【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<8> カイコ (下)

 必中必殺、地獄(じごく)臛臛婆(かかば)――発動。

 

 ぶわ、と六道(りくどう)アクジの体から三色の瘴気が立ち昇り、影宮(かげみや)エイトの全身を叩く。

 だが……それだけだ。物理的圧力も精神的影響も感じない。

 肩透かしか、と影宮エイトは警戒こそ解かないものの、変化の無い状況を訝しみ。

 

「(なんだ? 何も――) がふ、……ッ!?」

 

 影宮エイトの喉の奥から、何の前触れもなく血が噴き出した。

 ぼたぼたと口から地面に血を吐きながら、彼はどさりと膝を突き喉を押さえる。

 

「(吐血……喉から出血!? 気管に空気が通るたび激痛が奔る! 息が出来ない、いくら空気を吸っても苦しい……! なんだ!? 何をされた!?)」

 

 ひゅうひゅうと必死に息を吸い込む……が、酸素が取り込まれている感じがしない。

 何かされた。だが、一体どうやって。

 喉を抑え、苦しみながらも必死に考える影宮エイトの上から、酷く冷徹な声が降る。

 

「『塵肺』。知ってるか? 炭鉱夫とかが罹患する、空気中の粉塵を吸入することで起こる肺の疾患だ。尤も、()()は『塵肺(ソレ)』と違って即効性の、似て非なるものだがなァ」

 

 六道アクジ。

 彼は滔々と語る。「勝敗は決した」と言いたげに。

 

「――空気中に俺の瘴気を固体化して作った極小の刃を散布した。それを吸い込んだ人間の喉と肺を、内側からズタズタに破壊するようになァ。喋るどころか呼吸すらままならねェだろう……だから使いたくなかったんだよなァ。てめえからは『ノラ』のことを聞かないといけねェのによォ」

 

 強制輪廻(サンフェーズサーラ)――地獄(じごく)臛臛婆(かかば)

 己の瘴気を固体化させることで肉眼での目視が難しいほどの極小サイズの棘針を生成、無数のそれを空気中に散布……棘針(それ)を吸い込んだ人間の呼吸器系に甚大なダメージを与え、呼吸困難に陥らせる。呼吸と言葉を奪われ悶える様、まるで地獄の刑罰が如し。

 その技、不可視故に必中必殺。事実、過去この技を受けた者は例外なく敗北している。

 それまでの過程を無視し勝利する、問答無用の「詰み」の一手。

 

 膝を突いた敗者を見下ろしながら、勝者はどこまでも無慈悲に告げる。

 

「詰みだ。てめえはじき死ぬ。最後に『ノラ』の場所を教えろ」

 

 影宮エイトの喉から出て来るのは、ひゅうひゅうという呼吸の音だけ。負け惜しみをひとつ溢す余裕すらない。

 ――ずきん、ずきん。空気が通るたび、傷付いた喉に痛みが奔る。

 そんな彼の様子に、六道アクジは苛立ち混じりに目の前の頭を蹴りつけた。影宮エイトが、喉を押さえたまま受け身も取れず地面に転がる。

 

「ったく、面倒くせェなァ。さっさと――あァ?」

 

 更に追撃をしようとしていた六道アクジの動きを止めたのは、ガーガーという機械音。

 それは、彼のスーツの内ポケットに入っていたトランシーバーが立てた音だった。彼は慣れた手つきでそれを取り出し、耳に近付けて通信を始める。

 

()()()だ。手短に言え」

『――。――、――』

「……そうかァ。いや、グッドタイミングだ。そのまま見張ってろ、複数個同時接種の結果が出たらもう一回掛けて来い。ただ、奴が失敗した時は……分かってるな? やっと見つけた獲物だ、命に代えても逃がすなよ」

 

 何らかを命じた六道アクジはトランシーバーを仕舞い……地面で蹲った影宮エイトに歩み寄る。更なる絶望を携えて。

 

「良いニュースだ。うちの部下が『ノラ』を見つけたらしい。良かったなァ、おまえ、もう死んでいいぞ」

 

 ずきん。痛みと共に、初めて見たときのボロ雑巾みたいなカイコの姿がフラッシュバックして、真っ赤な視界がぐらりと揺らいだ。

 死が、足音を立てて倒れた自分に近付いて来る。

 ずきん、ずきり。体中に痛みが響く、響く。

 触れたものを液体に変える足が迫る、迫る。

 ずきり、ずきり。痛みが喉に、肺に張り付く。

 

 そして、路地に鮮血が舞った――。

 

 

 

 

 

 

 逃走劇は、以前ほど長くは続かなかった。彼我の力量差が圧倒的だったからだ。

 

「ツかマエたァ……!」

 

 瘴気を纏い膨張した男の腕がカイコを掴み、地面に押さえつけている。異形化で得た獣の膂力で暴れても、腕はびくともしなかった。爪を立てても『ミアズマ』の効力か、すぐに瘴気で傷が塞がってしまう。

 

「ウヴ、アァ!」

「どうスるかナぁ……生け捕りにシて若頭(カシラ)に差し出スべきダよナぁ……おイ、暴れンナよ」

 

 みし、と押さえつける腕に力が籠り、カイコは苦悶に抗うように一層強く抵抗する。

 力でも速度でも勝てない。ならば追い付かれて引き倒され、そのまま負けて死ぬしかない。そんな弱肉強食こそが『野生の道理』。ノラという獣が身を置いていた世界。

 奪ってきたのだから、奪われるのも仕方が無い。力が及ばなかった自分が悪い。

 それでも溢れる涙は、この1週間そんな世界から離れていたからか。

 

「ウァ、アァア!」

「逃ゲらレナイよウに足でモ折っトクべきか? 骨ヲぼきっトサぁ……あ()、だメだ落ち着ケ、折ルノは足ダ。でモあァデモでモ」

 

 男の声に狂気が満ち、腕に込められた力がさらに強まる。

 

「頭握っテ潰()たイ……死んジマウけド、殺死体(コロシタイ)! い()よナ潰シて! イいヨなァ!」

 

 みしり。巨大な腕に掴まれた頭からそんな音がして、カイコは本能で「死」を感じた。

 

「ギッ、アアァアア!!」

「悲鳴、悲鳴! なン()良い音、気持()イイ! あアあ、あいつモこノ手デ潰シたい! 今す()聴奇態(キキタイ)!」

 

 みしり、みしりと頭蓋が軋み、「死」の実感が大きくなっていく。全力で身を捩っても、爪を立てても、状況は何も変わらない。絶望が、絶望という言葉すら知らない少女の脳内を覆っていく。

 

 弱肉強食、残酷非情こそが世の真理。

 優しい世界はまやかしで、いつだってその裏では大量の血が流れている。

 嗚呼、それでも死に際に思い出すのは……長い獣としての生ではなく、たった1週間のあの部屋での思い出。優しいだけの、ただそれだけの世界。

 絶望の中、死を悟った少女は夢見るように懐古する。せめて優しい思い出を抱えて眠れるように。

 けれど、嗚呼。心残りだ。

 最後に見た彼は、一体何と言っていたのだろう――。

 

『カイコ、今日は絶対外に出るなよ』

 

 ふわり、夜の匂いがした。

 彼の匂いだ。夜に似ている彼の匂い。

 残った左眼にかかった黒髪がさらり揺れる。低く、ぶっきらぼうな声が耳に残る。

 それは走馬灯だったのか。

 

 ……エイト?

『ああ、俺は急用で休日出勤だ』

 

 何故だろう。彼の言葉の意味が、あの時なんと言われたのかが、今になって詳細に理解できた。

 それだけではない。見える景色はそれだけにとどまらない。 

 

 

  路地に鮮血が舞った。

 

 「――!?」

 

  かしゃん、と高級そうな眼鏡が、刃の切っ先に断たれて地面に落ちた。

  こめかみに作った浅い切り傷からぼたぼたと血が垂れる。咄嗟に反応して上体を逸らすのが一瞬遅れれば、その傷は頭蓋を割り脳まで達していただろう。男はその傷を押さえながらも、しかし痛みを押しのける驚愕によって叫ぶ。

 

 「なんだてめえ……()()()()()()!?」

 

  刀傷を刻んだのは、立ち上がった影宮エイト。

  彼は大きく息を吸いながら、ゆらりと隻腕で刃を構える。

 

 

 刃を手に敵と戦う、そんな誰かの視界が見える。

 その視界は、自分が普段見ている世界よりも随分高かった。

 その動きは、自分よりも強く速く、そして何より美しかった。

 その思考は、自分にも分かる程の強い想いを中心に据えていた。

 

 

 「(『なんで動ける』? んなこと俺にも分からねえよ)」

 

  立ち上がった少年は、何故自分が立てたのか、何故今息が吸えているのか理解していない。

  その呼吸器系に出来た傷を埋める瘴気、その出所どころか傷が塞がった事実さえ知らない。

  それでも彼は刃を手に、眼前の敵に立ち向かう。

  ただひとつ、己を支える衝動を胸に。

 

 

   ――(――)カイコを守る(カイコを守る)

 

 

 ぶわ、と。

 冷え切った全身の血に熱が伝播して、沸騰したような気さえした。

 どくん、どくんと鼓動が脈打つ。その音が絶望を、痛みをどこかに押しのけていく。

 

 伝わってくる。影宮エイトの戦いが。彼を支える強い意思が。

 心臓の中で燃え上がった炎が、そのまま血を通して全身に広がる。

 

 炎は、意思。

 死ねない。

 死にたくない。

 また、逢いたい――。

 

 命の危機を前に露わになった、心の底から生まれた願い。

 これまでの生涯で最高の感情の昂ぶりが、彼女の異能を遂に覚醒させた。

 

  限■強度:決定。

 時を、距離を超えて流れ込んでくるものが、カイコに新たな力を与える。

  ■想元素:構築。

 それは知恵。人を人たらしめるもの。

  武装■計:流用。

 それは力。人を獣から守るもの。

  全■造──形成開始。

 それは、彼から受け取ったそれこそは――!

 

 闇、一閃。

 漆黒の一刀が路地裏にて閃き――ぼとり、と一拍遅れて何かが地面に落ちる。

 ぼたた、と更に液体が落ちる音が響いて……そこでようやく男は気が付いた。今しがた地面に落ちたものが何なのか。

 

「……は、ぁえ? オれの、腕?」

 

 噴き出る鮮血が落ちる頃には、既に少女はそれを浴びる場所には居なかった。

 男の手中から脱し距離を取ったことにより、彼女が持っていたものが露わになる。

 

 血に濡れた刃の色は、影を形にしたかのような漆黒。

 幼い少女が握ると随分大きく見える、瘴気で作られた刀、()を。

 

 ――『模倣/影刀(えいとう)月景(つきかげ)』!!!

 

 それは、武器。

 爪も牙も持たず、獣に力で劣る人間が、彼等に勝つために創り出した叡智の結晶。人類を万能の霊長に押し上げた、正しく「人間の象徴」。

 そんな武器は今、爪牙鋭いカイコの手の中に。

 

「ウ、あぁッ!!」

 

 裂帛の気合を込めて吠え、カイコは刃を握り敵へ飛び掛かる。

 

 振るわれた剣の冴えは、素人のそれとは思えない鋭さを以て敵を襲い。

 しかし、男は超反応。正気どころか今何が起こったのかも分かっていない男は、『ミアズマ』の効果か剣戟を躱した。巨体に似合わぬ俊敏な動き……その目がぎょろぎょろと動きカイコを睨む。

 

「な、ナンだ、ソれ。ソレ、剣? ドコに隠シテしテシて、あアアもウ暴レンなヨォ!!」

 

 狂気孕んで、巨躯、迫る。

 振るわれる丸太のように膨らんだ腕は、轟風を纏って地を砕いた。衝撃が周囲の空気を揺らす。

 

 しゅた、とカイコは離れた場所に着地。攻撃は躱した……だがその衝撃の凄まじさに全身の毛が逆立つ。最初に引き倒してきた時は「生け捕り」のため手加減していたのだろう。そのタガが狂気によって外れた結果の破壊力。

 

「――む」

 

 カイコは剣を口に咥え、四足の速度を活かして俊敏に突撃した。逃走しても速度では相手に分がある、ならば反撃して殺すか、最低でも足を傷付けて追走の手を緩めるしかない。

 

 四足でトップスピードを維持し、首を振る動きで刀を振るう。獣じみた変則的な剣技はしかし目にも止まらぬ程(はや)く、出鱈目が故に躱しずらい……ハズだった。

 

 一度、二度。黒刃が閃く……が、流血は無い。男はやはり膨張した体躯に似合わぬ俊敏さによって刃を躱す。

 

 異能により武器を得たカイコだが、未だ分は男の方にあった。

 本来の『ミアズマ』の性能、カイコと同等たる星三級相当を遥かに超える身体強化。それは刃一本で埋められる差ではない。

 既に刀の間合いは見切られ、狂気に染められて尚男の動きはキレを増していく。最早男の意思で動いているというより、その肌の下を這い回る瘴気に操られているのではと疑ってしまうほどの様子だ。

 

「『ノラ(オまえ)』連レテけバ()()()が殺セルんダ! なノにナンで、アアあモうサッさト死ネヨおオ!!」

 

 カイコ三度目の攻撃が始まる――これで全てが決まる、そう両者共に予感していた。

 

 男は既に超活性した動体視力を以て、カイコの刃が届く間合いを完璧に把握していた。片腕を失い狂気に堕ちた男は、しかしその狂気に不釣り合いな戦術思考で反撃を狙う。

 『ミアズマ』では肉体強度は強化されない。つまり男の防御力は常人と同じ……腕も片方切断されている、これ以上の手傷は受けたくない。脅威は刃渡りの長い刀のみ、故に刃を躱した瞬間に首を掴みに行き、頸椎を砕いて殺害する。これ以上ない合理的な判断。

 

 カイコが四足で地を蹴り、渾身の力を込めて刃を振るう。

 ぎょろりと男の目が動き、刀の動きを完璧に捉える――。

 

 かくて刃は突き出され。

 どす、と。何かの冗談のようにあっけなく、男の喉に刃が突き刺さった。

 何故なら、突き出された刃とは口で加えた刀ではなく、()()()()()()()()()――。

 

 ――『模倣/夜槍(やそう)赤先鉾(あかさきほこ)』!!

 

 異能、孤狼殉倶(アローンウルフ)

 主と定めた者との間に精神的つながりを構築し、それを介して主の能力を模倣・再現する。彼我の関係性が深まる程精神的つながりは強固になり、その経験や思考も模倣可能となる。

 それこそが、カイコの体を異形に歪めた力の、その真価である。

 

 刃を咥えて四足で動き回ることで、腕を攻撃に使わないという印象を植え付ける。そもそも爪は通用しない、故に相手は刀にのみ注意を向け腕まで警戒を向けない。速度で相手が勝っているからこそ、一回きりの「不意打ち」のアドバンテージを最大限に伸ばす策。

 それは力で劣る者が生き残るための創意工夫……人間の、獣を狩る技術。

 

 ずるり、と穂先が喉から引き抜かれ……真紅の徒花が、咲き誇った。

 

「ご、ぷ……あア、ァああ」

 

 ぶしゅう、と血と共に瘴気が勢いよく噴き出す。

 驚くべきことに、首を貫通されても男は倒れず生きていた。だが。

 

「アあ、アアああアあ!! 漏レる、抜ける! チカラが、俺のちかラがアああああ!!」

 

 瘴気が傷から噴出し、その度男の膨張しきった体は縮んでいく。

 それに恐怖を覚えたのか、彼は首の傷を必死に押さえ……その甲斐あってか噴出の勢いは低下した。体が再びぼこぼこと膨張していき、元の大きさを飛び越え異常なまでに膨張し続け。

 

「あ――」

 

 見開かれた目が何かを悟った瞬間、その眼球もまた膨れ上がった肉に埋まって。

 ぼぱっ!! と。

 限界まで膨らんだ男の肉体が、風船が爆発するみたいに内側から弾け飛んだ。

 

 骨肉臓腑が勢いよく四散し、周囲に血の雨が降る。後に残されたのは背骨が少しだけ飛び出た下半身のみで、それも遅れてどさりと倒れる。

 血に塗れながら……荒い息を吐くカイコは、武器を落としてぺたりと座り込んだ。

 

 ……勝った。

 

 実感がずっしりと腹に収まり、死地を脱した安堵から全身の力が抜ける。

 だが、腑抜けていたのは一瞬だった。

 カイコは己の手を……血に濡れた小さな手を見ながら想いを馳せる。己に武器(ちから)を貸してくれた主のことを。

 

「――エイト」

 

 逢いたい。命の危機は去ったが、未だその衝動は彼女の中に残留している。

 そうだ、さっき「つながって」見た景色では、彼も誰かと戦っていた。彼も己と同じように命の危機にあるのかもしれない……否、そうであるのが自分には分かる。

 

 ――行かないと。

 

 衝動に支配されて立ち上がり、カイコは血濡れのまま路地を駆け出す。

 主の位置は己の異能で分かっていた。

 止まる理由は何も無かった。邪魔するものを全て殺してでも逢いに行く、それ程の衝動が全身を最高速度で駆動させる。

 

 そんな風に、再会への衝動が頭を埋めていたからか。

 路地の屋上にもう1人の黒服が居ることに、カイコは最後まで気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 剣技、冴え渡る。

 漆黒の刃が瞬きのうちに三度閃き、勢い止まらず流れるように繋がった刺突が和風の肩を浅く裂いた。

 

「チィ……! 餓鬼沼(がきぬま)――」

 

 地面に波及する液状化、その発動を見極めた少年は黒衣翻し術者の背後へ。刃構えてすれ違い、敵の方を振り向く勢いを乗せた回転斬りで背中を狙う。

 

「(クソ、こいつ……さっきから露骨に張り付いて来やがる! そこまで強くはねェんだが、とにかく判断と勘が良い……相性もあって()りづれェ!)」

 

 強制輪廻(サンフェーズサーラ)は万能の能力だが、それ故に咄嗟の対応には向いていない。餓鬼沼(がきぬま)ひとつとっても、対象とする物質の把握から自分を巻き込まない有効な範囲の設定、適切な異能の出力など複雑な過程をこなさなければならない。

 それでも、己の異能をほぼ限界まで磨き上げた六道アクジが星四級以下の異能者に後れを取ることは通常ありえない。

 苦戦の理由はみっつ。影宮エイトの異能――彼の作り出す魔鋼武器が、ほとんどの攻撃を液状化で無力化可能な六道アクジを傷付けられる数少ない手段であることと、対人必中必殺の技地獄(じごく)臛臛婆(かかば)()()()影宮エイトには通じないこと。そして、彼の判断力が群を抜いて優れていることだ。

 

 咄嗟の餓鬼沼(がきぬま)は細かい指向性を絞る暇がないので、回り込まれれば当たらない。

 修羅創具(しゅらそうぐ)で生み出せる物質は影斬刀(えいざんとう)月景真打(つきかげしんうち)の前では三合と持たない。

 地獄(じごく)臛臛婆(かかば)は何故か効かない。天拿(あまつかみ)は本来の用途である「引き寄せ」など使うまでもなく影宮エイトは肉薄してくる。

 触れれば即死の人間無骨(にんげんむこつ)だが、徒手と刀の間合い差を無視して無理に当てようとすれば、手傷を負うのはこちらだろう。

 

 万能の異能を十全に機能させず、自身の強みで実力差を埋める一芸特化の影宮エイト。

 その刃が今、遥か格上の敵に届く――。

 

 回避が間に合わず、咄嗟に体を庇った腕に刀傷が刻まれる。

 

「ぐゥ――」

 

 掠り傷、とはとても言えない深い痛みに、さしもの極道からも苦悶が漏れた。

 

 ぼたた、と鮮血が流れ落ちる。

 戦闘開始から初めて、六道アクジは遂に大きなダメージを負った。

 

 しかし、影宮エイトは追撃せず足を止め警戒の構えを取る。

 

「(……なんだ? 切断まで持っていけたと思ったが……身体強化による肉体強度の向上か、それとも)」

 

 斬りつけた彼の感覚では、傷はもっと深いハズだった。それこそ切断できる程……しかし六道アクジが腕に受けた傷は決して浅くはないものの、その骨までは達していない。

 なんとなく違和感を感じ思考を巡らせる彼の前で、六道アクジは内心憤慨を抑えきれないでいた。

 

「(星三級の雑魚相手に何を手古摺ってんだ俺ァ。()()前の些事、さっさと片が付く案件だったろうが……! やっと『ミアズマ』が完成したってのに――)」

 

 年単位の計画、その大詰めといったタイミングで邪魔が入った。

 人様の物を奪って逃げる野良の獣に、災玉国防学園からの逃亡者――取るに足らない、筋の通し方も知らない人未満(モノ)達が、突如として手を出してきたのだ。

 

「筋も通せねェ肉塊(モノ)共が……。いつだっててめえらだ、俺を心底から苛立たせるのは」

 

 取るに足らない相手に、これ以上足止めをくらう訳にはいかない。まして計画が破綻するなど――人間(ヒト)の道が人間未満(モノ)に塞がれるなど、あってはならない。

 そうなるくらいなら……多少のリスクを負ってでも、確実に目の前の邪魔なモノを取り除く。

 

 六道アクジは油断なく敵を睨みながらも、スーツの下からトランシーバーを取り出した。スイッチを入れ、向こう側に居る誰かに手短に何かを命じる。

 

「俺だ。今分かる範囲で良い、複数同時接種について手短に言え」

『――、――』

「瘴気の大量放出……ハ、まァ予想は付いてたが、このタイミングってのも因果なモンだ」

 

 独りごち、六道アクジはトランシーバーを放り捨てると、その手でスーツの内ポケットから()()を取り出した。

 透明なビニールの袋に入った漆黒の錠剤――『ミアズマ』を。

 

「てめえは知ってっかァ? 完全開放(かんぜんかいほう)……瘴気の大量放出による異能の強化。学院で学べる高等技術ってハナシだが……俺の仮説じゃァ、高度な技術なんぞ必要ねェ。()()一粒で十分だ」

 

 そして六道アクジは……その薬を一粒口に含み、ごくりと嚥下する。

 瞬間、その白目が真っ黒に染まり――口からの呼気に瘴気が混じり出す。彼の体から放出される瘴気(オーラ)の勢いは青天井に増していく。

 

「俺に『筋の通し方』を問うたな。教えてやるよ。極道の覚悟ってヤツをなァ」

 

 瘴気、猛る。

 御東(『ミアズマ』)という神の力を得て、その輪廻は今解脱を迎える――!!

 

 その覚醒を前にして、影宮エイトは。

 冷や汗を一筋流しながらも覚悟を決め。

 自らも内ポケットに隠し持っていた漆黒の薬を、隻腕で静かに取り出した。

 


 

【☆☆☆ カイコ】

▶異能

アローンウルフ

〈孤狼殉倶〉

■性質:近接・自己強化 ■属性:闇

■ステータス

 [基本六項目]

攻撃力 :★★★☆☆

防御力 :★★★☆☆

機動力 :★★★★☆

操作性 :★★★☆☆

射程距離:★☆☆☆☆

効果持続:★★★★★★

 [特殊二項目]

特殊技能:★★★☆☆

身体強化:★★★☆☆

<総合異能ランク> ★★★☆☆

■概要

狼の身体的特徴を有する異形化現象を起こした異能者。獣の如き力や特性を持つが、代償として異形の肉体を捨て去ることはできない。

主と決めた相手と精神的つながりを作り、その能力・異能を模倣することが出来る。模倣の精度は相手との関係の深さによって決定する。

犬種の特性として、一度決めた主に生涯忠誠を誓う。

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