【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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【Tips】
《災玉国防学園 (さいたまこくぼうがくえん)》
 災玉県と旧都・東凶の県境に防波堤として建てられた巨大複合教育施設。魔塵から無辜の民を守る公務員『国防官』を育成することを主目的としており、また瘴気に対する研究も副次的に行われている本作の主舞台にして本拠点。
 千刃瘴魔研究大学・大学付属、神亡川異能育成学院とは姉妹校として密接に連携しており、東凶から溢れる魔塵たちを協力して押し留めている。


<1> 八重桐テンカ

 ──災玉国防学園、生徒会室。

 中央棟5階中央に位置するこの部屋は、学園内で最も豪華な部屋と言って良い。

 黒と赤を中心とした、シックで落ち着いた色合いの室内。机や棚は全てどっしりとした印象を与える飴色の木製で、床には校章が編み込まれた高級感溢れるカーペット。天井から下がる煌びやかなシャンデリアなどを見れば、まるで一昔前の貴族の執務室とさえ思えるほどだ。

 そんなこの部屋を『生徒会室』たらしめる要素はふたつ。

 ひとつは壁にずらりと並んだ額縁に収められた、歴代生徒会長の顔写真。

 そしてもうひとつは……部屋の中央奥、執務机に座る今代『第八代目生徒会長』の存在。

 その二つが貴族の部屋でもおかしくないこの部屋を生徒会室足らしめていた。

 

 そんなとんでもなく威圧感のある部屋、生徒も滅多に立ち入らない学園の聖域に、俺、影宮(かげみや)エイトは私用でひとり呼び出されていた。

 

「──それで。俺に何の用ですか()()()()。昨日大怪我したばっかりなんで、出来れば手早く済ましてくれると嬉しいんすけど」

 

 向き合うのは俺以外に部屋に居るただ1人の人物、執務机に腰掛けた災玉国防学園の生徒会長。学園に現在4人しか居ない星五の異能者にして、『個人軍隊(ワンマンアーミー)』だの女将軍だの皆のお姉さまだの呼ばれている鉄の人。

 

 一見すれば、それは大和撫子の令嬢にも見えた。

 腰まで伸びた癖のない艶やかな黒髪。それを際立たせる白い肌。

 だがその印象は、意識がその衣装にまで届いた瞬間拭い去られる。

 彼女が纏うのは軍服を参考にした改造制服。ご丁寧に白手袋さえ付けていた。机の上には普段帯刀している軍刀(サーベル)が四本揃って鞘の中に収められている。そして、その顔――間違いなく誰もが目を奪われるだろう麗人の美は、しかし抜き身の刃の如く鈍い輝きを放つ眼光によって180度印象を変える。軍帽をイメージした帽子こそ室内に居る今は外しているものの、その姿は正に女将軍そのものだった。

 そんな生徒会長──災玉国防学園高等部三年・八重桐(やえきり)テンカが、顎の前で両手を組んだまま口を開く。

 

「……なんだその口調は」

 

 玉の如き美声も、しかし彼女が放ったのであれば刃のような鋭さを持つ。実際俺も気圧されながら、彼女の次の言葉を待った。

 冷や汗を流しながら身構える俺を前に、八重桐(やえきり)テンカは真面目な顔で続ける。

 

「二人の時は『お姉ちゃん』と呼びなさいといつも言っているだろうエイト。昔のような上下関係は無いんだから遠慮することは無い。子供の頃に戻ったと思って、ほら」

 

 ……いや、描写に間違いはない。俺の頭が恐怖でおかしくなった訳でもない。

 彼女は、第八代目生徒会長・『個人軍隊(ワンマンアーミー)』の八重桐(やえきり)テンカは、ごく真面目な表情のまま今のセリフを言い放ったのだ。

 

 実際のところ。

 俺と彼女は旧知の仲である。家の事情で幼いころに知り合い、そしてそのまま行けば人生を預け合う上司と部下になっただろう関係。

 だが瘴気災害によってその運命は崩れ、今は『生徒会長』と『一般生徒』。そうして俺たちは他人となった──と思っていたのは俺だけだったらしく。彼女はこうして事あるごとに俺が引いた一線を越えてきて……そこから先は昔と同じ。彼女の天然と傍若無人ぶりに、俺が諦めて折れるのだ。

 

「……俺、ガキの頃ですら『お姉ちゃん』呼びはした覚えねぇけど。記憶ねじ曲がってんぞテンカ(ねえ)

「そうか? そうか。まあ良し、その呼び方も可愛らしいから許す」

「もう可愛いって齢でもねぇだろ……」

「そんなことは無いぞ。姉にとって弟というのはいくつになっても可愛いものだ。自信を持てエイト」

 

 やはりこの姉は……浮かびそうになった表情を苦心して抑え、俺は努めて『一般生徒』の顔で問う。

 

「……そりゃどーも。それよりも用件は? 雑談のために呼び出した訳じゃ無いだろ?」

「いや、その通りだが」

「……」

「おまえが大怪我をしたと聞いて、お姉ちゃんは心配で心配で……だというのに当の本人が一向に顔を見せに来ないときた。それを叱るついでに久々の談笑をと、つい職権乱用してしまったのだ」

 

 そう言い放つ間も彼女はやはりすまし顔なので、その真意は見抜けない。

 

「……冗談はやめろよなテンカ(ねえ)

「いや本気なのだが……はぁ」

 

 俺がその生徒会長にあるまじき天然ぶりに若干の戦慄を覚えていると、溜息を吐いた姉の顔が次の瞬間生徒会長のソレに変わっていた。

 刃の声で彼女は言う。

 

九瀬(くぜ)ヒカリ」

「──」

 

 ずきり。こさえたばかりの傷が痛んだ。

 テンカ姉は先程までと比べて随分平坦な口調で続ける。

 

「彼女の入学が正式に決定した。差し当たっては彼女の(ランク)を決めなければならないんだが……どうも彼女の異能は複雑らしくてな。従来の測定方法では与える星の数を決めかねると報告が上がって来たのだ」

 

 その内容は概ね予想通りだったものの、俺の腹には鉛が沈んだ。

 そんな俺の心境を知ってか知らずか、テンカ姉は問いかけてくる。

 

「そこでだエイト。九瀬ヒカリを助けた者として、何か能力判別の参考になりそうなものを見たりしなかったか?」

 

 その顔が『生徒会長』のものかそれとも『姉』のものか、一瞬では判別できず。

 

「……特に、何も」

 

 俺は当たり障りのない回答しか選べなかった。

 ここで「回復系の異能だ」と言うことも出来た。回復異能者のほとんどは瘴気による身体強化の恩恵を受けられず、結果『保健室』や後方支援部隊への配属に回される。それは俺たち通称『任務組』と比べると命の危険自体は少ない現場だ。そうなるように仕向けることは可能に思えた。

 だが……『保健室』は俺たち『任務組』とは比べ物にならない量の死体を見ることになる。自殺者こそ居ないものの、心を壊した生徒だってごまんと居た筈だ。前線とどちらが良いなんて、一概に言える筈もない。

 つまり俺は、これ以上責任を負いたくなかったのだ。弱い心が、逃げの姿勢が、当たり障りのない言葉を言わせていた。

 

「そうか」

 

 俺の言葉に、八重桐テンカは短くそう返事して。

 それ以上の追及は来なかった。

 

 数秒の沈黙が降りたのち、テンカ姉が一段明るい声を出す。

 

「そうだエイト、これは相談なんだが」

「?」

 

 ひとまず聞く姿勢を見せると、彼女は分かりやすく芝居がかった態度で語りだした。

 

「お姉ちゃんには今困っていることがあるんだ。おまえも知っての通り、現在我が生徒会には副会長が居ない。生徒会副会長は原則星四以上の異能者にしか任命出来ないこともあり、中々良い人材が居なくてな……」

「それで?」

「おっとこんな所に生徒会長権限で発行できる異能者等級昇格審査書類が。優秀な星三異能者がこれにサインすれば星四異能者に昇格することが出来てしまうな」

「……成程」

 

 ばん、とテンカ姉は机を叩いて立ち上がり、その手を此方に向けて伸ばしながら堂々と叫ぶ。

 

「エイト、星四級への昇格審査を受けて生徒会副会長になれ! もしも他ならぬおまえが傍らで支えてくれるなら、私はこの学園に革命を起こすことだって出来ると確信している──!」

「断る。じゃあなテンカ(ねえ)

 

 俺は踵を返して生徒会室を後にした。

 

「そうか……」

 

 扉を閉める直前、しゅんとした声が聴こえて来た気がしたが、気のせいであることにした。

 

 分厚い扉を閉めた後。無人の廊下で、俺は独り呟く。

 

「……買い被りすぎだ、テンカ姉。俺にそんな力は無いよ」

 

 俺は確かに異能の詳細を学園側に隠している。テンカ姉の勧誘は、そのことを見抜いたうえでのものだったのだろう。だが、それでも俺の適正ランクは今と同じ星三だ。これでも自己分析には自信がある……『怪我で強くなる異能』なんて、星四級への昇格審査は通らないだろう。

 それに、俺も激務と噂の生徒会のそれも副会長なんてやりたくない。そんなことに使う心も体も俺には足りない。影宮エイトという人間は、簡単に替えが聞く程度の凡庸さしか持ち合わせていないのだから。

 それでも彼女が俺を誘うのは、きっと以前の関係のせい。

 

「たとえアンタが昔に戻りたいんだとしても」

 

 思い出すのは遠い記憶。高い塀で囲まれた広い武家屋敷の庭の中、ふたりの子供が駆け回っている。

 産まれた時から主従が決まっていた、血の繋がらない姉と弟。彼らはその広い屋敷が世界の全てであるかのように錯覚し、お互いが最高の相棒だと信じこまされて生きて来た。

 だがその高い塀は、10年前の瘴気災害で既に跡形もなく崩れ去った。

 

八重桐(やえきり)家も影宮(かげみや)家もとっくに潰れた。もう俺なんかに頼る必要はないんだぜ、(ねえ)ちゃん」

 

 独り、誰にでもなく呟いて。

 そのまま俺は廊下を進む。自分の足音がやけに大きく響く。

 俺が生徒会室の方を振り返ることは無かった。

 

 

 ◆

 

【Tips】

《生徒会 (せいと・かい)》

 災玉国防学園においては生徒同士での自治を目的とした組織。また大規模殲滅・大規模防衛の際の指揮を行う組織でもある。生徒会には様々な特権があるが、主なものとして星等級昇格審査を取り仕切る権限があり、生徒会が出す依頼を好成績でこなすことで星等級昇格審査を打診される。

 生徒会メンバーは少数精鋭であり、特に生徒会長は星五以上、生徒会副会長は星四以上の異能者しか原則務められない狭き門となっている。それと関連があるかは不明だが、今代8代目生徒会において未だ生徒会副会長は不在である。

 生徒会に所属する為には生徒会加入イベントをクリアする必要がある。

 

 ◆

 

 

 あれから3日が経った。

 『保健室』のおかげで本来全治六か月の怪我は完全に治り、おかげで今日も任務に駆り出される。

 

「……こちら高等部二年影宮。哨戒任務中に討伐した魔塵(まじん)が『魔鋼(まこう)』を落としたんで、その回収をお願いしたいんすけど」

『了解~。「研究部」に持って来て三門(みかど)キョウの名前を出してもらえれば部費から報酬出せるのでよろしく~』

「あざます……よし、寮に返るついでに研究部に寄って数万か。ボラれてるとはいえ悪くは無いな」

 

 今日もなんとか生き残り、用事が出来たので任務が終わったその足で学園に戻る……と、廊下に貼り紙が貼ってあった。

 掲示板を埋め尽くすその紙たちは、この学園に通う者なら誰もが見慣れた『任務募集』の貼り紙だ。

 

『【民間依頼】☆☆☆ 東凶近郊の街からの遺品回収 報酬は合計で50万円』

『☆☆ 研究目的 健康な星三級以上の戦闘異能者募集 報酬応相談』

『☆☆☆☆ 討伐任務:賞金首魔塵〈奈落のロスト〉 場所:旧都東凶 募集人数:3人 残り1名!』

 

 それはゲームで言えばクエストボードに張られたクエスト達。任務を受けた生徒は自らの実力を加味して『個人(ソロ)』か『複数人(パーティー)』かを選び、場合によってこのように仲間を募集する。学園は基本後者を推奨しており、そのせいもあってか掲示板の前はいつも多少の人気(ひとけ)があった。

 そんな掲示板の中、ふと目を引く者があった。

 それは今まさに、とある女子生徒の手で張られようとしている任務募集。

 

『☆☆☆ 旧都周辺哨戒 募集条件:戦闘系の異能者のみ ……』

 

 内容が問題なのではない。旧都周辺の哨戒任務──未だ瘴気(しょうき)渦巻く東凶都と災玉県の県境で、魔塵がこちらに出てこないかを見張り場合によっては討伐するその任務は、今しがた俺が終わらせてきた実にありきたりなものだ。国防三校が旧都を取り囲むように建設されているのも、旧都から魔塵を外に出さない為であるし。

 問題は、その先。募集者の名前の欄。

 

『…… 希望者は2年1組・九瀬ヒカリまで』

 

 思わず、貼り紙を貼る女子生徒の顔を見る。

 ……4日前とは制服も、そして髪色も違った。異能覚醒者の中には、瘴気の影響で髪色が変化する者が居る。だから直ぐには分からなかったが、それは紛れもなくあの時の──。

 

「──ちッ」

 

 目を逸らして、歩き出す。

 結局彼女は『任務組』になったらしい。そんな思考に無理矢理蓋をして、俺は速足でその場を離れた。

 

「くそったれ」

 

 分かっている。

 俺は弱い。何も出来ない。

 だからこそ、救えなかった人間にいつまでも気を裂くことは無駄でしかない。

 分かっている、筈なのに──。

 

 先程まで軽かった足取りは重くなり。

 俺は結局『魔鋼』の対価も受け取らず、寮の自室のベッドに飛び込むまで碌な笑顔も作れなかった。

 

 

 

【Tips】

《任務募集 (にんむぼしゅう)》

 学内掲示板に貼り紙を行うことで任務を受ける際の仲間を募集することができる。

 任務への参加資格を有するのは任務の難易度(星の数)と上下差が一以下の生徒に限る。例えば星三任務の場合、参加資格は星二~四の生徒にのみある。

 任務募集をすることで、フレンドと協力して任務に挑むことが可能となる。

 

 

 

 そんな最悪な一日から少し経ち。

 気付けばそんな後悔も忘れ、俺はいつものように危険な任務をこなしていた。

 

『☆☆☆ 旧都周辺哨戒 地点B-2 達成:影宮エイト 討伐数:2』

 

 ある日はいつも通り東凶から侵攻しようとしてくる雑魚魔塵を撃退し。

 

 

『【民間依頼】☆☆☆ 東凶・旧痛橋(いたばし)地下(ちか)スラムまでの護衛 達成:影宮エイト』

 

 ある日は高額の賞金に釣られて阿漕な民間任務に手を染め。

 

 

『☆☆ 中等部訓練への協力 職員室からの指名 達成:影宮エイト、他4名』

 

 かと思えば分かりやすい物質生成系異能者として授業の教材代わりに駆り出され。

 

 

『☆☆☆☆ 賞金首テロリスト〈爆炎のユダ〉拘束任務 後方支援要員としての同行依頼 中等部2年漆門寺(しちもんじ)ナナからの指名 失敗:ターゲット死亡のため』

 

 そして稀にとんでもなく危険な任務に引きずられ、覚悟ガンギマリのテロリスト相手に命からがら生き延びて。

 

 

『☆☆☆ 研究部からの魔鋼収集依頼 旧練痲(ねりま)区までの立ち入り許可 達成:影宮エイト 納品数:星三-3個、星二-1個』

 

 身の丈に合った任務を楽園と錯覚するも、その日に限って魔鋼のドロップ率が悪すぎてそれはそれで苦労することとなり……。

 

 

『【生徒会依頼】☆☆☆ 旧鬼田(きた)区にて観測された魔塵複数体の調査と討伐 派遣中:影宮エイト』

 

 そして。それは、既に廃都と化した街の中。

 空は漆黒の瘴気に覆われ、常夜とばかりに陽光を遮る。地上を蔓延る毒の霧は遍く生物の生息を許さず、視界の限り草花の一本たりとも見えなかった。

 建物の多くは崩壊し、未だ窓ガラスを残したビルなど無いようにも見える。道路のアスファルトは罅割れ、壊れた車が何台も放置されていた。

 そんな旧都の中で、激しい剣戟の音が響く。

 

兌瘴暗器(ダークメイカー)──魔剣(まけん)竜墜(たつおとし)

 

 徒手居合の構えから生み出された影の刃が、魔塵の体を両断する。

 俺が脳内に『設計図』を持つ近接武器28種の中で最も長い刀身と肉厚な刃を持つ両刃大剣『魔剣(まけん)竜墜(たつおとし)』は、怪我を触媒としない武器としては最高の攻撃力を誇る。『影刀(えいとう)月景(つきかげ)』と比べると取り回しは悪く高速戦闘には不向きなものの、こういう雑魚狩り任務ではその攻撃力が頼もしい。

 

驟キ縺(ガ ア ア)……」

 

 魔塵が消滅するのを確認し、手の中の剣を瘴気に分解・虚空に納刀する。

 〈兌瘴暗器(ダークメイカー)〉で『再現』した武器は基本的にオリジナルと比べて切れ味・威力・耐久力のどれもがお粗末だが、その代わり自由に出し入れ出来るのが便利な点だ。かさばる魔鋼製武器を持ち歩く必要も無い……逆に言えば魔鋼製武器の劣化版を創り出す異能とも言える訳だが。

 

「やっぱハズレだよなこの異能」

 

 俺は瘴気が僅かに立ち昇る己の手のひらを見ながら呟く。せめてなんでも作れたら良かったのだが……俺が再現できるものは俺自身が『武器』と判断した、拳よりも幅の狭いものだけ。また構造が複雑なものは作れず、限界は旧式の拳銃くらいと凄く頼りない。魔塵の相手をさせられるならせめて全身鎧や対戦車砲(ロケットランチャー)くらいは作れる異能であって欲しかった……強力な異能には『概念』にすら干渉できるものもあるらしいので、俺の嘆きは切実だった。だがそれも異能がひとりひとつしか得られない以上、無意味な感傷でしかないが。

 

「ともかく、今日の任務(しごと)もやっと終わりか」

 

 周囲では多数の魔塵が消滅中。魔塵が偶に残す死骸・魔鋼もいくつか転がっていた。

 ……戦闘タイプではない魔塵は、戦闘向きの星三級異能者にはそこまで怖い相手ではない。動きは鈍く、膂力はあるが武器は無い。生物なら熊が一番近いだろうか。それでも彼らが厄介なのは、物理攻撃の効かない体と有毒の瘴気が蔓延する場所にしか居ないという特異性故。

 そのせいで今日も生傷を作ったと思うと腹が立つ。流石に重症でこそ無いものの、しっかり血が出てるし痛い。

 痛いのは嫌いだ。だがもっと嫌なのは、この程度の怪我に慣れそうになっている自分の境遇。こちとら星三の凡俗異能者、毎日のように危険な任務に放り出されるというのに、中々無傷での勝利は味わえない。

 

「現金報酬が低い生徒会依頼とはいえ、こんだけやって数万円って……どんだけ大人(うえ)に中抜きされてんだかな」

 

 ……自分で言ってて悲しくなってきたので口を閉じた。ともかく、仕事は終わりだ。

 旧都は魔塵の領域。どこにどんなヤバイ魔塵が居るか分かったもんじゃない。こないだのように戦闘タイプの魔塵と鉢合わせる前にさっさと学園に帰還した。

 

 

 夕焼けに呑まれた広大な学園。瘴気に遮られない陽の光がやけに眩しい。報告を済ませ『保健室』で傷を治してやることも無くなった俺は、『いつもの場所』で休憩をすることにした。

 

 さて。

 『休憩』と聞いて皆はどんな場所を思い浮かべるだろう。

 談笑の声に溢れた教室?

 美食の匂い漂う学食?

 仲間と過ごす思い出の部室?

 大多数の人間にとってはそうだろうが、俺の場合は違う。生来のひねくれた性格により学園の洗脳教育の()()()が悪かった俺は、学園の空気に馴染めなかった……簡単に言えば、人が居る場所が苦手になったのだ。陰謀論者やヴィーガンの連中に囲まれてるのが感覚的には近いだろうか。話も合わない連中と一緒で俺が憩えるハズも無く……結果俺にとっての『休憩場所』は、おのずと1人の空間に限定された。

 

 それを踏まえて。

 ここ災玉国防学園は国立大学を何個も並べたような広大な敷地面積を誇る。教室の数は3000を優に超え、その正確な数は誰にも分からないとさえ言われるほどだ。学園内で生活必需品全てが揃うほどの充実した校内施設。だが代わりに全生徒は入寮を強制され、無許可での学園敷地からの外出を禁じられる。寮は基本相部屋制で、特に脱走を防ぐため俺のような『忠誠心の低い』生徒には『忠誠心の高い』見張り役の生徒が割り当てられる親切設計だ。刑務所かな?

 在校生の数は2万人以上、休み時間にはスクランブル交差点に匹敵する人口密度の光景が至る所に出現する超マンモス校。そんな学園に1人の空間などないのではないか……それは当然の懸念だ。

 だが違う。

 そんな巨大な学園だからこそ、『誰にも見つからない場所』というのは存在する。

 

 中央棟5階の階段を上った先、正確には『5.5階』とも言うべき屋上階段踊り場。

 (おそらく自殺防止のために)封鎖されている屋上へ行く者など居ない。結果その閉ざされた扉の前の僅かなスペースは『誰にも見つからない場所』もとい『誰も来ない場所』となっていた。俺が此処を見つけたのは中等部の頃。こちとら異能者歴だけは長いのだ、此処を訪れる者など居ないことはここ3年で実証済み。

 そう確信しながら俺は中央棟5階の階段を上り……しかし俺のその考えは、次の瞬間に打ち砕かれた。3年間発生しなかった例外が、その日は起こってしまったのである。

 

「──」

 

 ()()の姿を見た時。一瞬、天使が地上に墜ちて来たのかと錯覚した。

 ……これは感嘆の言葉じゃない。純粋な勘違いから生まれた感覚。

 なぜならその無人の空間で階段に座り込む少女の頭、肩辺りで切り揃えられた黒い髪には、天使の輪に似た金色の円環が描かれていたのだから。

 それが天使の輪状に染まった金髪交じりの黒髪だということに――『瘴気の影響により髪の一部が変色した』結果の光景だということに気付いたとき、眼前の天使は人間へと堕ちていた。

 

「あんたは……」

 

 見覚えは、あった。忘れかけていた顔だった。

 数週間前味わった苦い感情の味と共に、俺はその名前を思い出す。

 

九瀬(くぜ)、ヒカリ……?」

 

 何故こんな場所に、という疑問と共にその名を口から(こぼ)したとき。

 

 ぽろり。

 九瀬ヒカリの両目から、大粒の涙が流れ出した。

 

「!?」

 

 そのまま涙はぽろぽろと(あふ)れ、頬を伝って床へと落ちる。

 

「おい、大丈夫か」

 

 それを見た俺の体は、反射的に彼女の元へ駆け寄っていた。長い異能者歴で培われてしまった『泣く子供を落ち着かせるスキル』が、思考の止まった俺の体を勝手に動かしたのだ。

 果たして、それは正しかったのか間違いだったのか。

 俺が我に返った時には、既に涙する女子に縋りつかれた後だった。

 

「う、ひぐ……っ。うぁあ……っ」

 

 俺の胸に顔を(うず)め嗚咽する九瀬ヒカリ。どうしようも出来ず身動きが取れなくなった俺。

 

「(……なんだこの状況。一体どうしてこうなった)」

 

 1人の空間でゆっくりしたかっただけなのに、という俺の思考は、胸を濡らし続ける涙に流されるように虚空に消える。

 何があった。どうしてこんなところに。訊きたいことは色々あるが、余りにも悲痛な様子に俺の喉は声を発せない。胸に当たる熱が、苦し気な息が、俺の言葉を溶かしてしまう。

 結局彼女が泣き止むまでに俺に出来たことは、何も言えずに黙り込み胸を貸し続けることだけだった。




【Tips】
《魔鋼 (ま・こう)》
 魔塵が消滅したとき、まれに消滅せず残る体の一部分。いうなれば魔塵の死骸のようなもの。瘴気で構成されているため「気体であり物体」の性質を有しており、魔鋼を加工して作った武具は魔塵に有効的に作用する。
 魔鋼は入手しただけでは役に立たない。ホーム画面から「研究部」に持っていき、売却するか武器に加工して貰うのが良いだろう。
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