【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<10> 六道アクジ (下)

 斬撃が体を袈裟に斬り、大量に噴き出した己の血で視界が染まった。

 痛みではなく衝撃で肉体が動かせなくなる。『ミアズマ』による鎮痛効果は、痛みは消せてもダメージそのものを打ち消すことは出来ない。傷は深く、意識がブラックアウトしていく……出血性ショックか、と頭のどこかが他人事のように呟く。

 周囲を覆っていた己の瘴気が霧散する。体が力を失い、地に倒れ込んでいく……スローモーションでそれを感じながら、六道(りくどう)アクジは。

 

「(――嗚呼、糞)」

 

 霞む視界で、走馬灯を見ていた。

 何度も何度も封印し、しかし悪夢のように時折魘される、人生最悪にして己の原点でもある日の記憶が脳内に溢れ出す――。

 

 

 

 ――12のとき、俺は母親に殺されかけた。

 

 まァマトモな母じゃなかった。己を捨てた極道の男に対する当てつけとして、その種で産まれたガキに『アクジ』と名付けるような女だ。世間一般でいう「愛」なんてもんは与えられた覚えがない。いつだってボロアパートには父ではない男が入れ代わり立ち代わりで入り浸り、怒号と暴力が日常だった。

 

 そんな日常が変わったのは12のとき。

 明確なきっかけは無かったと記憶してるが……いや、俺が原因で男に逃げられたんだっけか? まァ、新しい男との関係や苦しい生活の中では、子供など邪魔だったんだろう。あるいは遂に限界が来たのか。

 夜半。目が覚めると、目の前には包丁を振りかぶった母が居た。

 そこからはもう滅茶苦茶、正直必死で何が何だかは覚えてねェ。突き出された包丁を何とか退けようと必死になっていたら、もののはずみで刃は母自身に突き立った。

 あァ、そうだ。そこからはよく覚えてる。倒れる母、広がる血、断末魔は怨嗟の恨み言だったな。未体験の出来事に呆然としてたら、気付いた時には母は動かなくなっていた。

 要するに、返り討ちというやつだ。

 

 12のとき、俺は母親に殺されかけ。

 12のとき、俺は母親を刺し殺した。

 

 その後、返り血で濡れた俺を支配したのは怒りだった。

 俺を殺そうとした母への怒り。

 俺と母を捨てた実父への怒り。

 俺に母を殺させた全てへの……即ち、世界への怒り。

 堪えきれぬ怒りは破壊衝動に代わり、矛先はこの手で壊せる現実的な存在へ。

 ――父を殺す。

 母を刺し殺した包丁を握ったまま、衝動のままに俺は親父の家へ走った。

 母がいつも愚痴っていたから、親父の家は知っていた。近隣で最も大きな武家屋敷……その門前で待ち伏せして出てきた所を襲い掛かり、2人程側近を刺した辺りであっけなく取り押さえられて失敗した。

 

 大人何人かがかりで地面に押さえつけられた俺。その尋常ならざる姿を見て、父が――『六道會』の組長が声をかけて来る。

 

「……ガキ。おまえ親は」

「あんただよクソジジイ……! 母さんは死んだ、俺がころした。あんたも死ねよ『お父さん』! かあさんといっしょにしね、死ね、しね! おまえなんてッ、おまえなんてうまれてこなけりゃよかったんだァ!!」

「こいつッ、ガキの癖になんて力だ……!」

 

 とにかく藻掻いた。破壊衝動が体の中で暴れ回っていて、大人しくなんてしていられなかった。目の前の男の血が、悪人の血が俺にも流れているせいなのだと頭の片隅で思った。

 そんな俺を前に、父は何かを思い出したかのようだった。

 

「……前、俺の子を身籠ったとかで金の無心に来た女が居たなァ。裏で別の組の三下とデキてた売女(アバズレ)だ。名前は確か――」

 

 続いた名前は母のもの。俺が反応すると、彼は確信を得たと顎髭をさすりながら頷いた。

 

「親父……」

「俺の子だ。放してやれ」

 

 押さえ付けていた手が放れ、俺は立ち上がった。当然包丁は奪われていたから、俺は何もせず直立していた……父が近付いてきた所に飛びついて、その喉笛を食い千切ってやろうと思いながら。

 そんな俺の内心を知る由も無く、父は俺に問うてくる。

 

「名前は」

「■■アクジ――わかりやすいだろ。俺は、あんたの悪事から生まれたんだ」

「なッ、このジャリ親父に向かって……!!」

「いい。手ェ出すな。二度は言わねェぞ」

 

 激昂した部下を制し、父は一歩近付いて来る。

 あと一歩、それで飛びついて喉まで届く……そう構えていた俺の前で、しかし彼は予想外の行動に出た。

 地面に膝を突き、俺の頭にぽんと手を置いたのだ。

 予想を外され動きの止まった俺に、『六道會』の組長は言う。

 

「なら、今日からおまえァ『六道アクジ』だ。今まですまんかったなァ、アクジ」

 

 がし、と少し乱暴な仕草で抱きしめられる。

 気付けば俺は作戦も忘れ、その大きな体を抱きしめ返していた。知らず涙が零れ、強張っていた体から力が抜ける。

 それが、俺が生まれて初めて知った「愛」だった。

 だから誓ったのだ。この先の人生は、拾ってもらった親父の為に使おうと。

 そうして俺は親父に拾われ、指定暴力団『六道會』の一員となった。

 

 驚いたのは……俺が何の罪にも問われなかったということ。

 それどころか母が死んだことすら、警察も周囲の誰も気づいてもいない様子だった。

 今なら分かる、親父の部下が死体を「処理」してくれたのだと。だが当時の俺にとって、それは凄まじい衝撃だった。それこそ人生が変わる程の。

 

 俺の人生の大半に深く関係していた母。そんな母親が死んでも、世界は変わらず廻っていて。

 それに慄いていた時に聞いた親父の言葉で、俺は全てを理解した。

 

「いいかアクジ。筋を通せ。筋を通さん奴ァ人じゃァねェ」

 

 自分で産んだ子供を殺そうとした母。

 ふらふらと男を乗り換え続けた母。

 筋の通っていなかった、母。

 

 (アレ)は、人間ではなかった。

 

 筋が通っていない人間は、死んでも誰も気にしない。

 モノが壊れたときと同じだ。違う、最初から彼女等は(モノ)と同列だったのだ。

 筋を通さないモノたちは、人として死ぬことすらできない。

 

 その時俺が覚えた恐怖は、母に殺されかけたときより尚冷たく背筋を貫いた。

 

 だって俺には母の血が流れていて、そして母の血を流している。

 今の俺は筋が通っていない。このまま死ねば、母と同じになってしまう。

 路傍の(ゴミ)と変わらない、誰にも見向きされない死体(モノ)に。

 

 ――それだけは、厭だ。

 

 筋を通す。人生を懸けて、親父に受けた恩義に報いる。

 諸行無常の世界の中で、法を守らぬ組織の中で、それでも仁義を一本差して人間で在り続ける。

 全ては「人として死ぬ」、只その為に――。

 

 

 

 ――ざり、と地を踏み締める。

 死力を尽くして崩れ落ちかけた体を支え、男は死の淵から現世へ帰還する。

 

「――ま、だ。死ね、ねェ」

「な、(なんで生きてる……!?)」

 

 影宮(かげみや)エイトの視線の先で、崩れ落ちる途中の体が止まる。ただ気力だけで踏み止まり、口から血と共に呪詛じみた言葉を吐く。

 袈裟に斬られた傷は深く、『ミアズマ』の効果が切れたのか相応の痛みは脳を焼く。それでも、彼がまだ立てているのは。

 

 修羅創具(しゅらそうぐ)(がい)』……!!

 纏った瘴気を固体化させ、疑似的な魔鋼の鎧にする防御技。異能で液状化させられない「相性の悪い攻撃」に対応する為の技。それが紙一重で斬撃の威力を弱めていた。

 

 神薙剣(カミナギノツルギ)影叢雲(カゲノムラクモ)は、原型となったオリジナルの星五級魔鋼武器と同じく「斬る」という概念を形にしたが如き鋭さを持つ。その切れ味の前には、如何なる防御も等しく無意味。

 だが。その常軌を逸した切れ味によって空気を斬ることで放たれる「飛ぶ斬撃」……これ自体の威力は刀身そのものによる斬撃よりも数段劣る。〈無影のスルト〉を斬れなかったように。

 故に、斬撃は「固体化した瘴気」の鎧に威力を殺され……六道アクジに深い傷を刻んだものの、斬撃がその背まで貫通することは無かった。

 

 即ち。

 その背に刻まれた曼荼羅の刺青――斬り捨てたハズの「輪廻」は未だ健在。

 ぎろり、三色の目が禍々しい光を取り戻し、その足が一歩前に出る。

 

「これからだ、これからなんだよォ! 俺が筋を通すのは、受けた大恩を返すのは……! 人様の邪魔すンじゃねェ、筋も通せねェ(ゴミ)共がァ――!!」

 

 最後の力、最後の瘴気を振り絞り、六道アクジは突進した。

 

「くそ、兌瘴暗器(ダークメイカー)ッ――」

 

 必殺の一撃を受けて尚動くその姿に驚愕しながらも、しかし影宮エイトは反応。咄嗟に反撃の為武器を生成しようとし。

 ぶしゅう、と。作りかけの武器が、瘴気の(チリ)に還って崩壊した。

 

「(しまった、瘴気がもう――!)」

 

 完全開放(かんぜんかいほう)は練り上げた瘴気を大量に放出することで異能を強化する。故に瘴気消費量が激しい。更に影宮エイトは、神薙剣(カミナギノツルギ)影叢雲(カゲノムラクモ)を生成するために全ての瘴気をつぎ込んでしまった。今、彼に異能の力は無い。

 対して六道アクジは、大ダメージによる一瞬の気絶によって瘴気を消費し切る前に完全開放(かんぜんかいほう)が解かれていた。その瘴気内在量は極微量だが、技ひとつ発動するだけなら支障はない。

 そして、彼が使う技は当然。

 

「融け堕ちろ――人間、無骨(にんげん、むこつ)ゥ!!」

 

 意趣返しのように一撃必殺、致死の掌が影宮エイトに迫る。

 咄嗟に反撃しようと構えてしまった、しかし手に武器の無い彼に、攻撃を回避する術は無い――。

 

 

 

 ――その男を一目見た時から、生存本能は頭が痛くなるほど全力で警鐘を鳴らしていた。

 油断すれば死ぬ。油断しなくても相手の気分と運次第で自分は死ぬ。

 先の敵、『ミアズマ』を過剰摂取した男と比べても遥かに凄まじい脅威……それが三色の目を持つ人間への、カイコの抱いた率直な評価。その目に見られていると言うだけで、全身が死の恐怖で苛まれ泣きそうだった。

 

『……カイコ、下がってろ。絶対俺の前に出るなよ。死ぬぞ』

 

 その命令も理解できた。心底から同意し従った。

 ひとつ間違えれば自分は死ぬと、獣の本能で理解していた。

 それでも。

 

「――エイトッ!!」

 

 影宮エイトの危機を感じた彼女は、その瞬間反射で地を蹴っていた。

 一歩、踏み出した瞬間に後悔する。自分は何をしているのか。馬鹿な真似はよせ、今なら間に合う、止まれと本能が脳内で叫ぶ。

 二歩、それでも体は前へ。全霊で地を踏んだのだ、もう止まれない。恐怖が全身を冷たく突き刺す。鎖に縛られたように全身が重くなる。

 三歩、けれどその重さに抗って、渾身の力を込めて空中に飛び出した。それでトップスピードに乗って、体は目的地へと辿り着く。

 

 そして、カイコは。

 影宮エイトの前に躍り出て、その身を彼の盾とした。

 

「「!!??」」

 

 恐怖はあった。後悔もあった。けれどその鎖を鋼の理性で断ち切って、彼女は全霊で飛翔した。

 異形化により狼の特徴を持つ彼女にとって、死への忌避は常人の数倍。それでも、眼前に迫る「死」を前に彼女は。

 よかった、まにあった――只そう安堵して、ふっと静かに微笑んだ。

 

 だって自分は、守ってもらうために彼の元に走ったのではない。恐るべき強者と見えることになってしまっても、ここまで走って来たことに後悔は無かった。

 

 ただ、逢いたかったから。

 (エイト)のことがこの世の何よりも好きだったから、この体は全力で動いたんだ。

 

「な」

 

 そして、もう誰もそれを止めることなど出来ず。

 カイコの体に、六道アクジの掌が触れた。

 肌に触れ、肉を押し、見間違いようが無いくらい確かに両者は接触した。

 そして刹那の間も置かず、その掌に与えられた「液状化」の力が炸裂する。

 

「カイコ――!!」

 

 影宮エイトが一秒後の光景を悟って悲壮に叫び。

 カイコはぎゅっと目を閉じて(うんめい)を受け入れ。

 そして、六道アクジは。

 

「(――なんだよ、おい)」

 

 そいつの存在を知った時から、ずっと薄汚い獣だと思っていた。

 仁義や任侠なんかとは最も遠い存在、与えられた通り名の通り、筋を通せない(ケダモノ)だと。

 だが、その姿はなんだ。

 己の命すら厭わず恩人を庇う、その姿は正しく――!

 

「……()()()()()()()()()()

 

 ()()()()姿()()()()()()()()

 人間無骨(にんげんむこつ)は、六道アクジが「人間ではない」と判定した相手を液状化・即死させる技。それは転じて、彼が「人間である」と判定した相手には不発となる。

 仁義、任侠――「筋を通す」こと。それが諸行無常の輪廻(ながれ)に耐える唯一の手段、六道アクジが掲げた人間の証明。

 

 必殺の一撃は「人間」を前に、ただの掌打に格落ちし。

 押し出されたカイコの体を、影宮エイトが受け止める。

 

 何が起こったのか、何故異能が発動しなかったのか。六道アクジの他にそれを知る者はいない。

 だから、最初に動けたのはカイコだった。彼女は何も分からずとも、その本能で絶好の隙を見逃さず異能を発動する。

 

 『模倣』――影刀(えいとう)月景(つきかげ)』!!

 

 異能孤狼殉倶(アローンウルフ)による兌瘴暗器(ダークメイカー)の模倣再現。瘴気が集まって形を成し、影の刀が構築される。

 次に影宮エイトが動いた。慣れ親しんだ武器を前に、体が反射で(それ)を握る――それを生み出したカイコと共に。

 初めての共闘……それでも不思議と迷いは無かった。

 それが自然であるかのように、2人は同じ刀を握り、呼吸を合わせて振り下ろす!

 

「「ら、あああああああ!!」」

 

 手と同様に、声、重なる。

 一心同体のコンビネーションで振り下ろされる刃を見て、六道アクジは……動かなかった。否、もう彼の体に動く力など残っていない。先の突進は、本当に最後の力、最後の瘴気を振り絞ってのものだったのだ。

 どんな切れ者も、悪のカリスマだろうと――自分に嘘は、つけない。

 

「はッ、畜生が――」

 

 モノに負けるのは許せなくとも、人間(ひと)に負けるなら仕方ない……なんて。

 そんなことを思ってしまった自分を、彼は小さく自嘲して。

 

 黒、一閃。

 かくて刃は振り下ろされた。

 

 斬――六道アクジの体に、深々と二本目の刀傷が刻まれて。

 どさり、と。

 その背は遂に血に沈んだ。

 1秒、2秒……たっぷり10秒待っても、彼が立ちあがる事は無く。

 それでやっと、影宮エイトとカイコの2人は、自分たちが勝利したことを理解した。

 

 六道アクジ。彼が背負ったその「輪廻」は、終ぞ斬られることは無く。

 されどふたりの人間の奮闘により、血に沈むことで退けられたのだ。

 それは、諸行無常の世でそれでも不変を求めた者と。

 只、彼女の現在(いま)を守ろうと足掻いた者の差だったのかもしれない。

 

 決着――輪廻超克。

 勝者、影宮エイト。

 

 

 

 

 

 

 荒く息を吐き、疲労感に膝を突きそうになりながら、俺、影宮エイトは彼を見下ろす。

 六道アクジ。『六道會』若頭にして星五級異能者。恐らく数多の幸運と、そしてカイコに助けられながら、やっとの思いで下した強敵。地面に大の字で倒れた彼はぴくりともせず、気絶してるのかどうかも分からない。ただ、この傷と出血なら戦闘不能は確実だろう。

 

「(とにかく、トドメを……)」

 

 彼を生かして返せばまた狙われるかもしれない。次こそは勝てないだろう……生きる為には殺すしかない。万に一つの生存の可能性を、首を落とすことでゼロにする。

 瘴気を使い果たした今異能は使えないが……念の為携帯していたナイフがある。これで首の頸動脈を突き、そのまま切断まで持っていく。

 

「……カイコ、ちょっと離れてろ。そんでしばらく目ぇ瞑ってろ」

「?」

 

 カイコにやらせる訳にも見せる訳にもいかない。言われるがままに従ってくれた彼女に感謝して、俺は倒れた六道アクジの傍に立った。

 目は空いていない……息は、ある。意識を失っているのか。

 ……やるしか、ない。俺がやるしかないんだ。生きる為には、カイコを守るにはこれしかない。

 覚悟は決まった。

 十分警戒しながらナイフを取り出し、その首元目掛けて振り下ろす――。

 

「――その断罪(ラスト)、ちょっと待ってくれない?」

 

 がきり、振り下ろしていたナイフが止まる。

 気付けばナイフの切っ先を、オペラグローブを付けた手のひらが受け止めていた。どれだけ力を込めて押し込もうとも、切っ先はその柔らかい布に1ミリだって埋まりもしない。

 諦めてナイフを引き、咄嗟に後ろに飛んでカイコを庇うように身構える。

 先程ナイフを受け止めた、白魚のような指を持つ手は女性のもの。

 顔の上半分を隠す長髪のような灰色のヴェールに、不気味な程優雅で妖艶な、ドレスの隙間で艶めく肢体。

 ヴェールの奥から覗く硝子玉じみた碧眼と、彼女が纏う異質な瘴気。

 そしてこの、美しいがどこか演技臭い女の声は……!

 

「『灰かぶり』……!!」

「ふふ、また会ったね影宮エイトクン」

 

 異能テロリスト集団『夜明けの団』のリーダーにして星五級賞金首、正体不明の大犯罪者――賞金首名『灰かぶり』が、突如として俺の前に現れていた。

 六道アクジを庇うように……というのは俺の錯覚か。ともかく倒れた彼の前に立った灰かぶりは、余裕を感じさせるゆっくりとした口調で告げる。

 

「突然で悪いんだけれど、彼を殺すのはやめて欲しいな」

 

 予想通り……否、予想外だ。

 

「……知らなかったな。極道の若頭とテロリストのリーダーが仲良しだとは」

「ああいや、仲良くなるのはこれからなんだ。協力者(キャスト)としてスカウトしたくてね。あ、勿論タダとは言わないよ。彼には今後一切君たちへの不干渉を約束させるし、欲しいものがあればできる限り調達してあげる……例えば足の付かない戸籍とか、ね。それが『六道アクジ撃破』の報酬という形でどうかな?」

 

 ……分かっている。これは交渉にみせかけた強制だ。なにせ首を横に振れば、その瞬間『灰かぶり』との殺し合いが始まってしまう。あっちはお尋ね者だ、邪魔な相手を殺すことになんの制約も躊躇もないだろう。

 瘴気を使い切った俺に、星五級賞金首と戦う余力は残されていない。そもそも灰かぶりには、「邪魔者」を殺してから六道アクジを連れ去る選択肢もあったのだ。そんな彼女が見逃してくれると言っている以上、その気が変わる前に素直に口車に乗るしかない。

 

「……『君たち』ってのは、『組合全体』って解釈で良いのか?」

「勿論。そう約束させるよ。報酬はそれだけでいいのかな?」

 

 ……余りにもこちらに都合が良いが、今は信じるしかない。

 なら……まぁ、言うだけ言ってみるか。俺が今「欲しいもの」。

 

「――オ」

「うん?」

「ラジオをくれ。報酬はそれが良い。なにせ、()()()にちゃんとした言葉遣いを教えなきゃならないんでな」

 

 カイコを指しながらそう言うと、灰かぶりが少しだけ驚いたような、ほんの僅かだがそんな気配を見せた気が下。

 

「ふふふ、良いね。これで交渉成立だ。約束のものは、後で『組合』に届けさせるよ」

 

 そう微笑む灰かぶりから殺気は感じられない。その狂人としか言えない性格故に警戒を弛めることはできないが……案外本気でこちらのことを見逃すつもりのような、そんな気がした。

 まあ「瞬間移動」持ちの前で今の俺なんかが警戒したって殆ど無駄だ。俺は諦めてふぅと長い溜息を吐き、自分が幸運なことを祈りつつ。

 未だに言いつけ通り目を閉じていたカイコに「もういいぞ」と告げ、彼女の手を取って言う。

 

「帰るぞ、カイコ」

「……! かえるっ!」

「? なんか発音良くなったか? おまえ」

 

 幸運なことに、特に背後から刺されたりすることもなく……俺とカイコは帰路につく。

 お互い血塗れ、傷と疲労でボロボロ。

 それでも……陽だまりの中、ふたり手を繋いで。

 

 きっと、俺にとってもカイコにとっても。

 取り戻したこの安寧が、死力を尽くして勝ち取った何よりの報酬だった。

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