【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
影宮エイト・六道アクジの戦いの決着から時間は少し遡り。
『特務クラス』と『夜明けの団』、二勢力が異能をぶつけ合う戦場のど真ん中で、ふたりの星五級異能者が対峙していた。
片や対賞金首最強と謳われる、災玉国防学園『特務クラス』所属、〈
片や
「それではどうぞ皆様方、しばし
そんな灰かぶりの言葉で戦いは始まった。
星五級異能者――国防三校合わせても10人といない、規格外の異能を持つ者どうしの戦闘。
だが。
「(とは言ったものの、うん)」
「第四審門解錠、コード『異端』――『
地獄の門は、とっくに大口を開けていた。
漆門寺ナナの背後、瘴気で生成された巨大な門の奥から、同じく巨大な腕が現れる。黒く揺らめくその正体は、巨人の腕を模した黒い炎。
黒炎、それは地獄における炎の極致。寄り集まり超高密度まで圧縮された炎は全ての炎色を混ぜられたが如き黒色となり、圧倒的な熱量に加え物理的な質量すら獲得した。
そんな炎で形成された巨人の腕が灰かぶりに迫る……それに対し、灰かぶりは動けなかった。
「(見るからに危険だし躱したいけど……体の自由が利かないな。あの門を見たときからだ)」
〈
黒炎は五指を広げて動けない『灰かぶり』を掴み、そのまま腕を引いて地獄の門の中へ引きずり込もうとする――。
――『預■:■■』。
ずるり、黒炎の指に穴が開いた。巨人に相応しい腕力を以てしても灰かぶりという障害物を動かせず、炎の指の方が先に崩れたのだ。
対し、灰かぶりは微動だにしていない。黒炎――超密度・超高熱の炎を全身に押し付けられたというのに、その体や衣服に焼け焦げた後ひとつもない全くの無傷。
灰かぶり――彼女もまた
「おっと、危ない危ない」
そう嘯く言葉のどこまでが本音なのか。漆門寺ナナは表情を険しくし、門の向こうへ念を送る。
『……一体どうやって踏ん張った? それに黒炎自体は当たっていたのに燃えた様子も無い。攻撃で相殺したって感じでも無かった……炎は効かないのか?』
「……なら、さし、ころす」
巨人の腕が門の中へ引っ込み、代わりに槍よりも大きな矢が幾本も射出された。こちらも先程と同じ、禍々しい黒い炎で形作られている。
矢の弾幕で回避は困難。飛翔する矢が狙い違わず灰かぶりを貫く――瞬間、その姿が掻き消えた。
――『■出』。
瞬きの間に、という言葉の通り。気付けばその姿は漆門寺ナナの背後にあり、ナイフを振りかぶっていた。彼女はヴェールの奥でほくそ笑む。
「(これなら門に背を向ける形になるから精神汚染は効かない。それにこれ程の異能なら身体強化は弱いハズ。地獄の門自体はどうしようもないけれど、使用者に一撃入れればそれで終わりだ――)」
漆門寺ナナとその背後に生成された門の間、そこを精神汚染を受けない「安全地帯」と判断した灰かぶりは、そのまま白黒の少女目掛けてナイフを突き立てる――。
ぴたり、と。直前でその動きが止まった。ナイフを握った手が、否全身が強張り硬直している。
「これは――成程」
「しん、で」
漆門寺ナナが振り向き……門が黒炎の蛇の群れを吐き出して動けない灰かぶりを襲う。
――『借■:■■』。
だが、またしても灰かぶりの姿が突如として消え失せ、蛇たちの噛み付きは空振りに終わった。灰かぶりの姿は最初の立ち位置まで一瞬で移動している。
「また、きえ、た」
『瞬間移動の異能か? だがそれは先の奇襲で想定済み――』
しかし漆門寺ナナも既にその「瞬間移動」を見ている……そして彼女の横に居る『影宮エイト』がそれに対する対策を立てている。故に攻撃を外された黒蛇たちが、そのまま門から飛び出して地を這い、飛び掛かって灰かぶりに喰らい尽いた。牙がしっかりとその体に突き立てられる。
『それ程の異能なら必ず再発動までインターバルがある筈。それを読んで連撃すれば……』
「あたった、ね」
今度こそ獲物を逃がさず喰らい尽いた蛇たちは群がり温度を増し、立ち上る黒炎となって彼女を焼く。
――『■済』。
轟、と天を焦がすように黒炎が高く渦巻く。
2秒、3秒。鉄さえ一瞬で焼き融かす炎が消え……その中から現れたのは、やはり無傷の灰かぶり。衣服にも一切の損傷が見られない。そんな彼女は漆門寺ナナを見つめながら、先程自分の身に起きたことを分析する。
「門を目に入れなくても、
余裕たっぷりの仕草で微笑む……しかし灰かぶりには分かっていた。この戦いの趨勢が。
「(あの門を、そして漆門寺ナナ本人を前にすると、私は
つまり。
「うん、私では勝負にならないね。リードするどころか振り回されっぱなし……流石はかの有名な漆門寺ナナ。それでこそ
素直にそう認めた灰かぶりだったが……敵を厄介だと認識しているのは漆門寺ナナの方も同じだった。なにせ。
『あらゆる防御を貫き燃やす変幻自在の黒炎――第四門をここまで耐えられたのは初めてだな。弾幕を躱し背後を取ってきた「瞬間移動」だけじゃない、攻撃を耐える「超防御」もある……黒炎を耐えたということはほぼ間違いなく概念干渉能力。理屈は全く分からないが、情報通り星五級の異能で間違いなさそうだ。分析は俺がやる、ナナ子は瞬間移動での奇襲を警戒しろ』
「わか、った。ありがとう、かげみや」
「――?」
漆門寺ナナが脈絡なく口にしたその名前を、灰かぶりは聞き逃さなかった。その名――正確には苗字を持つ異能者を、灰かぶりはひとり知っている。
「『かげみや』? それは『影宮エイト』のことかい?」
「……なんで、かげみやのなまえ、しって、るの」
漆門寺ナナの声色に熱が籠った。今までの虫に向けるような冷たい殺意ではない、明確に個人を認識して放たれる燃えるような敵意。白く濁った盲目の目が、しかしこちらを睨み付けているように灰かぶりには感じられた。
「(ふぅん? ふふ、これは予想外――おっと)」
黒炎の鎖が門から放たれ、灰かぶりを捕えようとする……それを咄嗟の「瞬間移動」で躱した灰かぶりは、明らかに漆門寺ナナの表情が険しくなっているのを見る。
「こた、えて」
「残念ながらそれはできない。劇のネタバレはご法度、だからね。そうでなくとも、未完成の脚本を見せびらかすのは演者側として論外だ」
そうはぐらかせば、門から黒炎の濁流が放たれ灰かぶりを呑み込んだ。なんの形も得ていない超高熱の奔流が敵を叩く……10秒間は続いたその炎の津波も、やはり灰かぶりは無傷で耐え切った。
追撃の矢も「瞬間移動」で回避……その姿は船の外へ。
「さて、もう少しお喋りしたかったけど……時間切れだよ
灰かぶりが指をさす……その先の光景を、『影宮エイト』を通して漆門寺ナナは理解する。
「被害甚大! 撤退する!」
「全員船に戻れ! 撤退だ!」
船の周囲で繰り広げられていた『夜明けの団』と『特務クラス』の戦いの決着が付いたのだ。『特務クラス』の異能者たちが学園に撤退するため船に戻って来る。『夜明けの団』が奇襲のアドバンテージを活かして戦いを有利に運んだらしい……だが、漆門寺ナナは違和感を感じていた。
「(なんか、へん?)」
『ああ。何か妙だ。いくら奇襲を受けたとはいえ、こんな短時間で「
漆門寺ナナが灰かぶりと戦っていた時間は数分にもならない。『特務クラス』選りすぐりの星四異能者6人が、質で劣る『夜明けの団』にそんな短時間で押し切られるとは思えない……
そんな分析の時間もなく、『特務クラス』の船は発進し撤退を始める。『夜明けの団』もそこそこの損耗を負ったのか、無理に追撃してくることは無かった。船に運ばれ街を離れる漆門寺ナナの耳に、芝居がかった灰かぶりの声が届く。
「
星五級異能者どうしの決着は白黒つかず。
漆門寺ナナはかつてない敵意を抱いて『灰かぶり』との再戦を誓った。
船着き場にて、『特務クラス』が撤退したのを見届けた『夜明けの団』は、ひとまずの勝利に湧いていた。
『特務クラス』の目的は、大規模作戦に先駆け後顧の憂いを断つための、東凶湾スラムに巣食う犯罪者たちの排除。その対象には当然テロリスト集団である『夜明けの団』も含まれていた……その情報を得た『夜明けの団』は『特務クラス』に逆奇襲をしかけ迎撃することを決断、実行し撃退に成功したのだ。
目立った被害もなく生き残ったことに湧く団の中で、灰かぶりに声がかけられる。
「漆門寺ナナの足止め助かったぞリーダー。あの死神が参戦してくれば我々は虐殺されるのみであった故……そう、スプラッタホラー物語のように。我が人生にそんな駄作は認められん故な」
「ふふ、君たちの力あっての勝利だよ」
『夜明けの団』にはふたつの派閥がある。「異能者の人権を取り戻す」という大義を掲げ、強く聡いが利己的な灰かぶりを内心良く思っていない「反灰かぶり派」とでも言うべき派閥と……灰かぶりを慕う「灰かぶり派」のふたつ。後者の方が圧倒的に少数派だが、今話しかけてきた男は後者。灰かぶりとは作劇という趣味を通して同調する青年だ。持って回った言い回しは目立つが、灰かぶりも彼を気に入っていた……操りやすい駒として。
灰かぶりはトランシーバーを取り出しながら、勝利に湧く仲間たちに背を向ける。
「おや。リーダー、どちらへ?」
「ちょっと急用が入ってね。君たちは先に
「……ほう。また新しい物語を思いついたが故か」
「ふふ、その通り。いつもの地道な
ヴェールの奥で、ガラス玉じみた碧眼が細まる。顔を半分以上隠しても隠しきれないその美貌は、しかし邪悪な愉悦の色を讃えて嗤っていた。
少し時間は遡り。
血に濡れた路地を見下ろす屋根の上にて。
黒スーツを着た『六道會』の男は、トランシーバーで若頭と会話していた。
『俺だ。今分かる範囲で良い、複数同時接種について手短に言え』
「は、はい。炭谷のヤツですが、クスリを複数接種した途端に体がフーセンみたいに膨らんで……身体能力も更に上がってるみてーでした。スゲー量の瘴気が全身から噴き出て……でもカシラ、ヤツはシャブやったみてーにトンじまって、とても力を制御できてるようには――」
『瘴気の大量放出……まァ予想は……このタイミングってのも……』
「
ガシャン、とトランシーバーが異音を吐く。通信先のトランシーバーが地面に落ちたか壊れたか……とにかく、いくら待ってもトランシーバーから若頭の声は聴こえてこない。
『ザー、ザー……ブツン』
「カシラ……くそ、何が起こってやがる? あのカシラが冷静さを失う程の何か……まるで想像できねーが、まあカシラに限って『万が一』はありえねーだろう。あの人は神、無敵だ」
男の声はどこか自分に言い聞かせるようだったが、それでも彼は平静を取り戻した様子だった。その目にあるのは心酔、忠誠……そして、信仰にも似た狂信。
『六道會』の構成員の殆どは、六道アクジを「神」が如く崇めている。判断力、カリスマ性、そして異能の力……銃弾を何十発浴びても無傷であり、ひと撫でで人間を液状化させるあの人を、暴力に生きる人間がどうして信仰せずにいられようか。組長よりも若頭である彼の方を重視する者さえ今の『六道會』には少なくない……男もまたその内のひとりだった。
男はトランシーバーを仕舞い、表情険しく振り向いた……監視対象が居る眼下の路地ではなく、同じ屋根上の背後を。
「……それで。『夜明けの団』のガキが何の用だ? 報告の邪魔が目的じゃーなかったようだが……」
男の背後に居たのは、小柄な少女。どこか学校の制服に、若頭がかけているのとは違う野暮ったい瓶底の眼鏡……髪色が明るく無ければ「真面目な学生」という印象を受けただろう。
そんな少女は異能者であるという自信故か、どこか軽い調子で笑いながら答える。
「まあなんというか、こっちも仕事で。でも大丈夫です、もう済みました……あれ?」
と、再び着信があった。今度は男のではなく、少女の持つトランシーバーの方に。
「えーと、ちょっと待っててくださいね。もしもーし、リーダー?」
『――』
「はいはい、了解で~す」
なんらかの指示を受け取っているらしい少女から男は目を放さず、しかしスーツの下に隠し持った銃で隙だらけの眉間を狙うことはなかった。
『六道會』と『夜明けの団』の関係は微妙だが、明確に敵対しているわけではない。若頭も『灰かぶり』を警戒し、敵に回さないように立ち回って来た。そのことを男は知っているからこそ、安易に銃を抜くことはしない。
「良く分からねーが、用が済んだってならもういーか? カシラの命令でよー、『ノラ』を逃がす訳にゃーいかんのよ」
「それがですね。うちもそのつもりだったんですけど、たった今都合が変わったというか……」
「あん?」
威圧して続きを促す男に対し、少女はまるで同級生に頼みごとをするように手を合わせて言う。
「うちのリーダーからの指示でして。『ノラ』ちゃんは諦めて貰えません?」
「……そーか」
男の声が低くなり――前触れなく銃声が響く。
咄嗟に反応し身を躱した少女の頬を銃弾が掠めた。避けなければ眉間を貫かれていた軌道。
硝煙放つ銃を握った男は、銃口を突き付けながら冷たく告げる。
「邪魔すんなら殺すしかねーな。カシラの命令を破るわけにゃいかねー。あの人は俺達にとって神だ……神のためなら女子供でも殺すぜ、俺は」
何をしたとしても命令を守る、高い忠誠心と信仰心。もし自分の行動のせいで『夜明けの団』との関係が悪化しても、若頭ならなんとかしてくれる……例えば、実際に手を出した
「(なにせあの人は
「筋を通す」ため利己を捨て殺意を固めた男。
そんな彼を、そして突き付けられた銃口を前にして、『夜明けの団』の少女は。
「やる気は十分みたいですね。では早速
「……? は?」
――今、なんて?
余りにも場にそぐわない、高らかに告げられた少女の「問題」に、男は目を白黒させた。
混乱し引き金を引くどころか何も言えなくなった男に対し、少女はニヤニヤしながら彼を煽る。
「あれあれ、一般教養ですよぉ?
「……うるせーな。総理大臣ってアレだろ、
「あー駄目駄目。こういう時はフルネームが基本、です☆ 今のは正解数にカウントされません♡」
「……」
ふざけているようにしか思えないハイテンションな言動……完全にペースを持っていかれている。
男は首を振り、鈍った戦意を取り戻す意味も込めて『ミアズマ』を摂取した――
「ごちゃごちゃと……時間稼ぎにゃー乗らねー。カシラから貰った『ミアズマ』の力、思い知れ――」
「ぶっぶー。時間切れ、です!」
「は?」
男の頭上のカウントが「0」を刻む。
瞬間、カッと男の頭上で閃光が弾け。
――爆炎が男を呑み込んだ。
一瞬だった。男は爆風に粉々にされ、その肉と骨を炎で焼かれて一瞬でこの世から消滅した。
灰燼と化し消し飛んだ男に向けて、少女はばっちりウィンクして。
「〈
そう言って
たった今己の異能で人間を爆殺した少女は、しかし呑気な口調で独り言を呟く。
「てか、『ミアズマの効果を向こうの若頭に伝えさせろ』ってリーダーの指示でしたけど。これ、なんの意味があるんですかねー?」
疑問の声に、答える者はもう居なかった。
そして時は流れ、影宮エイトとカイコが去った路地にて。
突如現れ、影宮エイトが六道アクジにトドメを刺すのを止めた灰かぶりは、己の武力を匂わせた交渉によって影宮エイト・カイコの両名を退かせた。
灰かぶりはそのままひらひらと手を振って去っていくふたりを見送り、彼等が見えなくなると口を開く。
「……さて。今言った通り、キミたち『六道會』は
灰かぶりが振り向いた先は、地面に斃れた血塗れの六道アクジ。語り掛けられた彼は……ぱちりと目を開け、蒼、藍、碧の三色の瞳で彼女を睨む。
「はッ、知らなかったなァ。てめえが抗争の仲裁できるようなタマとはね」
「ふふ、
「ぬかせ……で、何の用だ。殺しに来たって感じじゃァなさそうだが」
「スカウトだよ。最高の
六道アクジが倒れたままなのを見て、灰かぶりは彼が立ち上がれないことを悟った。彼女も適当に腰を下ろし、優雅に足を組む。路地には『六道會』の若頭と『夜明けの団』のリーダーの2人しかいない。互いに星五級異能者であり若くして特級犯罪者でもある彼等は、一見仲良さげに会話する。
「しかしキミ、よくその傷で生きてるね。話し合いより手当が先かな?」
「(……流れた血を血管をカバーするように固体化して止血した。これ以上の異能は使えねェし失血で動けはしねェが……こいつに言う義理ァねェな) てめえに心配されなくても死にやしねェよ……てめえが何かしなきゃなァ」
「あれ。私、信用されてないみたい?」
「当たり
「そんなぁ。これでもどっちかが死にそうになったら助けようと、様子を伺ってたんだよ?」
「あァそうか、お優しいこって。死人は操れねェもんなァ」
ただ灰かぶりと違い、六道アクジの声音には明らかに棘があった。
彼は灰かぶりとは初対面ではない。しかし悪のカリスマとも呼ばれた彼は、彼女や『夜明けの団』を利用することも潰すこともなく、寧ろ最低限の接触で済ませ距離を置いていた。
「極道」と「テロリスト」では思想が違う。それが協力関係も築かず同じ街に居るのでは色々と不都合がある。それでも、六道アクジは『夜明けの団』を放置した。それは彼等を潰さないことに多少のメリットがあると判断したからであり……そして協力することなど出来ないと判断したからでもある。
思い出す。『六道會』が結成された新興のテロリスト集団に脅しをかけようとしたとき、逆に単身屋形船に乗り込んできた狂人の姿を。
彼女はまるで魔法のように前触れなく目の前に現れ、そして堂々と芝居がかった口調で名乗った。
『はじめまして、「六道會」の若頭さん。私は「灰かぶり」と呼ばれているテロリストだよ。
早速だけど質問したい。キミはどういう時に「生きている」と感じるかな? ……あれ、返事が貰えないな。しょうがない、礼儀として私が先に言うよ。
私の場合はね、「大きなものを動かしている時」なんだ。大きなもの、と言っても物理的な意味じゃない。どんな力持ちでも動かせないもの、沢山の人間に影響を与えているもの……あるいは沢山の人間そのもの。それを私の指先ひとつで動かすとき、私は「私」を実感する。有り体に言ってしまえばそう、気持ち良いんだ。快楽なんだよ』
――テロリストの首魁が何の用だァ? 自分語りなら
『そう邪見にしないで欲しいな、只の挨拶じゃない。キミのことが知りたいから自分のことを教えたの。ねえ若頭さん、キミは何のために生きてるのかな……組長さんのため? それとも部下を守るため?』
敵地で銃口を向けられながら、彼女は恐れも迷いも見せずこちらを覗き込んできた。まるでそのヴェールの奥の碧眼で、こちらの内心を見透かそうとするかのように。
……ただ、六道アクジには彼女の意図が、急な来訪の真の目的が分かっていた。要するに、彼女は脅しをかけてきたのだ。「見張りや護衛など自分には意味がない、いつでも組長やおまえの部下を殺せるぞ」と。
尤も、六道アクジが灰かぶりひいては『夜明けの団』との敵対を選ばなかったのはその脅しが理由ではないのだが。どちらかというとその出来事は、彼が『夜明けの団』とは協力をしないことを決めた原因だ。
六道アクジ。彼は壊滅寸前の『六道會』を立て直した、柔軟な判断力を持つ。脅迫・暴力と同様に、交渉や協力も選択肢にありその全てを巧みに駆使できる……だがそれは、相手あるいは組織のトップが「人間」である場合に限られる。
「人を操りてェなら脚本家にでもなってろ。筋が通ってねェ奴の話に、極道が乗ると思うなよ」
彼から見て灰かぶりは
それは感情論でもあり、合理的な判断でもある。信頼できない相手とは取引しない……それは表も裏も同じ、約束を反故にされる可能性を考えれば当たり前のことだ。無暗な信頼による交渉事は結果的に組織に不利益を齎す。その信頼の基準が六道アクジにとっては「
利己よりも信念、命を懸けて筋を通す。
そう雄弁に語る三色の視線を受けて、灰かぶりは「困ったな」と言いたげに肩を竦めた。
「……うーん、ちょっと勘違いされてるみたいだね。今思えばあの時の自己紹介は、少し言葉足らずだったかな」
彼女は足を組み直し、倒れたままの青年に語る。
「昔、クラスで演劇をしたことがあってね。皆が私の思うがままに動いてくれた。あれは楽しかったなぁ……あの時に『動かすものは大きければ大きい程楽しい』と知ったの。だからね。今度はそれを国相手にやろうと思ったんだ」
「……」
「そう、あの演劇のとき、私は脚本家……じゃなくて
「……?」
「ちょっと昔話をしようか。そう、あれは私が異能者になる前の話……」
昔々……と言うほど過去でもない数年前。
ある所に、何かを操るのが好きな女の子が居ました。彼女は大きなお金を動かしたり、友人どうしを仲違いさせたりして細々と遊んでいました。
そんなある日、クラスで演劇をすることになりました。女の子は皆の投票で主役に決まりましたが、ひとつ不満がありました。それは完成した劇の脚本が、自分好みではなかったということです。
女の子は思いました。こんな退屈なシナリオをなぞるのはイヤだと。
だから彼女は決めたのです。みんなをうまく操って、劇のシナリオを自分好みに変えることを。
「……それでどうした? 脚本にケチでも付けて変えさせたかァ?」
「いいや、それじゃ
そこから女の子は努力しました。
まず、女の子は演者の皆を集めて、「演技のお手本」にするためにプロの劇を見ようと提案しました。皆はそれに賛成し、女の子が「これにしよう」と決めた劇を仲良く見に行きました。その劇はクラスでやる劇と原作は同じでしたが、解釈が別の、女の子の理想の脚本を形にした劇でした。
また、女の子は何度か連絡ミスをしました。その結果大道具班と小道具班は、余分な道具まで作ってしまいました。
女の子は努力を惜しみませんでした。練習中に何度もアドリブを入れ、アドリブが許される空気と皆の対応力を育てました。自分の理想のシナリオをそれとなく語り、クラス内で共有しました。人間関係を調整し、他クラスへの対抗心を煽りました。脚本のクオリティが微妙であると、そして女の子の好きな展開の方が評価が良いとシンパを使って印象操作しました。
「……」
「そして本番の時……
そうして、本来あったエンディングを私の好きなように変えたとき……私はすっごくぞくぞくした。脳味噌を天使にキスされて、悪魔に脊椎を舐め上げられたような、そんな極上で背徳的な快感……嗚呼、アレは間違いなく、それまでの人生で一番の
ぶるり、灰かぶりが体を震わせる。声は喜悦で濡れ、禁断の蜜を舐る堕天使のよう。
己の体を抱き、それでも抑えられずに立ち昇る瘴気、狂気、狂喜。被った灰色、半透明のヴェールの奥からちらりと覗くのは、爛々と見開かれたガラス玉が如き碧眼。ヴェールのせいか……それは彼女を睨む三色の瞳よりも尚禍々しく、不気味に揺らめき歪んでいた。
そんな尋常ならざる様子の彼女を前に、六道アクジは内心を悟らせないように声音を抑えながら今までの語りの中で感じた疑問を口にする。
「……一応訊いておくがよォ。なんで脚本自体に干渉しなかった? それが一番楽だろうが」
「だから言ったでしょう?
糸の繋がった人形ならば、脚本家という立場ならば、確実に思い通りに操れる。
けれどそれではつまらない。「踊れ」と言えば踊る人形を躍らせることに、何の愉悦を見出せる?
「不確実で不確定、どれだけ手を尽くしてもどっちに転ぶか分からない……だからこそ私の思い通りに出来たとき、心の底からぞくぞくするの」
「踊れ」と言われて素直に踊らないものを、上手く操って踊らせる。行動原理を理解し、要所に的確に干渉し、八方手を尽くしてそれでも成功するとは限らない……
快感を。実在を。この世界に生まれ堕ちた、意味を。
「……はッ、イカレ女が。てめえのような
「ふふ、だから私は『灰かぶり』なの。純粋で夢見がちな
そして彼女は立ち上がり、六道アクジの顔を覗き込む。ヴェールが重力に引かれ、その素顔が露わになった。
逆光の中。揺蕩う灰色の中心で、人形よりも尚美しい人外じみた美貌の女は――悪魔としか形容できない醜悪な笑顔で哂う、嗤う、ワラウ。
「――ねえ。ぞくぞくさせて?」
爛々と見開かれた碧眼が、ガラス玉が如き異質な瞳が、六道アクジを映していた。
視線が交錯する、目が合う……その瞬間、六道アクジは理解する。
おとぎ話のお姫様――王子様に見初められ国妃となる者、即ち「国を操る」者。その立場を、純真さではなく計算で、運命ではなく周到な準備で、愛ではなく異能の力で狙う最狂最悪の
――モノはモノでも『バケモノ』だったか。
六道アクジは黙してそう理解し……何かを決意し、口を開いた。交渉に応じる為に。
「……何が目的だ」
「『ミアズマ』。完成したんでしょう? そしてそれはキミにしか作れない」
灰かぶりが姿勢を正し、再びヴェールがその顔を隠した。異形の笑顔も、狂喜の声も、まるで潮が引くように元に戻ったのがヴェール越しでも分かる……それが逆に不気味だった。
彼女は普段の、余裕を滲ませた芝居がかった口調で続ける。
「
「……一枚噛ませろってことかよ」
「その通り。とは言っても私たちは、ちょっと『ミアズマ』の流通先に口を出すくらいの干渉しかしないよ」
「国内情勢をより思い通りにかき乱す為、か。そっちの利は分かった、代わりに何を差し出せるテロリスト。武力か」
「
灰かぶりのその言葉に、六道アクジは瞠目した。
それは、六道アクジが『夜明けの団』を潰さなかった理由そのもの。
漆門寺ナナ。言わずと知れた「対罪人最強」。彼女が街に襲来してきた際に囮とする為、より国家から危険視されているテロリスト集団と
何故なら……六道アクジは漆門寺ナナには勝てないから。彼女が来れば全ての計画が崩壊する。それに対する保険になるならと、多少のデメリットを飲んででも『夜明けの団』を放置していたのだ。
「……てめえ、どこまで読んでやがった」
「ふふ、何の話かな?」
「……まァいい。具体的な手段を教えろ、信用すんのはそっからだ。どうやってあの『対犯罪者特化』のバケモノを殺す? テロリスト集団とその親玉がよォ」
しかしその予想とは裏腹に、灰かぶりは問いに淀み無く答える。
「漆門寺ナナにぶつけるのは私じゃないよ」
「あァ?」
「言ったでしょう? 『スカウトに来た』って」
その言葉で、六道アクジは彼女の言わんとすることに思い至った。
灰かぶりが現れたとき、この場所に居たのは六道アクジと――。
「――まさか、
「その通り。
灰かぶりが再び昂ったのが分かった。彼女は天使のように純粋に、悪魔のように悪辣に、期待に胸を膨らませながら嗤う。
「彼はきっと演じてくれるよ。無垢な死神が恋に溺れ、愛憎の末に恋人を殺して後を追う……そんなスタンディングオベーションものの
その様子を見て……六道アクジは、抱いた決意をより一層強固なものとした。
「(……せいぜい悦に浸ってろバケモノが。てめえのその目が快楽に濁ったその瞬間、キッチリ来世に送ってやらァ)」
六道アクジは、灰かぶりの交渉を受け入れた訳では無かった。
――このバケモノを放置してはならない。コイツは正義にとっても悪にとっても害にしかならない最悪の存在。
だからこそ……騙してでも態勢を整え、確実に殺す。交渉に乗ったようなやりとりはその為の演技だ。
しかし、もしかしたら……このバケモノはそれすら見抜いているのではないか。見抜いたうえで、思うままに操る算段を立てているのではないか。
いや。或いは……自分で選択したと認識しているこの行動や感情すら、奴に操られ選んでしまったものなのではないか――。
ヴェールの奥、素顔晒して尚底知れないその女は何を思うのか。
その一切を見通せず、しかし六道アクジは殺意を固める。
もしこの判断が、奴の
「では、交渉成立ということで良いかな? まず『組合』の件。そしてキミたち『六道會』と私達『夜明けの団』が協力体制を取る件も」
「……あァ」
そうして六道アクジは、灰かぶりの踊る舞台に上がった。
彼が只踊り狂い、舞台に華を添える役者のひとりに堕ちるのか。
それとも、その輪廻が舞台を呑み込み劇を崩壊させるのか。
星五級の犯罪者同士の静かなる闘争――その結末は、果たして。
【[賞金首]☆☆☆☆☆ 灰かぶり】
▶所属
東凶湾スラム、夜明けの団
▶異能
■イ■■ン■■
〈■■銀■〉
■性質:補助・概念干渉 ■属性:?
■ステータス
[基本六項目]
攻撃力 :★☆☆☆☆
防御力 :★★★★★★
機動力 :★★★★☆
操作性 :★★★★☆
射程距離:★★★☆☆
効果持続:★★☆☆☆
[特殊二項目]
特殊技能:★★★★★★
身体強化:★★★★☆
<総合異能ランク> ★★★★★
■概要
詳細不明。自身のみに作用する補助系の異能と分析されており、抗戦した漆門寺ナナの証言によって「瞬間移動」と「超防御」のふたつの現象を発生させられることが確認された。
攻撃には主に爆弾や武器を用いることが確認されている為、特段攻撃力の高い異能ではないと推測される。