【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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【Tips】
《異形化現象 (いぎょうかげんしょう)》
 異能者が異能の発言に伴い、獣の耳や角・尻尾など人体に通常存在しない器官を有する現象。変身系の異能とは違い、異形の部分を元に戻したりは出来ないが、代わりに得た器官に関連して人間離れした膂力や知覚能力を得る。非常に幼い頃(一次成長期中)から瘴気を吸って異能を得た異能者に多いとされているが、詳しいことは分かっていない。


<5> カイコ

「メシ!」

 

 起き抜けに放たれたその一声に、俺、影宮(かげみや)エイトはたっぷり10秒間瞠目した。

 何せその声はノラの口から放たれたもので、俺が彼女の言葉を始めて聴いた瞬間だったからだ。

 

「メシ! メーシー!」

 

 俺の腹の上に乗り、俺の顔目掛けて何度も叫ぶノラ。

 

 ……落ち着け影宮(かげみや)エイト。冷静に、慌てず状況を分析しろ。

 拾い犬もとい我が家の居候――ノラの言う『メシ』、というのは(めし)、食事のことだろう。単語だけだが腹が減ったということは容易に想像ができる。それは良い。問題は何故急に言葉を発しだしたのか、だ。

 本当は喋れたが黙っていただけだっただろうのか……否だろう。今まで何度か声をかけたが、言葉が通じた様子はなかった。

 ならば俺が拾ってからの数日で言葉を覚えたのか……言語の習得はそこまで容易では無いだろう。だがノラは元々人間、それも推定年齢10歳ほどと喋れるのが普通の年齢だ。人間の街で生きてきたのだろうから、この数日で急成長を見せてもおかしくないのかもしれない。あるいはこの短期間での言語習得は、彼女の異能に関係するのか。

 いや、違う。今するべきことは考察ではない。

 返事と、そして()()だ。

 

「……分かった。分かったが『メシ』はやめろ。『ごはん』って言え」

「メシ!」

「……まあ伝わるわきゃねえよなぁ……」

 

 後悔の念から溜息ひとつ。

 俺はとりあえず携帯口糧(レーション)をひとつ出しノラに与えた……というより俺が手を離すのも待たずノラは携帯口糧(レーション)にかぶりついた。動物園の餌やりか。

 もぐもぐと子供らしい咀嚼が終わるのを待って、俺はノラに問いかける。

 

「おい。おまえどこまで喋れるんだ」

「?」

「……『メシ』だけ覚えたのか? 俺がたびたび言ってたからか……?」

 

 反応的に、やはり言葉が全て通じるワケではないらしい。むしろ「メシ」――食事の時間を知らせるあるいはそれを催促する言葉――以外は通じない可能性が高い。

 それでも一縷の望みにかけて、俺は真剣な顔で言い含める。

 

「いいか。『メシ』は汚い言い方だ。おまえは女の子なんだからそういうのはやめた方が良い、と俺は思う。分かるか?」

「……メシ!」

 

 ……駄目そうだ。

 後悔先に立たずとは言うが……まさか己の雑な言葉遣いが幼子の手本にされるなど夢にも思っていなかった。そうと分かっていればもっと気を付けたのに、なんて言い訳を内心で並べ立ててしまうのは、それ程焦っているからか。

 

 いや、言い訳を考えるには早すぎる。今からでも遅くはない、彼女の今後の人生を守るため、一時的な保護者の責任として正しい言葉遣いを教え矯正すべきだ。

 

「おいノ……」

 

 そこで俺は()()()()に気付き、何とか踏み止まった。

 そうだ、教育云々の前に、というより本来なら何を差し置いても知らなければならないことがある。

 それに1単語とは言え喋れるようになったのなら……もしかしたら「これ」は言えるかもしれない。

 

「あー、おまえ名前は?」

「?」

「自分の名前だよ。例えば――」

 

 「名前」という概念をなるべく簡単に伝えるため、俺は付近の物を順番に指さしながらそれらの名前を言っていく。

 

「これはレーション。これは皿。これは机」

「コレハ?」

「おう。これはソファ。んで、おまえは?」

 

 尋ねながら、ノラ(暫定)の方を指さす。だが。

 

「……」

「(伝わってないのか、それとも)」

 

 ノラ、無言。

 しかし彼女は理解していない訳ではなく。真似るように小さな手の人差し指を立て、それを俺に突き付けた。

 

「オマエ、ハ?」

 

 ……やはり、知能が高い。いや、そう言い切るにはどこか違和感があるが……好都合。

 手本を示せば真似できることを彼女は示した。ならば俺は手本になるよう答えるだけだ。

 

「俺はエイト……影宮エイト。おまえは?」

「エイト!」

「違う。それは俺の名前だ。おまえの、名前は、何だ?」

 

 相手に見えるように大袈裟に指を突き付けながら、ゆっくりと区切りつつ尋ねる。

 意図は伝わった、と何となく確信する。

 だが、やはりノラは無言で俯いた。

 

「……」

「(名前が無い、のか)」

 

 その可能性も考えてはいた。

 『ノラ』というのは蔑称――誰も本名を知らないが故に付けられた通り名だろう。学習能力が高い以上、安易に本人をそう呼んでしまうのは憚られる。だから本名を知りたかったのだが……様子から察するに、彼女本人も己の名前を知らないようだ。もしくは、初めから彼女に名前など――。

 

「……ゥ」

 

 詳しい事情など分かるはずもない。

 俺に分かるのは目の前のことだけ……つまり。

 眼前の獣が、否少女が、とても悲しそうな顔をしていることだけだ。

 その目尻に透明な液体が溜まっていくのを見て、俺は自分に出来ることを考える。

 

「(名前を……仮でもいいから付けてやるべきか? 蔑称で呼ぶわけにもいかねえし)」

 

 流石に今後一生使う名前は無理だが、一時的なあだ名くらいは付けてやるべきだろう。

 俺はセンスに自信がない。が、今は迷っている時間もない。制限時間は目の前の子供(ガキ)の目に溜まった涙が零れてしまうまでの約数秒……俺は瘴気で思考速度を限界まで強化し、刹那の内に熟考する。

 そうだ、蔑称の『ノラ』からもじるというのはどうだろうか。例えば語源だろう「野良」の侮辱的意味を払拭する意味も込めて、その対義語を名前に含める、とか。

 それ自体は悪くないアイデアに思えるが……そもそも「野良」の対義語って何なんだ? 「野良犬・野良猫」の逆なら「飼い犬・飼い猫」だよな。なら人間に適用した場合は「飼い人」、あるいは――

 

「――飼い、子?」

 

 飼い子……口に出して改めて思うが、我ながらとんでもなく酷い蔑称を生み出したものだ。対義語とはいえ野良とは別ベクトルの酷さがある。

 この路線は駄目だな。早く次の案を――。

 

「カイコ」

「うん?」

「カイコ!」

 

 唐突な声に視線を向ければ。

 先程まで泣きそうだった少女が、やけに嬉しそうな顔で同じ言葉を連呼していた。

 ……思いっきり嫌な予感。だが「待て」と制止する暇は無かった。

 だって、彼女は。

 

「エイト!」と言って俺を指さし。

「カイコ!」と言って自分を指さす。

 

 その顔に表れた喜色はどんどん満面の笑みに変わっていく。

 それが意味する所は、つまり――。

 

「――おい待て待てマジで待て。気に入ったみたいな顔するな。『カイコ』は却下だろうどう考えても。ホラ、今もっといい名前を考えてやるから、」

「カイコー!」

「……マジ、か」

 

 遂に喜びが爆発したように飛び跳ねだしたノラ――改め『カイコ』を前に、俺は頭を抱えることしかできなかった。

 

「(糞。全てが裏目だ……! こんなことになるなら先に教えとけよ!)」

 

 おそらく神的な存在に向けて内心で絶叫する。

 『メシ』といい『カイコ』といい、俺の失言が幼い少女の言動に張り付いてしまうのは恐怖以外の何物でもない。

 だって。その責任を、人ひとりの人生を背負えるほど俺は強くないのだから。

 

「(……イヤ。悪いのは他の誰でもなく、俺か)」

 

 それでも。少し冷静になって考えてみれば、誰に責任転嫁することも出来ない程には罪の在処は明確だった。

 つまり、俺だ。幼子を私欲で拾っておいて、こうなることすら想像できなかった愚かな俺。

 

 影宮エイト、おまえはなんて馬鹿なんだ。おまえが軽い気持ちで拾ったのは野良犬なんかじゃない、前途ある幼い人間だ。そして彼女が辿る人生は、俺の行動次第で簡単に台無しになってしまう。助けて、与えて、生かして……それで満足しては駄目だったのだと何故気付けなかった。

 自覚した途端、双肩に圧し掛かってくる重み――嗚呼ちくしょう、なんて重い、命。

 

 頭を抱えて黙り込んだ俺を見て、一通りはしゃぎ終わった狼少女は不思議そうな顔でこちらを覗き込んできた。

 

「……エイト?」

 

 否、その表情の内にある感情は心配か……それが余計、重い。潰れてしまいそうな程に。

 だが、この命を今更投げ出すことなどできやしない。

 そんなある種の強さもまた、俺には備わっていないのだから。

 

 仕方ない。学園時代に散々学んだことだ……俺の愚かさの責任を他の誰かに背負わせる訳にはいかない。それ程後味の悪いことは無いのだから。それが何の罪もない子供(ガキ)相手なら論外だ。

 今更ながら。本当に遅まきながらだが、俺はようやく覚悟を決めた。

 

「なんでもねえよ……気にすんな、()()()

「!」

 

 名を呼ばれた途端笑顔を見せる、あまりに無知で無垢なる子供。

 もっと良い名も、恵まれた境遇もあるハズなのに、間違いだらけの俺ではそれを与えられない。

 けれど、俺は選んだのだ。

 この間違いが、いつか彼女を傷つけるとしても。

 その痛みに耐えられるだけの人生へ、せめてこの手で導いてみせる。

 

 

 

 そんなこんなで保護者の覚悟を決めた俺は、今まで遠慮していた要求を伝えることにした。

 

「よしカイコ。風呂に入れ」

「フロ?」

「そろそろ許容すんのも限界だ。てか風呂を覚えろ頼むから」

 

 カイコが家に居付いてから早6日(むいか)。勝手に体を洗った初日からそれだけの時間が経っていた。つまりまあ、流石に()()()として許容できるラインは超えている訳で。

 そんなこんなで風呂に入れてみたのだが……。

 

「おい、水浴びただけで満足するな。石鹸で洗え石鹼で」

「セッケン?」

「ああ。これを……馬鹿! これは食い物じゃねえ!」

 

 悪戦苦闘しながら風呂を教え――多分まだ1割も分かってないが――体を拭いてやった後次の要求へ移行する。

 

「よしカイコ。次は服を着ろ」

「フク?」

「これは人間として最低限の文化だ。毛皮(かみ)があるから良いとは言わせねえぞ」

 

 毛皮じみた長髪にかまけて常に全裸だったカイコに、とりあえずと俺のTシャツを着せてみたのだが。

 

「おい脱ぐな、気持ち悪いのかもしれんが着るのが普通なんだよ」

「ヴー!」

「馬鹿、何破いてんだ! せめて脱げ! あんま在庫に余裕ねんだよ!」

 

 初めての着衣はお気に召さなかったらしい。残ったのはベッド下で拗ねるカイコと見るも無残な布の残骸。

 とりあえず時間も時間だし、機嫌を取る意図でも食事にすることにする。

 

「カイコ、飯だ」

「メシ! メシ!」

「あー違う、ご飯だご飯。『ゴハン』って言え……まあいい、本題はそこじゃないからな。いいか、今回は椅子(ソファ)に座って食って貰う。床で食うのは衛生的に良くないからな……言った傍から銜えていくな! 机で食え机で!」

 

 食後。

 ソファで、というより俺の膝の上でごろ寝しだしたカイコに対し、俺は疲労困憊で天井を仰いでいた。

 

「(つか、れた……)」

 

 もうなんか死ぬ程大変だった。悉く常識が通用しない。

 ……いや、常識とは成人までに身につけた偏見、という言葉もある。ならばカイコは今、その常識を積み上げている真っ最中……俺が妥協して不適切なものを与えれば、彼女の今後の人生に差し障るだろう。

 

「(妥協はナシだ、根気強くいこう。それは良いとして……言葉遣いが、なぁ)」

 

 「メシ」を「ごはん」に矯正できる兆しが見えない。何しろ俺自身が矯正できていないのだ。

 俺は丁寧な言葉遣いに自信が無い。性根に巣食った卑屈と根暗が言葉にまで染みついてしまっているのだろう。現状カイコが見本に出来るのはそんな俺だけ……これでは健全に成長させられるハズも無い。

 

「(ラジオでも買ってくるべきか……ちらっとだけ見たが高いんだよなぁアレ)」

 

 露店で売っていた動くかどうかも分からないぼろラジオは、この街の外なら絶対誰も買わない値段が付けられていた。それでも瘴気の影響でネットに繋がらないスマホよりはマシな、この街での数少ない娯楽だ。言語の教育にも有用だろう……少なくとも俺よりはマシな教師になれるハズ。

 

 東凶湾スラム内では、外と同じように「円」が使われている。物々交換や現物支給が主流ではあるが、貨幣の価値もまた消えてはいない。ただ『組合』で金を稼ぐのは難しい……この街で大金を手にしたいなら『六道會』絡みの仕事をするべきだろう。尤も、今の俺が『六道會』に接触すれば殺し合いが始まってしまうのでそれも不可能。

 

 ラジオを買うにはどうするべきか、とカイコが昼寝を終えてからも延々考えていたからだろうか。

 

 ガシャン! と耳障りな音が室内に響いた。

 

「(……やっちまった)」

 

 ノラに食事を覚えさせるため使った皿やらコップやらを洗っていたのだが……皿を割ってしまった。切った指から血が数滴、シンクに落ちる。

 

「(チッ。隻腕(これ)だとなんだかんだ不便なんだよな)」

 

 異能もあり隻腕でも大体の日常動作はこなせるが、皿洗いにはかなり苦労する。洗剤の付いた皿は口で銜えて固定する訳にもいかない……更に力加減も難しい。

 

「(身体強化の出力が上がってる……8年間異能者やったがこんなのは初めてだ。傷が瘴気で塞がってんのと関係あんのかね)」

 

 ずきり、と失った右眼が痛む。

 

「(――まあ良いか。糞、片付けねえと……)」

 

 割った皿をどう捨てたものか、と悩んでいた俺の横。

 音に反応したのか、キッチン台の上にカイコが飛び乗ってきていた。

 

「なんだカイコ。悪いが今は構ってやれんぞ――」

 

 ぺろり、と。

 カイコが俺の手を取り、皿の破片で切った指の傷を舌で舐め取った。

 

「……馬鹿。洗剤のついた指を舐めるな――おい?」

 

 意図は分かるしありがたいがやめとけ、と言おうとしたが、それよりもカイコの次の動きの方が早かった。

 彼女は流し台の中に手を伸ばし……まだ洗っていなかったコップを掴んで俺の前に差し出す。

 

「ン!」

 

 それが手伝いのつもりだと理解するのに数秒かかった。

 要するに、カイコは俺の右手の代わりをしようとしているのだ。

 

「――」

 

 右眼の痛みも忘れて驚愕する。

 やはり、「賢い」と言い切るには違和感がある。数日の付き合い、言語による意思疎通もままならない状況で、ここまで的確に俺の意図を読み取ることなどできるだろうか。それも、食器洗いの方法から手の使い方まで知らない状況で。

 この違和感はその身を異形にした異能の力によるものか……そこまで考えて、俺は違うだろうと思い直した。そんなことはどうでもいいことだ。真に大切なのは、そう。

 

「……ありがとな」

 

 その善意に、素直に感謝を伝えることだろう。

 

「? アリアト!」

「……あー、違う。こういう時は『どういたしまして』だ」

「ドイタ、マシテ? ドイタマシテ!」

「……ああ、今はそれで良いよ」

 

 2人でコップを洗いながら考える――足りない部分を補い合う、というのはこういうことなのだろうか、と。

 いやまあ、子供(ガキ)に助けられている時点で、やはり俺は保護者として()()なのだろう。

 それでも。

 

「エイト、ドイタマシテー!」

 

 カイコがこんな笑顔で居るのなら、()()とまではいかないのかもな、なんて。

 

 混沌の街で、欠けた2人は安寧を貪る。

 敵も無く闘争も無く。

 助け合い、補い合い、笑い合う。

 たったそれだけの、拍子抜けするくらい平和な時間。

 

 それが嵐の前の静けさであると、彼等はまだ知らなかった。

 

 

 

 

【Tips】

《漁 (りょう)》

 東凶湾スラムにおける食料調達の有効手段。東凶湾には飛行型の魔塵が居ることもあるが、組合の護衛を使えばある程度安定して漁を成功させることが出来る。

 東凶湾スラムでは食事ゲージが一定以下になるとキャラクターのステータスが減少したりHPが減少したりする。護衛に味方キャラクターを派遣することで漁を依頼し、食料ゲージ回復のための食料を手に入れよう。

 

 

 

 

 ――東凶湾スラムに、一隻の船が近付いていた。

 

 中型の漁船――に巧妙に偽装された船の船首と船尾には機銃が、ビニールシートで覆い隠された状態で備え付けられている。左右の縁には前後ろ2本ずつ計4本の魚雷が搭載。凡庸な漁船に見せかけるための塗装の下、船体に使われている微量の魔鋼が含有された特殊合金は魚雷の直撃さえ耐える強度を持つ。船の名は無い……極秘作戦用のその船には名前が与えられていないのだ。

 波を裂き進む船、その船室に潜むは複数の武闘派異能者。彼等こそが賞金首や反政府集団の暗殺を目的として結成された災玉国防学園の暗部的組織、『特務(とくむ)クラス』の生徒たちである。

 『特務クラス』の中でも上澄みの彼等星四級異能者は、1人1人が「戦車」に例えられる程の戦闘力を誇る。中型の船は彼等6人を乗せていると言うだけで、大型軍船を超える武力を搭載していると言っても過言ではない。

 

 だが、それは()()()()()()()()を上乗せしたときの話。

 その中型船の搭載武力は、きっと原子力空母さえ超えていた。

 何故ならその甲板には、戦車を遥かに超える武力の個人が――()()()()()()が乗っているから。

 

 ばたばたと、潮風を受けて暴れる白い長髪。

 白い医療用眼帯で覆われた右目と、青い海も迫る街も映すことのない、視力を失い白濁した左目。

 揺れる船の上でもしかと立つ小柄で華奢な体、不健康な白い肌にそれを包む漆黒の喪服。

 その立ち姿は靡く白髪も相まって、大鎌を携えた髑髏の死神が漆黒のローブを纏っているかのよう。

 

 彼女こそ災玉国防学園中等部1年にして、学園に4人のみ星五級異能者が一角。

 通常高等部から所属を許される『特務クラス』に初等部で加入し、瞬く間に成績1位に上り詰めた処刑の神童。

 地獄の門を開く者――名を、漆門寺(しちもんじ)ナナ。

 

「……うん。だ、いじょうぶ。かげみやがささえてくれてる、から、ころばないよ」

 

 潮風で折れそうな程に華奢な盲目の少女はしかし、杖も無しに波に揺れる船の上でも直立を保つ。

 そんな彼女の左手は、己の肩辺りの高さで不自然に固定されていた。まるで見えない誰かと手を繋いでいるように。

 

『――』

 

 波音が浚うまでもなく、一切の声はしなかった。

 だが漆門寺ナナは聴こえた声の方向を、繋いだ左手の先にある顔を見上げて、天使のようにはにかんだ。

 

「――うん。みなごろしに、する、よ。だから、ほめて、ね」

 

 喪服の死神、来たる。

 混沌の街に訪れるは、天国か、地獄か。




【Tips】
《特務クラス (とくむくらす)》
 災玉国防学園内に存在する、諜報・対反乱作戦・秘密作戦などの特殊工作を行う人材を育成することを目的とするクラス。一般には存在自体が秘匿されており、生徒は学校側からのスカウトでのみ配属を許される。
 教育方針の都合上戦闘能力の高い生徒が多く、在学中時点で極秘な作戦行動を何度も行っている。そんな生徒たちの将来の職は国防官ではなく、別の形で国家に貢献する仕事となるだろう。
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