【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
《東凶湾スラム (とうきょうわん・すらむ)》
東凶最大規模のスラム街であり、数多の反社会的勢力が異能の力を頼りに犇めき合う規格外の悪性魔境でもある。
魔塵が積極的に狙わない海沿いに建てられた街は細長く、人々は10年前の瘴気災害前から建っていた建物などを流用して暮らしている。また海上に浮いた複数の船舶も街の一部として使用されており、地上の「港街」よりも治安・安全性共に高いので、「船街」と呼ばれスラム街内でも地位の高い組織や住民が根城としている。
「港街」の治安は発展途上国レベルで、特殊な薬物なども横行しているようだ。
どか、と甲板上に巨漢が転がる。
「――ッ、
「動くな」
倒れた男に突き付けられた銃口が、駆け寄ろうとした組合員たちの足を止めさせた。
そんな彼等を睥睨しながら、スーツの上から和服を羽織った青年は告げる。
「てめえらのボスはこの通り虫の息だ。もう眉間に鉛玉がぶち込まれるのを止める手立てはねェだろうよ。出来の悪いスプラッタを見たくねェってんなら、行儀良く『お客様』を見送れや
倒れた男、人質の銅山イサオは死んではいない。しかし戦闘どころか自力で動く力もない。
立ち上がる事すらできない彼は、倒れ込んだまま歯噛みする。
「(誤算だった……!
星五級。正に格が違う――少なくとも不完全異能者である自分では太刀打ちできなかった。
そしてそれは恐らく……。
「貴様!」
「こんなことして無事に帰れると思ってんスか……!」
組合員、銅山を長として慕う武闘派の異能者たちが六道アクジに敵意を向ける。
彼等の等級は星四級……戦車の銃口を複数向けられたのと同じ状況で、しかし若頭は溜息を吐いた。
「はァ……呆れたもんだ。まだ状況が分かってねェようだなァ。なら分かり易くしてやるよ」
こつ、と彼が靴で甲板の床板を叩く――。
〈
どろり、と床が
金属製の甲板が冗談のように液体に代わる……その変化は一瞬で船体を奔り、甲板に特大の大穴を開けた。組合員たちを呑み込む大穴を。
ズゥン……!! と巨大生物の口に呑まれるが如く、コンテナたち諸共船室に落下する組合員たち。
「うわッ!?」
「船の床が、溶けた……!?」
金属光沢を放つ液体に足元を濡らされながら、屋根が消えた船室に落とされた彼等は、見た。
天を背負ってこちらを見下す、凡そ人間のものとは思えない三色の双眸を。
「てめえらなんぞ船ごと
「この……ッ!」
「まだ分からねェのか? ならもういいからかかってこい、予定が詰まってんだ。その代わり
翳されたその手が放つ三色の瘴気は、それ以上語らずともその異能の悍ましさを理解させた。
そもそも向けられた無数の銃口も無視できない脅威。それに加え金属製の船を容易く破壊した六道アクジの異能……反撃するには戦況は最悪だ。
だが組合員たちは退くに退けない。彼等が慕うリーダーであり精神的支柱、銅山イサオが敵の手に堕ちているのだから――。
「駄目、だ。手を、出し、ちゃ」
膠着の中絞り出されたその声は、正しく。
「銅山さん!」
「彼等の狙いは、僕らじゃ、ない。手を出さず、行かせ、るんだ」
息も絶え絶えに伝えられたその言葉に、組合員たちは歯嚙みしつつも瘴気の放出を止めた。
戦闘態勢の解除……それを見て、六道アクジも黒服たちに「銃を下ろせ」とハンドサインをする。
「それで良い。精々、
見下しながら放たれた捨て台詞にも、組合員たちは堪えて言い返すことをせず。
嵐が去る……それを息を殺して待ちながら、銅山イサオは申し訳なさそうに目を伏せた。嵐が次に目指す場所を、この場で彼だけが知っていたから。
「(彼の
無力にも祈る事しかできない己を恥じつつも。
半壊した船の上で臥したままの優しき男は、ただひたすらに願い続けた。
【Tips】
《旧東凶港異能者組合 (きゅうとうきょうこういのうしゃくみあい)》
東凶湾スラムにおける異能者組織の最大派閥。メンバーは異能者及び不完全異能者のみで構成されている。リーダーは銅山イサオ。
街周辺の哨戒や行商人・漁師の護衛、拠点であるコンテナ船を利用した倉庫業などが主な仕事であり、スラム内の治安維持なども行っている。街の住民からの評判は非常に良く、メンバーも若いことから食事を御馳走になることもしばしば。
東凶湾スラムでの生活で最も重要な衣食住の確保は組合員ならば難しくない。街に流れ着いた異能者が所属するには充分すぎる組織だろう。
ゴオォン……!! と尋常ではない轟音が遠目で見える『いさな』から上がった。
船が揺れ、甲板が煙に包まれる。
「(何だ……『いさな』で何が起こってる……!?)」
船街が見える屋根の上で潜伏しながら、俺、
『組合』拠点での異常――恐らくは『六道會』による襲撃。問題はこの距離でも伝わってくる破壊の規模と、見慣れた組合員たちの異能が発動されている様子が見られないこと。護衛の為常駐している星四級異能者が居るハズなのに、だ。更に最初の破壊音後、銃声も怒声も聴こえない。
となれば、予測される状況は。
「(全滅、いや人質か……となれば組合員に異能的にも、音の原因は『六道會』の示威行為、だろうな。『組合』と『六道會』では前者に分があると思ってたが……読み違えたか)」
『六道會』の切り札である『ミアズマ』。非異能者に星三級異能者と同等の身体強化を与える薬……それが完成したとはいえ、『組合』の異能者集団には太刀打ちできないと踏んでいた。だから俺は『六道會』との敵対をそこまで忌避していなかったのだ。勝つのは『組合』だ、という確信によって。
だが、現実は違ったらしい。
「(恐らく『六道會』には『ミアズマ』とは別に切り札が――強力な異能者が居る)」
少なくとも先の破壊は、『ミアズマ』による身体強化では説明がつかない。ならば可能性はそれしかないだろう。
異能者というのは厄介だ。一見して強さが分からない上に、規格外の実力者が1人居れば状況が簡単にひっくり返る。
だが、それでも俺が「強力な異能者の秘匿」という可能性に思い至らなかったのは『ミアズマ』の存在が大きい。あれは異能者組織である『組合』に非異能者組織の『六道會』が対抗する為のアイテム――つまりそれがなければ『六道會』は『組合』に太刀打ちできなかった――と考えていたのだが、実はそうではなく
「――ぃません」
「(ッ、なんだ? 人の声?)」
思考に埋没していた意識が現実に引き戻される。
身体強化によって鋭敏になった聴覚が捉えたのだ……眼下、地上を行く集団の会話を。
「
「監視は?」
「ハイ、そいつは一応……」
「なら良い。
思考を中断し、悟られないよう覗き込めば、そこに居たのは。
「(黒スーツ――『六道會』の構成員集団、そして奴らを率いているあの男が恐らくは若頭・六道アクジか……あんな集団でどこに向かってる?)」
明らかに堅気ではない格好をした男たちは、先頭を歩く和服を羽織った青年に追従するように路地を進む。その足取りは迷いが無く、明確な目的地があることが察せられた。
暫く様子を見るか、と会話が聴ける距離での尾行を決意した俺だったが……すぐに
「(待て、この方向は、まさか――!!)」
『組合』本拠地であるコンテナ船『いさな』の異変。『六道會』と俺との間に生じたトラブル。そして、外出前に俺が言ってしまった言葉――。
『カイコ、今日は絶対外に出るなよ』
あらゆる情報がひとつの結論を、最悪の未来を導き出し。
――気付けば俺は屋根から飛び下り、『六道會』の集団の前に立ちはだかっていた。
眼前のヤクザ共が浮かべた驚愕の顔は、そのまま俺の内心を鏡写しにしたかのよう。
何をしてる、と頭の冷静な部分が叫ぶ。
敵対しているヤクザの集団の前にたった1人で飛び出すなど、余りにも衝動的に過ぎた――つまり愚かな判断であることは明白だ。だがどんな後悔も、この状況ではもう後の祭り……つまり、腹を括るしかない。
屋根の上から路地の真ん中に降ってきた男を呆然と見つめるヤクザたちの中――集団の先頭に立った青年の見開かれた目が、誰よりも早くスゥと細まった。
「隻腕隻眼の学生……
冷静さを取り戻す速度が1人だけ恐ろしく早い。立ち位置、格好、頭の回転……やはり、彼が。
「……『六道會』若頭、六道アクジ、だな」
「あァ。随分変則的にはなったが、これで自己紹介は終わりでいいな?」
眼鏡の奥で異質に輝く藍・蒼・碧の三色の瞳、黒髪に混ざる同色の房……異能者か。外見から察せられる年齢は20代前半といった所なのでおかしくはない。色から察するに、恐らくは水、氷、風の三属性持ちだろう――そんな規格外が実在するのかは不明だが。
切れ者と噂のヤクザの若頭が、『組合』を手玉に取れるほどの規格外の異能者でもある……どんな馬鹿げた確率だ。しかし、異能関連で「ありえない」と決めつける事程愚かなこともない。あらゆる可能性を考え、適宜的確に対処するべきだ。
そう構える俺の前で、暫定・強異能者の六道アクジが眼鏡をズラしながらこちらを睨んだ。威圧的な雰囲気を多分に含んだ表情で口を開く。
「早速だが質問だ。てめえが『ノラ』を匿ってんのか?」
「……何の話だ?」
咄嗟に素知らぬ顔でそう返したが。
俺は内心、大きく動揺していた。
「(なんで『ノラ』が出て来る!? 俺の顔と
必死に無表情を保ち、驚愕と混乱を隠し通そうとした俺だったが……ポーカーフェイスが完璧ではなかったのか、それとも別の理由か。
六道アクジは分かり易く溜息を吐いた。
「長年極道やってるとなァ、目の前の奴が嘘吐いてるかどうかくらい分かるようになってくる。その例で言やァ、質問に肯定も否定もせず『何の話だ』ってはぐらかそうとするのはよォ――嘘吐きのやることなんだよなァ」
ずあ、とその全身から瘴気が漏れ出す――瞬間、俺の全身は総毛立った。
やはり三色――水、氷、風を思わせる
だが最も恐ろしいのは、これほどの
改めて、戦慄する。威圧の為にソレを開示してくれたのは幸運としか言いようがない。尤も、その爪牙を向けられていること自体が特大の不幸ではあるが。
冷や汗が頬を伝う。
そんな俺に対し、六道アクジは眼鏡をズラして異質な瞳を晒して告げた。
「『ノラ』の居場所を吐け。そうすればてめえは見逃してやるよ」
突き付けられたそれは、最悪の天秤だった。
瘴気と同色の三色の瞳は、言葉とは裏腹に決してこちらを逃がさないようねめつけている。それこそ蛙を睨む蛇のように。
――天秤が、揺れる。
「……あいつを、どうするつもりだ」
「答える義理があるか? 訊いてんのはこっちだ、さっさと言えや
じゃき、と硬質な音が幾重にも響く。
返答の代わりに俺に向けられたのは――銃口。六道アクジの横に並んだ黒服たちが、拳銃を取り出しこちらに突き付けていた。
「後は分かんだろ。分かるよなァ? 眉間で糞が出来るようになりたくなけりゃ、こいつらの指が滑らねェうちに知ってること全部吐くんだな」
……なんて分かり易い脅迫。並んだ銃口が、否応なしに「死」を突き付けてくる。
天秤が揺れる、揺れる。
死にたくない。生きていたい。普通の人みたいに幸せになりたい……その為なら誰だって殺す、そう覚悟していた。
だが、その「誰か」が
ずきり、失った右眼が痛む……その痛みもまた「生き延びろ」と言っている気がする。何をしてでも――誰の血で刃を濡らしてでも。
ずきり、ぐらり。
天秤が揺れ動く。
「どうした? 迷うこたァねェだろう。野良の獣一匹売りゃあ
こちらの内心を、懊悩を見透かしたかのようなその言葉で。
天秤は遂に傾いた。
『メシ!』
その少女が、初めて喋った時を思い出す。
『エイト!』
初めて
『カイコー!』
己の名を叫んだ、小さな命を。
『アリアト!』
嗚呼、それはただの復唱だったのに、礼を言われた気さえして――。
思えば短い付き合いだ。1週間ぽっち住処を共有しただけの仲。
言葉も碌に通じず、相手の真意など知る由も無い。
だから、カイコ――。
「……悪いな」
そうだ、答えは簡単だった。
「――『ノラ』なんて俺は知らない。そんな奴、この世のどこを探しても居ないだろうよ」
野良の獣、薄汚ない害獣――そんな、六道アクジの言う『ノラ』のことなんか俺は知らない。あいつは、カイコはそんなんじゃない。全てに見捨てられ、汚れた体の洗い方も知らないまま誰かから奪うしかなかった、悲しく優しい
だから、俺は『ノラ』なんて知らない。そもそもそんな奴は最初から存在しなかった。
存在しない奴のことをどうやって語れと言うのだろう……そう、答えはこれ以上ない程簡単だったのだ。
思えば短い付き合いで。
言葉も碌に通じず、真意など知る由も無かったけれど。
あの小さく、頼りない、けれどこの手には重過ぎる命を助ける為ならば。
俺なんかの軽い命など、何百回でも懸けてやる。
そんな俺の決意を悟ったか、六道アクジは心底苛立たし気に眼鏡を押し上げた。
「……そうかァ。残念だ、
悠長。好機。
とっくに切り替わっていた思考がそう判断し……その言葉が終わるのを待たず、俺は全霊で地を蹴った。
流れるように滑らかに姿勢を落とし。
閃くように迅く前へ、駆けるその影は疾風迅雷。
徒手の隻腕には闇掴み、虚空より刃いざ抜かん。
――全行程:省略、限定抜刀!!
脳内で轟いた激を合図に、
遂にその
〈
黒一閃、居合にて迸る!!
鮮血が舞う……それらは両断された骨肉臓器の断末魔が如く空気を染めた。
凍り付いた時間、2人の異能者の視線が交錯する……死にゆく人体ひとつを挟んで。
「てめえ……!」
「ちっ (庇われたか――)」
『
深く逆袈裟に切り裂かれた体が力なく地面に斃れる――同時、凍り付いていた時間が融解する。
「――! 撃て!!」
黒服の1人が叫び、銃声が連続して響く。
銃撃を俊敏な動きで飛び上がって躱した影宮エイトは、追撃を防ぐため刀を投げ捨てそのまま異能を発動する。
『
ぶわ! と路地を漆黒の煙幕が包み込む。
視界を塞がれ標的を見失ったヤクザたちは、出鱈目に銃撃しながら銃声に負けぬよう大声で叫ぶ。
「クソ! 煙幕だ、
「カシラ! どこです!?」
煙幕と共に混乱がヤクザたちを覆う――その流れを一喝し止めたのは、当然。
「喚くな! 煙幕は俺が消す――『
六道アクジは漆黒の霧に手の平で触れ、その異能を発動する――。
しかし、何も起こらない。
「ぎゃ!」「ぐあ!」
煙幕の中響く野太い悲鳴。それを聞きながら、六道アクジは舌打ちする。
「(チッ、この煙幕『気体』じゃねェ、魔鋼と同じ『半固体』の粉塵か!)」
銃声が何度か轟く。一体煙幕の中で何が。
六道アクジは時間を無駄にしたことに苛立ちながらも、冷静に再度
「『
瞬間、強烈な風が地面に吹きおろし、ぶわりと煙幕を吹き飛ばした。
その手の平の中に収まったなんらかの塊を放り捨てた六道アクジは、視界の戻った路地で部下たちの方を振り向く。
視界が晴れたこと、そして若頭の無事を確認できたことで、最初に目が合った黒服はある程度の落ち着きを取り戻したようだった。
「カシラ! ご無事で――」
どす、と。
弛緩しかけた空気を引き裂くように、黒服の胸から漆黒の刃が突き出した。
「な」
六道アクジは瞠目する。
煙幕が充満してから四散するまでは10秒にも満たなかった。
だというのに、立っている部下は1人だけ――他は例外なく地に沈み、そしてその最後の1人も背後から刃で貫かれている。
ごぷ、と最後の部下の口から血が零れる。
その背に体を隠しながら、影宮エイトは冷徹に語る。
「少し考えれば分かる事だった……『話せば見逃す』? その保証がどこにある。
声は、冷たい刃物のようだった。
ヤクザたちが何故『四方山ヒナタ』を即座に撃たなかったのか……それは情報が欲しいからだ。
『ノラ』がどこに居るのか。そしておそらくはどれだけ構成員殺害に関わったのか、も。
それらを吐いて
つまり、最初から残された道はひとつだった――死力を尽くして戦うしかなかったのだ。
「こちとらとっくに覚悟は決めてんだ。生き残る為なら、ヤクザの若頭だろうが構わずぶっ殺してやる」
今度こそ、帰る――決意は、固い。
ずるり、と殺した黒服から刃を引き抜き、血濡れの刀を
彼が放り出した部下が力なく地面に斃れるのを見て、六道アクジの憤怒は臨界を迎えた。
「嗚呼そうか、てめえが……! 上等だァ、任侠気取りの人斬り野郎……! てめえは
藍、蒼、碧。三色の瞳が怒りに歪み、同色の瘴気が天を突くように彼の全身から流出する。
対し、影宮エイトは影色の瘴気を纏いながら刃を構え。
殺意、激突。
東凶湾スラムの一角で、生存を懸けた死闘が始まった。
【Tips】
《六道會 (りくどうかい)》
元・関東最大規模の指定暴力団。
「ミアズマ」という麻薬の生成・流通を一手に担っており、また船街の治安維持なども積極的に行っているため、実質的な東京湾スラムの支配者と言える。現在は若頭である六道アクジの発言力が強いようだ。
治安維持任務や薬物流通任務では組合の異能者と敵対することもしばしば。相当腕に自信が無ければこの組織内でのし上がるのは難しいだろう。しかしひとたび上り詰めることが出来れば、スラム内でも有数の贅沢な暮らしが待っている。
――同刻、東凶湾スラム船着き場。
『いさな』を発端とする混乱に乗じるように、一隻の船が桟橋に接岸した。
『――』
「うん。ついた、んだね」
頬を撫で鼻を突く潮風、耳には波と街の喧騒、微かに混ざる瘴気の匂い。船上の体は海に揺られ、しかし盲目の少女は支えもないのに倒れない……否、何かに支えられているかのように揺るがない。
船室内で人が動く音。それを感じながら、漆門寺ナナは作戦開始の合図を静かに待つ。それは服装も相まって、喪に服しているようだった。
そんな彼女に、ふと誰かが声をかけてきた。
「ごきげんよう、白黒のお嬢さん」
こつん、と船の甲板をヒールが叩く。それまで足音が近付いてきた様子は無かった……盲目の漆門寺ナナには、まるで突如目の前に現れたように感じられた。
妖艶な色香にも満ちた、しかしどこか子供のように楽し気な妙齢の女の声が、漆門寺ナナを前に続く。
「私は灰かぶり、『夜明けの団』の団長さ。そっちは『特務クラス』で間違いないかな?」
長髪にも見える大きな灰色のヴェールを被った、上品なドレス姿の女――『灰かぶり』。
彼女は沈黙を貫く漆門寺ナナ越しに船を見て……うまく隠された機銃や魚雷などを確認しくすりと嗤った。
「ふふ、そうみたいだね。それではまず挨拶を――
その時。目的地に到着し船室から出てきた1人目の『特務クラス』生が、漆門寺ナナの前に立つ人物の姿を見た。灰色のヴェールを被った女の姿に、その目が飛び出んばかりに見開かれる。
「!! 敵襲だ――」
咄嗟に叫んだ彼の言葉は、
船の横腹を吹き飛ばす、大爆発に呑み込まれた。
衝撃が海を、街を揺らす。
次いで空を舐めるように炎が上がる時には、赤く染まったその船は戦場に変わっていた。
爆炎に紛れ船上に飛び込んできた『夜明けの団』の異能者たちが、生き残った『特務クラス』の面々を奇襲していく。気付けば船の周囲では、幾多の異能戦が展開されていた。
舞い上がる火の粉、喉を焼く熱風、響き渡る怒声と悲鳴。
その只中、嵐の中心にあって尚慇懃に、ドレスの女は微笑する。
「サプライズは気に入ってくれたかな? 少々派手だったかもしれないが、趣味に合わなくとも許して欲しい。君ほどの有名人が舞台に上がってくれたのだもの、歓待に力が入ってしまうのは必然というものだからね」
そう笑いかけた相手、同じく爆心地の横で、白髪を熱風に踊らされながら何でもないように立つ漆門寺ナナは……。
「……?」
ただ、至近の虚空を見上げていた。
光の映らない隻眼は爆炎も敵味方の姿も映さず、只透明人間でも見るかのように一点を凝視している。灰かぶりが不思議に思っても仕方ない程、傍目にはその意図が読めない。
だがそれは、漆門寺ナナ本人にとっては至極分かり易い行為であった。
即ち、会話。彼女はその闇に閉ざされた世界の中、唯一
『ナナ子、分かるか。こいつは「夜明けの団」の灰かぶり。最優先目標の星五級賞金首だ』
「……うん。わか、ってる」
「(? 周囲に人影無し、声も聴こえなかった。誰かと通信している様子も無いけれど……異能かな? ふふ、それとも)」
灰かぶりには漆門寺ナナが見ているものが見えない。
だがそんなことなどお構いなしにに、その死刑宣告は下される。
漆門寺ナナの見つめる中、『影宮エイト』が灰かぶりを指をさした。するとその指の先、光を失くした視界に、敵の姿が映し出される。
悍ましく、恐ろしく、人の輪郭をしているだけの異形の敵。実像とは大きく異なるそれを見て、『影宮エイト』は少女に囁く。
『嗚呼クソ、なんて危険な敵だ。今度こそ殺されちまう。ナナ子、その前にこいつを倒してくれ――
その
「うん、うんっ。ころす、よ。みて、て」
「ふふ、私と踊ってくれるなんて光栄だよ
「いら、ない。――しんで」
〈
対し灰かぶりも無色透明の瘴気を展開、未知なるその異能を構えた。
「ふふ。役者は揃った、さあ開演だ。零時の鐘が鳴る前に、
一騎当千の星五級異能者どうし、炎の海など歯牙にもかけない、たった2人の大戦争。あるいは一世一代の大舞台の幕が上がる。
地獄の門の解錠に、
【Tips】
《夜明けの団 (よあけのだん)》
東京湾スラムを拠点とする、革命・国家転覆を目論む異能者集団。目的の為なら手段を選ばず、特に爆破テロ等の手段で現政権に抵抗を見せている。掲げる思想は「異能者の解放」。
リーダーで星五級賞金首・通称「灰かぶり」はその本名こそ知られて居ないものの、国内最悪の異能テロリストのひとりとして名高い。
特に定期任務などは無いが、その代わり衣食の保証もない。更に一部賞金首イベントに参加できなくなるなど弊害もあるので気を付けよう。