【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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【Tips】
《ミアズマ》
 とある宗教で崇められる神と同音の名を持つ麻薬。
 快楽を得るために使用できる他、摂取した非異能者が異能者じみた力を得たり、異能者が異能を強化するという効果も確認されている。強力な薬品だが当然強い依存性と副作用があり、国の法律に照らせば間違いなく違法薬物である。
 生成・流通を六道會が取り仕切っており、誰も作り方を知らないが、原材料は瘴気ではないかと噂されている。
 使用すればキャラクターを一時的に強化できるが、効果終了後どのような副作用が襲って来るかは分からない。リスクとリターンを良く考えて慎重に服用しよう。


<3> 六道アクジ

 それは、一見して武家屋敷のようだった。

 東凶湾海上に浮かぶ屋形船。通常の屋形船の5倍は大きく、またそんな母船の周囲には複数の屋形船が取り付けられている。合体した屋形船の船団は、その和風な雰囲気も相まってやはり武家屋敷のよう。

 そんな船には共通点があった。

 船の側面やぶら下がった沢山の提灯には船の名前は書かれておらず、ただ同じ組織の名が仰々しい筆文字で刻まれている。

 即ち、『六道會(りくどうかい)』と。

 

 「船街」どころか東凶湾スラムの中でも特に異彩を放つ、六道會の屋形船船団。

 そんな船団の母船の中、一見ただの細長い和室にしか見えない船内で、()は金細工の施された煙管(キセル)を玩びながら言った。

 

「火ィ」

 

 余りに短い一言は、しかし有無を言わさぬ命令であった。

 近くに居た黒服の屈強そうな男が素早く動き、その煙管(キセル)に持っていたライターで火を点ける。

 そんな献身に、しかし彼は礼も言わずに煙管(キセル)を咥え、紫煙を吸い込んでふぅと吐いた。

 

 傲慢な態度の彼に、しかし屋形船に乗った黒服たちが異を唱えることはない。

 彼が部屋の最も上座に足を崩して座っているのも、自分たちが正座と無言を貫くことにも異議はない。

 それ程までに、黒服たちの彼への忠誠は強固だった。

 

 ――六道會若頭、六道(りくどう)アクジ。

 

 一部だけ色が付いた黒髪、スーツの上から和服を羽織った格好や端正な顔立ちよりも目を引くのは、眼鏡の奥のその異形の目。

 真っ黒な黒目を取り囲む虹彩の色は、水のような深い青、氷のような薄い青、そして風のような翠の三色。みっつの色が混ざり合ったその鮮やかな瞳孔は不気味でも神秘的でもあり、どちらにせよ彼に非人間的な印象を与えていた。

 

 ふぅー、と何度目かの紫煙を吐いて。

 煙管(キセル)内の煙草を吸い尽くした六道アクジは、再び短く言う。

 

()()

 

 その声に、「灰皿」は僅かに身動(みじろ)ぎした。

 「灰皿」は両手を合わせて差し出していた。

 「灰皿」は恐怖ゆえか粗い息を吐いていた。

 「灰皿」は、畳に正座させられた全裸の男だった。

 

 頬に大きな痣を作った刈り上げ頭の男だ。

 彼の差し出した両手の皿に、六道アクジが煙管(キセル)の灰を落とす。先程燃え尽きたばかりの熱い灰を掌の上に落とされた男が苦悶の息と共に僅かに震える。

 それを見て、「灰皿」の横に居た黒スーツの男が、顔を寄せてぼそりと言う。

 

「畳に灰落としたら殺すぞ」

「……ッ」

 

 それは、屋形船の中、膳の前にぞろりと並んで正座した黒スーツの男たち――例外なく強面で眼光鋭い、六道會幹部たちの総意でもあった。

 身動ぎひとつが即、死に繋がる。

 人生最大の恐怖と緊張の中、「灰皿」を見下ろした六道アクジが口を開く。

 

「――それで? 俺に何をして欲しいって?」

 

 見下ろす三色の双眸は、男にとって神のソレに等しかった。

 この人の指先ひとつで屈強な幹部たちが動き、言葉ひとつで自分の命が決まる。

 その恐怖に耐えながら、男は「灰皿」としての格好で頭を下げたまま懇願する。

 

「ほっ報復を。2人殺されました。あの隻眼隻腕のガキに、六道會の力で罰を」

 

 圧倒的な恐怖の中彼が言葉を絞り出せたのは、その腹で渦巻く復讐心故。

 社会に馴染めずズルズルと悪の路に堕ちていった、そんな中途半端なチンピラにも絆はある。こんな街では猶更だ。震える「灰皿」を支えたのは、仲間をあんなにも無惨に殺された事への怒り。

 そんな懇願を受け、六道アクジは。

 

「そうかそうか」

 

 微笑みながらそう言って、「灰皿」に近付きその左手小指の根元を摘まんだ。

 

 ぶちゅ、と。

 摘まんだ場所が液体のように溶け、根元を失った「灰皿」の小指がぼとりと落ちた。

 

「――!! ……っ、ァッ……!」

 

 腐り落ちるように落ちた指……明らかに尋常な方法ではない指の切断。男が悲鳴を押し殺せたのは奇跡に等しい。煙管(キセル)の灰を落とさなかったのは更に上の奇跡だろう。

 そんな「灰皿」の指の断面をぐりぐりと弄りながら、若頭は独り言のように何事かを呟く。

 

「人体ってのはややこしいよなァ。タンパク質だのカルシウムだの。だがどんな複合物だろうが、結局は物質の集合体だ。特別なことなど何もない、物と人の違いはせいぜい薄皮一枚だ」

「……っ、ガ、ふゥ……ッ」

 

 三色の双眸は冷ややかに、しかし傷口を嬲る手は止まらない。

 慮外の痛みに呻く「灰皿」に、再び黒スーツの幹部が顔を寄せる。

 

「黙って聴け。若頭(カシラ)がテメエなんぞに声をかけてくれてんだぞ」

「――ッ」

 

 こくこくと恐怖のままに頷いて、彼は必至で歯を食い縛った。

 そんな「灰皿」から手を離した六道アクジは、畳に落ちていた小指を拾い上げた。そのまま切断面が液体のようにどろりと崩れた指を弄ぶ。

 

「……おまえ、あー、なんつったか」

炭谷(すみや)ですカシラ」

 

 と幹部が捕捉。

 

「スミヤ。俺達極道にとって一番大事なことが何か、言え」

 

 有無を言わせぬ口調。「灰皿」炭谷は痛みに耐えながら必死で舌を動かす。

 

「……仁義……筋を通すこと、です……っ」

「だよなァ。ならなんでおまえはここに居る? ウチの名前使って威張り散らして、組合のヤツに返り討ちにされて、()()()()()()()()()商品(『ミアズマ』)()()()()……それでなんで俺に泣きつけたよ? なァ?」

 

 怒りに満ちた三色の双眸がぎらりと輝き。

 その掌の上で、乗せられた「灰皿」の小指だったものが()()()()()()()。肉も骨も液状化し形を失う……余りに異様なその光景に、しかし今更驚愕するような者はこの場には居なかった。

 ぐちゃ、と溶けた指ごと拳を握り締め、六道アクジは吐き捨てるように語る。

 

「筋を通せない奴は(モノ)が歩いてるのと変わらねェ。ひたすら楽な方に流れる半端者――そんな奴らに出来んのはせいぜいが魚の餌だろうよ。てめえがどんな魚に喰われるかなんぞに興味はねェが……」

 

 そこで一度言葉を切り、彼は握っていた手を開く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。液状化した小指の残骸は綺麗さっぱり消失していた。その掌から僅かに漏れた瘴気(オーラ)が蜃気楼のように霧散する。

 

「今は『ノラ』の件もある。極道は舐められちゃ終いだ。あんな薄汚えケダモノなんぞに殺された馬鹿には腹が立つが、それでも報復はしねェと面子に関わる。てめえらの件も同じだぞ、隻眼隻腕の学生なんぞにアッサリ殺られやがってよォ。まぁいい。無能に限って仕事を増やすが、1度の失敗(ミス)で見限ってちゃあ仕事は減らねェ」

 

 そうして、不気味な異能者は六道會若頭として言った。

 

「汚名を雪ぐ機会(チャンス)をやる。『ノラ』か『学生』、どっちか俺の前に連れて来い。『学生』の方ならてめえにケジメ付けさせてやるし、『ノラ』の方なら貸す兵隊を増やしてやる……筋通したいならまず組の役に立て。それが出来なきゃてめえは只の魚の餌だ」

 

 行け、と命じると、黒スーツ2人が「灰皿」を抱えて立ち上がらせる。灰を落とさない為に手を合わせた彼の姿は、温情に感謝する、あるいは神に祈る信徒のようだった。

 

 彼等が別の屋形船に移動したのを見計らって、今まで「灰皿」を脅していた幹部が口を開く。

 

「カシラ、お言葉ですが……」

 

 が、六道アクジはそれを遮った。

 

「必要ない。死に物狂いにしかできねェこともある」

「……成程、あいつを『実験』に使うおつもりで」

 

 幹部が素直に引いたのは、若頭への信頼と忠誠ゆえ。

 

 10年前の大災害で、関東最大の指定暴力団『六道會』は大きな衰退を強いられた。

 シノギの場所であった旧都の崩壊。組織の長たる親父の負傷、彼の実子である元若頭の死亡、そして構成員の大幅減少。最早消滅は必然だった。

 だが、救いの神は居た。

 当時若干15歳だった愛人の子……偶然にも異能に目覚めた彼が若頭として組を取り仕切ることで、六道會は九死に一生を得た。その柔軟な判断力と優れた知略、そして恐るべき異能の力は消滅寸前だった六道會の勢いを見事に盛り返し、今では幹部たちの間で語り草となっている程だ。

 そして今、そんな若頭の下で、六道會はかつてない繁栄を見据えて動いている。

 ――正に悪のカリスマ。幹部たちからの信頼と忠誠が絶大なものであるのも当然と言えた。

 

 そんな畏怖すべき若頭は、水氷風の三色の瞳でとある神を扱き下ろす。

 

「『御東(ミアズマ)の加護よあれ』、か。下らねェ。捨て身も博打も、そういうのは使い捨ての人以下(クズ)にやらせるもんだ」

 

 吐き捨て、彼はぐるりと船内を見回す。

 畳に並ぶ幹部たちに下すのは、やはり有無を言わさぬ神託が如き命令。

 

「10日だ。些事に取れるのはそれが限界。それまでに両方連れて来い……てめえらも『六道會』なら筋を通せ。親父に人にして貰ったんだ、今更魚の餌(モノ)に成りたくはねェだろう」

「「「押忍!!!」」」

 

 気合十分の返事と共に、幹部たちは膳の上から何かを掴み取ると、一斉に立ち上がり行動を開始した。

 1人畳の上に残った六道アクジは、ついと手を動かす。彼の目の前、膳の上の盃に置かれていた黒い錠剤をひとつ摘まみ、それを三色の瞳で睨みながら彼は(ワラ)う。

 

「待ってろよリンネ。てめえを穴倉から引きずり出し、その異能と『ミアズマ』を使って俺はこの国を支配する……!」

 

 悪の王が漆黒の先に見るのは、果たして破壊か創造か。

 今宵より、東凶湾スラムには過去最大の混沌が訪れることとなる――。

 

 

 

 

【Tips】

《六道會 (りくどうかい)》

 元・関東最大規模の指定暴力団。港町と船街にそれぞれ拠点を持つ。

 『ミアズマ』という麻薬の生成・流通を一手に担っており、また港町の一部地域・船街の治安維持なども積極的に行っているため、実質的な東京湾スラムの支配者と言える。現在は若頭である六道アクジの発言力が強いようだ。

 治安維持任務や薬物流通任務では組合の異能者と敵対することもしばしば。相当腕に自信が無ければこの組織内でのし上がるのは難しいだろう。しかしひとたび上り詰めることが出来れば、スラム内では最高クラスの贅沢な暮らしが待っている。

 

 

 

 

 獣は鋭い嗅覚を持っていた。

 だから、(ねぐら)に籠ったままでも、街を包む「匂い」が変わったことを何となく察知した。

 

 空気に混じる敵意、殺意。

 街にこういう匂いが広がることを獣は何度か経験していた。

 これは危険信号。人間たちはもれなく攻撃的になり、「狩り」の危険度は跳ね上がる。

 こういう時は大人しく塒に籠っているべきだ……そう理解はしているのだが、生憎生きているだけで腹は減る。3日前の戦利品はとっくに食い尽くしてしまったし、そろそろ空腹も限界だ。こういう時に限って虫やネズミも塒に入って来なかった。

 

 だから獣は街へ出た。「狩り」以外で腹を満たす方法など知らない。最悪生ゴミを漁って食いつなぐことも出来るが、不味い上に一度死にかけたのであまりやりたくはない。

 人間。黒服。魔塵。野犬。獣に敵は沢山居るが、その中でも「飢餓」こそが最も恐るべき敵だ。体から力を奪い、腹の中で暴れ回る怪物……それを鎮めるには何かを口に入れるしかない。その苦痛は耐え難く、放置すれば死に至ることも獣には本能で理解できていた。

 

 それでも、今回は耐えるべきだった。

 

「居たぞ! 『ノラ』だ!」

「追え! 多少手荒でも良いが銃は使うなよ、生け捕りにしてカシラの前に連れて行く!」

 

 こちらの姿を確認するなり、何事かを叫び殺気立って迫り来る黒い服を着た集団。

 

 人が己を嫌い憎んでいる自覚はあった。だがまだ「狩り」もしていないのにここまで攻撃され追い回されるのは、獣にとっても初めての経験だった。

 困惑、逡巡、恐怖。それでも研ぎ澄まされた本能が、獣の動きが鈍ることを許さない。

 

「――ッ!」

「! このチビ、一瞬で屋根の上に!?」

「落ち着け。カシラの言う通りにやるぞ……全員、服用」

 

 数の不利を悟り、即座に付近の屋根上に逃走を選んだ獣の判断はこれ以上ない程的確だった。

 四足で縦横無尽に街を駆ける獣、その立体的な動きは、普通の人間では追い付けない。これなら追手が何人だろうが関係は無い、すぐに視界外に逃れて撒ける。

 だが、今回はいつもと勝手が違った。

 

 ずん、と屋根を揺らす振動。それが連続する。

 振り返れば、黒服たちが一息で屋根上に跳躍して来たのが見えた。

 

「あそこだ!」

「絶対逃がすな! 応援も呼べ!」

 

 いつもならすぐに逃げ切れるハズの人間たちを引き離せない。

 獣の俊敏で立体的な移動、それを追えるだけの身体能力を手に入れた黒服たち……その口の端から漏れる瘴気の匂いに獣は総毛だつ。

 

 ――全員が「黒い息」を吐いて(『ミアズマ』をつかって)いる。

 

 こうなると、獣のアドバンテージである俊敏さは無くなったも同義。

 純粋に数と力で勝る黒服たちに敵う道理など無く。

 

 逃走開始から約20分後。

 トランシーバーによる情報共有を駆使した待ち伏せが決め手となり、黒服たちに細い手足を掴まれることで獣の逃走は終わりを告げた――。

 

 

 

 

【Tips】

《住居 (じゅうきょ)》

 東凶湾スラムのような治安が良いとは言えない街において、安心して眠れる空間は必要不可欠だ。

 東凶湾スラムでは住居が保健室の役割を果たし、住居がないとキャラクターのHPを自動回復させることができない。どこかの組織に所属してその拠点を住居とするか、お金で住居を購入して安全な生活拠点を手に入れよう。

 

 

 

 

 追跡は20分程続いた。

 

「(何だ? 急に動きが止まったな)」

 

 俺、影宮(かげみや)エイトは『六道會』のヤクザたち――誰かを追っている様子の彼等を追跡していた。

 ヤクザたちは全員もれなく『ミアズマ』を使っているようで、その移動速度を追うのは楽では無かったが……幸いなのは彼等に余裕が無かったことだ。おかげであまり巧くない俺の尾行にも気付かれた様子は無い。

 彼等に余裕が無かった理由。それは「何か」を追い回していたからだ。俺の予想では恐らく組合の異能者だが……少し違和感もある。組合の異能者なら仲間の駐留するコンテナ船『いさな』を目指して逃げるハズだが、黒服たちのルートから逆算するとその気配は無かった。トランシーバーを持っていて仲間を呼んだ様子もない。ただ20分間追われるがまま、というのは俺の思う組合メンバーの動きとはズレる。

 

「……このバカ犬が!……」

 

 と、聴こえてくる怒声が俺の意識を現実に引き戻す。

 近場の屋根の上から様子を伺う……そこそこの道幅を持つ路地裏の中、ヤクザたちが集まって何かをしている。

 

「散々逃げ回りやがって! おかげで2錠も使うことになったんだぞ、連続投与は副作用がキチーんだよ!」

「儂の一張羅切り裂きやがって! テメエ弁償できんのか!? お!?」

「おまえら、くれぐれもやりすぎて殺すなよ。カシラがヤキ入れる言うたん忘れたか……まあ良いわ、ついでに腕か足でも折って逃げれんようにしとけや」

 

 どが、ずが、と断続的に響く打撃音。

 それと聴こえてくる声から推測するに、どうやらリンチの現場らしい。

 ヤクザの数は、

 

「(5、8……10人か)」

 

 その口元や体から溢れる瘴気を見るに、全員が『ミアズマ』を使っている。リンチに参加しているのは3人程で比較的若く、ある程度年齢のいってそうな黒スーツたちの中には注意深く周囲を警戒している者も居た。

 

「(想定よりも敵が多いな。さて、どうするか……)」

 

 『ミアズマ』使い――俺と同じ星三級相当の身体強化を持つ男が10人。更にヤクザなら銃などの武器を持っている可能性も高い。

 対して、俺は単身。リンチにあってボロ雑巾のようになっている誰か……囲まれているが故に詳しくは分からないが、例え組合の異能者だとしてもあれでは戦闘不能だろう。

 

 ①リンチにあっている組合員(?)を助け出す――却下。俺と『ミアズマ』使いの身体能力は五分、1人抱えて逃げ切れるとは思えない。

 ②組合に援軍を出してもらう――現実的に不可能。俺は組合入りたてで貴重なトランシーバーも貸与されていない。更にここは『いさな』とは距離があるため、組合員の援軍を呼ぶのも難しい。

 ③ここは見捨てて離脱する――微妙。確かに安全な選択だが、長い目で見ると組合員を助けたり『ミアズマ』を奪ったりして恩を売っておかないとリスクが高い。

 

 様々な選択肢が脳内に浮かんでは棄却される。

 ……ずきり。右眼が思い出したかのように痛みを放った。

 

「(――仕方ないか)」

 

 ゆっくりと息を吐く。全身がすぅと冷え切って、一本の刃になるような感覚。

 

 ④10人のヤクザを皆殺しにする――採用。俺なら、可能(できる)

 

 ずきり、痛みが刃となった体内を駆け巡り、俺の目は殺意の色を宿した。

 異能、起動。

 

兌瘴暗器(ダークメイカー)――」

 

 限界強度:()()

 仮想元素:構築。

 武装設計:流用。

 全構造──()()()()

 

「――形成失敗、暗影煙幕(シャドウスモーク)

 

 ぶわ! と生み出した瘴気の煙幕で路地を覆う。

 

「!?」

 

 突然真っ黒な瘴気に視界を覆われ、ヤクザたちに動揺が奔った。

 その隙を逃さず俺は屋根から跳躍――ヤクザの1人目掛けて落下する。

 

「(死なない自傷の為に人体の急所は大体学んだ――)」

 

 来い――影刀(えいとう)月景(つきかげ)

 

 どす、と落下の勢いのままヤクザの脳天を影の刃で貫き、その肩に着地。

 

「(脳。ここを破壊されれば人間は即死する)」

 

 ――1人目。

 悲鳴も上げれず倒れ込んだヤクザの脳天から刃を抜き、俺は次の獲物に目を向けた。

 こちらに背を向け煙幕に狼狽える敵、狙うはその無防備な首。

 

 ぴ、と首の骨の間に刃を滑り込ませるように貫く。

 

「(首、特に脊椎には重要な神経の多くが通う。これを切断すれば脳の命令を首から下に送れなくなる)」

 

 ――2人目。

 力を失い倒れ込む男の首から刃を抜き、次の敵へ。

 僅かな物音や悲鳴からこちらに気付いたらしき男。

 銃を取り出そうとスーツの中に手を入れている彼に肉薄し、どす、とその胸に刃を突き立てる。

 

「(心臓。破壊すれば心停止によって意識は急激に消失する)」

 

 ――3人目。

 胸を斬り裂きながら刃を抜き、崩れ落ちた死体を転がす。そこで黒い煙幕が晴れた。

 

 ここで、初めて彼我は敵を見た。

 突然の事に硬直する7人のヤクザと、俺の視線が交錯する。

 

 ずきり、ずきり。失った右眼、何もない眼窩を刺すような痛みが止まらない。

 何となく分かる。この痛みを消す為に何をすれば良いのか――。

 

「――あと、7人」

 

 思わず溢したその声は、自分のものとは思えない程冷たかった。

 

 

 

 煙幕が晴れ、7人の『六道會』構成員たちは襲撃者の姿を目の当たりにした。

 路地に立つ、少年。右目は黒い布で覆われており、ボロ布をそのまま体に巻き付けただけに見える外套(ローブ)で隠しているが右腕は肘上から失われている。

 そんな少年の影を張り付けたような黒髪の下から覗く隻眼――そこに宿った怜悧な殺意は、ヤクザたちの動揺を敵意に変じさせるのには充分すぎた。

 血濡れの刃を振って血を掃い、影宮エイトは敵の方へ一歩踏み出す。

 

「『組合』の奇襲だ!」

「隻眼隻腕――こいつ例の学生か!?」

「っ、3人()られとるぞ! 生け捕りは考えんな――殺せ!」

 

 彼等は3人の同胞が血濡れで倒れている事、そして明らかに現実のものではない漆黒の刀を持った少年の姿を見て口々に叫び、スーツの下から拳銃を取り出す。

 暴力に慣れた男たち、その窮地での判断の速さは見事という他ない。

 『ミアズマ』による身体能力向上も相まって、襲撃者が次の行動を起こす前に7つの銃口がその姿を捉える。

 

 彼等が引き金を引く、刹那。

 

 ぶわり、と襲撃者は大きく体を捻り、ボロ布の外套(マント)を翻した。広がった大きな布が少年の姿を覆い隠す。

 的を隠されたことによる一瞬の逡巡、ヤクザたちの構えた銃口が揺れる――。

 

 だんだんだん!!

 

 銃声が連続して響き……黒スーツがひとり、弾丸を急所に受けて崩れ落ちた。

 引き金を引いたのは、影宮エイト。その翻した外套にみっつの穴が開いている。

 

 ――黒銃(こくじゅう)九十九型(つくもがた)

 

 血を掃うなど刀を強烈に印象付けてからの(とびどうぐ)

 暴力(たたかい)に慣れているのは彼も同じ。重ねた経験が、知識が、影宮エイトを優秀な殺人者たらしめていた。

 

 ――4人目。

 

「っ、撃て!!」

 

 今度こそヤクザたちが引き金を引く。

 10を超える銃弾が外套を貫き――しかし影宮エイトは既にそこには居なかった。外套を目くらましに跳躍していた彼は、空中で銃を捨て新たな武器を生成する。

 

 暗器(あんき)鴉刃(からすば)!!

 

 鴉の羽根に似た刃が飛翔――空中から投擲された小刀が、ヤクザのうちの1人に勢い良く突き立った。

 頭、首、胸……正中線を捉えた見事な投擲技術。急所を三か所同時に貫かれ、どう、とヤクザがまた1人倒れる。

 

 ――5人目。

 

「このッ――」

 

 だが、ヤクザたちもタダではやられない。空中に逃れた影を捉え、落下前に素早く銃口を向ける。

 『ミアズマ』による身体強化は反射神経や動体視力も強化(ブースト)する。落下の1秒はヤクザたちにとって、スローモーションで的が動くのと変わらない。

 

 そのことは、同じく星三級相当の身体強化を持つ影宮エイトも知っていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヤクザに突き刺さった三つの暗器、それにぴしりと罅が入って砕け散る……否、内から弾け飛ぶ。

 

 強度限界到達――壊・暗影煙幕(シャドウスモーク・グレネード)

 

 ぶわ! と煙幕が爆発するように路地を覆う。

 エイトは先の『暗器(あんき)鴉刃(からすば)』に、必要量よりも遥かに多くの瘴気を流し込んでいた。結果『暗器(あんき)鴉刃(からすば)』は消滅前に内から自壊、込められた闇色の瘴気を周囲に撒き散らしたのだ。

 

 再びの煙幕。ヤクザたちは標的を見失う。

 

「クソ!」

 

 先程まで居た場所や落下の軌道から敵位置を予想し銃を乱射するも、手応えは無い。じゃらら、という鎖の音からして、鎖を生み出しそれをどこかに引っ掛けて落下の軌道を変えたのか。

 煙幕の中、ヤクザたちは歯噛みする。銃という武器は出鱈目に撃てるものではない。同士討ちの危険があるからだ。

 

 『ミアズマ』で得られる疑似的な身体強化は、単純な膂力や敏捷性に加え、反射神経や思考速度もブーストされる……だがその代わりなのか、肉体の防御面は一切強化しない。効果中痛覚は遮断されるが、耐久面の強化はそれだけで、骨が硬くなったり肉に刃が通らなくなったりすることは無い。

 故に、ヤクザたちにとって銃弾は変わらず致命的。それを煙幕の中で無暗に撃てば同士討ちを招いて仕舞いかねない。

 

 それはヤクザたちも分かっている。

 なのに、

 

 ダダン!

 

「ぐぁ!」

 

 響いた銃声、野太い悲鳴。

 

 ――6人目。

 

 煙幕の中に混乱が奔る。

 

「馬鹿! 撃つな!」

「違う! 奴の(ハジキ)だ!」

 

 そうだ、奴は異能で拳銃を作っていた――そこまで思い至った男の頭を、漆黒の刃が貫いた。

 

 ――7人目。

 

 更に混乱の隙を突くように、闇色の瘴気を鎖が薙ぐ。

 蛇を模した分銅が付いた漆黒の鎖。それが運悪く近くに居たヤクザ2人を纏めて巻き付き締め付ける。

 

「ぐ!?」

「うお!?」

 

 大蛇のように2人を縛った鎖は、ぐん、と強烈な力で彼等を空中に浮かせ、引き寄せる。

 鎖を手繰る先に居たのは……鎖分銅が柄に付いた刀を隻腕で構えた、影宮エイト。

 吹き飛ぶヤクザ2人を迎えるは、光を呑む漆黒の刃。

 

 怨鎖(えんさ)鉄蛇(てつへび)影刀(えいとう)月景(つきかげ)――

 鎖太刀(くさりだち)蛇王月景(じゃおうつきかげ)

 

 一閃。

 闇が骨肉を裂き、胴から分かたれた首がふたつ飛ぶ。

 生命活動を停止した死体ふたつを鎖を消滅させることで地面に解放し、影宮エイトは内心で呟く。

 

 ――8人目、9人目。

 

 再び煙幕が晴れたとき、もう路地には2人しか立っていなかった。

 襲撃者、影宮エイトと。

 六道會幹部の黒スーツの男。

 

 異能、兌瘴暗器(ダークメイカー)。一度解析したことのある武器を再現する。

 正しく変幻自在、人間武器庫。無限の暗器を忍ばせた暗殺者。

 

 味方であり部下9人の悉くを殺された幹部の男は、刀を構える敵を前に自分たちの失態を悟った。

 

「……成程。確かに、この力がありゃ(チャカ)に頼る必要はねぇわな」

 

 ばき、と銃が破損する程の力で持ち手を握り、破壊した銃を放り捨てる六道會幹部。そしてそのまま銃を捨てた手をスーツの中に入れる。

 

 この場に居た『六道會』の構成員に異能者は居ない。だから彼等は気付けなかった。『ミアズマ』で超人的な身体能力を得ているのなら、銃になど頼る必要は無いことに。

 身体強化では弾速や弾の威力は変わらない。それでも長年培った常識が銃を頼ってしまった。

 悪手だ。この状態で頼るべきは寧ろ、身体強化の恩恵を100%受けられる――。

 

「――仕方ねぇ、匕首(ドス)の錆にしてやらあ」

 

 取り出したのは、刃物。

 任侠の間でドスと呼ばれる短刀、その抜き身の刃がぎらりと鈍く光る。

 それを見て、影宮エイトも注意深く刀を構えた。

 

 身体能力は互角。

 体格はヤクザ側が有利……更に影宮エイトは隻腕隻眼。

 一見して優劣はある。だがその差を埋めるのが『異能』である――。

 

 合図は無く――静は動に。

 ただ影が滑るように、影宮エイトは間合いを詰め刃を振るう。

 『影刀(えいとう)月景(つきかげ)』、光を喰らい血を吸う刃が敵を襲い。

 

「(極道ナメんなや小僧!)」

 

 幹部の男が振るった匕首(ドス)が妖刀と交差。

 ガキン! と金属音と共に火花舞い、ふたつの刃が激突する。

 結果――動は静に。影の刀と実物の短刀が、ぎりぎりと音を立てて鍔迫り合っていた。

 

「(この黒い刀、儂の匕首(ドス)でも鍔迫り合える! カシラほどぶっ飛んだ異能じゃねえようだな!)」

 

 幹部の男の先の反撃は、相打ちを覚悟した一刀だった。

 『影刀・月景』が敵を斬るときだけ実体化するような半実体武器であれば防御は不能。ならば刺し違えてでも、という覚悟。

 だが影宮エイトの異能では、そこまで強力な武器は作れない。そのことを男も鍔迫り合いの感触から理解する。

 

 幹部の男が力を籠め、鍔迫り合い中の刃を強引に弾く――再び静は動に。

 影の刀が空を裂き、銀の短刀が迎え撃つ。

 銀の短刀が突き出され、影の刀がそれを防ぐ。

 幾重にも連なる金属音。激突の度火花が散り、しかしまだ血は流れない。

 戦況は拮抗していた。

 

「(9人殺して驕ったなガキ! てめえの領分は奇襲、正面戦闘(ケンカ)なら隻腕隻眼のガキなんぞ儂の敵じゃねえわ!)」

 

 武器の間合いでは影宮エイトが有利。だが彼は右目と右腕が欠損しているが故に、片手でしか振るえない匕首(ドス)を押し切れていなかった。

 更に六道會幹部まで上り詰めた男は武闘派で、素の身体能力や戦闘技術も低くない。それが更に『ミアズマ』で強化されている状態。

 

 エイトが一歩踏み込み、深く刃を振るう――舞う鮮血。

 刀が切り裂いたのは、幹部の頬。首を狙った鋭い一刀を、咄嗟に体を捻る事で躱したのだ。

 

 無理をした割には浅すぎる傷……それは敵に塩を送る結果となってしまった。

 

「(見切った! 今のでこいつの(ヤッパ)の間合いは掴んだ、次の攻撃を最小限の動きで躱して反撃(カウンター)で喉を貫く――!)」

 

 『ミアズマ』で強化された動体視力、反射神経。幹部の男は遂に『影刀・月景』の攻撃範囲を見切っていた。

 体勢を立て直した幹部の男を、影宮エイトが刀を後ろに構えて追撃する。その一秒後の姿を、幹部の男は完璧にイメージ出来ていた。

 刃が届く範囲――読み切ったそれギリギリに身を置き反撃を構え、彼は勝利を確信し。

 

 かくて刃は突き出され。

 どす、と何かの冗談のようにあっけなく、幹部の男の喉に刃が突き刺さった。

 

「な――」

 

 間合いは外したハズ。

 ごぷ、と喉から漏れる血が、驚愕も疑問も口に届く前に溢してしまう。

 今際の際に幹部の男は見た――今己の喉に刺さっているのは……()()()()()()

 

 兌瘴暗器(ダークメイカー)――夜槍(やそう)赤先鉾(あかさきほこ)

 

「(見誤った――こいつ、最初から奇襲の(この)つもりで――)」

 

 刀を後ろに構えた時に捨て、槍をその手に生成する。「刀での斬り合い」に囚われた思考の隙を突く不意打ち。

 真に型に嵌められていたのはどちらだったのか。それを幹部の男が理解した瞬間。

 ずるり、と穂先が喉から引き抜かれ……真紅の徒花が、咲き誇った。

 

「――10人目」

 

 血を被りながら尚も冷たく。

 影宮エイトは作戦通り、10人居た『ミアズマ』使いのヤクザたちを鏖殺した。

 

 

 

 ずきり……右眼の痛みが引いて行く。

 俺は『夜槍(やそう)赤先鉾(あかさきほこ)』を消し、顔に被った血を袖で拭う。

 

「(ふぅ……やっぱ片腕で戦うのはキツイ。対異能者なら不意打ちに頼るしかなさそうだな)」

 

 隻腕のハンデは確かに感じた。両手で刀を振るえないことによる攻撃力半減。更に銃や小刀の投擲などは両手が使えれば一度に2人を狙えるのだが、今の俺ではそれも不可能。

 ただ隻眼に関しては……戦闘中だけは余り不都合を感じない。この目になってから、何故か瘴気を知覚しやすいのだ。例えば『暗影煙幕(シャドウスモーク)』の中でも、相手の姿が浮かび上がるように知覚できた。

 隻腕にも異能の関係上一応メリットはあるが……それでも不便を補えるほどのものでは無い。

 

「……ま、失ったものはしょうがない。今はこれから得られるものに目を向けるか」

 

 俺は最後に倒した幹部の死体を漁る。

 スーツの内ポケットに何かの感触。それを取り出せば……。

 

「あった、『ミアズマ』」

 

 透明な四角い袋に入った、複数の黒い錠剤。旧都の空を汚す瘴気と同じ色をしているそれこそが『ミアズマ』、その完成品だろう。

 

「(これで最低限組合に貢献できる。後は……)」

 

 ミアズマをポケットに仕舞い、俺は死体だらけの路地を振り向いた。

 

 シン、と静けさを取り戻した路地の中、ひゅーひゅーと小さな音が響く。

 音の主は、路地の壁にもたれ掛かった小さな人影。ヤクザたちにリンチされていた「誰か」。

 

「(まだ生きている。瀕死か……)」

 

 それは、一見して獣に見えた。

 頭頂部から生えた三角形の耳。全身を覆う毛皮に尻尾。手足には鋭い爪が生えている。

 だが近付いてよく見れば、そうでは無いことに気付く。

 全身を覆う毛皮は、伸びっぱなしのぼさぼさの髪と、汚れっぱなしの皮膚が錯視させたもの。

 それは紛れもなく「人間」だった。

 耳も爪も確かに獣のソレだが、それ以外……顔も胴も手足も、全て痩せて汚れた幼い子供のものだった。

 獣人、とでも呼べそうなその子供の正体は。

 

「……異形化現象を起こした異能者か」

 

 異能者は瘴気の影響により、髪色や目の色などが変わることがある。その発展形とでもいうのか、明らかに人体に存在しない器官を有したりすることを『異形化現象』と言う。

 第一次成長期に瘴気を吸って異能に覚醒した異能者に多いとされるソレは、本人の意思でオンオフできる変身(もの)ではなく、既に肉体がその形状で固定されてしまっているらしい。

 

 気絶した瀕死の子供を観察する。

 年齢的に10歳くらいか……組合員では無いだろう。こんな組合員は見た事がないし、人の良い銅山イサオがこんな子供を採用するとも思えない。

 肌色が分からない程汚れた一糸纏わぬ姿はその生活環境を伺わせる……そして『六道會』に追われていたことから考えると。

 

「……成程。こいつが『ノラ』か」

 

 この街に来た日、『ノラ』という(こども)の話を聞いた。東凶湾スラムのお尋ね者、港町に現れ食料を盗む泥棒。そして最近、『六道會』の構成員を殺したことで同組織から追われている。

 組合員では無かった……『ミアズマ』に加えて恩を売ることは出来なさそうだという落胆が、戦闘後の披露した体を重くする。

 だが、それだけではない。

 

 ずきり、と収まったハズの右眼の痛みがぶり返した。

 瞬間、思考から熱が取れ恐ろしい程冷静になる。

 

「(この瀕死の子供は恐らく『ノラ』……年齢と恰好からして組合員では無いだろう。俺の異能を見られたかもしれないし……用心し過ぎにも思えるが、それで失敗したばかりだ。ここは念の為殺しておくか)」

 

 ずきり、殺意が再び目を染める。

 異能を起動し、影刀(えいとう)月景(つきかげ)を構築する。

 ずきり、右眼が痛む。

 壁を背に気絶した子供……その境遇を想像すると可哀想にも思える。

 ずきり、右眼がより強く傷む。

 ……だがまあ、ここで殺しておいた方が良いだろう。

 ずきり、右眼の痛みは止まらない。

 俺は刃を振り翳す。

 ずきり。右眼の痛みは臨界に達し。

 倒れた『ノラ』が何事かを呻く――。

 

「――オ、カァ、サン」

 

 ぴた、と。

 振り下ろした刃が、その言葉で凍り付いたように停止した。

 『ノラ』が意識を取り戻したようには見えない。今のは無意識の内に溢した言葉だろう。

 そして。

 閉じた子供の瞼。暴行され腫れあがったその隙間から、一筋涙が落ちるのを見た。

 

 ずきり、ずきりと右眼が痛む。こいつを殺せと叫ぶように。

 

「……黙れ」

 

 ぐしゃ、と俺は強く右眼を押さえ付けた。手放した刀が消滅する。

 ずきり、ずきり……痛みは引かない。

 だが俺はそれに抗うように、ボロ雑巾のような子供を隻腕で抱え上げた。その感触に愕然とする。

 軽い……なんて軽い、命。ひゅうひゅうと続く、吹けば飛ぶような命の音。

 

 明確な理由は無かった。論理的な思考も無かった。

 だが、同情したのは確かだ。

 それに。

 

「(ナナ子のヤツを思い出しちまった。ここで見捨てたら寝覚めが悪くなりそうだ――)」

 

 

 ずきり、右眼が放つ痛みに耐えながら。

 影宮エイトは『ノラ』を抱え、10個の骸が転がる血塗れの路地を後にした。




【Tips】
《露店 (ろてん)》
 東凶湾スラムには様々な露店があり、その商品ラインナップは学園とは異なるものも多い。探索に必要な食料や回復アイテムも露店で購入可能だが、学園と比べると割高なので注意しよう。
 また東凶湾スラムの特定の組織と友好度を高めていくと、隠されていたアイテムが解放されることがある。どれも危険な代物なので扱いには気を付けよう。
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