【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
<0> prologue or ...?
『
それは10年前、突如として世界を襲った黒い霧。
各国の主要都市を覆った瘴気は有毒であり、更に『
しかし世界は滅びなかった。瘴気を吸った人間の中に、魔塵に有効な未知の力を扱える者が現れたのだ。なぜか成長期の少年・少女しか得られなかった力『
そして現在。
異能を用いて瘴気の侵略に対応する『
学園の名は『
◆
今も尚黒い霧に覆われた旧都・
ビルの上を一人の少年が駆けていた。
駆ける。ビルの屋上、その
ビルの高さは10メートル以上。足を踏み外せば大怪我では済まないだろうその蛮行を繰り返す少年に、しかし恐れは見受けられない。人間離れした身体能力を見せつけるかのように、その体は真昼の街の頭上を跳び越す。
そんな彼が見据えるのは少し先。
少し開けた区画の中、黒い霧がドーム状にその建造物を覆っている。
『瘴気発生。瘴気発生。魔塵による襲撃です。多数の死者が出る恐れがあります。予測危険度は三。星三等級以上の生徒は、速やかに現場に急行してください。繰り返します──』
「ちィ、星三か……俺がバックレられない中で一番キツイやつじゃねーか!」
片耳に挿したインカムからの
「それよりこれ、特別手当出るんだろーな! こちとら
あえてマイクはオンにせず、悲しい愚痴を街の空に吐く。
少年は学生制服を着ていた。着崩したブレザーの胸元で、三つの星がキラリと光る。
『──速やかに現場に急行してください。場所は、白芒一丁目・災玉県立第二高校』
指示された先は、既に眼前。
「ハイハイもう着きますよッ」
インカムの言葉を聞き終えたとき……少年は空に居た。眼下に広がるは街の情景──その中心にあるは、
「ちィ、俺が一番手かよ」
そこに同業者の姿が無いことに悪態一つ。
体を捻り、空気抵抗を極限まで減らす。落下する体は弾丸に。
そして彼は、両腕で居合の構えを取った。少年は徒手、帯刀すらしていない。居合の構えは構えだけで、何処にも刀など存在せず。
されど──彼の刀は、常にその手に。
「瘴気解放」
呟く。瞬間、少年の体は黒い瘴気に包まれた。
それは学校を覆うそれとは僅かに色が異なる、黒よりも黒い影の色。
少年の体が、瘴気溢れる学校の中空に突入。
途端に視界が黒に染まる。だがそんな瘴気に覆われて暗い世界で尚素早く、少年の目はグラウンド上にて
「──〈
合わせた腕の隙間から、漆黒の粒子がぞわりと溢れる。ソレは少年の内から発生した瘴気。世界を侵略する黒の霧より尚黒い、少年の武器たる影色の霧。瘴気同様掴めない気体のようなそれらはしかし、少年の『異能』によってかりそめの形を獲得する。
限界強度:決定。
仮想元素:構築。
武装設計:流用。
全構造──形成開始。
瘴気を含むことで超活発化したシナプスの人知を超えた働きにより、少年の脳内でコンピューターレベルの超速設計が行われた。初めに
そして設定した『設計図』に準備した『素材』を流し込むことで、少年の異能は完成する。
「来い──」
ずるり、と。影から這い出てくるように、少年の手中にてソレは形成された。
現れしは漆黒の刀。光を飲み込む艶の無い姿は、まるで
その
「──『
一閃。
黒い剣筋を世界に刻んだ斬撃が、人型魔塵の胴を両断した。
それがただの斬撃だったなら、『気体であり固体』である魔塵には文字通り霞を斬るような損傷しか与えられなかっただろう。しかし風が霧を晴らせるように、瘴気が形になった刀は魔塵を斬り裂く力を持つ。
結果、人型魔塵は胴両断という致命傷を受けて霧散を始めた。
「
この世の言葉ではない不気味な断末魔の声を上げながら、魔塵が風に攫われて消滅していく。多大な損傷を受け、世界の理に反する肉体を保てなくなったのだ。
1秒後にはもう、そこに魔塵が存在したことを表すモノはチリひとつとして無くなっていた。
それを確認し、少年は耳元のインカムに手を当ててマイク機能を起動する。
「あー、2年
『放送司令部了解。魔塵反応は残り5体です』
影宮、と名乗った少年は放送司令部女子の放った「残り5体」という言葉を聞いた瞬間、喉から出かけた悪態を必死に抑えた。そして無理矢理笑顔を作りながら、取り繕って尚硬い声音で問う。
「確認なんすけど、応援って」
『現在、即応範囲に生徒は存在しません。影宮さんは……星三級ですね。でしたら、そのままお一人で可能な限りの対応を要請します』
「まあそうなりますよねーハイ……影宮了解」
表情が届かないのをいいことに死ぬほど嫌そうな顔をしながら通信を切る少年。その手から影の刀がやる気と共に消えていく。
「はぁ……こっちは『星三』だぞ。『星五』の超人共と一緒にすんなっての。俺1人で対応して無駄に死傷者出たらどうすんだよ。学生の身で責任問題とか慰謝料裁判とか
ぶつぶつと文句を垂れ流しながら人の悲鳴と破壊音が聴こえる校舎の方へ向き直る少年だったが、その足が濃い瘴気に覆われた校舎の方へと踏み出されることは無かった。
背後から声がかけられたからだ。
「あ、あの……!」
「?」
振り向けば、そこにはグラウンドに座り込む女子生徒の姿が。腰が抜けたのか、立ち上がる様子はない。
少女は魔塵に襲われていた涙目のまま、砂まみれの頬や服を拭うこともせず口を動かす。
「あ、ありがとうございました! 助けてくれて!」
「……ああ、はい。まあその、仕事なんでね」
「その、バケモノに襲われてて、凄い怖くて、もう助からないのかもって思っちゃって……」
安心したのかぽろぽろと涙を溢す女子生徒に対し、少年は口の中で言葉を転がす。
「(いやーその、まだ魔塵掃討してないし安心されても困るんですケドも……放置して行っちまうか? 流石に人命優先だよなぁこういう場合。女の子泣かせても情状酌量の余地アリってもんだよな?)」
数秒で迷いを振り払い、少年は女子生徒に背を向ける。
「あ……」
「(その不安げな声止めてくれ! 罪悪感感じちまうだろ!)」
少年は内心で絶叫しながら、努めて落ち着いた声を出す。
「その、こっちも仕事なんでね。今から残った魔塵の退治を始めるんで、どっか安全そうな場所に避難していただけると──」
だが、言葉は続かなかった。
少年の前で瘴気が渦を巻くように濃くなり、凝縮されて形になる。それは気体であり固体、霧であり生命。瘴気が寄り集まることで、魔塵が現世に召喚される。それは少年の武器を作る異能の仕組みとよく似た現象だった。
体長3mほどの黒い人型魔塵が5体……否、その魔塵らは腕に相当する器官を延長、刃物のように変形させた。大人の身長ほどもあるその刃は人間など容易く両断するだろう。
心なしか圧力の増したその虚ろな目が、はっきりと少年を睨みつける。
「
トンネルを風が通り抜けるような不気味な鳴き声がグラウンド中に木霊する。その5体の異形を前に、少年の頬を嫌な汗が一筋流れ落ちた。
「……マジか。戦闘タイプの魔塵が5体……これ、どう見ても星四案件だろ……!」
悪態を吐く。肉体の一部に変形能力を持つ魔塵は戦闘タイプで、学園の決めた推奨対応等級は星四以上と定められている。それが複数体。
幸か不幸か、ゆらめく魔塵たちは此方を警戒するように油断なく身構えている。仲間の一体を少年に殺されたからだろうか……その目以外判別できない顔には警戒が、腕部が変形して出来た肉厚の刃には憎悪が乗っているような気がする。
「(さて、どうする……?)」
重心を落とし、再度徒手居合の構えで身構える。だが生存本能が無謀な応戦を躊躇わせ、いたずらな攻撃は流石に出来ない。
「(えーっと、確か星四ってのは……)」
膠着状態の中、少年は一年生の時に『瘴気研究学』の講義で習ったことを思い出す。
星等級とは異能者ごとの能力の強さを現す。星は一が最低で、数字が大きくなるほど評価が高い。基本的には五が最大だが……今重要なのは星三と星四の差の話だ。
簡単に言えば、星三級の能力者を『武装した軍人数人』レベルとすると、星四級とは『戦車一台以上』クラスの戦闘力である。
つまり、目の前には
「(うん、無理だ。コレは無理。今すぐ逃げよう)」
天秤は簡単に『逃走』に傾いた。魔塵は瘴気の濃い空間でしか行動できないから、学校の敷地外に出れば安全だ。罰則叱責は免れないかもしれないがそれでも死んでしまうよりはずっとマシだろう。
少年は全力で地を蹴り、学校の敷地外に離脱しようとして──。
「ケホ……っ」
ぴたり。足が止まる。
少年が背後を振り向けば、瘴気の毒で軽く咳き込む女子生徒の姿。
彼女は少年の視線に気付き、そしてその余裕の無い表情から何かを察してしまう。
「こほっ……あ、その、大丈夫、ですか? 勝てます、よね?」
咳き込みながら問うその言葉に、少年は思わず歯噛みした。これ以上表情を悟られない為に魔塵の方を向き直る。
「(クソ、クソクソクソ! なんでよりにもよって『学校』なんだよ! このクソ魔塵共、毎回毎回人の多い場所に湧きやがって……ッ!)」
少年は今更ながら思い出す。此処が『学校』であること。校内にまだ沢山の人間の気配があること。そして、己の後ろでへたり込んでいる女生徒の事。
少年は魔塵から目を逸らさず、硬い声で背後の少女に問う。
「……ッ、状況は」
「え?」
「避難の状況はどうなってる。校内の人間は避難したのか」
「えっと、多分まだ、です。魔塵は逃げ道を塞ぐみたいに襲ってきて……それより、本当に大丈夫なんですか!? 私たちは助かるんですよね!?」
思わず頭を抱えそうになり、何とか耐える。
「(どうする、どうするどうするどうする……ッ!?)」
先程まで最善の選択肢だと思っていた『逃走』、それを実行しようとした足が鉛のように重くなる。
逃げるということは見捨てるということだ。目の前の少女だけじゃない、この学校に居る全ての人間を見捨て、命の危機がある死地に取り残して自分1人だけ逃げ伸びる。
「(……クソが。なんで俺なんだ。俺は正義のヒーローでも心の無い悪党でも無いんだよ。ただ異能があったから学園に放り込まれただけ。上に従って命がけの任務をするのは、国に逆らって生きていけるほど強くないから。こんな状況で『見捨てないぜ!』って突っ込むことも、『悪いな雑魚共』って逃げるのも荷が重い、ただの異能が使える小市民なんだよ。それなのに……ああチクショウ、泣きそうだ……)」
ほぼパニックに陥りつつも、少しだけ残った冷静な部分が経験と知識から現状を判断する。
魔塵は瘴気の濃い場所での行動を優先する傾向がある。少年が逃げれば、後は救援が来るか『全滅』するまで学校内の一般人が虐殺され続けるだろう。
逆に言えば、彼がこのまま5体の魔塵を相手取れば、少なくともその戦闘中は一般人に被害は出ない。
「(現実的に考えろ。見捨てたことに罪悪感を感じれるほど俺は強くない、だって俺には、戦闘タイプの魔塵5体を斃す力なんて無いから。どのみちバッドエンド確定なんだから、誰も助からないよりは俺だけでも助かった方が良いに決まってる)」
冷静な分析が半分、自己弁護が半分の思考が纏まる。
そして少年は、恐怖に痺れる舌を動かした。
「……過度な期待されても、こっちは下っ端なんでね。この場の全員を救う力なんて俺には無い。助けられるのなんて1人くらいだ」
その言葉を聞いた女子生徒の顔が曇り──そんな彼女が何か言う前に、つまり、と少年は続ける。
「請け負えるのは時間稼ぎくらいっすよ。アンタ1人が逃げるまでの」
そして少年は刀を抜いた。虚無から引き出される影の刀を。その切っ先を魔塵たちに向ければ、明らかな敵意と共にその霧状の体が戦闘の為脈動し始める。
その異邦なるモノらの殺気を受けながら、少年は内心で呟いた。
「(……あーあ、言っちまった。俺のキャラじゃないだろこういうの)」
啖呵を切ったというのに往生際の悪い思考。その閉まらなさに己で辟易する。
死地に立ち、死神に挑むという愚かな選択をしてみたが、未だ死ぬ覚悟など無い。あるハズも無い。
「(だっていうのに)」
……だが、見捨てる覚悟はもっと無かった。
『見捨てず最後まで戦った』という事実が、どうしても欲しくなってしまったのだ。
だからしょうがない。そう自分に言い聞かせながら、少年は背後の女子生徒に言う。
「逃げろ。なるべく瘴気を吸い込まないようにしながら学校の外に出るんだ。それで助かる」
後ろで息を呑む少女。それは少年の声に込められた覚悟を感じ取ったが故か、それとも別の理由か。
名も知らぬ少女の無事を祈りながら、少年は刀を握る腕に力を込める。
「(でもまあいいか。簡単なトロッコ問題だ。救える一人が『俺』か『名前も知らない女子生徒』なら、こんなカッコ
無理矢理口角を上げ、全霊を以て体内で瘴気を練り上げる。
「行くぞ、〈
造り出す武器は刀一種類だけではない。右手で掴んだ刀の柄に左手を添え、先に分銅の付いた鎖を構築する。蛇の口を模した分銅付きの鎖、名を『
「──『
鎖を左手で回転、風を切る異質な音を響かせながら少年は己の内に目を向ける。
両刃剣、大剣、ククリ、レイピア……多種多様な近接武器全28種類。
更に銃等の小型遠距離武器4種類。
槍が5種類。鎖分銅含むその他の系統外武器13種類。
それら今まで使用して来た武器の設計図を想起、いつでも使用できるよう意識に装填する。
即ち此処に、少年は人間武器庫と化した。
「相手してやるよ魔塵共。悪いが俺はカッコつけちまっただけで、まだ全然死にたくないんでな、死ぬ気で全員ブッ殺して特別手当で豪遊してやる!」
覚悟の声と共に、死闘が始まった。
◆
その死闘を、少女は見ていた。
5体の巨大な影を相手に、全霊で戦う制服の少年。刀で斬り、鎖で縛り、小刀を投擲し、槍で突き、銃を撃ち……あらゆる影の武器を用いて迫る5本の死神の刃を迎え撃つ。
躍動する肉体。幾度も魔塵の体を捉える熟練の絶技。だが、形勢は明らかに少年が不利だった。
「ぐ、おおおお!」
刃が少年の肩を掠め、そこから血が噴き出る。威力不足か、少年の攻撃は魔塵に致命傷を与えられないようで、しかし魔塵の攻撃は容易く少年の体を斬り裂く。
背中、脇腹、腿、二の腕。
魔塵の刃が少年を裂き、その度苦悶の声と血とが漏れ。
「まだ、まだぁ!」
それでも少年は刃を振るうのを止めない。身を投げ出すように追撃を避け、血も拭わずに反撃を繰り出す。それは何故か。
『請け負えるのは時間稼ぎくらいっすよ。アンタ1人が逃げるまでの』
『逃げろ』
その理由を、地面に倒れたままの少女は痛いくらいに知っていた。
「(逃げ、ないと)」
少女にも分かる。自分が生き延びれなければ、少年の覚悟は無駄になると。
だが。
「う──ゴホ、ゴホ……っ!」
しかし、彼女は地面に手を付いてしまった。瘴気を吸い込み過ぎたのだろうか、咳が止まらない。人体に有毒な瘴気、全身に回ったそれが、少女の足を未だグラウンドの土に縛り付けている。
「(う、動け、動け!)」
咳き込みながらなんとか上体を起こそうと藻掻く少女。
その脳裏に「それ」が想起されたのは、きっと走馬灯にも似た予見だった。
「(そういえば──)」
思い出すのは学校の授業。軽く習う程度の、瘴気と異能についての情報。
……教師曰く、異能に目覚めるには二つの条件がある。
ひとつは『瘴気を一定量以上吸い込む』こと。
そしてもうひとつは『成長期過程の未成年である』ことだ──。
どくん。少女の中で、心臓が大きく鼓動した。
「え、」
瘴気が。
暗く、冷たく、視界を覆う不気味なソレが、少女の全身から立ち昇った。
それは覚醒だった。少女の内から漏れる瘴気は、周囲のものと同質ではなく──彼女の内でつくられたモノ。
そのことを証明するように、たちまち彼女の体から出ている瘴気の色が変わる。
全てを塗り潰す闇の漆黒から、闇を払う光の純白へ。
「これ、は──」
己の手、光に包まれた己の体を驚愕と共に見つめながら、少女はほとんど無意識で手を伸ばす。
白い光に照らされた視界の先には、今まさに魔塵の刃に体を裂かれそうになっている異能者の少年。
自分を助けるために命を懸けてくれたひと。
その姿を視界に捉え、そして少女は静かに呟く。
脳内で組み上がった、1秒前まではただの妄想だった「
「──『盾』」
瞬間。少女の手のひら、恩人に向けたそれが強く真っ白な光を放ち──。
◆
数秒前。
校舎の壁、そこに激しく激突した彼は、力なくその場で項垂れている。頭から流れるどろりとした血が彼の視界を真っ赤に染めていた。
「(いってー……あーくそ、体動かん)」
全身に無数に作った、決して浅くない刀傷の数々。そこから漏れた夥しい出血量が彼の動きを弱めていた。
なんとか利き手だけでも動かそうと藻掻けば、鋭い痛みが全身を貫く。見れば右肩には魔塵の刃によって向こうが見えるほどの長細い穴が開いていた。
「(まじか。これ、やばいか? 大して痛くねぇのが逆に怖いな。てかあー、えっと? くそ、頭回んねえ。血が足りないってやつか、初めて味わったぜこんなの)」
動けないままの視界に、ふと影が落ちた。
ゆっくりと首を上にあげれば、其処には此方に迫る5体の魔塵の姿。その手には人間を斬り殺すための巨大な刃が構えられている。
もはや、体を動かす気力も無かった。絶体絶命の状況を前に変な笑いすら漏れてしまう。
「(あーあ、これは死んだな俺。あーまじか今日死ぬのか……せめて成人はしたかったなぁ。うわ、なんか急に怖くなってきた。今から全部なかったことにして逃げるか?)」
当然、脚は動かなかった。自嘲の笑みは吐血に掻き消された。
なんともあっけない最期だ、と思う。だが死とはこういうものだと知っても居た。瘴気災害で家族郎党を一瞬で失ったあの日から、どこかで自分もそうなるのだという予感はあったのだ。
「(あーあ、テンカ
意外とあっさり諦められた自分に、自分が一番驚いていた。いや、最初から自分には『生きる目的』なんて無かったのかもしれない。そう死に際にて思う。
魔塵が腕を掲げる。鋭い刃上の腕がぎらりと光る。
余命数秒。最期に思うのは、しかし名も知らぬ少女の事。
「(そういや、あの女子は逃げれたのか……?)」
霞む視界では、それも分からず。
ただ無力に祈りながら、影宮エイトは降る死神の鎌を受け入れる──。
──光が。
闇を払う光、冷たい瘴気を払う温かいソレが視界を包み。
硬質な音を聴いた。
それは魔塵の刃が防がれた音だった。
目を空ければ、そこには己と魔塵とを隔てる半透明の光の盾が。
「な、んだ、これ」
奇しくも驚愕は魔塵も同じだったらしい。盾に鋭い腕をぐいぐいと押し込もうとして……しかし盾はびくともしない。
異常はそれで終わらなかった。
「えっと……『治れ』!」
件の少女の声が響き、盾と同色の燐光がエイトを包む。
光は柔らかく優しく彼に溶け込みその傷をじわりと癒すようだった。否、実際に傷が塞がっていく。それどころかどういう原理か、血色を失っていた体に朱が差し出す。
「これは……回復の、能力?」
体に力が戻るのを確かめながら少年は呟く。ただしそこに、己の命が助かったという喜色など無かった。
「──ふざけやがって」
ただ素早く、壁に埋まった体をいからせて起き上がった。未だ動かない右腕をだらりと下げ、そして片膝を付いた状態で、血と感情とを息に乗せて短く吐き出し、己の内から瘴気を練り上げる。
「〈
ぞっとするほど低い声。込められたのは魔塵すら恐れる暗く冷たき情念。
本気の憤怒、殺意を乗せて、少年は左の拳を添える。もう片方の拳ではなく、未だ右肩を貫通した巨大な傷へと。
影宮エイト。異能名、〈
能力は『瘴気を半物質化して武器を作り出す』こと。だが創り出せる武器には『仕組みが理解できるものに限る』『己の拳以下の幅を持つ武器しか造れない』『なんでも斬れる刀などの強すぎる武器は生成不可』『手から離れると数秒で消滅』などの様々な制約がある。そこまでが、学園側が把握している彼の異能。
だがその真価は別にあった。
「御返しだ、クソ魔塵共」
肩の傷口、その奥で濃く膨大な瘴気が渦巻く。黒より黒い影の色、それが遂に傷口から溢れ出し、その前に構えられた少年の手に吸い込まれていく。
彼の異能の真髄は──。
「俺の異能〈
──その異能の真髄は、『大きな傷を受ければ受けるほど、武器作成の際の制約を無視できる』こと。
そうして、影宮エイトは己の
その無理矢理な指示に、しかし傷から漏れる瘴気は応えた。
そうしてその武器は、現実を凌駕する虚構の刃は、その手の内に顕現した。
刀身はゆうに5メートルを超え、鋭さは触れた埃を斬り裂き、なにより禍々しい闇色の瘴気を纏ったその武器の
「『
5体の魔塵が動きだす。少女が何かを叫ぼうとする。
そのどれよりも
刻が進むのを拒む刹那の中で。
確かに刃は振り抜かれ、五体の魔塵を一閃し。
少年は刃を振り抜いたままの姿勢でふぅ、と短く息を吐く。
そして時間は動きを取り戻し。
──斬。そんな音と共に、魔塵の体は胴らしき部分で二つに分かれた。10の塊が空中を舞い、そして空気に解けて消えていく。
「
断末魔の声すら、露払いの動きで切り払われたようだった。
少年の手の中から剣が消え、静かに戦闘は終了した。
「……っ」
勝鬨の余裕もなく、勝者・影宮エイトは地に手を付いた。未だ傷は深い。何故か小さな傷が塞がり、輸血もされたような状態になっているが、それでも肩の巨大な傷を中心として流血は止まっていない。そもそも実際問題、介入が無ければ彼は敗者であったのだ。強力な武器を創れるようになると言っても、受けた傷が小さくなるわけではない。今回のように致命の一撃の方を先に喰らい、武器を創ることも出来ず死ぬことだってあるだろう。そうならなかったのは、何重かの幸運が重なっただけの事。故に彼に喜びは無かった。否、喜色など浮かぶ筈も無いのは、別の理由も大きかったが。
全身血みどろの少年は、ふらつきながら立ち上がり、痛む足でグラウンドを進む。
そして彼は、己が助けようとした──そして逆に助けられた少女の下へ。
「だ、大丈夫ですか……?」
「……」
少年は答えない。ただ、敵が去ったとは思えない、険しい顔で固い声を出す。
「ソレ、異能か」
彼が指さすのは、少女から立ち昇る真っ白な瘴気。少女は未だ燐光のよう己を包むソレを見ながら、
「は、はい。なんか使えるようになったみたいで、使い方もなんとなく分かって──」
だが、その言葉は少年の顔をより険しくするだけだった。彼は少女に詰め寄り、やはり固い声で矢継ぎ早に言う。
「約束しろ。二度とその能力を使うな。何も起きなかったことにして校内に戻れ。そして、これからも普通の人間として生きろ」
「え?」
困惑する少女に構わず、彼は続けた。
「異能に目覚めなかったことにするんだ。敵も五体じゃなくて一体だった、そいつに俺が苦戦したってことにしろ」
「え? え?」
少女が戸惑ったのは、その言にだけではない。己を見つめる少年の表情が、ともすれば敵と相対していた時よりも必死に見えたからだ。その目に宿る光は、同情、罪悪感、焦り、憤り。
「頼む、今すぐその白い
何かを急ぐ彼の思いは、しかし、ソレを断つかのような非情な声に遮られた。
校門に二つの人影が立つ。彼らは瘴気満ちる学校敷地内に足を踏み入れ、此方へと歩を進めて来る。
ひとりは金髪のツインテールに紅と碧の瞳を持つ少女。
「国防学園2年・
その隣には、赤みがかった髪をした精悍な顔立ちの少年。
「同じく
少女・少年と一目で判別できるのは、彼らが着る服が制服だったからだ。影宮エイトが着るのと同じ服……だが、完全に同じものと呼ぶには些か様相が異なっていた。端的に言うと、エイトのものより二回り以上は派手だった。
「(星四級以上の生徒にのみ許される改造制服……顔を知らないってことは星五じゃなくて星四級──いや、今はそれよりも……!)」
エイトが何かをするよりも先に、魔塵が居ないことに、そしてエイトが傷だらけであることに訝しんだ金髪の女生徒──
「これは……ねえ、アンタ。状況を説明してくれる?」
初対面だというのに遠慮も何もないツンとした態度……それに何かを思う余裕もなく、エイトは出来るだけ口数少なく答える。
「……俺は星三級2年、影宮。報告にあった魔塵は既に独力で撃破した」
「ふぅん? ……まあいいわ。それで──」
少女の目はすぐにエイトから外れ、彼の後ろでへたり込んだままの一般人に向く。
と、ここでもう1人の少年、五十嵐と名乗った彼が会話を引き継ぐように口を開いた。
「影宮さん。この人は『異能覚醒者』で間違いないか?」
此方は丁寧な態度……だが、エイトは明らかな渋面を作った。
「……間に合わなかったか」
「何か言ったか?」
「いいや。後は本人に聞け。俺はもう喋るのも億劫だ」
「分かった。僕が救護部を呼んでおこう。……それにしてもずいぶん酷い怪我に見える、応急処置は必要か?」
五十嵐という男の親切心も、もはや全てが鬱陶しくて。
「必要ない。包帯と時間の無駄だ」
エイトはそう言ってふらふらと歩き出した。向かう先は校門の外。1秒だってこの場に居たくなかった。
そんな彼の耳はしかし、聞きたくない背後のやり取りをやけにはっきりと聞き取ってしまう。
「アンタ、名前は?」
「
「九瀬さん、あなたには異能覚醒の兆候がある。その場合、日本国民には正式な異能検査を受ける義務があることは理解しているだろう。その手続きと実行の為、今から我々と共に国防学園まで同行して貰いたい。これは任意だが、いずれ検査は受けなければならない。どうする?」
「は、はい……」
「ふぅん、新しい生徒か。強い能力ならいいけど」
「ああ。君に宿った能力が強力であることを祈るよ、九瀬さん」
その会話を聞きながら、エイトは後ろに聴こえないように舌打ちをひとつ。
「(……『異能が検出されないといいけど』って言えない時点で、テメェらクソ政治家連中と同罪だよ)」
異能者への覚醒──こう言えば聞こえは良いだろうが、それはその実少年兵の徴兵と変わらない。なぜならこの国の法律では、異能を得た者は無条件で災玉国防学園を含む国防官育成学校に入学・転校しなければならず、そこに拒否権はないからだ。そして国防官育成学校に入った者の末路はたったふたつ……国防官になるか、その前に任務で死ぬか。
「(盾に回復の異能……攻撃系以外の能力であの出力、あの万能性。彼女は恐らく華々しい物語の主人公みたいに持て
異能者に人権はない。救国の英雄と持ち上げられ洗脳まがいの教育を受け、魔塵との戦争の最前線に立たされ続ける。
「……悪いな」
誰にも届かない小声で呟いたその言葉は、そうせざるを得ない罪悪感の発露だった。
「(俺は星三級異能者、特になんの権限も無い平社員ならぬ平生徒。そんな俺にこれ以上出来ることは、無い)」
救えなかった──真の意味では。己がスーパーヒーローなどではないと痛いほど知っていたはずの少年は、今回も重い溜息を吐きながら傷だらけの体を引きずり戦場を去る。
「……疲れた」
命からがら得た勝利は、口元を歪めたくなるほど苦かった。
【☆☆☆ 影宮エイト】
▶異能
ダークメイカー
〈兌瘴暗器〉
■性質:近接・物質生成 ■属性:闇
■ステータス
[基本六項目]
攻撃力 :★★★☆☆
防御力 :★★☆☆☆
機動力 :★★★☆☆
操作性 :★★★★☆
射程距離:★★☆☆☆
効果持続:★★☆☆☆
[特殊二項目]
特殊技能:★☆☆☆☆
身体強化:★★★☆☆
<総合異能ランク>★★★☆☆
■概要
闇属性の瘴気を操り、一度解析したことのある武器を再現・構築する。自分の拳より幅広のものは作れない。また作り出した武器は本人の手を離れると数秒で消滅する。
[※ステータスの見方]
【☆の数 名前】
▶異能
〈能力名〉
■性質
近接:近接戦闘に優れた異能。対個人・対少数に有利なものが多い。
遠距離:遠距離戦闘・狙撃に優れた異能。対集団に効果的なものが多い。
補助:戦闘能力を殆ど持たない異能。味方の援護等が得意。
■属性
炎、氷、水、土、雷、風、光、闇の計八種類
相性は
炎→氷→水→炎、土→雷→風→土、光←→闇
■ステータス
[基本六項目]
攻撃力 :異能使用時の瞬間最大火力
防御力 :異能により上昇する生存能力
機動力 :長距離の移動速度
操作性 :異能をどれだけ制御出来ているか
射程距離:影響を及ぼせる距離の長さ
効果持続:異能の効果が続く時間
[特殊二項目]
特殊技能:上記のステータスでは判別できない強さ・便利さ
身体強化:瘴気による身体能力の上昇度合
<総合異能ランク> 査定によって決定した異能の総合ランク
■概要
異能の概要の説明