」
「決まってんでしょ。ヒカリもアタシもナナもやったんだから、次はアンタが着飾る番よ」
……はい?
それはどういう理屈だと問おうとしたとき、俺は気付いた。3人の……主に2人の目が異様にギラギラしていることに。
「さあ、どっちが良い? 自分で服を選んでもいいし、アタシたちに委ねてもいいわよ。……一度メンズファッションのセンスを試してみたかったのよね……!」
「エイトくん、わ、私も協力できるよ!」
「……かげみや、がんばって」
おい、俺に味方は居ないのか。
「ちょい待て、俺は生まれてこの方オシャレなんてしたこと無くてだな……!」
「だったら猶更やらなきゃダメじゃない! 人間は着飾るために生きてるのよ!」
「は、初めて……エイトくんのハジメテ……」
「ちょ待て、落ち着け!」
極めて何か身の危険的なものを感じるんだが! と全力で抵抗していたら、不意にぞくりと悪寒が背中を刺した。モールの中から響く悲鳴。
「なんだ――」
振り向いた視界には……黒く染まった空と、空気を汚す漆黒の瘴気。
瘴気災害!? と全員の脳内に電撃が走る中、俺の制服の内ポケットに入れていたスマホが警報音と共に通信を流す。
『瘴気発生。瘴気発生。魔塵による襲撃です。多数の死者が出る恐れがあります。予測危険度は三。星三等級以上の生徒は、速やかに現場に急行してください。繰り返します──』
緊急事態……この場合星の上限はない。つまりこの場の4人全員が、この緊急任務に強制参加だ。
俺たちは素早く意識を、休日のそれから戦闘モードに切り替える。
「仕方ないよね、行こう……! エイトくんは先行して状況把握、アリサちゃんとナナちゃんは後衛でサポート! 私は現場付近の状況を放送部に確認しながら追従する……!」
「了解!」
「わか、った」
リーダーの素早い指示に従って、俺は即座に店外に出る。別に妖怪ファッションモンスターから逃走できてラッキーとかは思ってない。断じてない。
「〈
徒手居合の構えから剣を作り出しながら、俺は見えた魔塵に斬りかかる。
「折角の休日を邪魔しやがって……てめえらに永遠の休暇をくれてやるよ!」
怒りと恨みと、あと勇気とか正義とか絆とかが籠った一刀が休日のショッピングモールに炸裂した。
◆
夕焼けの帰り道。
封鎖され人混みが押し寄せるショッピングモールから出た俺たちは、疲労感を隠さずに帰路を歩く。
「事後処理とか諸々してたら終わっちまったな、日曜日……」
「そうだね……」
あの後、魔塵を倒して瘴気を
「そういえば。エイトの私服見そびれたわ」
「あ、そういえば!」
「……よくそんなこと気にする元気あるなおまえら」
なんだか若干2名が復活していた。いや九瀬、おまえさっきまで超疲れてたじゃん。何故そんな超速度で回復した?
そんな俺の視線をよそに、2人はやにわに盛り上がり……双咲が俺に問いかけてうる。
「あの店、アンタに似合いそうな服沢山あったのに。てかエイト、アンタ普段の私服どんな感じなの?」
「は? 持ってねえよそんなの」
「「!!!???」」
なんか2人がとんでもない顔で驚愕していた。仲いいなおまえら。
「そんなに驚く事か? 学園生徒なら普通だろ?」
「いや、アンタがおかしい」
「そうだよエイトくん、私服無しじゃ人は生きていけないよ!?」
「いや俺死んでないが……ナナ子もそうだろ?」
繋いだ手を揺らしナナ子に問いかければ。
「う、ん……ほかは、くろいのが、ひとつだ、け」
「「!!!???」」
「その顔ヤメロ」
やはり俺・ナナ子と九瀬・双咲では価値観に大きな差があるらしい。なんだかなあ、と俺が頭を掻いていると、九瀬が何でもないように言う。
「それじゃ、『次』はエイトくんとナナちゃんの服を選ぼうの回だね」
その言葉に、俺は咄嗟に何も返せなくて。
「良いわねソレ。アタシのセンスの真髄を見せることになりそうで腕が鳴るわ」
「なんでおまえら自分の服を選ぶ時より楽しそうなんだよ……」
力なくツッコミを入れつつも……俺はまた、疲れた体に反して少し笑っていた。
『次』か。いつ死ぬか分からない俺たちがする、未来の約束。それもまた悪くないと、そのときは素直にそう思って。
「ま、じゃあ『次』な。次までに俺も多少勉強してくるよ」
「わたし、も……たの、しみ」
「うんっ、またこの4人で遊ぼうね!」
夕焼けの帰り道。4人は並び立って帰途を往く。
交わした約束が決して叶うことは無いと知らずに、ただ永遠に続くような今だけを抱きながら微笑んで。
それは、まだ影宮エイトが『死亡』していない過去の事。
今はもう思い出の中にしか存在しない、無垢に無邪気に笑い合った幸せな記憶のひとかけら。
評価・お気に入り・感想・誤字報告等の応援、重ね重ね本当にありがとうございました。