【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<7> 影宮エイト

 ぴく、と頭の上で耳が動く。

 独り残された部屋の中、カイコはふと何かを感じ取った。

 

 それは匂いだったのか、あるいは音だったのか……それはカイコにも分からない。分かったことは只ひとつ。

 

「……エイト?」

 

 察知したのは、■の危機。

 この1週間を同じ空間で過ごした同居人――『エイト』。彼が今命の危機にあることが、彼女には感覚で理解できた。

 

 ――影宮エイトとの同居を選んだことは、カイコの中でなんら特別なことではなかった。

 路上で生きてきたときから変わらず、彼女を動かしているのは『野生の道理』。満腹の肉食動物と草食動物が並んで水を飲むように、危機が無いなら警戒しない。弱肉強食の世界で生き残る為に自然と身につけた、何にも拘らない判断力。

 

 相手の思考は理解できずとも、攻撃してこないと分かったなら警戒するだけ体力の無駄だ。触れても問題がないならば湯たんぽ代わりにして暖を取ればいいし、食料を盗ませてくれるならそれに甘んじればいい。そんな風に、今まで通りの野生の道理で生きてきたハズだった。

 

 だが。

 

『――カイコ』

 あの日、あの時。

 「名前」というものを貰ったあの時に、野生の道理に罅が入った。

 

『カイコ、飯だ』

 飢える暇もなく食事を与えられ、腹と共に何かが満たされていくのを感じ。

 野生の道理はぼろぼろと崩れ落ちていき。

 

『……ありがとな』

 そんな優しい声は、柔らかい表情(カオ)は、今まで一度も向けられたことがなくて。

 いいや、違う。微かにしか思い出せないけれど、あれはきっと、母の。

 触れ合う熱に、名を呼ぶ声に、かつての温かさを重ねたとき……カイコの中で、遂に野生の道理は砕け散った。

 

 狭い部屋には2人きり。街に溢れていた敵はどこへやら、世界には自分と彼しかいない。

 飢えることも、傷つくことも、奪うことさえこの部屋(ココ)には無く。

 弱者を庇護する男によって守られ育てられたこの数日は、胸の奥に染み入るような温かさで満ちていた。

 

 ――影宮エイト。

 

 失ったはずの温もりに、彼が再び引き合わせてくれた。

 嗚呼、思えば――その熱が、獣に堕ちた彼女を人間に引き戻したのかもしれない。

 

 彼女にとって特別なのは飢える心配の無い空間でも安心できる時間でもなく、■たる彼。

 それを言語化できずとも理解していたのか。

 

「……」

 

 カイコは扉を、外へ繋がる出口を睨む。

 

 一週間前。黒服の集団に追われ、捕まり、殺されかけた経験は、痛みと共に幼いカイコの心に心的外傷(トラウマ)として焼き付いていた。今の今まで黒服たちの幻影(そんざい)に怯え、外出を選べない程に。

 だが今、異形化の代償で得た生命力と満足のいく食事によりあの日受けた傷は完治しており。恐怖を、そして既存の行動理念を押しのける()()()()()()()が彼女の中で膨らんで。

 

「――ゥ!」

 

 覚悟を決め、扉を開く。

 論理的思考力など彼女にはない。あるのは只、本能すら押しのけ肉体を駆動させる衝動のみ。

 鼻を動かす――匂いで彼の場所は辿れる。

 耳を澄ます――音で周囲の状況も探れる。

 地面を蹴る――四足の移動速度は獣そのものの俊敏さで、狭く猥雑とした街を軽々と踏破できる。

 

 獣の嗅覚、聴覚、身体能力――己の身に宿った全能力を駆使し、カイコは■の元へ駆け出した。

 その能力であれば、5分と経たず影宮エイトを発見、到達できたであろう――。

 

 ――但し、邪魔が入らなければ。

 

 ぬっ、と。

 曲がり角の先から見知らぬ男が顔を出し、カイコは咄嗟にブレーキをかけて全力疾走を停止させた。

 ……音で誰かが近付いてくるのは分かっていた以上、脇をすり抜け先を急ぐことはできた筈だ。それでも全力で足を止めたのは、重心低く身構える為。

 忘れかけていた生存本能が叫んでいる……「危険だ、警戒しろ」と。

 

 捜索の為ひとつ(エイト)の匂いに集中、他を無視していた嗅覚が、思い出したかのように脅威の匂いを伝えて来る。

 眼前の男が放つ……その口から漏れる瘴気の匂い。自分を殺そうとした黒服たちと同じ匂い。

 体が、固まる。芯から凍り付いてしまったかのように。

 呼吸は浅く。視線は揺れる。

 時間が間延びしていき。

 男が、口を開く。

 

「……おまえ」

 

 低くしわがれた声は、砂漠を何日も放浪した旅人のようだった。

 格好もぼろぼろで綺麗とは言えず、左手に至っては小指が根元から失われている。カイコは己の経験から何となく察する……この男は、何日も休みなく東凶湾スラム(このまち)を駆けずり回っていたのだと。

 そんな刈り上げ頭のチンピラは、カイコをじっと見つめると……夢遊病者のようにどこか不安定な視線と口調で、嗤った。

 

「『ノラ』だろ、『ノラ』だよな? 犬みてえな異形のガキ……ふはっ、見つけたぞ! 俺が! やっと見つけた!」

 

 喋りながら突如狂喜し。言い終わるや否や、男はポケットから透明な袋を取り出した。袋の中には真っ黒な錠剤が数粒。

 男は封を開けるのも待てぬとそれを破る――瞬間カイコの鼻腔を犯す、濃密な瘴気の匂い。驚き怯える彼女の前で、男は破けた袋に入っていた錠剤全てを躊躇なく口に放り込んだ。

 ごくん、と上を向いて嚥下し、男はそのまま誰にでもなく語り出す。

 

「やっと、やっとだ……これで若頭(カシラ)に認めテ貰える。人手使ってヤツを探し出シテ血祭りにでキる……! あいつダけは、2人を()りヤがったアイツだケはコの手でグチャグチャに――」

 

 男が一言発するたび、限界まで膨らんだ風船のように、男の肉体は内側から膨れ上がる。ぼこぼこと筋肉が膨張し、その輪郭は太く大きくなっていく。

 反面声の調子は外れ、声音から正気は失われていった。それにとって代わるように、彼の呼気は隠しようもない狂気を孕みだす。

 全身からは先にも増して大量の瘴気が溢れ出し、まるで漆黒の鎧を纏っているかのよう。

 

 複数粒同時接種による暴走状態。

 『ミアズマ』によって怪物となった男は、殺意と瘴気で真っ黒に染まった瞳をカイコに向ける。

 

「グ()()チャに、()()る!!」

 

 「死」。

 襲い掛かって来た怪物を前に、カイコの全身を悪寒が貫き。

 

 抱いた初志など何処へやら。

 覚悟など押しのける恐怖と生存本能に支配され、カイコは決死の逃走を開始した。

 

 

 

 

 

 

 戦端が開かれた直後。

 標的・影宮(かげみや)エイトを睨みながら、六道(りくどう)アクジは足を地面に押し付けた。

 ぎらり、三色の目が光る。氷を思わせる透き通った蒼色と海に見るような藍色が強く輝き、瞬間世界は改変される。

 

()()()に沈め――餓鬼(がき)(ぬま)

 

 どぷん、と。

 影宮エイトの足が突如として()()()()()()

 

「(地面が液状化した!? 不味い、沈む――ッ!)」

 

 ずぶずぶと足を、体を呑み込む地面(えきたい)は、その粘性も相まって力任せで脱出することも難しい――まるで底なし沼だ。

 

 強制輪廻(サンフェーズサーラ)――餓鬼沼(がきぬま)

 地続きの足場を液体に変え相手の行動を阻害、あるいは溺死させる技。人を呑み込むその様相、飢えて生者の肉を求める餓鬼が群がるが如く也。

 

 影宮エイトのくるぶしが地面に呑み込まれ、膝が浸かり、しかしまだ足は底に付かない。

 ――このままでは不味い。

 地に足がつかない本能的な恐怖心から、影宮エイトは迅速に異能を発動した。

 

兌瘴暗器(ダークメイカー)ッ――」

 

 怨鎖(えんさ)鉄蛇(てつへび)』!

 

 ジャララララ! とその隻腕(ひだりて)から鎖が伸び、周囲の建物の屋上に絡みつく。そのまま勢いよく腕を引くことで体を浮かせ、エイトは「沈む地面」から脱出、跳躍後さらに壁を蹴って「液状化」していない地面に着地した。

 

「チッ」

 

 餓鬼(がき)(ぬま)からの脱出手段を影宮エイトが持っていたことに舌打ちひとつ。

 そんな六道アクジが見る先、空中で、ひらりと外套(マント)代わりのボロ布が影宮エイトの体から剥がれ落ちた。元々外套でもなんでもないボロ布を体に巻き付けていただけなので、そこまで気の回らない必死の動きをすれば当然ではあった。

 ボロ布はそのまま空を踊り、「沈む地面」に落下……それこそ水に沈むように、ずぶずぶと地中に吞み込まれていった。

 その様子を見てゾッとする。鎖で脱出できなければ、あの布と同じように全身を吞み込まれ溺死していただろう。

 

 影宮エイトが戦慄する中。

 ボロ布の外套が無くなったことで露わになった影宮エイトの服装、それを見て六道アクジは呟いた。

 

「その制服……災玉国防学園からの逃亡者か」

「……だったらなんだ?」

「臆して世話になった組織を抜けたか……筋が通ってねェなァ。ならてめえは人じゃねェ、ただの(モノ)の塊だ。要らねェモノは綺麗に処分しねえとなァ」

 

 言い終わるや否や、六道アクジは地を蹴った。「液状化」していたハズの地面は、しかし彼が踏みしめる時には都合よく「普通の地面(あしば)」に戻っている。

 そんな地を蹴りながら彼が選んだのは、敵への突進。いっそ不気味な程素直に影宮エイトとの間合いを詰める。

 

「(接近? 遠隔タイプじゃないのか!?)」

 

 予想外の動きにエイトは面食らった。今の今まで接近戦をするタイプには見えなかった、彼の異能であろう「地面を液状化」もどちらかといえば遠距離で有利になるタイプの力……いや、もし「液状化」の対象が地面だけではないのなら。

 

「(近付けるのは不味い可能性がある、月景(かたな)で牽制を――なんだ!?)」

 

 思考を巡らせる影宮エイトの前で、六道アクジがその手の平を前に突き出し広げる。相手を掴むにもまだ遠間、彼我の距離はまだ3m程開いている。

 だが、それは彼の異能の前では必殺の距離でしかない。

 

(さら)え神風――天拿(あまつかみ)

 

 六道アクジが開いた手を握る。

 瞬間発生した突風が、影宮エイトの背を叩いた。

 

「!? (引き寄せられ――)」

 

 見えない糸に引っ張られでもするように、開いていたハズの3mが瞬く間にゼロになっていき。

 六道アクジの掌が、眼前に迫る、迫る――。

 

()けろ糞餓鬼(ジャリ)人間無骨(にんげんむこつ)――」

 

 刹那、全身を貫く悪寒――「液状化」の対象へ思い至ってしまったことによる恐怖。

 その掌から途轍もない程の「危険」を感じ取った影宮エイトは、風に背を叩かれ浮いたまま、それでも無理矢理体を捻って反撃を繰り出した。

 

「ッ、らぁ!」

 

 兌瘴暗器(ダークメイカー)――影刀(えいとう)月景(つきかげ)』!

 

 虚空より抜刀され、振り回された黒き刃は、

 

「チッ、危ねェなァ」

 

 突進から反転、素早く身を引いた六道アクジに躱される。

 

「(この瞬発力、身体強化は星三級(おれ)以上か! それより今のは――)」

 

 ようやく接地、追撃を加えんと刃を構える影宮エイト。

 だが刃を振り回すよりも対応の一手は早かった。つまり、六道アクジはブレーキをかけた足を介して異能を発動。

 

「だがまァ。(ヤッパ)振るのァ踏み込みが大事なんじゃねェのか?」

 

 再びの餓鬼沼(がきぬま)。追撃せんとしていた影宮エイトの軸足が、ずぶりと地面に沈み込む。

 片足だけだが、膝まで地中に呑み込まれたことで追撃どころではなくなったエイトに再び六道アクジが迫る。踏ん張りがきかない状況、呑まれた足を引き抜かなければ回避も反撃も不可能だが、それよりも六道アクジの手が触れるほうが早い――。

 

「――ッ!」

 

 強度限界:無視。

 影刀(えいとう)月景(つきかげ)へ瘴気追加流入――過剰生成。

 

「砕けろ、」

 

 暗影煙幕(シャドウスモーク)

 

 刀が内側から破裂し、中に詰まっていた瘴気が爆発したように周囲に広がる。兌瘴暗器(ダークメイカー)の「裏技」、強度限界を無視した瘴気の過剰流入による煙幕。

 

「ちィッ――」

 

 六道アクジの視界が影色の瘴気で埋まり、攻め手の勢いが止まる。

 その隙を突いて影宮エイトは餓鬼沼(がきぬま)から脱出、後ろに飛んで距離を取った。

 

「(暗影煙幕(シャドウスモーク)内の様子は俺にも見えないが……俺の瘴気だからか、どこになにがあるかは何となく分かる。煙幕がある内に攻撃してダメージを――)」

 

 と、影宮エイトが影刀(えいとう)月景(つきかげ)を手に反撃に出ようとしたとき。

 ぶわ! と突風が吹き、影色の煙幕が吹き飛ばされた。

 風の中心に立つは六道アクジ。

 

 暗影煙幕(シャドウスモーク)は「裏技」で無理矢理発生させている煙幕が故に10秒程しか持たず、それを過ぎると瘴気が霧散し煙幕としての効果を失う。だが、今のは明らかに制限時間のせいで煙幕が晴れたのではない。煙幕展開から5秒も経っていないし、何より吹き荒ぶ風を影宮エイトも肌で感じている。

 

「(やっぱり『液状化』だけじゃない、『風を操る』力もある……俺を引き寄せたりしたのもその『風操作』を使ったんだろうが……どういう原理だ?)」

 

 接近されないよう刃を構えて牽制しつつ、影宮エイトは思考を回す。

 

「(煙幕を晴らし相手を引き寄せる『風操作』、地面や恐らくもっと幅広い範囲に適用できる『液状化』。だが異能の複数個(ふたつ)持ちはありえない。いったいどんな力なら、このふたつの事象を実現できる――?)」

 

 複数の減少から逆算して相手の異能の正体を見抜こうとする影宮エイト、彼を満たすのは焦り。異能のレベルも身体強化のレベルもあちらが上、故に実力差を覆すには頭を回すしかない。相手の異能を看破するのは最低条件だ。だが材料が足りない……そんな時、六道アクジが動いた。

 彼はいつの間にか握っていた塊――白っぽい石のようなそれを、適当に路傍に放り捨てたのだ。

 攻撃の気配も何もない、ゴミをぽいと捨てるような雑な動き。それを見て、影宮エイトの脳裏に電流が駆け巡る。

 

「――!」

 

 脳内で情報が、点と点が繋がり線となり、仮設という予測の輪郭を描く。

 

 突風を呼ぶ「風操作」、地面などの「液状化」。それらはひとつの異能……そして今の、六道アクジがいつの間にか握っていた「謎の塊」。石などを拾う様子もなかったのに、だ。

 恐らく「謎の塊」は技の――タイミング的に「風操作」の副産物である可能性が高い。

 ならば、「風操作」「液状化」「謎の塊」の三つの現象を起こせる異能は。

 

「……今ので大体分かった。あんたの異能……『()()()()()()()()()()?」

 

 物質の三態の改変……つまり、固体・液体・気体の三つの状態を無条件で変更する異能。

 導き出したその予測は。

 

「……ハッ、案外お利口だなァ。正解だ」

 

 歴戦と評するに足る、8年間命懸けの任務をこなすことで培った分析力。そんな影宮エイトの強みが、少ない情報から敵の異能の正体にまで辿り着いていた。 

 六道アクジは内心で多少警戒を強めつつも、あくまで余裕の表情で笑う。

 

「まァ、バレたんなら隠しとく理由もねェ。教えてやらァ――俺の異能強制輪廻(サンフェーズサーラ)は、俺が触れた物質(モノ)の『状態』を融点・沸点・凝固点を無視して変化させる。気体を固体に、固体を液体に、液体を気体にって具合になァ。つまり俺に触れた瞬間、てめえァ液状化・気体化してお陀仏って訳だ」

 

 地面(こたい)底なし沼(えきたい)に変え敵を呑み込む餓鬼(がき)(ぬま)

 空気(きたい)球状の塊(こたい)に圧縮変換することで発生した真空状態を利用し、相手を引き寄せる突風を起こす天拿(あまつかみ)

 そして、餓鬼沼(がきぬま)と同じように人体(こたい)を液状化させ即死させるのが人間無骨(にんげんむこつ)、と言った所か。

 

 だが。

 

「……最後のは(ブラフ)だな。人体を構成する物質は多種多様で複雑だ、蒸発も融解もしない」

 

 蒸発や融解、凝固といった反応は双方向性がある。氷は熱すれば水になるが、冷やせばまた氷に戻る。

 だが人体を始めとする複雑な物質はそうはいかない。焼いて灰になった肉を冷やした所で、冷えた灰にしかならないように。

 だから強制輪廻(サンフェーズサーラ)による「人体の融解・蒸発」は成立しない、と確信する影宮エイトに、しかし六道アクジは。

 

「そりゃ()()はなァ。てめえはモノだろ」

 

 そう、当たり前のように言い放った。

 

()()()()()()()()()()()()()()。魚の餌が精々の、まだ歩いてるだけの肉塊(モノ)だ」

「(……! 自己認識による異能の解釈拡張か!)」

 

 強制輪廻(サンフェーズサーラ)――人間無骨(にんげんむこつ)

 その正体は、六道アクジが「人間ではない」と判断した相手を一触で融解・蒸発させる技である。気骨無きもの、その手の前では人に非ず。

 

 通常、人体を構成する複雑な物質は、氷のように蒸発も融解もしない。

 だが構成要素ひとつひとつを分解すれば、それぞれは状態を変化させうる……そう六道アクジは解釈し、それを己の異能で体現することに成功していた。

 

 あまりの暴論に、しかし影宮エイトは「あり得ない話ではない」と警戒を強めた。

 

「(自己の認識は大なり小なり異能に関わってくる。『服も体の一部』判定で『触れること』が発動条件の異能が服越しでも発動する、とかが最たる例……テンカ姉の『触った剣を浮かせて操る』異能もそんな感じだったかな。『どこからどこまでが剣か』的な)」

 

 確かナイフや短刀など、ある程度刃渡りが短いものは「剣」認定できず操れなかったんだっけか……なんて何の役にも立たないことを思い出してしまい、慌てて影宮エイトは思考を切り替えた。

 

「(触れた物に発動する異能、なら接近戦は危険だ。『暗器・鴉刃(スローイングナイフ)』や『黒銃・九十九型(けんじゅう)』でダメージを――)」

 

 だが、彼が異能で武器を作るよりも、六道アクジが大気を握る方が早い。

 

 天拿(あまつかみ)』!

 

 ぐわ! と再び突風が影宮エイトの背を押し、術者の元へ引き寄せられる。

 

 強制輪廻(サンフェーズサーラ)――天拿(あまつかみ)

 手の平に触れた全面の空気――正確には空気を構成する複数種の気体――を固体化。気体から固体に変化した物質の体積低下によって局所的な真空状態を作り出し、そこに急激に空気が流れ込むことを利用して疑似的な風操作を再現、敵を己の方へ引き寄せる。天をその手に掴むこと、即ち世の(ことわり)すら自由自在。

 仕組みが推測でき(わかっ)ても対策できるものではない。ワンアクションで吹く突風に、影宮エイトは為す術なく体を攫われる。飛ぶ彼の体を待ち受けるは、掌を構えた六道アクジ。

 

「(不味い、触られたら終わる――!)」

 

 相手を引き寄せる天拿(あまつかみ)、触れた相手を即死させる人間無骨(にんげんむこつ)。最悪の連撃(コンボ)が影宮エイトを襲う……対抗しようにも、高速で引き寄せられる最中に取れる手段は少ない。

 

「(月景(かたな)は一回見切られてる、そもそも足が浮いてるから威力が出ない! なら――)」

 

 兌瘴暗器(ダークメイカー)――暗器(あんき)鴉刃(からすば)』!

 

 空中で回転し、指の間に挟むように生成した4本の投げナイフを投擲する。

 「引き寄せる風」が吹いているなら、それを利用して投擲の威力、精度、そして速度を上げることも可能。

 暗刃は風に乗り、空を滑りながら敵へ迫り。

 

天拿(あまつかみ)

 

 六道アクジ、異能を再度発動。左手側の空気を固体化し、新たな真空空間を生成……そこに空気が流れ込むことで新たな強風が生まれ、投擲した刃が風に攫われ狙いが逸れる。

 彼にとって天拿(あまつかみ)はただの通常技。連続で発動することになんの制約もない。

 

「(しまった、風で……!)」

 

 そして、新たな突風が攫うのは刃だけではない。影宮エイトもまた同じ方向に吸い込まれ、その勢いのまま路地の壁に激突した。

 

「ぐ!」

 

 受け身も取れず硬い壁に背を打ち付けた彼に、六道アクジが迫る。

 

「これで()()だなァ――」

 

 その掌を回避する術は、衝撃で動きが止まった影宮エイトには無く。

 

「(躱せない――なら月景(かたな)で牽制を――いや駄目だ、それは見切られてる――)」

 

 絶望を前に走馬灯が奔ったか。

 間延びした時間の中、その脳裏でとある情景が閃く。

 それは先の一連、影刀(えいとう)月景(つきかげ)を見切られた際の言葉。

 

『チッ、危ねェなァ』

 

 そして煙幕を晴らされた時。彼は二度とも天拿(あまつかみ)で風を発生させることで煙幕を晴らした。直接「固体」にしても良かったハズなのに、何故そうしなかったのか……そして、刀を躱したときの発言。

 

「――!」

 

 瞬間、影宮エイトは異能を発動し。

 その反撃を許さぬように、彼の隻腕(ひだりうで)を、六道アクジが()()()()()()()

 

 ――人間無骨(にんげんむこつ)』!!

 

 振り払う隙も無く、即座に異能は発動され。

 その手に触れた物体の状態が改変される――。

 

「――な」

 

 しかし、何も起こらなかった。

 

 六道アクジは確かに影宮エイトの手を掴んだ。異能も、人間無骨(にんげんむこつ)も確実に発動していた。

 ならば何故何も起こらない――驚愕する六道アクジは気付く。ジャラ、と擦れ合い音を立てる、己の掌に伝わる感触の異質さを。

 

「(これは、)」

 

 驚愕の隙を突き――ずぎゃ! と。六道アクジの頬に拳が突き刺さる。

 拳で殴る――致死の体に自分から触れに行くという愚行。しかしその拳は、先と同じく液状化しない。

 

 どたた、と後退したたらを踏んだ六道アクジ。そんな彼を殴り飛ばした影宮エイトの隻腕(ひだりうで)が、ジャラ、と金属音を鳴らす。

 

「やっぱりだ。あんたの異能、魔塵の肉体や魔鋼と同じ状態――半気体・半固体のものは効果対象外みたいだな」

 

 怨鎖(えんさ)鉄蛇(てつへび)――影宮エイトは生成した鎖を腕に巻き付け、即席の手甲(よろい)を作ることで直接触れられるのを防止していたのだ。

 六道アクジに触れたのは「腕に巻き付いた鎖」であり、その鎖は強制輪廻(サンフェーズサーラ)の効果対象外であったため人間無骨(にんげんむこつ)は不発となった。

 

 殴られた頬を拭いながら、六道アクジは舌打ちを溢す。ダメージは小さいが、その顔には隠しきれない苛立ちが浮かんでいた。

 

「ちィッ――(そこまで気付かれたか。資料通り、魔鋼武器を生成する異能……煙幕は副次的なモンだろうなァ。相性が悪ィ、が)」

 

 強制輪廻(サンフェーズサーラ)を持つ六道アクジは、刃物や銃器などによる攻撃を触れた瞬間に液状化・蒸発させることで無力化できる。相手を「人でなし」と判定できれば格闘攻撃も同様だ。そんな彼が単純な状態変化で防げないものは、衝撃波やエネルギー系の攻撃、そして――魔塵や魔鋼武器による攻撃。

 半気体・半固体という曖昧な状態の物質は、強制輪廻(サンフェーズサーラ)の効果対象外。故に六道アクジにとって、影宮エイトは相性の悪い相手。

 だが。

 

()()()()()()? てめえは星三級だってなァ。納得だ、異能の底が浅ェ……なにせ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 修羅創具(しゅらそうぐ)(こん)

 

 六道アクジの手の中に、いつの間にか巨大な棍棒が握られていた。

 氷のような蒼色の、八角形の金砕棒。長さは影刀(えいとう)月景(つきかげ)と同程度だが、その太さから随分巨大な武器に見える。

 当然、そんな武器を隠し持つことなど不可能。故に、その棍棒の出所は自ずと推測できた。

 

「(『気体』である自分の瘴気を『固体』にして武器を作ったのか!)」

 

 強制輪廻(サンフェーズサーラ)――修羅創具(しゅらそうぐ)

 気体である己の瘴気を固体に変化させることで、自在に道具を成形する。そうして生成された物体は、魔鋼武器と同じく優れた強度を持つ。武神・阿修羅の権能が如く、その手には都度必要な武器が収まる。

 

「らァ!」

 

 六道アクジが生成した棍棒を振るう――風を切り迫る巨大な鈍器を、影宮エイトは地面に体を投げ出すようにして躱した。1秒前まで自分の顔があった場所を、棍棒が唸りを上げて通過する。

 必死に回避した影宮エイトの様子に、六道アクジは更に追撃の構えを見せた。

 

「当然、()()を鎖では受け止めれねェようだ、なァ!」

 

 再び振るわれた棍棒を、影宮エイトは咄嗟に影刀(えいとう)月景(つきかげ)を生成し受け止める――刀を握った腕に奔る凄まじい衝撃。

 

「(ぐ、重い……!)」

 

 刀で受けて尚、骨の髄まで痺れる打撃の重さ。鎖を巻いた腕で受けていれば間違いなく骨折していただろう。

 そのまま刃物と鈍器で鍔競り合う……が、徐々に刃物が押されていく。

 必死に隻腕に力を籠める影宮エイトとは対照的に、六道アクジは余裕そのものの表情(カオ)で。

 

「良い事を教えてやるよ星三級(ぼんじん)。俺ァ星五級だ。この通り身体強化もてめえより上……おっと、()()も、だなァ」

 

 瞬間、六道アクジの目が蒼と藍に輝く。

 

 餓鬼沼(がきぬま)』!

 

 鍔競り合い中、不意打ちの異能発動。影宮エイトの足元が一息の間に液状化していく。

 

「く――」

 

 咄嗟に棍棒の力を利用して後ろに飛びのくことで餓鬼沼(がきぬま)を躱す――が、無理に回避したせいで体勢が崩れた。

 その隙を逃ささず六道アクジが追撃……影宮エイトは咄嗟に刀を構えるも、

 

 ばきん! と。

 

 渾身の力で振るわれた棍棒によって、受けた太刀が無惨にも砕かれた。

 そのまま衝撃を殺しきれず、影宮エイトは大きく吹き飛ぶ。路地のゴミ置き場に突っ込むことでようやく止まった体……その中で暴れ回る痛みを無視して立ち上がった彼が見るのは、蒼色の棍棒を手に悠々と歩み寄って来る六道アクジの姿。

 

「(踏ん張りが利かなくて逆に助かったな。あんなの直撃したら骨折どころじゃない……星五級、か)」

 

 思い出すのは〈無影のスルト〉との死闘(たたかい)

 あの時はこの右腕と右眼を犠牲にした上で、数々の危ない橋を奇跡的に渡り抜いての辛勝だった。だがもう右腕も右眼も無い、あの時と()()()は使えない。ただでさえ手数で負けているのに、だ。

 自分以上の身体強化、武器生成能力。風操作で距離を取る事も難しいうえ、全ての距離で足場を液状化し機動力を奪って来る。

 正直、あの時以上に勝ち目がない――。

 

 ずきり。

 吹き飛んだ時に頭を打ったか。右眼の(うろ)から頭に痛みが奔る。それが思考を冷静にさせた。

 

「(恐らく敵の異能は物質操作じゃなく概念干渉。酷い格差だ、まともにやっても勝ち目はない……なら)」

 

 どろりと零れた鼻血を拭いながら、影宮エイトはとある記憶を思い出す。

 それは、とある星四級賞金首と相対した時に聞いた言葉。

 

『異能は「代償(リスク)」で強くなるのだ。死合う相手に己の異能を知られるリスク、それを広く流布されるリスクが異能の効果を強める。学院では基本だったのだがな』

 

 ああそうだ。星五級相手、真っ向勝負では勝ち目がない。

 なら……後は賭けだ。

 

「(どうせバレてんだ、やってみるか――) 『組合』に申告した通り。俺の異能兌瘴暗器(ダークメイカー)は、瘴気で武器を生成する異能だ」

「ああ知ってるぜ、可哀想になァ。ありきたりな物質生成……チンケな異能だ」

 

 嘲笑い、六道アクジは追撃する。棍棒でも、そして言葉でも。

 

「てめえのとは違い、俺の異能ァ万能(なんでもできる)。敵を引き寄せ殺すことも、モノを作り壊すことも。破壊も創造も、流すも(とど)めるも自由自在――正に『輪廻』を掌握する力だ。()()()()のてめえが敵うかよ、なァ!」

 

 ()()と共に棍が振るわれる。心と骨肉を同時にへし折るように。

 雨霰、あるいは雹のように容赦なく降る打撃の連打は、容赦なく打撃を受ける刀に罅を入れていく。

 

 完全上位互換。武器を作るだけの異能と、『物質の状態を変える』という強力な効果の副次効果として武器を作ることも出来る異能。

 瘴気を固体にしたことで生成された武器は、魔鋼武器と同じく優れた強度・攻撃力を持つ。それを自在に成形可能ならば、確かに『武器を再現する』異能よりも強力と言えるだろう……その力が異能の一部でしかないならば猶更だ。

 だが。

 影宮エイトの異能もまた、単に「武器を作る」だけではない。

 

 打撃と打撃の一瞬の間。

 それを裂くように闇が閃き。

 (ザン)――鈍重な打撃音を冴え冴えと断つその響きは、蒼色の棍棒が両断された音。

 

 見開かれた三色の目は、見た――全てを吸い込むような漆黒を。

 

「焦るなよ星五級。俺の異能はただ武器を作るだけじゃなく、俺が受けた傷から武器を創り出すことも出来る。その場合、傷が深く痛むほどに創り出せる武器は鋭く強くなる……あんたとは違ってな」

 

 棍を斬り裂いたのは影宮エイト。

 その手には、彼の身長をゆうに超える長さの刀身を持つ異形の刀。在るだけで埃さえ斬り裂く、禍々しさすら感じる漆黒の刃は、魔鋼に並ぶ強度の棍すら容易く両断する。

 

「……てめえ」

「俺も()()なって初めて知ったよ。治らないなら『古傷』も傷だってな」

 

 隻腕の傷口から抜刀した新たな武器、その名を――

 

 影斬刀(えいざんとう)月景真打(つきかげしんうち)』!!

 

 ばっ、と六道アクジが距離を取った。巨大な刀、その尋常ならざる切れ味を理解して。

 彼の異能強制輪廻(サンフェーズサーラ)()()ならば、対する兌瘴暗器(ダークメイカー)()()()()。隻腕という代償によって超強化された切れ味……修羅創具(しゅらそうぐ)ではその領域には到達できない。

 

 異形にして威容の刀を手に、影宮エイトは一歩前へ。

 

「『なんでもできる』? 嘘を吐くなよ器用貧乏。俺1人瞬殺できない時点で、あんたの異能はたかが知れてる」

 

 ずっと威圧的だった。言葉で心を折ろうとしてきた。

 つまり、と影宮エイトは結論付ける。六道アクジ、彼は『策略家』であって『戦士・兵士』ではない。そんな彼が嫌がることは只一つ。

 

「御託はいいから来い星五級(てんさい)星三級(ぼんじん)に自分の強さをペラペラ語るのが、あんたの『筋の通し方』か?」

 

 徹底抗戦。

 隻腕にて黒刃を握り締め、鋭利なる切っ先を遥か格上へ突き付ける。

 

 だが、影宮エイトは誤解していた。

 それは星三級(ぼんじん)星五級(てんさい)の視座の違い。必死で生存を懸けて戦う影宮エイトと違い、六道アクジが()()()()()()()()後の面倒をできるだけ残さないように立ち回っていたことに、彼は気付けていなかったのだ。

 つまり、この勝負は初めから。

 

「……そうかァ。弱いッてのは罪だなァ。()()()にすら気付けず思い上がり、人を心底苛つかせる……! なら教えてやるよ糞餓鬼(ジャリ)。マトモに喋れねェ奴自白さ(うたわ)せるのがどんだけ地獄かを、勿論てめえが『喋る(うたう)側』でなァ……!」

 

 必中必殺、地獄(じごく)臛臛婆(かかば)――発動。

 情け容赦ない「詰み」の一手……強制輪廻(サンフェーズサーラ)最凶最悪の技が、影宮エイトに襲い掛かった。

 


 

【☆☆☆☆☆ 六道アクジ】

▶異能

サンフェーズサーラ

  〈強制輪廻〉

■性質:近接・概念干渉 ■属性:水・氷・風

■ステータス

 [基本六項目]

攻撃力 :★★★★★

防御力 :★★★★☆

機動力 :★☆☆☆☆

操作性 :★★★★★

射程距離:★☆☆☆☆

効果持続:★★★★★

 [特殊二項目]

特殊技能:★★★★★★

身体強化:★★★★☆

<総合異能ランク> ★★★★★

■概要

触れた気体を固体に、固体を液体に、液体を気体に温度を無視して変化させる異能。本人の頭脳と認識によって、ある程度複雑な物質も変化させられる。ただし魔塵や魔鋼のような「半気体・半固体」の物質は変化させられない。

気体である瘴気を固体に圧縮し「ミアズマ」の原型を作り出すことが出来る唯一の異能者。東京湾スラムの瘴気が薄いのは彼が深く影響している。

六道輪廻の名を冠した6つの技を持つ。

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