【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
《不完全異能者 (ふかんぜんいのうしゃ)》
瘴気に適応し身体強化を得たが、しかし固有の異能を発現させることができなかった異能者の総称。中には素の身体能力と瘴気による身体強化が相乗して高い戦闘能力を有するものも存在するが、殆どは同格の異能者に大きく劣る。
固有の異能を持たないものの、通常の異能者が汎用的に習得できる瘴気を使った技術等を身につけることは不可能ではない。
『ザザ……今日はいつにも増して「
トランシーバーがノイズ交じりの声を吐き出す。
声の主、『組合』リーダー・
それを聴きながら、俺、
「(……いよいよ不味いな。このまま緊張が高まり続ければ、耐えきれなくなった『組合』内の空気はこのトラブルを持って来た俺に牙を剥きかねない。優しいボスに統率されてる異能者集団とはいえ根っこは学生だ、程度はどうあれ暴走は不可避だろう。こうなると『六道會』が仕掛けて来る方が俺的には都合が良いが、どうするか……)」
非異能者に星三異能者相当の身体強化を与える麻薬『ミアズマ』、それを完成させ勢いづく暴力団『六道會』と、東京湾スラムの治安を守る『組合』の対立構造はいよいよ決定的になっていた。
その原因の一端となった俺にとって、しかし重要なのは『組合』の存続では無く己の保身。銅山さんや同僚たちには申し訳ないが、俺はとにかく死にたくない。「普通の幸せ」ってヤツを知らないままで、ヤクザなんかに殺されてたまるか。
「……? エイト?」
トランシーバーの音を不思議に思ったか、あるいは俺の内心の剣呑さを悟ったか。寄って来たカイコが俺の顔を覗き込んでいた。
「なんでもねえよ。気にすんなカイコ」
なるべく柔らかい声と表情を意識してそう言う。俺の事情で子供に気を揉ませる訳にもいかない。
「(まあ、こいつも全くの無関係って訳じゃないがな。俺が死ねばカイコは
今は俺が保護者なのだから、
「(箸の使い方とかも教えないとなぁ……先は長いな、全く)」
一向にゴールが見えない「教育」とやらに溜息を溢していると、ふとトランシーバーが新しい報告を吐き出した。
『――ザザ、う山さん! 奴だ、若頭だ!
『こっちに、「いさな」に向かってきてるっス!』
『……! 分かった、くれぐれもこちらからは手を出さず様子を……』
誰もが焦りを隠せない声で叫んでいる。そしてその内容。
「(『六道會』の若頭って確か、殆ど組織の実権を握ってるって噂の『悪のカリスマ』だろ。そんな奴が兵隊連れて直接『組合』本部に乗り込んで来たって……尋常じゃないぞ。一体何が起こってる……!?)」
『六道會』の基本的な情報は『組合』で集めた。
元関東最大級の指定暴力団『六道會』。国防官によって否応なしに犯罪組織の肩身が狭くなる現代、瘴気災害で壊滅的打撃を受けた23区内に本家を構えていたにも関わらず殆ど規模を保ったまま生き残っている稀有なヤクザ。
その理由、東凶湾スラムに再興の可能性を見た切れ者こそが若頭の六道アクジだと言う。噂では『ミアズマ』の生産も彼が発案したことだとか。その求心力は東凶湾スラムの外にいる親父さえ超えているだろうというのが銅山さんの評……正に『六道會』の中核と言うべき男。
そんな奴が、何故直接敵地である『組合』に出向いたのか。それ程の理由があるのか、それとも……強気な動きができる程の
「(……『ミアズマ』と
俺はこれでも8年間定期的に死線を潜って来た。その勘が言っている……今動かなければ、取り返しのつかないことになるだろう、と。
「(……今必要なのは鮮度の高い情報と臨機応変さだ。学園みたいなハイテクな連絡手段が無い以上、部屋の隅で震えながら朗報を待つ訳にもいかない)」
本人にはどうしようもない運を除けば……死ぬのはいつだって、恐怖に呑まれて動けなくなった者と準備を怠った者だった。
安全圏で震えているだけでは脅威は足を止めてくれない。広く情報を収集し、最もリスクリターンの効率が良い場面を見極め、そこに臆せず命をベットすることが弱者が生き残る最低条件……それが長い異能者人生で得た経験則。
学園時代のように覚悟をひとつ。
俺はソファから立ち上がり、ボロ布の外套をばさりと纏った。
「カイコ、今日は絶対外に出るなよ」
「……エイト?」
「ああ、俺は急用で休日出勤だ」
本当は命令違反の独断専行だが……まあバレなければ同じようなものだろう。
やはり、俺は組織への忠誠心ってヤツと相性が悪いらしい。上辺は取り繕えても本性は変えられない……俺の
「(絶対に生き残ってやる)」
ずきり、また右眼に痛みが走る。
ああそうだ、俺は絶対に生き残る。
「(その為なら、殺す。例え相手が誰だろうと――)」
カイコを部屋に置いたまま、俺は生存を懸けて混沌の街に飛び出した。
【Tips】
《属性 (ぞくせい)》
異能には八つの属性「炎」「氷」「水」、「風」「土」「雷」、「光」「闇」がある。
「炎」は「氷」に強く、「氷」は「水」に強く、「水」は「炎」に強い。
「風」は「土」に強く、「土」は「雷」に強く、「雷」は「風」に強い。
「光」と「闇」は相克関係にあり、互いに与えるダメージも受けるダメージも多い。
異能者によっては複数の属性を持つものや属性が変化するもの、属性を持たないものなども存在する。属性の相性を理解し有利にバトルを進めよう。
『ザザ……「六道會」が甲板に乗り込んで……! 銅山さんとの面談を要求してきてるっス!』
『船長室に通せって……ザザ……どうする、迎え撃つか!?』
「……大丈夫、君たちの安全が最優先だ。決して手を出さず、通してくれ」
トランシーバー越しにそう伝えた巨躯の男は、小さく見える背もたれに身を預けふぅと息を吐いた。
『組合』リーダーにして不完全異能者・銅山イサオ。船長室にて座す彼の心中はこの状況もあり決して穏やかではなかった。
「(皆混乱してる……当たり前だ、『六道會』とのトラブルは何度かあったが、今回のは明らかに
組織の長故の、あるいはその心根故の苦悩。
しかし彼を煩悶から立ち直らせるのも又、組織の長としての自負である。
「(覚悟を決めろ銅山イサオ。おまえの一挙手一投足に皆の命が懸かってるぞ)」
決意を固め、普段は心情を映して緩みがちな表情を引き締める。
程なくして船長室の扉が開いた。どかどかと船長室に黒服たちが踏み込んでくる。
厳つい黒スーツの男たちを率いて現れたのは、高級そうなスーツの上から袖を通さず和服を羽織った、銅山と同年代程に見える若い青年。つまり――。
「……若頭自ら敵地に殴り込みとは、今日は随分乱暴だね」
「大仕事前の些事に何日も取られれば乱暴にもなる。ましてそれが約束の日ならなァ」
その眼鏡の奥。藍、蒼、碧の三色の瞳が、非人間的な輝きを帯びて銅山イサオを睨んでいた。
『旧東凶港異能者組合』と『六道會』。
この東凶湾スラムにおける二大勢力、その長同士は今対面を果たした。
親密さなど微塵も無い剣呑な雰囲気の中。先に口を開くのは当然、状況を動かす力を持っている方。
一見して室内で最も細身の青年は、しかしこの場の誰よりも傲岸不遜な態度で、屈強な体格の『組合』リーダーに告げる。
「総出で10日間探して影も形もナシ、ってこたァどうせてめえが匿ってんだろ。『
「……2人、だって?」
「オイ、とぼけてんじゃねェぞ銅山ァ。そんなに俺等が優しく見えるか? それとも役立たずの目ん玉を文字通りの
ジャキ! という金属音と共に、若頭の両脇を固めた黒服たちが銅山に拳銃の銃口を突き付けた。
明確に脅しをかけながら、六道アクジは「まだ撃つな」と言いたげに手を上げたまま詰問する。
「二度目はねェぞ。『ノラ』と『隻腕隻眼の学生』だ」
銃口を向けられたが故か……銅山イサオの頬を一筋汗が伝った。
ふぅ、と息を吐いた彼は、意を決して慎重に言葉を紡ぐ。
「……『ノラ』に関しては知らないよ。『学生』――ヒナタ君も『
「――おい。二度目はねェと言ったよな」
「そうは言われても、知らないものは知らないんだ」
「なら、百歩譲って『ノラ』は良い。一から十まで言わなきゃ分からねェか?」
……これ以上は誤魔化せない。
そう判断した銅山イサオは必至に頭を回し次の言葉を考える。それは自らの保身の為……ではなく。
「……ヒナタ君は正当防衛だと言っていたよ。それに黒服じゃなかったということは末端だろう。どうして彼が
新入りの
だが、三色の瞳は揺るがない。
「当然だ」
「何故」
「俺が『やれ』と言って従った奴等が死んだ。10人もだ。だってのに今更俺がイモ引いて、それでどうして
銅山イサオが組合員を守るために動いているように。
六道アクジを動かしているのは、人を動かす側としての責任……己の命令に従って死んだ者たちへの義理立て。
一見合理的ではないその行動原理に、銅山は目の前の若い青年が「悪のカリスマ」である理由の一端を見た。
人は必ずしも合理で動かない。世の道理から弾き出された者たちにとっては猶更だ。そんな彼等にとって、合理を弁えながらも情を重んじ、己が死した後ですら義理を立ててくれる有能な上司とは得難い存在なのだろう。その人の命令ならば迷いなく引き金を引ける程に。
そんな風に複数の引き金を握る男は、これ以上語ることは無いと冷酷な顔で宣告する。
「これが最後だ。そいつの住処、容姿、異能、諸々知っていること全部吐け。あるなら書類やらも全部だ。甘ちゃんのてめえにゃできねェだろうから
正真正銘の最後通告。向けられたいくつもの銃口が、誤魔化しも無言も許さない。
……許される限界の沈黙の後。組合の長は観念したように口を開いた。
「……ヒナタ君はね、17歳だと言っていた」
「続けろ」
「言われなくとも続けるさ。そんな未成年の子供がどうして、人を殺さなきゃならなかった?」
彼が長として諦めたのは、穏便にこの場を収めること。
つまり、彼は選んだのだ……誤魔化しの利かない、命を懸けての抵抗を、その揺るがぬ信念で以て。
「僕はね、悪党。君たちみたいなのから
轟! と銅山の体から瘴気が噴出した。
瘴気と共に空間を満たす怒気は燃え上がる炎のよう。だがそれを前にして、暴力の支配者はあくまで冷たく言い放つ。
「撃て」
銃声が響いた。
2秒、3秒……間延びした時間の中行われる無慈悲の連射は、拳銃のマガジンが空になるまで終わらなかった。
そして、銃撃が止み。
コロンコロン、と銃弾が床に落ちる――握り締められていた手の中から。
発射された銃弾は、その悉くが銅山イサオに
「コッ、コイツ……!?」
驚愕に、発砲した黒服のひとりが呻く。
銃弾を掴んで止める、人間離れした反応速度と肉体強度。
それを見せつけた不完全異能者は、熊のような巨体をいからせながら一歩踏み出す。その全身から大量の瘴気を迸らせながら。
「
ばき、と重厚な机の残骸を片手で持ち上げて放り投げる。
ずん、と踏み込んだ一歩で床が砕ける。
立ち昇る
熊じみた巨体の大男は、今や獅子など比較にならぬ怪物だった。
「今の僕は星四級異能者にも匹敵する身体強化を手にした。いくら『ミアズマ』使いでも、おいそれと勝てると思うなよ――!」
その迫力に、ヤクザたちは確かに気圧された。銃の通じない猛獣を前に歩調が乱れる。
動揺した彼等が咄嗟に指示を請うのは当然、
「
「――喚くな」
それだけで、水を打ったように黒服たちは沈黙した。
焦った部下とは対照的、あくまで冷静に端的に、六道アクジは命令を下す。
「下がれ。
ざあっ、と。
その一声で、若頭の盾になろうと前に出ていた黒服たちは一斉に身を引いた。
屈強な男たちが窮地にあっても細身の青年に忠実に従う……そんな光景から垣間見える絶対の信頼、強固な忠誠心。
しかしそれは逆に言えば、そんな忠誠を一身に集める彼さえ倒してしまえば『六道會』は統率が乱れ、大きく弱体化するということ。
銅山イサオは覚悟を決め拳を握り締めた。一息の間に間合いを詰め、その頭蓋を粉砕する為に。
「悪いけど、ミアズマを飲む隙は与えない――」
「要らねェよ。『
だが、それよりも先に六道アクジが動いた。
彼がしたのはたった一動作。手を前に突き出し、虚空を握る。
――それだけで、不可視の力が銅山イサオの背を叩いた。
ぐん、とその巨体が宙に浮く。
「!? (体が引き寄せられ――)」
「『
次いだ言葉に呼ばれたが如く、気付けばその手には武器があり。
神速で振るわれた巨大な金砕棒が、銅山イサオを強烈に迎え打った。
ベキバキボキ!! と殴打された彼の体内から異音が響き――その巨体がボールみたいに壁まで吹き飛ぶ。金属製の船室の壁が凹む程勢いよく叩きつけられた銅山イサオの両手はへし折れており、もう戦う力が残されていないことは明白だった。
弾丸が通じない異能者の人体を容易く破壊する膂力、巨体を手玉に取る特異な異能。
衝撃に揺れる部屋で、1人だけ堂々と仁王立ち……その手に掴んでいた棘付きの金砕棒、氷の色をしたそれをどろりと「溶かして」、六道アクジは極めて冷淡に言い放つ。
「下らねェ。てめえが
合理と情に次ぐ三つ目。無法者たちを束ねられる最も大きな理由にして、その絶望的真実を。
「――俺ァ
六道アクジ、異能〈
その力に与えられた等級――星五級。
【Tips】
《完全開放 (かんぜんかいほう)》
神亡川異能育成学院にて開発された異能を強化する技術。体内で練り上げた瘴気を一気に放出することで戦闘能力を大きく上昇させる。ただし代償として瘴気の消費量は増加するので、継戦能力が大幅に低下してしまう。固有の異能に関係なく発動可能だが同時に高等技術でもあり、習得できる者は一握りの猛者に限られる。
完全開放は一部のキャラクターが使用できる。使えば大幅なパワーアップが可能な切り札だが、使用したキャラは一定時間経過で戦闘不能になるので注意しよう。