【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<1> 四方山ヒナタ

 青空を汚すような細い瘴気の雲たちが、晴天を不気味に彩っている。

 そんな空を見上げた俺、影宮エイトは、瘴気の隙間から降る陽光に目を細めた。

 

「(随分瘴気が薄いな……)」

 

 確か昔習った知識では、空を覆う雲の量が8割を超えると「くもり」だとか。その基準では、今の空は間違いなく「晴れ」だろう。瘴気の黒は空の青さに負けていて、それを汚しきれずに弱弱しく漂っている様は、どこか滑稽で清々しかった。

 

 ここは旧都、23区内。

 通常ならば昼夜すら分からなくさせる分厚い瘴気の暗雲は、しかしこの街にまで入り込めては居なかった――即ち、ここ東凶湾(とうきょうわん)スラムには。

 

「(瘴気を晴らせる異能者は激レアだ。スラムに居るとは思えない……ってことはやっぱ場所、なのか。にしたって薄すぎる気もするが)」

 

 10年前、突如として現れ人類を襲った大災害、瘴気(しょうき)魔塵(まじん)

 今も続く瘴気と魔塵の侵攻の足――気体及び半気体の彼等は、しかし人と同じようにひたすら内陸部を目指している。そして国防三校(こくぼうさんこう)こそがそれを押しとどめている防波堤である……そう、国防学園は「三校」。四角形、旧都を囲む包囲網を作るには辺がひとつ足りない。

 だがそれでいいのだ。何故なら瘴気と魔塵は、四つ目の方向――東凶湾(うみ)側には積極的に侵攻して来ないのだから。

 内陸部が好みなのか、それとも海は苦手なのか。理由は不明瞭だが結果は確か。よって国防三校は海上を守る必要が無く「三校」のままで、辺の欠けた四角形を作って旧都を包囲しているという訳だ。

 

 そんな辺の欠けた場所、海沿いに作られたのがこの、俺が今居る街である。

 

「(ここまで瘴気が薄いなら瘴気に耐性の無い非異能者でも問題なく生きていける。理屈はそうだが……本当にあるとはな、魔塵の領域でありながら人が暮らせる場所――東凶湾(とうきょうわん)スラムが)」

 

 存在は知っていたものの、実際目にするまで半信半疑だったのは、学園に所属した8年間で育てた旧都への恐怖故か。心のどこかで思っていたのかもしれない。「旧都内で人が生きていけるハズが無い」と。

 だが、目の前に広がる景色はどうだ。

 

 往来を行く人、人、人。

 道脇には露店含めた店の数々。その二階には洗濯物を干す人影。

 海辺に浮かんだ巨大な船の数々に、その間をすり抜けてくる小さな漁船たち。

 ぽっぽーと遠くで鳴る船の汽笛。今店から出て来た黒スーツの厳つい集団。その向かいには異能者なのだろう学生グループが楽しそうに会話している。

 

 確かに、広がる光景は現代日本とは思えない。どこかの発展途上国か、あるいは戦後のようだ。

 それでも確かにここは「街」だった。スラムなどと呼ばれているがとんでもない、往来には活気があり、道脇の露店では今正に商売が成立している。

 人が生きている、息づいている。

 そんなことを思わされていると、ふと前を歩く男、さっき出会った即席の案内人が海上を指さした。

 

「ほら、あれが『組合』の船だ」

「コンテナ船……ですか」

 

 『旧東凶港異能者組合』――目的地はどうやらアレらしい。錨を下ろして接岸している、そして船上に上がるためのタラップが付いている所をみると、「船で行く」のではなく「船そのもの」が『組合』なのだろう。

 貨物船の一種、コンテナ船。見上げる程に高く、見切れる程に大きい船は、その甲板に色とりどりのコンテナが乗って居る。というより現在進行形でコンテナが積まれて行っている。

 東凶港名物でもあった巨大クレーン、赤白のソレがしているのは――。

 

「別の船の積み荷をあの船に移動させてる?」 

「ああ、『組合』に食料品とかの生活物資を渡してんだな。組合の船は倉庫的役割もあるが、アレは取引だろう」

「取引、というと……異能ですね」

「話が早いな。ま、異能は組合の商品みたいなもんだからな。実際便利なもんだよ異能は。運んだり護ったり保存したり……この街じゃ食料の次に価値がある商品かもねえ」

 

 まあそうだよな、と内心で同意する。

 異能というのは「なんでもできる」。数が揃えば猶更だ。戦力でありながらエネルギー源にも転用できる超複雑な特殊人的資源。

 

 それを「戦力」として運用せざるを得ないのが国の現状だ。瘴気と魔塵は強く、また神出鬼没であり、被害を抑えるためには異能者の総動員が不可欠だ。

 

 だが、この街はどうやら違うらしい。

 案内人が言う異能の評は「便利」。瘴気・魔塵の脅威度が高ければそうは言うまい。

 

「(――やっぱり、この街は奴らに襲われないのか)」

 

 全く襲われない、というのは余りにも楽観的だが、それでも襲撃頻度も危険度も国防学園――内陸部に比べれば低いのだろう。

 

 そこまで考えて、俺はふと気になっていたことを口にした。

 

「……なんだかやけに見られているような気がするんですが」

 

 そう。

 この街に来てから、なんだかやけに人目を集めている気がするのだ。具体的にはすれ違う人たちにじろじろ見られている気がする。

 そんな不安を口にすれば、案内人の男は当然とばかりに頷いた。

 

「そりゃそうだろう。確かにこの街じゃ怪我人は多いが、あんたみたいに若くてそこまで酷いのは中々お目にかかれんからな」

「……髪とか外套(マント)とかで隠してたつもりなんですけどね」

 

 見られている原因は、傷、だろう。

 隻腕に隻眼――右腕の肩から下と右眼の全欠損――それが俺の体の現状だ。実際はもっと酷く、服の下では完治していない無数の傷口を瘴気がひとりでに塞いでいる。それらの負傷は旧都内の戦いで負ったものだが……まあその話はいいだろう。

 それにしたって隻眼は制服を破って作った眼帯で、隻腕は旧都内放浪中に拾ったぼろ外套(マント)で隠していたのだが、スラムの住人にはバレていたらしい。

 

 何となく外套(マント)を左手でズラし、より右腕側を隠せるようにしながら、俺は案内人の後に続いて『組合』に繋がるタラップを踏んだ。

 

 

 

 

【Tips】

《異能 (い・のう)》

 瘴気を一定量以上吸い込んだ未成年にのみ覚醒する、この世ならざる法則を持つ力のこと。また異能に覚醒した者は瘴気の影響によってか身体能力や五感も強化される傾向にある。

 異能には三つの性質「近接」「遠距離」「補助」と八つの属性「炎」「氷」「水」「風」「土」「雷」「光」「闇」があり、星一~五で強さが判定される。

 

 

 

 

 東凶湾スラムにはふたつのエリアがある。

 その名も「港町」と「船街」。

 「港町」とはその名の通り、東凶湾スラムの陸上の部分。薄い瘴気の漂う、発展途上国を思わせる汚れた街だ。

 そして「船街」は……海上に浮かんだ船たちを繋ぎ合わせて作った、ほぼ瘴気の匂いがしない比較的綺麗な居住区のことである。

 

 そんな船街の一部、組合拠点でもある巨大貨物船『いさな』の船長室。

 案内された先で待っていたのは、ラフな格好をした茶髪の男性だった。

 船長室備え付けのテーブル前に座っている状態でも分かる背の高さ。体格も良く、広い肩幅とがっしりとした肉付きの良さは栗毛の熊を思わせた。僅かに揺れる船上でも、その姿勢と視線は巨木のようにびくともしない。

 

「(この人が『旧東凶港異能者組合』のトップ、銅山(どうやま)イサオか)」

 

 「いさな」と「イサオ」、テストに出るなら「いさ」繋がりで憶えられそうだな、なんて学生気分が抜けきらないことを思いつつ、俺は椅子の横に立つ。

 と、ここで銅山イサオが俺が入室してから初めて口を開いた。

 

「ああ、座って座って。細かい礼儀とか気にしないでよ。僕もまだ若いからね、友達感覚でお話しよう」

 

 ……随分予想と違う第一声だった。

 20代前半、といった具合の銅山は、図体に似合わない気の抜けた笑顔で着席を進めて来た。熊は熊でもゆるキャラの方だな、と何となく思いつつ、俺は言われた通り椅子に着席する。

 それを見た銅山は笑って頷き、机の資料に一瞥もくれないまま問うてきた。

 

四方山(よもやま)ヒナタ君、だったかな」

「はい」

 

 我ながら淀み無く返したつもりだったが、しかし銅山イサオは顎髭を触りながら唸った。

 

「うーん……」

「……何か問題が?」

 

 問題はある。それは俺の本名が『四方山ヒナタ』ではなく『影宮エイト』だということだ。

 四方山ヒナタは偽名だ。俺が今着ている災玉国防学園の制服、その元の持ち主の名を借りた。怪しまれた時制服のバッチに刻印された『四方山ヒナタ』の名前を出せるので、まずバレることは無いだろうという算段だ。

 偽名を使ったのは『影宮エイト』の生存を学園に悟らせない為。生存を知られれば間違いなく連れ戻される……それは感情的にも嫌だし、何より()()()()()()()()

 だから、少なくとも数年は『四方山ヒナタ』で通すつもりだ。自分の名前を捨てる覚悟はまだないが、最悪戸籍の名前もそれでいいとは思っている。

 

 だが、それは俺の都合。

 相手からすれば、偽名を名乗られるなど信用を損なう最たるものだろう。

 名を捨てる覚悟とはまた別の覚悟を固めだした俺に対し、何かが引っかかった様子の銅山イサオは。

 

「いや、『ヒナタって感じに見えないな~』って思っただけでね。ああゴメン、失礼だったかな」

 

 ……。

 これはどっちだ。偽名に気付かれ暗に指摘されているのか、それとも本当に()()()だけなのか。

 何となく後者の気はしつつも、俺は少し迷い、唾を飲み込んで言葉を返す。

 

「……いえ、大丈夫です。それに偽名なんて、この街(ここ)じゃ珍しいことじゃないでしょう」

「それもそうだなぁ。よし、面接をしようか」

 

 やはり後者、だろう。

 ……俺も暗に「偽名を名乗っていますが問題ないですよね」と問うたのだが、こうもあっさりと返されると流石に拍子抜けだ。だがまあ、偽名を理由に落とされたり敵対することは無さそうで少し安心した。

 掴み所が無い、というよりは余りに裏表がないのだろう男は、やはり面接とは思えないフランクな口調で。

 

「君、星いくつだい?」

「……星三級です」

「ほう、星三。異能の種類は?」

「……学園で使われていた基準では『近接・物質生成』と。属性は闇です」

「ほう、ほほ~う」

「……」

 

 メモを取るでもチェックリストを埋めるでもなく、ただ顎髭をさすりながら唸る銅山。

 学園の教師陣には居なかったタイプだな、と思いつつ、俺もその()()()流儀に合わせる為に立ち上がる。

 

「実演します。そっちのが話が早い」

 

 そして俺は残っている方の手、隻腕の左手を前に出した。

 

 ――俺の異能は徒手居合など、両手を使った構えから武器を出すのが基本だった。

 だが今の俺は片腕、かつての利き腕である右手を戦闘で失い、徒手居合を含めた構えが取れなくなっている。

 それは『代償(リスク)』だ。

 片腕という代償が、異能を「構え」という縛りから脱却させた。

 

 左手に集中して瘴気(オーラ)を集める。

 

 限界強度:決定。

 仮想元素:構築。

 武装設計:流用。

 全構造──形成開始。

 

 来い――影刀(えいとう)月景(つきかげ)

 

 空を裂いて現れしは漆黒の刀。光を飲み込む艶の無い姿は、まるで虚像(かげ)実体(かたち)になったかのよう。

 その虚構(実在)なる一刀を目の前の男に見せながら、俺は目の前の男に説明する。隻腕隻眼でも戦えるという意思を込めて。

 

兌瘴暗器(ダークメイカー)。知っている武器を劣化再現する異能です。暗器から飛び道具まで色々作れますが、(代償ナシなら)剣はなまくら、銃はゴム弾並み……と、まあそこそこの異能です」

 

 フッ、と腕の降りと共に刀を消し、俺は再び着席した。

 説明の通り、兌瘴暗器(ダークメイカー)は大した異能ではない。星四級や星五級と比べると戦車の前の拳銃みたいなものだろう。

 だが、一応この異能には隠し玉もある。あるのだが……不用意に晒す気は無かった。

 

 俺に野心はない。食っていくために仕事は欲しいが、無駄に危険なポジションには収まりたくないのだ。何故なら俺には野心と同様に、危険なポジションで生き残れるような秀でた実力もないから。

 ……思い上がりは死に繋がる。俺が生き残って来れたのはそのことを知っていた体。それに比べれば過小評価されることなど屁でもない。

 よって俺が望むのは常にローリスクローリターンなポジション、ここでは「ギリギリでの採用」だ。

 

 まずは微妙な手札を晒し、相手の反応を見極める。採用基準を満たせていれば後は自虐で大したことないヤツだと印象操作し、採用基準を満たしていなさそうなら異能の真価を見せて評価を上げる。

 俺が8年間学園で培った手応えでは、今の情報だけなら採用基準ギリギリと言った所だろう。異能の真価(ジョーカー)は「ギリギリ駄目」ならすぐ晒し、「ギリギリOK」ならそのまま伏せる。

 果たして拮抗した天秤はどちらに傾くのか……俺がそう注意深く観察する前で、説明を聞いた銅山は。

 

「――そこそこなんてとんでもない! 君、是非組合に加入してくれ!」

 

 ぱぁっと輝くような笑顔で、お世辞の気配など微塵も無い大歓迎の言葉を口にしたのだった。

 

 ……8年間の経験もどこへやら、天秤は拮抗してなど居なかったらしい。

 

 まったく予想外の言葉に対し返答に窮する俺の様子を何と捉えたのか、銅山は胸襟を開いて――というには最初から開き過ぎだが――語り出した。

 

「……実は組合は人手不足でね。星三級で戦闘タイプは即戦力だ。ぶっちゃけ言うと超欲しい」

 

 栗毛の熊じみた大男は、その威圧感に似つかわしくない誠実な表情で真っ直ぐ俺の目を見ながら語る。

 

「組合は街の外周部に常駐して魔塵の監視することを主な仕事としている。あ、勿論入れ替わり立ち代わりのシフト制でね」

「(成程。学園で言う『旧都周辺哨戒任務』みたいなものか)」

 

 街に入るとき、バリケードのようなものが街の外周をぐるっと囲っているのを見た。転々と設置された見張り台も。あそこで街に魔塵が侵攻してこないかを見張るのが銅山たち『組合』の仕事なのだろう。

 

「正直、街に攻めて来る魔塵は少ないし、殆どが大して強くない。でも哨戒の人数は減らせないもんでこっちも人材不足でね……星二級以下や非異能者を見張りに立たせて、魔塵が来たら星三級を呼ぶって前提のシフトを組んでる時間帯もあるのが現状でさ。今はなんとか問題なく持ってるけど、この均衡がいつ崩れるかは分からない……要するに余裕がないんだよねぇ。そういう訳で即戦力の星三級は大歓迎なワケさ」

「(成程。まあ異能者自体数が多いもんじゃない、星三級以上の脱走者ってんなら猶更だ。食うに困らないってのはそういうことか)」

 

 ここは瘴気が薄い。街を襲う魔塵も散発的で弱体化しているのだろう。だがそれでも魔塵は魔塵、現代兵器を無効化する奴らの相手は異能者にしかできない。だからこそ組合はこの街で最も大きな船を拠点とすることを許される程一目置かれているのだ。

 そんな組合の生命線とも言える哨戒にある程度の余裕を持たせたいのは当然と言えた。

 

 だがそれは此方にとっても願ってもないことだ、と俺は思う。

 星三級が大歓迎というのは、恐らくだが襲撃してくる魔塵の強さは星二級以下――星三級なら確実に勝てる程度がメインだろう。ならば学園の旧都哨戒任務――星三級の集団侵攻や星四級の乱入が月1ペースであるクソ任務――よりもずっと危険度は低い。話しぶりからして襲撃頻度が高いとも思えないし、哨戒任務は俺にとって「ローリスク」の範疇に思える。

 

 いや、「思える」では駄目だ。

 

「……敵魔塵の強さと襲撃範囲を教えてもらえませんか?」

 

 面接での逆質問。普通の面接なら絶対にやらないが、今回なら。

 

「えーと、だいたい1日に1体くるかどうかってところかな。強さは、多分星二級? が一番多くて、星四級異能者3人がかりで倒したヤバいのが来たのは1回だけ、かな。多分あれが星四級魔塵ってヤツなんだろうけど」

 

 やはりと言うべきか、銅山は机の上の資料をがさがさと捲りながら答えてくれた。

 そう、相手はお堅い学園の教師陣じゃない。更に俺を高く買ってくれており加入して欲しい銅山の心理的に、情報を出し渋って断られるのは避けたいハズだ。本当に危険度が低いなら、それを素直に開示するだけで勧誘になる。

 実際、予測が裏付けられたことで俺の心はかなり傾いた。嘘をついているようには見えないし、情報が確かなら哨戒で俺が死ぬことはまずないだろう。

 

 ……ただ、一応念を入れておくか。

 

「ところで、銅山さんは星何級なんですか」

 

 一応だが、銅山の強さも知っておきたい。組合のトップ……星五級や星四級の上澄みなら俺とは感覚が違うだろうから、その場合は先の発言の信憑性が低くなる。出来る奴っていうのは往々にして出来ない奴の気持ちが分からないもんだ。テンカ姉しかりナナ子しかり双咲しかり。

 そんな意図での問いだったが、返って来た返答は予想外のものだった。

 

「ああ、僕は『ゼロ』さ。強さで言うと一か二くらいあるかもしれないけど、いやまあ多分ないんだけど、どっちにしろ魔塵退治じゃ星三級には遠く及ばないだろうなぁ」

「ゼロ……もしかして」

「ああ、()()()()()()――不完全異能者ってヤツさ」

 

 不完全異能者。

 異能者の中でも更に珍しいソレは、簡単に言えば「異能者のなりそこない」だ。

 

 瘴気が人間に与える力は大きく分けてふたつ。

 ひとつは「異能」……武器を作ったりビームを撃ったりする、異能者固有の特殊な能力。

 もうひとつは「身体強化」……こちらは純粋に筋力や感覚器官など身体能力を向上させる力。

 

 如何なるメカニズムか、瘴気を吸い込むことで「身体強化」は手に入れられたが、「異能」まで覚醒しなかった者を『不完全異能者』と呼ぶ。

 

 いや、「身体強化」が弱い訳ではない。膂力から瞬発力、反射神経まで強化される「身体強化」は強力だ。異能星三:身体強化ナシの異能者と、異能ナシ:身体強化星三の不完全異能者が戦えば、結果は分からないだろう。

 だが不完全異能者の問題は、()()()()()()()()()()()()ことだ。

 魔塵は半気体・半固体の生命体で、現代兵器など物理的な攻撃の効きが悪い。これは人の拳や刃物などでも同じだ。だからこそ奴らには異能、即ち同じ瘴気由来の攻撃が有効なのだ。

 あるいは魔鋼武器ならば異能の代替足りえるだろうが……魔鋼の加工ができる最新鋭の設備は、こんなスラム街には無いだろう。

 

 つまり不完全異能者は、組合の生命線である哨戒で役に立たない。

 そのことを問われたとはいえ素直にカミングアウトした銅山イサオに、俺は迷わず頭を下げた。

 

「すみません、無神経でした」

「良いんだよ。第一世代……歳が上ってのと雑用しか出来ないから誰もやりたがらないまとめ役をやってるだけだしねぇ。全然気に病まず絡んで来てよ!」

 

 崩れない気さくな声と態度……この人が組合のトップを張れている理由が分かった気がする。

 実際の実力はどうあれ、銅山イサオは尊敬すべき人物だろう。俺が内心そう思っていると、彼は待ちきれぬと言った具合に訊いてきた。

 

「それで、どうする? こっちとしては大歓迎だけど、決めるのは君本人だ」

 

 やはり裏表なく公平に、組合の長はこちらを見やる。

 

「偽名の星三級君……いや、四方山ヒナタ君。組合に入ってくれるかい?」

 

 その伸ばされた大きな手に、俺は少し悩んでから――。

 

 

 

 

【Tips】

《旧東凶港異能者組合 (きゅうとうきょうこういのうしゃくみあい)》

 東凶湾スラムにおける異能者組織の最大派閥。メンバーは異能者及び不完全異能者のみで構成されている。リーダーは銅山イサオ。

 街周辺の哨戒や行商人・漁師の護衛、拠点であるコンテナ船を利用した倉庫業などが主な仕事であり、スラムの治安維持なども行っている。街の住民からの評判は非常に良く、メンバーも若いことから食事を奢ってもらうこともしばしば。

 所属すると定期的に任務を与えられることになるが、東凶湾スラムでの生活で最も重要な衣食住の確保は組合員になれば難しくない。街に流れ着いた異能者が所属するには充分すぎる組織だろう。

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 タラップを踏んで「港町」に戻った時、ようやく地に足がついた感覚がした。実際船に慣れていない身では、波に揺れる船上はどうも落ち着かない。ざざーんと打ち寄せる波にもびくともしないコンクリートの埠頭、その安定感は俺に安心を与えてくれる。流石は母なる大地ということなのかな。

 

 さてこれからどうするか、と港町を歩き出したとき、唐突に声をかけられた。

 

「おい、ちょっと顔貸せよ」

 

 振り向けば、そこには3人の男の姿。

 伸びた髪を染めたり、逆に模様入りに刈り上げたり……服装もアロハシャツの上から着崩した白スーツ、タンクトップの上に革ジャンなど、分かり易く不良じみていた……いや、彼らの年齢を考えるとチンピラ、あるいは半グレとでも呼ぶべきか。

 こちらを取り囲んで来た3人組は、そのまま「ついて来い」と俺を路地裏まで誘導する。周囲の人間も可哀想なものを見る目でこちらを見ているが、助けてくれる気は無さそうだ。

 ふぅ、と溜息を吐きながら要望通りにする。街に来たばかりの身だ、こんな往来で事を荒立てるのは良くないだろうしな。

 しばらくして路地裏に入り込み、更に角を2回ほど曲がって完全に表通りが見えなくなってから、チンピラのひとりが口を開いた。

 

「オマエ異能者だろ? 組合に入るのか?」

「……なんで初対面のあなたたちにそんな事言わなきゃいけないんですか」

「ウルセー、黙って訊かれた事に答えろ。オマエは国の奴隷学校から脱走してきて、また誰かの奴隷になんのかって訊いてんだよ!」

 

 ガンを飛ばして凄むリーダー格らしき金髪のチンピラ。ちら、と横を見れば、細い道の両脇は残りの2人に塞がれていた。

 俺は改めて金髪に向き直る。彼らの言動や恰好を考えれば、目的は。

 

「……成程、勧誘か」

「ああ。あんないい子ちゃんな組織でボランティアするよりよっぽど甘い汁が吸えるコトを教えてやるよ。そう、『悪こそがこの街の流儀』だってコトをな」

 

 金髪が悪辣に笑った。口元のピアスが鈍く光る。

 

 ……彼等の目的は勧誘。俺に目を付けた理由は、俺が『組合』に行く前に少し目立ってしまったから。つまり、俺が『異能者』だと分かったから声をかけて来たのだ。

 

 このチンピラたちからは暴力と悪徳の匂いはするが、瘴気の気配はしない。つまり彼等は異能者ではない。だがこの街には『組合』を始め異能者が沢山いる。

 要するに、彼等は異能が欲しいのだろう。自分たちの犯罪を助ける異能者の協力者が。

 

 しかし、異能者と分かってこうも高圧的に来るとは……どうやら俺は舐められているらしい。そりゃ隻腕隻眼の重傷者だし、チンピラたちにタッパもガタイも負けているが……。

 はぁ、と溜息ひとつを吐いて、俺は目の前の金髪男に言い放つ。

 

「悪いが、もう契約は済ませちまったんだ。今銅山さんが俺の新居を探してくれてる。それに……アンタらみたいなの下につくくらいなら、奴隷の方がずっとマシだね」

 

 下に見ていた者からの暴言。

 明らかに場の空気が沸騰する。

 

「テメエ!」

 

 襲い掛かって来たのは、目の前の金髪ではなく横合い、ガタイの良い刈り上げの男。

 いつのまにやらメリケンサックを装着していた筋肉質な拳が迫る――。

 

 ()()()()()()

 

 ドガ! と路地裏に音が響く。

 それは、人間が壁に激突した音。

 

 ずるり、と地面にずり落ちる刈り上げ頭。ぽかん、と仲間が崩れ落ちる様を見ているチンピラ2人。それらを前に、今しがた隻腕の拳を振るった俺は溜息を吐いた。

 

「……異能者の身体強化は、星三級相当でもオリンピックで金メダルを乱獲できるレベルだ。アンタら、格闘技の世界チャンピオンと喧嘩して勝てる自信があったのか?」

 

 いくら隻眼隻腕でガタイも良くない俺が弱く見えるからって、異能者には「身体強化」がある。常人の拳など恐るるに足らず……ボクシングで例えるなら、異能者と常人では「階級が違う」のだ。フェアじゃないし勝負になるハズが無い。

 それを抜きにしたって、こちとら8年間も魔塵との殺し合いを生き延びた身だ。こんな奴らに殺されるなんて、ありえない。

 

「まだやるか? 言っとくが、拳銃程度ならこの距離でも躱せるぞ」

 

 俺の全力の威圧をしかし挑発と受け取ったのか、チンピラたちは仲間が瞬殺された事実など忘れたようにやにわにいきり立った。

 

「テメエ……組合に尻尾振った犬風情が舐めやがって、ぶっ殺してやる!」

 

 そう言って金髪が懐から取り出したのは……ナイフでも銃でもなく。

 

「(……なんだ? 瘴気と同じ色の薬?)」

 

 それは一見して錠剤に見えた。

 瘴気と見紛う程の漆黒の錠剤。それを金髪は迷いなく口に入れ、ばきりと噛み砕いて嚥下する。

 

 瞬間――ずあ、とチンピラの全身が瘴気を纏った。

 

「(急に……!? コイツ異能者だったのか!? そんな気配はしなかったぞ!?)」

 

 薬に関係する異能――? と予想外の展開にあっけに取られた俺を前に、チンピラは口からどす黒い瘴気を吐きながら叫ぶ。

 

(ゴロ)ス!!」

 

 ――速い!

 男の突進、その速度は明らかに常人の域を超えていた。

 俺と同程度の身体強化――咄嗟に体が反応し、俺は異能を発動する。

 

 兌瘴暗器(ダークメイカー)――影刀(えいとう)月景(つきかげ)』!!

 

 虚空より呼び出した剣を振るい、反射的に突進を迎え撃つ。

 ざしゅ、と金髪男の胴を浅く切り裂いた斬撃により、鮮血が舞い互いの服を汚す。

 だが。

 

(いだ)ぐネエんダよォ!」

 

 浅いとはいえ刀に斬られたというのに、男は怯むことなく向かって来る。その動きはやはり異能者並に速い。

 大振りのタックルを躱し、すれ違いざまに背中を月景で浅く斬る。

 だがやはり金髪の動きは鈍らず、くるりとすれ違いこちらを追撃してくる。その黒く濁った瞳に理性の色は無く、ただ狂気的な殺意のみが爛々と輝いていた。

 

「(興奮(バーサーク)状態――身体能力の向上に痛覚の遮断! あの薬が原因か!?)」

 

 向かって来る金髪をいくら斬りつけても、蹴りで距離を開けても、構わず我武者羅に突進してくる。刀と素手のリーチ差を恐れもしない猛攻。

 これでは殺さず鎮圧するのは困難――。

 

 ――殺、さず?

 

 ずきり、失った右目が痛む。

 そうだ、痛覚が無い相手は生半可では止まらない。気絶してくれるかも分からないから、殺さない限り際限なく向かってくるかもしれない。

 なら、うん、そうだ。

 

 ()()()()()()()

 

 瞬間、俺の体は自分でも驚くほどの効率的に動いていた。

 

 闇、一閃。

 漆黒の一刀が路地裏にて閃き――ぼとり、と一拍遅れて何かが地面に落ちる。

 ぼたた、と更に液体が落ちる音が響いて……そこでようやく金髪男は気が付いた。今しがた地面に落ちたものが何なのか。

 

「あ、れ。おれの、腕?」

 

 金髪男の右腕、その肘から先は切断され、ゴミみたいに地面に転がっていた。ぴゅう、と断面から血が噴き出る。

 俺は刃を濡らす血を刀を振って払いながら、足の止まった相手の方に一歩踏み出した。

 

「突然の豹変には確かに驚いたが……冷静に見れば星三級相当の身体強化、それだけだ。硬い訳でも一撃必殺の特殊能力がある訳でもない。なら、異能と経験がある方が強いのは当然だろう」

 

 どさり、失血故か尻もちを付く金髪男。

 そんな彼を見下ろしながら、俺は月景の切っ先で無くした右腕を見せつけるようにして示しながら言う。

 

「ズルいとは言わせねーよ。なにせようやく条件は五分だ」

 

 ――腕の数も、殺す意思も。

 

 そういうつもりで言った発現だったが……どうやら俺はまた読み違えたらしい。

 

 瘴気を吐く金髪男、その目から去っていく狂気の光。がちがちと不快な音を立てる歯、立ち上がれないらしい震えた足。

 相手から殺意はとっくに無くなっていた。

 

「やっ、止めてッ」

 

 ずきり、失った右眼が再び痛む。

 その痛みに苛立ったのか、俺は思ったより随分乱暴な仕草でチンピラを壁まで蹴り飛ばした。どが! と硬いものがぶつかる音が響く。

 ずきり、右眼は際限なく傷む。

 刃を構えながら動きの止まった彼に近付く。一歩、二歩。

 ずきり、右眼は痛み続ける。

 三歩。もう彼我の距離は無い。

 ずきり、右眼が痛い、痛い――。

 怯える瞳を見下ろしながら、わざとらしく刃を振り翳す。

 

「何だっけか……そうだ。確か『悪こそがこの街の流儀』、だったよな」

「待っ――」

 

 ずきり。右眼の痛みは臨界に達し。

 静止を懇願する声は最早、処刑の合図にしか聞こえなかった。

 

 一閃。

 冷たく鋭利な闇が振り下ろされ。

 どちゃ、と金の飾りが付いた首が地面に落ちる。

 

 断頭の衝撃で尚倒れなかった体、首の断面から噴水のように噴き出る血が頬に二、三滴飛び、俺はひどく不快になってそれを拭った。

 

「下らない。悪い方が勝てるなら、人類が魔塵に負けるハズが無いだろうがよ」

 

 転がった生首、こちらを向いたその死に顔さえも醜くて、思わずその頭をどかりと蹴り転がす。生首は転がって下を向き、自らが出す血の海に溺れるように顔を埋めた。

 

「そこで自分の血でも吸ってろ。お望みの甘い汁とは程遠いだろうが、そっちのがアンタにはお似合いだ」

 

 さて――問題はもうひとり。

 チンピラは3人。1人は最初に殴って気絶させ、1人は今斬首して殺した。今まで襲い掛かってこなかったが、もう1人はどう来るのか……。

 

 じろり、路地裏を振り向けば――。

 

「な」

 

 ――死体。

 ()()1()()()()()()()()()()()()()

 屋上から伸びる長いロープ、それに首を吊られた男が、壁に張り付いて死んでいる。涎と血と舌を口からだらしなく漏らし、紫色の顔に苦悶の表情を張り付けて。

 

「(自、殺……!?)」

 

 否。そんな訳がない。

 ロープは屋上から伸びている、あんなものはさっきまで無かったから、チンピラ本人に用意できるハズが無い。それに自殺の理由もない。仲間がやられていく様子が恐ろしかったのなら、恐慌状態で向かって来るかあるいは遮二無二逃げるハズだ。

 ――殺人。そう、これは殺人だ。誰かの異能による殺人。

 

 そこまで辿り着いたとき、

 

 ぱちぱちぱち、と、

 

 背後から拍手の音がした。

 

「素晴らしい。『ミアズマ』使いを相手にするのは初めてだろうに迷いの無い手際、実に素敵な殺人だった」

「――!」

 

 振り向けば、そこに居たのは女。

 

 ――余りにも場にそぐわない格好をした女だった。

 

 着ているのは、そのまま夜会に出れるような上品なドレス。すらりと長い脚の先にはガラスの靴。

 半透明の灰色のヴェールを頭からすっぽりと被っており顔は半分以上隠れているが、それでも彼女が若いこと、そして美しいことだけは分かった。

 ドレスを着た若い女……その姿に見惚れるには、少々路地裏は不適当すぎた。人物と背景のミスマッチさが強烈な違和感となって俺を襲う。

 違和感は即ち警戒へ。

 

「……誰だ」

「『灰かぶり』。聴いたことはないかな?」

 

 硬い声で問えば、返って来たのは気取ったような余裕たっぷりの女の声。

 反面、俺の体は強張った。その名に覚えがあったからだ。

 

 俺は8年間、取るに足らない星三級異能者として国防学園での生活を生き延びた。その過程で嫌でも用心深くなった。

 だから、頭に叩き込んでいたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()。そして『灰かぶり』と言えば、忘れたくても忘れられない、その中でも段違いの――。

 

 灰色のヴェールの下、硝子(ガラス)玉じみた碧眼が哂う、嗤う。

 

「テロリスト『夜明けの団』リーダー、星五級賞金首の『灰かぶり』だ。よろしくね、()()()()()クン?」

 

 当然のように俺の本名を言い当てた女――星五級の超危険人物は、演劇じみたわざとらしいカーテシーと共にそう名乗った。




【Tips】
《賞金首 (しょうきんくび)》
 国が危険な魔塵・異能者に賞金を懸け、積極的な討伐を促すシステム。賞金首も異能者と同様に危険度に応じた星等級が与えられる。
 魔塵の場合、例外的に『異能』を持つ個体に名前が与えられ賞金首とされることが多い。その際異能の詳細が判明していれば異能自体にも命名が為される。
 人間の場合、テロリスト等反社会的な行動をする異能者がこれに認定される。本名が判明しない場合、起こした事件に関連する二つ名を与え仮称することもある。
 「賞金首イベント」は多額の報酬ゲットのチャンス! 難易度は高いが定期的に開催されるので、積極的にチャレンジしていこう。
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