【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<9> 影宮エイト (下)

 10年前まで、俺ァただの下っ端だった。

 

 親父に捨てられた尻軽女が、金の無心を目的として産んだ子供……ぼろアパートの一室で母親の彼氏に殴られながら育った、薄汚れたガキが俺だった。

 そんなクソみたいな――まァこの業界じゃ珍しくもなんともない幼少期を送り、結果親父に拾われたのは俺の人生で一番の幸運だった。それが無ければ今頃どこぞで野垂死にしていただろう。ただ親父には本妻との間にもガキが居たし、拾われた際色々あったので、俺は鉄砲玉未満の下っ端として扱われることとなり。俺もそれを受け入れて生きていた。

 

  ぐるん、ぐるん。視界が回る。

 

 ――筋を通せ。

 それが親父の口癖だった。俺等極道は秩序に与さず暴力を用いるが故に、仁義を忘れれば獣に堕ちる、と。

 「筋を通せば人間で、そうじゃない奴は人じゃない」。

 その言葉は、俺が幼心に抱いていた母への軽蔑を肯定するかのような言葉で……親父から貰ったその言葉が、俺の人生を決定付けた。

 

 拾って貰った大恩があったから、下っ端の立場に不満は無かった。

 顎で使われたって、理不尽に殴られたって、全て素直に従った。

 周りに比べりゃ多少頭は回ったが、手柄は兄貴分にくれてやった。

 腹違いの兄、かつての若頭にサンドバッグ代わりにされたことも、まァ慣れたモンだった。

 

  ぐるん、ぐるん。視界は回る。

 

 ――筋を通す。

 親父の為に、『六道會』の為に生きることが、俺の人生の指針だった。

 奴隷のようだと嘲笑(わら)われた事もあったが、俺にとっちゃあ賛辞と同じだ。

 我欲を捨てて、駒に徹する。それが俺なりの筋の通し方。

 別に一生それでも良かった。鉄砲玉として死んでも構わなかった……()()()()()()()()()()()()()()、俺はそれで良かったのだ。

 あの日までは、そうだった。

 

  ぐるん、ぐるん。記憶を回る。

 

 10年前。瘴気災害で世界は変わった。

 俺には異能が宿り、親父と義兄(あに)は大怪我で生死の境をさまよった。混乱で数多の部下が離反する中、忠誠心が強い派閥の働きによって俺の血筋が明かされ、俺は臨時の若頭として祭り上げられた。

 

 あの災害で俺は、この世に不変など無いと知った。

 勝ち組も些細なことで失墜し。

 負け犬はちょっとしたことで勝ち馬に乗れる。

 永遠など無い。全ては輪廻する水の如く。

 それは『六道會』もおんなじで。いつまでも続くと思っていた極道組織は、あっという間に崩壊一歩手前にまで追い詰められて。

 

  ぐるん、ぐるん。世界は回る。

 

 瘴気災害による大混迷。旧都にあった本家が受けた壊滅的被害とそれによる組織内のゴタゴタ。異能の軍事利用の流れ。

 この混迷極まる世界で、けれど俺なら『六道會』を存続させられる。否、運よく強力な異能を得、若頭の地位を得た俺以外の誰にもそんなことは出来やしない。

 嗚呼、俺ァ馬鹿だった。真に親父に報いたいならば、上の言う事だけこなして己の能力を腐らせていては駄目だったのだ。

 

 ……だから、魔塵の仕業に見せかけて義兄を殺した。俺の地位(じょうたい)を固めるために。

 

 ――筋を通せ。

 諸行無常、そうしなければ「人」はすぐに「物」へと堕ちる。

 だから俺もそれに殉じる。拾ってくれた恩を返す為に、全てを駆使して六道會の地位(じょうたい)を不動のものとする。

 その忠誠に、俺の背骨を貫く仁義(スジ)に嘘は無い。

 

 だが、極々稀に思うのだ。

 この世に不変など無いのなら。

 俺が殉じるその信念に、一体どれ程の意味があるのか――。

 

「――ンな事は死ぬまで分からねェ」

 

 声と共に、開いた口から瘴気が漏れる。

 空を陰らせる漆黒と同じその色は、次第に藍蒼碧の三色へ変化した。それはまるで、己を支配しようとした瘴気を、逆に支配し塗り潰したかのよう。

 

 瘴気が猛る。立ち昇る。全身から放出された瘴気が、三色が世界を染め上げていく。

 

六道會(オヤジ)の為に、俺ァ死んでも筋を通すだけだ――!!」

 

 完全開放(かんぜんかいほう)――(ゴク)強制輪廻(サンフェーズサーラ)〉!!

 

 御東(『ミアズマ』)を得て輪廻は極まり、解脱に至る道を開く。

 

 

 対し、影宮エイトも動いていた。

 

 カイコを拾ったあの日。殺したヤクザたちから『ミアズマ』を奪った彼は、その全てを『組合』に提供した訳ではない。何らかの取引に使える可能性を考え、数個を己の手元に残した。そしてそれらはカイコが誤飲するのを防ぐため、常にその内ポケットに携帯していたのだ。

 

 その隠し持っていた『ミアズマ』を、影宮エイトは一粒取り出す。

 

 禍々しい程に漆黒に染まった錠剤……非異能者に身体強化を与え、異能者には何らかの作用を齎す。恐らくは瘴気放出量の増加――伝え聞く完全開放(かんぜんかいほう)を疑似的に再現するのだろう。

 リスクはある。副作用がない筈がない。

 それでも。

 

「短期決戦、望む所だ」

 

 影宮エイトは薬を飲んだ。その隻眼(ひだりめ)が、白目が黒く染まっていく。

 ずきり――奔った痛みで狂気を押しのけ、影宮エイトは瘴気混じりの言葉を吐く。

 

「こっちも予定が閊えてる。なにせ、さっさとあいつを迎えに行ってやらないとだからな」

 

 完全開放(かんぜんかいほう)――(シン)兌瘴暗器(ダークメイカー)〉!!

 

 影はどこまでも深く、深く。その最奥にて■は嗤う。

 瞬間、影宮エイトの失った右腕、その断面から闇が溢れ――。

 

 

 漆黒怒濤、多頭の大蛇が如く闇迸る!

 彼我の距離を一瞬で喰らった闇、それが地を叩いた衝撃は街中を駆け巡ったと錯覚する程。

 実体持つ闇、巨体な触手とも形容できるその殺到を受けた六道アクジは。

 

修羅創具(しゅらそうぐ)三門六柱(さんもんろくちゅう)

 

 健在――闇を受け止めたのは、瘴気を固体化され生成された三つの門と六つの柱。

 衝撃に拉げたそれらを瘴気(きたい)に戻しながら、六道アクジは目の当たりにする。

 

 影宮エイトの右肩から、異形の腕が生えていた。それこそが自身を襲った闇の正体――不定形に蠢く、枝分かれした巨大な触手たち。

 

 (シン)兌瘴暗器(ダークメイカー)――闇義手(やみのかいな)深淵葬爪(しんえんそうそう)

 

「(武器、というより魔塵の触手(うで)だなァ。物質生成の対象範囲が拡張される、ってのが奴の完全開放(かんぜんかいほう)か。俺の方は――)」

 

 対し、異形の腕を得た影宮エイトも目を見開く。

 六道アクジの全身から立ち昇る瘴気は噴火のような勢いと量で吹きあがり、地面に吹き溜まってドーム状に周囲を覆っていく。まるで瘴気の霧のように。

 広がるその霧は、瞬く間に路地ごと影宮エイトを呑み込み――。

 

 ぎゅわ! と風が瘴気の霧の中、影宮エイトの周囲で出鱈目に暴れる。

 

天拿(あまつかみ)流転(るてん)

 

 複数の「引き寄せる風」によって集められたのは……水。まず空気中の水蒸気を気体→固体→液体と変化させ、生成した水を天拿(あまつかみ)で一点に集約するのが天拿(あまつかみ)流転(るてん)

 

 影宮エイトの周囲を、野球ボール程の大きさとなった水球が取り囲む。

 それらは重力に引かれ形を崩し落下する――前に、何の前触れもなく「爆発」した。

 

畜生霊激(ちくしょうれいげき)歯散結牙(しざんけつが)

 

 ぼぱぱっ!! と異様な爆音が連続し、周囲の壁や地面にショットガンを乱射されたような跡が刻まれる。

 

 水は水蒸気に変化するとき、体積が約1700倍にも膨らむ。急激に気化した水はその体積差によって水蒸気爆発を起こす――六道アクジは異能でそれを再現、更に拡散した瘴気を固体化させた礫を水球の周囲に生成することで、手榴弾のように爆発の殺傷力を上げる。

 

 そんな「水蒸気爆発」と「散弾」を組み合わせた攻撃を四方から受けた影宮エイトは……。

 

「(……間一髪。完全開放(かんぜんかいほう)してなきゃ死んでるな)」

 

 その右腕から生えた闇を自身の体に巻き付けて包み、盾とすることで攻撃を防ぐことに成功していた。

 闇義手(やみのかいな)深淵葬爪(しんえんそうそう)は枝分かれした伸縮・変幻自在の腕。10m以上先の敵を攻撃することも、自身をすっぽりと包み込み爆発から身を守る事もできる。

 しかし、彼の思考にあるのは敵の攻撃を防いだことによる安堵でも優越でもなく、違和感。

 

「(六道アクジの異能、『物質の三態の強制変化』は直接触れるのが発動条件だったハズだ。そもそもこんな技があるなら完全開放(かんぜんかいほう)の前に使ってたハズ……異能の発動条件が変わった?)」

 

 例えば「引き寄せる風」の為に空気を固体化したり、「底なし沼」の為に地面を液体化させるには、少なくとも変化させる物質の一部に触れている必要がある。変化は物質を伝播させられるが、逆に言えば伝播なしで離れた物質を変化させることはできない……それがこれまでの戦いで分析した強制輪廻(サンフェーズサーラ)の制約。

 だが今の攻撃の様子は、明らかにその情報と矛盾していた。その理由などひとつしかない。

 

「(大量の瘴気をつぎ込んで異能を強化・解釈拡張した俺の完全開放(かんぜんかいほう)と違い、あっちの完全開放(かんぜんかいほう)は霧のように瘴気を拡散させている。とくれば)」

 

 影宮エイトが大体の推測を立てる……と同時。

 

「(直接触れずとも瘴気を介して異能が使えらァ――ハ、悪かねェ。奴自身も瘴気を放出して俺の瘴気を押しのけている以上、遠隔で人間無骨(にんげんむこつ)を当てることはできねェが……)」

 

 六道アクジもまた、影宮エイトの力を見抜いている。

 

「(俺の瘴気が広範囲に拡散しているのに対し、奴の瘴気はあの『腕』に集約されているように見えるなァ。その分硬ェが、瘴気の拡散の邪魔にならねェ以上()()()は俺にある……そして()()()なら、あの『腕』の防御を容易に貫通する技を出せる――)」

「(恐らく俺が遠隔で『液状化』させられないのは、完全開放(かんぜんかいほう)の影響で全身から立ち昇る瘴気が相手の瘴気を押しのけているから、だろうな。しかし、完全開放(かんぜんかいほう)の瘴気消費量の増加が予想以上……俺でこれなら広範囲に瘴気をバラまいてるあっちも相当辛いハズ。恐らく、そろそろ勝負を決める為の大技が来る――)」

 

 両者、決着が近いことを予感。戦術を練り瘴気を操り、荒野で向き合うガンマンのように必殺の一撃を放つタイミングを注意深く探る。

 そんなときだった。影宮エイトの背後、路地の奥から()()が姿を現したのは。

 

「(はァ? あいつは、まさか――)」

 

 六道アクジが瞠目する。

 影宮エイトは背後の存在に気付いていない。

 そんな彼の背に、乱入者は万感の思いで叫ぶ――。

 

「エイト!」

 

 子供の声に呼ばれ、影宮エイトは弾かれたように振り向いた。

 そして乱入者の顔を見て目を見開き、思わず叫ぶ。

 

「――()()()!? おまえ、なんで外に……!!」

 

 カイコ。獣の耳と爪牙を生やした少女。

 彼女はその毛皮じみた長髪や裸の体を血で濡らし、しかし笑顔でエイトの元へ駆け寄ってくる。

 

 自分から視線を外した、隙だらけの影宮エイト……六道アクジがその絶好の隙を突けなかったのは、彼もまた動揺していたから。

 

「(あァ? 何で『ノラ』がここに居る。万が一の監視も居た筈だ、念押しもした。奴をみすみす見逃すハズがねェ、何かあったか……まァいい、これはこれで好都合だ)」

 

 有り得るはずが無い計算違い……しかしそれによる動揺を、六道アクジは一瞬で抑え込み冷静さを取り戻した。そのまま瘴気が勢いを増し、霧が少女を呑み込まんと更に広がっていく――と、カイコに霧が触れる前に、巨大な帯状の闇が暴れて霧を散らした。

 そのまま闇はカイコを包み込み、即死の霧から彼女を守る。

 魔塵の如き異形の腕でカイコを庇った影宮エイト……その姿を見て、六道アクジは思わず嘲笑(わら)う。

 

「おいおい。てめえ、未だに『ノラ』を気に掛けてんのか?」

「……それがなんだ」

「義侠心にでもかぶれたか? 筋も通さず獣助けて人のフリたァ笑えるなァ」

 

 その嘲りは、しかし灼熱の怒りを裏に隠して影宮エイトを糾弾していた。

 

 災玉国防学園の制服を着ている――つまり災玉国防学園の学生なのに、東凶湾スラムに逃げてきた臆病者。それは六道アクジの感覚からすれば「筋が通っていない」。だというのに(『ノラ』)を拾い守る等……欺瞞以外のなにものでもない。自分の罪から目を逸らす為に弱者を救って満足する、そんな存在は六道アクジにとって許しがたい()()だった。

 

 そんな糾弾の声に、影宮エイトは。

 

「……まあ、そうだな」

「あァ?」

「とんだお笑い(ぐさ)だって俺でも思う。俺の愚かさは俺でも呆れるくらいだし、それこそ『人でなし』なんだろうな、俺は。でもな――」

 

 どこか諦めたような男の声音が、刃物のような真剣さを帯びてがらりと豹変する。

 己の浅ましさは自覚していて、詰られたとて怒る気にもならない。だから、許せないのは――。

 

「こいつは獣の『ノラ』じゃねえ。こいつは、『カイコ』はただの女の子(にんげん)だ。それを守るために『人でなし』が命を懸けて何が悪い」

 

 啖呵を切った彼の背に、庇われた少女は何を見たのか。

 だが彼女が何かを言うよりも、灼熱の憤怒に揺らめく声が響く方が早かった。

 

「……人間、だァ? ほざくなよ人未満の肉塊(モノ)風情が」

 

 ぎん、と人間離れした三色の瞳が2人を睨む。

 彼等を決して人とは認めぬと、敵意をありありと込めながら。

 

「教えてやらァ。この世のルール、人とそうでないモノとを隔てる境界を……!」

「……カイコ、下がってろ。絶対俺の前に出るなよ。死ぬぞ」

 

 完全開放(かんぜんかいほう)による異能の強化幅の確認と、それによる大量の瘴気消費。

 それを判断材料に、一方は天性の頭脳で。もう一方は死線を潜った経験で。

 互いに、同時に確信する、

 

 ――次の一手で勝敗は決する。

 

 そして、動いたのは六道アクジ。その背に庇うものなき彼は、全神経を異能の操作に傾ける。

 

「――声聞(しょうもん)、」

 

 ばちり。瘴気の中、空気を裂いて光が奔った。

 碧い霧の中で尚鮮烈に瞬く青い光。それはばちりと吠えながら、次第にその数を増していく。

 

縁覚(えんがく)、」

 

 ばち、ばちり。光は連鎖し、瘴気の霧の中でどんどんと増殖していく。

 光も音も勢いを増し、見るものの目を耳を焼かんと吼え猛る。

 

菩薩(ぼさつ)ッ、」

 

 ばちばちばち!! と鮮烈な雷光は輪唱し、やがて蛇が群がるように一点目指して集約される。

 それを眼前にした者は、まるで自分が雷雲の中に迷い込んでしまったかのような錯覚を受けただろう。嵐の如く風は唸り、雷は嬌声か悲鳴か絶叫する。

 

(ほとけ)……!」

 

 そうして一か所に、六道アクジの頭上に集められた雷は、強烈な音と光を轟かせ。

 蒼白の太陽と化した巨大な雷球――その顕現を以て、六道アクジの砲弾は完成を迎えた。

 

 集約された雷の熱と渦巻く暴風を至近で浴びて、彼の上着が焼け落ちる。

 露わになった背の刺青は極道らしい和彫りではなく……精巧に描かれた、輪廻を表す曼荼羅仏画。

 

「三悪迷いて三善歩み、四聖を識りて道を極める――我、是なる輪廻に悟りを得たり」

「(雷、物質の状態変化……まさか『プラズマ』か!?)」

 

 「プラズマ」――それは固体、液体、気体に並ぶ物質の基本的な状態のひとつ。電離した気体。

 

 強制輪廻(サンフェーズサーラ)によって状態変化した物質は、六道アクジ本人の意思がなければもとには戻らない。水を固体にした場合、出来た氷はいくら熱しても氷のまま。つまり彼がプラズマに変化させた気体は、彼の意思がなければ再び電子を得て気体に戻ることが出来ない。

 

 効果範囲の外側から順に気体をプラズマ化させ、電離させた電子を内側に移動させ一点に集約。不変プラズマの檻に閉じ込められた大量の電子は、その中で暴れ回りながら今か今かと解脱(かいほう)の時を待つ。

 即ち是は神の御業。自然現象たる雷霆を再現する、六道アクジ渾身の一撃。それは、彼の背負った信念と共に放たれる。

 

「この世に不変なモノはない、命さえ輪廻しまた巡る。それでも一本仁義を刺して、輪廻(ながれ)に耐えるから『人』なンだ! てめえ等みてェな流され野郎は、さっさと来世に逝きやがれェ――!!」

 

 (ゴク)強制輪廻(サンフェーズサーラ)〉奥義――

 

 ――輪廻十界(りんねじっかい)侠世解脱(きょうせいげだつ)』!!!!

 

 世界を割らんばかりの雷鳴が轟く!

 放たれた雷撃は、自然のソレよりも数段太く熱く。軌道上に居る者は、何に庇われようとも防ぎきれず灰燼と化して死ぬだろう。

 そんな恐るべき暴威の前で、カイコを庇った影宮エイトは。

 

「信念や使命……そのために命を懸ける覚悟か。立派だな。そんなあんたの目には、只『生きたい』と足掻いてる奴はさぞ低俗に映るんだろうよ」

 

 それでも、と。

 叩きつけられた信念に抗する己が信念を、吼える。

 

「だがな。九瀬(くぜ)が、カイコが……只『生きたい』って願いが、間違いな訳がないだろうが――!!」

 

 彼はその失われた右腕の断面に、残った隻腕(ひだりて)を持っていく。深く腰を落とし全身に力を蓄えたその構えは、まるで居合。

 

 完全開放(かんぜんかいほう)で強化された己の異能。

 その、今まで不定形の『腕』に使っていたリソースを全て使い、一本の武器を作り出す。

 

  限界強度:無限()

  仮想元素:創造()

  武装設計:作成()

  全構造──形成/中断、不可()

 

 ()()を再現することは本来不可能。腕一本を犠牲にしてようやく作れるその武器を作るには、既に武器に変えてしまった部位の「古傷」では足りない。

 だが。

 

  瘴気消費:全使用(タトエナニモカモガタリナクトモ)

  制限設定:即自壊(イノチダッテカケテオギナウカラ)

  全構造――形成可能(カイコヲマモルチカラヲオレニ)!!!!

 

 たった一瞬、たった一撃だけならば。

 完全開放(かんぜんかいほう)で上昇した出力を利用し、残った全ての瘴気をつぎ込むことで再現できる。

 これを使えば後は無い。全ての瘴気を消費し切り、しばらく異能は使えなくなるだろう。

 だが、問題はない。何故なら――その一刀、万象を断つ一撃必殺!!

 

 漆黒の闇より剣は現れ、少年は今一度天を斬る。

 

 神薙剣(カミナギノツルギ)影叢雲(カゲノムラクモ)』、限定抜刀――

 

 雷光、迫る。

 その眩しさ、その熱さなど何するものぞ。

 それより眩いものも、あたたかいものも、この手は既に知っている!

 

「(弱肉強食でも輪廻でも……例えこの世の法則が相手だろうと、それが()()()を阻むなら――俺が斬り拓いてやる。こいつ(カイコ)の生きられる、未来を!)」

 

 天に轟け我が一刀、その名!

 

 ――天轟斬(てんごうざん)!!!!

 

 居合抜刀、神速にて抜き放たれた一刀は。

 距離を。

 空気を。

 雷撃を。

 瘴気の霧を。

 六道アクジを。

 そして、(ソラ)を。

 森羅万象を刹那で駆け、その一切を両断する!!

 

「な――」

 

 鮮血を高く噴き出しながら、六道アクジは驚愕に呻いた。あるいはそれは悲鳴だったのか。

 己が奥義(らいげき)がふたつに斬り裂かれ、命中しなかったこと――そして、距離を無視して体を斬り裂かれたことへの驚愕。瞠目に見開かれた目はその斬撃の出所を、こちらを見やる隻眼を見る。

 目が、合い。

 青を両断した黒を手に、少年は斬り捨てた輪廻に吐き捨てる。

 

「人だのモノだの地獄で言ってろ。俺は生き延びるよ、あんたと違って醜くな」

 

 その手の内、限界を迎えた剣と共に。

 袈裟に斬られた六道アクジの体が、重力に引かれて崩れ落ちた。




【Tips】
《完全開放の性質 (かんぜんかいほうのせいしつ)》
 完全開放は使用者によって性質が異なる。その種類は全部で三つ。
 異能の制約を軽減し解釈を拡張、能力を底上げする「強化型」。
 使用者の瘴気で周囲を満たし効果範囲等を拡張する「領域型」。
 同じく使用者の瘴気で魔塵を創造し自動攻撃させる「魔塵型」。
 「強化型」は発動者の攻撃力・防御力などが大きく上昇、「領域型」は発動者の全ての技が敵もしくは味方全体に影響を及ぼすものに変化、「魔塵型」は発動者の行動回数が2倍になる。
 己の内に信念を秘める者は「強化型」に、己の論理・美学を他者にも求める者は「領域型」に、信念や思想よりも他者そのもの(特定・不特定問わず)の方を重視する者は「魔塵型」になる……という研究結果もあるが、真偽は不明。
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